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さいたま市中央区(旧与野市)にある長伝寺は、創建年代は不詳ですが、古くより真言宗の寺院としてこの地にあったようです。<br />天正2年(1574年)に川越の連馨寺(れんけいじ)から、源誉存応(げんよぞんのう)が来られて、1年余(8年という説も)滞在されたということです。寺伝では、10数年の在往により源誉存応の教えを受けて浄土宗に改宗しました。正式名を貞樹山観智院長伝寺といいます。<br />源誉存応は、その後、江戸の増上寺に移り、天正12年(1584年)には増上寺の12世住持となりました。天正18年(1590年)に徳川家康が江戸に転封されると、増上寺は徳川家の菩提寺となりました。源誉存応は芝の大本山・増上寺中興の祖といわれています。 慶長15年(1610年)、徳川幕府の推薦により、朝廷から 「観智国師」という称号を受けました。<br />さて、長伝寺の境内には、その中央付近に白いオブジェがあります。<br />ご住職に伺ったところ、交通事故でお子さんを亡くした方がおり、憔悴のあまり自殺するのではないかという状況だったそうですが、何とか立ち直り、その後、お寺に高額なご寄進があったそうです。<br />ご住職は、ご両親の想いを汲み取り、万人の霊をなぐさめ、悲しみを和らげるものとして、仏像とは全く異なる造形物を設置することにしたそうです。<br />「透明なおもい」と名付けられた大理石のオブジェは、ニューヨーク在住の彫刻家・板東優氏の作品で、イタリアのピエトロサンタで構想し、2年間の歳月をかけて完成したものです。

与野本町の長伝寺は、とても由緒あるお寺でした

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2020/08/05 - 2020/08/05

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FUKUJIRO

FUKUJIROさん

さいたま市中央区(旧与野市)にある長伝寺は、創建年代は不詳ですが、古くより真言宗の寺院としてこの地にあったようです。
天正2年(1574年)に川越の連馨寺(れんけいじ)から、源誉存応(げんよぞんのう)が来られて、1年余(8年という説も)滞在されたということです。寺伝では、10数年の在往により源誉存応の教えを受けて浄土宗に改宗しました。正式名を貞樹山観智院長伝寺といいます。
源誉存応は、その後、江戸の増上寺に移り、天正12年(1584年)には増上寺の12世住持となりました。天正18年(1590年)に徳川家康が江戸に転封されると、増上寺は徳川家の菩提寺となりました。源誉存応は芝の大本山・増上寺中興の祖といわれています。 慶長15年(1610年)、徳川幕府の推薦により、朝廷から 「観智国師」という称号を受けました。
さて、長伝寺の境内には、その中央付近に白いオブジェがあります。
ご住職に伺ったところ、交通事故でお子さんを亡くした方がおり、憔悴のあまり自殺するのではないかという状況だったそうですが、何とか立ち直り、その後、お寺に高額なご寄進があったそうです。
ご住職は、ご両親の想いを汲み取り、万人の霊をなぐさめ、悲しみを和らげるものとして、仏像とは全く異なる造形物を設置することにしたそうです。
「透明なおもい」と名付けられた大理石のオブジェは、ニューヨーク在住の彫刻家・板東優氏の作品で、イタリアのピエトロサンタで構想し、2年間の歳月をかけて完成したものです。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
自家用車 徒歩
  • 長伝寺の最寄り駅は、JR埼京線の北与野駅です。駅から西へ徒歩約10分。 <br />門扉には徳川家の御紋がついています。<br />このときは、お寺の由緒を知らなかったので、不思議な思いでした。

    長伝寺の最寄り駅は、JR埼京線の北与野駅です。駅から西へ徒歩約10分。
    門扉には徳川家の御紋がついています。
    このときは、お寺の由緒を知らなかったので、不思議な思いでした。

  • 門の外から見た本堂。<br />すぐ近くの会社に寄った帰りで、もう30年も近くまで来ていたのですが、このとき何か惹かれるものを感じて、初めてお寄りしました。

    門の外から見た本堂。
    すぐ近くの会社に寄った帰りで、もう30年も近くまで来ていたのですが、このとき何か惹かれるものを感じて、初めてお寄りしました。

  • 門が閉まっていたので、観音堂の側から入りました。<br />観音堂。座高82.8cmの木像聖観音座像が安置されています。この観音様は口を少し開き歯をのぞかせており、歯仏の観音と親しまれています。<br />一説には、行基の作とも。

    門が閉まっていたので、観音堂の側から入りました。
    観音堂。座高82.8cmの木像聖観音座像が安置されています。この観音様は口を少し開き歯をのぞかせており、歯仏の観音と親しまれています。
    一説には、行基の作とも。

  • 現在の観音堂は昭和50年に竣工しました。

    現在の観音堂は昭和50年に竣工しました。

  • 古い手水鉢。

    古い手水鉢。

  • 境内の全景。この写真の右側に観音堂が建っています。

    境内の全景。この写真の右側に観音堂が建っています。

  • 本堂、昭和45年に改築されました。

    本堂、昭和45年に改築されました。

  • 常香炉。<br />それにしても支えている邪鬼はとても重そうです。<br />ブラック企業を支えているサラリーマンにも見えてくるのですが...、悪魔を追い払う役目を担っているのだそう。

    常香炉。
    それにしても支えている邪鬼はとても重そうです。
    ブラック企業を支えているサラリーマンにも見えてくるのですが...、悪魔を追い払う役目を担っているのだそう。

  • 本堂の内部です。上部の額は、増上寺63世 瑞誉巨東の筆です。瑞誉巨東は天保11年(1840年)から天保13年まで増上寺の住持でした。

    本堂の内部です。上部の額は、増上寺63世 瑞誉巨東の筆です。瑞誉巨東は天保11年(1840年)から天保13年まで増上寺の住持でした。

  • ご本尊の阿弥陀三尊像です。阿弥陀像は三尺立像で、平安中期の天台宗の僧・恵心僧都の作と伝わっています。

    ご本尊の阿弥陀三尊像です。阿弥陀像は三尺立像で、平安中期の天台宗の僧・恵心僧都の作と伝わっています。

  • 閻魔大王像。こちらは元禄11年作。本堂内にありました。

    閻魔大王像。こちらは元禄11年作。本堂内にありました。

  • 本堂の西側は墓地になっています。

    本堂の西側は墓地になっています。

  • 西沢曠野(にしざわこうや)の墓。

    西沢曠野(にしざわこうや)の墓。

  • 西沢曠野は寛保3年(1743年)に与野本町に生まれています。江戸に出て儒学者細井平州の門人となり、与野に帰郷後、漢学塾を開いて近在の子弟教育にあたりました。

    西沢曠野は寛保3年(1743年)に与野本町に生まれています。江戸に出て儒学者細井平州の門人となり、与野に帰郷後、漢学塾を開いて近在の子弟教育にあたりました。

  • また、天明の大飢饉の際は私財をなげうって窮民救済にあたり、後世に「与野聖人」と崇敬されました。

    また、天明の大飢饉の際は私財をなげうって窮民救済にあたり、後世に「与野聖人」と崇敬されました。

  • 板碑。

    板碑。

  • 鐘楼。

    鐘楼。

  • 古鐘は元禄期の鋳造、延享3年に改鋳されました。

    古鐘は元禄期の鋳造、延享3年に改鋳されました。

  • 有縁無縁之塔。

    有縁無縁之塔。

  • 長伝寺境内の中央に立つ「透明なおもい」。<br />大理石は磨き上げておらず、触ると少しだけざらっとします。

    長伝寺境内の中央に立つ「透明なおもい」。
    大理石は磨き上げておらず、触ると少しだけざらっとします。

  • 暑い日だからなのか、暖かみを感じました。<br />それは表面の温度ではなく、内部から放たれる熱量みたいな感じです。

    暑い日だからなのか、暖かみを感じました。
    それは表面の温度ではなく、内部から放たれる熱量みたいな感じです。

  • この場所を指し示したのも彫刻家・板東優氏で、一度だけ車がぶつかって数ミリ動いてしまったことがあるそうですが、それだけでも、再来したときにその異変に気づいて元の位置に修正するように言われたそうです。

    この場所を指し示したのも彫刻家・板東優氏で、一度だけ車がぶつかって数ミリ動いてしまったことがあるそうですが、それだけでも、再来したときにその異変に気づいて元の位置に修正するように言われたそうです。

  • ご住職は「透明なおもい」の周りに防護柵を用意したそうですが、板東氏は多くの方に触れてもらいたいとの意向を示し、柵をつけていないと言うことでした。<br />グーグルマップで見ても、ポツンと白い物体が見えています。

    ご住職は「透明なおもい」の周りに防護柵を用意したそうですが、板東氏は多くの方に触れてもらいたいとの意向を示し、柵をつけていないと言うことでした。
    グーグルマップで見ても、ポツンと白い物体が見えています。

  • おまけ。マンホールの蓋ですが、旧「与野市」のものが残っていました。現在はさいたま市となっているので、いずれ消えてしまうでしょう。<br />最後までお読みいただきましてありがとうございました。

    おまけ。マンホールの蓋ですが、旧「与野市」のものが残っていました。現在はさいたま市となっているので、いずれ消えてしまうでしょう。
    最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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