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2020年12月10日(木)2時頃、塩小路橋東詰から鴨川運河を歩いて約4.5㎞、墨染橋に到着。1964年(昭和39年)竣工の割りと新しい橋。墨染はこの辺りの地名だが、橋のすぐ西にある墨染寺(ぼくせんじ)に由来する。ここは半年ほど前に行ったばかり(下記のリンクの旅行記参照)。<br />https://4travel.jp/travelogue/11631262<br /><br />橋の上は、ほぼ運河と並行して京都から下ってきた伏見街道から分岐して西に向かい、墨染橋の西で南に折れて観月橋から奈良に続く大和街道が通っている。東詰すぐには京阪本線墨染駅がある。1910年(明治43年)4月の京阪本線開通時に開業。北東400mほどに藤森神社があり、最寄り駅。<br /><br />運河には結構大きな魚が泳いでいる。鯉かな(下の写真1)。墨染橋から200mほどで出雲橋。幅2mほどの石造りの三角橋だが、新しい橋で1974年竣工。橋の名前の由来は不明。中央の橋桁には京都市旧水道局章の六芒星マーク。出雲橋の先で運河は2方向に分かれる(下の写真2)。<br /><br />右手の水路は関西電力墨染発電所の取水口に通じている。墨染ダムとも呼ばれ、1914年(大正3年)に伏見発電所として運転を開始。現在も関西電力の発電所として運転を続けている。「琵琶湖疏水の発電施設群」として、蹴上発電所、夷川発電所とともに土木学会選奨土木遺産に認定されている。水路式(流込み式)の発電設備で、立軸カプラン水車および立軸三相交流誘導発電機を備える。認可最大出力2,200kW、最大使用水量は20.00立方m/s、有効落差は14.31m。<br /><br />出雲橋を渡ると狭い小道が墨染発電所の金網の柵に沿って西に向み、北西の通りに抜けることが出来る。分岐にあるのが除塵スクリーン。大きな塵挨を除去するもの(下の写真3)。水路の一番奥に小さめの塵挨を除去す除塵スリットがありその裏、南側に取水口。流入ゲート3つと小さめの余水吐ゲート1つが設置されている。<br /><br />出雲橋を渡らずにまっすぐ南に進むと墨染舟溜り。かつてここには総延長581.5m、標高差18mの伏見(墨染)インクラインがあった(蹴上インクラインと長さはほぼ同じで、高さは半分)。<br /><br />鴨川運河開通の翌年の1895年(明治28年)の完成で、宇治川に注ぐ濠(ほり)川および伏見城残濠と高度差のある鴨川運河を結び舟運に使われた。1943年(昭和18年)に廃止され、その跡地は国道24号線となっている。<br /><br />インクライン跡の途中、国道24号線を跨ぐ歩道橋の北詰めに撞木橋の石碑が目立たないがある。かつては橋がインクラインの上に掛かっていた。橋の名前は、町名にもなっているが、この通りのすぐ北側にあった遊郭の名前から来ている<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.6190315811038391&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />秀吉が伏見城を築いた1596年に伏見夷町と云う遊里が誕生、その後1604年にこの地に移され、街路が丁字型をしていることから撞木(しゅもく)町廓(くるわ)と呼ばれた。墨染通りから100mほどの通りに遊郭が並んでいたそうで、赤穂浪士の大石内蔵助が昼行灯と呼ばれて遊興していた遊郭もあった。戦後の売春防止法で遊郭は廃止され、1990年代まではお茶屋が数件営業していたが、今は完全な住宅街になっており、撞木町廓碑が残るのみ(下記のリンクの旅行記参照)。<br />https://4travel.jp/travelogue/11631262<br /><br /><br />インクラインの先も管理上は鴨川運河なので、続く

京都 琵琶湖疏水 鴨川運河6(Kamogawa Canal, Biwako Canal, Kyoto, JP)

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2020/12/10 - 2020/12/10

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ちふゆ

ちふゆさん

2020年12月10日(木)2時頃、塩小路橋東詰から鴨川運河を歩いて約4.5㎞、墨染橋に到着。1964年(昭和39年)竣工の割りと新しい橋。墨染はこの辺りの地名だが、橋のすぐ西にある墨染寺(ぼくせんじ)に由来する。ここは半年ほど前に行ったばかり(下記のリンクの旅行記参照)。
https://4travel.jp/travelogue/11631262

橋の上は、ほぼ運河と並行して京都から下ってきた伏見街道から分岐して西に向かい、墨染橋の西で南に折れて観月橋から奈良に続く大和街道が通っている。東詰すぐには京阪本線墨染駅がある。1910年(明治43年)4月の京阪本線開通時に開業。北東400mほどに藤森神社があり、最寄り駅。

運河には結構大きな魚が泳いでいる。鯉かな(下の写真1)。墨染橋から200mほどで出雲橋。幅2mほどの石造りの三角橋だが、新しい橋で1974年竣工。橋の名前の由来は不明。中央の橋桁には京都市旧水道局章の六芒星マーク。出雲橋の先で運河は2方向に分かれる(下の写真2)。

右手の水路は関西電力墨染発電所の取水口に通じている。墨染ダムとも呼ばれ、1914年(大正3年)に伏見発電所として運転を開始。現在も関西電力の発電所として運転を続けている。「琵琶湖疏水の発電施設群」として、蹴上発電所、夷川発電所とともに土木学会選奨土木遺産に認定されている。水路式(流込み式)の発電設備で、立軸カプラン水車および立軸三相交流誘導発電機を備える。認可最大出力2,200kW、最大使用水量は20.00立方m/s、有効落差は14.31m。

出雲橋を渡ると狭い小道が墨染発電所の金網の柵に沿って西に向み、北西の通りに抜けることが出来る。分岐にあるのが除塵スクリーン。大きな塵挨を除去するもの(下の写真3)。水路の一番奥に小さめの塵挨を除去す除塵スリットがありその裏、南側に取水口。流入ゲート3つと小さめの余水吐ゲート1つが設置されている。

出雲橋を渡らずにまっすぐ南に進むと墨染舟溜り。かつてここには総延長581.5m、標高差18mの伏見(墨染)インクラインがあった(蹴上インクラインと長さはほぼ同じで、高さは半分)。

鴨川運河開通の翌年の1895年(明治28年)の完成で、宇治川に注ぐ濠(ほり)川および伏見城残濠と高度差のある鴨川運河を結び舟運に使われた。1943年(昭和18年)に廃止され、その跡地は国道24号線となっている。

インクライン跡の途中、国道24号線を跨ぐ歩道橋の北詰めに撞木橋の石碑が目立たないがある。かつては橋がインクラインの上に掛かっていた。橋の名前は、町名にもなっているが、この通りのすぐ北側にあった遊郭の名前から来ている
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.6190315811038391&type=1&l=223fe1adec

秀吉が伏見城を築いた1596年に伏見夷町と云う遊里が誕生、その後1604年にこの地に移され、街路が丁字型をしていることから撞木(しゅもく)町廓(くるわ)と呼ばれた。墨染通りから100mほどの通りに遊郭が並んでいたそうで、赤穂浪士の大石内蔵助が昼行灯と呼ばれて遊興していた遊郭もあった。戦後の売春防止法で遊郭は廃止され、1990年代まではお茶屋が数件営業していたが、今は完全な住宅街になっており、撞木町廓碑が残るのみ(下記のリンクの旅行記参照)。
https://4travel.jp/travelogue/11631262


インクラインの先も管理上は鴨川運河なので、続く

  • 写真1 運河を泳ぐ魚

    写真1 運河を泳ぐ魚

  • 写真2 鴨川運河墨染分岐

    写真2 鴨川運河墨染分岐

  • 写真3 墨染ダム除塵スクリーン

    写真3 墨染ダム除塵スクリーン

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