2008/10/14 - 2008/10/21
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旅人のくまさんさん
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メヴラーナ博物館見学の後、かつての隊商宿のキャラバン・サライで一休みして、カッパドキアに向いました。この日も、日暮れてからのホテル到着でした。(ウィキペディア、旅行ガイド・トルコ)
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- その他
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コンヤを中心地にメヴレヴィー教団が設立されたことや、代表的な詩人のルーミーのことを紹介しましたが、スーフィズムやイスラム神秘主義と呼ばれるものの紹介です。その担い手がスーファーと呼ばれますが、自らのことを『神秘主義』と呼んでいる訳ではないようです。9世紀以降に生じた、イスラム教の世俗化・形式化に対する改革運動であり、修行によって自我を滅却し、忘我の恍惚の中での神との神秘的合一(ファナー)を究極的な目標とする、一種の内面化運動とされています。ただし、現在のトルコでは、メヴレヴィー教団は、アタテュルク時代に法的に解散させられています。(同上)
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説明が重複しますが、スーフィズムとは『9世紀から10世紀頃、官僚化したウラマーたちの手によってイスラーム諸学が厳密に体系化され始めた頃、コーランの内面的な解釈を重視し、スンニ派による律法主義・形式主義的なシャリーアを批判した初期のイスラーム神秘主義思想家たちが、虚飾を廃した印として粗末な羊毛(スーフ)の衣を身にまとって『スーフィー』と呼ばれたことに由来します。(同上)
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他にも説があり、信仰の『清浄さ:サファー』に由来する説や、預言者ムハンマドの傍近くに陪席した高弟という意味で『ベンチ(ソファー)の人々:アフル・アル=スッファ』などのアラビア語による語源説、ギリシャ語で『智恵、叡智』を意味する『ソフォスに由来する説』等もあります。スーフィーの道の実践は、同じ語源からなる動名詞の『タサウウフ』と呼ばれるようになりました。(同上)
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スーフィーは、特定の宗派または教義の呼称ではなく、もっぱらイスラーム世界において同じ傾向をもって精神的な探求を志向した人物や、彼らの周りに生まれた精神的共同体もしくは教団の総称とされます。さらにそれらと結び付いた思想・哲学・寓話・詩・音楽・舞踏などを指すこともあります。自らの直接的な体験によって知ることを求める傾向が強いようです。(同上)
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スーフィーの諸派の間には、ある程度まで共通の精神性や方向性が認められるようですが、諸派の間での違いも大きいとされます。預言者ムハンマドにつながる直接的な伝承の系譜をもって権威とする教団もあれば、外的な権威よりも内的な体験を重視する教団もあります。スーフィーの人達は、イスラム教における知識人あるいは教師とされる『ウラマー』達により、しばしば批判の的になったとされます。(同上)
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一般的にスーフィーは、7世紀のイスラームの発祥とともに、その影響下で、あるいはイスラームの多数派に対する異議をもって生まれたと見なされているようです。ただし、スーフィーの起源をイスラーム以前とする説もあり、その発祥または発展の過程での、ユダヤ教・キリスト教・ゾロアスター教、中央アジアでは仏教からの影響を指摘する説もあります。スーフィーは、13~15世紀にかけて特に発展し、中東全域のほか、北アフリカ、インド、中央アジア、イスラーム支配下のスペインなど、イスラーム世界の各地に諸派が生まれました。(同上)
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初期のスーフィーの人達は、人里離れた場所で隠遁生活をしつつ、個人個人で神秘的修行を行っていましたが、神との合一を果たしたとするスーフィーが現れると、人々から聖者として尊ばれました。その恩恵に与ろうと、修行者が集まって集団的修行を行うようになり、次第にスーフィー教団として組織化・大衆化が進められるようになりました。(同上)
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最初期のスーフィーとしては、ジュナイド、バーヤズィード・バスターミー、ハッラージュなどが知られています。また、批判されたスーフィー達の中には、イスラーム哲学の大家だった『ガザーリー(1058~1111年)』や、『イブン・アラビー(1165~1240年)』がいました。しかし、スーフィズムはイスラム世界において定位置を得るようになりました。(同上)
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12~13世紀には、アッバース朝の首都・バグダッドを拠点とする、『アブド・アルカーディル・アルジーラーニーに始まるカーディリー教団』、『スフラワルディーに始まるスフラワルディー教団』などの教団(タリーカ)が台頭し、周辺各地へ伝播しました。『アフマド・ヤサヴィー(1103~1166年)』が、テュルク語のタリーカとして知られる『ヤサヴィー教団』を設立しました。(同上)
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イチオシ
『フワージャ・ムイーヌッディーン・チシュティー(1141~1230年)』によって『チシュティー教団』が設立され、『ファリードゥッディーン・ガンジュシャカル(1173~1266年)』らのインド・スーフィー思想の影響を受けると、スーフィズムはその後イスラームの大きな潮流となりました。後にチシュティー教団はインドのイスラーム化において大きな役割を果たしたようです。(同上)
*写真は、ターコイズ・ブルー(トルコ石の青色)の尖塔屋根の光景です。 -
『三大スーフィー』と呼ばれるの『サナーイー(1080年頃~1131年頃)』、『アッタール(1136年頃~1230年頃)』、『ルーミー(1207~1273年)』らの影響により、コンヤを中心地にメヴレヴィー教団が設立され、『アブドゥル・ハーリク・グジュドゥワーニー』や『バハー・アッディーン・ナクシュバンド』らの影響により、ブハラを中心地に『ナクシュバンディー教団』が設立されました。
*14世紀のイルハン朝時代に、クルド人の『サフィー・ウッディーン』が『サファヴィー教団』を興し、16世紀初頭にはサファヴィー朝を開きました。
*同じく14世紀に『マーハーン(現ケルマーン州)』のスーフィーとシャー・ニーマトゥッラー・ワーリーが『ニーマトゥッラー教団』を興しました。(同上) -
イチオシ
1380年頃、ティムールがホラズムを征服すると、サマルカンド出身のスーフィー、『マウラーナー・マリク・イブラーヒーム』とその後継者の『ワリ・サンガ』と呼ばれる一族は、チャンパ王国やマジャパヒト王国など東南アジアのイスラム化に大きな役割を果たしました。(同上)
*写真は、綺麗に手入れされた、メヴラーナ博物館の中庭光景です。 -
17世紀にはナクシュバンディー教団の影響が広がり、馬来遅の『フフィー教団(老教)』や、18世紀には馬明心の『ジャフリーヤ教団(新教)』が設立され、回民蜂起を起こすなど、清朝末期の新疆の回族と東トルキスタンのドンガン人の歴史に大きな影響を与えました。18世紀の西サハラでは、クンタ家の『カーディリー教団』が組織されました。(同上)
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現在でも多くの教団(タリーカ)が活動しています。『ジャラール・ウッディーン・ルーミー』が創始したメヴレヴィー教団などがこのスーフィズムを信仰しています。しかしトルコ政府はメウレヴィー教団の活動を禁止しています。開祖の教えに戻れと主張するイスラーム原理主義の勢いで、異端的な要素(ギリシャ哲学やヒンドゥー教等)のあるスーフィズムは、目立たない活動を強いられたり、抑圧されたりしている地域もあります。一方で、近代市民社会を作り上げるための寛容でリベラルなイスラーム思想の源流として注目されてもいます。(同上)
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〇現在における、世界閣国のスーフィズムの教団の紹介です。
*ナクシュバンディー教団(アジアのブハラや東トルキスタンを中心活動)
*マイズバンダル教団(バングラデシュ)
*ベクタシュ教団(トルコ、アルバニア)
*メヴレヴィー教団(トルコ)
*リファーイー教団(イラク)
*イドリース教団(モロッコ、北アフリカ、イエメン)
*サヌーシー教団(リビア) (同上) -
スーフィズム教団間を統括するような教理体系は現れなかったものの、概ね一致する教理として次のようなものがあるようです。
〇『スーフィズムの教理(概説1)』:創造者である神と、被創造物である人間の内的な繋がりを仮定し、強い愛の力によって両者の隔たりを消滅させ、精神的合一を目指します。個我からの滅却・解放、そして『神』もしくは『全体』との合一の境地(ファナーウ)を、自らの体験として追求します。この傾向が、広くスーフィーとして知られる諸派の共通点の一つであるとされるようです。(同上) -
〇『スーフィズムの教理(概説2)』:スーフィーの修行は、階梯に例えられ、神の与えてくれる心的状態(アフワール)を経験すると、一つ上の段階に移行できるようです。すべての階梯を登り切ると、『忘我の境地』に至り、霊知(マアリファ)と真理(ハキーカ)と呼ばれる、高い意識を永続的に得られると考えられました。スーフィズムでは、禁欲的で厳しい修行を行います。修行法は様々ですが、もっとも重要な行(ぎょう)は、ズィクルと呼ばれる祈祷句を読み上げる儀礼とされます。神に思念を集中し、一心不乱に連祷することでファナー(消滅)と呼ばれる境地に至るとされます。(同上)
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イチオシ
〇『スーフィズムの教理(概説3)』:スーフィーの諸派の間では、イスラームの多数派が戒律によって禁じる音楽や舞踏などを行法に用いることが一般的です。ファナーに入るために音楽や踊りも盛んに用いられました。例えば、白い布状の服を身につけて一心不乱に回る、回旋舞踊(セマー)と呼ばれるものを行い、神との一体化を求めました。スーフィーは、導師の指導の下、決められた修行(マカーマート)を段階的に行い、準備を進めます。最終段階では、雑念を捨て去り一心に神の事をのみ考え、神と合一したという悟りが訪れるのを待ちます。この境地に至った者は、時として聖者に認められ、崇拝の対象となりました。(同上)
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直接的な体験を重視する傾向が強いため、師もしくは長老(シャイフ)との直接的な関係を基軸とした、共同体や同胞団としての形態をとることが多いようです。それらの共同体のなかで修行に打ち込んだり、あるいは教えを説いて各地を遍歴したりする者たちは、『ダルヴィーシュ』とも呼ばれます。プロ野球選手の『ダルビッシュ有投手』の、イラン出自の父方に繋がる血筋かも知れません。(同上)
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〇『トルコにおけるスーフィー(その1)』:19世紀において、スーフィズムの一大中心地となったトルコでは、20世紀初頭、ケマル・アタチュルクらが欧化政策を推進するなか、トルコ帽とヴェールの着用を法律で禁止する施策とともに、『ダルヴィーシュ(スーフィー)』であることは違法とされ、スーフィーの教団は強制的に解散させられました。(同上)
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〇『トルコにおけるスーフィー(その2)』:昨今でも、トルコでのこの事情は変わらず、スーフィーの代表的な行法として知られる『ズィクル(独特の呼吸と留意をもっての読誦)』の声が外部に漏れると、それは警察への密告を招くことがあるようです。また、代表的な行法であるメヴレヴィー教団の『セマー(旋回舞踏)』は、観光客向けのショーという名目でのみ許されています。白いスカート状の服を穿き、音楽に併せて、くるくるくるくると回り続けることで神に近づくという儀礼で、1時間以上回り続けます。(同上)
*観光客向けのセマーの様子は、ネットの動画で見ることが出来ます。 -
(続き)その一方で、『ダルヴィーシュ』という言葉は、大きな斧や托鉢用の鉄なべを腰にぶらさげて各地を遍歴し、友愛の絆をもって結ばれました、精神的ながらも屈強で、勇敢な男たちというイメージをもって受け止められることが多いとされます。『ダルヴィーシュの冒険』などという題名の絵本や、アニメがそれを物語っているようです。(同上)
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〇『トルコにおけるスーフィー(その3)』:国家的または社会的に認められたイスラームとの関係の持ち方や、その教義の扱い方は各派各様ですが、イスラームの多数派からもサラフィー主義者からも異端視されがちのようです。トルコ以外のイスラーム圏の国でも、スーフィーを異端とみなすイスラーム主義の台頭により、スーフィーの表立った活動は困難になっているようです。その一方で、西洋においてスーフィーの団体が活動する例も見られるようです。(同上)
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〇『スーフィズムの歴史(その1)』:キリスト教、仏教、ヒンドゥー教、ユダヤ教などほとんどの宗教に存在する神秘主義です。神秘主義とは、自己の精神を通して絶対的な神に到達する思想ですが、イスラーム教における神秘主義は『スーフィズム』と呼ばれます。
*スーフィズムは、イスラームの原理に帰依した禁欲的理念を持ち、音楽・踊り・神の名の復唱などで精神を高めて、神アッラーとの一体感の境地を目指す思想です。7~8世紀頃にイスラーム法学者による知識・規則を重視する傾向や、イスラームの世俗化、権威主義を受け入れられず、多数派の法学に反発して誕生した思想とされます。(同上) -
〇『スーフィズムの歴史(その2)』:スーフィズムの特徴は次の点です。
*禁欲、苦行、清貧の生活を重視する。
*宗派ではなく、信仰実践形態の一つ。
*教義、規則ではなく、精神的を高めて真理を探究し神と一体化を目指す。
*自我から脱した神への愛。 -
〇『スーフィズムの歴史(その3)』:スーフィズムは、イスラームを基本としていますが、シーア派やスンナ派のような宗派ではありません。真理を求めて信仰の実践を形態化したものの一つとされ、イスラームの精神の真髄とも主張されます。また、イスラームにとどまらず、宗教を越えた思想・哲学とも主張されるようです。(同上)
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〇『スーフィズムの歴史(その4)』:イスラーム神秘主義を実行する信者のことを『スーフィー』と言います。当初、信者たちが羊毛製の白くて長い粗衣を着ていたため、アラビア語で“羊毛”を意味する『スーフ』の語を由来とした呼び名です。スーフィーとは、『主のためにあらゆる種の結びつきと困惑から切り離され、アッラー以外を崇拝せず、アッラー以外の命令を放棄し、真理の逆に向かう心・魂を浄化し、純正によって真理を信仰する者』とされます。禁欲的で、肉体を酷使した修行を行うことで、神と一体となることを目的としています。(同上)
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〇『スーフィズムの歴史(その5)』:預言者『ムハンマド(570~637年)』が創始したイスラーム教は、7世紀に急速に拡大し、個人主義的な利益のために世俗化もしました。イスラームの世俗化を受け容れられなかった一部のムスリムたちは、国家との関係を絶ち、8~9世紀頃には禁欲主義と内面から真の神への愛を追求するスーフィーとなりました。彼らが名乗ったのではなく、信仰や思想の実践の結果が、後にスーフィズムとしてカテゴライズされたものです。(同上)
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〇『スーフィズムの歴史(その6)』:スーフィズムは、8世紀にイラク辺りの中東で、アブー・ハーシムという人物が始めたとされています。その後の歴史の加かで特筆されるのが、『メヴラーナ(我らの師)』とも呼ばれる、『ジャラール・ウッディーン・ルーミー』です。
*コンヤでは、メヴラーナの命日12月17日を記念して、毎年12月7日~17日までの10日間を『メヴラーナ週間』として盛大に催し物が行われ、世界中から信者が訪れます。特に最終日の17日は、メヴラーナが亡くなり、アッラーと出会った日とされるため、旋舞セマーが最高潮に達します。(同上) -
フレンドリーな、トルコの生徒さん達の写真で、スーフィズムの歴史の説明を締め括ります。アラブや、イスラム圏で目にする普通の光景です。カメラを手にしていますと、声をかけなくても笑顔で集まってきます。その笑顔で癒されることがしばしばありました。余談として、スーフィズムはコーヒーとの縁が深いことで知られます。トルコ・コーヒーが世界に知られるのにも寄与したようです。(以上)
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