2008/10/14 - 2008/10/21
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旅人のくまさんさん
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エフェス遺跡紹介の続きです。エフェソスは英語表記ですが、古典ギリシア語読みではエペソス、エフェソ、エペソとも表記されるようです。トルコ語表記ではエフェスとされますので、この表現を用いました。(ウィキペディア、旅行ガイド・トルコ)
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イチオシ
保存状態が良い、三本の石柱が並び立ち、その上の梁も揃った建築遺物の光景です。建築様式ギリシャ建築での建築様式は、イオニア式になるようです。(同上)
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レンガが積まれた物か、切り揃えた石が積まれた物か、判断が付きませんでした。厚みなどが不揃いですから、切石が正解のようです。材質的にも、その方がイメージに合っていました。(同上)
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写真は、右側に並ぶ石柱列と、左側が石材を積んだ城壁のようです。修復されたらしい石柱列は、高さが不揃いで、材質もグループで異なっているようでした。石柱列と城壁の間は、綺麗に整備された石畳でした。(同上)
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右側の石柱列の中から、ズームアップしての紹介です。この写真で見る範囲では、繋ぎ目はありませんでした。しかし、自然の石材にしては整いすぎて、石肌の模様もありません、推測ですが表面の装飾に『ローマン・コンクリート(古代コンクリート)』が使われているのかも知れません。古代コンクリートは、鉄筋を持たないため、中性化してもコンクリート自体の強度は数千年間保たれ続けます。ただし、無筋コンクリートですから、曲げや引張力に対しては脆いという欠点があります。(同上)
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くり抜かれた敷石の間から顔を覗かせた、金属部品の光景です。現代でも見かける穴の開いた留め金具と、その留め金具に通された現状そうなリングです。年代を経ているようでした。(同上)
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アカンサスの葉が彫刻された、大理石の部材です。高いところから落下してきた建築部品のようです。ギリシャ建築の代表的な3オーダーの中では、コリント式と呼ばれる様式になります。(同上)
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同じく、石柱の頂部に使用されていた部材のようです。渦巻き状の文様は、ギリシャ建築の代表的な3オーダーの中では、イオニア式と呼ばれています。(同上)
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ずらりと並んだ、高さが揃った丸い石柱列の光景です。先ほど紹介した2種類の建築部材は、この円柱の頂部か、あるいは、柱を繋ぐ梁(はり)辺りから落下したものかも知れません。(同上)
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エフェスの歴史を華やかにさせてくれる出来事に、エジプト女王のクレオパトラの来訪があります。その出来事を紹介します。まずは主人公のクレオパトラの紹介です。クレオパトラ7世フィロパトル(紀元前69年~紀元前30年8月12日)は、古代エジプト、プトレマイオス朝のファラオ(女王)でした。普通、クレオパトラと言えば彼女を指します。プトレマイオス朝の最後の女王で、ガイウス・ユリウス・カエサルやマルクス・アントニウスらとのロマンスで知られます。プトレマイオス朝自体がアレクサンドロス3世の部下プトレマイオス1世による支配から始まったため、クレオパトラもギリシャ系です。『クレオパトラ』の呼び名は、古代ギリシャ語の『クレオパトロス(父の栄光)』の女性形です。「絶世の美女」として知られます。(同上)
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次は、先ほどの紹介で名前を出した『ガイウス・ユリウス・カエサル(紀元前100年~紀元前44年)』の紹介です。古代ローマで最大の野心家と言われ、マルクス・リキニウス・クラッスス及びグナエウス・ポンペイウスとの第一回三頭政治と内戦を経て、永久独裁官(ディクタトル・ペルペトゥオ)となりました。『カエサル』の名は、帝政初期にローマ皇帝が帯びた称号の一つです。(同上)
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最後は、『マルクス・アントニウス(紀元前83年~紀元前30年8月1日)』の紹介です。マルクス・アントニウスは、共和政ローマの政務官で、第二回三頭政治の一頭として権力を握りましたが、その後はガイウス・ユリウス・カエサルの姪の息子オクタウィアヌス(後の初代ローマ皇帝アウグストゥス)に敗北しました。ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『アントニーとクレオパトラ』でも知られています。(同上)
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主人公が出揃ったところで、クレオパトラ7世の紹介です。父は紀元前80年~紀元前58年および紀元前55年~紀元前51年のファラオである『プトレマイオス12世(アウレテス)』です。プトレマイオス朝末期の王家の系図に不備があるため母は特定できていませんが、クレオパトラ5世、クレオパトラ6世、あるいは氏名不詳の女性の説があります。歴史家ヴェルナー・フスは、紀元前69年頃にプトレマイオス12世はクレオパトラ5世と離婚してメンフィスの有力な家系の女性と結婚していて、この女性がクレオパトラ7世の母としていますが、定説には至ってないようです。即位前の政治状況です。共和政ローマはエジプト産の穀物を必要としており、セレウコス朝シリアの攻撃を受けたプトレマイオス6世がローマに助けを求めて以降、プトレマイオス朝はその影響下に入りました。(同上)
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帝政ローマ時代の著述家・プルタルコスによると、カエサルに召喚された女王は、シチリア人のアポロドロスという者と夜陰に乗じて忍び込み、寝具袋に入った彼女を友人に縛らせ、カエサルの元に運ばせたといい、この大胆なクレオパトラに魅せられたカエサルでした。歳は30歳ほど離れていました。(同上)
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クレオパトラはアントニウスと組んで、オクタウィアヌスと戦いましたが、クレオパトラ死亡の誤報によりアントニウスは自殺し、クレオパトラも後を追いました。クレオパトラがアントニウスともうけていた3人の子供たちは、オクタウィアヌスの姉にしてアントニウスの前妻であるオクタウィアに預けられ、養育されました。(同上)
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この石材には、葡萄の房が彫刻されているようでした。かなり風化していましたが、その葡萄の房のズームアップ光景です。古代から、大切な食物や、飲み物だったようです。(同上)
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イチオシ
『ドミティアヌス宮殿』の遺跡光景です。『ドミティアヌス(51~96年)は、ローマ帝国の第11代皇帝で、在位は81年から96年まででした。暗殺され、フラウィウス朝最後の皇帝となりました。彼の生前に計画されたものでしたが、暗殺されたことにより、彼の父が祀られる建物となりました。(同上)
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イチオシ
『ポリオの泉』のアーチ門の光景です。金属製の補強によって、からくもアーチを保っていました。紀元97年に『セクテリウス・ポリオ』が造った泉とされます。裕福な市民だったらしく、完成したものを寄贈したようです。(同上)
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トロイ戦争における、オデッセウスの冒険の一部を記した彫刻の『休息をとる戦士像』がここから出土したとされます。現在は、エフェス考古学博物館に保存されているようです。(同上)
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真偽のほどは不確かですが、噴水の水は、20キロ~42キロ離れた三つの水源から、水道橋を通ってエフェソスまで運ばれていたようです。その水路は、焼かれた粘土パイプだったようです。(同上)
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体は大きなワンちゃんですが、見るからに大人しそうな顔をしていました。普段から、吠えることがないような姿は、遺跡の無言の守役のようです。歳は分かりませんが、ワンちゃんの世界の長老かも知れません。(同上)
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東洋風の表現ですと、唐草文様の彫刻です。葡萄の蔓と葉を文様化したもののようでした。今では廃材のようになってしまいましたが、かつての石造建築を飾ったもののようです。(同上)
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同じく、唐草文様などが刻まれた遺物の光景です。自然に壊れたものではなく、破壊されたような傷に見えました。もし、自然による破壊であれば、大地震が襲った可能性はあります。(同上)
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個別に遺跡の名前などの紹介はできませんでしたが、密度濃く石柱をはじめとする石造建築があった場所の光景です。アッパー・タウンの一角になるようです。(同上)
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紀元前430年頃に登場した『コリント式』です。その柱頭を持つ石柱頭部のズームアップ光景です。地中海沿岸地方に自生するアカンサスという多年草の葉をモチーフにしています。『イオニア式』よりも、さらに装飾性を増しました。ただし、柱の部分には、フルートと呼ばれる溝彫りは、されていません。(同上)
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エフェス遺跡の『アッパー・タウン』と、『ロウワー・タウン』についての紹介です。『アッパー・タウン』は、日本風に表現すれば、『山の手』、『ロウワー・タウン』が、庶民的な『下町』になるようです。その間を繋ぐのが、この後紹介します『クレティア通り』になるようです。(同上)
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装飾というより、記号のようなものがレリーフにされた大理石の光景です。単純に見える文様が繰り返されていました。(同上)
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『クレティア通り』から見下ろしたダウン・タウン方面の光景です。中央やや左手に見えているのが、117年に完成したセルスス図書館です。1万冊の蔵書を持ったとされますが、263年、ゴート族の襲撃により、焼失しました。(同上)
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同じく、『クレティア通り』の上から見下ろした光景です。写真の左端部分に『セルスス図書館』が見えています。『クレティア通り』からは、『大理石通り』を経て、『港通り(アルカディアン通り)』に至ります。(同上)
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2世紀に造られた『ヘラクレスの門』のようです。当時、大人気の英雄だったようです。『ヘラクレス(ヘーラクレース)は、よく知られているように、ギリシャ神話の英雄です。ギリシャ神話で登場する多くの半神半人の英雄の中でも、最大の存在です。のちにオリュンポスの神に連なったとされます。(同上)
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ヘラクレス像のズームアップ光景です。ペルセウスの子孫であり、ミュケーナイ王家の血を引きます。幼名をアルケイデースといい、祖父の名のままアルカイオスとも呼ばれていました。12の功業を行う際、ティーリュンスに居住するようになった彼をデルポイの巫女が 『ヘーラーの栄光』を意味する『ヘーラクレース』と呼んでから、そう名乗るようになりました。キュノサルゲス等、古代ギリシャ各地で神として祀られ、古代ローマにおいても盛んに信仰されました。その象徴は弓矢、棍棒、鎌、獅子の毛皮です。星座名の『ヘルクレス座』は彼の名に因みます。(同上)
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