2013/02/03 - 2013/02/07
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旅人のくまさんさん
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バンコク市内の主な寺院と王宮を見学した後、夜は民俗タイ国民族舞踊のディナー・ショーを楽しみました。指先に神経を集中させたような古典舞踊でした。ラーマキエンの物語らしい、ヤックとモックが登場した戦い場面もありました。(ウィキペディア、るるぶ・タイ)
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高架道路の上から眺めた、バンコク市街光景です。バンコクの中心部は、チャオプラヤ川の東岸、約10キロ四方とされます。世界一の渋滞都市と呼ばれてきましたが、近年は高架鉄道(BTS)と地下鉄(MRT)の導入により、いくらか渋滞は緩和したようです。今回の旅行では、BTSとMRTの利用はできませんでしたが、2005年の旅行の時には、大いに活用しました。
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前方に見える高層ビルは、『バンコク・ジュエルトレード・センター』のビルのようです。バンコクのウォール街ともいわれるシーロム通り地区に位置するようです。シーロムの語源は『風車』で、19世紀当時は農業貿易の中心地であり、灌漑用の風車があったことに因みます。都市の近代化に伴い商業地域に変貌しました。
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手元のガイドブックでは、見る、食べる、買う、遊ぶを対象に、バンコク中心部の六つの地区が、観光中心地と紹介されていました。この後、順次紹介します。
①王宮周辺エリア:王宮、ワット・プラ・ケオ、ワット・ポーなど、バンコク最大の観光エリアです。今日の見学で、対岸のワット・アルンとワット・カラヤミナットも見学出来ました。バンコクの歴史探訪では、欠かせない場所ばかりです。 -
②デュシットエリア:王宮エリアの北側です。王室関連の建物や、官公庁がある区域です。通称、チットラダー離宮もこの区域です。ドゥシット宮殿内にある離宮で、バンコク・ドゥシット区にあります。ラーマ9世(プーミポン)がチットラダー離宮に起居したことから、実質上の住居とオフィスがあり、タイ王室の中枢となっています。
〇今回は見学できませんでした。 -
③チャイナタウンエリア:王宮の東南に位置します。これまでの海外経験では、食に関しては、中華街を探すのが、一番外れが少ないといって間違いありません。バンコクでも、チャイナタウンは食の楽しみのほか、買い物の楽しみもあります。
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④サイアムエリア:ファランポーン駅の北東に位置し、東西に走るプルンチット通り(ラーマ1世通り)を中心としたエリアです。バンコク最大の繁華街です。2005年の旅行の時に見学した『ジム・トンプソンの家』がこのエリアでした。
〇手前に見えるオレンジ色の屋根は、バンコク郊外の大きな寺院の甍のようですが、寺院の名前は特定できませんでした。 -
⑤スクンビットエリア:スクンビット通り添いのエリアです。高級住宅街として有名なエリアです。2005年の旅行の時、一人歩きで見学した『カムティエン夫人の家』がこのエリアでした。最寄り駅のアソーク駅を利用しました。
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⑥シーロム、スリウォン、ニュー・ロードエリア:ホテルやショッピングビルが集まっているエリアです。また、シーロム、スリウォンは、ビジネス街です。タニア、パッポンといったナイトスポットも、このエリアにあります。チャオプラヤ川添いのニューロードには、最高級ホテルが散在しています。
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タイ古典舞踊のディナーショーの始まりです。密度の濃い、今日のバンコク市内の寺院見学でした。よく歩きましたので、まずは冷えたビールを1杯です。飲茶の昼食の時と同じ、日本のスーパー・ドライにしました。
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次々と用意された料理の数々です。宮廷料理がベースのようですが、見た目には、タイの庶民的な伝統料理のイメージでした。食事を楽しみながらの観劇です。『辛い』と思われがちなタイ料理ですが、その味の中には『酸味』や『甘み』などが加わり、独特の美味しさを作り出しています。スープ料理のトムヤンクンは大好きな料理で、帰国のお土産にしました。
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タイ古典舞踊の音楽を担当されていた皆さん方の光景です。タイの伝統楽器で演奏されているようでした。タイの古典音楽は『ピーパート』と呼ばれ、木琴のような『ラナート』、太鼓の『タポーン』、シンバルの『チン』、たて笛の『ピー』、小さな銅鑼のセットの『コーンウォン』などからなります。ほかではなかなか聞けないタイのオリジナルな音色と旋律です。(JTB)
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最初に披露されたのは、仮面は付けずに、頭の飾り物が特徴の女性たちだけの舞踊でした。先端が細くなった被り物は、『チャダー』と呼ばれているようです。指先の表現が繊細な舞踊です。舞台の背景には、遺跡の廃墟がセットされていました。推測ですが、スコータイ遺跡かアユタヤ遺跡をイメージしているようです。
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タイ舞踊は、伝統的な古典舞踊と庶民の身近にある民族舞踊とに大別されます。もともとは宮廷用の舞踊として、スコータイ王朝やアユタヤ王朝時代から伝承されてきました。緩やかで、優雅な動きですから、写真を撮影するのには好都合でした。指先だけでなく、頭の先からつま先にいたるまで、身体全体で美しい曲線を描いてあらゆるものを表現するようです。
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踊りは、サンスクリットの大叙事詩『ラーマヤナ』をタイ風に翻訳した『ラーマキエン』の中から題材を集めたものが代表的とされます。この後に紹介しますが、コーン・マスクという魔神の仮面を被り、以前は男性の踊り手だけで踊られていた舞が『コーン』(ラーマキエン仮面舞踏劇)、スローテンポで仮面をつけずに優雅に舞うのが『ラコーン』(新古典劇)と呼ばれています。
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『ラコーン』と呼ばれる、スローテンポの踊りのようです。笑顔を見せながら踊っていた若い女性は、まだ10代の高校生くらいの女性に見えました。集団舞踊を『ラバム』、一人舞踊を『ラム』と呼ぶほか、タイ北部の舞踊は『フォーン』と呼ばれています。集団舞踊の『ラバム』の中で、一番近い位置の人をピックアップしました。
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イチオシ
庶民芸能の即興歌劇は、『リケー』と呼ばれ、日本の盆踊りに似たタイ東北地方の踊りは、『ラム・ウォン』と呼ばれています。ディナーショーでは、いろいろな舞踊のエッセンスも紹介されるようです。写真撮影しながら、集団舞踊の『ラバム』の中で、同時に一人舞踊の『ラム』も楽しめた思いがしました。
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集団舞踊の『ラバム』の画面に戻りました。シンクロした指先と腕の光景です。タイの北部地方には、多数の山岳民族が暮らしています。それぞれに独自の文化や言語、宗教、オリジナルの素晴らしい民族衣装をもち、彼らの工芸品は北部の土産物にもなっています。他国と国境を接する少数民族は、国境に捉われない生活・文化圏もあるようです。
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ここからが、インドの叙事詩の『ラーマヤナ』を下敷きにした、『ラーマキエン』の戯曲になるようです。トンブリ王朝の時代にタークシン王が戯曲として編纂しはじめ、ラタナコーシン王朝時代にラーマ1世が引き継いで完成させました。その後、ラーマ2世が上演用の戯曲として書き、ラーマ6世の時代に『ラーマキエン』と名づけられました。『ラーマの栄光』の意味を持ちます。
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『ラーマキエン』の主人公は、ヒンドゥ教のヴィシュヌス神の化身とされる『ラーマ王』です。『神王思想』のもととなる神話です。恋愛、愛欲、嫉妬、闘争、別離、邂逅など様々な場面を、壮大な世界で奇想天外な表現で描いた物語は、文学的な評価だけではなく、現実の人間社会の反映としてもタイ王国で親しまれています。右端の黄金衣装が、ラーマ王子でしょうか。
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『スコータイ王朝( 1238~1583年)』の『ラームカムヘン王』、『アユタヤ王朝(1351~1767年)』の初代王『ラーマーティボディー王』に、『ラーマキエン』の主人公の『ラーマ王』は、タイの歴代王朝にとって理想の王とされます。それに因んで、タイ王朝の歴代王も『ラーマ』の称号がつけられています。
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タイ国の叙事詩の『ラーマキエン』のあらすじの紹介です。物語の始まりです。陰謀によって追放されたラーマ王子と妃シーダ、弟ラックは森で隠遁していました。シーダに想いを寄せた羅刹王トサカンは、マリートを黄金の鹿に化けさせラームたちをシーダから引き離します。そして、トサカンにシーダを誘拐されたラームは救出へと向かうこととなります。
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イチオシ
ラーマキエンの悪役のズームアップ光景です。服の色ではなく、仮面の色にご注目ください。主人公のイクシュヴァーク王家のラーマ王子と敵対する、ラークシャ族のラーヴァナ王のようです。勝手な推測ですから、余りあてにはなりません。現在のタイ王国では、夜叉は『ヤック』と呼ばれて人気が高く、各所で門番などを務めています。ラークシャ族の拠点は、インドの南海上にあるセイロン国と想定されていて、物語りでは、『ロンカー島』と呼ばれています。
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弓のような、飛び道具も登場しました。緑の顔ではありませんから、ラーマ王子側のようです。あらすじ紹介の続きです。ラーマ王子は、ロンカー島へ攻め込むために、猿族たちに島までの道を作らせました。しかし、海を支配する魔王トサカンの娘、人魚マッチャーの妨害でうまくいきません。 そこでハヌマーンは、海に潜って彼女に求婚し、妻にしてしまいました。そして、魚族も味方に付け、島までの道を完成させる事ができました。ハヌマーンは、ヴィシュヌ神の化身、ラーマ王子たちをヤック(夜叉)とともに守った英雄です。インド起源ですが、中国では孫悟空になりました。
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激しい戦いの場面のようですが、実は敵味方協力し合って、アクロバットも同時に演じていました。相手方は高く飛び上がって攻撃を仕掛けているように見えますが、膝を踏み台に提供し、体のバランスをとるための支えの棒も提供していました。飛び上がっているのが、ラーマ王子側、後姿が敵対するラークシャ族側になるようです。ラーマ王子側の味方が猿族ですから、身軽な動きは猿族の戦士か、トップのハヌマーンかも知れません。
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激しい戦い風のコミックが続きます。あらすじ紹介の続きです。猿軍の援助を受けたラーム王子たちは、ロンカー島に渡り、魔王トサカンと激しい戦いを続けることとなります。激戦の末、ラーム王子の放った矢が魔王トサカンを倒しました。シーダ妃を救出したラーマ王子は、故郷のアヨティヤーへ帰還することとなります。 アヨティヤーは、叙事詩 『 ラーマーヤナ 』の主人公 ラーマ 王子の故郷ですが、ラーマキエンでは、少し不確かですがアユタヤになるようです。
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イチオシ
敵味方協力してのアクロバットの演技が、見事に決まりました。膝の上に載っているのが、ラーマ王子の味方の猿族の『モック』かも知れません。ラーマ王子の可能性もありますので、これも推測です。『 ラーマーヤナ 』のもともとの登場人物は311人にのぼり、すべて上演すると720時間かかるといわれます。現在のショーではラーマ王子と魔王トサカンの戦いの一部を抜粋して演じられることが多いとされます。(まっぷる・マガジン)、それに従えば、この二人は、ラーマ王子と魔王トサカンになるようです。
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『ラーマキエン』のハイライト場面は一段落したようです。お互いの健闘をたたえ合っているような場面にも思えました。トサカンが中々しぶといのは、『ラーマキエン』では、トサカンは、死ぬことがないように心臓を取り出して容器に入れて保管していると描写されています。その隠し場所を探し出したのが、ハヌマーンです。
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『ラーマキエン』では、ラーマ王子が放った矢と同時に、トサカンの心臓を保管した容器をハヌマーンが壊して、戦いの決着がついたと紹介しているものもありました。弓のような飛び道具が登場した場面を紹介しましたが、それがラーマ王子が放った、トサカンの致命傷になった矢のようでした。
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『ラーマキエン』のハイライト場面が一段落したところで、集団舞踊の『ラバム』に場面が代わりました。劇の初めの『ラバム』とは衣装が代わっていました。ところで、インドの『ラーマヤナ』に起源を持つ『ラーマキエン』ですが、日本にも影響が及び、『桃太郎伝説』の起源になったとする説が有力です。
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舞台の背景を暗くして、舞台設定も変更されました。『桃太郎伝説』の話の続きです。日本全国に伝わる桃太郎の物語は、実は大和政権(大和朝廷:大和王権)による全国統一の戦いと深く関わっているようです。中でも有名なのが、岡山県の『温羅(うら)伝説』、愛知県犬山市・岐阜県東濃地域の桃太郎伝説などですが、日本各地に数えきれないほどの伝説が残っています。
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