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2017年11月末、ラオスのセコン、<br />Sekong の街で大バイク事故に遭いました。<br />(地球の歩き方には、セーコーンと記載されています。)<br /><br />事故処理が終了するまで、ラオス出国禁止と警察から言い渡されました。<br />どこにも行っちゃあいかんと、セコンの街に軟禁されました。<br /><br />結局、セコンの街で70日滞在することになりました。<br /><br />まあ、その間に泊まりがけで、パクセー、アタプー、シーパンドン、メコン川のほとりの村にもショートトリップしました。<br /><br />在ビエンチャン日本大使館の皆様には、何度も大丈夫ですか?不当な扱いを受けていませんか?と問い合わせていただきました。<br /><br />杞憂でした。<br />ゆるゆる軟禁でした。。。。<br /><br /><br />そんな中、まだ建設中だったセコンの日本橋での出逢いの連鎖が、事故処理に繋がりました。<br /><br />日本橋が開通したとの情報を目にしたので、旅行記にしてみたいと思います。<br /><br />(内容は、以前に書いた旅行記と、一部重複します。。。)

新 ラオス/日本 友好橋、開通おめでとう(^_^)///, The new Laos-Japan Friendship Bridge

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2017/12/20 - 2018/01/24

46位(同エリア484件中)

pal

palさん

2017年11月末、ラオスのセコン、
Sekong の街で大バイク事故に遭いました。
(地球の歩き方には、セーコーンと記載されています。)

事故処理が終了するまで、ラオス出国禁止と警察から言い渡されました。
どこにも行っちゃあいかんと、セコンの街に軟禁されました。

結局、セコンの街で70日滞在することになりました。

まあ、その間に泊まりがけで、パクセー、アタプー、シーパンドン、メコン川のほとりの村にもショートトリップしました。

在ビエンチャン日本大使館の皆様には、何度も大丈夫ですか?不当な扱いを受けていませんか?と問い合わせていただきました。

杞憂でした。
ゆるゆる軟禁でした。。。。


そんな中、まだ建設中だったセコンの日本橋での出逢いの連鎖が、事故処理に繋がりました。

日本橋が開通したとの情報を目にしたので、旅行記にしてみたいと思います。

(内容は、以前に書いた旅行記と、一部重複します。。。)

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  • セコンの街で大バイク事故に遭って担ぎこまれたセコン病院に、勤務を終えた海外青年協力隊の看護士さんが駆けつけてくれました。<br />私の天使です。<br />ありがとうございました(T_T)<br /><br />セコンの街には、もう一人海外青年協力隊<br />の獣医さんが滞在していました。<br /><br />2人ともいつもラオスの巻きスカート、シンの装いで、ラオスに溶け込んで頑張っていました。<br /><br />思わぬ大バイク事故。<br />この街に、日本女性が2人も住んでいる。<br />それだけで精神的な支えになりました。<br /><br />ラオス、人口670万人。<br />セコン県、たった11万人。。。<br />ラオスでも、最貧県の一つです。<br /><br />そんな小さなセコンの街に、<br />JICAの援助で、日本橋が建設中で、もう直ぐ開通予定だとのことでした。<br /><br />えっ、こんな所に、日本橋建設中!?<br /><br />是非とも工事現場を見たい。<br /><br />狭いセコンの街、何度か道を聞いたのですが、みんなあっちと指をさして教えてくれるぐらいです。。。<br />散々歩き回ったのですが、いまだにたどり着けずでした(*_*)。。。<br /><br /><br />建設中の日本橋に初めて行ったのは偶然。<br />その後、偶然の出逢いが重なって、事故処理につながりました。<br /><br />****************************************<br /><br />写真は、セコン病院です。<br />看板にローマ字表記がないので、一見なんの施設なのかわかりません。<br />かろうじて十字がついていますが、赤ではありません。。。<br />病院だとはわかりません。。。

    セコンの街で大バイク事故に遭って担ぎこまれたセコン病院に、勤務を終えた海外青年協力隊の看護士さんが駆けつけてくれました。
    私の天使です。
    ありがとうございました(T_T)

    セコンの街には、もう一人海外青年協力隊
    の獣医さんが滞在していました。

    2人ともいつもラオスの巻きスカート、シンの装いで、ラオスに溶け込んで頑張っていました。

    思わぬ大バイク事故。
    この街に、日本女性が2人も住んでいる。
    それだけで精神的な支えになりました。

    ラオス、人口670万人。
    セコン県、たった11万人。。。
    ラオスでも、最貧県の一つです。

    そんな小さなセコンの街に、
    JICAの援助で、日本橋が建設中で、もう直ぐ開通予定だとのことでした。

    えっ、こんな所に、日本橋建設中!?

    是非とも工事現場を見たい。

    狭いセコンの街、何度か道を聞いたのですが、みんなあっちと指をさして教えてくれるぐらいです。。。
    散々歩き回ったのですが、いまだにたどり着けずでした(*_*)。。。


    建設中の日本橋に初めて行ったのは偶然。
    その後、偶然の出逢いが重なって、事故処理につながりました。

    ****************************************

    写真は、セコン病院です。
    看板にローマ字表記がないので、一見なんの施設なのかわかりません。
    かろうじて十字がついていますが、赤ではありません。。。
    病院だとはわかりません。。。

  • * 偶然1   朝、警察通訳事務官と出会う *<br /><br />毎朝、ゲストハウスから徒歩ですぐのセコン市場に、散歩兼買い物に出かけるのが日課でした。<br /><br />2017年末のある日の朝、<br />市場に向かう道の写真屋さんで、事故の事情聴取で通訳してくれた警察の事務官を見つけました。<br /><br />事故処理の話は進んでいないよいようで、少し世間話。。。<br />日本橋の事を話すと、バイクで連れて行ってもらえることになりました。<br /><br />橋への道は、まだ散歩したことのない道でした。<br />Googleマップを見ても、何もない、或いは、袋小路。川の対岸にも道がなかったのです。<br /><br />工事中でした。。。<br />Googleマップに載っていませんせした。<br />当たり前です。。。<br /><br />***********************************<br /><br />写真は、タラート セコン、セコン市場です。

    * 偶然1 朝、警察通訳事務官と出会う *

    毎朝、ゲストハウスから徒歩ですぐのセコン市場に、散歩兼買い物に出かけるのが日課でした。

    2017年末のある日の朝、
    市場に向かう道の写真屋さんで、事故の事情聴取で通訳してくれた警察の事務官を見つけました。

    事故処理の話は進んでいないよいようで、少し世間話。。。
    日本橋の事を話すと、バイクで連れて行ってもらえることになりました。

    橋への道は、まだ散歩したことのない道でした。
    Googleマップを見ても、何もない、或いは、袋小路。川の対岸にも道がなかったのです。

    工事中でした。。。
    Googleマップに載っていませんせした。
    当たり前です。。。

    ***********************************

    写真は、タラート セコン、セコン市場です。

  • * 偶然2 ラオスで事故経験のある、英語堪能なベトナム人と出会う *<br /><br /><br />まさか、でした。<br />建設中の橋は、街から1, 2km でした。<br /><br />送ってくれた通訳警官は、仕事に行ってしまいました。<br />まあ、問題なく徒歩で街に帰れます。<br /><br />橋は、もう掛かっていました。<br />その時は、橋周辺の整備をしていました。<br /><br />川にも降りることができて、色んな角度から新日本橋を眺める事ができました。<br /><br />橋の袂をひと周りして、まだ封鎖されている橋の入り口に戻ってきました。<br /><br />数人の工事関係者に声を掛けられました。<br />ベトナム人でした。。。<br /><br />一人が英語堪能でした。<br />マネージャークラスでかなり上クラス。<br />工事関係者は、ほとんどベトナム人ということでした。<br />そして、ボスが工事責任者の日本人だとのこと。<br />施工者は、大成建設さんでした。<br /><br />ここまでの話は、以前の旅行記に書きました。<br /><br />が、続きがあります。<br /><br />ベトナム人が、なぜセコンにいると聞いてきました。<br />簡単に事故、そして、街を出られないと話しました。<br /><br /> えっ!? 俺もラオス人と事故ったことがある。それは大変だ !!!<br /><br />ベトナム人は、お茶に誘ってくれました。<br />そして、彼の4WDで日本橋を後にして、街に向かいました。

    * 偶然2 ラオスで事故経験のある、英語堪能なベトナム人と出会う *


    まさか、でした。
    建設中の橋は、街から1, 2km でした。

    送ってくれた通訳警官は、仕事に行ってしまいました。
    まあ、問題なく徒歩で街に帰れます。

    橋は、もう掛かっていました。
    その時は、橋周辺の整備をしていました。

    川にも降りることができて、色んな角度から新日本橋を眺める事ができました。

    橋の袂をひと周りして、まだ封鎖されている橋の入り口に戻ってきました。

    数人の工事関係者に声を掛けられました。
    ベトナム人でした。。。

    一人が英語堪能でした。
    マネージャークラスでかなり上クラス。
    工事関係者は、ほとんどベトナム人ということでした。
    そして、ボスが工事責任者の日本人だとのこと。
    施工者は、大成建設さんでした。

    ここまでの話は、以前の旅行記に書きました。

    が、続きがあります。

    ベトナム人が、なぜセコンにいると聞いてきました。
    簡単に事故、そして、街を出られないと話しました。

     えっ!? 俺もラオス人と事故ったことがある。それは大変だ !!!

    ベトナム人は、お茶に誘ってくれました。
    そして、彼の4WDで日本橋を後にして、街に向かいました。

  • 彼が連れて来てくれたのは、ベトベトカフェ(ベトナムコーヒーショップ)でした。<br />何度も通りがかって、存在は知っていたのですが、一度も入ったことのないお店でした。<br /><br />そこでベトナムコーヒーを飲みながら、ベトナム人にラオスの事故話しを聞きました。<br /><br />結局、結論は、あなたは最悪の状況にいる、でした。。。<br />ラオス人と外国人との交通事故の解決は、非常に難しいとのことでした。<br /><br />彼とは、名前も交換せずに別れてしまいました。。。<br /><br /><br />翌日の朝、もしかしたらあのベトナム人とまたあえるあなぁ、とベトナムカフェに行きました。<br />いろんな疑問がわいてきて、ラオスで事故の経験者にもっと話しを聞きたかったのです。<br /><br />*********************************<br /><br />写真の左側が、ベトナムコーヒーショップです。<br />いつもおじいちゃんか、お兄ちゃんが対応でした。<br />右側は、同族のお姉さん経営のベトナム床屋さん。<br />おじいちゃん、お兄ちゃんがいないときは、対応してくれました。

    彼が連れて来てくれたのは、ベトベトカフェ(ベトナムコーヒーショップ)でした。
    何度も通りがかって、存在は知っていたのですが、一度も入ったことのないお店でした。

    そこでベトナムコーヒーを飲みながら、ベトナム人にラオスの事故話しを聞きました。

    結局、結論は、あなたは最悪の状況にいる、でした。。。
    ラオス人と外国人との交通事故の解決は、非常に難しいとのことでした。

    彼とは、名前も交換せずに別れてしまいました。。。


    翌日の朝、もしかしたらあのベトナム人とまたあえるあなぁ、とベトナムカフェに行きました。
    いろんな疑問がわいてきて、ラオスで事故の経験者にもっと話しを聞きたかったのです。

    *********************************

    写真の左側が、ベトナムコーヒーショップです。
    いつもおじいちゃんか、お兄ちゃんが対応でした。
    右側は、同族のお姉さん経営のベトナム床屋さん。
    おじいちゃん、お兄ちゃんがいないときは、対応してくれました。

  • *  偶然3 オタスケマン3号との出会い *<br /><br />ベトベトカフェ(ベトナムコーヒーショップ)でコーヒーを頼むと、急須いっぱいの熱いお茶とのセットでした。<br />かなり粘れます。<br /><br />ベトナムの彼は現れなかったのですが、隣りのテーブルの男から英語で声をかけられました。<br /><br />ベトナム人ではなくて、ラオス人でした。<br />それがオタスケマン3号との出会いでした。<br /><br />それまでに出会った2人のラオス人が、親身になって事故処理の力になってくれていました。<br />それが1号と2号でした。<br /><br />オタスケマン3号は、働いていたブラックな韓国企業に嫌気がさして退職したばかりでした。<br />無職でした。<br />時間が有り余っていました。<br /><br />オタスケマン3号は、私の強力な事故処理の助っ人となりました。<br />彼に出会わなければ、あとどれだけ事故処理に時間がかかったかわかりません。<br /><br />ありがとう、オタスケマン3号(T_T)///////<br /><br /><br />事故処理が解決し、私がセコンの街を離れる直前に、オタスケマン3号は明かしてくれました。<br /><br />実は、私がベトナム人と初めてベトベトカフェに行って事故の話しをしていた時、オタスケマン3号は隣りの席で私たちの話しを聞いていたとのことでした。<br /><br />翌朝また私が現れたので、心配と興味で話しかけてくれたそうです。。。<br /><br />ありがとう、オタスケマン3号(T_T)<br /><br />********************<br /><br />写真は、オタスケマン3号とタンデムツーリングに行った時の道中です。

    * 偶然3 オタスケマン3号との出会い *

    ベトベトカフェ(ベトナムコーヒーショップ)でコーヒーを頼むと、急須いっぱいの熱いお茶とのセットでした。
    かなり粘れます。

    ベトナムの彼は現れなかったのですが、隣りのテーブルの男から英語で声をかけられました。

    ベトナム人ではなくて、ラオス人でした。
    それがオタスケマン3号との出会いでした。

    それまでに出会った2人のラオス人が、親身になって事故処理の力になってくれていました。
    それが1号と2号でした。

    オタスケマン3号は、働いていたブラックな韓国企業に嫌気がさして退職したばかりでした。
    無職でした。
    時間が有り余っていました。

    オタスケマン3号は、私の強力な事故処理の助っ人となりました。
    彼に出会わなければ、あとどれだけ事故処理に時間がかかったかわかりません。

    ありがとう、オタスケマン3号(T_T)///////


    事故処理が解決し、私がセコンの街を離れる直前に、オタスケマン3号は明かしてくれました。

    実は、私がベトナム人と初めてベトベトカフェに行って事故の話しをしていた時、オタスケマン3号は隣りの席で私たちの話しを聞いていたとのことでした。

    翌朝また私が現れたので、心配と興味で話しかけてくれたそうです。。。

    ありがとう、オタスケマン3号(T_T)

    ********************

    写真は、オタスケマン3号とタンデムツーリングに行った時の道中です。

  • さて、セコンの街のすぐ東にセコン川が流れています。<br />越すに越されぬ大井川状態でした。<br />バイクや車、トラックが乗れる桟橋は、街に一つしかありませんでした。<br /><br />UXO Lao (ラオス政府の不発弾対策機関)の給料配達ツアーに同行して、一度だけセコン川を渡し船で渡りました。<br /><br />Working for a future free of UXO: 20 years of UXO Lao<br />https://youtu.be/_PvMJFIdsro<br /><br />セコン県は、ラオスでも最貧県と聞いていましたがセコンの街では、そんな貧困を感じませんでした。<br /><br />ところが、川の向こうの村々は、見るからにとっても貧しく見えました。。。

    さて、セコンの街のすぐ東にセコン川が流れています。
    越すに越されぬ大井川状態でした。
    バイクや車、トラックが乗れる桟橋は、街に一つしかありませんでした。

    UXO Lao (ラオス政府の不発弾対策機関)の給料配達ツアーに同行して、一度だけセコン川を渡し船で渡りました。

    Working for a future free of UXO: 20 years of UXO Lao
    https://youtu.be/_PvMJFIdsro

    セコン県は、ラオスでも最貧県と聞いていましたがセコンの街では、そんな貧困を感じませんでした。

    ところが、川の向こうの村々は、見るからにとっても貧しく見えました。。。

  • ここは、以前の旅行記で紹介した幹線沿いのラオ族の家です。<br />高床式住居の1階です。<br /><br />UXO Lao (ラオス政府の不発弾処理組織)の協力者の家でした。<br /><br />UXOの中継地点でした。<br /><br />水は、雨水。<br />ガス無し。これは街と一緒で、炭火です。<br />電気無し。電源は、車のバッテリーでした。。。<br /><br />Bombing Missions Over Laos From 1965-1973<br />https://youtu.be/4UM2eYLbzXg

    ここは、以前の旅行記で紹介した幹線沿いのラオ族の家です。
    高床式住居の1階です。

    UXO Lao (ラオス政府の不発弾処理組織)の協力者の家でした。

    UXOの中継地点でした。

    水は、雨水。
    ガス無し。これは街と一緒で、炭火です。
    電気無し。電源は、車のバッテリーでした。。。

    Bombing Missions Over Laos From 1965-1973
    https://youtu.be/4UM2eYLbzXg

  • 幹線から折れると、すぐにダートです。<br /><br />民家はあるのかなぁって感じです。<br /><br />電柱は立っていましたが、電線がありません。。。<br /><br />もうすぐ電気が来るんですかねぇ。。。

    幹線から折れると、すぐにダートです。

    民家はあるのかなぁって感じです。

    電柱は立っていましたが、電線がありません。。。

    もうすぐ電気が来るんですかねぇ。。。

  • ここは、ジャングルの不発弾を除去する UXO Lao のベースキャンプの一つです。<br /><br />US Cluster Bomb Legacy Costing Lives In Laos<br />https://youtu.be/D9z0jr-YvKo<br /><br />ここまで来るのに、少数民族の村も通って来ました。<br />ラオ族とは違う民族です。<br />同じラオス国籍(きっと国籍のない人もたくさんジャングルに住んでいるはず。。。)なのに、言葉が通じません。通訳が必要です。。。

    ここは、ジャングルの不発弾を除去する UXO Lao のベースキャンプの一つです。

    US Cluster Bomb Legacy Costing Lives In Laos
    https://youtu.be/D9z0jr-YvKo

    ここまで来るのに、少数民族の村も通って来ました。
    ラオ族とは違う民族です。
    同じラオス国籍(きっと国籍のない人もたくさんジャングルに住んでいるはず。。。)なのに、言葉が通じません。通訳が必要です。。。

  • こんな車両や、

    こんな車両や、

  • こんな車両(bush cutter)も、桟橋の渡し船でセコン川を渡ってやって来ます。<br /><br />不発弾処理のためです。<br /><br />Say No to UXO in Laos<br />https://youtu.be/n2Vuhie5PAY<br /><br />橋の無いセコン川を渡し船で越えるのは、一苦労です。<br /><br /><br />ちなみに、雨季のジャンルは、4WDでも走行不能で、陸の孤島になってしまうところも多いそうです。。。<br /><br /><br />*************************************<br /><br />ルアンパバーンの UXO Lao には、唯一、見学コースがあるそうです。<br /><br />LAOS   (   UXO )<br />https://youtu.be/5ov-BsBVFcw

    こんな車両(bush cutter)も、桟橋の渡し船でセコン川を渡ってやって来ます。

    不発弾処理のためです。

    Say No to UXO in Laos
    https://youtu.be/n2Vuhie5PAY

    橋の無いセコン川を渡し船で越えるのは、一苦労です。


    ちなみに、雨季のジャンルは、4WDでも走行不能で、陸の孤島になってしまうところも多いそうです。。。


    *************************************

    ルアンパバーンの UXO Lao には、唯一、見学コースがあるそうです。

    LAOS ( UXO )
    https://youtu.be/5ov-BsBVFcw

  • この橋は、別世界の対岸と簡単にアクセスできる待望の橋です。<br /><br />橋は基幹インフラです。<br />これから対岸のインフラと交流、不発弾処理は、スピードは兎に角、でもきっとどんどん進むでしょう。

    この橋は、別世界の対岸と簡単にアクセスできる待望の橋です。

    橋は基幹インフラです。
    これから対岸のインフラと交流、不発弾処理は、スピードは兎に角、でもきっとどんどん進むでしょう。

  • 写真の奥は東です。<br />ここから、70キロで、ベトナムとの国境です。<br /><br />向こうに見えている山々が、ラオス/ベトナム国境の安南山脈なのでしょうか?<br /><br />さらに東に進めば、太平洋。<br />ベトナムのダナンです。<br /><br />タイ、ラオス、ベトナム横断道路ですよ !!!!!<br /><br /><br />次回、機会あってセコンの街を訪れたら、きっと交通の要所として様変わりしているかもしれません。<br /><br /><br />当初、橋のオープニングセレモニーは、2018/1/20とのことでした。<br /><br />それが延期となり、1/25 になったとの情報がながれたり。。。<br /><br />私は、事故処理が全て終わって、開通式前にセコンの街を離れました。。。<br /><br /><br />結局、オープニングセレモニーが行われたのは、2/12だったようです。<br /><br /><br />おめでとう、セコンの街。<br />おめでとう、ラオス。<br /><br />橋の名前は、ラオ日友好橋のようです(^_^)/<br />Laos-Japan Friendship Bridge<br /><br /><br />平和な時代が続きますように<br /><br /><br />これが、オープニングセレモニーのニュースです !!!<br /><br />ENGLISH NEWS: The new Laos-Japan Friendship Bridge was officially opened.<br />https://youtu.be/MvZnCXJxpQc<br /><br />https://laotiantimes.com/2018/02/12/lao-japanese-friendship-bridge-opens-in-xekong/<br /><br />セコン滞在記、まとめ<br />https://4travel.jp/travelogue/11324655

    写真の奥は東です。
    ここから、70キロで、ベトナムとの国境です。

    向こうに見えている山々が、ラオス/ベトナム国境の安南山脈なのでしょうか?

    さらに東に進めば、太平洋。
    ベトナムのダナンです。

    タイ、ラオス、ベトナム横断道路ですよ !!!!!


    次回、機会あってセコンの街を訪れたら、きっと交通の要所として様変わりしているかもしれません。


    当初、橋のオープニングセレモニーは、2018/1/20とのことでした。

    それが延期となり、1/25 になったとの情報がながれたり。。。

    私は、事故処理が全て終わって、開通式前にセコンの街を離れました。。。


    結局、オープニングセレモニーが行われたのは、2/12だったようです。


    おめでとう、セコンの街。
    おめでとう、ラオス。

    橋の名前は、ラオ日友好橋のようです(^_^)/
    Laos-Japan Friendship Bridge


    平和な時代が続きますように


    これが、オープニングセレモニーのニュースです !!!

    ENGLISH NEWS: The new Laos-Japan Friendship Bridge was officially opened.
    https://youtu.be/MvZnCXJxpQc

    https://laotiantimes.com/2018/02/12/lao-japanese-friendship-bridge-opens-in-xekong/

    セコン滞在記、まとめ
    https://4travel.jp/travelogue/11324655

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  • kiyoさん 2018/07/27 22:00:04
    ラオ日友好橋
    palさん、こんばんは。
    いつも私の旅行記に投票していただき、ありがとうございます。

    オタスケマン3号さん、めちゃくちゃ親切な人ですね。
    面倒な事にまきこまれたくないと
    見てみぬふりをしそうな人が
    ラオスにはいないのでしょうか。

    ところで、先日、ラオス南東部のダム決壊による洪水という
    ニュースを見ましたが、お世話になったセコン県の方たちの事も心配ですね。

    日本でも洪水で被災した方々が大勢いらっしゃるし、
    明日は関東から中国・四国・九州へと台風が上陸するかもしれないとのこと。
    被害がでないといいのですが。
    kiyo

    pal

    palさん からの返信 2018/07/28 14:33:18
    Re: ラオ日友好橋
    kiyo さん、こんにちは。

    こちらこそ、長文の旅行記を読んでくださって、ありがとうございました。

    ラオス人ってみんな優しいですよ。
    1号、2号、3号、みんないい人たちでした。3号は、求職中で時間が有り余っていたので大助かリでした。

    シリーズの旅行記のどこかに書いたのですが、事故って困っている日本人がUXOに出入りしているとの噂を聞いて、2号はわざわざUXO に私を訪ねてきてくれたのですよ。


    ラオスのダム決壊ニュースは、とっても心配です。ただ幸いセコン県に被害はありません。

    決壊が起こったダムは、セコン県の西隣のチャンパーサック県です。
    私は、ダムのある高地を通り抜けました。

    決壊が起こって飲み込まれまれた6つの村は、セコン県の南隣のアタプー県です。
    県境です。

    アタプー1泊旅行記
    https://4travel.jp/travelogue/11382264

    新日本橋が掛ったのは、セコン川。
    セコンの街の下流が、アタプー県です。

    3つの県があってややこしいですね。。。

    決壊した水は、セコン川に流れ込むほかありません。

    今は雨季、ただでさえ増水しています。

    下流のカンボジアでは、浸水で5000人がすでに高台に避難。周辺の25000人を避難させようとしているそうです。。。

    ベトナムは軍隊を救援に派遣。
    タイは義援金を約束。
    中国も救援隊。
    韓国はそろそろ到着かなぁ。韓国企業が決壊したダム建設を請け負っていました。韓国政府は面子がかかっています。。。
    我れら日本政府も援助物資支援。

    などなど各国が支援に動いています。

    頑張って、ラオスです。


    台風接近中ですね。
    水害被害にあった地域、新たな地域がが被害に遭わないように、祈るばかりですね。。。

    pal

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