2019/06/11 - 2019/06/18
31位(同エリア506件中)
ポポポさん
この旅行記のスケジュール
2019/06/11
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ラクダ達
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ラクダ乗り体験
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砂漠
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鳴月閣と月牙泉
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鳴月閣
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月泉閣
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千手観音堂
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この旅行記スケジュールを元に
西安から飛行機で一っ飛び、河西回廊の西の端にある敦煌にやってきました。
敦煌は周囲を砂漠に囲まれたオアシスの町です。敦煌空港も周囲を砂漠に囲まれていました。敦煌一日目の観光はまずその砂漠にある鳴沙山と月牙泉から。
ここではシルクロードの砂漠を進む隊商の疑似体験ができました。ラクダに乗れるのです。
どんな様子だったのか。それでは本文にお進み下さい。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
6月12日旅行2日目は敦煌観光。
西安咸陽空港から飛行機に乗って14時55分に敦煌に到着した。
写真は敦煌空港の建物。空港入り口前では花壇が迎えてくれた。空港に着陸した時は周囲は砂漠ばかりでどうなることかと思ったが、建物の入り口付近には花や緑があったのでほっとした。敦煌空港 (DNH) 空港
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敦煌空港前には花壇の他に日本の石庭を真似たような砂利と石で作られた庭があった。
庭と言っても日本の石庭のような風流な物ではない。色で染めた砂利を帯上に巻いただけ。置かれたれた2つの石も意味するところはなさそうだ。敦煌空港 (DNH) 空港
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石庭に似せて作ったようでもあるが色が明るすぎる。これではわびさびは感じられない。
日本の石庭のイメージを中華風にアレンジしたものと捉えればいいのかも・・・。
さて、空港前ではツアーバスが我々を迎えてくれた。
今日から2日間は敦煌観光だ。敦煌の観光は陳春園さんという女性のガイドさんが担当してくれた。年の頃なら26~27歳くらいの明るく可愛いい娘さんだ。今日から2日間は我々爺と婆のマドンナ的存在だが、テンションが上がるのは爺達だった。
私もこんなに若いガイドさんはロシア旅行以来だ。自然と話す声にも若さがみなぎって来る。
日本語の発音は西安のガイドさんよりも流暢で聞き取りにくい言葉も少なかった。 -
敦煌の最初の観光地は鳴沙山と月牙泉である。
月牙泉は元々砂漠の中のオアシスだったものが三日月型の池に加工されて現在の姿になった。鳴沙山とともに中国有数の観光地になるにつれて周囲が開発され、写真のような大きな施設が周囲にできた。 -
この建物、博物館か何かと思って写真を撮ったが、この時は何の建物か分からなかった。
入り口の額には「敦煌文化〇〇博覧園」と書かれてあるが〇〇の文字が判読できない。
私は博覧園を博物館と読み取ったがこれは間違いだった。
実は月牙泉の観光から帰る時にこの中を通ったのだ。先に答えを言うとここは土産物店が沢山集まった場所だった。 -
鳴沙山・月牙泉の入り口には大きな石碑が建てられていた。
日本で言えば国史跡・名勝の石碑だろうが中国の方が断然大きかった。 -
写真奥に見えるのが砂山の鳴沙山。
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鳴沙山と月牙泉の入り口。そして正面に見えるのが鳴沙山。
道路両側の木々は観光地整備時に植えられたもの。清時代は周囲は全て砂に埋もれていたそうだ。
さて、鳴沙山とはある一定の条件下で人が砂山を駆け下りる時、地響きのような音がするのに由来した名前だそうだ。鳴沙山 月牙泉 砂漠・荒野
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鳴沙山・月牙泉の入り口のアップ。
こうして見ると鳴沙山って結構高い砂山なんだな。鳴沙山 月牙泉 砂漠・荒野
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中国最高の5Aクラスの観光地であることが記された石碑。
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入り口前には別の大きな石碑があった。こちらの石碑にはユネスコのマークが・・・。世界遺産のマークかと思ったがそのマークとは違うし、鳴沙山も月牙泉は世界遺産じゃない。
では何?って見たら、敦煌世界地質公園と彫られている。さらにジオパークと言う文字も・・・。
ここはユネスコの世界ジオパークに選ばれているんだという事がこれで分かった。
なのでこれはジオパークの石碑なんだ。それにしてもでかい石碑、これなら観光客の目に止まるはず。 -
地質公園に入る前にガイドさんから靴カバーが必要だと説明を受けた。
靴カバーをしておけば靴に砂が入らずに済む。鳴沙山の砂は粒子が細かいので靴の間から知らず知らずの間に入り込んでしまうらしい。
靴カバーは有料のレンタルで一組30元(日本円で約530円)。結構高いなと思ったが、ガイドはすでに1枚づつ配り始めていた。 -
靴カバーをレンタルしなかったのは男性が2人。1人は砂山だからと最初から裸足で草履を履いてきていた。
もう1人は靴だがレンタル料が高すぎると言って利用しなかった。
この靴カバーは確かに砂地は歩きやすい。でも一番効果を発揮するのは鳴沙山に登る時だ。鳴沙山の斜面に縄梯子が設置されていて、この梯子を上るときに重宝するらしい。
靴の場合は砂に足を取られて上り難いそうだ。
そのため鳴沙山に登らない人はレンタルする必要はないと思う。
さてこの靴カバーのレンタル料だが、帰国後意外なことが判明した。我々はどの業者も一律30元で価格協定しているとばかり思っていたが、業者によって値段が違う事が分かった。
この旅行記を書く際の参考として最新のガイドブックを見たのだが、愕然とした。
何と靴カバーのレンタル料は5元(約90円)と書かれていたのだ。
さらに同じ年に敦煌を旅行した4トラメンバーさんの旅行記を見ると、レンタル料は15元から20元まで色々。料金に幅があるが一番高くても20元だった。20元でもガイドブックと比較するなら高過ぎる。
我々はそれよりもさらに高い。これはガイド(騙されたのでこれからは、さん付け無しでガイドと表示する。)と業者が結託していて高い料金を払わされたんだ。多分1人10元程度がガイドのポケットに入ったんだろう。
中国を観光した諸先輩方から土産物や絵画工芸品の購入で騙されたりボラれた話を色々聞いていたが、まさかこんなところでボラれているとは思わなかった。
若い女性のガイドがグルだったのが悔しい。道理で手際がいいと思ったよ・・。
皆さん、私の記事を参考にして料金をボラれないようにしてください。 -
さて、そんなカラクリとはこの時はつゆ知らず、ラクダ乗り場にやってきました。
ガイドの話では先にラクダに乗って砂丘を進み鳴沙山の麓まで行き、そこから鳴沙山と月牙泉を観光するということだった。
ここは出番を待つラクダさんが沢山いた。 -
ここのラクダはエジプトで見たラクダに比べると小柄で少しやせていた。
ラクダは全てふたこぶラクダだ。背に鞍があるので乗りやすかった。
またラクダは怒ると怖い。歯の力がとても強いので噛まれると大変だと聞いていた。
そのため注意して乗っていたが、ここのラクダは大人しいそうで危惧していたことは起こらなかった。 -
写真はラクダ2頭で出発しているが、基本は4頭一組である。飼い主が先頭のラクダに付けたロープを引きながら歩き、綱で繋がれた4頭のラクダがその後を順々に歩いて行く。
ガイドからはラクダが立ち上がる時が一番危険なので、前にあるバーを握りしめておくようにと注意があった。
私はラクダに乗るのが初めてだったので最初はおっかなびっくりだったが、そのうち慣れてきた。
ラクダは立ち上がる時後足から立つ。その時大きく前につんのめるのでバーをしっかり握っておくのだ。前足が立ち上がればもう心配はない。
なお、ラクダの歩行ルートの要所要所で有料だがラクダ曳きが写真を写してくれる。
ラクダ曳きに写真を頼まない場合はメンバー同士がが交互に写真を撮りあえばいいとガイドは言っていた。 -
我々のグループはラクダが4頭、先頭のラクダの口元に曳き綱を付け、その綱をラクダ曳きの男性が曳いて行くのだ。ラクダ曳きは30前後の若い男性だった。
写真の男性が先頭で、私は2番目、私の後に3番目、4番目と続く。
ラクダ曳きに写真を頼んだのは前の男性と私の二人。後ろの2人は頼まなかった。
今ラクダ曳きは前の男性の写真を撮っているためファインダー内には写っていない。ここの写真は私が写したものだが、他の写真は全て飼い主が写してくれたものだ。なお写真の撮影料は20元(約350円)だった。
ラクダ曳きは前の男性の写真を撮り終えると今度は私の写真をとってくれた。
ただ写す枚数が全然違う。最初は前の男性は私の倍以上の写真を撮ってもらっていた。
同じ枚数にするように英語で話しかけるも英語が全く理解できないらしい。理解できないのでもちろん英語が話せない。相手は中国語(多分敦煌語)で返すのだが、今度はこちらが理解できない。なのでもう話しかけるのは止めた。
その後は大体同じ枚数写すようになった。だが写した枚数を数えていて、写す枚数を同数にする訳でもない。あくまでもアバウトだ。要は彼の気分次第で撮る場所も枚数も決められるという事のようだ。
さて、ラクダの列が進むにつれて私のラクダが前のラクダの横に並んで歩くようになった。そのため前のラクダと接触しそうになる。
時々ラクダ曳きがしかりつけていたが、効き目はない。そのため時折鞭を振る場面もあった。
私のラクダが前のラクダに寄り添うようにするので、前のラクダはお母さんラクダじゃないのかなと思った。
ラクダの背に揺られていると、いつの間にかラクダの動きに合わせて自然に体が揺れて来る。そうすると子ラクダの行動も気にならなくなった。 -
彼が写してくれた写真。
話す言葉は分からないが身振り手ぶりで手を挙げろとか、あちらを向けこちらを向けなどとポーズを付けて来る。
でも撮影ポイントが決まっているようで、撮ってもらった写真は同じポーズが3枚4枚となっていて、後で見たらガッカリした。
我々のラクダ曳は写真が下手だった。ピンボケの写真が何枚もあるのだ。もっと撮る角度を変えるとか、背景を考えるとかもして欲しかった。
ラクダ曳きが私達2人の写真を写していた時、後ろの2人が写真を撮り始めた。すると急に声を荒げて怒り出した。
ギャーギャー言ってたが、写真を撮るなと言っているのだ。金も払わないのに勝手に写真を写すなと言いたいのだろう。流石に後ろの2人は写真を写すことを止めた。
写真の撮影に関してはガイドが話したことと違っていた。 -
再び同じ場所をアップで写してくれた。
さて写真の取り扱いだが、飼い主によってさまざまだという事が後で分かった。
我々の前のグループのラクダ曳きは、撮影ポイントに限らず常ににこにこして写真を写してくれた。
写真を頼んでいない人でも自由に写真を撮らせていたので、我々のラクダ曳きが一番たちが悪いようだ。
我々の飼い主は若い。多分30前後くらいだろう、若いだけに金儲けを優先させる儲け根性が丸見えだ。他の飼い主は年配の人が多かったので客との対応もそつなくこなしていた。 -
次は右手を挙げたポーズを要求されてパチリ。
このポーズでも何枚か写真を撮られたが、もっと写す方向を変えて撮って欲しかった。 -
我々の後ろには1グループ(4頭)のみ。
ラクダの列が続いていたら雰囲気出ただろうにな。ちょっと残念。 -
今度は後ろから写してくれた。
前の前の列の白い服のラクダ曳きの男性はしょっちゅう写真を写していた。いい仕事してますねー。
前を行くラクダの列は我々のツアーメンバーの一行だ。 -
砂漠とラクダ隊。
ラクダ曳きのお兄さん、もっと左のラクダの列をファインダーに入れてよね。
この構図じゃ面白くないでしょう。 -
砂漠を進むラクダの一行。人数は少ないがシルクロードを行く隊商はこんな様子だったのだろう。
こんな景色を見ると「月の砂漠」の曲が自然に浮かんでくる。月夜じゃないけれど、王子様とお姫様の2頭のラクダでもないけれど、それでもこの歌にピッタリの雰囲気。歌うのはもちろん小鳩くるみさん。「月の砂漠」の唄は小鳩くるみさんの声にピッタリだと思う。あの澄み切った清らかな歌声は一度聞くと頭から離れなかった。 -
前のラクダ隊の白服のおじさん。またまたカメラを構えて撮影タイム。
このおじさん、ラクダを曳く姿よりも写真を写している姿の方が記憶に残っている。
本当に細目に写真を写していたなあ。 -
こういう写真は好き。欲を言えばもっと右にカメラを振ってくれれば良かったのに。こんな写真を見るとNHKの番組「刺繡の道」を思い出す。
喜太郎のシンセサイザー「刺繡の道」のメインテーマがどこからか聞こえてくるから不思議だ。 -
ラクダ曳きの兄さんはこんな構図が好きらしい。
-
砂山の上りに差し掛かるとラクダの列が詰まってきた。
この坂を上りきると視界が開けるようだ。その辺りで写真を写して欲しいな。 -
列はなかなか進まない。ラクダにはかなりきつそうだが、しっかりした足取りでゆっくりと進んで行く。
-
もう少しで砂丘を登りきる。
この丘に登ると眼下に広々とした砂丘が広がり眺めは抜群だった。
でもここは写真の撮影ポイントではないようで、前のグループも我々のグループを歩みを止めずに進んで行く。 -
丘を登りきるとその先にはまた小高い丘が待っていた。
先を進んでいた組は写真の撮影タイムに入っている。私達のラクダ曳きはここではこの写真と下の写真の2枚しか写してくれなかった。
カメラを構えていたのでもう少し写してくれていたと思っていたが、実際は違っていたのだ。
ここからの眺めはよ良かったのに、残念だ・・・。 -
ポーズを決めてハイ、パチリ。
-
砂漠を行くキャラバン隊もこんな印象だったのだろう。
峠を上り終えると今度は緩やかな下りの道を進む。道と書いたが砂漠なのでそのような道は無い。先に通ったラクダの足跡をたどって進んでいるのだ。
ラクダ曳き達には毎日歩く道なので体に染みついたルートなのだろう。 -
前の行くラクダのキャラバン・・・らしい風景。
キャラバンの先に何やら標識らしきものがあるが、ここは集合写真を写す場所。
後で写真を見て注文する方式の観光地によくあるやつ。
ところがここで思わぬことが起きた。写真を撮ることは無かったがラクダ曳きが何をとち狂ったか列を離れて右に大きく曲がり砂丘を下り始めた。
ラクダの行く先には小さな事務所があり、そこの男性が3人詰めていた。どうも記念撮影をするカメラマンのようだった。事務所の奥にはヘリポートが見えた。
鳴沙山・月牙泉上空の遊覧飛行のヘリポートだ。そのように英語で書かれていた。
ラクダ曳きは彼らに何か大声で話しかけ、それからヘリポートに向かい歩き始めた。
これには我々はびっくり。
ラクダ曳きが勝手に我々をヘリコプターに乗せてマージンを稼ごうという魂胆らしい。
これには皆頭にきた。「おい、どこ行くんだよ。ヘリコプターなんて頼んでないぞ。この野郎、とんでもない奴だ。頼みもしないのに勝手なことしやがって。」
写真撮影を止められたグループの一人が頭にきて激しく罵った。日本語だから相手には何を言っているのか分からない。
「どうしたの?」と言った感じでキョトンとしていた。
そこでみなで「ノーノー、バックバック」とまくし立てた。流石にノーとバック程度は分かったらしくラクダの綱を引いてもと来た道に戻り始めた。
思いもしないちょっとしたハプニングだったが、このことがあって我々は白けてしまった。でもラクダ乗りは面白かった。
このハプニングは今もはっきり覚えている。今後も鳴沙山・月牙泉の名前を聞くとこのハプニングを思い出すだろうな。 -
何だかんだあってラクダ乗り体験終了。所要時間は1時間だった。
このラクダちゃんが私を乗せてくれたのだ。1時間も乗っていると親近感が湧いてくる。
なので忘れないように写真に写しておこう。
長い時間乗せてくれてありがとうね。と心に中で礼を伝えたが届いただろか・・。 -
これは一番前のお母さんラクダ。これは真正面すぎて鼻ばかりが強調されてしまった。
-
仕事を終えたラクダが帰ります。この後もう一仕事あるのかな。
ともかくみんなありがとう、元気でね。 -
公園内の案内標識。
正面は鳴沙山、月牙泉もこの方向です。ここからはしばらく歩きでした。 -
写真左の女性が現地ガイドの陳さん。正面に見えてきたのが鳴沙山の登り口。
砂山の斜面を多くの人が登っている。
斜面には梯子がかけてあり、そこを上って行くそうだ。梯子の左右は砂滑りになっているが、砂に足がめり込むので注意が必要とのこと。ここでは靴カバーが必要になるそうだ。 -
鳴沙山の登り口。
中には靴カバーを付けないで登っている者がいるが、足が砂に取られて大変だろう。鳴沙山 月牙泉 砂漠・荒野
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登り口をズームしてみた。
靴カバーを付けていないので苦労していた。
登り口の近くまで来たところで一旦ストップ。「鳴沙山に登る人はいますか。登って降りてくる時間は十分にありますよ。それから砂滑りも楽しいですよ。」とガイドから話があった。「誰かいませんか?」・・・・誰も反応なし。
右膝の調子が悪くなければ登るのだが、まだ完全に治っていない。正座は痛くてできないし、まだしゃがむことさえできないのでここは無理しないことにした。
私より明らかに若い男性も数人いたが彼らも登る素振はない。ガイドから勧めがあったが結局ジジババツアーは砂山登り参加者なし。
そのためガイドは月牙泉の方に私達を案内してくれた。 -
鳴沙山の登り口を振り返ると、格好高さがあることが分る。
砂滑りは楽しいだろうな。子供が小さい時に連れて行った草滑り。子供たちが面白さに病みつきになり、毎週連れて行ってくれとせがんだことが思い出された。 -
月牙泉が見えてきた。元々オアシスだった池を人工的に三日月型に作り替えたもので、名称の「月牙」とは三日月と言う意味だ。
鳴沙山 月牙泉 砂漠・荒野
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三日月のように湾曲していることは分かるが、このオアシスを三日月として見るには鳴沙山に登らないといけない。
池のほとりにあるのが鳴月閣。元々ここには道教の寺院があったのだが、文化大革命の時に紅衛兵に跡形も無く破壊れてしまった。今の建物はその後に建てられたので新しい建物だ。 -
このあたりからだと三日月に見えないこともない。
山に登れなかったのだから、この景色で満足しよう。 -
鳴沙山に登れなかったので、山から見下ろした月牙泉と鳴月閣の景色が見たかった。
そこでこの写真をWikipediaから拝借。この写真は山の斜面の途中から写したものだろうと思う。
山上から写したのであれば月牙泉がもっと三日月になっているのではなかろうか。 -
月牙泉と鳴月閣の全景。鳴月閣にある塔は月泉閣と呼ばれている。
ここからは25分の自由行動だ。25分後にこの辺りに集まればいい。
鳴沙山に登らなかったので自由時間はもう少し長いかと思ったがそうでもなかった。
この辺りでは鳴沙山に登るのがハイライトになっている。そのため登らないのなら観光する時間は25分もあれば十分だったのだ。鳴沙山 月牙泉 砂漠・荒野
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鳴月閣と中にある月泉閣。
ここは無料で観光できるが月泉閣には上れなかった。 -
月牙泉に近づいてみた。杭から中には入れないのでギリギリまで近寄ってみたが泉は澄んではいなかった。
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鳴月閣の3階建ての楼閣月泉閣だ。
2020年版のガイドブックには2階の上ることができると書かれてあったが、観光した時は上れなかった。
何か特殊事情があったのかもしれない。 -
鳴月閣境内の様子と月泉閣。
鳴沙山と月牙泉周辺では観光客が多かったが、鳴月閣の境内は少なかった。 -
境内から見た月牙泉。泉のほとりには遊歩道があり周囲には花が咲いていた。この遊歩道は月牙泉沿いに作られている。泉沿いに歩いて戻ってくれば時間が結構かかりそうだ。
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月牙泉の説明板。
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鳴月閣の境内。ここは一番奥にある建物。ベンチがあり、ここから月牙泉と砂山の景色を眺めることができた。
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鳴月閣境内の見取り図。
こうして見ると鳴月閣の中心的建物は月泉閣のようだ。まだ他の建物を見ていないのでこれからそれらを訪れてみよう。 -
境内内の敷石にはこのように文字が書かれたものがあった。
「水有〇泉之神、山有鳴沙之昇」と刻まれている。〇の部分はどんな漢字か判別不能。
鳴沙山と月牙泉を評した詩の一部かもしれない。 -
金吾千手観音堂。金吾がどういう意味か分からないが、このお堂には金色の千手観音菩薩が祀られていた。
文化大革命で破壊される以前は道教の寺院だったが、仏教寺院として再建されたようだ。 -
堂内の黄金の仏像、黄金の諸菩薩の像が燦然と光を放っていて煌めくような空間だった。
写真では表現できないほど見事な仏像群だった。ここにこんなに美しい仏像があるなんて思ってもみなかった。 -
上の写真の左に鎮座していた黄金の仏像群。
このお堂は光に満ちてとても美しかった。月牙泉に来たら忘れずにこのお堂は訪問してください。 -
この像が本尊の千手観音菩薩像。
個人の感想だが、この像よりも奥に鎮座していた千手観音菩薩の方が神々しく美しかった。 -
仏画の壁画。
壁一面が仏の世界。この絵の続きが下の仏画だった。 -
壁に描かれた壁画。仏と飛天が絵が描かれているので極楽を表していると思われる。
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文化大革命で破壊される前の道教の寺院の模型。
以前も寺の中心に塔があったことが分る。でも塔の高さは再建された方が高い。
以前は2階建てだが現在の塔は3階建て。 -
中心部のアップ。
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境内の一棟。この建物の中に上記の仏画が描かれていたと思うのだが、記憶が曖昧ではっきり覚えていない。
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月牙泉の石碑の前が集合場所。
皆が集まるまで周囲の写真を写していた。 -
鳴沙山の登り口がどうしても気になるようで、また同じ所の写真を写していた。
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月牙泉に向かって右側にある砂山。鳴沙山よりは低く、なだらかな山容している山だった。
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上の砂山を別方向から見た写真だ。流れるような曲線が実に美しい。
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鳴月閣と鳴沙山。人がいない景色を写したかったが、この方向は月牙泉に向かう観光客の往来が頻繁な場所だったため無理だった。
この後はもう帰るだけ。
ガイドはラクダから降りた場所の近くに我々を案内してくれた。ここからはカートに乗って入り口まで戻るそうだ。歩くとかなりの距離があるらしい。 -
こうしてカートで入り口まで戻ってきた。
写真は砂山を登るラクダ隊の様子。我々が乗った時と違って今は大渋滞だ。
時間を調べると今は18時22分。ラクダに乗る時間が約1時間なので月牙泉は19時30分前後に到着するんだろうな。
そう考えているとある事が頭に浮かんだ。今日の日の入りは何時だどうか?
日の入り時に沙山の山頂から月牙泉を見下ろすと周囲の砂山が日没の太陽の光に照らされて黄金色に輝くそうだ。また赤く燃えるように見える時もあるらしい。
その景色を求めて皆この時間帯に訪れているんじゃないだろか。
だから大渋滞なんだと・・・。我々はツアーだからそれは望むべくもない。
右足の膝が不調なので山に登れるわけでもない。悔しいけどあきらめるしかないな。 -
大渋滞のラクダ部隊。先頭の方は進んだが、写真を撮りながらだから牛歩の様だ。
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鳴沙山・月牙泉最後の写真。
ラクダにはもう一度乗ってみたいな。ラクダの背に乗って揺られるのは気持ちよかった。 -
もう入り口を出ました。帰る道すがら目にした土像です。行くときはこんなのがあるなんて全く気付かなかったのに。
右側の道路沿いに何体もこのような像がありました。
これで敦煌観光その1は終わりです。次は夜の敦煌と沙州市場の旅行記。敦煌莫高窟まで書けるかもしれません。
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