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名古屋市中区にある、臨済宗妙心寺派の景陽山総見寺の紹介です。信長所縁のお寺です。『大須』の地名になる以前、門前町、裏門前町と呼ばれた時代がありましたが、この『門』は、総見寺の門のことでした。

2015秋、信長所縁の総見寺:大須の街並み、仁王門、仁王像、築地塀、外から眺めた本堂

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2015/09/18 - 2015/09/18

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旅人のくまさん

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名古屋市中区にある、臨済宗妙心寺派の景陽山総見寺の紹介です。信長所縁のお寺です。『大須』の地名になる以前、門前町、裏門前町と呼ばれた時代がありましたが、この『門』は、総見寺の門のことでした。

  • 大須商店街の街並み光景です。正面奥に見える赤い標識は、大須の中心街の一つ、『赤門』の地名表示です。清州越しのお寺の一つ、織田信長所縁の総見寺に向かいました。

    大須商店街の街並み光景です。正面奥に見える赤い標識は、大須の中心街の一つ、『赤門』の地名表示です。清州越しのお寺の一つ、織田信長所縁の総見寺に向かいました。

  • 名古屋市教育委員会名で建てられた、『創建時』のタイトルがあった立札です。山号は景陽山、父信長の菩提を弔うため、次男の信雄が天正年間(1573〜)に伊勢国大島村の西明寺を清州に移したのが始まりとされます。清州越しの時、1611年にこの地に移り、現在の寺号となったことなどが紹介されていました。

    名古屋市教育委員会名で建てられた、『創建時』のタイトルがあった立札です。山号は景陽山、父信長の菩提を弔うため、次男の信雄が天正年間(1573〜)に伊勢国大島村の西明寺を清州に移したのが始まりとされます。清州越しの時、1611年にこの地に移り、現在の寺号となったことなどが紹介されていました。

  • 塀の外から眺めた、総見寺の本堂光景です。入場しての見学はできませんでした。先ほどの説明立札には、明治4年(1871年)、この場所で我が国初めての展覧小会が開かれたことが紹介されていました。

    塀の外から眺めた、総見寺の本堂光景です。入場しての見学はできませんでした。先ほどの説明立札には、明治4年(1871年)、この場所で我が国初めての展覧小会が開かれたことが紹介されていました。

  • 景陽山総見寺の正門光景です。門の左右には仁王像がありましたが、中央の門の扉は閉じられていました。臨済宗妙心寺派のお寺です。

    景陽山総見寺の正門光景です。門の左右には仁王像がありましたが、中央の門の扉は閉じられていました。臨済宗妙心寺派のお寺です。

  • 『総見寺』の文字が揮毫された、まだ新しい扁額の光景です。『総見寺』には信長の墓があり、毎年6月2日には命日の法要が行われています。

    『総見寺』の文字が揮毫された、まだ新しい扁額の光景です。『総見寺』には信長の墓があり、毎年6月2日には命日の法要が行われています。

  • 固く閉じられていた門の扉のズームアップ光景です。織田家家紋の木瓜紋がありました。安土総見寺に倣った寺号とされます。

    固く閉じられていた門の扉のズームアップ光景です。織田家家紋の木瓜紋がありました。安土総見寺に倣った寺号とされます。

  • 仁王門の中に収められた力士像です。拝観することはできませんでしたが、本尊は、薬師如来とされます。

    仁王門の中に収められた力士像です。拝観することはできませんでしたが、本尊は、薬師如来とされます。

  • 同じく、仁王門の中に収められた力士像です。こちらが門に向かって左手の像だったようです。仁王像は、金剛力士像とも呼ばれています。

    同じく、仁王門の中に収められた力士像です。こちらが門に向かって左手の像だったようです。仁王像は、金剛力士像とも呼ばれています。

  • 仁王門の建物光景です。ウィキペディアによれば、『初めは寺領1326石であったが、慶長伊奈備前検地後は300石となる。 1883年(明治16年) 4月、宮内省より本堂、庫裏再建のために金25円が下賜される。』と紹介されていました。

    仁王門の建物光景です。ウィキペディアによれば、『初めは寺領1326石であったが、慶長伊奈備前検地後は300石となる。 1883年(明治16年) 4月、宮内省より本堂、庫裏再建のために金25円が下賜される。』と紹介されていました。

  • 少しズームアップした仁王門の光景です。境内には、信長公廟が存在しますが、他の墓地は第2次大戦後の土地区画整理事業の戦災復興都市計画により、名古屋市東部の平和公園へ移動されました。

    少しズームアップした仁王門の光景です。境内には、信長公廟が存在しますが、他の墓地は第2次大戦後の土地区画整理事業の戦災復興都市計画により、名古屋市東部の平和公園へ移動されました。

  • まだ新しい造りの『築地塀(ついじべい)』の光景です。尾張地区には、桶狭間の戦いでの戦勝お礼に、信長公が熱田神宮に寄進した築地塀が残されています。

    まだ新しい造りの『築地塀(ついじべい)』の光景です。尾張地区には、桶狭間の戦いでの戦勝お礼に、信長公が熱田神宮に寄進した築地塀が残されています。

  • 鬼瓦と、軒丸瓦のズームアップ光景です。緩やかな丸みを持った、唐風の造りの本瓦葺きの屋根でした。

    鬼瓦と、軒丸瓦のズームアップ光景です。緩やかな丸みを持った、唐風の造りの本瓦葺きの屋根でした。

  • 塀の外からズームアップした、本堂の甍光景です。明治維新と織田信長の関係です。明治2年(1869年)、明治天皇の下命により、織田信長公を祀る建勲神社が創設されました。足利、徳川時代の名誉回復の一環とされます。建武の中興(1333年)に尽くした皇族と武将を祀る、吉野神社を始めとする建武中興十五社があります。また、徳川時代関係の武将では、豊国神社の復興、織田信長に対して『建勲』の号が、毛利元就に対して『豊栄』の号が贈られました。

    塀の外からズームアップした、本堂の甍光景です。明治維新と織田信長の関係です。明治2年(1869年)、明治天皇の下命により、織田信長公を祀る建勲神社が創設されました。足利、徳川時代の名誉回復の一環とされます。建武の中興(1333年)に尽くした皇族と武将を祀る、吉野神社を始めとする建武中興十五社があります。また、徳川時代関係の武将では、豊国神社の復興、織田信長に対して『建勲』の号が、毛利元就に対して『豊栄』の号が贈られました。

  • 塀の外から眺めた、総見寺の本堂の光景です。半ば木の陰になってしまいましたが、玄関部分は唐風の造りになっていました。

    塀の外から眺めた、総見寺の本堂の光景です。半ば木の陰になってしまいましたが、玄関部分は唐風の造りになっていました。

  • 築地塀の終端部分と、その背後に見える小さな建物の側面光景です。小さな建物でも、禅宗のお寺らしい格式を感じさせる造りでした。

    築地塀の終端部分と、その背後に見える小さな建物の側面光景です。小さな建物でも、禅宗のお寺らしい格式を感じさせる造りでした。

  • 築地塀の終端部分のズームアップ光景です。推測ですが、信長公が熱田神宮に寄進した築地塀を意識した塀のように思えました。土と石灰を油で練り固め瓦を厚く積み重ねた熱田神宮内の築地塀は、『信長塀』とも呼ばれています。兵庫西宮神社の大練塀、京都三十三間堂の太閤塀とともに日本三大土塀の一つとして有名です。

    築地塀の終端部分のズームアップ光景です。推測ですが、信長公が熱田神宮に寄進した築地塀を意識した塀のように思えました。土と石灰を油で練り固め瓦を厚く積み重ねた熱田神宮内の築地塀は、『信長塀』とも呼ばれています。兵庫西宮神社の大練塀、京都三十三間堂の太閤塀とともに日本三大土塀の一つとして有名です。

  • 鬼瓦と軒丸瓦のズームアップ光景です。鬼瓦には、その名の通り、角を持った鬼面が使われているようでした。

    鬼瓦と軒丸瓦のズームアップ光景です。鬼瓦には、その名の通り、角を持った鬼面が使われているようでした。

  • 『織田信長公由緒地』の文字が刻まれた石碑の光景です。織田信長次男の信雄(のぶかつ:1558〜1630年)は、初めは、伊勢北畠家の第10代当主として具豊(ともとよ)、信意(のぶおき)を名乗り、『御本所』と敬称されました。大和宇陀松山藩の初代藩主を務めました。

    『織田信長公由緒地』の文字が刻まれた石碑の光景です。織田信長次男の信雄(のぶかつ:1558〜1630年)は、初めは、伊勢北畠家の第10代当主として具豊(ともとよ)、信意(のぶおき)を名乗り、『御本所』と敬称されました。大和宇陀松山藩の初代藩主を務めました。

  • 山門近くの屋根瓦のズームアップ光景です。織田家家紋の木瓜紋がレリーフされた飾り瓦です。

    山門近くの屋根瓦のズームアップ光景です。織田家家紋の木瓜紋がレリーフされた飾り瓦です。

  • 最後にもう一度、仁王門とその背後に見える本堂の光景の紹介です。現在の織田家の当主は、昭和61年(1986年)に亡くなった17代当主の後を継いだ第18代当主の織田信孝氏です。歴代、名前に『信』の文字を使ってきましたが、信孝氏の二人の子息の名前には、意図的に使われなかったようです。

    最後にもう一度、仁王門とその背後に見える本堂の光景の紹介です。現在の織田家の当主は、昭和61年(1986年)に亡くなった17代当主の後を継いだ第18代当主の織田信孝氏です。歴代、名前に『信』の文字を使ってきましたが、信孝氏の二人の子息の名前には、意図的に使われなかったようです。

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