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hiroさんのクチコミ(10ページ)全489件

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  • 優雅にデコレーションが施された店内は女性を中心にお薦めできるビュッフェレストランです!

    投稿日 2020年09月13日

    ロビーラウンジ 「マーブルラウンジ」 ヒルトン東京 新宿

    総合評価:4.0

    『マーブルラウンジ』は、「ヒルトン東京」1階のロビーフロアから2階まで開放感あふれる吹き抜け空間として中央部分に螺旋階段のある「ロビーラウンジ」にゆったりと配置された全208席からなる「ビュッフェレストラン」であり、モーニング・ランチ・デザート・ディナーと1日のそれぞれの時間帯に合わせて季節ごとに定めたテーマを基にしたメニューを提供しています。
    ちなみに「ヒルトン東京」は、日本で初めての外資系ホテル「東京ヒルトンホテル」として1963年(昭和38年)に千代田区永田町にオープンした後の1983年(昭和58年)に一旦閉館していますが、翌年の1984年(昭和59年)に現在の新宿新都心(西新宿)に日本初となる外資系100%の資本による「東京ヒルトン インターナショナル」を新たにオープンし、その後に名称を現在の「ヒルトン東京」に変更している日本における外資系ホテルの先駆けのホテル施設です。
    今回は、家族内のお祝い事による休日のディナー目的で『マーブルラウンジ』で開催されていたフランス国王ルイ16世の王妃である「マリー・アントワネット」をテーマに「華麗なるマリー・アントワネットの晩餐会」と題した”デザート&ディナー「お気に召すまま」”のプランに予約を入れて利用しました。
    ビュッフェスタイルのレストランですが、前菜類はグラスや小プレートなどを用いてオシャレに盛り付けられており、スープ・シーフード・メイン料理などはシェフやスタッフの方が直接それぞれお皿などに盛り付けて提供してくれるので、トングなどを使いまわしすることはありませんでした。
    また、各種チーズ類・デザート類については、優雅にデコレーションされたワゴンにのせてスタッフの方が各テーブルを廻り希望に合わせて盛り付けしてくれるなど新型コロナウイルス感染防止対策が施されており、スタッフの方のきめ細かい対応とゆったりとしたテーブル席でくつろぎながら食事を楽しむことができました。
    料理の種類はそれほど多くはありませんが、それぞれの料理の質の高さが感じられ我が家ではメイン料理の牛肉をきのこデュクセルとブリオッシュで包んで焼き上げたシェフのお薦めである”ビーフ・ウェリントン”が好評でした。個人的には”スズキのポワレ”が美味しかったです。
    また、たっぷり食べたい方にはボリュームのある”ビーフシチュー”がお勧めできます。
    そのほかにデザート類が充実しており女性同士のグループで食事をしている方が多く見受けられ、店内にも18世紀のフランス宮廷の優雅なロココ様式を連想させるデコレーションが施されたフォトジェニックなコーナーもあり女性に人気のレストランであると感じました。
    「ヒルトン東京」へのアクセスは、東京メトロ・丸の内線「西新宿駅」C8出口から徒歩2分程度、都営地下鉄・大江戸線「都庁前駅」より徒歩2分程度です。
    また、「新宿駅」西口の「京王デパート前(バス停21番乗り場)」からホテルまで「無料シャトルバス」(所用時間5分程度・20分間隔)もありますが、新型コロナウイルス感染拡大防止対策で運休中となっていますので注意が必要です。

    旅行時期
    2020年08月
    利用した際の同行者
    家族旅行
    一人当たり予算
    7,500円未満
    利用形態
    ディナー
    アクセス:
    4.0
    東京メトロ丸の内線・西新宿駅C8出口から徒歩2分程度です。
    コストパフォーマンス:
    4.0
    サービス:
    4.0
    優雅にデコレーションされたワゴンに各種チーズ類・デザート類をのせてスタッフが各テーブルを廻ります。
    雰囲気:
    4.0
    ゆったりとしたテーブル配置で優雅な雰囲気を味わえます。
    料理・味:
    4.0
    料理の種類はそれほど多くはありませんが、それぞれの料理の質の高さが感じられます。
    バリアフリー:
    4.0
    ゆったりとしたテーブル配置となっています。
    観光客向け度:
    4.0
    18世紀のフランス宮廷の優雅なロココ様式を連想させるデコレーションが 施されたフォトジェニックなコーナーがあります。

  • 長閑な里山の田園風景を眺めながら癒されます!

    投稿日 2020年09月06日

    道の駅 「三芳村」鄙の里 富浦・富山

    総合評価:4.0

    『道の駅 三芳村 鄙(ひな)の里』は、富津館山自動車道「富浦インターチェンジ」から自動車で12分程度(およそ6.4キロメートル)となる南房総のほぼ中央部分となる県道88号に面した場所に位置する長閑な里山の田園風景に囲まれた「道の駅」です。
    『道の駅 三芳村 鄙の里』のある南房総市の歴史は、戦国時代初期から代々続く安房国主の「安房里見」氏によって嶺岡山(現在の南房総市大井)一帯で本格的な軍馬の育成が行われ、江戸時代初期の1614年(慶長19年)になると徳川幕府直轄の「嶺岡牧」として継承されています。
    徳川幕府第8代将軍「徳川吉宗」の時代である江戸時代中期になると「嶺岡牧」で輸入された3頭のインド産・白牛が飼育されるようになり、徳川幕府への献上品としてバターに似た乳製品「白牛酪」の製造が始まり「日本酪農発祥の地」とされ、現在も酪農が盛んな地域となっています。
    『道の駅 三芳村 鄙の里』の施設では、地元の野菜や山菜を中心に使用している農村レストラン「カントリーマム」、三芳地区のこだわり低温殺菌の牛乳などが充実した「乳製品コーナー」やお土産品などの特産品を取り揃えた天井の高いメインの建物のほかに地元の新鮮な野菜や米などのほか地元で栽培されているドラゴンフルーツやパッションフルーツなどの熱帯フルーツが充実した農産物とともに花や植物の苗などを揃えている小規模な温室からなる直売所の「土のめぐみ館」、田園風景を眺めながらくつろげる「足湯コーナー」が整備されています。
    今回は、家族でドライブ中の休憩で立ち寄りましたが、昼食後だったので特に飲食などの利用をしないで「土のめぐみ館」を中心に見て廻り野菜などの買い物をしました。
    以前にも(10年以上前)立ち寄り三芳地区のこだわり牛乳を用いたソフトクリームを食べたことがありますが、コクと風味が感じられ牛乳の質の高さが伝わってくる逸品であり新鮮な農産物とともに乳製品はお薦めできます。
    そのほかにテレビ番組で紹介されたこともある屋台で販売している200グラムの国産牛100%パティを使用しているビッグサイズな「ビンゴバーガー」とあわせて、地方に隠された宝物を選ぶグランプリである「にっぽんの宝物 JAPANグランプリ 2017」のスイーツ部門で準グランプリを受賞した地元の食材を使用しているカスタードプリンの「金プリン」と和風プリンの「銀プリン」など気になる商品もいくつかありました。
    機会があれば、また立ち寄って気になる商品を食べてみたいと思います。
    南房総を訪れた際は、海岸に近い「道の駅」を利用しがちになりますが、内陸部にある『道の駅 三芳村 鄙の里』は、長閑な里山の田園風景を眺めながら食事や足湯で休憩したりして心身ともにリフレッシュすることができる「道の駅」です。

    旅行時期
    2020年08月
    バリアフリー:
    4.0
    トイレの快適度:
    4.0
    お土産の品数:
    4.0
    地元の新鮮な農産物と乳製品が充実しています。

  • イベントスペースとしても利用可能な文化と賑わいの発信拠点となる公園です!

    投稿日 2020年08月30日

    中池袋公園 池袋

    総合評価:3.5

    『中池袋公園』は、「JR池袋駅・東口」(32番出口)から徒歩4分程度(およそ280メートル)に位置する「旧・豊島区役所」・「旧・豊島公会堂」・「旧・としま区民センター」に隣接する豊島区の公園(敷地面積:1,785.97平方メートル)として1950年(昭和25年)に開園しています。
    2000年(平成12年)には、公園敷地内に身障者対応トイレやスモーキングエリアを設ける改修工事が実施されており、ケヤキなど高木の樹木による木陰が確保された砂地の敷地でビルの谷間のオアシス的な存在としてくつろぎのある空間となっていました。
    その後の2014年(平成26年)に「日本創成会議」が発表した全国自治体の将来人口推計により、東京23区唯一の「消滅可能性都市」に豊島区が選ばれたことをきっかけに豊島区の「持続発展都市」を目指した対策の一環として2016年(平成28年)に策定した「国際アート・カルチャー都市構想実現戦略」に基づき、「旧・豊島区役所」・「旧・豊島公会堂」・「旧・としま区民センター」のそれぞれの跡地と『中池袋公園』の敷地を含めたエリアを”国際アート・カルチャー都市としま”のシンボルとなる個性の異なる8つの劇場を持つ国際的で多様な文化と賑わいの発信拠点を目指した豊島区と民間企業の連携によるビッグ・プロジェクトによって「Hareza(ハレザ)池袋」が2020年(令和2年)にグランドオープンしています。
    『中池袋公園』は、「Hareza池袋」のグランドオープンに先立ち、2019年(令和元年)に文化と賑わいの発信拠点となるイベントスペースとしても利用可能な天然石舗装のフラットな広場としてリニューアルオープンしています。
    ちなみに「Hareza池袋」の施設は、『中池袋公園』を中心に隣接している「旧・豊島区役所」の跡地に新築した飲食店などの各種店舗(1階・7階)とシネマコンプレックス「TOHOシネマズ池袋」(2階~6階:10スクリーン)およびオフィス(8階~32階)からなる複合施設棟の「Hareza Tower」(地上33階、地下2階、高さ158.28メートル)、「旧・豊島公会堂」の跡地に新築した多目的ホール(1300席)やライブ劇場(500名収容)・スタジオなどのホール棟の「東京建物 Brillia HALL(正式名称:豊島区立芸術文化劇場)」(地上8階、地下1階、高さ41.27メートル)、建て替えにより新しく生まれ変わった「としま区民センター」(地上9階、地下3階、高さ39.384メートル)の3棟で構成されており、地上2階部分で各建物を歩行者デッキで結び建物外観も統一されています。
    リニューアルオープン前の『中池袋公園』にも「旧・豊島公会堂」などを利用する際によく立ち寄っていましたが、今回は「Hareza池袋」のグランドオープン後に『中池袋公園』がどのようになっているのか気になり立ち寄ってみました。
    リニューアルオープン後の『中池袋公園』は、天然石舗装とともに天然石のベンチが点在するの開放的なオープンスペースに生まれ変わっており、敷地内の一画に「としま区民センター」の一つ隣りの建物「アニメイト池袋本店」の関連施設であるドリンクメニューを中心にアニメに関連したコラボメニューを揃えているスタンド形式のカフェ「アニメイトカフェスタンド Hareza池袋」もオープンしており、”国際アート・カルチャー都市としま”および”アニメの聖地・池袋”としても世界に発信する拠点としてさまざまなイベントが企画され益々賑わいのある公園として発展していくエリアになる雰囲気を感じました。
    今後も『中池袋公園』で企画されるイベントなどにも注目していきたいと思います・・・

    旅行時期
    2020年08月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.5
    JR池袋駅・東口(32番出口)から徒歩4分程度です。
    人混みの少なさ:
    4.0
    バリアフリー:
    4.5
    段差の無い天然石舗装の公園です。
    見ごたえ:
    3.5
    Hareza池袋エリアの一部となるイベントスペースとしても利用可能な公園です。

  • 歴史とともに港町の地域に根付いた神社であることが伝わってきます!

    投稿日 2020年08月23日

    水祖神社 隠岐諸島

    総合評価:3.5

    『水祖(みおや)神社』は、日本海に浮かぶ島根県の隠岐諸島(有人島:4島、無人島・小島:約180島)の中で最大の有人島となる「島後(隠岐の島町)」の海の玄関口「西郷港フェリーターミナル」から徒歩5分程度(およそ400メートル)の「八尾川(やびかわ)」に架かる「天神橋」を渡ってすぐ「隠岐プラザホテル」の隣りに位置する港町天神原に鎮座する神社です。
    主祭神は、日本における代表的な水の神の「罔象女神(みつはのめのかみ)」とされ、相殿に天満天神として信仰の対象で学問の神として親しまれる「菅原道真」が祀られています。
    『水祖神社』由緒によると大昔に「八尾川」上流沿いの中條地区の小さな祠に「菅原道真」公を祀った「天神社」があり、大水の発生で山のように積まれていた蒅(すくも)や藁(わら)束が押し流され『水祖神社』境内にたくさん流れ着き、その中に祠に入った「天神様」が現われ『水祖神社』の氏子たちにより合祀されたとしています。
    また、『水祖神社』の森の裾野は満潮時には浅瀬となり潮が引くと陸地になる様子を”水の原(ミノハラ)”と言い、この地に現われた「天神様」として「みのはらの天神」と呼ぶようになっており、現在も「天神さん」の愛称で親しまれています。
    『水祖神社』の創建は不祥とされておりますが、平安時代中期となる927年(延長5年)に編纂された日本の国家規範の中核であり文化を育み続けてきた膨大な法典である「延喜式(えんぎしき)」の巻9・10「神名帳」によると山陰道神隠岐国周吉郡『水祖神社』に比定される式内社(小社)とされ、平安時代中期に官社として認定されていた由緒ある神社として知られていたことになります。
    ちなみに「八尾川」のおよそ2.2キロメートル上流となる隠岐の島町八田榎原にも『水祖神社』が存在するため「神名帳」に記載の『水祖神社』は、比定としての扱いになります。
    また、戦国時代で有名な「本能寺の変」の2年後となる1554年(天文22年)の棟札によると「天満大自在天神」、そのほか江戸時代初期の第3代将軍「徳川家光」の時代となる1646年(正保3年)および第4代将軍「徳川家綱」の時代となる1670年(寛文10年)の棟札でも「天満天神」を祀る社とされ、1667年(寛文7年)に著された隠州(隠岐国)の地誌「隠州視聴合紀」(隠岐諸島に関する最古の地誌:写本のみ現存)および1688年(貞享5年)に著された地誌「増補隠州記」においても「天満宮」として記載されているなど長きにわたり「天神さん」として親しまれたことが伺えます。
    1823年(文政6年)に著された地誌「隠岐古記集」においては「郷祖神社」と記載されていますが、明治維新後に社号を『水祖神社』とし、1872年(明治5年)の「近代社格制度」による旧社格が「郷社」となっています。
    今回は、団体で”西郷湾と八尾川”を「かっぱ遊覧船」で周遊するコース(45分)と”西郷漁港の港町”を徒歩で巡るコース(45分)のセットプランによる観光で船上と陸上からガイドの方の解説付で『水祖神社』に立ち寄りました。
    『水祖神社』の境内には、「八尾川」に面した東側正面に『水祖神社』の神額が掲げられた鳥居と「隠岐プラザホテル」に隣接する南側に「天満宮」の神額が掲げられた鳥居とともにそれぞれの鳥居に狛犬が配置されているほか手水舎、大きな拝殿とその背後に全景を見ることができませんが1981年(昭和56年)に改築・移転工事がおこなわれた本殿があり、本殿背後の裏山は古墳であるとも伝えられています。
    他に参拝者もなく派手さはありませんが境内はきれいに清掃されており、歴史とともに港町の地域に根付いた神社であることが伝わってきます。
    「島後」の海の玄関口「西郷港フェリーターミナル」からの徒歩圏内でなので、「島後」からフェリーを利用して移動するまでの待ち時間などがある場合の散策にお勧めします。

    旅行時期
    2019年08月
    利用した際の同行者
    社員・団体旅行
    アクセス:
    4.5
    西郷港フェリーターミナルから徒歩5分程度(およそ400メートル)です。
    人混みの少なさ:
    4.5
    他に参拝者はいませんでした。
    バリアフリー:
    3.0
    拝殿は階段があります。
    見ごたえ:
    3.5
    派手さはありません。

  • 江戸時代から明治維新後の近代史について周辺を散策しながら歴史を学べるエリアです!

    投稿日 2020年08月22日

    日本橋川 日本橋

    総合評価:4.0

    『日本橋川』は、JR「水道橋駅」西口付近を流れる「神田川」の「小石川橋」を下流に下り「神田川」から分岐する地点を起点に「首都高速道路・箱崎ジャンクション」の南側となる「豊海橋」を下流に下り「隅田川」の「永代橋」より少し上流部分で「隅田川」と合流する地点を終点とする千代田区および中央区の区間にわたる河川延長がおよそ4.8キロメートルとなる荒川水系の一級河川です。
    1590年(天正18年)に「徳川家康」が初めて江戸に入府した当時の関東平野は不毛の湿地帯が広がる地域であり、「徳川幕府」が誕生した1603年(慶長8年)以降から「江戸城」を中心に外濠や運河の開削工事などの大改造に伴う江戸府内の街造り整備事業が本格的にはじまり、『日本橋川』も整備されるとともに「日本橋」(木造太鼓橋)が『日本橋川』に架けられ江戸と全国各地を結ぶ重要街道となる「五街道」(東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道)の起点となっています。
    その「日本橋」を中心に全国各地から多くの人々が往来するよになったことに加えて『日本橋川』を利用した水上交通による物流も盛んになり「日本橋魚河岸」をはじめとした露店や物売りなどの町人長屋がつらなる商業の発展とともに人々が集まることにより娯楽施設となる「江戸歌舞伎」や「人形浄瑠璃」の芝居小屋など興行地として文化の発展も加わり江戸府内で最も活気溢れる地域として賑わい世界有数の大都市として成長していく江戸の街が形成されていく過程で『日本橋川』は重要な役割の一端を担っていました。
    現在の『日本橋川』には、1911年(明治44年)に竣工した日本道路網の起点となるシンボル的なルネッサンス様式の石造二連アーチ橋(橋長49.5メートル・橋幅27.5メートル・アーチ径間21メートル)である「日本橋」を含めて全部で27基(一般自動車道路橋梁:22基・歩行者専用橋梁:2基・歩行者専用橋梁復旧工事中:1基・鉄道橋梁:2基)の橋梁が架かっており、各橋梁のさらに上空部分を1964年(昭和39年)の「東京オリンピック」開催を契機として事業が促進された「首都高速道路」整備事業により、「首都高速道路」の高架道路が『日本橋川』河川延長のおよそ9割部分を覆うように建設されています。
    今回は、1999年(平成11年)に技術的・デザイン的に優れた明治期を代表する現役の石造アーチ道路橋という点で貴重であるとして国の重要文化財に指定されている「日本橋」を散策し、現在の「日本橋」が竣工して80周年を期して1991年(平成3年)に実施された橋詰め廻りの整備事業によって完成した「日本橋魚河岸記念碑」のある「乙姫広場」(北詰東側)、「東京市道路元標」などがある「元標の広場」(北詰西側)、「日本橋船着場」が整備されている「滝の広場」(南詰東側)、「日本橋由来記の碑」などがある「花の広場」(南詰西側)の「日本橋」橋詰にある広場をぐるりとひと廻りして短時間でしたが『日本橋川』の水上交通を利用しながら発展した「日本橋」周辺に関する歴史を改めて学び楽しむことができました。
    また、「日本橋」周辺のほかに「江戸城」正門である「大手門」へ向かう外郭正門であった「常磐橋門跡」のある「常盤橋公園」と『日本橋川』を挟んで「外堀通り」につながる西洋近代的な意匠を取り入れた最初の石橋として1877年(明治10年)竣工した『日本橋川』に架かる石造二連アーチ橋(橋長28.8メートル・橋幅12.6メートル)の「常磐橋」とその周辺も『日本橋川』の気になるエリアのひとつです。
    「常磐橋」は、2011年(平成23年)に発生した「東日本大震災」の影響により崩橋する危険性があるとして復旧工事が実施されており、「常盤橋公園」も復旧工事関係の資材置き場となり閉鎖中の状況です。
    ちなみに「常磐橋」は、1928年(昭和3年)に国の史跡として「常磐橋門跡」とともに「国史跡常盤橋門跡」として指定されています。
    機会があれば、復旧工事完了後に「常磐橋」周辺を散策してみたいと思います。
    『日本橋川』は、江戸時代から明治維新後の近代史について周辺を散策しながら歴史を学べるエリアでお薦めできます。

    旅行時期
    2019年12月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    バリアフリー:
    3.0
    日本橋は、滝の広場に段差があります。
    見ごたえ:
    4.0
    江戸時代から明治維新後の近代史について周辺を散策しながら歴史を学べます。

  • 開放的なオープンテラスのテーブル席は、リゾート気分を満喫できます!

    投稿日 2020年08月16日

    Bloom Cafe grande 君津

    総合評価:4.0

    『Bloom Cafe grande』は、館山自動車道「君津インターチェンジ」を降りて、左折してすぐ(およそ350メートル)の場所に位置する千葉県特産の海産物・農産物・お菓子・地酒などの”おみやげ処”、房総の海の幸や季節ごとの食材を使用した料理や漁港から直送した新鮮なネタが自慢の回転寿司などの”食事処”、露天風呂・サウナを完備した”大浴場施設”のほか誰でも利用できる”足湯コーナー”を揃えた鴨川市に拠点を置く”潮騒グループ”が展開する大型観光施設「房総 四季の蔵」にある開放的なオープンテラスのテーブル席などでピザやパスタなどのランチ・ディナーのほかドリンクやスイーツなどを気軽に楽しめる店舗です。
    我が家では、自動車を利用して南房総を訪れた際の行く途中や帰る途中の食事休憩で「房総 四季の蔵」敷地内に建つ古民家を思わせる天井の高い独特な雰囲気の建物内にある食事処「和食レストラン 季楽里」や「地魚回転寿司 丸藤」をよく利用していますが、今回も「和食レストラン 季楽里」でのランチ休憩を目的として「房総 四季の蔵」に立ち寄りました。
    「房総 四季の蔵」の各施設を利用する場合は、会計をする際に「房総 四季の蔵」ホームページにある”クーポン券”を提示すると利用料金が5%引きとなりますので、”クーポン券”を利用してランチの会計をしたところ”潮騒グループ”の各施設(「房総 四季の蔵」のほか、鴨川にある大型観光施設「潮騒市場」、三井アウトレットパーク木更津店にある「房総 四季の蔵 旬彩」)で利用できる10%引きの割引券を頂いたので、この割引券を利用して隣りの建物にある『Bloom Cafe grande』でデザートをいただくことにしました。
    『Bloom Cafe grande』のどことなくエキゾチックなリゾート気分を感じさせる開放的なオープンテラスのテーブル席に座り、店先看板に掲載されていたお薦めの”ふわっふわの かき氷 2020”をいただきました。
    暑い日でしたが、開放的なオープンテラスのテーブル席でリゾート気分を満喫しながら、フレッシュなイチゴと少し酸味のきいている自家製ストロベリーソースのかかったふわふわの食感の冷たい巨大かき氷(氷の下にバニラアイス入り)を美味しくいただくことができました。(濃厚なストロベリーミルクですが、少し酸味のある自家製ストロベリーソースで食べ終わったあとの口の中はサッパリとした感覚です。)
    ”ふわっふわの かき氷 2020”は、店先看板に掲載されている通りお薦めの逸品です!
    また、この巨大なかき氷を暑い日に食べる際は、店内テーブル席よりもリゾート気分が味わえるオープンテラスのテーブル席をお勧めします。

    旅行時期
    2020年08月
    利用した際の同行者
    家族旅行
    一人当たり予算
    1,000円未満
    利用形態
    その他
    アクセス:
    4.0
    館山自動車道・君津インターチェンジ出入口からおよそ350メートルです。
    コストパフォーマンス:
    4.0
    ”房総 四季の蔵”ホームページにある”クーポン券”を提示すると5%引きとなります。
    サービス:
    4.0
    雰囲気:
    4.0
    オープンテラスのテーブル席は、リゾート気分を満喫できます。
    料理・味:
    4.0
    フレッシュなイチゴと自家製ストロベリーソースのかかったふわふわの巨大かき氷は、お薦めです。
    バリアフリー:
    4.0
    観光客向け度:
    4.0
    大型観光施設”房総 四季の蔵”にある店舗です。

  • 荒波のブルーを基調に鍛金(たんきん)技法で表現された芸術性の高いご尊像です!

    投稿日 2020年08月15日

    神田神社(神田明神) 御茶ノ水・本郷

    総合評価:4.0

    『神田明神 えびす様尊像』は、江戸時代初期の1616年(元和2年)に江戸城増築に伴い江戸城の表鬼門守護の場所にあたる現在の地に遷座し「江戸総鎮守」として「神田明神」の名称で当時の江戸庶民から現在も都内千代田区・中央区(神田、日本橋、秋葉原、大手町、丸の内、旧神田市場・築地魚市場など)の108か町会の総氏神として尊崇されている「神田神社」における二ノ宮の商売繁盛の神様とされる”えびす様”こと「少彦名命(すくなひこなのみこと)」のご尊像として2005年(平成17年)に建立されています。
    ちなみに「神田明神」の名称で親しまれている「神田神社」は、一ノ宮に縁結びの神様とされる”だいこく様”こと「大己貴命(おおなむちのみこと)」、三ノ宮にあらゆる勝負運の神とされる平安時代中期の関東の武将「平将門命(たいらのまさかどのみこと)」の3柱を祭神として祀っており、社伝によると奈良時代初期の730年(天平2年)に武蔵国豊島郡芝崎村(現在の千代田区大手町・将門塚周辺)の地に「大己貴命」を祀ったのが始まりとされています。
    また”えびす様”は、海の彼方にある「常世(とこよ)の国」から小さな木の実の殻を舟にして大海原を渡って日本に来訪されたと伝えられている小さな姿の神様で、「神田神社」の一ノ宮である大きな姿の”だいこく様”と力をあわせて日本国を築いた国土開発・事業繁栄の神様、医薬の教えを全国各地に広めた病気平癒・健康増進の祖神、魚群を岸に追い込み大漁をもたらすイルカやクジラにも例えられる海の幸を象徴する神様、さらに小さな姿から”一寸法師”の原型とも言われている日本古来の神様です。
    この『神田明神 えびす様尊像』の造形は、イルカ・タイ・トビウオ・カメなどの海の生物に守られながら荒波の中を木の実の殻に乗っている小さな姿の”えびす様”を「鍛金(たんきん)」(金属を金床や烏口などにあて金槌で打つことで形を変えていく技法)により荒波のブルーを基調に表現された思わず足を止めて見入ってしまう芸術性の高い素晴らしいご尊像です。
    制作者は、数々の受賞歴があり東京藝術大学学長や文化庁長官を歴任した経緯のある東京芸術大学名誉教授であり金工作家の「宮田亮平」氏です。
    『神田明神 えびす様尊像』に出会うまでの自分の中での”えびす様”は、「七福神」でよく描かれている左手に大きな鯛を抱えて右手に釣り竿を担いでいる大柄な姿をイメージしていましたが、この『えびす様尊像』を見て”えびす様”のイメージが一新し、「神田神社」を参拝した際には『神田明神 えびす様尊像』にも手を合わせています。
    今回は、2018年(平成30年)に「神田神社」境内の南西部分に新しく「神田明神文化交流館(EDOCCO)」がオープンしてから初めて「神田神社」を参拝しましたが、「神田神社」境内の配置が以前と少し変わっており神門である「随神門」のある南側道路を手水舎のある西側に少し進んだ道路沿いに位置する「神田明神文化交流館(EDOCCO)」1階アプローチの一画に『神田明神 えびす様尊像』が配置されています。
    いつも参拝者の絶えない人気パワースポット神社でありお茶の水・秋葉原方面に出向いた際には、また参拝してみたいと感じる神社のひとつでお薦めできます・・・

    旅行時期
    2020年01月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    アクセス:
    4.0
    総武線・丸の内線:御茶ノ水駅、千代田線:新御茶ノ水駅、銀座線:末広駅より各々徒歩5分程度です。
    人混みの少なさ:
    3.0
    いつも参拝者の絶えない人気の神社です。
    バリアフリー:
    4.0
    道路と境内の境のL型側溝の段差も低く設計されています。
    見ごたえ:
    4.0
    鍛金技法で表現された芸術性の高いご尊像です!

  • 歌舞伎座の重厚感ある美しい大屋根をまじかで鑑賞できます!

    投稿日 2020年08月13日

    歌舞伎座 銀座・有楽町・日比谷

    総合評価:4.0

    『五右衛門階段』は、国内最大規模の歌舞伎専用劇場として1889年(明治22年)に開場した第一期「歌舞伎座」から数えて4回目の建て替えとなる第五期「歌舞伎座」と高さ145メートルの「オフィスビル」の複合商業施設として2013年(平成25年)に完成した「歌舞伎座タワー」(地上29階、地下4階)の歌舞伎座4階部分の「四階回廊」と歌舞伎座の大屋根部分に位置する5階部分の回遊式の美しい和風「屋上庭園」をつなぐ色鮮やかな朱塗りの屋外鉄骨階段です。
    この『五右衛門階段』からは、「歌舞伎座」の重厚感ある美しい外観を演出している大屋根に使用されている日本三大瓦のひとつで吸水率が低く凍害にも強いとされる「三州瓦」をまじかで鑑賞することができます。
    大屋根に使用されている「三州瓦」の枚数は、およそ10万枚とされており瓦1枚1枚が手作業により形を整えて製造され生産開始からすべての瓦を焼き上げるまでにおよそ1年の期間を要しています。
    その「三州瓦」屋根の先端部分には「歌舞伎座」の座紋である「鳳凰丸」が施されていますが、あとから知った話しによるとそのうちの1枚だけ鳳凰の顔の向きが反転していて『五右衛門階段』から反転した鳳凰の瓦を見つけることができるそうです。
    階段の名前の由来については、「歌舞伎座」大屋根が江戸時代中期から後期となる徳川幕府第10代将軍「徳川家治」の時代である1778年(安永7年)に初演された歌舞伎の演目「南禅寺山門の場」における大盗賊「石川五右衛門」が京都にある南禅寺・山門の上で煙管を吹かしながらの有名なセリフとなる「絶景かな、絶景かな。春の宵は値千両とは、小せえ、小せえ。この五右衛門の目からは、値万両、万々両・・・」の場面を連想させるところから『五右衛門階段』と呼ばれています。
    『五右衛門階段』へのアクセスは、「東銀座駅」(東京メトロ・日比谷線、都営地下鉄・浅草線)3番出口に直結している「歌舞伎座タワー」地下2階の「木挽町広場」左側奥にあるエレベーターホールから専用エレベーター(一番手前のエレベーター)で5階に上がります。
    屋外地上からのアクセスの場合は、「晴海通り(都道304号)」と「昭和通り(都道316号)」の交差する「三原橋」交差点の「昭和通り」に面している「歌舞伎座タワー」西側の「昭和通り口」から建物内に入りエレベーターで4階または5階に上がります。
    今回は、「歌舞伎座」夜の部公演の観劇で16時開場に合わせて「歌舞伎座」前で待ち合わせをしていましたが、待ち合わせ時間前に初めて5階フロアにある歌舞伎の世界を実際に体験しながら楽しめる「歌舞伎座ギャラリー」(有料)と歌舞伎にまつわる先人の碑・黙阿弥の石燈籠と蹲踞(つくばい)などが配置されている「屋上庭園」(無料)から『五右衛門階段』を利用して4階フロアの想い出の歌舞伎俳優の顔写真・過去の「歌舞伎座」(第一期から第四期まで)の模型などが展示されている「四階回廊」(無料)を見て廻り、くつろぎながら楽しむことができました。
    そのほか5階フロアには、「屋上庭園」と隣接して1854年(安政元年)創業の老舗「丸山海苔店」が日本茶の美しさを世界に伝えるために始めた日本茶専門店「寿月堂」などの施設があるので、機会があれば「歌舞伎座タワー」の4階フロアと5階フロアに立ち寄り、「屋上庭園」や「寿月堂」でくつろぎながら『五右衛門階段』から「歌舞伎座」大屋根先端部分の鳳凰の顔が反転している瓦を探してみたいと思います。

    旅行時期
    2020年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    歌舞伎座5階・屋上庭園と4階・四階回廊をつなぐ朱塗りの屋外鉄骨階段です。
    人混みの少なさ:
    4.5
    平日でほとんど貸し切り状態でした。
    バリアフリー:
    3.0
    見ごたえ:
    4.0
    歌舞伎座・大屋根瓦をまじかで鑑賞できます。

  • 本格南イタリア料理と種類豊富なワインなどを味わえる隠れ家的なレストランです!

    投稿日 2020年08月08日

    タンテ グラッツィェ 池袋

    総合評価:4.5

    『タンテ グラッツィェ』は、東京メトロ・副都心線「池袋駅」C3出入口のある「立教通り」を「立教大学」・「リビエラ東京(結婚式場)」方面に向かい「豊島税務署入口」信号を右折(北側の路地)してすぐ、「池袋駅」C3出入口から徒歩2分程度(およそ150メートル)となる「西池袋エリア」に位置するイタリアンレストランです。
    イタリア語で「どうもありがとうございます」という意味の“Tante Grazie”を店名としている南イタリアの民家を彷彿させる4階建ての建物である『タンテ グラッツィェ』は、コンセプトを”都会のオアシスとしてお洒落な大人達のニーズを満たす隠れ家”として2013年(平成25年)にオープンしています。
    1階から4階まである『タンテ グラッツィェ』店内の各フロアは、異なるイメージのオシャレな空間となっており、落ち着いたプライベートスペースが確保された空間での各種宴会やパーティーを企画するためにフロアごとの貸し切り利用が可能であり、種類豊富な各種ワインを中心とした充実のドリンク類とともに日本におけるイタリア料理界の第一人者であるイタリア南部出身の”カルミネ・コッツォリーノ”氏の専門店で修業したのちに本場イタリア・シチリア島にわたり修行を積み重ねたベテラン・シェフの本格南イタリア料理が味わえるレストランでもあります。
    今回は、お祝いごとのお酒を交えたディナー目的により12名で4階フロアを貸し切りとしての利用でした。
    4階フロアは、温かみのあるレンガ調タイル貼りの壁が特徴の落ち着きのある空間と開放的な窓ガラス越しに西池袋の景観を楽しめるテラスデッキをイメージしたサンルーフスペースがあり、予約した食事の時間になるまでサンルーフスペースで夕暮れ時の西池袋の街並みを眺めながらの団らんでくつろいだのちに、落ち着きのあるレンガ調タイルの空間でこだわりのワインとともに本格南イタリア料理の品々を堪能することができました。
    また、店内にはエレベーターが設置されいてバリアフリー対策などの配慮も感じられるレストランでもあり、機会があればまた利用したいと思います。
    「立教通り」から路地に入ってすぐの場所に位置する本格南イタリア料理と種類豊富なワインなどを味わえる南イタリアの民家を彷彿させる隠れ家的な『タンテ グラッツィェ』は、お薦めできるイタリアンレストランです!

    旅行時期
    2020年03月
    利用した際の同行者
    その他
    一人当たり予算
    7,500円未満
    利用形態
    ディナー
    アクセス:
    4.0
    東京メトロ・副都心線の池袋駅C3出入口から徒歩2分程度です。
    コストパフォーマンス:
    4.0
    サービス:
    4.0
    雰囲気:
    4.5
    外観は南イタリアの民家を彷彿させ、店内は落ち着きのあるオシャレな空間となっています。
    料理・味:
    4.5
    南イタリアで修行経験のあるベテラン・シェフの本格南イタリア料理を味わえます。
    バリアフリー:
    4.5
    4フロアある店内には、エレベーターが設置されています。
    観光客向け度:
    4.5

  • 日本で3番目に古い装飾用噴水として制作されたものです!

    投稿日 2020年08月02日

    日比谷公園 銀座・有楽町・日比谷

    総合評価:4.0

    『日比谷公園 鶴の噴水』は、もともと「日比谷入江」と呼ばれる海辺の湿地帯が広がる地形であり、「徳川家康」が江戸に入府した以降に埋め立てられ幕末まで大名の上屋敷が立ち並び明治維新後には「大日本帝国陸軍近衛師団練兵場」が設置されましたが、1903年(明治36年)にドイツの公園を範としながら部分的に日本庭園の手法も加えた日本初の「洋風近代式公園」(洋風7割・和風3割)として開園した「日比谷公園」西側部分の緑地帯に整備されたドイツ風庭園洋式の池「雲形池(くもがたいけ)」の中央部分に設置されている噴水です。
    鶴が翼を広げて天を仰ぎくちばしから水を噴く姿の『鶴の噴水』は、園内の案内板によると1905年(明治38年)ごろに日本を代表する鋳金・鋳造の工芸家・彫金家であった東京美術学校(現在の東京芸術大学)の「津田信夫」氏と「岡崎雪声」氏の共同制作によるブロンズ製の装飾用噴水とされていますが、「日比谷公園」開園当初に設置されていたとされる資料もあるようです。
    その後に昭和初期の太平洋戦時下になると『鶴の噴水』台座部分のブロンズが戦局の激化に伴う武器生産に必要な金属資源などの不足を補うための金属類回収令によって、現在の石造台座に改修されていまが、日本における装飾用噴水の設置された歴史として『鶴の噴水』が3番目に古い制作と言われています。
    ちなみに日本最古と言われている装飾用噴水は、1878年(明治11年)ごろ「鎮西大社諏訪神社(長崎)」境内に奉納(現在は長崎公園内に復元された噴水が設置されています)されたものとされ、詳細は定かではありませんが1898年(明治31年)に開園した「箕面公園(大阪)」に設置(現存していません)されていたとされる噴水が2番目に古いと言われています。
    今回は、東京メトロ丸ノ内線「霞ヶ関駅」からJR山手線「有楽町駅」方面に向かう際に「日比谷公園」の西側「霞門」から「雲形池」に立ち寄り北東側「有楽門」までの公園敷地内の区間を徒歩で通りました。
    短時間でしたが、木々に囲まれた「雲形池」に響く『鶴の噴水』の心地よい水音に耳を傾けて和むことができました。
    『鶴の噴水』が設置されている「雲形池」周辺は、四季折々の草花や樹木のほかにもさまざまな記念碑などがあるので、機会があればゆっくりと四季折々の「雲形池」周辺の景観とともに近代史について歴史探索などをしながら楽しみたいと思います・・・
    ちなみに「日比谷公園」は、1989年(平成元年)に公園に対する愛護の精神を高め整備を推進するために「日本公園緑地協会」などが選定した「日本の都市公園100選」に選ばれ、2007年(平成19年)になると景観法による「景観重要公共施設(景観重要都市公園)」に指定されている都立公園であり、開園当初から現在に至るまで100年以上にわたり”東京のシンボル的公園”として庶民に親しまれています。

    旅行時期
    2020年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    東京メトロ:日比谷駅・霞ヶ関駅、都営地下鉄:日比谷駅、JR:有楽町駅から徒歩圏内です。
    人混みの少なさ:
    4.0
    平日の午後でしたが、園内ベンチで休憩したり散策する人がまばらでにいる程度でした。
    バリアフリー:
    3.5
    見ごたえ:
    4.0
    四季折々の雲形池周辺の景観で楽しめます。

  • コンパクトなボート型の観光遊覧船で海面に近い位置に座って風を感じながら景観を楽しめます!

    投稿日 2020年08月01日

    かっぱ遊覧船 隠岐諸島

    総合評価:4.0

    『かっぱ遊覧船』は、日本海に浮かぶ島根県の離島となるおよそ180の群島からなる隠岐諸島の中で最大の島「島後(隠岐の島町)」の中心部から「西郷港」まで流路延長が8.45キロメートルとなる隠岐諸島最大級の二級河川「八尾川(やびがわ)」河口周辺と「島後」の海の玄関口である「西郷港」を周遊する2010年(平成22年)より期間限定で運行している1隻の定員が12名のコンパクトなボート型の観光遊覧船です。
    ちなみに、運行期間が4月から10月までの7か月間で、出航は1日3便(10時、13時45分、15時45分)、所要時間はおよそ45分となります。
    周遊コースは、水深が深く東西におよそ5キロメートルに広がる「西郷港」湾内への「間口」と呼ばれる出入口部分が東西にせり出した岬によって幅がおよそ300メートルと狭く海上がしけている時でも湾内が穏やかであるのが特徴となっており、江戸時代中期から明治時代初期にかけて日本海の海運として活躍した多くの帆船「北前船」が食料および飲料水の補給とあわせて順風と海流を待つための風待ち港として栄えた「西郷港」のレトロな雰囲気の残る漁師町の街並みと自然豊かな湾内出入口「間口」周辺の岩肌、「西郷港」から望む隠岐最高峰の大満寺山(標高:607.7メートル)、湾内に架かる島のシンボルでもある赤のコントラストが美しい「西郷大橋」(中路式ローゼ橋・橋長:271メートル)を海面から見上げる景観などとともに「西郷港」に流れ込む「八尾川」に古くから伝わる”かっぱ伝説”にまつわるかっぱの住処があったと伝えられている「かっぱの淵・水神様」の祠を見て廻り楽しめます。
    「八尾川」の”かっぱ伝説”は、「八尾川」のほとりの九兵衛(屋号:唐人屋)さんが畑のキュウリを盗んでいた河童の左腕を刀で切り落とした後に河童が謝罪し今後一切このようなことはしませんとの”詫び状”を書かせ左腕を河童に返したところ、翌日から河童が御礼として魚を毎朝もってくるようになり、九兵衛さんが”河童は古くから福を持ってくると言われているから、何も一切の縁を切ることも なかろう”と言って、自宅と「八尾川」の対岸に祠を建て河童の神霊を祭ったそうです。
    今回は、団体で2隻の『かっぱ遊覧船』を貸し切りとした”遊覧船(45分)”と西郷漁港の街並みを徒歩で巡る”島ぐる(45分)”のセットプランによる観光で船上と陸上からガイドの方の解説を聞きながら楽しめました。
    特に『かっぱ遊覧船』は、コンパクトなボート型なので海面に近い位置に座って風を感じながら「西郷港」と「八尾川」からの景観は楽しめます。
    『かっぱ遊覧船』の利用は事前の電話予約などが必要となり、集合場所となる観光協会のある「隠岐ポートプラザ1階」には「島後」の海の玄関口「西郷港フェリーターミナル」から徒歩1分程度でなので、「島後」からフェリーを利用して移動するまでの待ち時間がある場合などにお薦めできる観光スポットです!

    旅行時期
    2019年08月
    コストパフォーマンス:
    4.0
    一般の場合:大人1500円です。
    人混みの少なさ:
    4.0
    今回の利用は、団体の貸切でした。
    バリアフリー:
    2.5
    ボート型なので乗り降りの際は揺れます。
    乗り場へのアクセス:
    5.0
    集合場所:海の玄関口・西郷港フェリーターミナルから徒歩1分程度です。
    車窓:
    4.5
    海面に近い位置に座って風を感じながら景観を楽しめます。

  • 江戸時代からの地歌舞伎が受け継がれている木々に囲まれた高台にある神社です!

    投稿日 2020年07月26日

    祢津日吉神社 真田・東御

    総合評価:4.0

    『祢津日吉神社』の創建は不詳ですが、比叡山の麓に鎮座する紀元前91年(崇神天皇7年)に創祀されたとされる全国におよそ3,800社ある日吉・日枝・山王神社の総本宮である「日吉大社」の分霊として、「大山咋神(おおやまくいのかみ)」(農耕(治水)を司る神)を本尊に祀っています。
    『祢津日吉神社』は、しなの鉄道「田中駅」から路線バス(新張方面行き)で「西宮停留所」下車徒歩およそ15分(「田中駅」からタクシーで10分程度)、上信越自動車道「東部湯の丸インターチェンジ」から自動車で5分程度(但し、現地周辺に駐車場施設はありません。)となる東御市北中部の弥津地区東町に位置します。
    参道の急な石段を登った高台の自然豊かな木々に囲まれた境内には、石段を登り切った正面すぐの場所に1間切妻向拝付きとなる銅板葺き切妻屋根(桁行3間、梁間2間半)の拝殿、その奥に銅板葺き一間社流造で外壁構造部分が朱塗り、壁部分が黒塗り、彫刻部分が極彩色で彩られた本殿があります。
    さらに本殿背後には、嘉永年間(1848年~1855年)の記録によると徳川幕府第11代将軍「徳川家斉」の時代となる江戸時代後期の1817年(文化14年)に建立されたとされる「東町の歌舞伎舞台」とともに芝居見物のための観客席となる少し傾斜のある広場があり、徳川幕府第9代将軍「徳川家重」の時代となる江戸時代中期の1751年(寛延4年)の銘が入った歌舞伎上演の道具入れとなる「踊大小入」の木箱が残されています。
    また、祢津地区西宮にある「祢津建事神社」境内にも1816年(文化13年)に建立されたとされる「西宮の歌舞伎舞台」が現存するほか、この地域が徳川幕府第3代将軍「徳川家光」の時代となる江戸時代初期の1624年(寛永元年)より旗本の久松松平家領となっており歌舞伎などの文化も流入しやすく取り締まりも緩やかであったと推測される背景からも農村歌舞伎が古くから根付いていたことが伺われます。
    「東町の歌舞伎舞台」では、地歌舞伎の公演が継続的に実施されていましたが、太平洋戦争終戦後の困窮期となる1950年(昭和25年)に一度途絶えています。
    1988年(昭和63年)になると「東町の歌舞伎舞台」の修復工事が実施されたのを機に地元保存会により「祢津東町歌舞伎」の公演が復活し毎年4月29日に開催されるようになっています。
    1990年(平成2年)には「東町の歌舞伎舞台」が「長野県有形民俗文化財」に指定、1996年(平成8年)には「祢津東町歌舞伎」が「東御市無形文化財」に指定されおり、現存する回り舞台を持つ本格的な舞台施設としては祢津地区にある「東町の歌舞伎舞台」と「西宮の歌舞伎舞台」が日本最古といわれています。
    今回は、所要で「弥津公民館」に立ち寄った際の空き時間を利用して歴史的な史跡が点在する弥津地区を徒歩で散策し『祢津日吉神社』に立ち寄りました。
    『祢津日吉神社』拝殿や本殿とともに「東町の歌舞伎舞台」建物内部の見学は出来ませんが、高台の自然に囲まれ落葉が積もった静寂な境内にいると清々しい気分になりリフレッシュできました。
    『祢津日吉神社』のほか木々で囲まれた遊歩道をウォーキングをしながら弥津地区内の「史跡めぐり」はお薦めできます!
    機会があれば、「祢津東町歌舞伎」の公演も観てみたいと思います・・・

    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.5
    東部湯の丸ICから車で約5分(周辺に駐車場はありません)、しなの鉄道・田中駅からタクシーで約10分です。
    人混みの少なさ:
    5.0
    訪れた際は誰もいませんでした。
    バリアフリー:
    2.5
    急な石段の参道を登った高台にあります。

  • 施設名称を”房総の駅 とみうら”と改めて2019年(平成31年)にリニューアルオープンしています!

    投稿日 2020年07月25日

    房総の駅 とみうら 富浦・富山

    総合評価:4.5

    『南房総 道楽園(どうらくえん)』は、1981年(昭和56年)に設立の千葉県鴨川市に本社を構える水産卸売会社「株式会社 ヤマト」が展開する観光事業の一環として、南房総を自動車を利用して観光するのに利便性の高い富津館山自動車道「富浦インターチェンジ」から直ぐ目の前(1分前後)の「館山バイパス(国道127号)」に面する広大な敷地に普通車200台・大型車27台と大型観光バスが立ち寄れる駐車場スペースを確保し、複数の食事処・生鮮市場施設・おみやげ施設・休憩スペースなどが揃う”食のテーマパーク”として2009年(平成21年)にオープンした施設です。
    ちなみに「株式会社 ヤマト」は、鴨川市の漁港を中心に南房総地域にある漁港の買参権や「東京都中央卸市場・豊洲市場」の売買取引権を取得して”漁場と直結!”をモットーに、産地仲買・卸し業さらに小売りを行い、千葉県・東京都内で展開する回転寿司・海鮮居酒屋などのチェーン店などの飲食店に至るまで魚に関するすべての事業を手掛ける総合水産会社です。
    2019年(平成31年)には、一部敷地内施設の改修工事を機に施設名称を『房総の駅 とみうら』と改めてリニューアルオープンしており、雑誌「旅色 TABIIRO」でも日本全国の観光スポット・注目度ランキングで上位にランクインしている施設です。
    『房総の駅 とみうら(旧:南房総 道楽園)』施設内には、「株式会社 ヤマト」が外食事業として展開する回転寿司の「地魚寿司 山傳丸(やまでんまる)」、地魚海鮮丼専門店の「房総海鮮丼専門店 ばんごや本店」、海鮮浜焼き食べ放題の「浜焼き食べ放題 浜焼き屋」の食事処のほかに房総の鮮魚・干物などを販売する「生鮮市場 魚鷹(うおたか)」、カフェ&ベーカリー・おみやげ・休憩施設の「とみうらカフェ」などの店舗が集結しています。
    『房総の駅 とみうら』については、以前より自動車で「富浦インターチェンジ」を利用するたびに気になる施設でありましたが、今回初めてランチ目的で正月休日の13時ごろに立ち寄り「地魚寿司 山傳丸」を利用しました。
    食事処はどこも待ち時間が1時間程度の満席状態で施設内は大変賑わっておりしたが、待ち時間を利用して敷地内にある生鮮市場やおみやげなどの各施設を見て廻り待ち時間はほとんど気になりませんでした。
    「地魚寿司 山傳丸」では、鮮度のよい南房総の地魚のほかにも地元の食材を意識し千葉県産”ふさこがね”100%を使用したお米に千葉県「私市(きさいち)醸造」の江戸前赤酢に天然出汁をブレンドしたオリジナル無添加酢を加えたシャリ、醤油も千葉県「ヒゲタ醤油」が「やまと・山傳丸」のチェーン店用に調製・調合したオリジナル無添加醤油を使用するなどお店自慢のこだわりが詰まった握り寿司を美味しくリーズナブルな値段で堪能することができました。
    食事後も買い物などで施設内を見て廻りながら「とみうらカフェ」建物内奥にある休憩スペースを利用しました。
    休憩スペースにあるソファーは、靴を脱いで利用する場所もありくつろぎながら充分に休憩することができました。
    富津館山自動車道「富浦インターチェンジ」の目の前にある休憩スペースが完備されたとても便利で利用しやすい施設でお薦めできます!
    南房総を訪れた際にまた食事や休憩で利用したいと思う施設です。

    旅行時期
    2020年01月
    利用した際の同行者
    家族旅行
    アクセス:
    4.5
    富津館山自動車道・富浦インターチェンジの目の前にあります。
    コストパフォーマンス:
    4.5
    南房総の新鮮な地魚などリーズナブルな食事処が揃っています。。
    人混みの少なさ:
    3.0
    正月休日の13時ごろで人も大勢でしたが駐車場が充実しています。
    施設の快適度:
    4.0
    靴を脱いでくつろげる休憩スペースを完備しています。
    バリアフリー:
    4.0
    アトラクションの充実度:
    4.0
    ”食のテーマパーク”として南房総の新鮮な地魚を中心とした食事処とおみやげ施設が充実しています。

  • 江戸時代に高札場が置かれていた場所に設置されています!

    投稿日 2020年07月24日

    日本橋由来記の碑 日本橋

    総合評価:4.0

    『日本橋由来記の碑』は、「神田川」から分岐して「隅田川」に合流するまでのおよそ4.8キロメートルとなる千代田区および中央区の区間を流れる一級河川「日本橋川」に架かる全27か所の橋梁の中で中央区部分にある日本道路網の起点としてシンボル的なポイントを示した「日本国道路元標」が設置されている「日本橋」の起源となる江戸時代初期の徳川幕府初代将軍「徳川家康」の時代である1603年(慶長8年)に造られた木造太鼓橋から江戸府内の経済中心地として賑わい栄えてきた「日本橋」周辺の歴史とともに1911年(明治44年)に竣工した徳川幕府最後の将軍(第15代)「徳川慶喜」が橋柱の銘板を揮毫している現在の「日本橋」であるルネッサンス様式の石造二連アーチ橋(橋長49.5メートル・橋幅27.5メートル・アーチ径間21メートル)に関する「日本橋」の由来を記した碑を1936年(昭和11年)に江戸時代の「高札場(こうさつば)」が設置されていた場所と同様の「日本橋」南詰西側一画に当時の東京市日本橋区によって設置されています。
    「高札場」とは、幕府や領主が定めた「法度(はっと)」や「掟書(おきてがき)」および「犯罪者の人相書」などを木の板札に書き、人目のひくように高く掲げておく場所のことで、江戸府内には、日本橋南橋詰のほかに常磐橋外、浅草橋門内、筋違橋門内、麹町半蔵門外、高輪大木戸(札の辻から移設)の「大高札場」が計6か所あり、そのほかにも35か所の「高札場」が設置されています。
    1991年(平成3年)には、現在の「日本橋」竣工80周年を期して実施された橋詰め廻りの整備事業によって完成した4か所の広場について、それぞれの愛称が一般公募により『日本橋由来記の碑』のある「花の広場」(南詰西側)のほかに「滝の広場」(南詰東側)、「元標の広場」(北詰西側)、「乙姫広場」(北詰東側)と決定し、1999年(平成11年)になると関東大震災や東京大空襲など幾多の災禍を経て今日に至っている壁石が切石積みの橋梁本体のほかに照明灯のある和漢洋折衷の鋳銅製装飾柱が施された「日本橋」が明治期を代表する技術的・デザイン的に優れた現役の道路橋であり貴重な構造物として国の重要文化財に指定されています。
    2017年(平成29年)には、「花の広場」(南詰西側)の更なる整備により『日本橋由来記の碑』の隣りに「日本橋観光案内所」が開設されています。
    今回は、日本橋付近で待ち合わせをした際に少し時間があったので「日本橋」をぐるりとひと廻りして橋詰め廻りにある4か所の広場を散策しながら『日本橋由来記の碑』などで短時間でしたが「日本橋」に関する歴史を改めて学び楽しむことができました。

    旅行時期
    2019年12月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    日本橋・南詰西側の花の広場に設置されています。
    人混みの少なさ:
    4.0
    碑の前で立ち止まる人が数名います。
    バリアフリー:
    4.0
    段差はありません。
    見ごたえ:
    4.0
    日本橋に関する歴史を学ぶことができます。

  • 東京都内に現存する最も古い庭園です!

    投稿日 2020年07月19日

    小石川後楽園 神楽坂・飯田橋

    総合評価:4.5

    『小石川後楽園』は、江戸時代初期の徳川幕府第3代将軍「徳川家光」の時代となる1629年(寛永6年)に将軍家から拝領した76,689歩(約253,500平方メートル)の水戸徳川家中屋敷内(後の上屋敷)に水戸藩初代藩主「徳川頼房」が作庭家の「徳大寺左兵衛」に命じて屋敷内の高低差のある地形と既存樹木を活かしながら築いた庭園に江戸の街(神田・日本橋方面)に生活用水を供給するするために整備された神田上水(都市水道)を屋敷内に導き庭園に「大泉水」・「大堰川」などの水景を取り入れて造り上げた「築山泉水回遊式」の東京都内に現存する最も古い庭園です。
    「徳川頼房」の三男であり儒教をはじめとする学問に力を入れていた第2代藩主「徳川光圀」の時代になると「徳川光圀」が招聘した中国・明の儒学者「朱 舜水(しゅ しゅんすい)」の助言もあり、「唐門」、「円月橋」 、「文昌堂 」、「得仁堂」などの中国風の意匠や儒教の精神を新たに加えた庭園内の改修・築造が行われ、庭園の名称を「朱 舜水」の選名した1044年(慶暦4年)に中国・北宋の政治家「范 仲淹(はん ちゅうえん)」著の「岳陽楼記」末尾の一節”天下の憂いに先立って憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ”から生まれた「先憂後楽」の精神を引用して『後楽園』と命名されています。
    その後も幕末を迎えるまでは、水戸徳川家上屋敷の庭園となっていましたが、1869年(明治2年)に明治維新の一環として行われた「版籍奉還」により水戸藩最後の藩主(第11代)「徳川昭武」が明治政府に奉還しています。
    旧水戸徳川家上屋敷跡は、1870年(明治3年)に「東京砲兵工廠」敷地の一部として陸軍省の所管となり屋敷部分に工場が建設されましたが、庭園部分の『後楽園』はそのまま保存され、1874年(明治7年)以降になると「明治天皇」の行幸および皇族の行啓を受け、外国人観覧者も多くなり世界的にも名園として知られるようなっています。
    1923年(大正12年)になると『後楽園』が国の史跡および名勝に指定され、岡山に存在する『後楽園』と区別するために名称が『小石川後楽園』となっています。
    「東京砲兵工廠」は、1931年(昭和6年)から九州の「小倉工廠」へと移転が始まり、1935年(昭和10年)に移転が完全に完了し、1936年(昭和11年)に『小石川後楽園』を除く「東京砲兵工廠」工場部分のとなっていた旧水戸徳川家上屋敷跡が民間企業「後楽園スタヂアム」(現在の「東京ドームシティ」)に売却されています。
    『小石川後楽園』については、敷地面積70,847.17平方メートルの東京都立庭園として整備されたのち、1938年(昭和13年)に新たに開園し一般公開(有料)され、1952年(昭和27年)に文化財保護法に基づく国の特別史跡および特別名勝に指定されています。
    今回は、日曜日のお昼時に待ち合わせで水道橋に行く予定があったので待ち合わせ前の午前中の時間を利用して20数年ぶりに『小石川後楽園』に立ち寄りました。
    紅葉シーズンでもあり、園内は午前中から大勢のカメラを持った方で賑わっていました。
    『小石川後楽園』は、四季折々草花や紅葉などとともに園内のさまざまな角度から「築山泉水回遊式」の庭園の景観を写真撮影しながら楽しめるお薦めの観光スポットです!
    デジカメを手にして写真撮影を楽しみにしながら入園しましたが、入園直後にまさかのカメラバッテリー切れとなってしまい庭園内の写真撮影がほとんどできない事態に呆然としてしまいました。
    気を取り直して園内の景観を目に焼き付けてと思いながら園内を廻りましたが、写真撮影をしないで園内を歩いているのは自分だけで寂しさだけが残る結果となってしまいました。
    機会があれば『小石川後楽園』に立ち寄り写真撮影をしながら園内を満喫してみたいと思います・・・

    旅行時期
    2019年12月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    都営地下鉄大江戸線:飯田橋駅C3出口から徒歩3分ほか、JR総武線:飯田橋駅・水道橋駅、東京メトロ:飯田橋駅・後楽園駅から徒歩8分程度です。
    人混みの少なさ:
    3.0
    紅葉シーズンの日曜日午前中でしたが、多くの方が来園していました。
    バリアフリー:
    2.5
    園内各所に高低差(段差)があります。
    見ごたえ:
    4.5
    四季折々草花や紅葉などとともに園内のさまざまな角度から庭園の景観を楽しめます。

  • 大切な人との特別な日に食事をする際にお薦めできるレストランです!

    投稿日 2020年07月18日

    RoastBeef&Grill ROSSINI 丸の内・大手町・八重洲

    総合評価:4.5

    『RoastBeef&Grill ROSSINI』は、大正デモクラシーが興隆する中で日本の国際的地位の上昇に伴い当時の財界からの欧米先進国に通用する社交場が必要との思いを実現するため、「皇居」の目の前である「日比谷通り」に面した現在地に民間初の社交場として1920年(大正9年)からおよそ2年6か月の期間をかけてルネサンス様式の外観と当時は東洋一といわれた3基の大シャンデリアが設置された大宴会場(ローズルーム)を備えた壮麗な建物を建設し、格調高い宴会場と本格的フランス料理を提供する施設として1922年(大正11年)に創業した「東京會舘」本舘のグリルレストラン施設です。
    ちなみに「東京會舘」本舘は、太平洋戦争中に大政翼賛会に接収され「大東亜会館」に改称、終戦後は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に接収され「アメリカン・クラブ・オブ・トーキョー」として営業した時期もありますが、1971年(昭和46年)に2代目の「東京會舘」本舘として建替えリニューアルを実施、2015年(平成27年)には「東京會舘」本舘のほかに「三菱地所」と「東京商工会議所」の3棟の建物を1棟にまとめた地上30階建て(地下4階)のオフィス・商業施設「丸の内二重橋ビルディング」建設計画により一時休館となり、2019年(平成31年)に「丸の内二重橋ビルディング」の地下1階から4階および7階部分に3代目の「東京會舘」本舘としてリニューアルオープンしています。
    「東京會舘」本舘の1階にある『RoastBeef&Grill ROSSINI』の店内は、店名の由来となっている「セビリアの理髪師」や「ウィリアム・テル」など数多くのオペラ音楽を作曲したイタリアを代表する音楽家”Gioachino Antonio Rossini”にちなんで「オペラ劇場」をイメージした音楽的なモチーフが散りばめられた総席数が56席の高級感あふれる落ち着きのある空間となっています。
    今回は、家族内のお祝い事によるディナー目的で予約を入れて初めて「東京會舘」本舘を利用しました。
    前菜・スープ・メイン・デザートまでのそれぞれの料理が2品から3品の中から1品選ぶ本格的なコース料理となっており、メインでは「東京會舘」創業当時から人気がある伝統の逸品料理「舌平目の洋酒蒸 ボンファム」を選びました。
    たっぷりのコクのあるソースに洋酒蒸のふっくらとした舌平目の食感でとても美味しかったです。
    機会があれば次回は、お店の看板逸品料理である人気の「ローストビーフ」を注文してみたいと思います。
    3世代家族5名で落ち着きのある空間でくつろぎながらのディナーとなり楽しいひと時を過ごすことができました・・・
    大切な人との記念日など特別な日に食事をする際にお薦めできるレストランです!
    「東京會舘」本舘へのアクセスは、東京メトロ千代田線「二重橋前駅」・有楽町線「有楽町駅」・日比谷線「日比谷駅」および都営地下鉄三田線「日比谷駅」からB5出口より地下コンコースで建物に直結しているほか、JR京葉線「東京駅」6番出口より地下コンコースで建物に直結しています。
    今回は、自動車を利用して建物地下2階にある「丸の内パークイン」の最新型・機械式駐車場を利用しましたが、食事後の会計時に駐車場のサービス券を発行してくれて駐車料金は発生しませんでした。

    旅行時期
    2020年06月
    利用した際の同行者
    家族旅行
    一人当たり予算
    10,000円以上
    利用形態
    ディナー
    アクセス:
    4.5
    地下鉄:二重橋前駅・有楽町駅・日比谷駅からB5出口とJR京葉線:東京駅の6番出口より地下コンコースで建物に直結しています。
    コストパフォーマンス:
    4.0
    サービス:
    4.5
    雰囲気:
    5.0
    店内は、高級感あふれる落ち着きのある空間となっています。
    料理・味:
    5.0
    本格的なコース料理で創業当時から人気がある伝統の逸品であるメイン料理を堪能することができました。
    バリアフリー:
    5.0
    ゆったりとした店内の通路は広く段差もありません。
    観光客向け度:
    4.5

  • 松竹の全面監修による歌舞伎を取り入れた微笑ましいミュージカルショーで心が和みました!

    投稿日 2020年07月12日

    メルヘンシアター 多摩

    総合評価:4.0

    『メルヘンシアター』は、1990年(平成2年)に日本初の全天候型屋内テーマパーク(鉄骨造一部鉄筋コンクリート造:地下2階、地上4階建て)としてサンリオキャラクターをモチーフにオープンした「サンリオピューロランド」アトラクションフロアのメインエリアとなる建物内中央部分にある吹き抜け空間で象徴的な直径8メートルの「知恵の木」が配置されている1階広場「ピューロビレッジ」を取り囲むように3か所ある劇場形式ショー型アトラクション施設(『メルヘンシアター』、「ディスカバリーシアター」、「フェアリーランドシアター」)のひとつです。
    最大収容席数が315席となる『メルヘンシアター』では、2018年(平成30年)から「サンリオピューロランド」初となる「松竹」の全面監修による「桃太郎」を題材にしてサンリオキャラクターの”KAWAII”と”歌舞伎”がコラボレーションした微笑ましいミュージカルショーの”KAWAII KABUKI ~ハローキティ一座の桃太郎~”が上演されています。(上演中は撮影禁止です。)
    今回は二十数年ぶりに家族で「サンリオピューロランド」を訪れましたが、小さな子供連れ家族以外にもさまざまな年齢層の方や海外からの来場者の方も多く以前訪れた時と比較すると客層が大きく変化しているように感じました。
    『メルヘンシアター』で上演されている「松竹」の全面監修による「桃太郎」を題材に歌舞伎を取り入れたミュージカルショーも微笑ましいサンリオキャラクターによるメルヘンの世界に浸り心が和みました。
    上演時間も40分程度でプロジェクションマッピングなどによる演出効果もあり小さな子供でも飽きることなく大人でも楽しめる構成となっており、リピーターの方も多くいるように感じました。
    また、「サンリオピューロランド」の来場者数が長年にわたり低迷していた時代からV字回復するまでの過程がテレビ報道番組などで紹介されるのを見たことがありますが、実際に「サンリオピューロランド」を訪れてみてスタッフの方々が色々と優しく丁寧に説明してくれたり活き活きと仕事をこなしている姿がとても印象的で、家族で楽しいひとときを過ごすことができました。
    「サンリオピューロランド」への電車を利用してのアクセスは、「京王多摩センター駅」と「小田急多摩センター駅」南口から車道と完全分離されている歩行者専用道路となるペデストリアンデッキの「パルテノン大通り」と「ハローキティーストリート」を経由しての徒歩8分程度(およそ600メートル)で、館内出入口フロアとなる建物3階エントランスにつながっており、その他に多摩モノレール「多摩センター駅」からも車道と完全分離されているペデストリアンデッキを利用してアクセス可能なので駅から「サンリオピューロランド」までの区間は小さな子供連れでも安心です。

    旅行時期
    2019年12月
    利用した際の同行者
    家族旅行
    アクセス:
    4.0
    館内1階広場のピューロビレッジと繋がっています。
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    3.0
    施設の快適度:
    4.0
    最大収容席数は315席です。
    バリアフリー:
    2.5
    劇場形式なので客席に段差があります。
    アトラクションの充実度:
    4.0
    上演時間は40分程度でプロジェクションマッピングによる演出効果もあります。

  • 格式の高さを感じさせる江戸時代に建立された御堂です!

    投稿日 2020年07月11日

    大日堂 真田・東御

    総合評価:4.0

    『大日堂』は、甲斐の戦国大名「武田信玄(武田晴信)」と越後の戦国大名「上杉謙信(長尾景虎)」が北信濃の支配権を巡り、1553年(天文22年)から約12年間(計5回)に渡り繰り広げられた「川中島の合戦」の折、信濃の「善光寺」焼失を恐れた「武田信玄」が「甲斐善光寺」の本尊となる「善光寺如来」をはじめとする「善光寺」の諸仏寺宝類を1558年(永禄元年)に創建した「甲斐善光寺」へ奉遷する際に1555年(天文24年)から約3年間に渡り一時安置場所にしたと伝わる、もともと東御市祢津地区西宮の「古大日」という地籍にあった「善光寺」・「甲斐善光寺」と関係の深い御堂です。
    現在の『大日堂』の建物は、平安時代中期の975年(天延3年)に創建し鎌倉時代初期に現在の地に移転した山号を「智光山」と号する「長命寺」(真言宗智山派)の別当として、江戸時代初期の徳川幕府第4代将軍「徳川家綱」の時代となる1679年(延宝7年)に現在の地に建立されたものです。
    御堂内には、平安時代(794年~1185年)中期から後期の藤原時代に制作されたものと伝わる本尊「大日如来像」(秘仏)のほかに善光寺三尊型式の仏像が安置されており、桁行き5間、梁間4間の建物は3間向拝付の銅瓦棒葺き入母屋根の正面部分に大きな千鳥破風が設けられ、向拝部分も唐破風にするなど格式の高さを感じさせる御堂建築の遺構として貴重なことから、1994年(平成6年)に「東御市指定文化財(建造物)」として指定されています。
    また、御堂内に掲げられている1853年(嘉永6年)に奉納された「算額」(横:107センチメートル、縦:62センチメートル)も1994年(平成6年)に「東御市指定文化財(書跡)」として指定されています。
    「算額」とは、江戸時代中期の寛文年間(1661年~1673年)ごろから始まった風習で和算の問題が解けたことを神仏に感謝するとともに益々勉学に励むことを祈願して額や絵馬に和算の問題や解法を記して奉納したもののことです。
    今回は、所要で「弥津公民館」を訪れた際に2時間程度の空き時間を利用して弥津地区を徒歩で散策しながら『大日堂』に立ち寄りました。
    木々に囲まれて誰もいない静寂な境内のひっそりした空間に歴史を感じさせる『大日堂』を見ていると時の流れが止まったかのような感覚でリフレッシュすることができました。
    弥津地区周辺には、『大日堂』のほかにも江戸時代に建立された本格的な舞台装置を完備した「東町の歌舞伎舞台」や「西宮の歌舞伎舞台」など歴史的な史跡が点在しており、天候にめぐまれ自然に囲まれた木々の間からこぼれる秋の日差しを感じながらのウォーキングによる「史跡めぐり」を堪能することができました。
    最寄り駅となる「田中駅」(しなの鉄道)からはタクシーで10分程度、上信越自動車道「東部湯の丸インターチェンジ」から車で5分程度の場所に位置し、周辺に公共の駐車場が存在しないので少し不便ですが、『大日堂』ほかの弥津地区周辺の「史跡めぐり」はお薦めできます。

    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    2.5
    東部湯の丸ICから車で約5分(周辺に駐車場はありません)、しなの鉄道・田中駅からタクシーで約10分です。
    人混みの少なさ:
    5.0
    訪れた際は誰もいませんでした。
    バリアフリー:
    2.5
    長命寺本堂から東側へ墓地の中の坂道を登ったところにあります。
    見ごたえ:
    4.0
    格式の高さを感じさせる江戸時代に建立された御堂です。

  • 宮崎タイプの手打うどんが味わえる人気のうどん専門店です!

    投稿日 2020年07月05日

    竹や 御茶ノ水・本郷

    総合評価:4.0

    『細打うどん 竹や』は、JR中央本線および総武本線・御茶ノ水駅の「聖橋口改札」を出てすぐの「聖橋・交差点」から「本郷通り(都道403号)」を北側にJR中央本線・総武本線と並行して流れている「神田川」に架かる「聖橋」をわたり最初の交差点となる「湯島聖堂前・交差点」を超えてすぐの場所に位置する宮崎タイプの手打うどんが味わえるうどん専門店です。
    JR御茶ノ水駅「聖橋口改札」からは、徒歩4分程度(およそ350メートル)となるほか、東京メトロ・丸の内線「御茶ノ水駅」、千代田線「新御茶ノ水駅」、銀座線「末広町駅」からも徒歩10分以内の徒歩圏内となります。
    今回は、『竹や』から200メートルほど東側に位置する「神田神社(神田明神)」を参拝した帰りに以前に『竹や』で食事したことのある妻の提案により、食事(ランチ)目的で立ち寄ることにしました。
    『竹や』については、自分自身も以前から「神田明神」の参拝などで店舗近くを通った際に行列ができているのを見かけたり、テレビの情報番組でも紹介されているので、存在だけは知っていましたが入店するのは今回が初めてでした。
    『竹や』を利用した日は、「神田明神」の例年行事である「だいこく祭」期間中の日曜日で「神田明神」境内の人出も多く人気店である『竹や』も行列ができているのではと思いましたが、13時30分を少し過ぎていたこともあり待ち時間なく入店することができました。
    『竹や』の店内は、奥行きがあり通路も広々としたスペースが確保されている総席数65席(全てテーブル席)の空間となっており、居心地の良い落ち着いた雰囲気でゆっくりとくつろぎながら食事を楽しむことができました。
    メニューも定番ものから季節限定ものまで豊富な種類があり、今回は「海老天おろしうどん」を注文しました。
    宮崎タイプのうどんを初めて食べましたが、こだわりの宮崎県産・醤油を使用した麺ツユに少し細めのほどよいコシの食感である麺が絡み出汁の旨味が伝わってくる美味しいうどんでした。
    うどんに盛られた海老天も小ぶりの海老ですが5つも入っておりプリプリとした歯ごたえの満足のいく逸品です。
    妻は、前回訪れた際も食べたという”季節のおすすめうどん”である「牡蛎とじうどん」を注文していましたが、こちらも魅力を感じる逸品で次回訪れた際に食べてみたいと感じました。
    また、コース料理とともに焼酎や日本酒などのお酒類も充実した品揃えの店舗でもあり、機会があればランチのほかに夜の宴会などでも利用してみたいと思います。
    『竹や』は、御茶ノ水周辺に立ち寄った際の食事処としてお勧めできる人気のうどん専門店です!

    旅行時期
    2020年01月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    一人当たり予算
    1,500円未満
    利用形態
    ランチ
    アクセス:
    4.0
    JR御茶ノ水駅・聖橋口改札から徒歩4分程度です。
    コストパフォーマンス:
    3.0
    サービス:
    4.0
    雰囲気:
    4.5
    居心地の良い落ち着いた雰囲気でゆっくりとくつろぎながら食事を楽しむことができました。
    料理・味:
    4.0
    宮崎タイプの手打うどん専門店です。
    バリアフリー:
    4.0
    通路も広々としたスペースが確保されています。

  • 島のシンボルでもある赤色の美しい橋梁です!

    投稿日 2020年06月27日

    西郷大橋 隠岐諸島

    総合評価:4.0

    『西郷大橋』は、島根県の北東に位置する日本海に浮かぶ有人島の4島と180余りの小島(無人島)からなる群島の隠岐諸島で最大の有人島「島後(隠岐の島町)」の空の玄関口「隠岐空港(隠岐世界ジオパーク空港)」と海の玄関口「西郷港フェリーターミナル」を結ぶ「県道43号・隠岐空港線」の西郷湾に架かる1977年(昭和52年)に完成した橋長271メートル(主径間長260メートル)、幅員6メートルの橋梁であり、完成当時は東洋一の「ローゼ橋」といわれていました。
    ちなみに考案者”Lohse”の名前が付いている「ローゼ橋」は、「アーチ橋」の一種として弧を描いた太い「アーチ部材」に細く剛な「吊部材」を取り付けて水平な「桁(走行路面)部材」を吊り下げた形式あるいは支える形式で構成され、曲げに対する抵抗を「アーチ部材」と「桁部材」で均等に分担して受け持つ構造が特徴となっています。
    『西郷大橋』では、東西方向におよそ5キロメートルに広がる西郷湾内における船舶の航行を考慮して、海面から「桁部材」までの空間を16メートル確保するために「桁部材」を「アーチ部材」の底部分よりも高い位置に設置する「中路式ローゼ橋」と呼ばれる形式が採用された構造となっています。
    また、西郷湾の青い海と周辺樹木の緑に囲まれた中に赤色の塗料で塗られている内側に約7度の傾斜が付いた「バスケットハンドル型」の「アーチ部材」と自動車の走行路面部分の水平な「桁部材」の組み合わせは、見た目も美しい橋梁で「島後(隠岐の島町)」のシンボルでもあります。
    「島後(隠岐の島町)」を訪れた際に「隠岐空港(隠岐世界ジオパーク空港)」と「西郷港フェリーターミナル」の区間を移動する時の交通ルートとして幾度も『西郷大橋』を渡っていますが、今回は初めて”かっぱ伝説”が残る西郷湾につながる「八尾川」と江戸時代から明治時代初期にかけて北前船の風待ち港として栄えた「西郷港」周辺を「かっぱ遊覧船(観光遊覧船)」に乗船しての観光を体験しました。
    「かっぱ遊覧船」の観光ルートに含まれている『西郷大橋』の下をくぐりいつもと違う真下から見上げる角度の『西郷大橋』を眺めて楽しむことが出来ました。
    「かっぱ遊覧船」に乗船しての観光は、「西郷港」周辺の自然や「八尾川」から漁師街である西郷の町並みなどを見学できるお薦め観光スポットのひとつでもあります。

    旅行時期
    2019年08月
    利用した際の同行者
    社員・団体旅行
    アクセス:
    3.5
    隠岐空港(隠岐世界ジオパーク空港)と西郷港フェリーターミナルを結ぶ県道43号・隠岐空港線の西郷湾に架かる橋梁です。
    人混みの少なさ:
    4.0
    バリアフリー:
    4.0
    見ごたえ:
    4.0
    橋長271メートル(主径間長260メートル)のアーチ橋の一種である中路式ローゼ橋で赤色の美しい橋梁です。

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