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道東の名所とチャシ跡巡りです。カリカリウスチャシ跡の紹介です。冷涼な気候の作用で土の堆積が遅く、アラスカやシベリヤなどの遺跡と共通した竪穴住居跡が窪みとして残り、独特の遺跡景観をしているのが特徴とされます。

2018秋、道東の名所とチャシ跡巡り(10/21):9月28日(8):カリカリウスチャシ跡(3):夥しい住居跡、祭祀場跡、水源地

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2018/09/27 - 2018/09/29

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旅行記グループ 2018秋、道東のチャシ跡巡り

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旅人のくまさん

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道東の名所とチャシ跡巡りです。カリカリウスチャシ跡の紹介です。冷涼な気候の作用で土の堆積が遅く、アラスカやシベリヤなどの遺跡と共通した竪穴住居跡が窪みとして残り、独特の遺跡景観をしているのが特徴とされます。

交通手段
観光バス ANAグループ

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  • 発掘作業が行われ、周りを土留めの板で囲われた住居跡の光景です。竪穴住居跡は、方形でかまどや入り口の痕跡のある擦文文化の住居と、長方形の擦文文化の住居、そして、方形(五角形)で石囲い炉が認められるトビニタイ文化の住居に分けられるようです。

    発掘作業が行われ、周りを土留めの板で囲われた住居跡の光景です。竪穴住居跡は、方形でかまどや入り口の痕跡のある擦文文化の住居と、長方形の擦文文化の住居、そして、方形(五角形)で石囲い炉が認められるトビニタイ文化の住居に分けられるようです。

  • 今も、アイヌの大切な儀式が行われている場所のようでした。少しだけ掘り下げられた中の石囲いではなく、地表面より高く囲われた川原石の周りを、更に紐で囲ってありました。石囲いの中に砂を盛り、最近使われたらしい炭が残っていました。

    今も、アイヌの大切な儀式が行われている場所のようでした。少しだけ掘り下げられた中の石囲いではなく、地表面より高く囲われた川原石の周りを、更に紐で囲ってありました。石囲いの中に砂を盛り、最近使われたらしい炭が残っていました。

  • イナウと呼ばれるアイヌの祭祀道具です。イナウの用途は、神への供物です。アイヌの人々はカムイに祈り、願う際にイナウを捧げます。それにより人間側の意図するところがカムイに伝わり、カムイの側も力や徳を増すと考えられています。先程の四角な石囲いと関連があるようでした。

    イチオシ

    イナウと呼ばれるアイヌの祭祀道具です。イナウの用途は、神への供物です。アイヌの人々はカムイに祈り、願う際にイナウを捧げます。それにより人間側の意図するところがカムイに伝わり、カムイの側も力や徳を増すと考えられています。先程の四角な石囲いと関連があるようでした。

  • 林の中には、確認はされているものの、まだ発掘されていない竪穴譲許が多く残されているようでした。日本の旧石器時代の人々は、台地上に住むことが多かったようですが、岩陰や洞窟に住むこともありました。『洞窟遺跡』に対して、開けた場所の遺跡は『開地遺跡』と呼ばれています。

    林の中には、確認はされているものの、まだ発掘されていない竪穴譲許が多く残されているようでした。日本の旧石器時代の人々は、台地上に住むことが多かったようですが、岩陰や洞窟に住むこともありました。『洞窟遺跡』に対して、開けた場所の遺跡は『開地遺跡』と呼ばれています。

  • 林の中に散在する竪穴住居跡の光景です。現地ガイドさんの説明によれば、竪穴住居跡が数多い理由には、何らかの理由で、今まで住まっていた住居を放棄して、新しく建てたことなどがあるようでした。その理由はよく分かりませんが、家の主人が亡くなった時などが想定されているようです。

    林の中に散在する竪穴住居跡の光景です。現地ガイドさんの説明によれば、竪穴住居跡が数多い理由には、何らかの理由で、今まで住まっていた住居を放棄して、新しく建てたことなどがあるようでした。その理由はよく分かりませんが、家の主人が亡くなった時などが想定されているようです。

  • 新しく発掘され、その周りを板で囲った住居跡の光景です。この一帯では数多くの住居跡が発掘されましたが、まだ手付かずに残っている住居跡が多く残されています。標津町のこの地域の竪穴住居跡は、一辺長さが4~10メートルの大きな窪みが数え切れないくらい密集しています。この窪みが大昔の『穴居(けっきょ)』の跡です。

    イチオシ

    新しく発掘され、その周りを板で囲った住居跡の光景です。この一帯では数多くの住居跡が発掘されましたが、まだ手付かずに残っている住居跡が多く残されています。標津町のこの地域の竪穴住居跡は、一辺長さが4~10メートルの大きな窪みが数え切れないくらい密集しています。この窪みが大昔の『穴居(けっきょ)』の跡です。

  • こちらの竪穴式の樹巨跡ですが、発掘調査はされていない遺跡のようでした。深さが2メートルを超えるようで、掘った土を周りに盛り上げています。考古学では、地面を掘り下げて造った住居を『竪穴住居』と呼んでいます。普通の竪穴住居の深さは70~80センチ程度ですからかなりの深さです。『竪穴』と呼ばれる理由は、北海道でのこれらの遺跡の構造からのようです。(ウィキペディア)

    こちらの竪穴式の樹巨跡ですが、発掘調査はされていない遺跡のようでした。深さが2メートルを超えるようで、掘った土を周りに盛り上げています。考古学では、地面を掘り下げて造った住居を『竪穴住居』と呼んでいます。普通の竪穴住居の深さは70~80センチ程度ですからかなりの深さです。『竪穴』と呼ばれる理由は、北海道でのこれらの遺跡の構造からのようです。(ウィキペディア)

  • 道案内標識の光景です。階段を登る道の方面が『カリカリウス・第1竪穴群』、左方向が先に見学した『復元住居』方面の表示でした。階段方向にはいかず、先に湧水場所の見学に向かうことになりました。日本の竪穴住居は、後期旧石器時代から造られ始めたと考えられていて、縄文時代に盛んに造られるようになり、弥生時代以降にも引き継がれました。

    道案内標識の光景です。階段を登る道の方面が『カリカリウス・第1竪穴群』、左方向が先に見学した『復元住居』方面の表示でした。階段方向にはいかず、先に湧水場所の見学に向かうことになりました。日本の竪穴住居は、後期旧石器時代から造られ始めたと考えられていて、縄文時代に盛んに造られるようになり、弥生時代以降にも引き継がれました。

  • 湧水場所の見学に向かう途中の光景です。通路は舗装はされていませんが、綺麗に整備されていました。竪穴式住居には、『伏屋式』と『壁立式』があります。その内、『伏屋式』が主流で、『壁立式』は拠点集落の大形住居に限られているようです。『壁立式』の住居は、首長居館として権威を示すものとして、弥生・古墳時代に築造されたと考えられています。

    湧水場所の見学に向かう途中の光景です。通路は舗装はされていませんが、綺麗に整備されていました。竪穴式住居には、『伏屋式』と『壁立式』があります。その内、『伏屋式』が主流で、『壁立式』は拠点集落の大形住居に限られているようです。『壁立式』の住居は、首長居館として権威を示すものとして、弥生・古墳時代に築造されたと考えられています。

  • カリカリウスチャシ跡の湧水場所に到着しました。チャシが出来た当時よりも前からずっと湧水がある場所のようでした。また、チャシには、このような湧水場所が付き物であることも説明されていました。湿地帯のような場所ですから、敷板の桟道が設けてありました。

    カリカリウスチャシ跡の湧水場所に到着しました。チャシが出来た当時よりも前からずっと湧水がある場所のようでした。また、チャシには、このような湧水場所が付き物であることも説明されていました。湿地帯のような場所ですから、敷板の桟道が設けてありました。

  • チャシが現役時代にも使われていた湧水場所の光景です。今も途切れずに水が湧き出していました。遺跡の近くを流れる『ポー川』の周りが、『標津湿原』として国の天然記念物(天然保護区域)に指定されています。総面積は約63ヘクタールです。日本最大の山岳湿地の尾瀬ヶ原の760ヘクタールに近い広大な広さです。

    イチオシ

    チャシが現役時代にも使われていた湧水場所の光景です。今も途切れずに水が湧き出していました。遺跡の近くを流れる『ポー川』の周りが、『標津湿原』として国の天然記念物(天然保護区域)に指定されています。総面積は約63ヘクタールです。日本最大の山岳湿地の尾瀬ヶ原の760ヘクタールに近い広大な広さです。

  • 湧水場所のズームアップ光景です。周りの景色の映り込みで、少し分かり難い写真ですが、湧水により小さな波紋が繰り返し発生していました。『標津湿原』の中心は、雨と露が主な水の供給源となっている湿原とされます。

    湧水場所のズームアップ光景です。周りの景色の映り込みで、少し分かり難い写真ですが、湧水により小さな波紋が繰り返し発生していました。『標津湿原』の中心は、雨と露が主な水の供給源となっている湿原とされます。

  • 更にズームアップした湧水場所の光景です。湧水らしく、澄みきった水の色でした。見学は出来ませんでしたが、『標津湿原』には、尾瀬で見られるような本州の2千メートル級の高山性の植物が、標高3メートルの湿原に生育しています。氷河期のツンドラ植物の生き残りとも言われる植物がも毎年5月~7月上旬に花を咲かせるようです。

    更にズームアップした湧水場所の光景です。湧水らしく、澄みきった水の色でした。見学は出来ませんでしたが、『標津湿原』には、尾瀬で見られるような本州の2千メートル級の高山性の植物が、標高3メートルの湿原に生育しています。氷河期のツンドラ植物の生き残りとも言われる植物がも毎年5月~7月上旬に花を咲かせるようです。

  • この湧水池の写真は、現地ガイドさんの合図で、木の桟道の上で少し飛び上がった後の光景です。軽く地面に衝撃を与えただけで、一斉に小さな湧水による波紋が生じました。

    この湧水池の写真は、現地ガイドさんの合図で、木の桟道の上で少し飛び上がった後の光景です。軽く地面に衝撃を与えただけで、一斉に小さな湧水による波紋が生じました。

  • これで、湧水場所の紹介はお終いです。日本最大級の縄文集落として有名な、青森県の『三内丸山遺跡』でみつかっている竪穴住居跡の数は約800軒とされます。しかし、この伊茶仁カリカリウス遺跡に残された竪穴住居跡窪みの数は現在までに2500軒を超えています。周囲の遺跡を加えます、4400軒を超えているようです。将来的には、世界遺産を目指すべき遺跡のようです。

    これで、湧水場所の紹介はお終いです。日本最大級の縄文集落として有名な、青森県の『三内丸山遺跡』でみつかっている竪穴住居跡の数は約800軒とされます。しかし、この伊茶仁カリカリウス遺跡に残された竪穴住居跡窪みの数は現在までに2500軒を超えています。周囲の遺跡を加えます、4400軒を超えているようです。将来的には、世界遺産を目指すべき遺跡のようです。

  • 大きな竪穴式住居跡の光景です。発掘調査前の状態のようでした。2メートル以上の深さの大きな円形の穴が掘られ、その周りには、掘りだされた土で造られたらしい土塁が残っていました。

    大きな竪穴式住居跡の光景です。発掘調査前の状態のようでした。2メートル以上の深さの大きな円形の穴が掘られ、その周りには、掘りだされた土で造られたらしい土塁が残っていました。

  • 同じく、少しズームアップした、大きな竪穴式住居跡の光景です。明らかに一般の住居とは異なる規模のように見えました。

    同じく、少しズームアップした、大きな竪穴式住居跡の光景です。明らかに一般の住居とは異なる規模のように見えました。

  • 『大きな家は、村長さんの家だろうか』のタイトルがあった説明パネルの光景です。イラストで紹介されていたのは、左が10人以内の家族の村長さんの家、右が10人以上の人が集まった『村の集会所』でした。

    『大きな家は、村長さんの家だろうか』のタイトルがあった説明パネルの光景です。イラストで紹介されていたのは、左が10人以内の家族の村長さんの家、右が10人以上の人が集まった『村の集会所』でした。

  • 『カリカリウスチャシ跡』と思われる場所から眺めた光景です。チャシ跡には石標が建っていたはずですが、撮影できませんでした。『カリカリウスチャシ跡』は、『ポー川と伊茶仁(イチャニ)川に挟まれた標高20メートルの台地、南北33メートル、東西22メートルの規模とされ、北、西、南の三方を堀で区切っています』と紹介されていました。

    『カリカリウスチャシ跡』と思われる場所から眺めた光景です。チャシ跡には石標が建っていたはずですが、撮影できませんでした。『カリカリウスチャシ跡』は、『ポー川と伊茶仁(イチャニ)川に挟まれた標高20メートルの台地、南北33メートル、東西22メートルの規模とされ、北、西、南の三方を堀で区切っています』と紹介されていました。

  • ここからは、見学を終えて車が待つ場所に戻る途中の光景です。『カリカリウス』は、アイヌ語の『カリ・カリ・ウシ(回る・回る・たくさんある)とされるようです。これは、川が湿原で蛇行するさまを表現していると解釈する説もあるようです。

    ここからは、見学を終えて車が待つ場所に戻る途中の光景です。『カリカリウス』は、アイヌ語の『カリ・カリ・ウシ(回る・回る・たくさんある)とされるようです。これは、川が湿原で蛇行するさまを表現していると解釈する説もあるようです。

  • 同じく、見学を終えて車が待つ場所に戻る途中の光景です。『伊茶仁カリカリウス遺跡』は、『内陸側からだとわかりづらい場所にあるので、ポー川史跡自然公園を起点に湿原を抜ける道が迷わず到達できますが、朝夕はヒグマに遭遇する危険があるので歩行は危険』とも紹介されていました。大きな鈴をつけた現地ガイドさんに従っての見学でした。

    同じく、見学を終えて車が待つ場所に戻る途中の光景です。『伊茶仁カリカリウス遺跡』は、『内陸側からだとわかりづらい場所にあるので、ポー川史跡自然公園を起点に湿原を抜ける道が迷わず到達できますが、朝夕はヒグマに遭遇する危険があるので歩行は危険』とも紹介されていました。大きな鈴をつけた現地ガイドさんに従っての見学でした。

  • 猛毒を持つことで知られる、トリカブトの紫色の花です。トリカブトは、日本三大有毒植物の一つとされます。あとの二つは、ドクゼリとドクウツギです。古来からトリカブトの抽出成分を塗布した毒矢が、狩猟や戦いに使われてきました。チャシとは切り離せない植物かも知れません。

    猛毒を持つことで知られる、トリカブトの紫色の花です。トリカブトは、日本三大有毒植物の一つとされます。あとの二つは、ドクゼリとドクウツギです。古来からトリカブトの抽出成分を塗布した毒矢が、狩猟や戦いに使われてきました。チャシとは切り離せない植物かも知れません。

  • 同じく、別の場所で撮影したトリカブトの花です。トリカブトには、神経毒であり心臓毒であるアコニチンを含んでいて、嘔吐、呼吸困難、心不全などをもたらします。その毒は即効性であり、口に入ってから数十秒以内に症状が起きるようです。

    同じく、別の場所で撮影したトリカブトの花です。トリカブトには、神経毒であり心臓毒であるアコニチンを含んでいて、嘔吐、呼吸困難、心不全などをもたらします。その毒は即効性であり、口に入ってから数十秒以内に症状が起きるようです。

  • フカフカした道路でしたから、足元を確認しましたら、木材のチップが敷かれていました。チップの効果を、思い付くままに列挙してみますと、凍結防止、足首や膝への負担軽減、泥濘防止、除草効果、廃材廃棄の経費節減などです。落ちてしまった効果や、外れている効果もあるかも知れません。

    フカフカした道路でしたから、足元を確認しましたら、木材のチップが敷かれていました。チップの効果を、思い付くままに列挙してみますと、凍結防止、足首や膝への負担軽減、泥濘防止、除草効果、廃材廃棄の経費節減などです。落ちてしまった効果や、外れている効果もあるかも知れません。

  • 道路脇にササが生い茂った散策路の光景です。現地ガイドさんが、規則正しい間隔で穴が開いた笹の葉を探して、その原因を応えるクイズを出してくれました。その答えは、若葉で丸まっている内に虫に穴を開けられ、葉が広がった時に見えた、規則正しい間隔の穴でした。

    道路脇にササが生い茂った散策路の光景です。現地ガイドさんが、規則正しい間隔で穴が開いた笹の葉を探して、その原因を応えるクイズを出してくれました。その答えは、若葉で丸まっている内に虫に穴を開けられ、葉が広がった時に見えた、規則正しい間隔の穴でした。

  • 現地ガイドさんの説明によれば、冷害によって幹が避けた樹木の湯汪でした。これは私の推測も入りますが、急な冷え込みで凍りやすい樹液流れるのは、樹皮の下、その部分が裂けてしまったようです。ランを20年以上栽培していますが、蘭が蜜を出すのは、寒さで氷りにくくするための自己防衛、野菜類が寒さで甘くなるのも同じ原理のようです。

    現地ガイドさんの説明によれば、冷害によって幹が避けた樹木の湯汪でした。これは私の推測も入りますが、急な冷え込みで凍りやすい樹液流れるのは、樹皮の下、その部分が裂けてしまったようです。ランを20年以上栽培していますが、蘭が蜜を出すのは、寒さで氷りにくくするための自己防衛、野菜類が寒さで甘くなるのも同じ原理のようです。

  • 現地ガイドさんが紹介してくれたアカゲラの巣穴の光景です。コンパスを使ったような丸い穴でした。『アカゲラ(赤啄木鳥)』は、キツツキ科アカゲラ属の鳥類です。北海道には、亜種エゾアカゲラやコゲラなどのキツツキの仲間も生息するようです。

    現地ガイドさんが紹介してくれたアカゲラの巣穴の光景です。コンパスを使ったような丸い穴でした。『アカゲラ(赤啄木鳥)』は、キツツキ科アカゲラ属の鳥類です。北海道には、亜種エゾアカゲラやコゲラなどのキツツキの仲間も生息するようです。

  • 『標津町ポー川史蹟自然公園案内図」のタイトルがあった看板の光景です。ポー川を挟んだ、天然記念物・標津湿原と史跡・伊茶仁カリカルウス遺跡から構成される公園です。北方向は左上になりますが、右手(東側)方面がオホーツク海になります。

    『標津町ポー川史蹟自然公園案内図」のタイトルがあった看板の光景です。ポー川を挟んだ、天然記念物・標津湿原と史跡・伊茶仁カリカルウス遺跡から構成される公園です。北方向は左上になりますが、右手(東側)方面がオホーツク海になります。

  • 『ハマナス(浜茄子、浜梨、?摩瑰)』の赤い実のズームアップ光景です。バラ科バラ属の落葉低木で、夏に赤い花を咲かせます。稀に白花も出現するようです。東アジアの温帯から冷帯にかけて分布し、日本では北海道に多く、南は茨城県、鳥取県まで分布します。主に海岸の砂地に自生するようですが、野生のものは少なくなり、園芸用に品種改良されたものが育てられています。

    『ハマナス(浜茄子、浜梨、?摩瑰)』の赤い実のズームアップ光景です。バラ科バラ属の落葉低木で、夏に赤い花を咲かせます。稀に白花も出現するようです。東アジアの温帯から冷帯にかけて分布し、日本では北海道に多く、南は茨城県、鳥取県まで分布します。主に海岸の砂地に自生するようですが、野生のものは少なくなり、園芸用に品種改良されたものが育てられています。

  • 同じく、ハマナスの赤い実のズームアップ光景です。ハマナスの根は染料などに、花はお茶などに、果実はローズヒップとして食用になる有用植物です。『ハマナス』の名は、浜に生え、果実がナシに似た形をしていることから『ハマナシ』と呼ばれ、それが訛ったものとされます。

    同じく、ハマナスの赤い実のズームアップ光景です。ハマナスの根は染料などに、花はお茶などに、果実はローズヒップとして食用になる有用植物です。『ハマナス』の名は、浜に生え、果実がナシに似た形をしていることから『ハマナシ』と呼ばれ、それが訛ったものとされます。

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