2015/09/13 - 2015/09/13
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旅人のくまさんさん
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名古屋市街を東西に貫く100m道路である『若宮大通』に面した若宮八幡社の紹介です。旧社格は県社、神社本庁が包括する別表神社で、名古屋総鎮守とされます。
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イチオシ
若宮八幡社の鳥居の光景です。同社のHPから、由緒の紹介です。『社伝によると、文武天皇の時代に那古野庄今市場に創建されたと伝えられております。901年~923年(延喜年間)に再興し1532年(天文元年)3月11日織田信秀が那古野城を攻めた際焼失しましたが、1539年(天文8年)に再建されました』と記されていました。
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『名古屋総鎮守・若宮八幡社』の文字が刻まれた石標の光景です。同社のHPから、由緒の紹介の続きです。『その後、秀吉公より社領二百石の寄進を受け、1610年(慶長15年)家康公が名古屋城築城に際し現在の地に遷座し、武神の神・外敵防護・領内鎮護の神として、武将の厚い信仰を受け、尾張藩二代藩主徳川光友は1664年(寛文4年)に社殿をはじめその他の造営を行い、社僧を廃し例祭の興隆に努め、その後代々の藩主の崇敬篤く、1689年(元禄2年)正月神領百石が寄進され、営繕は明治維新まで藩主により行われました。』と続いていました。
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『若宮八幡社』のタイトルがあった、名古屋市教育委員会名の立札です。由緒は、同社のHP で紹介します。『1877年(明治10年)3月14日県社に昇格し、1945年(昭和20年)3月19日空襲により焼失しましたが、氏子崇敬者の熱意により1957年(昭和32年)復旧造営しました。1971年(昭和46年)7月1日別表神社に列しました。
5月に行われる例祭は、一般には若宮まつりと呼ばれ名古屋の三大祭りの一つとして有名で、三百年の歴史があり、16日の本祭りには神輿と山車が那古野神社を御旅所として、ご神幸が盛大に執り行われます。』と締めくくられていました。 -
拝殿に向かって左手の狛犬です。吽形の雌獅子の横顔です。主祭神は、仁徳天皇、応神天皇と武内宿禰命とされます。仁徳天皇は、第16代天皇(在位:仁徳天皇元年1月~ 同87年1月)とされます。皇后の『磐之皇后(いわのひめのおおきみ)』は、万葉集に名を遺した人の中では、最古の人との記憶があります。嫉妬でも有名な皇后ようです。『かくばかり恋ひつつあらずば高山の磐根し枕きて死なましものを(巻2)』、『君が行き日(け)長くなりぬ山たづね迎へか行かむ待ちにか待たむ(巻2)』などの和歌があります。建内宿禰の子孫の葛城襲津彦の姫とされます。
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拝殿に向かって右手の狛犬です。阿形の雄獅子の横顔です。主祭神の紹介の続きです。『応神天皇』は、第15代天皇(在位:応神天皇元年1月~ 同41年2月)です。父は仲哀天皇、母は神功皇后、実在が確実な天皇の初代ともされます。都は、現在の奈良県橿原市大軽町に比定されている、軽島豊明宮(かるしまのとよあきらのみや)とされます。
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近代ビル風のデザインの社務所の光景です。境内マップには、『若宮の杜・迎賓館』と記されていました。結婚式場のようです。
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中央奥に見える、周囲を鎮守の杜に守られた本殿と、その左手の銅葺屋根の手水舎の光景です。
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手水舎のズームアップ光景です。水盤の腹には、『清水』の文字がありました。
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イチオシ
拝殿の正面光景です。境内配置図には、『若宮八幡社・本殿』、と記されていましたから、拝殿を兼ねた建物のようです。
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『名古屋市指定文化財・若宮八幡社・福禄寿車収蔵庫』の文字が記された表札の光景です。
(追記)名古屋市の文化財一覧では、『若宮祭りの山車行事と福禄寿車』として、平成26年3月31日に『有形民俗文化財』から『無形民俗文化財』に登録替えとなっていました。祭りは、寛文11年(1671年:伝承)より、山車は、江戸初期(延宝4年:1676年)より伝わると、紹介されていました。 -
能舞台の様な内部の装飾を持った、近代建築の建物光景です。神楽殿か、あるいは先程の収蔵庫の表示の建物の一部かも知れません。境内図には名前が記してありませんでした。
(追記)公式ブログの『若宮日記』には、『神楽殿』と記されていました。 -
運よく扉が開けられていた、『若宮八幡社・福禄寿車収蔵庫』の内部の光景です。住吉町は多くのからくり師が住みついたとされ、踊り、お茶、能楽師とともに武家衆と町衆が共に遊興した、三業者の町として江戸時代から発展したといわれています。何となく、尾張徳川家の第7代藩主の宗春公(1696~1764年)を連想してしまいます。
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『若宮八幡社・福禄寿車収蔵庫』に収蔵してあった山車の全景です。延宝4年(1676年)に大久保見町(明治以後は鉄砲町)が建造した山車です。天保6年(1835年)に尾張藩主から大幕を拝領したことから、翌天保7年(1836年)出高欄を作り、福禄寿にちなんで南極星を珊瑚珠で嵌めるなどの改造が施されました。また天保12年(1841年)には折上天井が新調されるなどの改修が行われ、この頃に現在の姿になったようです。宗春公の時代より後の山車でした。
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イチオシ
上部が暗くなってしまいましたが、『福禄寿車』のズームアップ光景です。名古屋市内の多くの山車が焼失した太平洋戦争の空襲では、運良く難を逃れた福禄寿車ですが、昭和22年(1947)に河水車とともに出来町(名古屋市東区)に売却されました。その2年後に返還された際に、若宮八幡社の所有となった福禄寿車です。
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最初に紹介した、扁額が懸かった入口の鳥居とは別の石の鳥居の光景です。
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こちらも、最初に紹介した、扁額が懸かった入口の鳥居とは別の石の鳥居です。その後ろに稲荷社の赤い鳥居が続いていました。
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鳥居の扁額のズームアップ光景です。『連理稲荷社』の文字がありました。旧暦二月の最初の午の日の『初午(はつうま)』では、大須界隈の稲荷社でも幟を立てて祭りが行われます。万松寺、若宮八幡社、七寺や富士浅間神社などです。
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石の鳥居に続く、『連理稲荷社』の赤い鳥居の列の光景です。
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台座の石の上に置かれた、『連理稲荷社』の拝殿・本殿の光景です。『連理稲荷大神』を祀っています。
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斜め前からズームアップした、『連理稲荷社』の拝殿・本殿の光景です。『流造』の小さな社です。2本の木が連なる連理木を祀るため、縁結びの信仰があります。
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稲荷神社の神の使い、狐さんです。『白狐(白虎)』とも呼ばれます。口に玉を咥えた姿です。稲荷神の眷属で、神の使いでもあります。
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一対で置かれていた狐さんのもう1体の光景です。こちらは巻物を口に咥えていました。
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こちらの赤い鳥居の先にも稲荷社が祀られていました。同じように、拝殿・宸殿の前には、使いの狐さんがいました。火焔をデザインしたような赤い紋が中央にありました。連理稲荷社奥之院のようです。
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『連理稲荷社』と、その周りの境内光景です。正面奥に見えているのが、この後紹介する『針塚』です。
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『針塚』の文字が刻まれた石碑の光景です。『針塚(はりづか)』は、昭和 33 年(1958年)2 月に日建立されました。2月8日針供養まつりでは、特製の豆腐やこんにゃくに使った針をさして供養するとともに、裁縫の上達を願う女性達の古くからの年中行事の一つとされます。今では『神御衣社』で、女性達の幸せを願うお祭りとされているようです。
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文字が読み難くなっていましたが、なんとか『愛知県和裁教授連盟』の文字が読み取れました。『針塚』や、『神御衣社』に関係する石標のようです。
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『産宮・住吉神社』の文字が刻まれた石標の光景です。『産宮』は『うぶみや』と読むようです。若宮八幡社の敷地北東に昭和34年(1959年)住吉町の氏子の皆さんの寄進で『産宮住吉神社』が造営され、我が国で最も古いといわれる、からくり人形9体が御神体として祭られているようです。旧住吉町の山車は、延宝 2 年(1674)に建造された『産宮参(うぶみやまいり)車』が最初とされます。その古図によれば、上段に社壇を設け、その前面に神主・神子・乳母・小児・丁稚の、5体の人形が配置されているようです。
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氏子の皆さん達が寄進したとされる、『産宮住吉神社』の社の光景です。以上の紹介は、当時の町の飲食店代表だった『蔦茂』の深田良矩氏の孫の方が記された、ご自身の体験を含めたネット情報です。
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境内社の『御衣神社』の小さな社殿光景です。『衣縫命(きぬぬいのみこと)』と、『淡島大神』が祀られています。衣の神様で、『御衣社(みごろもしゃ)』とも呼ばれています。
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『由来』のタイトルがあった、『御衣神社』の紹介パネルの光景です。明治23年からの縁起が記されていました。第二次大戦の戦災に遭った後、昭和32年(1957年)に再興されました。
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