2018/04/30 - 2018/04/30
17位(同エリア369件中)
キートンさん
この旅行記のスケジュール
2018/04/30
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車での移動
ベドゥイン・メディテーション・キャンプのオーナーの車で移動
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バスでの移動
アカバ(11:00発)→アンマン・アブダリ(15:00着) ジェットバス
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アンマンのアブダリ
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徒歩での移動
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徒歩での移動
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車での移動
タクシーで移動
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飛行機での移動
アンマン・クイーンアリア国際空港(4:20発)→ローマ国際空港(7:00着) AZ821便
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この旅行記スケジュールを元に
今日はヨルダン滞在の最終日。
ぺトラ遺跡とワディ・ラムの予定を無事消化したので、あとは深夜発のイタリア行きのフライトに確実に乗ることが最大のミッションとなる。
スケジュールは、ワディ・ラムからアカバにタクシーで移動し、アカバから11:00発のジェットバスでアンマンに移動。
アンマンではフライトに支障のない範囲で観光しようという予定。
良いイメージでヨルダン観光を終えることができるでしょうか・・・
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
早朝5:30頃には目が覚めた。
早速夜明け前の岩山に上ってみる。
月は昨夕とは反対側に出ていた。 -
日中より、日の出前の薄暗い時間帯の方が火星のイメージに近いか。
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こちらの山は他の岩山とは違った、特徴のある地形をしている。
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月の砂漠。
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朝日が昇る方向。
6:30前、日の出を迎えた。
ただ朝日が強過ぎて、朝焼けとはならなかった。 -
砂漠に二人の人影が見えた。
ベドゥイン・メディテーション・キャンプに泊まっているオランダ人かもしれない。 -
向かいの岩山が朝日を浴びる。
その麓にも宿泊施設のキャンプがある。 -
朝日を浴びる山々。
-
7:00過ぎ、朝食の用意ができた。
-
昨日の夕食は良かったが、朝食はかなりあっさりだ。
朝食は宿泊費に含まれてるとはいえ、もう少しなんとかならないものか・・・ -
イチオシ
8:00前にチェックアウト。
アカバまでタクシーを手配してもらうはずだったが、宿のオーナーが車でアカバのジェットバスオフィスまで送ってくれるという。
通常タクシーは30JDだが、20JDでいいよ、とのこと。
結局、
宿泊費(朝食込)20JD
夕食10JD
フルデイツアー30JD
送迎代20JD
合計80JD
だった。The Bedouin Meditation Camp ホテル
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ベドゥイン・メディテーション・キャンプのオーナーが運転する、オンボロ・ランドクルーザーでアカバを目指す。
しかも、通常のルートではなく、近道を行くという。 -
砂漠の中を何分か走ると、写真撮影のために途中停車してくれた。
-
これは、「地球の歩き方」に載っている3つの石橋とは違うものだ。
なので何という石橋かはわからない。
観光でここを訪れることは、おそらく稀なケースだと思われる。 -
非常になだらかな岩なので、簡単に上れそうだ。
-
頼んでもいないのに、記念写真まで撮ってくれた。
好意は遠慮なく受けなければ。
まるでプライベートツアーだ。 -
観光ルートではなく、ほとんど地元に住む人しか通らないようなルートを走る。
これは思わぬサプライズである。
しかも、タクシー代も節約できたし。
昨日のフルデイ・ジープツアーは、正直物足りない印象で終わったが、その物足りなさを倍にして返してくれた気分だ。 -
野性のラクダを見つけると、写真撮影のためにスピードを落としてくれた。
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子連れの家族のようだ。
片親が見当たらないが・・・ -
すれ違う車や他の観光客を見ないルートを走るのは、気分のいいものだ。
-
ベドゥイン・メディテーション・キャンプのオーナーは、このランドクルーザーがお気に入りだ。
トヨタの車はストロングなのだという。
砂漠のオフロードでも故障が少ないのだろう。
ワディ・ラムを走る4WDは、トヨタをはじめ、日産や三菱など大半が日本車だ。
こういう過酷な条件下で日本車が評価されているのは、日本国民として誇らしいものだ。 -
20分以上走ると、山の感じも変わってきた。
-
30分程度走ると、集落が見えてきた。
この集落の名前を宿のオーナーが教えてくれたが、メモをとらなかったので忘れた。
グーグルマップで探すと、場所は判明したが、地名は出ていなかった。
宿のオーナーは、この集落の知り合いに挨拶に行くため少しだけ停車した。 -
宿のオーナーは、この集落の中で、もう一箇所停車した。
目の前には電線にペットボトルやら靴やらぶらさがっている。
これは宿のオーナーにえらいウケたらしく、スマホで写真を撮っていた。
電線に靴がぶらさがっているのは、過去にメキシコで見たことがある。
シューフィティ(Shoefiti)と呼ばれるこの現象の意味は、単なるいたずらという見方もあるが、他にも諸説あり、麻薬やマフィアがからむ何かのサインだという物騒な説もあるという。
しかしここでは、靴よりもペットボトルの方が目立つ。
よく見ると、ペットボトルには少し砂も入っているようだ。
いったいこれは何を意味するんだ?
このヨルダンの旅で、最大の謎である。 -
その集落から先は、舗装道を走った。
-
前方に立ちふさがる緑のない山々は、日本人には異様に見えるが、ワディ・ラムのような特徴的な岩山に比べれば、ノーマルな形状になってきた。
-
宿のオーナーの話では、ここでは砂を採取しているという。
砂ならもっと砂漠っぽいところで採取すればよいのにと思うのだが。
余談だが、ヨルダン南部はリン鉱石産地で、リン鉱石からはリン酸塩を採取している。
リン酸塩は化学肥料の原料となる。 -
砂を積みに行くトラックか。
またまた余談だが、ヨルダンで見かける乗用車は結構日本車が多いのだが、バスやトラックなどの大型車にはメルセデス・ベンツのエンブレムをよく見かける。 -
9:00頃、ハイウェイに出た。
-
ハイウェイを10分も走ると、アカバとアカバ湾が見えてきた。
1917年7月6日、トーマス・エドワード・ロレンス率いるアラブ反乱軍は、この内陸側からアカバを襲撃した。
今から101年前の出来事である。
https://www.youtube.com/watch?v=lChJz2DSpsE
この「アラビアのロレンス」のアカバ襲撃のシーンは、アカバ現地での撮影ではなく、スペイン南部のアルメリア近くにアカバの街のオープンセットを造っての撮影だったようだ。
アルメリア付近には、ヨーロッパ唯一の砂漠であるタベルナス砂漠があり、1960年代に多くのマカロニウエスタン(イタリア製西部劇)が撮影された。 -
9:35頃、アカバのジェットバスのオフィス前に到着した。
ベドゥイン・メディテーション・キャンプからのドライブルートは、通常の観光では通ることのないルートで、単なる移動ではなく貴重な体験となった。
ここで予約していた11:00発のバスチケットを購入。
出発までまだ1時間以上あるので、アカバの街をぶらついてみる。
ただ、アカバはえらい暑い。
たぶん30℃はゆうに越えていそう。 -
5分も歩かないうちに、イーラ遺跡に到着。
入場は無料だが、建物の基礎部分しか残っていないので、たいして見応えはない。 -
イスラム初期の都市跡で、7~10世紀頃が最盛期だったという。
ぺトラ遺跡と比べるのが間違っているが、正直しょぼいという感想しかない。 -
海を見るために港へとやってきた。
ここでカメラの設定が変なことになって、なかなか元の設定に戻れなくなってしまった。
今年買ったパナソニックLX9は、ボタン配置があまり良くなく、誤ってボタンに触れて変な設定におちいってしまうことがたまにある。 -
しかたがないので、サブのカメラで撮影することにした。
アカバはヨルダンで唯一海に面している都市である。
ヨルダンは死海にも面しているが、死海は海ではなく湖である。
アカバが面しているこの海は紅海である。
紅海はアラビア半島とアフリカ大陸に挟まれた細長い海域で、その北部はシナイ半島によって二股に分かれている。
その二股のうち、東側のアカバ湾の北端がここである。 -
イチオシ
おおっ、期待通りの透明度。
紅海というのに、色は反対色のきれいなブルーだ。
紅海周辺は降水量が少ない乾燥地帯で、目立った河川が流れ込んでいない。
そのため透明度が高く、塩分濃度も高い。
200種ものサンゴが生息し、固有種も多いことから、ダイバー憧れのダイビングスポットもある。 -
ただ、紅海沿岸にはダイビングスポット以外は目立った観光地がないうえ、観光に閉鎖的なサウジアラビアの他は治安に不安のある国ばかりで、スエズ運河を通過するクルーズにでも参加しない限り紅海を見る機会などほとんどないだろう。
別に紅海を見ないまま死んだって後悔はしないだろうが、この機会に見ておいて損はないだろう。 -
海越しに見える街は、イスラエルのエイラト。
アカバはイスラエルとの国境の街でもある。
さらにアカバから20kmも南下すればサウジアラビア、エイラトから10kmも南西に行けばエジプトである。
半径10kmの円内にエジプト、イスラエル、ヨルダン、サウジアラビアの4カ国があるわけだ。
アフリカ南部のビクトリア滝の近くに4カ国が国境を接する地点があるが、ここはそれに次ぐ国境が近い地点になるのではないだろうか。
3カ国が接する地点は世界にいくつもあるが、4カ国が近接するところはそれほど多くはない。 -
アカバではイーラ遺跡と紅海を見ただけで、アンマン行きのバスに乗った。
事前に予約したせいか、一番前の座席だった。 -
険しい山に向かって走る。
-
アンマン~アカバ間を結ぶデザートハイウェイは、ヨルダン随一の幹線道路である。
ほとんど砂漠の中を走って行く。 -
14:00頃、ようやくトイレ休憩。
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アンマンの市街地に入ってくると渋滞し始めた。
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16:00頃、アンマンのアブダリ駐車場に到着。
バスを降りた時のタクシーの勧誘が結構激しかったが、タクシーを利用する気はなかった。 -
駐車場隣のビルの1階にジェットバスのオフィスがあった。(ビル1階の右側)
もともとそこにジェットバスのオフィスがあることはわかっていたが、予約した時のメールのやりとりで、2ndサークル近くのインターコンチネンタル・アンマン・ホテルや7thサークル近くのジェットバスオフィスに来るようにという指示があったので、アブダリのオフィスはなくなったのかと思っていた。
どうしてアブダリからではなく、他の地点から乗るように指示されたのか?
よくわからん。 -
アンマン城(シタデル)に向かって歩く。
アブダリ駐車場から3~4kmの距離のはずなので1時間あれば到着する予定だ。 -
途中にカラフルな階段発見。
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バスを降りた時にはスマホのグーグルマップの現在地が表示できなくなった。
おまけにコピーしてきた地図もわかりにくくて、迷ってしまった。
素直にタクシーに乗っとくべきだったか。
もうそろそろアンマン城が上の方に見えてきてもいいはず。
トンネルをくぐったら見えてくるのか? -
トンネルを抜けた後も方向がよくわからなかった。
たまたま「ハロー」とあいさつしてくれた老人がいたので、アンマン城への行き方を聞くと、なんとなく方向はわかった。
上る坂道から、来た道を振り返る。 -
17:00頃、なんとかアンマン城(シタデル)に到着。
バスを降りてから、ちょうど1時間かかった。
入場料は3JD。 -
イチオシ
アンマン城(シタデル)はジャバル・アル・カラアの山頂にあり、見晴らしがよい。
特に南側の展望は抜群だ。
アンマンのダウンタウンは結構起伏がある。 -
モノトーンの街並の一画に、半円形のローマ劇場が見える。
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皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスのために造られたとされるヘラクレス神殿。
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イチオシ
A.C.162~166年の間に建造されたが、今は土台の基礎と数本の円柱が残るだけである。
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アンマン城内には、ヨルダン考古学博物館がある。
アンマン城との共通チケットとなっている。ヨルダン考古学博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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2013年に別の場所にヨルダン博物館がオープンし、主要な展示品がヨルダン博物館に移ったということだ。
こちらの考古学博物館には、有史以前の出土品から15世紀頃までの生活道具や装飾品などが展示されている。 -
ぺトラのパネルが掲げてあるので、ぺトラ遺跡の出土品なのかな?
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考古学博物館の北側にはモスク跡があるが、一部の壁と円柱の基礎しか残っていない。
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ウマイヤ朝の宮殿は、730年頃に建てられた複合施設。
修復された部分もあるが、アンマン城内では唯一建物の形状として残っている。 -
おそらくアンマン統治者の居住地あるいは行政管理棟として利用されたと考えられている。
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宮殿はビザンチン様式を受け継ぎ、正門入口はギリシャの十字形の設計がなされている。
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ウマイヤ朝の宮殿へと続く通りの跡。
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アンマン城内では、B.C.6000年頃の新石器時代の居住の確証が認められ、B.C.3300~1200年の青銅器時代の墓の痕跡も発掘されたという。
鉄器時代にはアモン人の首都となり、その後アッシリア、バビロニア、ペルシャにより領有された。 -
B.C.331年にギリシャに征服され、B.C.30年頃にローマの支配下となった。
A.C.661年にイスラムの支配下となった。
多くの文明により占有された長い歴史を持ち、非常に重要な場所となっている。 -
アンマン城の北側には、高さ126.8mの掲揚ポールに30m×60mのヨルダン国旗がはためくのが見える。
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東ローマ帝国時代の5~6世紀に建設されたビザンチン教会は、数本の円柱と建物基礎部分しか残っていない。
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アンマン城(シタデル)は、遺跡としての魅力はイマイチだが、見晴らしの良い遺跡公園という魅力がある。
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50分程度アンマン城を見学した後、アンマン城の東の方から路地を下って行く。
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途中、ローマ劇場を正面から見れる展望台があった。
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ローマ劇場に向かって長い階段を下りて行く。
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フォルム(ローマ時代の公共広場)から、北斜面に築かれたローマ劇場を望む。
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ローマ劇場は、ローマ皇帝アントニウス・ピウスによりA.C.138~161年の間に建設された。
入場料は2JD。 -
33列で約6000人収容可能な、ヨルダン最大の屋外劇場だ。
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ローマ劇場前にはフォルム(公共広場)があり、フォルムの東側にオデオン(音楽堂)、その向こうにハシミテ広場と続いている。
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ローマ劇場の右前方のオデオン(音楽堂)は、ローマ劇場をコンパクトにした感じ。
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修復されているとはいえ、今でも野外コンサートやイベントなどに利用されている。
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ぺトラ遺跡内のローマ円形劇場やアテネのイロド・アティコス音楽堂は中に入れなかったのが残念だったが、ここでようやくリベンジとなった。
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ローマ時代の劇場やスタジアムは階段が急なので、結構上り下りが大変。
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イチオシ
舞台に並ぶミニ円柱が、さりげなくカワイイのである。
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舞台の両脇には、ヨルダン伝統文化博物館とヨルダン民族博物館がある。
両方ともローマ劇場との共通チケットとなっている。 -
ヨルダン伝統文化博物館に入ると、「チケットは?どこから来た?」と聞かれたので、日本人だと答えチケットを出そうとすると、「ジャパニーズ、グッド・ピープル」と言ってチケットは見せなくていいというそぶりだった。
ヨルダンは結構親日国であるようだ。
旅をしていると、日本車の多さ、ヨルダン博物館やぺトラ・ミュージアム建設への支援など、日本との関係の深さを感じることが多い。
日本人であるというナショナリティーは、時に高級ブランドのような信用性を発揮することがある。 -
ヨルダン伝統文化博物館の見どころは、マダバやジェラシュで発掘されたローマ、ビザンチンのモザイクタイルの展示である。
-
ヨルダン民族博物館には、伝統的住宅内部や伝統衣装や暮らしぶりが展示されている。
こちらは砂漠に暮らすベドウィン族の生活。 -
こちらは都市部の住宅内の展示。
ヨルダン伝統文化博物館もヨルダン伝統文化博物館も展示スペースは限られているので、両方で10分程度で見学できた。
時刻は18:40頃。
アンマン観光は、予定していたアンマン城(シタデル)とローマ劇場の見学を終え、それ以外はあまり考えていなかった。
イタリアへのフライトは深夜4:20発なので、時間はまだ十分ある。
ダウンタウンのゴールド・スークあたりをぶらついて、適当なところで夕食を食べようか・・・ -
などと考えながら歩いていると、タクシー勧誘につかまった。
ちなみに空港行きのバス乗り場までいくらか聞くと、5JDだという。
3JDでないと乗らないというと、空港へ行くなら空港まで15JDでどうだという。
空港まで15JDなら確かに安い。
ヨルダン初日に乗ったぼったくりタクシーが5km程度乗って15JDだったことを考えると、その5倍以上の距離で同額である。
空港まで12JDでないと乗らないというと、最初は無理だと拒否されたがそのうちしぶしぶ了承した。
というわけで、19:40頃とかなり早い時間帯だが、アンマン・クイーン・アリア国際空港に到着した。
財布に50JDを残して、12JDと硬貨の全て(1JD弱)をドライバーに支払った。 -
残った50JDはこのHousing BankでUSドルに両替したところ、69ドルとなった。
4日前にここで100USドルを両替したところ、69JDだった。
69×69/50 = 95.22 なので、100USドル→69JD→95.22USドルという計算になる。
つまり、2回の両替で目減りしたのは5%未満である。
日本円ではかなりレートは悪く、ユーロもUSドルと比べると悪い。
ヨルダン・ディナールJDに関してまとめると。
キャッシュパスポート:約26500円→150JD = 177.6円/JD
空港両替(Housing Bank):約109円/USドルだったので、10900円→100USドル→69JD = 158.0円/JD
ぺトラ両替:10900円→100USドル→69JD = 158.0円/JD(空港と同じ)
アンマンホテル・VISAカード払い:37.0JD→5747円 = 155.3円/JD
ぺトラホテル・VISAカード払い:61.43JD→9703円 = 158.0円/JD
同じVISAカード払いでレートが異なるのは、決済日が異なることによる為替変動だと思われる。
一概にいえないが、USドルからの両替とクレジットカード払いにはあまり差はなかった。
キャッシュパスポートからのヨルダン・ディナールのキャッシングは、よくない。
両替するところにもよるだろうが、円からヨルダン・ディナールへの両替はあまりよくない傾向にあるので、現金はUSドルで持って行くのが有利だと思う。 -
アンマン・クイーン・アリア国際空港は、チェックインカウンターに行く前に手荷物検査があった。
誤算だったのは手荷物検査を通過したチェックインカウンターのエリアに飲食店が1店舗しかなかったことだ。
時刻はまだ20:00前。
出発まで8時間以上、チェックインまでおそらく5時間はある。
タクシーの勧誘を振り切って、もう少しアンマンでゆっくりすればよかった。 -
空港で長時間待つのは正直しんどかったが、ヨルダンの旅は想い出深いものとなった。
ワディ・ラムも良かったが、ぺトラ遺跡は別格だと思った。
人によって評価は変わるだろうが、個人的にはマチュピチュ、アンコール遺跡群を越えて遺跡ナンバーワンの評価だ。
ギリシャとヨルダンの旅程を終え、残るはイタリア(バチカンを含む)のみとなった。
今回のイタリアはナポリからの日帰り圏内とローマのみだが、遺跡と海岸風景の見どころは満載だ。
楽しみな旅はまだまだ続く。
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