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道東の名所とチャシ跡巡りです。今回のツアーでの2箇所目のチャシ跡群見学は、標津(しべつ)地方の『カリカリウスチャシ』です。擦文(さつもん)文化やオホーツク文化の集落跡を代表する標津遺跡群の一つとされます。

2018秋、道東の名所(8/21):9月28日(6):カリカリウスチャシ(1):吹雪除け

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2018/09/27 - 2018/09/29

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旅行記グループ 2018秋、道東のチャシ跡巡り

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旅人のくまさん

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道東の名所とチャシ跡巡りです。今回のツアーでの2箇所目のチャシ跡群見学は、標津(しべつ)地方の『カリカリウスチャシ』です。擦文(さつもん)文化やオホーツク文化の集落跡を代表する標津遺跡群の一つとされます。

交通手段
観光バス ANAグループ
  • 北海道道150号摩周湖中標津線の道路標識の光景です。この道道は、北海道川上郡弟子屈町と標津郡中標津町を結ぶ主要地方道です。直進が中標津と養老牛、300メートル先を右折した方面が摩周湖展望台の表示でした。

    北海道道150号摩周湖中標津線の道路標識の光景です。この道道は、北海道川上郡弟子屈町と標津郡中標津町を結ぶ主要地方道です。直進が中標津と養老牛、300メートル先を右折した方面が摩周湖展望台の表示でした。

  • 先程の道路案内標識の先に見えていたトンネルに入りました。山が研ぎ手た場所から始まる、吹雪除けのトンネルのようでした。降雪時期のネット情報にも、『吹雪除けのトンネル』との情報がありました。

    先程の道路案内標識の先に見えていたトンネルに入りました。山が研ぎ手た場所から始まる、吹雪除けのトンネルのようでした。降雪時期のネット情報にも、『吹雪除けのトンネル』との情報がありました。

  • 北海道の道路は、先端部分が見えなるなるほどの直線道路を度々目にします。この通りも直線道路ですが、目に見える範囲で、左に曲がっていました。道の端の上部に見える紅白の矢印は、積雪の時のための路端表示です。

    北海道の道路は、先端部分が見えなるなるほどの直線道路を度々目にします。この通りも直線道路ですが、目に見える範囲で、左に曲がっていました。道の端の上部に見える紅白の矢印は、積雪の時のための路端表示です。

  • 車中から眺めた、放牧光景です。黒白模様のホルスタイン種のようでした。名前はドイツのシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州に因みます。日本では主に乳牛としてのイメージが強い品種ですが、欧州では肉乳両方を目的として肥育されているようです。

    車中から眺めた、放牧光景です。黒白模様のホルスタイン種のようでした。名前はドイツのシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州に因みます。日本では主に乳牛としてのイメージが強い品種ですが、欧州では肉乳両方を目的として肥育されているようです。

  • 昼食に立寄った標津の料理店、『郷土料理・武田』の玄関光景です。ネットの口コミ上でもなかなか評判がよかった、標津郡標津町南一条西に位置するお店でした。ネット検索で、写真入りの各種の料理メニュ―を見ることもできます。

    昼食に立寄った標津の料理店、『郷土料理・武田』の玄関光景です。ネットの口コミ上でもなかなか評判がよかった、標津郡標津町南一条西に位置するお店でした。ネット検索で、写真入りの各種の料理メニュ―を見ることもできます。

  • 標津の料理店、『郷土料理・武田』の玄関先で咲いていた、薄紫色の花の光景です。『ギボウシ(擬宝珠)』のようでした。周りの斑入りの葉は蔦です。ギボウシは、キジカクシ科リュウゼツラン亜科ギボウシ属の総称とされます。

    標津の料理店、『郷土料理・武田』の玄関先で咲いていた、薄紫色の花の光景です。『ギボウシ(擬宝珠)』のようでした。周りの斑入りの葉は蔦です。ギボウシは、キジカクシ科リュウゼツラン亜科ギボウシ属の総称とされます。

  • 標津のお店で戴いた、海鮮丼の昼食です。鮭尽くしの海鮮丼でした。生ビールが別注文できました。右手前に見える、帆立の稚貝汁もいい味でした。

    イチオシ

    標津のお店で戴いた、海鮮丼の昼食です。鮭尽くしの海鮮丼でした。生ビールが別注文できました。右手前に見える、帆立の稚貝汁もいい味でした。

  • 先程の海鮮丼い添えられていたお品書きです。『しべつ鮭三代漬け丼』の名前が記されていました。鮭三代は、生き〆鮭の鮭節醤油漬け、醤油いくら、鮭節(華吹雪)を指していました。

    先程の海鮮丼い添えられていたお品書きです。『しべつ鮭三代漬け丼』の名前が記されていました。鮭三代は、生き〆鮭の鮭節醤油漬け、醤油いくら、鮭節(華吹雪)を指していました。

  • 今回のツアーでの2箇所目のチャシ群見学です。『カリカリウスチャシ』の展示館からの紹介です。標津郡標津町字標津に位置する擦文文化やオホーツク文化の集落跡を代表する広域的な遺跡群の標津遺跡群の一つです。ずらりと並んだ縄文土器と擦文土器などの展示光景です。

    イチオシ

    今回のツアーでの2箇所目のチャシ群見学です。『カリカリウスチャシ』の展示館からの紹介です。標津郡標津町字標津に位置する擦文文化やオホーツク文化の集落跡を代表する広域的な遺跡群の標津遺跡群の一つです。ずらりと並んだ縄文土器と擦文土器などの展示光景です。

  • 約4000年前の土器の展示光景です。現地説明員お方の説明では、約4千年前の縄文土器が、この地域では最も古い出土品のようでした。伊茶仁カリカリウス遺跡(いちゃにカリカリウスいせき)は、ポー川と伊茶仁川に挟まれた標高20メートルの台地に位置します。1200あまりの竪穴住居跡が台地縁辺部で観察され、ここでは、後ほど見学した擦文文化の竪穴住居の構造が明らかにされています。1979年(昭和54年)5月、国の史跡に指定されました。

    約4000年前の土器の展示光景です。現地説明員お方の説明では、約4千年前の縄文土器が、この地域では最も古い出土品のようでした。伊茶仁カリカリウス遺跡(いちゃにカリカリウスいせき)は、ポー川と伊茶仁川に挟まれた標高20メートルの台地に位置します。1200あまりの竪穴住居跡が台地縁辺部で観察され、ここでは、後ほど見学した擦文文化の竪穴住居の構造が明らかにされています。1979年(昭和54年)5月、国の史跡に指定されました。

  • 約2000年前の擦文時代の土器の展示です。擦文土器は、北海道,東北地方北部に分布する鉄器時代土器です。器面全体に擦痕文がみられるのでこの名があります。発生は8~9世紀とされ,奈良・平安時代における大和朝廷の北進によってもたらされた土師器 が土着の続縄文土器と接触したものと考えられています。

    約2000年前の擦文時代の土器の展示です。擦文土器は、北海道,東北地方北部に分布する鉄器時代土器です。器面全体に擦痕文がみられるのでこの名があります。発生は8~9世紀とされ,奈良・平安時代における大和朝廷の北進によってもたらされた土師器 が土着の続縄文土器と接触したものと考えられています。

  • 先程の紹介から、白く見える部分は補修された記事の部分です。擦文土器は、多くは器面全体に刷毛目様の擦文を有しますが、無文のもの、刻線文をもつものもあります。形は甕、深鉢、高坏(たかつき)が主です。

    先程の紹介から、白く見える部分は補修された記事の部分です。擦文土器は、多くは器面全体に刷毛目様の擦文を有しますが、無文のもの、刻線文をもつものもあります。形は甕、深鉢、高坏(たかつき)が主です。

  • 約1000年前の擦文時代の土器の展示です。広口の土器のようですが、上部は欠損したままでした。横方向に多重のに筋模様が付けられていました。

    約1000年前の擦文時代の土器の展示です。広口の土器のようですが、上部は欠損したままでした。横方向に多重のに筋模様が付けられていました。

  • 『擦文土器』の表示だあった土器の光景です。この土器は、割れた部分は多くありましたが、欠落した部分がほとんど見当たりませんでした。

    『擦文土器』の表示だあった土器の光景です。この土器は、割れた部分は多くありましたが、欠落した部分がほとんど見当たりませんでした。

  • 『擦文時代の土器』と記されたh冬至札のズームアップ光景です。日本本土では縄文時代の後に稲作文化が始まったことで弥生式文化に移行しましたが、北海道は稲作に適した気候ではなかったため、弥生文化や古墳文化は経過しなかったようです。擦文文化等がそれに代わるようです。

    『擦文時代の土器』と記されたh冬至札のズームアップ光景です。日本本土では縄文時代の後に稲作文化が始まったことで弥生式文化に移行しましたが、北海道は稲作に適した気候ではなかったため、弥生文化や古墳文化は経過しなかったようです。擦文文化等がそれに代わるようです。

  • 上段の写真は、左からアイヌ語名が『オタシ??シ??』、和名がイヌスギナ(犬杉菜)、以下和名は括弧書きにします。次がフプ(トドマツ:とど松)、トゥレプ(オオウバユリ:大姥百合)、パララ(クルマユリ:車百合)です。下段は左から、テクシプシプ(スギナ:杉菜)、チカプスンプ(アカエゾマツ:赤蝦夷松)、イソキナ(ミズバショウ:水芭蕉)、アンラコル(クロユリ:黒百合)です。

    上段の写真は、左からアイヌ語名が『オタシ??シ??』、和名がイヌスギナ(犬杉菜)、以下和名は括弧書きにします。次がフプ(トドマツ:とど松)、トゥレプ(オオウバユリ:大姥百合)、パララ(クルマユリ:車百合)です。下段は左から、テクシプシプ(スギナ:杉菜)、チカプスンプ(アカエゾマツ:赤蝦夷松)、イソキナ(ミズバショウ:水芭蕉)、アンラコル(クロユリ:黒百合)です。

  • 続いて左上からの紹介です。ソルマ(ヤマドリゼンマイ:山採薇)、エピタ??(ハイマツ:這松)、シケ?ペキナ(ザゼンソウ:座禅草)、カ?コ?ノンノ(エゾカンゾウ:蝦夷萱草)です。次は左下からチェプマキナ(ワラビ:蕨)、ラルマニ(イチイ:一位)、ピンネウマウリ(オオバナエンレイソウ:大花延齢草)、チカ??トマ(キバナノアマナ:黄花の甘菜)です。

    続いて左上からの紹介です。ソルマ(ヤマドリゼンマイ:山採薇)、エピタ??(ハイマツ:這松)、シケ?ペキナ(ザゼンソウ:座禅草)、カ?コ?ノンノ(エゾカンゾウ:蝦夷萱草)です。次は左下からチェプマキナ(ワラビ:蕨)、ラルマニ(イチイ:一位)、ピンネウマウリ(オオバナエンレイソウ:大花延齢草)、チカ??トマ(キバナノアマナ:黄花の甘菜)です。

  • 左上からサルキ(ヨシ:葦)、チカププイ(エンコウソウ:猿猴草)、トマ(エゾエンゴサク:蝦夷延胡索)、左下からフラ?(ささ:笹)、イランライケキナ(アキカラマツ:秋唐松、別名・高遠草)、イコクト(オオイタドリ:大虎杖)です。

    左上からサルキ(ヨシ:葦)、チカププイ(エンコウソウ:猿猴草)、トマ(エゾエンゴサク:蝦夷延胡索)、左下からフラ?(ささ:笹)、イランライケキナ(アキカラマツ:秋唐松、別名・高遠草)、イコクト(オオイタドリ:大虎杖)です。

  • 左上からキサルポッチェ(マイズルソウ:舞鶴草)、ケネ(ハンオキ:榛の木)、プイ(エゾリュウキンカ:蝦夷立金花)、左下からイチャキナ(カサスゲ:笠菅)、スルク(エゾトリカブト:蝦夷鳥兜)、チライアパッポ(フクジュソウ:福寿草)です。

    左上からキサルポッチェ(マイズルソウ:舞鶴草)、ケネ(ハンオキ:榛の木)、プイ(エゾリュウキンカ:蝦夷立金花)、左下からイチャキナ(カサスゲ:笠菅)、スルク(エゾトリカブト:蝦夷鳥兜)、チライアパッポ(フクジュソウ:福寿草)です。

  • 左上からイチャリキナ(シャク:杓)、ムケカシ(ツリガネニンジン:釣鐘人参)、コ?(アキタブキ:秋田蕗)、ヌポト?(ミズゴケ類:水蘚類)、左下からトカオマプ(ドクゼリ:毒芹)、ノヤ(ヨモギ:蓬)、ペカンペクツ(ハンゴンソウ:反魂草)、シンル?(コケ類:苔類)です。

    左上からイチャリキナ(シャク:杓)、ムケカシ(ツリガネニンジン:釣鐘人参)、コ?(アキタブキ:秋田蕗)、ヌポト?(ミズゴケ類:水蘚類)、左下からトカオマプ(ドクゼリ:毒芹)、ノヤ(ヨモギ:蓬)、ペカンペクツ(ハンゴンソウ:反魂草)、シンル?(コケ類:苔類)です。

  • 左上からカリンパ(エゾヤマザクラ:蝦夷山桜)、キタッ(シラカンバ:白樺)、ハ?ポ(エゾイソツツジ:蝦夷磯躑躅)、ピンニ(ヤチダモ:谷内だも)、左下からチキサニ(ハルニレ:春楡)、シペキナ(オオバタネツケバナ:大葉種漬花)、クラシノ(ガンコウラン:岩高蘭)、プンカウ(ハシドイ:丁香花)です。

    左上からカリンパ(エゾヤマザクラ:蝦夷山桜)、キタッ(シラカンバ:白樺)、ハ?ポ(エゾイソツツジ:蝦夷磯躑躅)、ピンニ(ヤチダモ:谷内だも)、左下からチキサニ(ハルニレ:春楡)、シペキナ(オオバタネツケバナ:大葉種漬花)、クラシノ(ガンコウラン:岩高蘭)、プンカウ(ハシドイ:丁香花)です。

  • 『シマフクロウ(島梟)』などの鳥類の剥製の展示光景です。シマフクロウの後には、オオワシやオジロワシが控えていました。

    『シマフクロウ(島梟)』などの鳥類の剥製の展示光景です。シマフクロウの後には、オオワシやオジロワシが控えていました。

  • 立派な角を持った、雄の『エゾシカ(蝦夷鹿)』の剥製展示です。エゾシカは、シカ科シカ属に分類されるニホンジカの亜種です。 北海道全域に分布します。

    立派な角を持った、雄の『エゾシカ(蝦夷鹿)』の剥製展示です。エゾシカは、シカ科シカ属に分類されるニホンジカの亜種です。 北海道全域に分布します。

  • 火起こし道具の展示です。日本では縄文時代の3500年前には、摩擦熱による発火法を使用していたと言われています。最初は自然発火による利用し、自ら火を起こせないか考え、木の棒をこすって摩擦熱で火を発生させ、もっと簡単にできないか考て火打石を発明し、更にマッチやライターなどへと進化したようです。<br />

    火起こし道具の展示です。日本では縄文時代の3500年前には、摩擦熱による発火法を使用していたと言われています。最初は自然発火による利用し、自ら火を起こせないか考え、木の棒をこすって摩擦熱で火を発生させ、もっと簡単にできないか考て火打石を発明し、更にマッチやライターなどへと進化したようです。

  • 手前の表示には、『ポー川のさかなたち』の表示がありました。かつて目撃された魚や、今も生息している魚たちです。シロザケやカラフトマスの写真や、魚の切り抜きが展示されていました。その後ろに小型の丸木舟が置かれていました。

    手前の表示には、『ポー川のさかなたち』の表示がありました。かつて目撃された魚や、今も生息している魚たちです。シロザケやカラフトマスの写真や、魚の切り抜きが展示されていました。その後ろに小型の丸木舟が置かれていました。

  • 展示室内の光景です。丸木舟の後にはエゾシカ、隈、兎、タンチョウや羆の剥製が、更に後ろには、シマフクロウ、オオワシやオジロワシの姿がありました。北海道でも道北から道東は、殊に自然豊かな地域とされます。

    イチオシ

    展示室内の光景です。丸木舟の後にはエゾシカ、隈、兎、タンチョウや羆の剥製が、更に後ろには、シマフクロウ、オオワシやオジロワシの姿がありました。北海道でも道北から道東は、殊に自然豊かな地域とされます。

  • 右手前の縄文土器の破片の展示品には、『標津遺跡群最古の土器・約10000年前』の表示がありました。その左後ろの四つの縄文土器には、約7000年前の表示がありました。

    右手前の縄文土器の破片の展示品には、『標津遺跡群最古の土器・約10000年前』の表示がありました。その左後ろの四つの縄文土器には、約7000年前の表示がありました。

  • 『縄文時代の土器』の表示があった展示品の数々です。左の列から右に向かって、約6000年前、約5000年前、約7000年前の年代表示がありました。日本最古の土器は、青森県大平山元遺跡の縄文土器で、放射性炭素年代測定より約1万6千年前、は世界最古は、中国湖南省出土の約1万8千年前の土器とされます。

    『縄文時代の土器』の表示があった展示品の数々です。左の列から右に向かって、約6000年前、約5000年前、約7000年前の年代表示がありました。日本最古の土器は、青森県大平山元遺跡の縄文土器で、放射性炭素年代測定より約1万6千年前、は世界最古は、中国湖南省出土の約1万8千年前の土器とされます。

  • 『トビニタイ文化の土器』の表示があった土器片の展示状況です。擦文時代の約1000年前の土器と表示されていました。トビニタイ文化は、9世紀頃から13世紀ごろにかけて、北海道の道東地域および国後島付近に存在した文化様式の名称です。1960年に東京大学の調査隊が羅臼町飛仁帯(とびにたい)で発見した出土物が名称の由来です。オホーツク文化が源流とされます。

    『トビニタイ文化の土器』の表示があった土器片の展示状況です。擦文時代の約1000年前の土器と表示されていました。トビニタイ文化は、9世紀頃から13世紀ごろにかけて、北海道の道東地域および国後島付近に存在した文化様式の名称です。1960年に東京大学の調査隊が羅臼町飛仁帯(とびにたい)で発見した出土物が名称の由来です。オホーツク文化が源流とされます。

  • 『オホーツク式土器』の表示があった土器片の展示状況です。三本木遺蹟出土、約1400年前と表示されていました。オホーツク文化は、3世紀から13世紀までオホーツク海沿岸を中心とする北海道北海岸、樺太、南千島の沿海部に栄えた古代文化です。

    『オホーツク式土器』の表示があった土器片の展示状況です。三本木遺蹟出土、約1400年前と表示されていました。オホーツク文化は、3世紀から13世紀までオホーツク海沿岸を中心とする北海道北海岸、樺太、南千島の沿海部に栄えた古代文化です。

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