2014/05/04 - 2014/05/04
99位(同エリア642件中)
ぬいぬいさん
五街道を歩く旅 そんな旅を前からしてみたいと思っていました。
でも、なかなか決断がつかないまま延び延びになってました。
特に出かける予定もない、今年のゴールデンウィーク。最近ウエイトオーバーも続いていることだし、やってみようかな・・・・。
そんな感じで東海道ウォーク、始めてみました。
とりあえず初日は川崎宿止り。
2日目は川崎宿から、神奈川宿、保土ヶ谷宿、戸塚宿と4つの宿場町を歩く予定。
今日から3連ちゃんで、GW中に小田原まで行きたいと思っています。
横浜のゼネコンで営業をしている私にとって、このエリアは自分の仕事場であり、普段は車で移動しているエリア。
見慣れた場所ではあるものの、歩く目線で見ると意外に気付かなかった発見があったりして。
このコース、自分が手掛けた仕事の軌跡を歩いてたどる旅にもなりました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
-
前回のゴール川崎宿から今回はスタート。
平日しか開いていない砂子資料館。
ここは地元選出の元参議院議員の某先生のご自宅の一部。
現職の頃は議員事務所だったところ。
昔は何度かお邪魔して色々お世話になりました。 -
今日の東海道ウォークはここ川崎宿から神奈川宿、保土ヶ谷宿、本日のゴールは戸塚宿。
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-
4つの宿場町を歩く予定です。
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横浜のゼネコンに勤務する私。
川崎・横浜の東海道沿いは私の仕事のテリトリー。
自分が手がけた建物がたくさんあります。 -
まずはこのそばの川崎小学校隣接の2つの保育園
数年前につくりました。 -
仕事が受注できたのもあれば、当然仕事が取れなかったものもあります。
八丁畷のすぐ裏側の建物は残念ながら受注できませんでした。
このあたりは現在の東海道から外れて、線路側に並行して走る道を歩いてきました
が、八丁畷駅の踏切を渡りさらに離れていきます。 -
この神社のすぐそばのお医者さんのビルもダメだったなあ
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鶴見市場の一里塚
江戸時代の街道には、一里ごとに大きな木を植えた一里塚を造っていたそうで、現在のキロポストと同様、里程の目印であると同時に、大木の木陰は旅人にとっての休憩所でもあったようです。 -
鶴見川に架かる鶴見川橋
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渡ったところにある大きな樹に咲いていた紫の花。
何の花かわかりませんが遠目で見ると藤の花に見えましたが全然違いますね。
正解は桐の花のようです。 -
橋を渡った左側にある、「鶴見橋関門旧蹟」の碑。
ここにあった関門は、横浜開港後に警備のために設けられたもの。 -
さらに進むと鶴見駅前に出ます。
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正面にある京急鶴見駅の左側の道が東海道の旧道になります。
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しばらく進んでいくと国道にぶつかり通り過ぎて続く旧道の先にある国道駅。
昭和5年にできた国道駅。
ッ子はその時から時間が止まってしまったような昭和初期の匂いが漂っています・
昔は日活映画の撮影などがよくここで行われたり、最近ではキムタクの華麗なる一族の最終回にも登場していたとか。 -
この辺りの旧東海道は今は生麦魚河岸通りと呼ばれ、休みでシャッターが下りていますが魚屋さんの店が軒を連ねています。
生麦周辺は往時は漁村だったところで、この河岸で扱う海産物は将軍家にも献上されたそうです。 -
赤い鳥居が連なるのは道念稲荷神社
ここには「蛇も蚊も」という祭事があったそうで、悪疫が流行った時、萱で作った蛇体に悪霊を封じ込め海に流したことに始まるそうです。 -
魚河岸通りから路地を入った奥にある水神宮
生麦の漁師たちの安全を願い、大漁を祈願する神として、いまでも信心されているようで社務所と思われる右側の建物の窓越しに大漁旗が見えていました。 -
民家のフェンスに取り付けられていた生麦事件現場の碑
確か以前はキリンビール工場の前に石碑がありましたが、工事によって移動したとは聞いていましたが、ここではないようですね。 -
キリンビールの生麦工場の鼻先では首都高速神奈川1号横羽線 生麦JCTから第三京浜の港北ICまでをつなげる横浜環状北線の工事が進んでいます。
2年後に開通の予定ですが、こういう道路工事って大体遅れるのでいつ開通できるのやら。 -
生麦事件の石碑の移動先はこちら。
昔に日本史の教科書にも出ていたこの事件。
薩摩藩の島津久光の行列を乱した イギリス人商人を薩摩藩士が殺傷し、後に薩英戦争の原因となった事件。 -
初日の最後にご褒美をいただいたキリンビール工場は、朝が早いためまだ開いていないので今日はスルー。
キリンビールの工場はもともと横浜山手にありましたが、関東大震災により崩壊しここに移ってきたそうで、意外に歴史のある工場なんです。 -
このあたりから次の神奈川宿までは何も変化のない国道をひたすら歩いていきます。
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途中の船溜まりにある漁船
このあたりはまだ漁師さんもいるようですね。 -
歩き始めて2日目。
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とりあえず1日の歩く距離を約20キロwp1日のゴールに設定していますが、当時の人はもっと歩いたようです。
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日本橋を出発して最初に宿泊するのは保土ヶ谷宿か戸塚宿だったそうですから、保土ヶ谷で八里九町(33キロ)
戸塚となると十里半(42キロ)
一日30から40キロも歩いたようですね。 -
鶴見警察の裏手にあった高札場を再現したもの
今はこちらに再現していますが往時は、現在の警察署の西側にあったようです。
ちなみに高札場は単なる掲示板ではなく、幕府の法度や掟などを庶民に徹底させるためのもの。
でも、今と違って字を読めない人も多かったはずですからなかなか徹底は難しそうですよね。 -
神奈川宿が近づいてくると開港後各国の領事館に充てられたお寺がいくつかあります。
まずこちらの慶運寺はフランス領事館だったところ。
このお寺は別名浦島寺と呼ばれていて、浦島太郎が竜宮城に行った帰りに乙姫様からもらったという言い伝えのある菩薩像があるそうです。 -
東海道旧道はここから青木橋に向かって現在の宮前商店街に入ります。
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商店街の中ほどにある洲崎大神の起源は古く、源頼朝が安房国の一宮の安房神社の霊を 移して建久2年に創建したものだとか。
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京急の神奈川駅のそばにある甚行寺は開港当時はフランス公使館に充てられたお寺
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このあたりは高台になっていて眼下に横浜駅周辺を見下ろす位置になります。
江戸時代はあのすぐ下まで海岸線が迫っていたようです。 -
青木橋を渡って正面の山にある本覚寺は開港時アメリカ領事館のあった寺
当時の神奈川領事だったドーアは庭の松の枝を払って星条旗を掲げ、山門にはペンキを塗って日本人の出入りを禁じたそうです。 -
神奈川大の坂の入り口にある天狗伝説の残る大網金刀比羅神社
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かつてこのあたりは神奈川台町と呼ばれる横浜を代表する景勝地で、広重の浮世絵にも描かれている3つ目の宿場町「神奈川宿」として昼夜を問わずすごいにぎわいを見せていたそうです。
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イチオシ
料亭田中屋
こちらのお店の前身は広重の描く神奈川宿にも出ていた旅籠のさくらや
料亭としての歴史も150年以上の老舗で、勝海舟の紹介で坂本竜馬の未亡人おりょうさんも仲居として勤めていたそうです。
入口の説明版によると月琴を奏で、外国語も堪能で、物怖じしないまっすぐな性格が、ことに外国のお客様に評判だったそうです。 -
神奈川台の一番高い場所にあった、神奈川台関門は横浜開港後、外国人の保護のために東の鶴見関門と一緒に設けられたもの。
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三ツ沢から降りてくる浅間下の交差点の角にある交番の裏側を走る道が旧東海道
その先にある浅間神社 お祭りの時にはこの道路には町バラ商店街に向かって縁日の屋台が並びます。 -
高台にある神社の境内からはみなとみらいのランドマークタワーが見えます。
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松原商店街に入る手前にあった追分の道標
右に行くと八王子道左が東海道 -
横浜のアメ横といわれる松原商店街
ここはとにかく安い 1日に商店街を訪れる買い物客は平日でも2万人を超えるとか。
とにかく活気のあるハマの台所 -
仕事の話がしばらくとんでいましたが、先ほどの浅間神社のあたりから松原商店街、天王町界隈は私が手掛けたビルがここ20年くらいの間で数えてみたら6棟ほどありました。
今日はそんな自分の仕事の軌跡を歩いているようで、ちょっと感慨無量。 -
天王町から保土ヶ谷駅に向かって保土ヶ谷宿に入ります。
先ほどの神奈川宿からはかなり近い。
東海道に53の宿場町がありますが宿場町間の距離は一番短いかもしれませんね。 -
この広重の描く帷子橋は今の天王町の駅のあたり
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保土ヶ谷宿もほとんどが○○跡の看板ばかり
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こちらの4基の道標は『金沢横町道標』
金沢浦賀往還の出入り口で当時名所として知られた杉田の梅林や金沢八景に向かう人々は、ここで左に曲がって行った場所。 -
旧道から国道1号の箱根駅伝のコースに出て正面にある軽部本陣跡
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丈の低い門の部分のみ残されています。
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こちらは脇本陣の本金子屋
ようやく跡でなくてそれらしい風情ある建物が現れましたね。 -
東海道と並行して流れる今井川沿いにある外川神社では鯉のぼりが
そうだ明日は子供の日ですね。 -
その先から右に旧道は入ります。
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箱根駅伝の最初の難関は保土ヶ谷の権太坂ですが、こちらは旧道の権太坂の始まり
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光陵高校の手前にある権太坂の石碑
浮世絵にも描かれた権太坂、昔旅人が道端にいた年老いた農民に坂の名前を尋ねたら、耳の遠い農民が自分の名前と聞かれたと勘違いし「権太」と答えたが由来だとか -
このあたりも高台なので遠くにランドマークタワーを眺めることができます。
そういえば東海道を歩きだしてこれまでう曇り空のせいもありますが、富士山を見ていませんね。 -
風情ある門構えが見えてきました。
こちらは萩原代官屋敷跡。
ある時の萩原家は代々代官を務め剣術の道場を開いていたそうです。 -
境木地蔵尊には、鎌倉の腰越海岸に流れ着いたお地蔵さまが境木が気に入ってその場に座り込んだという言い伝えがあります。
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武相国境モニュメント
ここは昔の武蔵国と相模国の境で、昔は境木立場と呼ばれた休憩所があり、牡丹餅や焼餅を売る茶店が並んでいたそうです。 -
その名前の残る焼餅坂
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このあたりには道の両側の斜面に道祖神や石仏があちこちに置かれています
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多分当時のままの道路幅と思われる狭い道の両側に残る、日本橋から数えて9番目の品濃一里塚
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このあたりは狭い道が続きこの先で環状2号線を越える歩道橋を渡り、戸塚方面に進みます。
このあたりはとてもわかりにくいので、気をつけないと東海道から外れてしまいます。 -
正面に赤煉瓦の倉庫が見えてきました。
こちらは日本のハムの発祥の地
鎌倉ハムの倉庫だった建物 -
戸塚宿が近づいてきました。
フォルクスのお店の目の前にある『江戸方見附跡』この先に日本橋から10個目の
一里塚跡もありました。 -
歩道の足もとを見ると戸塚宿を箱根駅伝の選手が走る姿を描いたカラフルなマンホールが。
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吉田大橋を渡ると戸塚に入ります。
広重の描いた当時の戸塚宿 -
当時は早朝に江戸をたった旅人が10里の道を歩いてここで宿をとるのが通例だったそうで大いににぎわったそうです。
写真のちょっと変わった姿のお寺は善了寺 -
イチオシ
ここで私の好きな古い洋館を発見
伊東医院の看板が出ています。
伊東医院は江戸時代末期の創業の古いお医者さん。
創業時は漢方医で婦人の血の道の治療で名が通っていたそうです。
この建物は関東大震災後の大正14年に建てられたものだとか。 -
最後の写真はフィットネスクラブの看板
東海道バージョンになっていますよね。
本日のゴールは戸塚宿 宿場町の中心は踏切の向こう側ですが、今日は疲れてしまいこれにて帰ります。
日本橋を出発して2日間で43キロ
意外に進みませんね。明日は戸塚宿から大磯宿まで歩きます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 夏への扉さん 2014/05/06 21:34:21
- 箱根の先まで行くんですね!
- ぬいぬいさん、こんばんは。
東海道ウォーク始められたんですか!すごい!
私は箱根駅伝コース歩いたけれど、その先の先まで歩くんですね〜
この旅行記の辺りは箱根駅伝コースとだぶっているので、よくわかります。
駅伝のマンホールは保土ヶ谷駅前にありましたね。
5月4日、私は大船から実家に向かってウォーキングしようと思いましたが、あまりに暑いのでやめました。
これからの季節、熱中症に気をつけて歩いてくださいね。
ところで、紫の花は「桐」だと思います。
では、続きを楽しみにしています。
なつ
- ぬいぬいさん からの返信 2014/05/07 10:33:43
- 次回は箱根路
- 夏さん おはようございます
箱根駅伝コース歩いたんですか。
片道110キロ近くありますよね。
結構大変だったでしょう。
東海道ウォークはずっと旧道なので、今の道路よりも若干距離はあるようですが、歩き始めて感じたのは、思っていたよりも意外に歩けないもんだと。
GW中4日間歩いて、旧東海道のコースだとまだ86キロ位しか進んでいません。
一日にで均すと21.5キロ
日が暮れるまで時間があっても、足が言うことを聞かない。
でも、あちこち寄り道したりして、万歩計の距離表示は4日間で145キロになっていました。
今月中に箱根路歩いてみたいと思ってますが、中々連続して歩くことができないので最終ゴールの京都にたどり着くのは何年先になるのやら
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