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このときは、県外移動の自粛が出されていました。仕事で訪問したお取引様の近くにあった神社を訪ねました。<br />堀兼神社は、狭山市堀兼にある神社です。堀兼神社の創建年代等は不詳ながら、武蔵野台地にある貴重な井戸(堀兼の井)とかかわるものと考えられ、平安末期には既に「堀兼の井」が広く知られていました。<br />慶安3年(1650年)には、川越城主松平伊豆守信綱が長谷川源右衛門に命じて社殿を建立、承応年間(1652-1655年)より始まった当地開発により、延宝3年(1675年)に堀金村が成立しました。<br />明治40年から明治42年にかけて村内の神社十二社を合祀したといいます。<br />素晴らしい青空の下、自由に旅行することができないとは思いもしませんでした。立ち寄り時間は約40分でした。<br />

武蔵野台地の命綱だった堀兼の井と掘兼神社

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2020/05/14 - 2020/05/14

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旅行記グループ 埼玉の旅

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FUKUJIRO

FUKUJIROさん

このときは、県外移動の自粛が出されていました。仕事で訪問したお取引様の近くにあった神社を訪ねました。
堀兼神社は、狭山市堀兼にある神社です。堀兼神社の創建年代等は不詳ながら、武蔵野台地にある貴重な井戸(堀兼の井)とかかわるものと考えられ、平安末期には既に「堀兼の井」が広く知られていました。
慶安3年(1650年)には、川越城主松平伊豆守信綱が長谷川源右衛門に命じて社殿を建立、承応年間(1652-1655年)より始まった当地開発により、延宝3年(1675年)に堀金村が成立しました。
明治40年から明治42年にかけて村内の神社十二社を合祀したといいます。
素晴らしい青空の下、自由に旅行することができないとは思いもしませんでした。立ち寄り時間は約40分でした。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
自家用車 徒歩
  • 堀兼神社という名前のバス停がありました。

    堀兼神社という名前のバス停がありました。

  • 駐車場も広いです。20台くらいはOKです。

    駐車場も広いです。20台くらいはOKです。

  • 一の鳥居。以前の鳥居が老朽化したため、平成21年に改築しました。周辺は住宅地ですが、この一角だけは森になっています。

    一の鳥居。以前の鳥居が老朽化したため、平成21年に改築しました。周辺は住宅地ですが、この一角だけは森になっています。

  • 鳥居の横に建つ舗石供養塔。富士講の供養塔で嘉永元年(1848年)の建立。

    鳥居の横に建つ舗石供養塔。富士講の供養塔で嘉永元年(1848年)の建立。

  • 堀兼神社の扁額。堀兼神社の本宮である北口本宮冨士浅間神社の上文司 厚 宮司の謹書を基としています。

    堀兼神社の扁額。堀兼神社の本宮である北口本宮冨士浅間神社の上文司 厚 宮司の謹書を基としています。

  • 二の鳥居。

    二の鳥居。

  • 手水舎。

    手水舎。

  • 龍の手水。

    龍の手水。

  • 年中祭事。

    年中祭事。

  • 狭山市内で唯一の随身門。<br />創建は不詳ですが、万延元年(1860年)に神像を塗替えたとする記録があるので、江戸時代後期には存在していたようです。<br />建物は桁行6.85m、梁行4.12mメートルの八脚門です。屋根は大正14年に銅板葺に改修しました。

    狭山市内で唯一の随身門。
    創建は不詳ですが、万延元年(1860年)に神像を塗替えたとする記録があるので、江戸時代後期には存在していたようです。
    建物は桁行6.85m、梁行4.12mメートルの八脚門です。屋根は大正14年に銅板葺に改修しました。

  • 随身とは、平安時代以降に上皇や貴族が外出するときに武装して警護にあたった人のことです。日本の神道においては、神を守る者として安置されており、随神とも書かれます。

    随身とは、平安時代以降に上皇や貴族が外出するときに武装して警護にあたった人のことです。日本の神道においては、神を守る者として安置されており、随神とも書かれます。

  • 向かって左側が矢大神の豊磐間戸命(とよいわまどのかみ)。

    向かって左側が矢大神の豊磐間戸命(とよいわまどのかみ)。

  • 右側が左大神の奇磐間戸命(くしいわまどのかみ)。

    右側が左大神の奇磐間戸命(くしいわまどのかみ)。

  • 随身門を抜けると、社殿に上がる石段。<br />社殿が建っているこの小高い丘は富士塚です。

    随身門を抜けると、社殿に上がる石段。
    社殿が建っているこの小高い丘は富士塚です。

  • 石段を随身門の横から見たところ。

    石段を随身門の横から見たところ。

  • 左右に一対の狛犬。

    左右に一対の狛犬。

  • 拝殿。御祭神は富士浅間大社から勧請した木花咲耶姫命です。拝殿の手前にさらに一対の狛犬です。

    拝殿。御祭神は富士浅間大社から勧請した木花咲耶姫命です。拝殿の手前にさらに一対の狛犬です。

  • 石段を下りると、富士塚の名残があります。社殿に向かって右下に境内社と手水舎が残っています。

    石段を下りると、富士塚の名残があります。社殿に向かって右下に境内社と手水舎が残っています。

  • 下浅間神社の石碑と一合目の合目石があります。<br />ただし、こちらの建物は日枝神社です。

    下浅間神社の石碑と一合目の合目石があります。
    ただし、こちらの建物は日枝神社です。

  • 下浅間神社の石碑。

    下浅間神社の石碑。

  • 日枝神社の本殿です。明治40年に近隣の大字芳野から合祀されました。

    日枝神社の本殿です。明治40年に近隣の大字芳野から合祀されました。

  • 五合目に小御嶽神社。富士山の溶岩で築いています。

    五合目に小御嶽神社。富士山の溶岩で築いています。

  • 井上稲荷神社。

    井上稲荷神社。

  • 神楽殿。

    神楽殿。

  • 神社に隣接する堀向農村公園。名前がシュールですね。

    神社に隣接する堀向農村公園。名前がシュールですね。

  • 御神木の大ケヤキ。

    御神木の大ケヤキ。

  • 御神木の大ケヤキ。

    御神木の大ケヤキ。

  • 御神木の大ケヤキ。

    御神木の大ケヤキ。

  • 御神木の大ケヤキ。

    御神木の大ケヤキ。

  • 御神木の大ケヤキ。立派な根張りです。

    御神木の大ケヤキ。立派な根張りです。

  • こちらも御神木。

    こちらも御神木。

  • 御神木の洞(うろ)。

    御神木の洞(うろ)。

  • 天満宮(左)、天満宮(右の左)と金比羅大権現(右の右)。<br />天満宮は江戸時代から境内社でした。

    天満宮(左)、天満宮(右の左)と金比羅大権現(右の右)。
    天満宮は江戸時代から境内社でした。

  • 「堀兼の井」の石碑。水利の悪かった武蔵野台地において、貴重な水源でした。

    「堀兼の井」の石碑。水利の悪かった武蔵野台地において、貴重な水源でした。

  • 堀兼の井。石の杭で囲った場所がありました。

    堀兼の井。石の杭で囲った場所がありました。

  • 「堀兼の井」の跡。藤原俊成は、「武蔵野の 堀兼の井も あるものを うれしく水の 近づきにけり」と千載集に歌を残しています。

    「堀兼の井」の跡。藤原俊成は、「武蔵野の 堀兼の井も あるものを うれしく水の 近づきにけり」と千載集に歌を残しています。

  • 近代的(?)なつるべ井戸。

    近代的(?)なつるべ井戸。

  • 昭和8年12月の竣工とあります。

    昭和8年12月の竣工とあります。

  • 滑車を見ると、時々は使われているのかも知れません。

    滑車を見ると、時々は使われているのかも知れません。

  • 駐車場にも大木がありました。神社の境内だけ森が残され、真っ青な空と木々の緑がとても素敵でした。<br />最後までお読みいただきましてありがとうございました。

    駐車場にも大木がありました。神社の境内だけ森が残され、真っ青な空と木々の緑がとても素敵でした。
    最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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