2015/09/18 - 2015/09/22
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大本山永平寺の名古屋別院の紹介です。山門には、『仁王山』の山号を記した扁額がありました。曹洞宗には、永平寺と総持寺の二つの大本山がありますが、宗派の長の『管長』は、2年交代で両寺の貫主(住職)が交互に務められています。
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東西に走る幹線道路の桜通りから眺めた、北側の光景です。これから参詣予定の永平寺名古屋別院が本堂などの工事の真っ最中でした。木像で立ち上がってきた屋根が本堂でしょうか、暫くの間は工事が続きそうでした。
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歩道の緑樹帯に植え込まれていた『フイリヤブラン(斑入り藪蘭)』です。紫色の花が満開でした。ラン科ではなく、ユリ科の常緑多年草です。
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桜通りを横断する歩道橋の上から眺めた、名古屋市街光景です。東側方面の光景だったようです。
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イチオシ
永平寺名古屋別院の山門光景です。最初に名古屋の仏師・福井声明(ふくい・しょうみょう)師のブログからの紹介です。2011年7月に永平寺名古屋別院様から仏像制作の依頼があり、約3年がかりで制作した8体の仏像を、2014年2月に納めた方です。仏像は大小様々で、大きいものは等身大のものあったと紹介されていました。その8体の像は、ネットで拝見することができます。
(追記)福井声明師は、2015年12月25日に永眠されました。謹んでご冥福をお祈りいたします。 -
山門に掲げられた、山号の『仁王山』の扁額の光景です。仏像の材料は、永平寺名古屋別院からの指定で、福井県にある曹洞宗の総本山永平寺の境内に生えていた直径3メートルの五代杉が使用されました。この五代杉は、五代義雲禅師(253~1333年)が、疲弊した永平寺を再建した時に植樹したものとされます。その木は天災で折れてしまい、樹木医の診断では、いつ倒れてもおかしくない状態だったため、切り倒されたものです。
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『大本山永平寺別院』の文字が刻まれた石標の光景です。福井声明師が制作された8体の木像は、白山妙理大権現、釈迦三尊(計3体)、珍牛老子、加藤老子(大小2体)、と一葉観音です。夫々に、その解説がネットで公表されていました。例えば、瑞岡珍牛老師とは永平寺名古屋別院の開祖、加藤黙堂老師とは戦災で焼失した名古屋別院を再建された中興の祖です。
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永平寺名古屋別院を取り囲む塀の端末部分のズームアップ光景です。鉄筋コンクリート造りのようですが、本瓦を乗せた土塀を、漆喰で仕上げたような外観でした。軒丸瓦の紋章は、永平寺の始祖、道元禅師に因む『久我龍胆』です。異説もありますが、道元禅師の出身は、村上源氏の流れをくむ名門・久我氏とされます。
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更にズームアップした、永平寺名古屋別院を取り囲む塀の端末部分の軒丸瓦の光景です。道元は、正治2年(1200年)、京都の名家・久我家に生まれました。両親が誰であるかについては諸説があります。現在では、源通親の子である大納言・堀川通具を実父とする説が有力なようです。
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軒丸瓦にも記されていた、『久我龍胆』の寺紋の光景です。こちらの紋は、山門の扉に表示されていました。永平寺だけでなく、広く曹洞宗の寺紋として使用されているようです。
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工事のために、臨時に置かれた礼拝場所のようです。立派な造りの線香立などが、山門の近くに置かれていました。線香立にも『久我龍胆』の寺紋がありました。
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永平寺名古屋別院の前庭の光景です。見事な枝振りの五葉松や、石碑などの姿がありました。石碑には、大本山永平寺の700回記念らしい文字がありました。道元禅師(1200~1253年)の700年遠忌ですと、1953年のことになります。
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立派な基壇の上に建てられた、十三重石塔の正面光景です。台座に楷書体の『舎利塔』の文字が刻まれていました。その題字の落款に『永平悟由』らしい文字が見えました。ネット検索しましたら、永平寺六十四世の『森田悟由禅師』の落款でした。『森田悟由禅師(1834~1915年)の生家の盛田家は現在の常滑市、菩提寺の玉泉寺の境内の隅に高さ三メートル弱の『大休悟由禪師御誕生地』の石碑があり、その悟由禪師の石碑建立の発起人代表は、ソニー会長の厳父盛田久左衛門です。
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バックの景色を少し変えて、左斜め前から撮影した、十三重石塔の光景です。『舎利塔』は、釈迦の遺骨である仏舎利を治めたのが始まりですが、現在は、代わりに経典や宝石が納められている様です。因みに、日本の舎利塔の内、3箇所は仏舎利を納めていると伝わります。その内の一つが、覚王山の日泰寺とされます。明治33年(1900年)仏陀の遺骨の真舎利が、シャム国国王ラマ五世から日本国民に贈られ、覚王山・日泰寺に安置されました、
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『仮本堂入口ご案内』のタイトルがあった表示です。ネットに公表されている、『永平寺名古屋別院本堂計画』では、着工が2014年2月5日、完工予定が2016年2月20日と公表されていました。地上1階、地下1階の本堂工事です。
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イチオシ
『宗教法人・大本山永平寺別院奉安殿護国院』の本堂工事現場の光景です。設計・施工は、石川県能美市にある松浦建設(株)です。その標識が高い場所に表示されていました。寺院・神社の設計施工のほか、国宝・重要文化財建造物の保存修理工事を手掛けている会社と、同社のHPで紹介されていました。
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同じく、『宗教法人・大本山永平寺別院奉安殿護国院』の本堂工事現場の光景です。この呼び名は、建築確認で使われていた法人名です。大本山永平寺の直轄工事かも知れません。金沢、大宮、秋田ナンバーの車が停まっていました。
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こちらは通用門のようでした。工事中には、作業車などのメインの通り道になっているようでした。話は代わって、曹洞宗の組織についての若干の紹介です。全国の曹洞宗寺院は『宗教法人曹洞宗』により包括され、その本部事務所が『曹洞宗宗務庁』です。曹洞宗に所属する約1万5千箇所寺は、永平寺派の『有道会』と、總持寺派の『總和会』に所属が二分されています。
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西側から眺めた山門付近の光景です。曹洞宗の組織の話しの続きます。宗派の長は『管長』です。大本山永平寺および大本山總持寺の貫首(住職)が、それぞれ2年毎交互に就任しています。閣僚にあたる内局の部長7名も両派でほぼ半数ずつ、宗議会議員(定数72名)も、36選挙区ごとに両派から1名ずつ選ばれています。また、内局(宗務執行機関)、宗議会(議決機関)、審事院(監正機関)の三機関が置かれています。
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永平寺名古屋別院の掲示板のズームアップ光景です。右側のポスターは、大本山の総持寺での650年遠忌、左のポスターは、富山市での梅花流奉詠全国大会のポスターでした。中央の手書きの文字は、自己流に要約すれば、『喜びは喜びを呼び、悲しみは悲しみを呼ぶ』と言ったところでしょうか。永平寺の名古屋別院に、総持寺のポスターがあっても、当たり前のことでした。
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庫裏の光景です。臨時に、『別院本堂新築事務所』の新しい看板も掛けられていました。曹洞宗の組織の話しを、もう少し続けます。曹洞宗系列の教育機関としての大学も、永平寺系の駒澤大学と東北福祉大学、總持寺派の愛知学院大学と鶴見大学などに二分されています。学校法人の理事長や学長の選任は、実質的にそれぞれの派が指名権を持っているようです。
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イチオシ
庫裏の玄関先の光景です。永平寺の現在の貫主(住職)は福山諦法禅師、直轄の寺院は、東京別院長谷寺(東京都港区)、名古屋別院(名古屋市東区代官町)と、永平寺鹿児島出張所紹隆寺(鹿児島県姶良市平松)の三箇寺です。総持寺の現在の貫主は江川辰三禅師、直轄の寺院は、總持寺祖院(石川県輪島市門前町)と北海道別院法源寺 (北海道松前郡松前町松城)の二箇寺です。
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焼物の壷に植え込まれた『ハス(蓮)』の光景です。インド原産のハス科多年性水生植物です。古代インドでは、ヒンドゥー教の神話やヴェーダやプラーナ聖典などで、ハスは特徴的なシンボルとして扱われ、仏教でもその姿が仏の智慧や慈悲の象徴として聖なるものとして扱われています。
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境内の内側から眺めた、山門付近の光景です。曹洞宗の宗祖・道元自身は、自らの教えを『正伝の仏法』であるとして、宗派を否定しました。このため弟子達には自ら特定の宗派名を称することを禁じ、禅宗の一派として見られることにすら拒否感を示したと伝わります。
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同じく、境内の内側から眺めた、山門付近の光景です。宗派の呼称として『曹洞宗』を用いるようになったのは、第四祖・瑩山紹瑾(1268~1325年)と、その後席・峨山韶碩(1275~1366年)の頃からとされます。
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これで、曹洞宗の大本山永平寺・名古屋別院の紹介はおしまいです。次には、完成した本堂を見学できた機会に写真を追加する予定です。
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旅行記グループ 2015年、尾張の寺社巡り(その2)
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