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バンコク市内にある王家の寺院の一つ、ワット・アルンの紹介です。2回目の見学でしたが、さすがと思わせる格式のある寺院です。インドの叙事詩『ラーマーヤナ』は、タイ王国の『ラーマーキエン』の元になりましたが、日本の『桃太郎伝説』にも影響があったようです。(ウィキペディア、るるぶ・タイ)

2013冬、タイ王国旅行記2(6/34):2月4日(5):バンコク、ワット・アルン、陶磁器の装飾、トサカン魔王

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2013/02/03 - 2013/02/07

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

バンコク市内にある王家の寺院の一つ、ワット・アルンの紹介です。2回目の見学でしたが、さすがと思わせる格式のある寺院です。インドの叙事詩『ラーマーヤナ』は、タイ王国の『ラーマーキエン』の元になりましたが、日本の『桃太郎伝説』にも影響があったようです。(ウィキペディア、るるぶ・タイ)

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  • チャオプラヤ川を背景にして建つ、トウモロコシ型の石塔の光景です。現在の隣国のカンボジアでアンコール遺跡群を残したクメール人による建築文化を伝える石塔です。タイ国には、この建築文化と、インドを起源とするヒンドゥ教の神話も大きな影響を残しています。その代表が、インドの叙事詩『ラーマーヤナ』です。ヒンドゥ教の聖典の一つであり、『マハーバーラタ』と並ぶインド2大叙事詩の一つです。そのインドの叙事詩の『ラーマーヤナ』を下敷きにしたタイ王国の叙事詩『ラーマキエン』について紹介しますが、その前に、簡単に『ラーマーヤナ』を紹介します。

    チャオプラヤ川を背景にして建つ、トウモロコシ型の石塔の光景です。現在の隣国のカンボジアでアンコール遺跡群を残したクメール人による建築文化を伝える石塔です。タイ国には、この建築文化と、インドを起源とするヒンドゥ教の神話も大きな影響を残しています。その代表が、インドの叙事詩『ラーマーヤナ』です。ヒンドゥ教の聖典の一つであり、『マハーバーラタ』と並ぶインド2大叙事詩の一つです。そのインドの叙事詩の『ラーマーヤナ』を下敷きにしたタイ王国の叙事詩『ラーマキエン』について紹介しますが、その前に、簡単に『ラーマーヤナ』を紹介します。

  • 『ラーマーヤナ』の主人公は『ラーマ王』です。ヴィシュヌ神の化身とされる、『神王思想』のもととなる神話の物語です。この叙事詩は、ラーマ王子が、誘拐された妻シーターを奪還のために大軍を率いて、ラークシャサの王ラーヴァナに挑む姿を描いています。『ラーマーヤナ』の意味は、『ラーマ王行状記』です。(ウィキペディア)

    『ラーマーヤナ』の主人公は『ラーマ王』です。ヴィシュヌ神の化身とされる、『神王思想』のもととなる神話の物語です。この叙事詩は、ラーマ王子が、誘拐された妻シーターを奪還のために大軍を率いて、ラークシャサの王ラーヴァナに挑む姿を描いています。『ラーマーヤナ』の意味は、『ラーマ王行状記』です。(ウィキペディア)

  • 現代でも、ラーマーヤナは、絵画、彫刻、建築、音楽、舞踏、演劇、映画など多くの分野で、インドのみならず、当時同じサンスクリット圏であり古くからインド文化を取り入れてきた東南アジア一円に深く浸透し、影響力を持っています。特に、古代インドからもたらされた王権を強調する王権思想は、支配階級のみならず、民衆の間でも広く理解されているようです。(同上)

    現代でも、ラーマーヤナは、絵画、彫刻、建築、音楽、舞踏、演劇、映画など多くの分野で、インドのみならず、当時同じサンスクリット圏であり古くからインド文化を取り入れてきた東南アジア一円に深く浸透し、影響力を持っています。特に、古代インドからもたらされた王権を強調する王権思想は、支配階級のみならず、民衆の間でも広く理解されているようです。(同上)

  • 編纂された紀元3世紀当時のクシャトリヤ勢力の台頭を反映し、この叙事詩で活躍する人物は全てクシャトリヤです。また、ラーマーヤナの核心部分は第2巻から第6巻とされ、その成立は紀元前4~紀元前5世紀頃とされ、第1巻と第7巻よりも古い時代に記されました。なお、クシャトリヤは、古代インドのバラモン教社会におけるヴァルナ制度の第2位である王族・武人階級とされます。(同上)

    編纂された紀元3世紀当時のクシャトリヤ勢力の台頭を反映し、この叙事詩で活躍する人物は全てクシャトリヤです。また、ラーマーヤナの核心部分は第2巻から第6巻とされ、その成立は紀元前4~紀元前5世紀頃とされ、第1巻と第7巻よりも古い時代に記されました。なお、クシャトリヤは、古代インドのバラモン教社会におけるヴァルナ制度の第2位である王族・武人階級とされます。(同上)

  • 7巻から構成されるラーマーヤナの項目の紹介です。末尾に要約を追加しました。<br />〇第1巻:バーラ・カーンダ(少年の巻):ラーマの誕生とシーターとの出会い。<br />〇第2巻:アヨーディヤ・カーンダ(アヨーディヤの巻):ラーマ達の王宮離脱。<br />〇第3巻:アラニヤ・カーンダ(森林の巻):黄金色の鹿の登場。<br />〇第4巻:キシュキンダー・カーンダ(キシュキンダーの巻):シーター探し。<br />〇第5巻:スンダラ・カーンダ(美の巻):風神ヴァーユの子のハヌマーンの活躍。<br />〇第6巻:ユッダ・カーンダ(戦争の巻):ラーマはシーターと共に帰還。<br />〇第7巻:ウッタラ・カーンダ(後の巻):シーターは大地の中に消え去りました。<br /> ハッピーエンドではない終わり方をしています。

    7巻から構成されるラーマーヤナの項目の紹介です。末尾に要約を追加しました。
    〇第1巻:バーラ・カーンダ(少年の巻):ラーマの誕生とシーターとの出会い。
    〇第2巻:アヨーディヤ・カーンダ(アヨーディヤの巻):ラーマ達の王宮離脱。
    〇第3巻:アラニヤ・カーンダ(森林の巻):黄金色の鹿の登場。
    〇第4巻:キシュキンダー・カーンダ(キシュキンダーの巻):シーター探し。
    〇第5巻:スンダラ・カーンダ(美の巻):風神ヴァーユの子のハヌマーンの活躍。
    〇第6巻:ユッダ・カーンダ(戦争の巻):ラーマはシーターと共に帰還。
    〇第7巻:ウッタラ・カーンダ(後の巻):シーターは大地の中に消え去りました。
     ハッピーエンドではない終わり方をしています。

  • 次は、『ラーマキエン』の紹介です。その主人公は『ラーム王子』です。ヴィシュヌ神の化身とされる、『神王思想』のもととなる神話です。恋愛、愛欲、嫉妬、闘争、別離、邂逅など様々な場面を壮大な世界で奇想天外な表現で描いた物語は、文学的な評価だけではなく、現実の人間社会の反映としても親しまれています。(タイランド見聞録)、写真は、ワット・アルンから眺めた、チャオプラヤ川とその東方面のバンコク旧市街の光景です。

    次は、『ラーマキエン』の紹介です。その主人公は『ラーム王子』です。ヴィシュヌ神の化身とされる、『神王思想』のもととなる神話です。恋愛、愛欲、嫉妬、闘争、別離、邂逅など様々な場面を壮大な世界で奇想天外な表現で描いた物語は、文学的な評価だけではなく、現実の人間社会の反映としても親しまれています。(タイランド見聞録)、写真は、ワット・アルンから眺めた、チャオプラヤ川とその東方面のバンコク旧市街の光景です。

  • ラーマキエンのあらすじの紹介です。陰謀によって追放されたラーム王子と妃シーダ、弟ラックは森で隠遁していました。シーダに想いを寄せた羅刹王トサカンは、マリートを黄金の鹿に化けさせ、ラームたちをシーダから引き離します。そして、トサカンにシーダを誘拐されたラームは救出へと向かうこととなります。名前は少し変わりますが、ラーマーヤナを下敷きにした物語です。(同上)

    ラーマキエンのあらすじの紹介です。陰謀によって追放されたラーム王子と妃シーダ、弟ラックは森で隠遁していました。シーダに想いを寄せた羅刹王トサカンは、マリートを黄金の鹿に化けさせ、ラームたちをシーダから引き離します。そして、トサカンにシーダを誘拐されたラームは救出へと向かうこととなります。名前は少し変わりますが、ラーマーヤナを下敷きにした物語です。(同上)

  • ラーム王子は、ロンカー島へ攻め込むために、猿たちに島までの道を作らせました。しかし、海を支配する魔王トサカンの娘、人魚マッチャーの妨害でうまくいきません。 そこでハヌマーンは、海に潜って彼女に求婚し、妻にしてしまいました。そして、魚族も味方に付け、島までの道を完成させる事ができました。ハヌマーンは、インド神話の神猿です。中国では孫悟空のモデルにもなりました。(同上)

    ラーム王子は、ロンカー島へ攻め込むために、猿たちに島までの道を作らせました。しかし、海を支配する魔王トサカンの娘、人魚マッチャーの妨害でうまくいきません。 そこでハヌマーンは、海に潜って彼女に求婚し、妻にしてしまいました。そして、魚族も味方に付け、島までの道を完成させる事ができました。ハヌマーンは、インド神話の神猿です。中国では孫悟空のモデルにもなりました。(同上)

  • 猿軍の援助を受けたラーム王子たちは、ロンカー島に渡り、魔王トサカンと激しい戦いを続けます。激戦の末、ラーム王子の放った矢が魔王トサカンを倒し、シーダを救出したラームは、アヨティヤーへ帰還しました。キンナリーという半人半鳥の天女『マノーラ』が捕らえられ、ストン王子に贈られました。 すると王子は『マノーラ』に魅せられ、彼女を妃とすることになります。(同上)

    猿軍の援助を受けたラーム王子たちは、ロンカー島に渡り、魔王トサカンと激しい戦いを続けます。激戦の末、ラーム王子の放った矢が魔王トサカンを倒し、シーダを救出したラームは、アヨティヤーへ帰還しました。キンナリーという半人半鳥の天女『マノーラ』が捕らえられ、ストン王子に贈られました。 すると王子は『マノーラ』に魅せられ、彼女を妃とすることになります。(同上)

  • しかし、王子の不在中に、父王が悪夢を見ます。そこで夢判断をしたところ、『マノーラを焼き殺さないと王様の命は無い』との判断がなされました。処刑されることとなった『マノーラ』は、最後に王子との別れに舞を舞いたいと、取り上げられていた翼の返還を求めます。そして、返された翼を着けた『マノーラ』は、天高く飛び去っていったのでした。(同上)

    しかし、王子の不在中に、父王が悪夢を見ます。そこで夢判断をしたところ、『マノーラを焼き殺さないと王様の命は無い』との判断がなされました。処刑されることとなった『マノーラ』は、最後に王子との別れに舞を舞いたいと、取り上げられていた翼の返還を求めます。そして、返された翼を着けた『マノーラ』は、天高く飛び去っていったのでした。(同上)

  • ラーマキエンのあらすじ紹介の締め括りです。『天女メーカラーが美しい宝石を手に遊んでいると、そこに魔王ラーマスラが現れます。宝石の美しさにひかれた悪魔は、それを我が物にしようと、天女に襲い掛かかります。しかし彼女は、宝石から光を放ち、目をくらませて逃げてしまいます。怒った悪魔は、斧を投げつけますが外れてしまいます。この宝石の光が稲妻であり、そして、外れた斧が地面に刺さった時の音が、雷の音だと言い伝えられています』(同上)<br />写真は、インドの叙事詩の『ラーマヤナ』を基にしたタイ王国の叙事詩の『ラーマキエン物語』に登場する緑の鬼の『トサカン魔王』のようです。全身が緑色の悪魔で、ロンカー王国の国王とされます。石塔の角を全力で支えているようでした。

    ラーマキエンのあらすじ紹介の締め括りです。『天女メーカラーが美しい宝石を手に遊んでいると、そこに魔王ラーマスラが現れます。宝石の美しさにひかれた悪魔は、それを我が物にしようと、天女に襲い掛かかります。しかし彼女は、宝石から光を放ち、目をくらませて逃げてしまいます。怒った悪魔は、斧を投げつけますが外れてしまいます。この宝石の光が稲妻であり、そして、外れた斧が地面に刺さった時の音が、雷の音だと言い伝えられています』(同上)
    写真は、インドの叙事詩の『ラーマヤナ』を基にしたタイ王国の叙事詩の『ラーマキエン物語』に登場する緑の鬼の『トサカン魔王』のようです。全身が緑色の悪魔で、ロンカー王国の国王とされます。石塔の角を全力で支えているようでした。

  • 陶磁器の欠片で装飾された衣装は、先ほどの緑鬼の『トサカン魔王』の衣装とは色違いでしたが、デザインは似ていました。お色直しでの登場のようです。あるいは、簡単に分身出来る力を持った魔王かも知れません。

    イチオシ

    陶磁器の欠片で装飾された衣装は、先ほどの緑鬼の『トサカン魔王』の衣装とは色違いでしたが、デザインは似ていました。お色直しでの登場のようです。あるいは、簡単に分身出来る力を持った魔王かも知れません。

  • 三人目の緑鬼の『トサカン魔王』の紹介です。色や、多少のデザインの違いはありますが、瓜二つが瓜三つになりました。魔王像の下の6枚の皿の飾りもそっくりでした。それにしても、膨大な量の陶磁器が使用されています。どこかで記述を目にしましたが、タイ王国の王様自身が中国産の陶磁器素材を提供したようです。

    三人目の緑鬼の『トサカン魔王』の紹介です。色や、多少のデザインの違いはありますが、瓜二つが瓜三つになりました。魔王像の下の6枚の皿の飾りもそっくりでした。それにしても、膨大な量の陶磁器が使用されています。どこかで記述を目にしましたが、タイ王国の王様自身が中国産の陶磁器素材を提供したようです。

  • 石塔のコーナー部分ではない箇所で支えていた、青鬼さんの光景です。先ほどの三人に比べますと、格下の緑鬼さんのようでした。『トサカン魔王』の一群だけでなく、周りの装飾にも陶磁器が使われていましたから、その量は膨大な量になりそうです。この辺りには、鳥が種子を運んだのか、木が生えていました。

    石塔のコーナー部分ではない箇所で支えていた、青鬼さんの光景です。先ほどの三人に比べますと、格下の緑鬼さんのようでした。『トサカン魔王』の一群だけでなく、周りの装飾にも陶磁器が使われていましたから、その量は膨大な量になりそうです。この辺りには、鳥が種子を運んだのか、木が生えていました。

  • 陶磁器見本市のような石塔の光景です。ここで、中国の陶磁器の歴史について簡単に紹介しておきます。その歴史は、新石器時代の紅陶や彩文土器から始まり、さまざまな技術革新を重ね、三彩・白磁・青磁・青花・五彩などの華麗な器を作り出し、世界の陶磁界をリードしてきました。英語のチャイナ(China)という単語は、普通名詞としては『磁器』を意味します。(ウィキペディア)

    陶磁器見本市のような石塔の光景です。ここで、中国の陶磁器の歴史について簡単に紹介しておきます。その歴史は、新石器時代の紅陶や彩文土器から始まり、さまざまな技術革新を重ね、三彩・白磁・青磁・青花・五彩などの華麗な器を作り出し、世界の陶磁界をリードしてきました。英語のチャイナ(China)という単語は、普通名詞としては『磁器』を意味します。(ウィキペディア)

  • 中国は世界に先駆けてガラス質の白いやきものである磁器を生み出しました。中国磁器は中国の宮廷で用いられただけでなく、主要な貿易品の一つとして、アジア諸国、イスラム圏、ヨーロッパなどにも大量に輸出されました。日本もその影響を受けた国の一つで、『ノリタケ・ボーンチャイナ』のような呼び名の高級磁器製品が、現在も世界に向けて輸出されています。(同上)

    中国は世界に先駆けてガラス質の白いやきものである磁器を生み出しました。中国磁器は中国の宮廷で用いられただけでなく、主要な貿易品の一つとして、アジア諸国、イスラム圏、ヨーロッパなどにも大量に輸出されました。日本もその影響を受けた国の一つで、『ノリタケ・ボーンチャイナ』のような呼び名の高級磁器製品が、現在も世界に向けて輸出されています。(同上)

  • 話が少し脇道に入りますが、土器から始まる日本の焼物は、縄文時代に、既に芸術性の高いものが生み出されていました。その素晴らしさを近代で発信したのが、大阪万博のモニュメントの『太陽の塔』等でも有名な『岡本太郎(1911~1996年)』さんです。漫画家の父・一平と小説家の母・かの子とともに有名です。フランスで研鑽した人です。(同上)

    話が少し脇道に入りますが、土器から始まる日本の焼物は、縄文時代に、既に芸術性の高いものが生み出されていました。その素晴らしさを近代で発信したのが、大阪万博のモニュメントの『太陽の塔』等でも有名な『岡本太郎(1911~1996年)』さんです。漫画家の父・一平と小説家の母・かの子とともに有名です。フランスで研鑽した人です。(同上)

  • 日本の陶磁器史では、江戸時代に先駆ける織豊時代の秀吉による朝鮮出兵のことも外すことが出来ません。秀吉による朝鮮出兵は、 文禄の役(1592~1593年)と慶長の役(1597~1598年)の二度に亘って行われました。文禄・慶長の役は、韓国では壬辰(じんしん)・丁酉(ていゆう)の倭寇と呼ばれています。1598年の8月に秀吉が病死、10日間は死を隠して戦い続けましたが、結局は撤退しました。(同上)

    日本の陶磁器史では、江戸時代に先駆ける織豊時代の秀吉による朝鮮出兵のことも外すことが出来ません。秀吉による朝鮮出兵は、 文禄の役(1592~1593年)と慶長の役(1597~1598年)の二度に亘って行われました。文禄・慶長の役は、韓国では壬辰(じんしん)・丁酉(ていゆう)の倭寇と呼ばれています。1598年の8月に秀吉が病死、10日間は死を隠して戦い続けましたが、結局は撤退しました。(同上)

  • 秀吉による朝鮮出兵の時、陶芸技能者を中心に、多くの技術者が日本に連れ帰られました。薩摩焼きの沈寿官氏は、司馬遼太郎さんの『故郷忘じがたく候』の作品で語られましたが、全43巻になった『街道をゆく』の『8・種子島の道ほか』では、第14代の沈寿官氏との対面の場面が収録されています。沈寿官家の初代は南原(ナモン)の城から連れてこられ、薩摩焼の藩窯を立ち上げた人です。『高麗筋目の人』として氏族に遇されてきました。薩摩藩に限らず、佐賀の鍋島藩の伊万里焼、黒田藩の高取焼、長州藩の萩焼(陶器)など、韓国の焼物技術が日本に伝わった例は、枚挙にいとまがないほどです。

    秀吉による朝鮮出兵の時、陶芸技能者を中心に、多くの技術者が日本に連れ帰られました。薩摩焼きの沈寿官氏は、司馬遼太郎さんの『故郷忘じがたく候』の作品で語られましたが、全43巻になった『街道をゆく』の『8・種子島の道ほか』では、第14代の沈寿官氏との対面の場面が収録されています。沈寿官家の初代は南原(ナモン)の城から連れてこられ、薩摩焼の藩窯を立ち上げた人です。『高麗筋目の人』として氏族に遇されてきました。薩摩藩に限らず、佐賀の鍋島藩の伊万里焼、黒田藩の高取焼、長州藩の萩焼(陶器)など、韓国の焼物技術が日本に伝わった例は、枚挙にいとまがないほどです。

  • すらりと足の長い白馬です。白馬に乗った王子・騎士と言えば、ここでは、シーダ妃を救けに向かったラーム王子のようですが、確認はできませんでした。ワット・アルンは、大仏塔を中心に四つの小仏塔が取り囲む須弥山を模した、ヒンドゥ教の影響の強い寺院ですから、陶磁器に変わって、ヒンドゥ教について、簡単に紹介しておきます。日本語表記は『ヒンドゥー』の方が多いですが、そのまま長音省略の『ヒンドゥ』の表記とします。『ヒンドゥ教』は、インドやネパールで多数派を占める民族宗教、またはインド的伝統を指す言葉です。語源は、サンスクリットでインダス川を意味する 『sindhu 』に対応するペルシア語とされます。キリスト教、イスラム教に次いで、11億人の世界で第3番目の宗教です。民族宗教として分類される場合もあります。(ウィキペディア)

    すらりと足の長い白馬です。白馬に乗った王子・騎士と言えば、ここでは、シーダ妃を救けに向かったラーム王子のようですが、確認はできませんでした。ワット・アルンは、大仏塔を中心に四つの小仏塔が取り囲む須弥山を模した、ヒンドゥ教の影響の強い寺院ですから、陶磁器に変わって、ヒンドゥ教について、簡単に紹介しておきます。日本語表記は『ヒンドゥー』の方が多いですが、そのまま長音省略の『ヒンドゥ』の表記とします。『ヒンドゥ教』は、インドやネパールで多数派を占める民族宗教、またはインド的伝統を指す言葉です。語源は、サンスクリットでインダス川を意味する 『sindhu 』に対応するペルシア語とされます。キリスト教、イスラム教に次いで、11億人の世界で第3番目の宗教です。民族宗教として分類される場合もあります。(ウィキペディア)

  • ヒンドゥ教の特徴についての紹介です。狭い意味でのヒンドゥ教は、バラモン教から聖典やカースト制度を引き継ぎ、土着の神々や崇拝様式を吸収しながら徐々に形成されてきた多神教です。紀元前2000年頃にアーリア人がイランからインド北西部に侵入しました。彼らは紀元前1500年頃に『ヴェーダ』を成立させ、これに基づくバラモン教を信仰しました。『ヴェーダ』は、インドで編纂された一連の宗教文書の総称で、『知識』の意味とされます。バラモン教とヒンドゥ教の聖典となりました。(同上)

    ヒンドゥ教の特徴についての紹介です。狭い意味でのヒンドゥ教は、バラモン教から聖典やカースト制度を引き継ぎ、土着の神々や崇拝様式を吸収しながら徐々に形成されてきた多神教です。紀元前2000年頃にアーリア人がイランからインド北西部に侵入しました。彼らは紀元前1500年頃に『ヴェーダ』を成立させ、これに基づくバラモン教を信仰しました。『ヴェーダ』は、インドで編纂された一連の宗教文書の総称で、『知識』の意味とされます。バラモン教とヒンドゥ教の聖典となりました。(同上)

  • ヒンドゥ教の特徴についての紹介が続きます。紀元前5世紀ごろに政治的な変化や仏教の隆盛がありバラモン教は変貌を迫られました。その結果、バラモン教は民間の宗教を受け入れ同化してヒンドゥ教へと変化して行きました。ヒンドゥ教は紀元前5~紀元前4世紀に顕在化し始め、紀元4~5世紀に当時優勢であった仏教を凌ぐようになりました。その後インドの民族宗教として民衆に信仰され続けてきました。神々への信仰と同時に、輪廻や解脱といった独特な概念を有し、四住期に代表される生活様式、身分(ヴァルナ)・職業(ジャーティ)までを含んだカースト制等を特徴とする宗教です。

    ヒンドゥ教の特徴についての紹介が続きます。紀元前5世紀ごろに政治的な変化や仏教の隆盛がありバラモン教は変貌を迫られました。その結果、バラモン教は民間の宗教を受け入れ同化してヒンドゥ教へと変化して行きました。ヒンドゥ教は紀元前5~紀元前4世紀に顕在化し始め、紀元4~5世紀に当時優勢であった仏教を凌ぐようになりました。その後インドの民族宗教として民衆に信仰され続けてきました。神々への信仰と同時に、輪廻や解脱といった独特な概念を有し、四住期に代表される生活様式、身分(ヴァルナ)・職業(ジャーティ)までを含んだカースト制等を特徴とする宗教です。

  • ヒンドゥ教の主要な神々は三神一体(トリムールティ)と呼ばれ、近世の教義では、3大神は、一体をなすとされています。<br />〇ブラフマー:宇宙、世界に実存、実在の場を与える神<br />〇ヴィシュヌ:宇宙、世界の維持、平安を司る神<br />〇シヴァ:宇宙、世界を創造し、その寿命が尽きた時に破壊、破滅を司る神

    ヒンドゥ教の主要な神々は三神一体(トリムールティ)と呼ばれ、近世の教義では、3大神は、一体をなすとされています。
    〇ブラフマー:宇宙、世界に実存、実在の場を与える神
    〇ヴィシュヌ:宇宙、世界の維持、平安を司る神
    〇シヴァ:宇宙、世界を創造し、その寿命が尽きた時に破壊、破滅を司る神

  •  しかし現在では、ブラフマー神を信仰する人は減り、ヴィシュヌ神とシヴァ神が二大神として並び称され、多くの信者がいます。ヴィシュヌ神を信仰する派をヴィシュヌ教、またシヴァ神を信仰する派をシヴァ教と呼んでいます。インド国内の広義の定義では、『ヒンドゥ教』には、キリスト教やイスラム教など、インド以外の地域で発祥した特定宗教以外のすべての宗教が相当します。(同上)

    しかし現在では、ブラフマー神を信仰する人は減り、ヴィシュヌ神とシヴァ神が二大神として並び称され、多くの信者がいます。ヴィシュヌ神を信仰する派をヴィシュヌ教、またシヴァ神を信仰する派をシヴァ教と呼んでいます。インド国内の広義の定義では、『ヒンドゥ教』には、キリスト教やイスラム教など、インド以外の地域で発祥した特定宗教以外のすべての宗教が相当します。(同上)

  • インドでは、『仏教はヒンドゥ教の一派』と定義されています。これは、インド憲法25条で、ヒンドゥ教から分派したと考えられるシク教、ジャイナ教、仏教を信仰する人も広義のヒンドゥとして扱われているためです。ヒンドゥ教には、極めて様々な信仰、霊性や風習が包括され、かつ体系化されています。ヒンドゥ教徒は多神教、汎神論、一神教、不可知論、無神論、ヒューマニズムを自身の思想として自由に選ぶことができます。ヒンドゥ教の包含する信仰、思想、真理は広範で、そのため『ヒンドゥ教』に包括的な定義を与えることは困難とも言われます。誠に不思議な宗教です。(以上)

    イチオシ

    インドでは、『仏教はヒンドゥ教の一派』と定義されています。これは、インド憲法25条で、ヒンドゥ教から分派したと考えられるシク教、ジャイナ教、仏教を信仰する人も広義のヒンドゥとして扱われているためです。ヒンドゥ教には、極めて様々な信仰、霊性や風習が包括され、かつ体系化されています。ヒンドゥ教徒は多神教、汎神論、一神教、不可知論、無神論、ヒューマニズムを自身の思想として自由に選ぶことができます。ヒンドゥ教の包含する信仰、思想、真理は広範で、そのため『ヒンドゥ教』に包括的な定義を与えることは困難とも言われます。誠に不思議な宗教です。(以上)

  • 三つの頭を持つエラワン象と、インドラ神の像です。エラワンは、天界で『プラ・イン』(インドラ神・帝釈天)に仕える男性の名前です。彼は、『プラ・イン』が外出する時に乗る『乗り物の巨大象』に化身する超能力も併せ持っていました。その巨大象の乗り物は、天界の神々から『エラワン象』と呼ばれていました。エラワンは、プラ・イン(インドラ神)が天界から地上に雨を降らしに行く時の乗り物ですが、その外には、降った雨水を地上界から天界に吸い上げる役割も担っていました。更に、プラ・インが阿修羅と戦う時に乗る戦象の役割も担っていたとされます。

    三つの頭を持つエラワン象と、インドラ神の像です。エラワンは、天界で『プラ・イン』(インドラ神・帝釈天)に仕える男性の名前です。彼は、『プラ・イン』が外出する時に乗る『乗り物の巨大象』に化身する超能力も併せ持っていました。その巨大象の乗り物は、天界の神々から『エラワン象』と呼ばれていました。エラワンは、プラ・イン(インドラ神)が天界から地上に雨を降らしに行く時の乗り物ですが、その外には、降った雨水を地上界から天界に吸い上げる役割も担っていました。更に、プラ・インが阿修羅と戦う時に乗る戦象の役割も担っていたとされます。

  • 陶磁器を使って表現された花を四つ纏めてズームアップで紹介します。石塔の角の部分に設置され、周りの陶磁器の装飾よりは目立っていたものの紹介です。一部の花弁が壊れていましたが、6枚ほどの赤い花弁を模した花の光景です。赤い花弁の内側には、更に、緑とピンクの花弁も表現され、中心が黄色でした。

    陶磁器を使って表現された花を四つ纏めてズームアップで紹介します。石塔の角の部分に設置され、周りの陶磁器の装飾よりは目立っていたものの紹介です。一部の花弁が壊れていましたが、6枚ほどの赤い花弁を模した花の光景です。赤い花弁の内側には、更に、緑とピンクの花弁も表現され、中心が黄色でした。

  • こちらの陶磁器の花は、一番外の花弁に青絵の皿が使われていました。大皿を花弁に仕立てるため、六片に分割したように、見受けられました。その内側には、赤い花弁と黄色の花弁で三重になっていました。中心部分は緑ですが、実際の花では、小さい花が集まって密な円盤状の花序を作っていて、頭状花序と呼ばれています。

    こちらの陶磁器の花は、一番外の花弁に青絵の皿が使われていました。大皿を花弁に仕立てるため、六片に分割したように、見受けられました。その内側には、赤い花弁と黄色の花弁で三重になっていました。中心部分は緑ですが、実際の花では、小さい花が集まって密な円盤状の花序を作っていて、頭状花序と呼ばれています。

  • こちらの陶磁器の花は、一番外の花弁に淡い赤絵の皿が使われていました。花弁の角が綺麗に加工されて、花弁らしい柔らかさがありました。加工しにくいセラミックですから、一番難儀な作業かも知れません。その内側の黄色と茶色の副花冠も、尖った角がないよう綺麗に処理されていました。

    イチオシ

    こちらの陶磁器の花は、一番外の花弁に淡い赤絵の皿が使われていました。花弁の角が綺麗に加工されて、花弁らしい柔らかさがありました。加工しにくいセラミックですから、一番難儀な作業かも知れません。その内側の黄色と茶色の副花冠も、尖った角がないよう綺麗に処理されていました。

  • 最後に紹介する花も、青絵に連続性がありましたから、花弁は青絵の皿を分割しているようでした。この花も、随分と保存状態が良い造りでしたから、補修をされた可能性もあるようです。花弁をまとめて花冠と呼びますが、花冠によく似た内側の部分は、副花冠とも呼ばれます。この花では濃い赤とピンクの副花冠でした。

    最後に紹介する花も、青絵に連続性がありましたから、花弁は青絵の皿を分割しているようでした。この花も、随分と保存状態が良い造りでしたから、補修をされた可能性もあるようです。花弁をまとめて花冠と呼びますが、花冠によく似た内側の部分は、副花冠とも呼ばれます。この花では濃い赤とピンクの副花冠でした。

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