2013/05/15 - 2013/05/27
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Berg Heilさん
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この要塞は伝説に依るとプラハ発祥の地と云われていらが、歴史的にはここヴィシェフラト城(旧プラハ城)は現プラハ城よりも後と云われている。
ボヘミア建国伝説
伝説に依れば8世紀の初め頃、ボヘミアを支配していたクロックという指導者にリブシェという娘がいた。彼女は占い預言者であった。クロックの跡継ぎとなったリブシェはプラハの南のヴァルタヴァ川畔にヴィシェフラト城を建ててこの地に君臨して、ボヘミア王朝の祖となった。
預言によって結婚相手を決めたが、それは近郊の村の農夫が選ばれた。リブシェの命を受けて召使達がその男を迎えに行った。それは村の畑で二頭の牛を耕しているプシェミスルであった。ちなみにプシェミルスという名には、耕す人という意味も含まれている。
「プラハ・チェコ」沖島博美著 日経PB社 から引用。
蛇足:ハンガリー政府観光局で募集した 第7回「ハンガリーの旅の思い出で」2010年コンテストで駄文を応募したところ、思いもよらぬA賞に選ばれ、選者の沖島博美様から身に余る書評を頂き、更に賞品の「ヘレンドのイヤーズプレート」と共に独文の「ブタペスト 文化と歴史」というグラビアの立派な本を頂いた。この本はブタベスト旅行記を書いた時、とても参考になり感謝している。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
プラハの語源
リブシェ伝説に依れば「プラハ」はチェコ最初の公妃で超能力者であったリブシェが、プラハの町が創られていない時代に、未来のプラハの町を幻視して、チェコ語の「Prah」から取った名前であるという。
その意味は諸説あるも「鴨居」あるいは「敷居」「框」などの意味だそうだ。
「黄金のプラハ」 石川達夫著 平凡社 から引用
ターボル門 フェルディナント?世に依り建設 17世紀 -
今回のチェコ旅行記を投稿するにあたり自己の蔵書から下記の書籍を参考にさせて頂いた。
「プラハ歴史散策」 石川達夫 講談社
「黄金のプラハ」 石川達夫 平凡社
「物語 チェコの歴史」薩摩秀登 中公新書
「プラハの異端者たち」 薩摩秀登 現代書館
「プラハ幻影」 ヴラスタ・チハーコヴァー 新宿書房
「チェコとドイツ」 大鷹節子 読売新聞社
「私はチェコびいき」 大鷹節子 朝日新聞社
「プラハ・チェコ」沖島博美 日経BP企画
「プラハ迷宮の散歩道」 沖島博美 ダイヤモンド社
「チェコ歴史散歩」 沖島博美 日経BP企画
「地球の歩き方 チェコ・ポーランド・スロヴァキア」 ダイヤモンド社
「プラハ 歴史と美術」日本語版 Tim Porter Flow East 「神聖ローマ帝国の宝冠」渡辺 鴻 八坂書房 -
レオポルド門 レオポルド?世により建設
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ヴィシェフラドとは「高い城」
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城塞全体が大きな公園になっていて絶好の散歩道でもあり、デイト・コースでもある。土曜日の午後でもあったのに、人影は少なかった。
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良く整備され、ゴミ一つ落ちていない。!! そして緑がいっぱいで小鳥の声しきり。
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城壁の角々に恐ろしげなち彫刻、魔除け、あるいは敵威嚇の呪いか?
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聖マルティン教会のロトンダ(礼拝堂)
1100年頃建立 ビシェフラド地区のロマネスク様式の最古の建物(19世紀修復) -
しばらく歩くと聖ペトロ/聖パウロ教会の裏手の墓地にでる。17世紀に教会脇に小さな墓地が出来たのが始まり。
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墓地の中央にある合同霊廟「スラヴィーン」1889〜1893年建設
「チェコ民族の為に非常に功績があり、自らの行為によって秀でた人々の為」の霊廟 上部には金文字で「死者たちがまだ語るように」
チェコ文化を代表する五十名以上の人物が埋葬されている。
天辺には、羽の生えた「祖国の守護霊」の像が寄り添う石棺が載っている。
銘文は「祖国は自らの偉大な息子たちの塵を悲しみつつ土に戻し」
「彼らの行為を喜びつつ永久に人類に告げ知らせる」
正面のキリスト磔刑像の墓石の銘文
「私を信ずる者は、永久に死なない」
(プラハ歴史散策 石川達夫 講談社新書 から抜粋)
ヨーロッパに来ると少しでもラテン語の初歩を学んでおけばよかったのにと思う。 -
なんでもここには スメタナ ドヴォルジャーク カレル・チャペック、ムハ、等の有名人の墓があるらしい。これも帰国してからガイドブックで分かった。
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それにしてもヨーロッパの墓地は我が国の墓地と違って抹香臭くないし、いかにも仏さんらしい、菊やキンセンカや香花ではなくて、様々な美しい花々で飾られている。そして墓地を散策している人達もよく見かける。
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この立派な霊廟に鎮まっている方は 1865〜1928 の生涯だったらしい。
おそらく貴族か富裕層か? -
公園の広場には4体の彫像が建っていた。
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チェコ建国神話にまつわるものであろう。
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リプシェ王女と夫プシェミスル
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遠い民族の記憶が神話、それが例え史実と違ってもそれは民族のロマンでもあり、誇りでもある。わが国でも「古事記」「日本書紀」という素晴らしい遺産を持っているのだから、子供達に歴史の授業ではなくとも、国語の授業で是非教えてほしいもの。記紀でも神代の事は神代の章として分けて書かれている。
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それにしても我が国の天から高千穂の峰に下ってきた(天孫降臨)先祖と、巫女と農夫夫婦で建国したチェコ、この大きな違いは??
伝説の勇女シャールカとツチラド
恋人に裏切られた彼女は兵士達を策略にはめて皆殺しにした。 -
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聖ペトロ/聖パウロ教会
カレル?世の時代に建立 -
20世紀初頭に取り付けられた鐘楼から正午にスメタナの「モルダウ」が流れるそうだ。
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教会入り口
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祭壇
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彩色された豪華な本、修道士たちが写本をしている図
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祭祀用具の展示
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イエスにまつわる古い壁画 おそらくかなり修復されたもの。
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壁画の修復には職人達の伝統的技の引継ぎをしていかなければならない。わが国の漆職人も同様
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城塞からヴルタヴァ川を見る
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これで今回のプラハ訪問を終了。しかしプラハの街をくまなく歩き、未だ訪ねていない宮殿、教会、博物館をゆっくり見学するのにはあと一日欲しかった。プラハ訪問は2度ではあるが、もう来る機会はないであろう。
それにしてもチェコという国は好感が持てる国であった。残念ながらモラビアやスロバキア(プラティスラバは訪問済)にも行きたかったがこれも年齢と懐の関係からあきらめ。5月26日ルフトハンザでミュンヘン経由帰国の途に。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 女一人旅さん 2015/07/01 22:03:01
- こんばんは(〓^○^〓)/
- 同じところに行っても、こうも「深さ」が違うかと、頭が下がる思いがします。
いいね!じゃなくて、
とてもいいね!の方にポチしておきました(〓 ̄▽ ̄〓)ノアルンダカラホントウニ
- Berg Heilさん からの返信 2015/07/02 07:55:53
- RE: こんばんは(〓^○^〓)/
- Sehr geehrte Frau 女一人旅 !!
お便りと、小生の拙い旅日記をいつも覗いて下さっている事 深謝します。
それにしても Madam 女一人旅 のファイトいつも感心しています。そして旅行記から感ぜられる ”猛女”ではなく、その仮面の下の素顔は、眉目麗明 明眸皓歯の妙齢の美女、あるいは三保の松原に舞い降りたうら若き天女かと勝手に妄想しております!!。
そして、マニアックな街々を訪問され、貴重な情報を発信される4トラではまれにみるメンバーだと、いつもウオッチしております。小生あと一年弱で傘寿、そろそろ中欧への旅は引退かもしれません。私事ですが、15歳年下の妹(シングル)も旅好きで、僻地ばかり選んで、各地の古代遺跡(W大学文学部歴史科卒)イースター、モロッコの奥地 大地震前のイランの遺跡、ネパールでの鳥葬の見学、等々 蚊取り線香や懐中電灯などを持っての旅をしています。どちらかと云えばアドヴェンチャーです。
小生の旅行記は週に2回くらいのペースであと10〜12編くらい投稿予定ですので又笑覧頂ければ幸甚です。 Berg Heil 拝
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