2013/02/03 - 2013/02/07
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旅人のくまさんさん
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暁の寺、『ワット・アルン』紹介の続きです。正式名は、ワット・アルンラーチャワラーラームです。チャオプラヤ川の河畔に佇む寺院の姿は、バンコクを代表する景色の一つです。日本では『暁の寺』の名前で有名です。(ウィキペディア、るるぶ・タイ)
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イチオシ
部分的は、装飾などの部分に劣化が目立ってきたワット・アルンの仏塔です。『ラーマ5世(在位:1868~1910年)』の時代に、一度大きな修復作業が行われたと言われていますが、それから約100年が経っています。このため、2013年から2017年にかけての5年間に、トンブリ王朝建立250周年を記念した大がかりな修復工事が計画されています。そのこともあって、2013年からの修復工事の前の見学となりました。
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修復工事が待たれるワット・アルンの大石塔のズームアップ光景です。(追記)計画通り2017年末までに修復工事が完了し、年末から翌2018年1月初めに記念祝典が開催されました。色の塗り直し以外に、欠けていた陶磁器に代わりに、新たな陶磁器が取り付けられたようです。実質的には2017年夏に工事が完了したようでした。
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半人半鳥のキンリー像です。インドの叙事詩の『ラーマーヤナ』を下敷きにした、タイ王国の叙事詩の『ラーマーキエン』の半人半鳥像は、男性の場合『ギンナリー』、女性の場合は『キンリー』と呼ばれているようです。(追記)白漆喰部分も現在は真っ白に塗り直されています。
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同じく、半人半鳥のキンリー像です。先ほどの像とは、ポーズなどが少し違っていました。先ほどの像は合掌姿ですが、こちらは、蓮の花らしいものを手にしていました。蓮(はす)は、ヒンドゥ教にも仏教にも共通する大切な花です。ハス(蓮)は、インド原産のハス科多年性水生植物で、地下茎は『蓮根(れんこん、はすね)』として、日本でもお馴染みの食材です。花が咲いた後の実も食用になります。
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仏塔の表面には、建立当初は中国から取り寄せられたという、色とりどりの陶磁器を細かく分割して、その陶磁器のかけらをモザイク画のようにギッシリと貼り付けて、緻密な文様が描かれています。その陶磁器片の総数は30万点にも上るようです。(追記):修復では、全ての陶磁器片を一旦取り外して、一つ一つクリーニングが行なわれました。全体の60%の陶磁器片は綺麗にされたあと、元の位置に貼り付けられましたが、残りの40%に当たる12万点は、損傷が激しいため取り外され、代わりに新しい陶磁器片が埋め込まれました。(タイランド画報)
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大仏塔を両手で持ち上げる人形がみえますが、これは鬼神の『ヤック』と、猿神の『モック』、古代インドの叙事詩『ラーマーヤナ』に出てくる守護神です。 似たようなポーズで並んでいました。
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次は花鳥画部分の陶磁器モザイク絵の紹介です。石塔の最下部に、折り畳みの屏風の絵のように飾られていました。この後、陶磁器のモザイク絵のいくつかを、ズームアップして紹介します。
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漆喰壁をキャンバスに描かれた陶磁器片を使った花鳥図のようです。しかし、鳥の姿を探してみましたが、見当たりませんでした。日本での花鳥画は『はじめ中国で体系化され、その後朝鮮や日本にも広まった画題の一つです。必ずしも画題が花と鳥に限定されるものではなく、草木、虫、水生生物、時には小動物も含まれる(ウィキペディア)とされますので、鳥がいなくても花鳥画と呼んで差し支えないようです。
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岩山と、花木の花鳥画が描かれているようです。背景の城漆喰が、随分と汚れてしまったようです。(追記)2013年からワット・アルンの補修工事が実施され、現在見ることが出来る花鳥画は、汚れがすっかりなくなって、綺麗な花鳥画になっていました。ネット情報で画像確が認出来ます。
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こちらも花木も、陶磁器破片でモザイク表示されていました。薄茶色の幹、緑の葉、赤い花などが、それぞれ、色合い、形が適したモザイク片で表現してありました。素地は、白漆喰のようですが、汚れが取り去られれば、一服の花鳥画になりそうです。(追記):修復には日本円で約4億2000万円が掛けられ、灰色にくすんだ漆喰(しっくい)を塗り直したり、傷んだタイルを交換、と紹介されていました。(テレ朝ニュース)
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二面ずつ纏めて紹介する、仏塔最下部の花鳥画の光景です。この状態では、熱心に見る人は少ないかも知れません。『漆喰(石灰、しっくい)』は、水酸化カルシウム(消石灰)を主成分とする建築材料です。住宅様式や気候風土などに合わせて、世界各地で組成が異なっていて、独自の発展がみられる建築材料とされます。日本の漆喰とも微妙に違うかも知れません。(ウィキペディア)
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同じく、二面ずつ纏めて紹介する、仏塔最下部の花鳥画の光景です。コーナー上部には、白い花飾りがありましたが、これも陶磁器片を使用した装飾です。日本での『漆喰』の表示は、水酸化カルシウム・炭酸カルシウムを主成分としていることから、もとは『石灰』と表記されていたようです。漆喰の字は当て字が定着したものとも言われています。(同上)
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一面ずつ紹介する、仏塔最下部の花鳥画の光景です。先ほど、二面ずつ纏めて紹介した花鳥画の左側の絵です。日本の漆喰は、消石灰を主成分に、骨材、すさ(麻)、海藻のりなどの有機物を混ぜて練り上げたものです。風雨に弱い土壁を、生地のままに比べて防水性を与えることが出来るほか、不燃素材であるため外部保護材料ともなります。(同上)
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一面ずつ紹介する、仏塔最下部の花鳥画の光景が続きます。先ほど、二面ずつ纏めて紹介した花鳥画の右側の絵です。日本での漆喰は、古くから城郭や寺社、商家、民家、土蔵など、木や土で造られた内外壁の上塗り材として用いられてきました。面土や鬼首などの瓦止めの機能のほか、壁に使用される場合には、通常で3 - 5ミリ程度、モルタルなどへの施工の場合は10数ミリ程度の厚さとされます。(同上)
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一面ずつ紹介する、仏塔最下部の花鳥画の最後です。これも二面ずつの時に紹介した絵ですが、周りの絵と比べて、漆喰部分の汚れが少ない状態でした。長い年月の間に、小修復も行われた結果なのかも知れません。(追記):現在は、すべて真っ白な漆喰になっていることは、すでに紹介した通りです。
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花鳥画のモザイク画の端の部分の光景です。大仏塔に登る石段で区切りになっていました。タイ王国の花鳥画は、恐らく中国の影響を強く受けた文化の一つでしょう。ただし、タイ王国は漢字圏ではないようですから、絵画の中に記された文字を見ることはありませんでした。
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大仏塔の裾付近の光景です。左手に見えている小塔は、この後にも紹介しますが、宝物庫に相当する建物のようです。複数個所に宝物庫がありますが、一時期まではエメラルド仏が収納されていたようです。エメラルド仏は、この後見学するワット・プラ・ケオ(エメラルド寺院)に収納されていますので、その時に改めて紹介します。『玉仏(ぎょくぶつ)』とも呼ばれ、タイ語では『プラ・ケーオモーラコット』、または単に『プラ・ケーオ』と呼ばれています。エメラルド製ではなく、ヒスイ(翡翠)製と言われています。
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大石塔の脇から眺めた小石塔の光景です。小石塔の中間付近に、先に紹介した『白馬の王子』の姿がありました。大石塔の周りにある四つの小石塔には、仏像が収められていて、『仏陀の誕生』、『悟りを開いた仏陀』、『法を説く仏陀』と『仏陀の入滅』とされます。一言で紹介すれば、『仏陀の生涯』です。
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赤い飾りをつけた石像は、どうやらワット・アルンとは直接関係がない、中国産の輸入品のようです。真偽のほどは分かりませんが、勝手に持ち込まれたものが、高額で請求されたとのネット情報もありました。2005年のタイ国旅行の時、タイシルクの取引で財を成したジム・トンプソンの家を見学した時、バラスト代わりに石像などを積み込んだ話をお聞きしたことがあります。そのバラスト代わりの石像かも知れません。
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こちらの像にも赤い飾りが付けてありました。推測に過ぎませんが、タイシルクを中国に輸出した後に、帰路にバラスト代わりに積まれた石材かも知れません。ジム・トンプソンこと、『ジェームズ・ハリソン・ウィルソン・トンプソン(1906~1967?)』は、タイのシルクを世界に広めたことで知られるアメリカの軍人で商人だった人です。現在のマレーシアのキャメロン・ハイランドで、行方不明になったままです。CIAの前身機関であるOSSに属し、諜報活動が専門だったようです。現代には、タイシルクのブランドとして名が残りました。
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ワット・アルンの境内光景です。ジム・トンプソンの紹介の補足です。1906年にデラウェア州の裕福な家に生まれ、父が評議員を務めるプリンストン大学を卒業後、ペンシルベニア大学で建築学を学び、ニューヨークで建築家として活躍した人です。元々は軍事専門家ではありませんでした。彼の謎の死をヒントに、松本清張さんが『熱い絹』の題の推理小説を書き、1998年にテレビドラマにもなりました。
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仏塔を両手で持ち上げる鬼神の『ヤック』と、猿神の『モック』は、あちらこちらで活躍しています。古代インドの叙事詩『ラーマーヤナ』に登場する守護神です。 『ラーマーヤナ』を下敷きにしたタイ王国の叙事詩の『ラーマーキエン』も成立した頃の石塔群ですが、『ラーマーヤナ』に登場する守護神などがそのまま登場しているように見受けました。
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大石塔の周りにを四つの小石塔が取り囲み、ヒンドゥ教世界の須弥山を形成していますが、この石塔はそれ以外のものです。細切なものを仕舞っていたらしく、ワット・プラ・ケオに移されたエメラルド仏も、これ等の宝物庫に収められていたようです。その宝物庫を支え続ける人達です。衣装は同じようでしたが、モックやヤックとは異なる顔付でした。
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イチオシ
宝物庫を支える人達のズームアップ光景です、猿族や夜叉などとは明らかに異なる穏やかで、お目めぱっちりの顔付でした。解説したものが見当たりませんので、勝手な推測を交えて紹介します。かつて、エメラルド仏も保存されていたことから考えますと、トンブリー朝のタークシン王時代か、現在に続くチャクリー朝の初期の王時代(4代以前)の親衛隊辺りがモデルかも知れません。ネット情報では、モックとヤックと紹介されているのがほとんどでした。
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夜叉や猿族などの顔と比べますと、明らかに人をモデルにした顔付に見えます。表情にも険しいところはなく、淡々と任務を果たしているようにも見えました。ふくよかな顔付、円く見開いた目と、軽く開いた口も共通していました。タイ人は、子どもの頃から相手に対して怒らないように教えられています。そのためか、タイ人の性格や行動は基本的に穏やかでのんびりしています。笑顔を絶やさない優しい人が多く、細かいことを気にしない楽観思考の人も多いのがタイ人の特徴とされます。そのことを反映したポーズにも思えます。(ウィキペディア)
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勝手な想像ついでに、三人目の顔付も紹介しておきます。被り物や、服飾も概ね共通していました。穏やかな笑顔にも見えました。タイ国は、『微笑みの国』と日本では呼ばれていますが、これは、タイ政府が観光に力を入れ始めた時の、観光庁のキャッチフレーズが始まりとも言われます。タイが微笑みの国といわれる由来は、そのほかにもありますが、その中の一つに西洋人とタイ人の関係があります。19世紀に西洋人がタイに訪れた時のこと、当時のタイ人は西洋人の言葉をほとんど理解することができず、タイ人は相手の言っていることが分からないので、常にニコニコ笑みを浮かべていました。これは、一時期の日本でもよく言われたことです。
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石塔からはみ出して見えているのは、三つの頭を持つエラワン象です。エラワンは、天界で『プラ・イン(インドラ神)』に仕える男性で、インドラ神が外出の時には、エラワン象に化身することも出来ます。また、インドラ神のルーツは古く、インド=イラン共通時代まで遡ることが出来る軍神です。紀元前14世紀にヒッタイトとミタンニとの間で結ばれた条文の中に名前があることから、アーリア人の移動とともに小アジアやメソポタミアなどでも信仰されていた神だったことが確認できています。仏教の世界では『帝釈天』と呼ばれています。
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イチオシ
中国の三国志に登場する英雄たちのようです。有名なところでは、項羽、劉邦、関羽、曹操、孫権、諸葛亮等になるようですが、人物特定が難しそうです。関羽雲長あたりでしょうか、自信は全くありません。関羽(160?~220年)ですと、蜀漢の創始者である劉備に仕え、その人並み外れた武勇や義理を重んじた彼は敵の曹操や多くの同時代人から称賛されました。蜀の五虎大将軍筆頭で、8世紀頃からは関帝として道教の神様の一人です。(ウィキペディア)
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こちらも、三国志に登場する英雄の一人のようです。劉備の挙兵に当初から付き従った人物の『張飛(160年代~220年)』当たりかも知れません。人並み外れた勇猛さは中原に轟きました。その武勇は後世にも称えられ、小説『三国志演義』を始めとした創作作品でも多くの脚色を加えて取り上げられています。現在でも中国や日本を中心にその人柄を大いに親しまれている人です。(ウィキペディア)
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麓から見上げた、須弥山を模した石塔の光景です。仏教とともに日本に渡来した須弥山は、日本庭園の須弥山形式として名を残しています。九山八海(くさんはっかい)と呼ばれる、庭の中央に突出した岩を須弥山に例える石組を用いた庭園のことです。また、道教の蓬莱神仙思想に基づくのが蓬莱(ほうらい)石組になります。
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