名古屋旅行記(ブログ) 一覧に戻る
名古屋市熱田区の白鳥3丁目にある西山浄土宗のお寺、『亀眼山・青雲寺』の紹介です。熱田の蓬莱島伝説に因む『亀』の文字が入った山号のようです。創建は、慶長15年(1610年)とされます。

2015秋、その他十三箇寺(7/13):亀眼山・青雲寺:山門、青雲寺石標、石段の上の本堂

8いいね!

2015/09/26 - 2015/10/09

3626位(同エリア5904件中)

旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

名古屋市熱田区の白鳥3丁目にある西山浄土宗のお寺、『亀眼山・青雲寺』の紹介です。熱田の蓬莱島伝説に因む『亀』の文字が入った山号のようです。創建は、慶長15年(1610年)とされます。

交通手段
私鉄 徒歩
  • 『亀眼山・青雲寺』の山門光景です。鉄筋コンクリート造りのようでした。西山は浄土宗のお寺で、御本尊は阿弥陀如来とされます。『洗月軒・亀眼山・清雲寺の別名を持つとされます。」

    『亀眼山・青雲寺』の山門光景です。鉄筋コンクリート造りのようでした。西山は浄土宗のお寺で、御本尊は阿弥陀如来とされます。『洗月軒・亀眼山・清雲寺の別名を持つとされます。」

  • 『西山浄土宗・青雲寺』の文字が刻まれた石標の光景です。西山浄土宗は法然上人が宗祖の浄土宗の宗派の一つで、京都府長岡京市の光明寺が本山です。浄土宗西山派には、禅林寺が本山になっている浄土宗西山禅林寺派、誓願寺を本山とする浄土宗西山深草派、西山浄土宗の三つの派からなっています。また、一遍上人が開宗した時宗も西山派の流れを汲んでいるとされます。

    『西山浄土宗・青雲寺』の文字が刻まれた石標の光景です。西山浄土宗は法然上人が宗祖の浄土宗の宗派の一つで、京都府長岡京市の光明寺が本山です。浄土宗西山派には、禅林寺が本山になっている浄土宗西山禅林寺派、誓願寺を本山とする浄土宗西山深草派、西山浄土宗の三つの派からなっています。また、一遍上人が開宗した時宗も西山派の流れを汲んでいるとされます。

  • 長い階段の先に建てられた、『亀眼山・青雲寺』の本堂光景です。二階建ての近代工法の建物の二階に向けて懸けられた階段でした。

    イチオシ

    長い階段の先に建てられた、『亀眼山・青雲寺』の本堂光景です。二階建ての近代工法の建物の二階に向けて懸けられた階段でした。

  • 『亀眼山・青雲寺』の境内光景です。石で囲われた花壇に庭木が植栽され、その横を踏み石が建物の裏に向かって伸びていました。確認はしていませんが、お墓があるのかも知れません。

    『亀眼山・青雲寺』の境内光景です。石で囲われた花壇に庭木が植栽され、その横を踏み石が建物の裏に向かって伸びていました。確認はしていませんが、お墓があるのかも知れません。

  • 同じく、『亀眼山・青雲寺』の境内光景です。仏座像、線香立と手水鉢がセットで置かれていました。仏座像は、両手で丸いものを抱えたお姿でした。如意宝珠にしては少し大きいようです。

    同じく、『亀眼山・青雲寺』の境内光景です。仏座像、線香立と手水鉢がセットで置かれていました。仏座像は、両手で丸いものを抱えたお姿でした。如意宝珠にしては少し大きいようです。

  • 『亀眼山・青雲寺』の境内光景が続きます。本堂の1階に伸びた石畳の道が右に枝分かれして、庫裏らしい建物の方へ伸びていました。大きな庭石の後ろにソテツ(蘇鉄)の姿がありました。庭石の上の松は、枯れ死が必至のように見えました。

    『亀眼山・青雲寺』の境内光景が続きます。本堂の1階に伸びた石畳の道が右に枝分かれして、庫裏らしい建物の方へ伸びていました。大きな庭石の後ろにソテツ(蘇鉄)の姿がありました。庭石の上の松は、枯れ死が必至のように見えました。

  • もう一度紹介する、長い階段の先に建てられた、『亀眼山・青雲寺』の本堂光景です。

    もう一度紹介する、長い階段の先に建てられた、『亀眼山・青雲寺』の本堂光景です。

  • 『亀眼山・青雲寺』の寺紋のようです。西山浄土宗の宗紋の竜胆車(りんどうぐるま)が使われていました。久我竜胆(こがりんどう)とも呼ばれ升。流祖西山上人の出自からこの紋が使用されています。

    『亀眼山・青雲寺』の寺紋のようです。西山浄土宗の宗紋の竜胆車(りんどうぐるま)が使われていました。久我竜胆(こがりんどう)とも呼ばれ升。流祖西山上人の出自からこの紋が使用されています。

  • 駐車場方面から眺めた本堂の光景です。先程の流祖西山上人に因む寺紋の話の続きです。上人の父、源親季(ちかすえ)は、源通親(みちちか)、別名久我通親(こがみちちか)の一門に属する貴族でした。通親は62代村上天皇の皇子を祖とする村上源氏の本家筋とされます。西山上人は幼少期に一門の長である通親の養子となりました。このため、久我家の紋所である竜胆車となったようです。

    駐車場方面から眺めた本堂の光景です。先程の流祖西山上人に因む寺紋の話の続きです。上人の父、源親季(ちかすえ)は、源通親(みちちか)、別名久我通親(こがみちちか)の一門に属する貴族でした。通親は62代村上天皇の皇子を祖とする村上源氏の本家筋とされます。西山上人は幼少期に一門の長である通親の養子となりました。このため、久我家の紋所である竜胆車となったようです。

この旅行記のタグ

関連タグ

8いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP