2018/09/27 - 2018/09/29
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旅人のくまさんさん
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道東の名所とチャシ跡巡りです。鹿落としのチャシの紹介です。このチャシ跡は、4箇所のお供山チャシ跡群の一つとされます。17~18世紀の近世アイヌ期に造られたチャシとされます。
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樹齢200年を超えるとされる『色古丹松(しこたんまつ)』の光景です。厚岸町指定の天然記念物です。樹種は、ダフリカカラマツです。北洋カラマツや、シベリアカラマツの別名を持ちます。
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厚岸町指定の天然記念物、『色古丹松(しこたんまつ)』の説明立札の光景です。寛政10年(1798年)、幕命により日本最初の択捉島探検を行った近藤重蔵(1771~1824年)が、厚岸に立寄り、持ち帰った樹木を植えたものと説明されていました。
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国指定史跡の国泰寺跡の庭園光景です。享和2年(1802年)から文化元年(1804年)にかけて、江戸幕府が蝦夷地政策のために建立したお寺です。胆振国有珠郡の善光寺、日高国様似郡の等?疲院ともに蝦夷三官寺と呼ばれました。
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イチオシ
現地ガイドさんから、いきさつをお聞きした、厚岸町指定の天然記念物、『老桜樹(ろうおうじゅ〉』です。樹種は『オオシマザクラ(大島桜)』で、樹齢は160年を超えます。
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厚岸町指定の天然記念物、『老桜樹(ろうおうじゅ)』の説明立札の光景です。現地ガイドさんからもお聞きしましたが、天保元年(1830年)、奥州石巻(宮城県石巻市)から、場所請負人の山田文右衛門がもたらしたものです。
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厚岸町海事記念館の室内光景です。今回見学した『サンゴ草』の正式名称は『アッケシソウ(厚岸草)』、最初に見つかった厚岸に因む呼び名です。室内に、そのアッケシソウの展示がありました。
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周りの映り込みが激しく、見難くなってしまった、アッケシソウの展示光景です。『アッケシソウ(厚岸草)』は、アカザ科アッケシソウ属の1年性草本です。日本では1891年(明治24年)に初めて椙山清利により北海道東部の厚岸町厚岸湖のカキ島で発見されました。サンゴ草の呼び名もあります。
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見頃だった、ピンク色のバラの花の光景です。やや薄めの色の品の良いピンクの花でした。名札がありませんでしたから、花の姿だけの紹介になります。
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こちらは、混じりけのない黄色のバラの花の光景です。見頃の花のほかに、色を見せ始めた蕾もありました。
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赤い花を咲かせは一重のバラの花の光景です。これまでにバラ園で見学したバラの品種では、カクテル(コクテール)に似ていました。1957年にフランス((メイアン)で作出された蔓バラです。
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二輪が満開になった、薄めのピンク色のバラの花の光景です。これで、海事館の花壇のバラの花の紹介はおしまいです。このピンクの花は、最初に紹介した花と同種のようでした。
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根室市で作成された、『国指定史跡・根室半島チャシ跡群』のタイトルがあった、折込みパンフレットの表面の紹介です。一番左のページに、今回見学した『ノツカマフ1・2号チャシ跡』と、『オンネモトチャシ跡』が紹介されていました。
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同じ折込みパンフレットの裏面の紹介です。見開きの3ページのタイトルが『国指定史跡・根室半島チャシ跡群』でした。北海道内で500箇所ほどのチャシが確認され、その内の32箇所が根室市内で見付かったと紹介されていました。
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厚岸町の海事記念館名で作成された『お供山チャシ跡巡り』のタイトルがあった説明資料の紹介です。表紙の京都大学所蔵のモノクロ写真は、約90年前、港から撮影されてお供山の光景です。山の右端付近に、『鹿落としのチャシ跡』の位置がバツ印で表示されていました。
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4箇所が確認された、『お供山チャシ群跡』の説明ページです。その4箇所は、右上から時計回りに、奔渡町裏山チャシ跡、逆水松チャシ跡、松葉町裏山チャシ跡と、今回見学した鹿落としのチャシ跡でした。17~18世紀の近世アイヌ期に造られたものとされ、厚岸町のHPでは「北側に位置する『鹿落しのチャシ跡』は、面崖式でコの字状の深い壕が掘られています。東側にある『逆水松チャシ跡』と『奔渡町裏山チャシ跡』は、丘先式で壕が楕円形に掘られており、西側の『松葉町裏山チャシ跡』は、お供え餅のような外観で山側に弧状の壕をめぐらせてあります」と紹介されていました。
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『お供山チャシ跡巡り』の解説資料の紹介が続きます。このページには、『チャシについて』の大見出しと、『チャシとは』、『チャシの分布』、と『チャシの形』の三つの小見出しがありました。
①『チャシとは』では、アイヌ民族が空堀、土塁、崖で囲った砦のようなものを指すことなどが紹介されていました。
?『チャシの分布』では、北海道本地(千島を除いた北海道)を中心として、南は奥羽地方の北部、北は千島列島の大部分に分布することなどが紹介されていました。
③『チャシの形』では、4形式に大別されるとして、このページでは、略図付きで『丘先式チャシコツ』と『面崖式チャシコツ』紹介されていました。『チャシコツ』は、『砦趾』の意味です。 -
③『チャシの形』の続きでは、『丘頂式チャシコツ』と、『孤島式チャシコツ』が略図付きで紹介されていました。
次の小見出しは、『アッケシのチャシの記録』のタイトルでした。『アッケシのチャシ』の紹介は、オランダの東インド会社のカストリクム号(フリース船長)の記録で、チャシの記録としては最も古い1次記録のようです。基準年が分かりませんでしたが、373年前のアッケシ訪問と記されていました。1983年の北構保男著の『アイヌ人のチャシ』の引用でした。 -
大見出しが『厚岸にまつわる口碑伝説(アイヌの言い伝え)』、伝説の見出しの一番目が『厚岸湖のカキ島』、二番目が『逆水松(さかさおんこ):その1』でした。この二つのも、現地ガイドさんからも話をお聞きすることができました。
一番目の『厚岸湖のカキ島』は、厚岸湖の山が阿寒の山と仲が悪く、千島の国後まで逃げて行ったという伝説です。その伝説の脇役がカキです。
二番目の『逆水松:その1』は、300年ほど前の飢饉の際のアイヌ人同士の争いの伝説です。男勝りの老婆のツクニの奮戦の伝説で、最後に地中に突き刺した『水松(おんこ)』に根が生えて、300年間青々と茂ったとの伝説です。
私見ながら、この伝説には、各地に類型があるようです。 -
二番目の『逆水松(さかさおんこ)』には、(その2)から(その5)までの累計が紹介されていました。現地ガイドさんからお聞きしたのは、(その4)に記された伝説でした。寛政年間に、日本人が襲撃された時に子供を匿って助け、松前藩から褒美を貰ったものの、仲間からの復習が怖く、岩屋に隠れ、入口に杖を立て、それに根が生えて大木になったとの伝説でした。
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『埋蔵文化財としての厚岸町内のチャシ』のタイトルがあったページです。12カ所がリストアップされていました。チャシ跡の名称、形式、場所、規模、構造、特記事項などの一覧でした。
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『埋蔵文化財としての厚岸町内のチャシ』のタイトルがあったページの続きです。9カ所がリストアップされていました。上から四つが、お供山の4箇所のチャシです。『鹿落としのチャシ跡』は、『標高74メートル、お供山東側、主要部21×18m、幅5mのコの字状条の堀』などと紹介されていました。
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『埋蔵文化財としての厚岸町内のチャシ』のタイトルがあったページの続きです。6カ所がリストアップされていました。以上で、合計27カ所のチャシ跡のリストです。末尾に『埋蔵文化財遺蹟台帳』の表示がありました。
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急な坂道を登ってやって来た、『鹿落としのチャシ跡』があるお供山の頂上付近の光景です。先に紹介した『鹿落としのチャシ跡』の遺跡データでは、『標高74メートル、お供山東側』と紹介されていました。
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イチオシ
『鹿落としのチャシ跡』から眺めた厚岸大橋の光景です。この場所にやってくる途中に渡った橋です。左の厚岸湾と右の厚岸湖との境に架かる、全長457メートルの橋です。1972年(昭和47年)に開通しました。
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『鹿落としのチャシ跡』から眺めた、厚岸湖の光景です。潮の干満による海水の流出入が大きく、湖水の塩分濃度は高いとされます。実質的には海湾であるといってもよく、漁業法上でも海面として扱われています。
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同じく、『鹿落としのチャシ跡』から眺めた、厚岸湖の光景です。先程より右手方面(東側)の光景になります。
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イチオシ
『鹿落としのチャシ跡』から眺めた、厚岸湖の光景です。眼下に見えていた、赤い社の『弁天神社』の光景です。カキ(牡蠣)でできた島の上に建てられたものです。大正時代に入ると、『弁天神社』の隣に保養所や料亭なども建てられ、大変な賑わいをみせたとされます。かつては幅約10メートル、奥行き約70メートルの大きな島でした。
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『鹿落としのチャシ跡』から眺めた、厚岸湖の光景が続きます。戦後、地盤沈下がどんどんと進み、徐々に賑わっていた面影はなくなっていきました。今ではほとんど水没してしまった弁天神社の社の中には、高さ24センチの弁財天座像が祀られています。
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厚岸湖を眼前に、アッケシソウの紹介です。
①明治24年:厚岸湖の牡蠣島で発見、宮部金吾教授により『アッケシソウ』と命名。
?大正10年:『厚岸湖牡蠣島の植物群落』として国の天然記念物に指定。
③昭和27年:十勝沖地震発生。
?昭和35年:チリ沖地震発生。これら二つの地震などにより牡蠣島の地形が変化し、水没。 -
⑤昭和56年:厚岸湖岸のトキタイ地区へアッケシソウを現地移植。
⑥平成 4 年:厚岸湖岸のチカラコタン地区に試験栽培地を造成。
⑥平成 6 年:天然記念物の指定が解除。
⑦平成26年:海事記念館前庭にプランターを設置し、土質や肥料などの条件を変えての試験栽培を開始。
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2018秋、道東のチャシ跡巡り
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