2019/06/11 - 2019/06/18
20位(同エリア163件中)
ポポポさん
この旅行記スケジュールを元に
この世界に東トルキスタン共和国という独立国があったことをご存じですか?東トルキスタン共和国とは現在の新疆ウイグル自治区と呼ばれる地域にウイグル民族が建国した独立国でした。
ところが1946年10月に中国人民解放軍の武力侵攻を受けて消滅し、強制的に中国に統合されてしまったのです。この時からウイグル人の悲劇が始まりました。1964年から1996年までは原水爆核実験場にされ、今また民族絶滅という危機に見舞われています。
そんな場所にあるのがシルクロードのトルファンです。トルファンはシルクロードの重要な観光地ですが、中国の監視政策の一端を見ることがでました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
敦煌からバスで2時間かけてやって来た、ここは中国新幹線の柳園南駅。
柳園南駅に到着したのは新幹線の出発時間の1時間以上も前だった。
なぜこんなに早く駅に着いたのだろうか?ぞの理由は駅舎に着くとすぐに分かった。
保安検査に異常に時間がかかっているのだ。添乗員の話では柳園南駅は中国の駅の中でも最も検査が厳しいことで有名な駅だそうだ。
保安検査を行うのは公安の警察官だった。公安は武装警察ではないが国家警察とも言われている。駅舎を警備しているのは公安の他に自動小銃やライフルを携行しているSWATもいて物々しい警戒ぶりだった。
この駅は保安検査が厳しい。機械を問題なく通過してもスーツケースを明けられ荷物の中身を調べられる。一人、二人で旅行する外国人は必ず開けられるそうだ。中国人も例外ではない。皆荷物の中身を調べられていた。
ツアーの場合は列の一番目と二番目の二人の手荷物とスーツケースが開けられるそうで添乗員は一番前に立った。
ナイフ・ハサミ・針・千枚通し等はアウト、爪切りはセーフだった。我々の前に旅行したグループではスーツケースにナイフを入れていた人がいて、これが検査で引っ掛かった。
その場でスーツケースは没収され、帰国当日までスーツケースは帰って来なかったそうだ。
そのため持ち込まないように旅程表の注意事項に記載され、事前の添乗員との連絡ではナイフ等の持ち込みは禁止と言われたが、それでも我々のツアーの中にはナイフを持参した婦人がいた。何度注意されても持ち込む人が一人くらいはどこにでもいるもんだ。
ここの検査では確実に発覚するので西安のガイドに預けるように添乗員が指示していた。 -
公安の女性警官から身体検査される中国人旅行客。
駅舎の外には公安やSWATが目を光らせていたので写真は写さなかったが、中なら大丈夫そうなので写真を撮ってみた。
建物の内部には監視カメラがいくつもあって私が写真を写す姿は捉えられていたはずだが、おとがめはなかったので駅舎内では写真撮影OKらしい。その時は何も考えずに写真を写したが、後で考えるとゾッとした。一つ間違えるとスパイ容疑で公安に拘束されたかもしれないのだ。一旦拘束してしまえば理由は何とでもつけて来るのが今の中国だ。今の中国は監視社会なので何が起こるか分からないと中国人ガイドは言っていた。これ以降行動を慎重にしたのは言うまでもない。
さて、我々はこの荷物検査があるため早めに駅に着いたという訳だ。
ところでどうしてこの駅ではこんなに検査が厳しいのだろうか? -
新疆ウイグル自治区にはかつて東トルキスタン共和国というウイグル民族が建国した独立国家があった。
しかし1946年10月国共内戦の一環として中国人民解放軍が新疆に武力侵攻し東トルキスタン共和国は消滅、東トルキスタンは中国に強制的に統合されてしまった。
以後中国の実効支配を受けていたが1955年には新疆ウイグル自治区が設置され中国の支配下に組み込まれた。
これを不服とするウイグル人の暴動や紛争が頻発していたが習近平政権になってウイグル人の監視と弾圧、人権侵害が一層激しくなっている。
その弾圧政策の一環として新疆ウイグル自治区に入る者は厳しく検査されているのだ。 -
新疆ウイグル自治区に居住するウイグル人に対しては数々の弾圧や虐殺が行われてきたが、その一つが楼蘭の近くにあるロプノール実験場で行われた原水爆の核実験だ。
1964年から1996年まで延べ46回、総爆発力22メガトン(広島型原子爆弾の約1370発分)に渡る核爆発実験がウイグル人の居住区で行われている。しかもその半数が地表爆発と空中爆発だった。当時すでに核爆発による環境汚染や人体への被害が問題視されており、核開発競争を演じていた米ソでは地表爆発や空中爆発は行わず、地下実験や洋上爆発に切り替えていた。つまりメガトン級の地表水爆実験を行っていたのは中国だけだったのだ。
この事実は中国当局によって伏せられ実験場周辺のウイグル人には知らされなかった。また実験場から1000㎞以上離れたカザフスタンやキルギスデアh人体に影響を与える放射線量が観測されたので当時ソ連邦だった両国には放射線の観測所が設けられた。
この核実験で周辺住民へ甚大な被爆と環境汚染がもたらされ、住民の中にはウイグル自治区に居住していた漢人も含まれていたそうだ。
札幌医科大学の宮崎純教授が調査研究した結果ではウイグルで19万人が死亡し100万人以上の被爆者が出たと述べられている。
現在でもその被害は続いている。詳しいことは新疆ウイグル自治区の旅行記の中で紹介することにしてここは旅行記を続けたい。
駅舎の中で待つこと20分、我々は2階のプラットホームに移動した。 -
2階のプラットホームから見た炭鉱の様子。中国の炭鉱は露天掘りなので掘り上げた石炭カスがぼた山のように積み上げられていた。
柳園南駅は元々鉱石を運ぶために造られた駅で以前は紅柳殿駅と呼ばれていたそうだ。
プラットホームから眺めても鉱石の積み出し用の駅だったことが良く分かる。 -
すでにプラットホームには中国の新幹線「和諧号」が停車していた。
すぐに出発するのかと思っていたが駅に10分停車するらしい。この間ホームに降りて写真を撮ってもいいとガイドから言われたので、ツアーのほぼ全員がホームに降りて写真を撮り始めた。 -
「和諧号」の車両の様子。写真前方が先頭車両だ。
我々の車両は指定席だったが「和諧号」に自由席があるかどうかは分からない。 -
先頭車両まではかなりの距離があった。
-
「和諧号」の型式はCRH-5型、先頭車両は日本の新幹線と同じく流線型だった。
私と同じようにほとんどのメンバーが写真撮影のためホームに下りたが今は周囲には数人しかいない。
女性たちは次から次へと車掌と新幹線を入れて写真を撮るものだから、最初はシャイだった車掌がそのうち写真に慣れてきて、終わりの方はスター気取りでポーズを付けるまでになってきた。この代わり映えが可笑しくてみんなで笑ってしまった。
私は車掌を写さなかったが、その車掌は写真中央左寄りに写っている。 -
「和諧号」のネーム入りの車両をパチリ。「和諧号」は西安からウルムチまで運行している。
この写真を写し終えた頃発車時間が迫って来たため車内に戻った。 -
柳園南駅を発車してしばらく走ると車窓の景色が一面緑に変化した。
緑地帯だ・・・。左右の車窓から飛び込んでくる景色は緑一色。この景色だけを見ていたらここが砂漠だとはだれも思うまい。 -
オアシスの灌漑で砂漠が肥沃な大地に生まれ変わっていた。
-
緑地帯を抜けると今度は鉄鉱石の鉱山が見えた。茶褐色の地層が鉄鉱石だそうだ。
新疆ウイグル自治区は天然資源の宝庫である。石油や天然ガス、石炭そしてレアメタルが地下に眠っている。
特に石油の埋蔵量は多く新疆ウイグル自治区には3つの大きな油田がある。この内ハミとトルファンに跨るトゥハ油田は埋蔵量で世界2位と言われている。
この豊富な天然資源を喉からてが出るほどに欲しがっていたのが中国だ。東トルキスタンに武力侵攻し中国の支配地に組み込んだのはこの天然資源を手に入れるためだった。
さらに中国が急速な経済発展をなしとげ世界第2位の大国に成り上がったのはウイグル人の財産(天然資源)を湯水のように使ったからだと言われている。 -
背後の灰色の山も鉱石の山。手前は鉄鉱石の山。
これらの豊富な埋蔵量を誇る山が沿線上に延々と続いているのだ。持てない国の民としてはこれらの資源の僅かでもあったならと悔しくて仕方がなかった。 -
この辺りからは鉄鉱石の山が延々と続く。ウイグル人が建てた国は想像できないほどの天然資源が眠る豊かな国だったんだな。
これじゃ中国が武力を使ってでも欲しがるはずだよ。 -
車窓からはトゥハ油田の一部が見えてきた。
トルファンから火炎山に向かう道沿いには巨大なトゥハ油田が見えるのだが、そこに比べると規模は小さめだ。
見えているのは石油採掘用のポンプ。無機質な機械が時を刻んでいるように正確に石油を汲み上げている。 -
これもトゥハ油田の採掘用ポンプ。
-
ポンプをアップにしてみた。
-
こちらもポンプ。あらこのポンプお一人さんなのね。寂しそう。と思ったら後ろに1基あった。
-
このポンプも一人で作業中。いえいえここは後ろにポンプがうじゃうじゃいるよ。
ポンプは別に10基もいた。皆さん競って作業中だ。 -
2時間半かかってようやくトルファン北駅に到着。
ドアが開きホームに出ると熱風に包まれた。暑い、焼け付くように暑い。何と気温は42度だ。今まで経験したことのない暑さに戸惑った。冷房車から灼熱地獄の中に放り出されたので異常な暑さを感じたのだ。
熱風は鼻や喉を襲ってくる。喉がカラカラになり焼け付きそうなので急いでハンカチで口を覆った。皆もそれぞれ口をハンカチやタオルで覆っていた。
トルファンの現地ガイドからトルファンの暑さは尋常じゃないことを聞いていたが予想以上の暑さだった。
でも人間って不思議だ。駅舎から外の出るころにはこの暑さに体が慣れてきて、口をハンカチで覆う必要はなくなった。でも暑いことには変わりはない。
ガイドの先導でバスが待っているはずの所に行ったがバスが来ていなかった。ガイドが早速スマホでバスの運転手に連絡を取ると、手違いで別の所に停車していることが判明した。
さほど遠い所ではないのでバスが停車している所まで歩い行くと言う。我々は熱波の洗礼を受けダウン寸前。さらにスーツケースを引きながらの歩行は辛い。
やっとバスの所まで歩いて来て、バスに乗車した。さあバスに乗って冷房を浴びようかと思っているとバス少し走ってまた停車した。 -
これから公安の検査があるというのだ。否応なしに全員バスから降ろされた。バスが停車した場所は派出所の前だった。
そこには公安が2人待っていて検査が始まった。検査と言ってもたいしたことはない。パスポートを検閲された後にパスポートの写真を撮られ、さらに顔写真を撮られただけだった。
しかしこの写真撮影がドツボだった。撮影が遅々として進まないのだ。写真は公安2人が手分けして写していくのだが、2人ともスマホに慣れていないらしく何度も撮り直しをするのだ。彼らは気まずそうに照れ笑いをしていたが、この時初めて公安の笑い顔を見た。一方我々は灼熱地獄の中炎天下にさらされたままだった。このままでは熱中症になりそうだ。
その時ガイドが助け舟を出してくれた。我々を日陰で休ませるように交渉してくれたのだ。これでようやく一息付けた。砂漠地帯なので日陰は本当に涼しい。
公安もやっとスマホに慣れたようでようやく余裕が出て対応が柔らかくなった。
このように新疆ウイグル自治区に入る外国人はパスポートを確認したのち顔写真を撮られるのだ。
ウイグル人が住む新疆ウイグル自治区は徹底した監視下に置かれているという事を肌身で感じたしだいだった。 -
バスに乗り込むと冷房が効いていて、そこはまるで天国。
まずはガイドの胡さんから自己紹介があった。「私は胡と言います。漢人です。漢人と言っても私の体には漢人の血は10パーセントしかありません。それでもここでは漢人なのです。ここは漢人の血が僅か1パーセントでも漢人です。」と、このような語り口で始まった。
記憶力が劣ってきて昨日の夕食のおかずさえ思い出せないことが多い私だが、この時の胡さんの挨拶は今でもはっきり覚えている。
我々にわざわざ漢人だと表明する必要はない。我々は日本人にとっては胡さんが漢人であろうとウイグル人であろうと何ら問題の無いことだ。
けれども新疆ウイグル自治区に住む住民にとっては今や生き死にかんする問題なのだ。胡さんの言葉を裏返して考えて見ると新疆ウイグル自治区では漢人でないと生きていけないのだと言っているように感じた。
普通に考えて胡さんは漢人の血が僅か10パーセントなら誰がどう考えてもウイグル人だ。極端な話漢人の血が1パーセントしかないのに漢人と言う方がおかしい。どう考えてもウイグル人だ。
でもここでは漢人でないと生きていけない理由があるのだ。純粋なウイグル人は次々と強制収容所に送られているからだ。その数100万人とも120万人とも言われている。
強制収容所のなかには絶滅収容所もある。これらは奇跡的に収容所から帰還した人々の証言から判明したことだ。今中国ではナチスドイツで行われた民族絶滅(当時のドイツでは民族浄化と呼んでいた)と同じ事が行われている。これを米国ではジェノサイド(民族大量虐殺)だとして批判している。
最初に行われたのが漢民族同化政策だ。毛沢東がウイグルを完全な中国領にするために、ウイグル人の血脈を断つ手段として取った手法だ。
中国人男性を大量にウイグルに送り込み、強制的にウイグル人女性と結婚させて純粋なウイグル人を減らしていくという手法だが今でも継続されている。
強制収容所ではそれ以上のことが行われているが、それは次の新疆ウイグル自治区内の旅行記で述べることにしたい。 -
結局ガイドの胡さんは、自らが漢人だと宣言することで強制収容所行きを免れているのだろう。彼の自己防衛の手段だと思われる。
胡さんはその後ウイグルの歴史、トルファンの人口や産業、市内の生活事情などを説明してくれた。
その中で記憶に残っているのが「中国は密告社会」だという事。このことは西安の中国人ガイドも同じことを言っていた。
さらに「市内には至る処に監視カメラが設置されています。皆さんは公安に顔写真を撮られているので悪いことをするとすぐに警察に捕まります。間違っても悪いことはしないように。」そして「新教ウイグル自治区内には多くの検問所や保安検査書があります。ホテルでも出入りに保安検査と手荷物検査があるのでそのつもりでいて下さい。」と。
新疆ウイグル自治区に入って初めて知る習近平政権下の監視体制だった。 -
胡さんの話では2019年から異常に厳しく検査を受けるようになったそうだ。
それ以降テロは1回も無い。自治区内にある検問所はウイグル人によるテロを防ぐために設けられたのだが、外国人でも自治区内の住民と同じように受けなければならない。中央政府は仕方なくこれらの政策を取っているとの話だったが、実際はこの話とは異なる。
習近平が国家主席になると「新疆ウイグル自治区内では1件のテロも発生させないように徹底した取り締まりと警備を行う。」と宣言し、自治区は非常に厳しい監視下の下に置かれてウイグル人に対する弾圧が強化されたのだ。
それらの一端はこれから観光する場所で目にしたので旅行記の中で指摘していきたい。 -
夕食のレストランに到着した。現在午後8時だが6月はこんなに明るかった。
店名は「心誠餐庁」。餐庁とは食堂やレストランという意味。
大きな構えのレストランだった。 -
レストラン内部の様子。かなり規模の大きなレストランだった。
-
入り口から入った所にあったのが民族舞踊を踊る舞台で、その左隅に楽団や踊り子達が控えていた。
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楽団員や踊り子達のアップ。この人たちは純粋なウイグル人ではないのだろう。
何割か漢人の血が入った人たちだと思われる。 -
本日の夕食はウイグルの民族音楽や舞踊を楽しみながらトルファン料理をいただくというもの。フォークロアショーを見ながらの夕食だった。
当日はトルファン名産の楼蘭ワインが振舞われた。但しグラスワインで足りない人は別注文だった。
食事が出されると民族舞踊がはじまった。 -
民族舞踊を見ていると箸が止まる。この兼ね合いが難しい(笑)。
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照明のライトが強すぎて綺麗どころの衣装がよく見えなかった。
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ライトの色は基本赤と青と緑、綺麗な衣装だったので照明は必要ないのではと思った。
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これがトルファン料理。中央に見えるのが楼蘭ワインだ、この地方では上品質のワインとのことだが、ワインを飲みつけていない私には欧州のワインとさほど変わりが無いように感じられた。
料理は美味しい。ラグ麺と呼ばれる麺料理がウイグルの伝統料理でこれも美味しかった。ラグ麺とは麺の上にトマトベースのたれに羊肉や白菜、ピーマンなどの具材を混ぜて乗せた料理だ。 -
食事を取っている間も踊りは演目を変えながらも続けられた。
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赤い照明が多いのか、写真を写した時のライトが赤色だったのかは分からないが、赤色が多かった。
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踊りを見ながらも食事は進んで行く。
楼蘭ワインはグラスワイン一杯がサービス。白ワインは無かった。 -
ここで第一ステージ終了。第一ステージは綺麗なお姉様達が全員でウイグルの民族舞踊を踊ってくれた。
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第二ステージはベテランの女性と男性のカップルの踊りだった。
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民族衣装をまとった二人が軽快なリズムに合わせて踊る。
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一転曲想が変わり緩やかな調べにかわった。男女が愛を奏でるようなそんな色調の曲だった。
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この踊りはどんな感じの曲だったかな?覚えていない。
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第2ステージが終わると楽団全員で演奏。ダンサーは手拍子などで色どりを添える。
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その間照明は赤になり、
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青に変わり、さらに緑に・・・。
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そして赤に戻る。ライトの照明は音楽に合わせて頻繁に変化していった。
我々の拍手も鳴りやまず大いに盛り上がってフォークロアショーは終わり、ここで楽団はしばし休憩。 -
宴たけなわではあるがここからはツアーメンバーとウイグル民族楽団員との親睦タイム。これ簡単に言えばいわゆる「おひねり」タイムだ。
楽団の真ん中で綺麗なお姉さんたちに囲まれて演奏してもらい、王様気分を満喫していただこうという趣向。
ガイドや添乗員がしきりに参加を進めていた。そのうち1人の男性が乗り出て前の方へ、チップ代を支払って演奏が始まった。 -
ジャンジャカ、ジャンジャカ演奏が始まった。
もうこの時は踊り子さんは踊らない。リズムに合わせて手振りで囃す。我々もそれに合わすように手拍子や囃し声で盛り上がった。 -
前に出て楽しい一時を体験したのは3人だったが、私も参加した。
前に出て椅子に座ろうとするとすぐに女性から心付けを支払うよう求められた。
ガイドからはチップは気持ちばかりでいいのでいくらでもかまわないと聞いていたが金額が決まっているそうだ。
ドルなら10ドル以上、元なら30元以上で良いとのこと。どうしてドルと元では差があるのか分からないが、安い方の元で支払った。
こうしてフォークロアショーと美味しい食事が1時間、楽しい時はあっという間に終わった。 -
今夜の宿泊ホテル「火洲大酒店」に到着。時間は21時35分だがまだ暗くはなっていない。
このホテルは4つ星ホテルだったと思うが4トラベルには載っていなかった。 -
こちらは翌朝写したホテルの全景。かなり大きなホテルだったがホテルの中の様子にびっくり。
ホテルに警察官が常駐していて、保安検査と荷物検査を通らないとホテルには入れないのだ。
ガイドの胡さんの話では、市内のすべてのホテルには警察官が常駐していて保安検査と荷物検査が課せられているそうだ。
但しホテルに常駐していた警察官は怖い公安ではない。制服の後ろにはPOLICEと書かれていた。この警察官、我々が日本人だと分ると笑顔を浮かべて愛想が良かった。
ホテル内には警官が常駐していたのでフロントやロビーなどホテル内部の写真は写さなかった。
一旦部屋に荷物を置いてその後ホテルを出入りしたが、保安検査はしなくてもいいと言ってくれた。
ここで中国の警察に付いて簡単に整理しておこう。中国では武装警察と一般の警察に分けられる。さらに警察は公安と警察に分かれている。
このうち公安は治安維持やスパイ活動、政治犯などを取り締まるため、いわゆる国家警察に性格が似ている。一方POLICEと制服に書かれた警察が我々がイメージする警察官だ。地方の警察官は皆このPOLICEだそうだ。
中国のPOLICEは日本の県警で、公安は日本の公安と戦前の特高警察を併せ持つと考えれば分かり易いと思う。 -
部屋はツインでスーツケースを開いても十分すぎるほどの広い部屋だった。
部屋の中も清潔。ベッドもこの広さなら熟睡できそうだ。 -
部屋に明かりをつけるとこのような印象になる。
テレビは大きいが日本製かどうかメーカー確認はしていない。中国ではTVは見ないことにしいるのでそこまで気が回らなかった。
ところで何故中国ではTVを見ないのか・・・。毎日反日ドラマを放映しているからだ。
以前ベトナムを観光した時にもホテルのTVで反日ドラマを放映していたが、これには驚いた。・・・「ベトナムよ。お前もか」。 -
かなり広い部屋だった。欧州の4つ星ホテルよりもずっと広い。
備え付けのお茶は「品香茗」と言う名前のお茶だった。新疆かそれとも中国のお茶なのかは不明。私は日本のお茶の方が香りも味も良いと思う。 -
洗面所。洗面台は人工大理石で洗面化粧ガラスも大きい。
-
アメニティも完備していた。ボディーソープにシャンプー、歯ブラシセット、櫛、シャワーキャップ、それにフェイスタオルだった。
中国のホテルではどこのホテルでもこの程度のアメニティは用意されていた。 -
バスタブだ。湯の温度、湯量問題なし。バスタブの栓は付いていた。赤茶けた湯も出なかった。
-
タオルには旗のような刺繍がされていた。このようなタオルはあまり見かけない。
-
ホテルの隣に大きな公園があったので行ってみた。時間はすでに夜の10時半を回っている。しかし通りでは通行人を何人も見かけた。
写真左の柵の中が公園だが柵の上の見てもらいたい。照明に照らされた箇所に鉄条網があるのだが分るだろうか。
この公園は周囲全てに鉄条網が張られていた。さらに公園の入り口は頑丈な柵と厚い鉄扉が設置されていた。入り口では保安検査を受けて中に入ったが、入り口には自動小銃を携帯した警察官が4名詰めていた。
実に物々しい警備だったので、私はフォークロアショーの余韻も吹っ飛んでしまった。 -
公園の中に入るとそこは夜の公園の景色が広がっていた。
公園内には大きな池があるが、この池は葡萄泉と呼ぶようだ。夜でも数隻のボートが浮かんでいた。
静かな応援だが、中央の橋の方から音楽が流れてきた。何をやっているんだろうか?
そっちに行ってみよう。 -
池の対岸には我々が宿泊するホテルのネオンが灯り、池の水面はホテルの明かりを写していた。
-
少しアップにして夜景をもう1枚。
-
対岸には火洲大酒店のネオンサインが暗闇に浮かび上がっている。
このホテルが今宵我々の宿泊先なのだ。 -
橋の近くに来ると音楽がはっきり聞こえてきた。橋の右端の照明が当たるところは小さな広場になっていて、そこで数十人の女性が音楽に合わせて踊っていた。
-
橋の上の照明は時間の経過とともに色が変化して綺麗だった。
-
公園の池に架けられた橋。橋の向こう側で女性たちが踊っている。
現在の時間は22時40分。トルファンの日中の気温は40度を越えとても暑いので、過ごしやすい夜の時間に集まって踊っているのだろう。 -
踊りのグループはここだけではなく、この時は2グループいた。
早いテンポの踊りなので涼しい夜でないと踊れないのだろう。踊りの曲は何曲もありるので女性たちは休憩を取りながら踊りに参加していた。休憩を取るために踊りの輪から抜けた者はしばらくするとまた輪の中に入っていく。
かなりの運動量になると思うが汗をかきながら嬉々とした顔で踊っていた。 -
こちらは池に面した水路。この水路から水が池に引かれているようだ。
水路の両側にはイルミネーション電飾が設置されていた。 -
こちらも時間の経過とともに電飾の色が変化していた。
ただ数が少ないので寂しい印象だった。 -
こうしてホテルに戻った時は午後11時前だった。イルミネーションは宿泊するホテルが一番華やかだった。明日も早いからお風呂に入って早く寝よう。
トルファン一日目の旅行記を終わります。次はトルファンの観光地火炎山と高昌古城をお送りする予定です。
今回も訪問いただき有難う御座いました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- スーポンドイツさん 2021/12/29 15:11:28
- ご無事でなによりでした
- ポポポさん
お久し振りです。いつも内容の濃い旅行記を投稿して下さり有難うございます。
ウィグルの現状を見聞きしますが、想像以上に厳しい監視下に置かれているのですね。
ひと昔前、シルクロードと言えば平山郁夫の描く哲学的な皴の深い老人、或いは喜多郎の音楽と共にオアシスで寛ぐ平和な人々を思い浮かべました。
それを思うと、とても残念ですし、日本政府の対応も気掛かりです。
食卓のテーブルクロス、麺、楽器、ウズベキスタンと似ていますね。
中国のホテルでは、反日ドラマを放映しているのですか!ベトナムが反米・反仏ではなくなぜ反日なのかも気になるところです。
ポポポさんご無事でなによりでした。
また漢人・胡さんの安全を祈るばかりです。
すーぽん
- ポポポさん からの返信 2021/12/29 18:24:37
- RE: ご無事でなによりでした
- スーポンドイツ様こんばんは。掲示板カキコありがとうございました。
ウイグルの現状は実際に目にしないと悲惨さが分かりません。日本のマスコミでは詳しい報道をしていませんから。
> ウィグルの現状を見聞きしますが、想像以上に厳しい監視下に置かれているのです
ね。
ウイグル自治区では表面的には落ち着いているように見えますが、主要な観光地では常に警察官が常駐していて検閲があります。監視カメラも中国本土の倍以上設置されていて、住民は常に監視されているそうです。さらに密告制度が住民の結束を妨げています。習近平政権下では徹底的に押さえつけられていましたね。
> ひと昔前、シルクロードと言えば平山郁夫の描く哲学的な皴の深い老人、或いは喜多郎の音楽と共にオアシスで寛ぐ平和な人々を思い浮かべました。
> それを思うと、とても残念ですし、日本政府の対応も気掛かりです。
政府内及び自民党内の親中派が正しい判断をしないといけないでしょうね。
>
> 食卓のテーブルクロス、麺、楽器、ウズベキスタンと似ていますね。
> 中国のホテルでは、反日ドラマを放映しているのですか!ベトナムが反米・反仏ではなくなぜ反日なのかも気になるところです。
はい、よく似てます。ウルムチではウズベキスタンで見かけたナンを売っていましたよ。中国のTVでは反日プロパガンダの番組として第二次世界大戦中の日本軍を鬼畜な行為をする兵隊としてドラマ化し、放映しています。腹立たしいので中国ではTVを見ません。
ベトナムの反日ドラマは意外でしたが中国ドラマの吹き替えかもしれません。しかし
経済復興支援として無料の公共工事や多額のチャイナマネーに毒されているので本音のところでは中国寄りになりつつあるのかもしれません。
> ポポポさんご無事でなによりでした。
> また漢人・胡さんの安全を祈るばかりです。
>
ありがとうございます。ガイドの胡さんは漢人の血が混じっているので大丈夫だと思います。
ポポポ
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