2018/09/27 - 2018/09/29
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旅人のくまさんさん
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今回のツアーでの3箇所目のチャシ跡見学は、『タブ山チャシ跡』です。1789年(寛政元年)に東蝦夷地(北海道東部)で起きた、アイヌと和人の衝突となった、『クナシリ・メナシの戦い』の以前からあった遺跡と想定されています。
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『タブ山チャシ跡』のタイトルがあった説明看板の光景です。タブ山チャシ跡は、1789年(寛政元年)に起きた、クナシリ・メナシの戦い以前のアイヌ社会で利用されたチャシで、その利用目的は、祈りの場、監視場、戦闘時の砦などの諸説があり、確定はしていないことが説明されていました。4基からなる連郭式チャシ跡とされます。
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先ほど紹介した『クナシリ・メナシの戦い』は、『国後・目梨の戦い』とも表記されます。1789年(寛政元年)、クナシリ場所請負人・飛騨屋との商取引や労働環境に不満を持ったクナシリ場所(国後郡)のアイヌの民が、首長ツキノエの留守中に蜂起し、商人や商船を襲い71名の和人を殺害しました。ネモロ場所メナシのアイヌもこれに応じました。麓で咲くノコギリソウの白い花です。
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『タブ山チャシ跡』の見学は、いきなり急坂の登攀となりました。それでも標高20メートル、比高さ17メートル程の丘ですから、登りきるのに、それほど時間はかかりませんでした。その途中の光景です。
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写真を撮りながら殿(しんがり)を歩きました。先行するのは、ツアー参加の皆さん達です、ツアー以外の方の見学者の姿は見当たりませんでした。今回のツアーは催行の最少人数を大きく下回る、5名での催行となりました。
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茶志骨川の河口に近い独立丘の縁辺に占地している、『タブ山チャシ跡』です。標津の海岸線とその彼方に横たわる国後島を一望する、蝦夷東部の要衝要綱の地です。このような場所のため、このチャシ跡には第二次大戦時に海岸防衛用の塹壕陣地が設けられ、その一部がチャシの遺構と重複しています。左手に霞んで見えているのは、知床半島のようです。
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『タブ山チャシ跡』の頂上近くから眺めた、根室海峡の光景です。霞んでしまった光景です。根室海峡では、北の知床半島と、南の根室半島の間に割り込むように『国後(クナシリ)島』が位置しています、それによって形成されているのが根室海峡です。北海道から国後島までは30キロほどの距離です。
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『タブ山チャシ跡』の頂上近くから眺めた、『国後島』方面に光景になりますが、霞んでしまいました。『国後島』の面積は1489平方キロ、沖縄県の本島の約1206平方キロより広く、沖縄全体の面積の約2281平方キロより狭い島です。
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更に南側の光景になります。南側には、根室半島から伸びる歯舞諸島が位置し、その先には、色丹(シコタン)島が続きます。霞んで、その姿は確認できませんでした。眼前には、チャシ跡の土塁が続いていました。
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『タブ山チャシ跡』の頂上近くから眺めた、『国後島』方面の光景が続きます。国後島の名前の由来は、アイヌ語の『クンネ・シリ(黒い島)』または「キナ・シリ/キナ・シル(草の島)』からのようです。この島に先住していたアイヌ人はアイヌ語で『クナシル』と呼んでいて、日本語名もロシア語名も国際標記もこれに起源を持つとされます。
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1945年(昭和20年)8月14日に日本がポツダム宣言の受諾を決定した後、1945年8月28日から9月5日にかけて赤軍(ソ連軍)は米国の協力により、艦船・武器の提供、上陸訓練などの指導を受け、北方領土に上陸し占領しました。北方領土は現在に至るまでソビエト連邦および、それを継承したロシア連邦が実効支配を継続しています。(ウィキペディア)
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『タブ山チャシ跡』の土塁と堀跡の光景です。北方領土問題は、現在ロシア連邦が実効支配している択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の島々に対し、日本が返還を求めている領土問題です。第二次世界大戦におけるアメリカ合衆国をはじめとする連合国諸国と、日本との間の戦争状態を終結させるための平和条約は、『サンフランシスコ平和条約』とも呼ばれますが、ソビエト連邦は署名しませんでした。
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『タブ山チャシ跡』の土塁と堀跡の光景が続きます。日本国内でも、単独講和と全面講和を巡って国を二分する議論が沸き起こりました。『サンフランシスコ平和条約』の締結により、日本と多くの連合国との間の『戦争状態』は終結しましたが、ソビエト連邦はじめとする懸案が残りました。その後、日本はインドネシア、中華民国、インドとの間で個別に講和条約を締結・批准しました。
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この辺りは、二重に彫られた堀跡のようです。『サンフランシスコ平和条約』は、『サンフランシスコ講和条約』とも呼ばれますが、この条約と同日に、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約も署名されました。翌年の1952年(昭和27年)4月28日に発効するとともに『昭和27年条約第5号』として公布されました。いわゆる『旧日米安保条約』です。
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一面の笹野原の光景です。『クマザサ(隈笹)』に似た形の葉ですが、白い縁取りがありませんから別種です。よく似た名前の『クマイザサ(九枚)』当たりのようです。『熊笹(クマザサ)』は俗称とされ、縁が白くなるのは、寒さの影響で枯れるのが原因のようです。
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『タブ山チャシ跡』の遺跡の部分を示すためにササ(笹)が刈られた場所のようです。『チシマザサ(千島笹)』は、『ネガマリダケ(根曲竹)』とも呼ばれ、こちらもよく似た笹のようです。この筍は人にとっても美味しく、熊も大好物なようです。本土では、山菜取りで『ツキノワグマ(月輪熊)』と出くわす原因ともお聞きした記憶があります。
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根室海峡方面を背にしての撮影です。この辺りにも土塁と堀の遺跡を目視できました。その土塁や堀には、笹だけでなく、年数を経た樹木も育っていました。
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同じ場所付近の光景が続きます。現地で確認することは出来ませんでしたが、第二次大戦中の塹壕は、面崖式のチャシの崖に沿ってチャシの内外に彫られていたようです。
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眼下に広がる枯葉色になっていた野原の光景です。その脇を海に向かって緑の林が伸びていました。更にその先に見えるのは、霞がかかっていない国後島のようです。国後島ですと、右に伸びているのが、ケラムイ崎になるようです。
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場所を変えて眺めた、根室海峡方面の光景です。先程より、少しカメラでズームアップしました。海沿いには、民家が散在していました。中央から右手に見えるのが、国後島になるようです。
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木に記された赤い標識があった気に沿って先に進みました。多郭式のチャシとしては,根室半島のチャルコロフイナチャシ(チャルコロモイチャシ)やコンブウシムイチャシ(トーサンポロチャシ)などが知られていますが、根室半島以外でこうした形態は珍しいとされ、タブ山チャシは貴重な事例とされています。
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タブ山は、最近でも羆が出没するらしく、目撃情報もあるようでした。樹の幹に残されたテリトリーを主張した羆の爪痕です。注意喚起に、赤い帯が巻いてありました。
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こちらの木にも、注意喚起に付けられた赤い帯がありました。タブ山の周辺の海と川にはサケが川に向かってやって来ますので、羆も一緒に出没するようでした。本土のツキノワグマも、ネマガリダケや水芭蕉は大好物のようです。
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チャシ跡のカーブした土塁と堀跡がよく観察できる場所の光景です。一番南側に位置するチャシは、立入りが禁止されている私有地のチャシのようでした。立入りが認められているチャシも、私有地かも知れません。
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四つ並んだチャシの内の一番南に位置するチャシのようです。他のチャシより、一段と高い土塁と、深い堀を廻らしているようでした。
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同じく、他のチャシより、一段と高い土塁と、深い堀を廻らしているように見えたチャシ跡の光景です。周りから眺めただけです。立入りが禁止されている理由は、『ヒグマ(羆)』対策も関係しているようでした。
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タブ山チャシ跡で見かけた、赤い実を付けた小高木の光景です。ネット検索しましたら、『カンボク(肝木)』が見付かりました。レンプクソウ科ガマズミ属の落葉小高木です。ケナシカンボクの別名を持ちます。枝葉を煎じた液は止血効果があるとされ、『肝木』の名前は、薬用として用いられた歴史に由来するようです。
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タブ山チャシ跡で見かけた、『カンボク(肝木)』の赤い実のズームアップ光景です。花期は5~7月で、白色の小さな両性花の周りに大きな5枚の装飾花が縁どり、秋に赤い実を付けます。材は白色で香気があり、日本では楊枝や房楊枝の材料として使われてきました。
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これで『タブ山チャシ跡』の紹介はお終いです。山を下りる前に眺めた、知床半島と国後島方面の光景です。現地でお聞きした『タブ山』の呼び名は、この場所の所有者に因むようでしたが、ネット検索では参考となる情報が見付かりませんでした。
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『空から見たタブ山チャシ跡』のタイトルがあった航空写真です。遺跡の入口にあった説明パネルの中の写真のピックアップです。左側が海岸線になります。遺跡と川の間を流れる川が、茶志骨(チャシコツ)川です。
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根室市で泊まったホテル、『ホテルねむろ開陽亭』の玄関光景です。公式HPに『根室駅から歩いて10分、繁華街にも近い好立地』と紹介されていました。夕食の前に、近くを散策して来ました。
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