2019/08/18 - 2019/08/18
128位(同エリア1836件中)
キートンさん
この旅行記のスケジュール
2019/08/18
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ピャートニツカヤ通り
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都市めぐりが観光のメインとなったこの夏旅。
10日目は、モスクワの終日観光。
明日は午後にモスクワを発つので、観光は11:00頃まで。
なので、がっつり観光は今日が最後。
モスクワ観光といえば、何はともあれクレムリンと赤の広場。
午前中はクレムリンを見学、午後は独自に考えていたポイントを訪門し、夕刻に赤の広場に戻ってくるという予定。
しかし、どうも赤の広場が普段と状況が違うようだし、天気も期待薄し・・・
がっつりモスクワ観光、はたしてどうなる?
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- シンガポール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
7:30過ぎ、マトリョーシカ・ホテルの朝食会場。
マトレシュカ ホテル ホテル
-
格安ホテルの割にはベジタブルが多くてありがたい。
-
いろいろ選べて、久しぶりのライスもあったが、ライスはイマイチだった。
シングル1泊朝食付き約4,200円で、朝食がこれなら上等だ。 -
8:15頃、観光へと出発したものの、やはりあいにくの小雨。
最初にやってきたのは、赤の広場の北角にあるカザンの聖母聖堂。
1612年創建、1993年に再建された聖堂で、8:00から内部見学できるはずだが、工事中なのか開いてなかった。 -
ところで、モスクワ滞在中に3つの映画のロケ地探訪を予定してるのだが、そのひとつが、ソフィア・ローレン&マルチェロ・マストロヤンニ主演の「ひまわり」である。
第二次世界大戦に出兵して消息不明になっていた夫を探しにモスクワへとやってきたジョバンナ(ソフィア・ローレン)が、通行人に道を教えてもらうところが、国立歴史博物館の東角あたり。
50年近く前の作品だが、歴史的建築物だけあって、ここだけ見ると撮影当時とほとんど変わっていない。 -
ジョバンナ(ソフィア・ローレン)が、道を教えてもらう前にクレムリンの壁際を歩くシーンがあるが、かばんを置いて持ちなおしたのがこのあたり。
ここも建物などは当時とあまり変わっていないが、2~3mくらいしかなかった針葉樹が半世紀で10mくらいに成長している。
景色はあまり変わっていないとはいえ、当時は冷戦時代のソ連。
ウクライナやモスクワでのロケを行ったイタリア映画「ひまわり」は、西側諸国が初めてソ連で大規模ロケを行った映画でもある。
ソ連の国有映画会社モスフィルムも協力したといわれ、イタリア・フランス・ソ連の合作映画とみなされることも多い。 -
クレムリンの観光は9:30~18:00の間可能だが、チケットは早めに入手したかったので、8:45頃チケット売場に来てみた。
チケット売場はまだオープンしていない。
右奥の長い列はおそらく武器庫のチケット購入の列。
武器庫には入場するつもりはなかったのだが、どうせ待つなら列に並んどこか・・・ということで列に並んだ。
「クレムリンの観光で武器庫は必見」との意見もネットで見たので、それもありかなと心変わり。
結局、30分ちょっとくらい並んで12:00の武器庫のチケットをゲット。
料金は1000ルーブル。 -
9:30過ぎにクタフィヤ塔から入場しようとすると、武器庫のチケットではクレムリンに入れないとのこと。
武器庫の入場だけで1000ルーブルもするの?
てっきりクレムリンの入場込みだと思ってた・・・
というわけで、チケット売場に戻って自販機でクレムリンのチケット購入。
料金は700ルーブル。
ちなみに武器庫とクレムリンのチケット購入はクレジットカードで、カード明細を見ると、1ルーブル=1.653円のレートだった。
そんなこんなで、クレムリンに入場できたのは10:00をかなり過ぎてからだった。 -
国立クレムリン宮殿前を過ぎて、右の方にはパトリアーシェ宮殿がある。
パトリアーシェ宮殿は、ロシア正教の総主教の宮殿。
建築年は不詳だが、1656年に宮殿に接続する形で5つの丸屋根をもつ十二使徒教会が築かれた。 -
パトリアーシェ宮殿の無料解説書をもらおうとしたが・・・
ロシア語、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、中文、ハングル・・・?
日本語がないだけなら不思議はないけど、日本語がないのにハングルありってどういうこと?
日本人観光客より韓国人観光客の方が多いということなのか・・・
中文は完売。
需要に供給が追い付いていない中国勢力恐るべし。 -
大砲の皇帝
1586年にアンドレイ・チョホフによって鋳造されたブロンズ製の大砲で、口径890mm、重量40トン。
当時世界最大の口径の大砲であった。
今まで一度も砲弾を発射したことはないのだとか。大砲の皇帝 モニュメント・記念碑
-
鐘の皇帝
1735年にイワン・マトーリン、ミハイル親子によって造られた、高さ6.14m、重さ200トンの巨大な鐘。
鋳造中に火災が発生した際、消火のため水をかけたことでひびが入ってしまい、一部が欠けてしまったという。鐘の皇帝 モニュメント・記念碑
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東側から見たイワン大帝の鐘楼。
クレムリンは、現在もロシアの大統領府や大統領官邸、政府の関係機関がおかれているため、柵などで仕切られていなくても、観光客が立入できる範囲が限られている。
ここも横断歩道の路面表示からはずれた範囲にいると注意をされる。 -
現地にあった案内図。(青字は写真を加工)
クレムリンは、12世紀にユーリー・ドルゴルーキー公によって築かれた木造の城塞が起源となる。
14世紀に石造りの城壁に改築され、15世紀後半からはイタリアの建築技術を導入して現在の城壁が築かれた。
ロシアの政治、軍事、宗教の拠点となり、1712年のサンクトペテルブルク遷都後首都の地位を失ったが、1917年のロシア革命以降は首都として復活した。
クレムリンの観光は、武器庫を除けば入場できる建物は中心部に集中している。 -
ウスペンスキー大聖堂
初代ウスペンスキー大聖堂が1474年の地震で倒壊した後、ウラジーミルのウスペンスキー大聖堂を模して1479年に再建された。
クレムリンの中の教会では一番の見どころだったようだが、長い列を見てためらったのか入場した記憶がない。
後から考えれば時間は十分あったので、少々並んでも見学しとけばよかった。 -
ウスペンスキー大聖堂の背後にあるテレムノイ宮殿の屋根に並ぶ、金色の十字架とタマネギ。
-
イチオシ
イワン大帝の鐘楼(右)とウスペンスキー大聖堂(左)。
イワン大帝の鐘楼は、1505~1508年にかけて本体が建てられ、1532~1543年にかけて八面体の鐘楼を付け加えて完成した。
鐘楼の高さは81mで、イワン雷帝がこれより高い建物を建てることを禁じたため、長らくモスクワで最も高い建物であった。 -
ブラゴヴェシチェンスキー聖堂
イワン大帝(イワン3世)の命により、1481~1489年に建てられた聖堂。
純ロシア的な色合いが濃く、内壁はフレスコ画で埋め尽くされている。
入場したが激混みで、落着いてじっくり見学できず。
ちなみにクレムリン内の聖堂はどこも内部撮影禁止である。
写真がないうえに、昨日までにもいろいろなタイプの聖堂や教会を見学していたので新鮮味があまり感じられず、正直印象は薄い。 -
アルハンゲルスキー聖堂
大天使アルハンゲル・ミハイルを祀って建てられた教会。
モン・サン・ミッシェルなどの解説などで「ミカエル」の方が馴染みがあるかもしれないが、ロシア語では「ミハイル」となるようだ。
1508年に建設され、歴代のモスクワ公、ロシア皇帝の墓所となっている。
写真がないのでつたない記憶に頼ると、ブラゴヴェシチェンスキー聖堂よりは見ごたえがあったように思う。 -
ブラゴヴェシチェンスキー聖堂の西側には大クレムリン宮殿。
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大クレムリン宮殿は、1849年に建てられた壮麗な宮殿建築で、ロシア革命後は外国政府要人や国賓を迎える迎賓館として使用されている。
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大クレムリン宮殿前を西に歩くと見えてくるのは、武器庫(右)とボロヴィツカヤ塔。
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ボロヴィツカヤ塔の向こうに見える金色の屋根は救世主キリスト聖堂。
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武器庫のチケットは12:00からのものだったが、ひょっとしたら多少早めに入場させてくれるかも、という期待をいだき11:30過ぎに武器庫の建物へ。
クロークや土産物屋の奥に自動改札機があったが、さすがに12:00からのチケットではまだ入場できなかったので、しばらく土産屋を物色した。 -
12:00ちょっと前に入場。
武器庫は写真撮影禁止ではあるが、展示室へ向かう階段前で写真を撮っていたいた人がいたので、近くの係員に聞いたら、この地点のみ撮ってもいいということだった。
展示室内は当然撮影不可である。入場料が高いので、万人向けとはいいがたい by キートンさん武器庫 博物館・美術館・ギャラリー
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もともと鎧や兵器を作成し保管していた建物だったので「武器庫」と呼ばれているものの、実質的には王室と軍の博物館である。
金・銀器、衣装、装飾品、祭礼具、馬車などどれも豪華で、甲冑や刀剣などの武器も展示されている。
確かに貴重なものではあるだろうが、入場料1000ルーブルは高過ぎやしないか?しかも撮影不可だし。
王室や豪華なものに特に興味があれば見る価値はあるだろうが、例えば1日見学しても飽きないエルミタージュ美術館が700ルーブルであることを引き合いに出すと、ありえない料金だと感じる。
エルミタージュ美術館が安過ぎるという見方もあるが・・・ -
というわけで、武器庫を20分程度見学した後、ボロヴィツカヤ塔からクレムリンの外に出た。
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ボロヴィツカヤ塔近くの大きな交差点を渡り、南西へと歩く。
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しばらく行くと、プーシキン美術館(本館)とプーシキン美術館ヨーロッパコレクション部の建物が現れる。
武器庫のよりも、こちらのヨーロッパコレクション部を見学すれば良かったと、激しく後悔した。 -
ヨーロッパコレクション部の斜め向かいには、救世主キリスト聖堂。
もともと祖国戦争でナポレオンに勝利したことを神に感謝するため、1838~1883年にかけて建てられたという。
当時は103mの高さを誇るロシア最大の建物だった。
ロシア革命後は宗教弾圧の対象となり、1931年にスターリンに爆破された。
ソ連崩壊により新生ロシアの象徴として、2000年に再建された。
入場は無料だったが、内部の撮影は不可。
ロシアの聖堂や教会もいくつか見てきたので、これといって強い印象は残っていない。
サンクトペテルブルクよりモスクワを先に観光していれば、多少なりとも印象は違ったかもしれないが・・・ -
救世主キリスト聖堂の北東側の公園。
これから、メトロでモスクワの中心地からちょっと離れた場所へと移動。 -
ボロヴィツカヤからメトロ9号線、12号線を乗り継いで、13:00前にウーリツァ・スコベレフスカヤという駅に降り立った。
実は一般の観光客が来るような場所とはいえない。
しかし、日本人として自分の目で確かめてみたいものがこの近くにあるのだ。 -
ウーリツァ・スコベレフスカヤ駅から、幹線道路を北に10分ちょっと歩くと、新築マンションの工事現場がある。
目的地はそのすぐ北側にある。
というより、すでにその一部は見えている。 -
目的地到着!?
「何これ?」とお思いでしょうか・・・ -
イチオシ
角度を変えて見てみよう。
でもやっぱり微妙だよね。
ヘタな説明より、この記事見てもらえれば、少しはここに来た理由がわかってもらえるかも・・・
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190204-00010001-wordleaf-cul -
ここ「エタロン・シティ」には、こんなカラフルな幾何学模様の棟もある。
壁画描くならこっちの平べったい棟に描けばよかったのでは?
・・・と思うのは素人なのかな? -
「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」が描かれたタワー型棟と幾何学模様の棟。
普通に考えりゃ、これ逆にしない?
はたして設計者の意図は・・・ -
富士山をズームアップ。
ところで、ロシアのマンションには一般的にバルコニーがない。
おそらく寒くて日照時間の短い冬が長いからだと思われる。
洗濯ものは部屋干しが普通なのか、それとも乾燥機が普及しているのか・・・ -
マンションの一階にレストラン「ハチマキ」。
でも、あまりレストランらしくない外見。
すでにお腹がすいていたが、ここに入る勇気はなかった。 -
どこから見るのが正解なのか・・・
私の推測では、地上50mあたりが一番それらしく見えるのではないかと。
問題はどうやってそこに行くかってことだ。
そんな展望台もなさそうだし、飛べるわけでもなし、もやもやした気持ちのままエタロン・シティを後にした。
ウーリツァ・スコベレフスカヤ駅の近くのスーパーで昼食のパンと飲物を買って駅前の公園のベンチで食べた後、メトロでモスクワの中心地へと向かった。 -
16:00頃、キエフスカヤに到着。
ここからは映画のロケ地を訪ねながら街歩き。
ちなみに、「ボーン・スプレマシー」でジェイソン・ボーン(マット・デイモン)が最初にモスクワに降り立ったのが、このキエフ駅。
キエフ駅前でタクシーを拾うシーンで出てくる。 -
イチオシ
通りの西方向には再開発エリア、モスクワ・シティの高層ビル群が見える。
従来の古い街並や大型ディスプレーとの対比で、あたかも合成写真みたいになっている。 -
ボロディンスキー橋を渡ってモスクワ川を越える。
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行く先の正面に建つスターリン様式建築は、外務省の建物。
スターリン様式建築は、1933~1955年の間に主にソ連で建てられた超高層ビル。
非道の独裁者ヨシフ・スターリンが、ニューヨークの摩天楼に対抗して、権力の象徴として建てたもので、モスクワのほかワルシャワやベルリンなど当時の共産圏でも見られる。 -
映画「ひまわり」の中で、ジョバンナ(ソフィア・ローレン)は消息不明の夫探しの協力を外務省に求める。
スターリン亡き後の体制が緩和されたのを機に、単身でモスクワに乗り込み、外務省の協力でウクライナへと向かう。 -
外務省近くのスモレンスカヤ駅の入口がみつからず、しょうがないのでアルバート通りを通って隣駅を目指す。
-
アルバーツカヤからメトロを乗り継ぎ、ノヴォクネツカヤで下車。
ピャートニツカヤ通りにはグリーンの教会の塔が見える。 -
ピャートニツカヤ通りを北に進んだ橋の上からは、ワシリー寺院(ポクロフスキー聖堂)が見える。
ここは、「ボーン・スプレマシー」でジェイソン・ボーンが奪ったタクシーで逃走して来るシーンに出てくる。
「ボーン・スプレマシー」(2004年)
https://www.youtube.com/watch?v=B67yQmg8xVE -
右奥から走ってきたジェイソン・ボーンのタクシーと、左から走ってきた殺し屋キリルの車がクラッシュする交差点。
ボーンの車がスピンしながら橋を渡り、対岸の運河沿いの道に入る。 -
この運河の右側をジェイソン・ボーン、左側を殺し屋キリルが東へと走って行く。
-
中洲を北上し、ボリショイ・モスクヴァレツキー橋を渡る。
モスクワ川東に見えるスターリン様式建築は、芸術家アパート。
モスクワ川沿いの右側はジェイソン・ボーンが逃走した道路、左側は「ひまわり」でアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)が引っ越しの時に通った道路。
現在左側はザリャジエ公園として整備されているが、2006年1月まではホテル・ロシアがあった。
ホテル・ロシアは、1993年にラスベガスのMGMグランドホテルができるまでは、世界最大のホテルだった。 -
ボリショイ・モスクヴァレツキー橋から見た、赤の広場の方向。
ボーンの車とクラッシュする前に、殺し屋キリルの車がここを走っている。 -
赤の広場はイベント施設の設営で封鎖されていた。
8月23日~9月1日の間、赤の広場では国際軍隊音楽祭「スパスカヤ塔」が開催されるらしい。
関係者以外立ち入り禁止のエリアは、赤の広場の大部分に及び、周辺の移動もかなり不自由になっている。
ここでは映画「ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル」で、クレムリンを脱出してから直後に爆発が起こるシーンの場所を歩こうと思っていたが、その地点までは行けない状態である。
「ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル」(2011年)
https://www.youtube.com/watch?v=cYGVkLGyGqE -
イチオシ
雲の切れ間から差した日が、一瞬ワシリー寺院(ポクロフスキー聖堂)を照らした。
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クレムリンからの出口にもなっているスパスカヤ塔。
「ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル」でイーサン・ハント(トム・クルーズ)がクレムリンから脱出したところだが、その直後に爆破されてしまう。
クレムリン内のシーンは、実はプラハで撮影されたとの情報もある。
クレムリンには現在もロシアの大統領府など中枢機関があるので、観光客が行動できるエリア以外での撮影は許可がおりないのだろう。 -
スパスカヤ塔まで来たところで行き止まりとなり、ここから先には進めない。
グム百貨店前には大掛かりな仮設の観客席が設営されている。
国際軍隊音楽祭「スパスカヤ塔」がいかに一大イベントなのかを物語っている。 -
スパスカヤ塔から大回りして、ワシリー寺院(ポクロフスキー聖堂)に到着。
対モンゴルの戦勝を記念して、イワン雷帝によって1560年に建てられた、ロシアの中でも最も知名度の高い聖堂。
中央の塔は高さ46m、それを取り囲むようにタマネギ形のカラフルなドームが9つある。
その前にあるのは、1612年にモスクワをポーランド軍から解放した英雄、ニジニ・ノヴゴロドの商人クジマ・ニーミンとスーズダリ大公ドミトリー・ポジャルスキーの青銅像。 -
18:20頃、国立歴史博物館に入場。
入場料は700ルーブル。 -
1872年にアレクサンドル2世によって設立され、1883年にアレクサンドル3世の載冠式に合わせて開館した。
博物館とはいえ歴史的建築物なので、内装も見どころのひとつである。 -
1階は原始~中世のロシアの歴史に関する展示である。
北コーカサスで発見された、紀元前1800~1300年の支石墓。(4室) -
クラスノダル地方で発見された、紀元前7~3世紀の石棺。(6室)
クラスノダル地方とは、北コーカサスの一部で、冬季オリンピックのあったソチも含まれるエリアである。ロシア国立歴史博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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イチオシ
展示室の天井画も見どころ。
展示物の解説は、日本語表記がないのは当然だとしても、英語表記すら少ないので、外国人にとっては理解を深めるのに支障になっているのが残念である。 -
14~16世紀のイコン画。(14室)
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クレムリンのウスペンスキー大聖堂で使用されていた皇帝の玉座。(18室)
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1階の中央部は企画展示室で、歴史的な金製品の展示が行われていた。
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英語解説によると、「TABERNACLE」となっている。
無理やり日本語に翻訳すると、「幕屋」と出てくる。
聖書に登場する移動式の神殿らしい。
実質的には移動式の祭壇と解釈するのが近いのでは? -
2階は18世紀から20世紀初頭までの、ピョートル大帝以降のロマノフ王朝に関する展示である。
ピョートル大帝が使用していたそり。(22室) -
家具や調度品など、皇帝や貴族の生活文化に関する展示。
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シベリア鉄道に関する資料の展示。(34室)
シベリア鉄道は、ロシア帝国時代の1891年に着工、1904年9月に全線開通した。
当初は1903年に完成したハルビン経由の東清鉄道がシベリア鉄道のルートだったが、1916年にハバロフスク経由の現在のルートが完成した。
各地に流されていた受刑者やロシア軍兵士が鉄道建設に従事したという。
モスクワ~ウラジオストク間、全長9,297kmで、世界一長い鉄道である。 -
バイカル湖付近を除いて1901年に一応完成していたが、バイカル湖は最大の障害物となった。
砕氷船を使ったフェリーによる連絡、冬は凍結した湖上に線路を敷いて列車を走らせたという。
この頃、満州と朝鮮半島の利権をめぐりロシアと対立していた日本は、シベリア鉄道が全線開通するとロシア軍の極東派遣が容易になるため、開通前の対露開戦へと日本の国論が傾いた。
1904年2月に開戦となった日露戦争で、激戦の末旅順を攻略、1905年3月に奉天まで占領したところで日本軍も弾薬が底をつき、そこでロシア軍と対峙する状態が続いた。
この時すでにシベリア鉄道は全線開通していたはずだ。
しかし、世界最強といわれたバルチック艦隊が1904年10月にバルト海を出航して日本に向かっていたこと、1905年1月の血の日曜日事件を皮切りにロシア第一革命が始まるなどロシア国内が混乱していたことなどで、陸路での極東への戦力補充の余裕はなかったようだ。
ロシア国内の反戦、反政府運動をあおり、血の日曜日事件や戦艦ポチョムキンの反乱に関与したといわれる明石元二郎は、日本にとって陰の功労者といえる。
日英同盟を結んでいたイギリスが支配していたスエズ運河を通れず、7カ月の航海を強いられたバルチック艦隊は、海戦前にすでに体力と士気を消耗しており、日本の連合艦隊に完敗した。
近代史上初めて有色人の国が白人列強国に勝つという、当時の常識を覆す大番狂わせは、日本だけでなく、白人国家の植民地支配に甘んじていたアジア諸国やロシアに苦しめられていた国に歓喜と希望を与えた。
それらの国々は今でも親日国が多い。 -
3階の展示室は1室のみだったが、中世以降の武器が展示されている。
中には草刈りの道具みたいなのもあるが。 -
14~15世紀の鎧や盾や矛。
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約1時間30分ほどで国立歴史博物館の見学を終え、その西に広がる広場へ。
ガラスのドームにそれを取り囲む噴水。 -
その下には地下街が広がっている。
-
地下から見上げたガラスのドームは、北半球の地図となっている。
でも何か違和感ない?
そりゃ地球の中心から見ているかっこだからね。
この地図は地下街から見上げるのではなく、地上から見るのが正解らしい。 -
地上に上がって、グム百貨店前へ。
西の空は薄っすら夕焼け。
赤の広場を歩けないのが残念だ。 -
夕暮れ時のスパスカヤ塔。
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ライトアップされたワシリー寺院(ポクロフスキー聖堂)。
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イチオシ
ライトアップに浮かぶ塔とドームが美しい。
そのあまりの美しさに驚いたイワン雷帝は、二度とこのような美しい建物が創れないように、設計したポストニク・ヤコブレフとイワン・バルマの眼をつぶしたといわれる。 -
夕闇が迫る、ワシリー寺院(ポクロフスキー聖堂)とスパスカヤ塔(左)。
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イチオシ
ボリショイ・モスクヴァレツキー橋から見たモスクワ川東側の夜景。
スターリン様式建築の芸術家アパートのライトアップも美しい。 -
ボリショイ・モスクヴァレツキー橋から見た、赤の広場の夜景。
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イチオシ
ブルーモーメントの空にワシリー寺院(ポクロフスキー聖堂)。
この教会は、子供の頃の日曜日の朝を思い出させる。
世界名作劇場の再放送を見ていた関西人には共感してもらえるのでは?
パルナスCM
https://www.youtube.com/watch?v=XGCENSqiKcg -
モスクワで百貨店といえば、グム百貨店。
百貨店入口で手荷物検査がある。 -
予想以上に大きな百貨店だ。
映画「ひまわり」の中で、アントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)が出兵の時にジョバンナ(ソフィア・ローレン)とかわした約束をはたすため、毛皮の襟巻を買ったのが、このグム百貨店。グム百貨店 百貨店・デパート
-
いい加減お腹が減ったので、この店で夕食とした。
もちろんこのパラソルの席にて。 -
旅行中はどうしても野菜不足なので、野菜を多め。
パスタとサラダと飲物、トータルで536ルーブル(900円ちょっと)。
ロシアでは、観光客向けのレストランは高いのかもしれないが、ファーストフードは日本の物価とほとんど変わらない印象。
昼にスーパーで買ったパンなどは、日本の半分くらいの物価だった。 -
グム百貨店を出て、向かいにはレーニン廟。
イベント準備のため近付くことはできない。 -
イチオシ
昨日も通ったニコリスカヤ通り。
夜のこの通りは、いかにもインスタ映えしそう。 -
夜のボリショイ劇場。
1780年創建、1856年に再建された、ロシアが誇る世界的オペラ・バレエ劇場である。
今日も結構充実した1日となったが、内部撮影不可の施設が多く、写真が残っていないのが残念だ。
年齢とともに記憶力も落ちているので、写真がないと思い出すのも困難になる。
明日はとうとう観光最終日。
観光に費やせる時間はかなり限られているが、どれだけ有意義に過ごせるか・・・
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