2024/01/12 - 2024/01/12
2005位(同エリア5869件中)
kojikojiさん
- kojikojiさんTOP
- 旅行記1760冊
- クチコミ1205件
- Q&A回答73件
- 3,462,931アクセス
- フォロワー169人
この旅行記のスケジュール
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
ベリッシマのクルーズも終盤を迎え、夜明け前に石垣島の「石垣港新港地区旅客船ターミナル」に着岸しました。バルコニーに出て接岸の様子を眺めているとそのうちに東の空が赤く染まってきます。今日は朝ご飯を抜いて早めに下船口に並びます。朝になってレセプションで港からのシャトルバスについて尋ねても「分かりません。」との回答です。部屋のバルコニーからはシャトルバスが何台も燈ちゃkするのが見えていましたが、これは石垣市が手配したもので、船会社とは関係がないからのようですが、お客がなおざりにされていると感じます。これはダイヤモンド・プリンセスでも同じで、船主催のエクスカーションに参加しないお客はどうでもよいようです。下船口に並んでいるとお客同士で情報交換が始まり、どうも降りたところにシャトルバスが待機していて、片道200円で「ユーグレナ石垣港離島ターミナル」へ送ってくれることが分かりました。最悪歩いて40分を覚悟していましたがこれで安心です。シャトルバスは地元の路線バスの東運輸のものでした。港に着いた後はターミナルで少し時間を潰し、予約してあった観光バスの手続きをするべく東観光のバスターミナルに行きます。ベリッシマのお客の多くは西表島や武富島へ行かれる人が多いようでしたが、以前行っているので今回は石垣島を1周する観光バスに乗ります。その理由の1つは前回来たときに天気が悪く、「川平湾」のグラスボートに乗れなかったからです。今回はそのリベンジでもありました。また、素通りしただけの「唐人墓」にも立ち寄ります。バスは時計回りに周回するので海が見える左側の席に座ります。「唐人墓」は基隆で観てきた中国風の祠堂でしたが、とてもきれいでした。祠堂を見た後に近くにある黒糖の公寿に立ち寄って買い物が出来たのも良かったです。続いて念願の「川平湾」でグラスボートに乗り込みます。バスガイドさんによるとこの時期は天気が良いことは少なく、太陽が出たのは数週間ぶりだということでした。お陰で美しいサンゴ礁を見ることができ、サンゴの間にいるウミガメも見つけることができました。船長さんによく見つけましたねといわれると嬉しいものです。妻はボートに乗ったせいで「琉球真珠本店」を見る時間が無くて残念そうでした。これは帰り道の港の店で注意が必要です。前回も黒真珠を買いたがっていましたから。次はバスでしばらく走った「ポーザーおばさんの食卓」というレストランでランチです。4,700円の定期観光バスですが、しっかりしたお昼もついていてびっくりです。地元の料理の小鉢とハンバーグ定食でした。午後は「米原のヤシ原生林」の観光ですが、ジャングルの中をしばらく歩きました。1月だというのに半そででも十分なほどの暑さです。「玉取崎展望台」での景色は最高で、バスガイドさんが「久し振りに洗濯ものを表に干してきました。」というほど良い天気です。最後の「宮良川のヒルギ林」は車窓から眺めて、バスは空港に停車します。ここで下車して飛行機で帰る人もいました。我々はバスターミナルまで戻り、夕方まで観光することにします。バスターミナルの近くには先ほど時間の無かった「琉球真珠」の店があるのは分かっています。前に欲しかった黒真珠のネックレスはありませんでしたが、代わりにピアスを買うことに。カジノで勝っているのでつい気が大きくなってしまいます。「ユーグレナモール」にも行きましたが、「真仁屋」でそばを食べるほどお腹も空いていなく。妻と別れて1人で「石垣市立八重山博物館」に行くことにします。ここはまた別の旅行記にします。夕方になって再び「ユーグレナ石垣港離島ターミナル」からシャトルバスに乗ってフェリーターミナルに戻りました。夕食前に出港し始めてタグボートに見送られます。船は島に沿って西に向かうので、先ほど走った海岸線をなぞります。以前宿泊した「グランヴィリオリゾート石垣島」や「フサキビーチリゾート ホテル&ヴィラズ」を見ることができました。左舷には島が見えるのでデッキに上がり、「武富島」や「小浜島」、そして「西表島」を眺めます。天気が良かったので素晴らしい景色を楽しむことができました。最後の夕食にお隣のテーブルのご夫婦が現れないので心配していると部屋にクルーズプラネット経由でメッセージが届いていました。前日はお渡しした資料をもとに「和平島観光漁市」で海鮮を食べたことと、最後のディナーはおすすめしたステーキ店を予約したのでお会いできないこととお礼が綴られていました。最後にお会い出来なかったのは残念でしたが、楽しい旅になったことが伝わってきて嬉しかったです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー ANAグループ 私鉄 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
台湾の基隆を夜半に出港したMSCベリッシマは石垣島を目指しています。
-
部屋のモニターでは現在地を確認できるのでありがたいです。ただ、今回のクルーズでは入港と出港時以外は部屋のバルコニーからの眺めは海と空だけでした。
-
夜明け前に石垣島の「石垣港新港」に入港しました。旅行会社からは停泊する港の位置など案内は無いので、個人で行動するためには事前に調べておかないとなりません。
-
遠くに石垣市の明かりが見えます。
-
「石垣港新港地区旅客船ターミナル」の埠頭が近づいてきます。
-
タグボートの動きなどは見えなかったので、サイドスタスターという装置を使って横移動しています。船体にトンネルのように横に貫通する穴が開いていて、その中にモーターで駆動する直径約2メートルほどの可変ピッチプロペラ(プロペラの羽の角度を自由に変えられる機能)が付いています。
-
船首側を「バウスラスター」、船尾側を「スタンスラスター」というとMSCスプレンディダでご一緒した元船長の方に教えていただきました。171,598トンの船体が音も無く近づいていきます。
-
着岸が終わるころには東の空が明るくなってきました。海面は静まり返って波ひとつありません。ちょっと不気味なくらいに静まり返っています。
-
しばらくすると太陽が昇ってきました。途端に周囲が温かくなってきた気がします。太陽の力はすごいと思う瞬間です。
-
港には船主催のエクスカーションのバスやタクシーが続々と集まってきます。今日は朝ご飯を抜いて出掛ける準備をします。石垣島では東観光の定期観光バスを予約してありますが、時間までに町中のバスターミナルまで行かなければなりません。
-
船のレセプションに行って港から町中へのシャトルバスについて尋ねても教えてくれません。シャトルバスは石垣市で手配されているからです。つまり自社のエクスカーションのツアーを申し込まないお客は望まれていないと感じます。これはダイヤモンド・プリンセスでも同じです。間に入っている各旅行会社に問い合わせても同様で、分かりませんという回答だけでした。
-
下船口にはすでに30人くらいの方が並んでいるのでその後に続きます。ここでの話題は船を降りた後のシャトルバスのことしかありませんが、ターミナルにシャトルバスが待機していて、停泊中は随時運航しているとの情報が回ってきます。
-
数台のバスがピストンで運行しているようです。「石垣港新港地区旅客船ターミナル」から「ユーグレナ石垣港離島ターミナル」を往復しています。
サザンゲートブリッジ 名所・史跡
-
片道200円で運んでくれるのでありがたいです。タクシーも数台しか待機していないのでバスが便利です。予約している定期観光バスの会社と同じ東運輸の路線バスでした。
-
懐かしい「ユーグレナ石垣港離島ターミナル」までは10分ほどの移動です。最悪歩くことも考えていましたが助かりました。
石垣港離島ターミナル 乗り物
-
復路のバス乗り場をセッティングしています。ベリッシマへ戻る際はここから乗ればいいわけです。
-
離島ターミナルの桟橋前に立っている具志堅用高の像です。旧琉球王国の士族の家系である具志堅親雲上用易を元祖とする允氏具志堅家の系譜であり、名乗り頭に「用」の字を用いているそうです。地元の中学卒業後は沖縄本島に渡り興南高等学校に入学してボクシングを始めたそうです。石垣島の高校を受験した際に答案用紙の名前を書く欄が分からなくて試験に落ちたそうです。
具志堅用高モニュメント 名所・史跡
-
ちょっちゅ記念写真を撮っておきます。
-
桟橋もまだ朝早いのでお客さんの姿も船もありません。
-
そのうち武富島や西表島へ渡る舟が入港してきます。そしてターミナルの人の数も増えてきます。バスターミナルへ行くには時間があるので1人で周辺を散歩することにします。
-
戻ってきたら隠れてポークたまごおにぎりを食べていました。
-
乗り遅れるといけないので東運輸のバスターミナルの位置を確認しておきます。
東バスの「定期観光バス」 乗り物
-
2020年のコロナ禍の「Go to トラベル」の狭間に来た際に黒真珠のネックレスを買いそびれた「琉球真珠」の店まで確認しなくても良いと思うのですが。
琉球真珠 専門店
-
「730(ななさんまる)記念碑」にも行っておきます。この記念碑は1978年07月30日にアメリカと同じだった右側通行の車両が左側通行に変更された記念として建てられました。
730記念碑 名所・史跡
-
太平洋戦争の終戦後の沖縄は米軍に占領されていたため、1972年5月15日に日本に復帰した後も右側通行が続いていました。ここのシーサーの巻き毛はサザエが貼り付けてありました。
-
そろそろ時間なのでバスターミナルに戻ります。田が高くなるにつれて1月とは思えない温かさで妻は半袖です。一昨日は寒くてジャンバーを貸したほどでしたが、天気も良くいい一日になりそうです。
-
ここからは石垣島各地へ行く路線バスも発着しています。事務所で手続きしてチケットとパンフレットを貰います。
東バスの「定期観光バス」 乗り物
-
この日はバス2台でのツアーでした。ベリッシマのお客で混んでいるのかと思いましたが、我々の乗った1号車には他に1組2組だったようです。石垣島を時計回りに周回するルートなので左側の席に座りました。その方が景色が良いからです。車窓からは前回宿泊した「グランヴィリオリゾート石垣島」や夕食を食べに行った「舟蔵の里」を見ることができました。
-
バスはまず観音崎にある「唐人墓」に停車しました。ここは前回来たときにバスガイドさんが案内だけして通過した場所です。咸豊2年の1852年に中国のアモイからカリフォルニア州へ航行中のアメリカの奴隷貿易船「ロバート・バウン号」の船内で、400人の中国人を裸にして辮髪を切り落とし、CやPの焼き鏝を胸に押し当て、売り物にならない病気持ちは海に突き落として鮫に喰わせ、奴隷にされたことを知った中国人は暴動を起こした事件がありました。
唐人墓 名所・史跡
-
苦力(クーリー)は米国人船長と船員を殺して船を操縦しましたたが、石垣島の崎枝村沖合で座礁し、380人の中国人苦力が上陸します。八重山の役人たちは崎枝村の赤崎に収容所を設けた後、監視しやすい富崎に移して収容します。離礁したバウン号の報告を受けてイギリス船2隻が石垣島に来航して富崎の収容所を砲撃し、さらに武装した兵士200人以上が上陸して逃走した苦力を射殺・捕縛して、白人に抵抗した見せしめにその場で百人近くを吊るしました。
-
捕縛を免れた中国人は琉球王国に保護されましたが収容所の衛生は悪く、翌年に中国に送還された生存者は172名だったそうです。八重山毎日新聞は事件で英米兵士に直接殺害されたのは3人で、残りは疫病等によることや貿易船には奴隷だけではなく中国人出稼ぎ労働者も乗船していたこと等を指摘しています。この「唐人墓」は犠牲になった中国人苦力の慰霊のため、昭和46年の1971年に建立されました。
-
台湾の寺院の屋根には「福禄壽」と呼ばれる3体の神体が飾られていることがあります。神体には福星、禄星、壽仙と名前があり、人々が神様に良く願う3つの願い事を象徴しています。福星は富、禄星は名声や子孫繁栄、壽仙は健康や長寿を司っています。
-
また、禄星は子供を抱えた男性の像で、仕事上の昇進や社会的地位の上昇という意味もあります。福星は真ん中に立っていて、壽仙は長い杖を持った禿げ頭の老人の姿です。
-
この墓の見事な「交趾焼」と「剪黏」も多分台湾から持ってこられたのだと思います。横浜からキールうへ渡り、ここ石垣島でも続けてこの美しい装飾を見ることができるとは思いませんでした。
-
「唐人墓」は海岸線に建っているので目の前には美しい海が見えます。竹富島との間を離島から石が寄港へ向かう船が見えました。
-
左手には「竹富島フェリーターミナル」の桟橋と建物が見えます。
-
右手には小浜島と西表島もきれいに見渡せます。
-
そしてここまで乗ってきたMSCベリッシマの雄姿です。
-
それにしても1月とは思えない天気なので海の色も美しいです。
-
「唐人墓」への参道には黒糖の加工工場がありました。工場といっても大鍋で煮詰めた黒糖をアルミの鍋に注ぐだけです。石垣のサトウキビと八重山の黒糖だけで造られています。鍋底の黒糖はおこげの風味がして美味しいです。隣接する売店で売っていたのを3個買いました。この過程を見たら買いたくなります。
-
バスはやはり前回宿泊した「フサキビーチリゾート ホテル&ヴィラズ」の前も通過しました。このホテルはとても良くて2泊した思い出があります。レストランも美味しかったし、ヴィラタイプの客室も良かったです。
川平湾を望むパーキング 自然・景勝地
-
そして前回悪天候で運休だった「川平湾」のグラスボートにも乗れます。このグラスボートは別料金ですが、ツアーだと団体料金の1,000円になります。
川平湾 自然・景勝地
-
バス2台のうち7割ぐらいの方が乗ったのだと思います。それでも人数が多いので数隻のボートに分乗しました。
-
颯爽とボートに乗り込みます。早く乗らないと後ろがつかえています。
-
グラスボートに乗るのは昨年の高知県の2つの岬を巡る旅で、竜串へ行った時以来です。その時も美しいサンゴを見ることができました。
-
2020年の12月に来たときは小雨交じりの天気だったので青い空はおろか海の色もきれいでは無かったです。3年振りのリベンジが叶いました。
-
ボートは石垣島周辺のリーフの縁辺りまで出て行きます。
-
リーフの縁には白波が立っています。そこから先は外洋です。
-
リーフの中はほとんど波も無く穏やかな海面です。
-
沖縄らしい風景に囲まれています。
-
雲間から太陽が顔を出すと途端に海の色が変わります。
-
船底のガラス越しにサンゴを見ていると「あっ。」と思い、船頭さんに「そのままバックして!」と声を掛けます。そこにはウミガメが隠れていました。
-
船頭さんに「よく見つけましたね。」といわれると嬉しいものです。
-
一昨年伊豆大島の元町港の桟橋で見たときは陸上からだったのではっきり見えませんでした。自然の中のウミガメを見つけられると嬉しいものです。
-
この辺りは青いサンゴも美しいです。
-
大きなシャコガイも見ることができました。シャコガイは移動しないので船頭さんも場所が分かっているようでした。
-
17万トンのベリッシマも良いですが、数トンのグラスボートも楽しいです。
-
バスガイドさんに記念写真を撮ってもらいます。3年越しの願いが叶いました。
-
また新たなお客を乗せてグラスボートは出港していきます。
-
黒蝶真珠養殖箱の川平湾で世界で最初に成功しています。大正3年の1914年には御木本幸吉が石垣島登野城に事務所を開設し、名蔵湾観音崎と登野城美崎浜でクロチョウガイを使った真珠養殖に着手します。ここにもミキモトは目を付けていたわけです。しかし、昭和15年の1940年に川平湾の御木本真珠養殖場は、戦時下の統制により全ての手術貝を浜揚げして閉鎖します。
-
戦前に御木本が川平湾で黒蝶真珠養殖を長年にわたって続けたのは、この湾が於茂登連山によって取り囲まれ、養殖にとって最大の敵となる台風から守られているという地形的な条件が理由でした。また、川平湾は外洋と湾内を結ぶ潮通しが良いため外洋性のクロチョウガイが湾内でも生息できる、原生林で覆われた於茂登山系の川からは生育に必要な栄養塩が流入していました。
-
戦後に再開された真珠養殖は「琉球真珠」として現在に至っています。妻はここをじっくり見たかったようですが、グラスボートに乗ったので残り時間はあまりなく、買い物は出来ませんでした。
-
バスは川平湾を大きく回り込んで、海岸線を進んでいきます。
-
そして昼食をいただくレストランに到着します。
-
「ポーザーおばさんの食卓」での食事はツアーの代金に入っています。
ヤマバレ牧場 ポーザーおばさんの食卓 グルメ・レストラン
-
喉も乾いたのでオリオンビールを1本注文します。クルーズ船から降りてきた身にはビール1本750円は嬉しいです。
-
メインのハンバーグ2つに小鉢がたくさん。天婦羅にモズク、ミミガーと煮物、八重山そばまで付いています。どれも美味しかったのは久し振りの和食だったからでしょうか。
-
レストランのテラスからは石垣島の北東へ延びる半島がきれいに見渡せました。
-
ここまではいかないのでこれが見納めになります。
-
午後は再びバスに乗って次の観光地に向かいます。
-
「米原のヤシ原生林」へ行く駐車場の脇には「パーラーぱぱ屋」があります。ここはサトウキビとフルーツをミックスしたジュースが美味しいようです。
-
国の天然記念物に指定されている米原のヤエヤマヤシは八重山諸島の石垣島と西表島にのみに自生する樹高15メートルから20メートルに至るヤシ科の植物です。
ヨネヤシ グルメ・レストラン
-
ヤエヤマヤシ最大の群落がある米原には、ヤエヤマヤシの他にハマイヌビワやリュウキュウガキ、アカテツク、ワズイモなどの亜熱帯植物が自生しています。
-
こんな遊歩道が整備されていますので歩きやすいです。妻はゆっくり歩いているので最後尾を進んでいます。
-
10分ほど進んだ後は同じ道を戻ってくるので迷子になることはありません。
-
途中には展望台も設けてありました。
-
遊歩道の一番奥にヤエヤマヤシの群生がありました。まっすぐな幹がとても美しいです。1本から長さ10メートル、径30センチの材がとれるそうです。遊歩道を歩くもの良いですが、ジュースも飲みたいところでした。
-
最後の下車観光は「玉取崎展望台」です。午後になってさらに陽射しも強くなり、バスガイドさんが久し振りの太陽で、今日は洗濯ものが良く乾くと喜んでいました。1月にこれほど天気が良いのは珍しいそうです。
-
海の色もさらに美しくなってきました。
玉取崎展望台 名所・史跡
-
リーフの境目で海の色が違うのがよく分かります。
-
「玉取崎展望台」は石垣島の一番狭い平久保(ひらくぼ)半島の根もとに位置しています。
-
ここからは南の野原崎(のばるざき)から石垣島最北端の平久保崎まで一望できます。
-
展望台で順番に記念写真を撮ってもらいます。
-
近くにある野底岳は別名「マーペー山」とか「野底マーペー」と呼ばれているそうです。ここには恋愛伝説が残っているそうです。昔、黒島に住んでいたマーペーという女性が愛する人と引き裂かれ石垣島に連れて行かれてしまいます。マーペーはずっと愛する人が来るのを野底岳で待っていましたが、いつまで経っても現れず、悲しさのあまり山頂で岩になってしまったそうです。
-
石垣島の一番狭いところで、幅は200メートル強しかないそうです。右側が太平洋で、左側が東シナ海になります。
-
下車観光は終わりですが、石垣のバスターミナルに戻るまでバスガイドさんがいろいろ説明をしてくれるので飽きることはありません。
-
江戸時代に八重山地方を襲った明和の大津波に関しては言い伝えが残されていて、ある日漁民の網に人魚がかかり、命乞いをするので海に帰したところお礼に大津波が来ることを教えてくれました。それを信じた村にとは高台に避難して難を逃れたということです。
-
1771年4月24日(明和3年3月10日)までは17,549人の人口と言われていた石垣島ですが、津波地震が起きた後の人口は9,069人まで減少したそうです。その差の8,480人の命が津波による被害に遭いました。推定される津波の高さは30メートルだったそうです。津波石と呼ばれるその時に海に流された岩は現在もそのままの状態で残されています。石垣島にある巨大津波石は合計5つあるそうです。
-
バスガイドさんの三線の演奏と民謡の後は三線を持たせてもらいました。左利きだったこともある楽器の演奏とは縁がありませんでした。以前ハノイに行った際に古民家でダンダイという伝統楽器を持たせてもらったことがあります。歌札(カーチュー)という演奏会は不思議な体験でした。三線を持っていてその時のことを思い出しました。
歌札:https://4travel.jp/travelogue/10674546新石垣空港 (南ぬ島石垣空港) 空港
-
石垣空港に立ち寄って数名の方がバスを降りました。午後2時に市内のバスターミナルに戻ってバスツアーは終わりです。妻は川平湾で黒真珠を見ることができなかったので、その足で「琉球真珠」に向かいます。以前来たときに見た黒真珠のネックレスは無かったのですが、きれいなピアスをお買い上げです。
-
乗船の最終時間までまだ間があるので「ユーグレナモール」にでも行ってみることにします。他に行くところも無いのですが。
-
実質3年振りの「ユーグレナモール」です。石垣島に微細藻類ミドリムシの培養施設を持つユーグレナに商店街の命名権が譲渡され、それ以降この名前になっています。観光客の姿はほとんどありません。コロナ禍で来たときの方が賑わっていました。
ユーグレナモール 市場・商店街
-
懐かしい八重山そばの「真仁屋」の前も通りました。まだお正月の飾りが残っています。もう少しお腹が減っていれば軽くそばを食べたいところでしたので残念です。
真仁屋そば屋 グルメ・レストラン
-
モールでぶらぶらするという妻と別れてバスで戻ってくるときに通りがかった「石垣市立八重山博物館」に行ってみることにします。翌日那覇でベリッシマを下船した後は那覇市内の「沖縄県立博物館」にも行く予定なので、その下調べの意味もあります。この博物館は次の旅行記で紹介します。
石垣市立八重山博物館 美術館・博物館
-
妻と合流して「ユーグレナ石垣港離島ターミナル」に向かいます。このターミナルの命名権もユーグレナが買っています。
-
いいタイミングでやってきたシャトルバスに乗って「石垣港新港地区旅客船ターミナル」に戻れました。結局最終便に近い午後3時半のバスでした。
石垣港離島ターミナル 乗り物
-
妻にとっては川平湾のグラスボートのリベンジよりも「琉球真珠」のリベンジの方が有意義だったのではないでしょうか。
-
母が遺したミキモトの黒真珠のネックレスに合わせると言われると玉のサイズが大きくなっても買わないわけにはいきません。
-
最終バスが乗客を降ろして帰って行きます。8月の夏祭りクルーズでは青森港と徳島港では船会社のシャトルバスが無いと思われるので先が思いやられます。船主催のツアーバスもニーズに合っていない部分もあるのでこの辺何とかしてもらいたいものです。
-
部屋でくつろいでベランダで台湾ビールを飲みながら港の景色を眺めています。
-
先ほど港に停泊していたタグボートが港を出て行きます。
-
竹富島か西表島に行くであろうボートが防波堤の所からスピードを上げます。
-
二次離島を結ぶ小型のフェリーも現役で活躍しています。
-
昨年10月のMSCスプレンディダのクルーズでもいろいろな国のタグボートを見ました。カラフルな船が多い中、日本のタグボートはどこでも白と黒です。
-
石垣島にはたくさんの海上保安庁の巡視船が停泊しています。台湾の武装した艦艇に比べてしまうと、役目は違うとはいえその装備は脆弱に見えてしまいます。
-
前回来たときに宿泊したアートホテルの白い建物が見えました。しばらくするとベリッシマは音も無く出港していきます。
-
やはり前回宿泊した「グランヴィリオリゾート石垣島」が沖合いから見えました。一番左の離れのような建物は「石垣牛焼肉&ダイニング琉華」というレストランですが、美味しい石垣牛の焼き肉がいただけました。
グランヴィリオ:https://4travel.jp/travelogue/11670680 -
気が付くと眼下にタグボートが接近していました。
-
ここまで見送った後に「ごきげんよう。さようなら。」と拡声器で言い残し、その場で180度回転したのにはビックリするとともに本当にクルーズ船が歓迎されているのだと感じました。乗員の方々が手を振ってくれています。
-
左舷側からは島が見えるはずなのでデッキに上がってみます。西表島はまだ遠くです。
-
観光バスで立ち寄った「唐人墓」からも見えた「竹富島フェリーターミナル」がより近くに見えました。
-
国内最大のサンゴ礁が広がる海域で座礁した中国の貨物船「シンハイズー2」は国立公園に指定されている「石西礁湖」に無残な姿をさらしています。
-
この時点ですでに座礁して1年近くが経過しています。サンゴへの影響を最小限にすることを前提にウッドチップの抜き取りや海底での回収を進めながら、「船尾部」は切断して解体・撤去を進め、「船首部」は補強したうえで海に浮かせて撤去するようです。予定よりかなり遅れているようです。
-
夕日が西表島の方角に沈もうとしています。朝一番で下船した人は西表島まで行ったのでしょうか?
-
西表島と小浜島の辺りの海面には蜃気楼が見えます。
-
ベリッシマが北に舵を切るとやはり前回2泊した「フサキビーチリゾート ホテル&ヴィラズ」が見えてきました。メイン棟とレストラン棟、大浴場とコテージタイプの宿泊棟と広大な敷地の素敵なホテルでした。
フサキビーチリゾート:https://4travel.jp/travelogue/11669961 -
「石垣御神崎灯台」が見えてきました。ここは夕日を見るポイントらしいので美しい夕日と一緒にベリッシマの姿が見えているのではないでしょうか。
-
ベリッシマは石垣島のかなり来たまで進んだようで、観光バスツアーでも近くから見上げた特徴的な野底岳は別名「マーペー山」が見えました。そろそろ石垣島ともお別れです。
-
デッキで遊んでいるうちにショーの時間が迫っていました。慌てて着替えて「London Theater」に向かいます。
-
この日が最後の公演です。エンディングはお決まりの「We Are The World」です。これはお約束みたいです。
-
背景には世界中の言葉で「私たちは愛を持って仕事をしています。」と書かれてあります。
-
黄色いシャツと水色のシャツとその間の女性たちのヴォーカルは素晴らしかったです。
-
最後のディナーは「POSIDONIA」です。記念に写真を撮っていただきました。
-
お隣のご夫婦の席が空いたままでした。夕方にクルーズプラネットのスタッフの方からメッセージを貰っていました。我々が楽しくて美味しかったとお話しした基隆郊外の「和平島観光漁港」へ行って海鮮を食べてきたこと、美味しかったとお伝えしたベリッシマの「Butcher’s Cut」をこの日に予約したのでお会いできないことが綴られてありました。船内でもう一度お会いできるかと思いましたが叶いませんでした。
-
まずはスープからスタートします。「New England Clam Chowder」は熱々で濃厚です。
-
「Crispy Fried White Fish」はザクザクの白身魚のフライとポレンタのフリッター、野菜にタルタルソースが掛かって美味しい逸品です。
-
「Spaghetti with Basil Tomato Sause」妻はバジルトマトソースのスパゲティが食べたかったようです。
-
「Grilled Blackened Salmon」グリルサーモンにマッシュポテト、リークとほうれん草のクリーム煮、カリカリに揚げた玉ねぎ、オレンジバーベキューソースが掛かっています。
-
「Asparagus Cuttlefish Risotto」はイタリアのアルボリオ米とイカとアスパラガスを煮込んだレモン風味のリゾットです。ちょっと多いかなと思ったけど食べたかった一品です。
-
メインは「Marinated Chicken Legs with Oregano&Lemon」オレガノとレモンでマリネしたチキンレッグを黒オリーブとギリシャのオリーブオイルでローストし、ピラフを添えています。食べ過ぎですがとても美味しかったので大満足。
-
デザートまで食べて、ワインボトルもきれいに空にして、1週間給仕してくれたスタッフにお礼を言って店を出ます。部屋に戻ったら荷造りと荷物を廊下に出さなければなりません。そして後半は行けなかったカジノのチップを米ドルに両替してもらいます。この後1月から3月はモロッコとインドとラオスと旅が続くので細かい紙幣にしてもらいました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2024MSCベリッシマ台湾・石垣島・那覇の旅
-
前の旅行記
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(6)基隆中正公園大仏禅寺を参拝し、基隆廟口夜...
2024/01/11~
基隆
-
次の旅行記
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(8)石垣市立八重山博物館で八重山の文化を学ぶ...
2024/01/12~
石垣島
-
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(1)航海の無事とカジノの勝利を祈願しに中華街...
2024/01/07~
横浜
-
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(2)終日航海日はカジノとPOSIDONIAの...
2024/01/08~
横浜
-
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(3)終日航海日はインペリアルカジノとロンドン...
2024/01/09~
横浜
-
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(4)台湾の基隆に入港し路線バスで和平島観光漁...
2024/01/10~
基隆
-
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(5)基隆奠済宮に参拝し、基隆廟口夜市に遊ぶ。
2024/01/10~
基隆
-
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(6)基隆中正公園大仏禅寺を参拝し、基隆廟口夜...
2024/01/11~
基隆
-
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(7)石垣島一周定期観光バスで川平湾の美しい海...
2024/01/12~
石垣島
-
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(8)石垣市立八重山博物館で八重山の文化を学ぶ...
2024/01/12~
石垣島
-
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(9)沖縄ホテルに宿泊し、美栄とBARサクラザ...
2024/01/13~
那覇
-
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(10)沖縄県立博物館で琉球と沖縄の歴史を学び...
2024/01/13~
那覇
-
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(11)新しくなった第一牧志公設市場から壺屋や...
2024/01/13~
那覇
-
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(12)ホエールウォッチングから栄町市場のうり...
2024/01/14~
那覇
-
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(13)首里城から初めての玉陵を参拝し、40年...
2024/01/15~
那覇
-
MSCベリッシマで新春の台湾基隆と石垣島と沖縄那覇クルーズの旅(14)識名園からジャッキーステーキハウスに満...
2024/01/15~
那覇
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
石垣島(沖縄) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2024MSCベリッシマ台湾・石垣島・那覇の旅
0
131