2008/10/14 - 2008/10/21
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旅人のくまさんさん
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エフェス観光の後、次の観光地、パムッカレを目指しました。その途中、昼食の後に、革製品工のステージで披露された、新作の製品のファッション・ショーを見学しました。(ウィキペディア、旅行ガイド・トルコ)
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- その他
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ここからは、エフェスの見学を終えて、パムッカレ・ヒエラポリス遺跡に向かう車中からの光景になります。エーゲ海と地中海からは少し離れて、トルコの内陸部に向かいました。左手前方には、なだらかな山並みが見えていました。霞が掛かっていましたが、穏やかな日和でした。(同上)
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エーゲ海の海岸線になるようです。白く見える部分は、一見、岩塩のようにみえましたが、人工物のようでした。その手前には、干潟のような底が顔を覗かせていました。柔らかな土などではなく、岩盤のようです。話し合っているのか、電話をかけているのか、三人の男性の姿がありました。(同上)
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4本並んだ高い煙突の光景です。遺跡の石柱をたくさん眺めてきましたので、つい、巨大な石柱かと思って、見直してしまいました。間違いなく、工場の煙突群でした。その手前に見えているのは、貨車か客車か、見分けがつかない列車でした。窓がない車両は貨車に見えますし、窓が並んだ車両も繋がっていました。(同上)
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土手の下に線路のような二本線が見えました。先ほど紹介した4本の煙突がある建物方面に繋がっているのかも知れません。枕木はありませんが、一面に割り石か、玉石が敷かれているようですから、線路であることは、間違いありません。先ほど紹介した列車は、やはり貨物車のようでした。(同上)
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左手前方に見えるのは、『アイドゥン』の街のようです。トルコ共和国の西部、エーゲ海地方のアイドゥン県にあった都市で、同県の県都でした。メンデレス川の谷の中心に位置します。人口は、18万人弱と紹介されていました。古代より肥沃で生産性の高い土地として知られていた地域に沿って、現在の街が広がっています。アイドゥン県で最も有名な作物は、イチジクです。(同上)
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今回のトルコ旅行でお世話になった観光バスではなく、レストランの送迎用の真っ赤なバスのようでした。バスの前面と側面に記された『SEBAT』の文字が、その背後に見える『SEBAT RESTAURANT』の文字と一致していました。『SEBAT]は、『固定:FIXITY(英)』の意味のようです。(同上)
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昼食で立ち寄ったレストラン近くの光景です。新興の観光地として造成されたのでしょうか、ギリシャ・ローマの石柱を思わせる光景が前面にありました。年代を感じさせるためでしょうか、蔦(ツタ)が勢いよく伸びて、軒先を覆っていました。どうやら雨上がりらしく、路面に雨水がたまっていました。(同上)
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昼食で立ち寄った、レストランの屋根を覆っていた蔦の光景です。今は10月半ばですから、紅葉が始まっているように見えました。その蔦の幹の間から、レストランの室内が見えていました。(同上)
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少し目を転じて、レストランの近郊と、背景の光景です。手前の色が異なった二つの建物は、10階建てほどの住宅のようでしたが、その背後には、丘の傾斜をそのまま強調したような、同じ高さの建物群が列をなしていました。(同上)
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昼食のレストランの、前庭か、中庭になるようでした。手入れもいいのでしょうか、青々とした緑が目を休ませてくれました。中央に見えるのは、柳の木に似ていましたが、別種のようでした。(同上)
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レストランの近くで見掛けた樹木です。小さめの実が纏まって生っていました。小鳥の餌には格好な実のようでした。この樹木の名前は分かりません。トルコには果実がなる樹木は多くあり、ブドウ、イチジク、カシューナッツ、グレープ・フルーツ、サクランボ、マルベリーなど、様々なようです。(同上)
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昼食のレストランの玄関光景です。中々見事な造りの看板でした。建物の飾りを兼ねた看板の様に見えました。レストランの文字だけで、お店の屋号は記されていませんでした。その屋号の代わりが、中央上部に掲げられた、太陽をイメージしたようなマークのようです。(同上)
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さっそく注文した、赤ワインのハーフサイズ・ボトルです。昼からフル・ボトルを飲むのは控えて、グラスのハウス・ワインか、ハーフボトルがちょうどいい量です。トルコは、ワイン発祥の地として推定される国の一つです。紀元前4000年頃に、アナトリアでワインが造られていたと伝えられています。(同上)
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少し食べてしまった後での撮影で、見苦しくなってしまい、すみません。串料理のシシカバブに、サフランで着色したらしい、黄色のご飯が添えてありました。サフランは、地中海沿岸を原産地とする、アヤメ科サフラン属(クロッカス属)の植物です。(同上)
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ツアー参加者全員が案内された、皮革工場の中のステージで行われた、ファッション・ショーの紹介です。『トルコはもともと遊牧民族のお国柄なので、革製品の製造には強い』、とのネット情報もありました。また、『イタリアの一流ブランドの
革製品の下請けも行っていて、リーズナブルでお洒落なデザインのレザージャケットなどが揃っている』との情報もありました。(同上) -
ハイヒールを履いて、颯爽と革ジャンパーを着こなした若い女性のモデルさんの光景です。照明のスポットが革ジャンパーに反射して、一層の高級感を醸し出していました。黒いズボン(パンツ)も、革ジャンパーを引き立てる役のようでした。ズボンは、日本でしか通用しない、日本独自のパンツを指す呼び方とされます。(同上)
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胸に付けられた番号札は、モデルさん達が着用した製品を番号で表示していました。左が、男性用のお勧め製品でしょうか、『1番』の札がありました。黒色の革ジャンパーです。右側の女性用の青色の革ジャンパーには、『202』の番号札がありました。推測ですが、番号が大きいほど最新作かもしれません。(同上)
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カップルでのステージが続きます。美女にイケメンの組み合わせですから、見栄えが悪いはずはありません。左の女性の方の製品番号は読み取れませんでしたが、右の男性の方は、4番でした。薄く髭を伸ばして、両手をポケットに入れた粋なスタイルでした。(同上)
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男女用ともに、明るい色のジャケットです。トルコの皮製品は、裏を薄く削って、着心地よく軽量に加工してあるようです。革製品といっても、大変に軽いものが多いようです。(同上)
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イチオシ
この女性モデルの方が羽織っているのは、ハーフコートのようです。上の方は濃い色(茶色?)で、下の方は薄い茶色のグラデーションに染めていあるようでした。光の加減での色の違いではないようでした。モデルさんは、余裕たっぷりの笑顔です。(同上)
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目を楽しませてくれた、新作皮革製品を身に纏ったファッション・ショーは、お終いが近づいたようです。男女入り混じったモデルの方が、次々と登場してきました。先頭の女性の方は、締め括りに日の丸と、新月旗の衣装を着て登場した人のようでした。薄青色の服の下に、ちらりと見えていたのが、日章旗だったかも知れません。(同上)
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出番を終えて楽屋に下がるペアーと、これからが出番のモデルの方達が、すれ違う時の光景です。どちらの方達も、濃い色の革製品の服を着ていました。(同上)
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イチオシ
最後のおまけの演出です。観客は、私たちの旅行グループの日本人だけでしたから、白地に赤いマークの日章旗で締め括られました。昨年の旅行と、今回の旅行でも実感しましたが、トルコは親日家の方が多い国です。その源流は、初代大統領の『ムスタファ・ケマル・アタテュルク(1881~1938年)』の影響が大きいようです。日本の明治天皇を崇敬し、明治維新を評価した人との記事を目にした記憶もあります。また、日露戦争で勝利を収めたことを評価する話は、何度もお聞きしました。ガイドブックには、現在も建国の父のアタチュルクの悪口を言うのは、外国人であっても罪を問われると記されています。(同上)
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イチオシ
日の丸マークのモデルの方の後ろ姿です。日章旗から、新月旗と呼ばれるトルコ国旗に変わりました。新月旗は、月星章旗とも呼ばれています。元は オスマン帝国 が行った改革運動の『タンジマートの改革』により、1844年に公式に定められたオスマン帝国の国旗(1844年~1923年)です。当時とほぼ同じデザインとされます。現在この三日月と星の組み合わせは、イスラム教のシンボルとされますが、イスラム教が公式にシンボルとして採用したものではなく、小アジアではイスラム教の普及以前から使用されていました。この三日月と星のシンボルは、その後のオスマン帝国の旧領土、イスラム教またはトルコに関連する国の国旗などで多く見られます。この旗は、トルコ革命でも重要なシンボルとなりました。(同上)
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皮革工場のステージ見学したファッション・ショーの後は、ひたすらパムッカレに向かっての移動です。その途中で観光バスが立ち寄ったガソリンスタンドです。世界遺産に登録された石灰棚で有名なパムッカレは、古代遺跡のヒエラポリスに隣接した場所ですから、どちらの見学も楽しみです。(同上)
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ガソリンスタンドに併設されたお店か、その近くの店舗の光景だったようです。記憶に残っていませんが、現地で消費する予定の摘みや、飲み物を購入したかもしれません。(同上)
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暗くなってから到着した、パムッカレの町の光景だったようです。パムッカレの石灰棚の光景は、明日紹介しますが、トルコ語で『綿の城』の意味とされるようです。数千年をかけ積みあがった石灰質の棚は、『その厚さが300メートル』と、手元の旅行ガイドに記されていました。(同上)
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泊まったホテルで頂いた、この日の夕食です。野菜たっぷりの、大皿に盛られた料理とスープが最初に出されました。前菜もメインディッシュも兼ねているようでした。飲み物の選択に少し迷いましたが、ビールとハウスワインの赤ワインにしました。この日は、昼も夜もワインを堪能しました。(同上)
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『EFES(エフェス)』の表示がありました。『エフェス(トルコ語: Efes)』はトルコのイスタンブールに本社を置く飲料企業、及びその主力商品であるビールのブランド名とされます。今日見学した、エフェス遺跡に因む名前です。コメは醗酵過程において香りづけに何ら貢献しませんが、醸造段階においてコメを加える事により独特の味わいを持つという主張がなされています。アルコール度は5%です。(同上)
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パムッカレで泊まったホテルの自室の紹介です。石灰棚の見学には、早朝が一番らしく、パムッカレにアクセスのよい場所のホテルだったようです。石灰棚の見学では、中国旅行の時の『黄龍・九塞溝』の光景が強く印象に残っています。(同上)
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