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道東の名所とチャシ跡巡りです。今回のツアーで、私が一番の目的地としていたのが、根室半島チャシ跡群巡りでした。日本百名城の1番に登録された場所です。これまで中々見学するチャンスがありませんでした。

2018秋、道東の名所(15/21):9月29日(3):オンネモトチャシ:根室半島のチャシ

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2018/09/27 - 2018/09/29

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旅行記グループ 2018秋、道東のチャシ跡巡り

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旅人のくまさん

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道東の名所とチャシ跡巡りです。今回のツアーで、私が一番の目的地としていたのが、根室半島チャシ跡群巡りでした。日本百名城の1番に登録された場所です。これまで中々見学するチャンスがありませんでした。

交通手段
観光バス ANAグループ

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  • 根室市内には32箇所のチャシ跡が確認されていて、その内の24箇所が国の史跡に指定されています。その内の一つが、納沙布岬に近い場所に位置するオンネモトチャシ跡です。その現地案内看板の光景です。

    根室市内には32箇所のチャシ跡が確認されていて、その内の24箇所が国の史跡に指定されています。その内の一つが、納沙布岬に近い場所に位置するオンネモトチャシ跡です。その現地案内看板の光景です。

  • 『温根元(おんねもと)野鳥観察舎』の表示があった案内看板の光景です。『温根元ハイド』の呼び名も記されていました。

    『温根元(おんねもと)野鳥観察舎』の表示があった案内看板の光景です。『温根元ハイド』の呼び名も記されていました。

  • 『温根元(おんねもと)野鳥観察舎』の表示があった案内看板の光景です。『温根元ハイド』の呼び名も記されていました。

    『温根元(おんねもと)野鳥観察舎』の表示があった案内看板の光景です。『温根元ハイド』の呼び名も記されていました。

  • 先程の道案内看板とは、余り離れていない場所にあった『オンネモトチャシ跡』と『温根元野鳥観察舎』の道案内看板の光景です。先程とは、矢印表示が異なっていました。

    先程の道案内看板とは、余り離れていない場所にあった『オンネモトチャシ跡』と『温根元野鳥観察舎』の道案内看板の光景です。先程とは、矢印表示が異なっていました。

  • 『エゾカワラナデシコ(蝦夷河原撫子)』のピンクの花の光景です。『カワラナデシコ(河原撫子)』の変種の一つで、ナデシコ科ナデシコ属の多年草です。秋の七草の一つに数えられます。北海道、本州の中部地方以北およびユーラシア大陸に分布します。

    『エゾカワラナデシコ(蝦夷河原撫子)』のピンクの花の光景です。『カワラナデシコ(河原撫子)』の変種の一つで、ナデシコ科ナデシコ属の多年草です。秋の七草の一つに数えられます。北海道、本州の中部地方以北およびユーラシア大陸に分布します。

  • 『国指定史跡・根室半島チャシ跡群・ヲンネモトチャシ跡』のタイトルがあった説明パネルの光景です。写真と地図入りで紹介されていました。温根元湾の西岸に位置するチャシ跡です。

    『国指定史跡・根室半島チャシ跡群・ヲンネモトチャシ跡』のタイトルがあった説明パネルの光景です。写真と地図入りで紹介されていました。温根元湾の西岸に位置するチャシ跡です。

  • 『温根元野鳥観察舎』の建物光景です。根室半島は、さまざまな種類の野鳥が訪れる場所として有名です。根室半島の根元に位置する、春国岱・風蓮湖では、これまでに約310種の野鳥が記録され、野鳥の聖域と言われています。『日本の野鳥590』の後継版として、約650種の日本の野鳥図鑑が発行されています。日本の野鳥の正確な数字は掴み難いようです。

    『温根元野鳥観察舎』の建物光景です。根室半島は、さまざまな種類の野鳥が訪れる場所として有名です。根室半島の根元に位置する、春国岱・風蓮湖では、これまでに約310種の野鳥が記録され、野鳥の聖域と言われています。『日本の野鳥590』の後継版として、約650種の日本の野鳥図鑑が発行されています。日本の野鳥の正確な数字は掴み難いようです。

  • 『オンネモトチャシ跡』に向かう途中の光景です。その先には、温根元漁港と納沙布岬方面が見えていました。右上付近に見える搭は、灯台ではなく、展望台です。

    『オンネモトチャシ跡』に向かう途中の光景です。その先には、温根元漁港と納沙布岬方面が見えていました。右上付近に見える搭は、灯台ではなく、展望台です。

  • 同じく、『オンネモトチャシ跡』に向かう途中の光景です。樹木の姿はなく、草原が続いていました。その背後にオホーツク海が広がります。

    同じく、『オンネモトチャシ跡』に向かう途中の光景です。樹木の姿はなく、草原が続いていました。その背後にオホーツク海が広がります。

  • 『オンネモトチャシ跡』に向かう途中の光景が続きます。ネット情報では、駐車場から標識のある場所まで300メートル程と紹介されていました。草が刈られ、歩きやすい散歩道になっていました。

    『オンネモトチャシ跡』に向かう途中の光景が続きます。ネット情報では、駐車場から標識のある場所まで300メートル程と紹介されていました。草が刈られ、歩きやすい散歩道になっていました。

  • 所々で見かけた、野生の『カワラナデシコ(河原撫子)』の花です。ナデシコ科ナデシコ属の多年草です。本種のカワラナデシコの近縁種で、『エゾカワラナデシコ(蝦夷河原撫子)』のようでした。本種との相違点は、萼片の長さが2~3センチとやや短く、苞が2対である点とされます。

    所々で見かけた、野生の『カワラナデシコ(河原撫子)』の花です。ナデシコ科ナデシコ属の多年草です。本種のカワラナデシコの近縁種で、『エゾカワラナデシコ(蝦夷河原撫子)』のようでした。本種との相違点は、萼片の長さが2~3センチとやや短く、苞が2対である点とされます。

  • 『ツリガネニンジン(釣鐘人参)』の紫色の花の光景です。この花も、別の場所で紹介しました。キキョウ科ツリガネニンジン属の多年草です。

    『ツリガネニンジン(釣鐘人参)』の紫色の花の光景です。この花も、別の場所で紹介しました。キキョウ科ツリガネニンジン属の多年草です。

  • 『根室市指定史跡・オンネモトチャシ跡』の文字が記された標識の光景です。昭和42年(1967年)7月、根室市教育委員会名での建立でした。現在は国指定の史跡です。北海道の史跡一覧を参照しましたら、1983年(昭和58年)4月に国指定でした。『根室半島チャシ跡群』として一括指定です。

    イチオシ

    『根室市指定史跡・オンネモトチャシ跡』の文字が記された標識の光景です。昭和42年(1967年)7月、根室市教育委員会名での建立でした。現在は国指定の史跡です。北海道の史跡一覧を参照しましたら、1983年(昭和58年)4月に国指定でした。『根室半島チャシ跡群』として一括指定です。

  • 『アカツメクサ(赤詰草)』の群生光景です。『赤クローバー』の名前でも呼ばれる帰化植物です。『ムラサキツメクサ(紫詰草)』の和名もあります。白花もあり、『シロツメクサ(白詰草)』ではなく、『シロバナアカツメクサ(白花赤詰草)』と呼ばれます。このことは、40年ほど前、新書版の文章論の一節で読んだ記憶があります。

    『アカツメクサ(赤詰草)』の群生光景です。『赤クローバー』の名前でも呼ばれる帰化植物です。『ムラサキツメクサ(紫詰草)』の和名もあります。白花もあり、『シロツメクサ(白詰草)』ではなく、『シロバナアカツメクサ(白花赤詰草)』と呼ばれます。このことは、40年ほど前、新書版の文章論の一節で読んだ記憶があります。

  • 『タンポポ(蒲公英)』の黄色の花と、白い綿帽子の光景です。普段近所で見かけるタンポポより、大型で、色鮮やかな種類の『シコタンタンポポ(色丹蒲公英)』のようです。秒速0.5メートルの風があれば、空中に安定して浮遊し、その距離は10キロに及ぶようです。花が咲いた後、更に茎を伸ばしますから驚きです。

    『タンポポ(蒲公英)』の黄色の花と、白い綿帽子の光景です。普段近所で見かけるタンポポより、大型で、色鮮やかな種類の『シコタンタンポポ(色丹蒲公英)』のようです。秒速0.5メートルの風があれば、空中に安定して浮遊し、その距離は10キロに及ぶようです。花が咲いた後、更に茎を伸ばしますから驚きです。

  • 『オンネモトチャシ跡』の付近から眺めた、『温根元漁港』の光景です。根室半島の主要漁港は3箇所あり、その一つです。ほかの二つは、『珸瑤瑁(ごようまい)漁港』と、『歯舞(はぼまい)漁港』です。太平洋側では浅瀬や小島が散在する複雑な海底地形から、突然の大波が発生することもあり、根室半島周辺海域は漁船の海難事故が頻繁に発生する危険海域となっています。

    『オンネモトチャシ跡』の付近から眺めた、『温根元漁港』の光景です。根室半島の主要漁港は3箇所あり、その一つです。ほかの二つは、『珸瑤瑁(ごようまい)漁港』と、『歯舞(はぼまい)漁港』です。太平洋側では浅瀬や小島が散在する複雑な海底地形から、突然の大波が発生することもあり、根室半島周辺海域は漁船の海難事故が頻繁に発生する危険海域となっています。

  • 『オンネモトチャシ跡』の先端部分の光景です。チャシの構造は、温根元漁港から眺めないと分からないことは、予めお聞きしていました。分類としては、『丘先式(きゅうせんしき)』のチャシとなります。

    イチオシ

    『オンネモトチャシ跡』の先端部分の光景です。チャシの構造は、温根元漁港から眺めないと分からないことは、予めお聞きしていました。分類としては、『丘先式(きゅうせんしき)』のチャシとなります。

  • 『オンネモトチャシ跡』の先端から眺めた、無人島の光景です。周りの海の色も、遠くの海の色に比べますと、茶色っぽく見えました。浅瀬で、海水が濁っているのかも知れません。ネットで情報公開されていた平成23年(2011年)の国土交通省・北海道開発局・釧路開発建設部の資料では、この海域は昆布漁漁場で、6~9月に249隻(H20nen)が操業と記されていました。

    『オンネモトチャシ跡』の先端から眺めた、無人島の光景です。周りの海の色も、遠くの海の色に比べますと、茶色っぽく見えました。浅瀬で、海水が濁っているのかも知れません。ネットで情報公開されていた平成23年(2011年)の国土交通省・北海道開発局・釧路開発建設部の資料では、この海域は昆布漁漁場で、6~9月に249隻(H20nen)が操業と記されていました。

  • 同じく、『オンネモトチャシ跡』の先端から眺めた、無人島の光景です。岩肌が白く見えるのは、島の住人の鳥さん達の落し物のようです。岩山に赤い旗が立ち、その沖にはブイが連なっていました。

    同じく、『オンネモトチャシ跡』の先端から眺めた、無人島の光景です。岩肌が白く見えるのは、島の住人の鳥さん達の落し物のようです。岩山に赤い旗が立ち、その沖にはブイが連なっていました。

  • 根室半島の先には、歯舞群島が繋がりますが、現在はロシアが支配権を継続している北方領土です。この辺りの無人島は、はロシアが支配権を継続している北方領土には含まれないようです。また、歯舞群島は、千島列島には含まれていません。千島列島は、北海道本島の東、根室海峡からカムチャツカ半島の南、千島海峡までの間に連なる列島です。

    根室半島の先には、歯舞群島が繋がりますが、現在はロシアが支配権を継続している北方領土です。この辺りの無人島は、はロシアが支配権を継続している北方領土には含まれないようです。また、歯舞群島は、千島列島には含まれていません。千島列島は、北海道本島の東、根室海峡からカムチャツカ半島の南、千島海峡までの間に連なる列島です。

  • 千島列島は、ロシア側の呼び名はクリル列島、国後島、択捉島、得撫島、幌筵島、占守島などの島々からなります。主に得撫(うるっぷ)島以北を北千島、択捉(えとろふ)島以南を南千島と呼びますが、得撫島から磨勘留(まかんる)島までを中部千島と呼ぶことがあります。

    千島列島は、ロシア側の呼び名はクリル列島、国後島、択捉島、得撫島、幌筵島、占守島などの島々からなります。主に得撫(うるっぷ)島以北を北千島、択捉(えとろふ)島以南を南千島と呼びますが、得撫島から磨勘留(まかんる)島までを中部千島と呼ぶことがあります。

  • 温根沼漁港の周りの門下の光景です。1951年(昭和26年)に『日本国が千島列島を放棄すること』が記載されたサンフランシスコ講和条約が発効し、日本は千島列島の領有を放棄しましたが、日本が放棄した千島列島の範囲などに関して、日本とロシアとの主張に差異があります。ロシアの実効支配は、今も千島列島全体に及んでいます。

    温根沼漁港の周りの門下の光景です。1951年(昭和26年)に『日本国が千島列島を放棄すること』が記載されたサンフランシスコ講和条約が発効し、日本は千島列島の領有を放棄しましたが、日本が放棄した千島列島の範囲などに関して、日本とロシアとの主張に差異があります。ロシアの実効支配は、今も千島列島全体に及んでいます。

  • ここからは、温根沼漁港から眺めた『オンネモトチャシ跡』の紹介です。丘陵部分の中ほどに、先ほど見学した『根室市指定史跡・オンネモトチャシ跡』の標識が見えていました。横から眺めた、『丘先式(きゅうせんしき)』のチャシの光景です。

    ここからは、温根沼漁港から眺めた『オンネモトチャシ跡』の紹介です。丘陵部分の中ほどに、先ほど見学した『根室市指定史跡・オンネモトチャシ跡』の標識が見えていました。横から眺めた、『丘先式(きゅうせんしき)』のチャシの光景です。

  • 『丘先式(きゅうせんしき)』のオンネモトチャシ跡の先端部分のズームアップ光景です。根室半島にある国指定の史跡の24箇所のチャシ全部が見学できる状態ではありません。多くは私有地であったり、手つかずのままです。現在のところ、見学ができるように整備されているのは、先に見学したノツカマフ1・2号チャシ跡とオンネモトチャシ跡だけとされます。

    『丘先式(きゅうせんしき)』のオンネモトチャシ跡の先端部分のズームアップ光景です。根室半島にある国指定の史跡の24箇所のチャシ全部が見学できる状態ではありません。多くは私有地であったり、手つかずのままです。現在のところ、見学ができるように整備されているのは、先に見学したノツカマフ1・2号チャシ跡とオンネモトチャシ跡だけとされます。

  • 更にズームアップした、『丘先式(きゅうせんしき)』のオンネモトチャシ跡の先端部分の光景です。ネット情報では、チャシのほとんどが『100人が1ヶ月くらいで造営できる程度の規模』とする見解もありました。チャシは、自然の地形を最大限に利用したところに特徴があるようです。

    更にズームアップした、『丘先式(きゅうせんしき)』のオンネモトチャシ跡の先端部分の光景です。ネット情報では、チャシのほとんどが『100人が1ヶ月くらいで造営できる程度の規模』とする見解もありました。チャシは、自然の地形を最大限に利用したところに特徴があるようです。

  • カメラを引いて紹介する、『丘先式(きゅうせんしき)』のオンネモトチャシ跡の先端部分の光景です。北海道の最東端であり、日本の最東端でもある納沙布岬から、約2キロの位置にあるオンネモトチャシ跡です。

    イチオシ

    カメラを引いて紹介する、『丘先式(きゅうせんしき)』のオンネモトチャシ跡の先端部分の光景です。北海道の最東端であり、日本の最東端でもある納沙布岬から、約2キロの位置にあるオンネモトチャシ跡です。

  • 同じ場所付近から眺めた、オンネモトチャシ跡の左側方面の光景です。ほぼ同じ高さの丘陵が続いていました。

    同じ場所付近から眺めた、オンネモトチャシ跡の左側方面の光景です。ほぼ同じ高さの丘陵が続いていました。

  • 少しズームアップした、同じ方角の光景です。右端にオンネモトチャシ跡の一部が見えていました。根室半島を館内に持つ、根室市について、少し紹介しておきます。根室市は、北海道の最東端に位置し、根室半島と納沙布岬から北東方向に連なる北方領土よりなります。人口は3万人余、北方領土には、日本人居住者はいません。

    少しズームアップした、同じ方角の光景です。右端にオンネモトチャシ跡の一部が見えていました。根室半島を館内に持つ、根室市について、少し紹介しておきます。根室市は、北海道の最東端に位置し、根室半島と納沙布岬から北東方向に連なる北方領土よりなります。人口は3万人余、北方領土には、日本人居住者はいません。

  • ここからは、バスの駐車場に戻る途中の光景です。根室市の人口3万人余の内、就業者人口の17.3%が漁業に従事するほか、水産製品生産高が509億円(H20年)、と水産加工業の生産額が約239億円(H20年)など、水産業が基幹産業となっています。

    ここからは、バスの駐車場に戻る途中の光景です。根室市の人口3万人余の内、就業者人口の17.3%が漁業に従事するほか、水産製品生産高が509億円(H20年)、と水産加工業の生産額が約239億円(H20年)など、水産業が基幹産業となっています。

  • 同じく、バスの駐車場に戻る途中の光景です。根室半島周辺海域は、太平洋側、オホーツク海側、そして北方領土周辺海域に優良漁場が形成され、サンマ、サケ、タラ、コンブが主要魚種となっていますが、外来船の操業も多いようです。<br />

    同じく、バスの駐車場に戻る途中の光景です。根室半島周辺海域は、太平洋側、オホーツク海側、そして北方領土周辺海域に優良漁場が形成され、サンマ、サケ、タラ、コンブが主要魚種となっていますが、外来船の操業も多いようです。

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