2023/08/07 - 2023/08/07
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kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2023/08/07
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青森港に着いてからはなかなか市内まで出ることが出来ず、結果的にはタクシーをシェアして県庁の前まで来ました。ご一緒したご夫婦とはここでお別れで、その後も船の中でお見掛けすることはありませんでした。ねぶたの最終日なので混雑を覚悟していましたが、あと20分で始まるというのに通りは閑散としています。国道4号線の「青い森公園」の角に場所を取りました。時間になってもこの辺りに来るまで30分ほどかかるようです。そのうちビルの間から太鼓の音が漏れ伝わってきて、午後1時20分に八甲通りから国道4号線にパレードの先頭が入ってきます。先頭にはメルセデスのオープンカーに乗ったミスねぶたの女性が3名乗っています。その後にはねぶた対象や知事賞をはじめ各賞を受賞した大型ねぶたが20台続きます。通りから大型ねぶたが回ってくる姿は迫力があり、広い国道を右に行ったり左に回転したりと見ていて飽きることはありません。ただ残念なのはやはり明かりが灯った現職の大型ねぶたの迫力に比べると太陽光線を浴びるだけのねぶたは少し見劣りするようにも思えました。初めて青森ねぶたを観た14年前は夜だったこともあり、その迫力に圧倒されましたのですが。さらに感動したのが跳人の皆さんの勢いだったのですが、日中の跳人はほとんど跳ねることもなく、ねぶたについて歩いているだけです。もちろん旅行前にクルーズの日程から夜のねぶた運行が見られないのは分かっていましたが、ちょっと残念でした。知事賞を受賞した最初のねぶたが通過して1時間もしないうちに運行は終わってしまいました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス 船 タクシー 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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タクシーを降りたのは青森県庁の国道4号線の角でした。「青い森公園」の歩道に場所を取って待機します。そのうちに道路規制が始まり、脇道は通行止めになり、しばらくすると太鼓の音が響いてきます。
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国道4号線と八甲通りの角には消防車が並んで道路封鎖しています。
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妻は少し下がった場所で座っての待機です。この日は曇っていたので多少気温は低いのかと思いましたが、秋田と同じような35℃近い真夏日でした。日焼け対策と手持ちの扇風機と空調ベストを着ていますが、近くにコンビニが無かったのでロックアイスが買えなかったので氷嚢は使いませんでした。
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太鼓の響きが大きくなると八甲通りから車が出てきました。
青森ねぶた祭 祭り・イベント
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友人のメルセデスと同じようですが、こちらはAMGのSLクラスのオープンカーというもののようです。車には全く興味が無いので良く分かりませんが、すごい高い車なんでしょうね。
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昨晩は秋田で提灯を数千数万とみたので、それにくらべるとちょっと寂しいパレードです。
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その後を勢いよく八甲田通りから大型ねぶたが現れました。
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先頭は「ねぶた大賞」と「最優秀製作者賞」を受賞した青森菱友会の「牛頭天王」です。ねぶた師は竹浪比呂央(たけなみ ひろお)さんという方です。牛頭天王(ごずてんのう)は日本における神仏習合の神で、釈迦の生誕地に因む祇園精舎の守護神とされました。蘇民将来説話の武塔天神と同一視され、薬師如来の垂迹であるともスサノオの本地ともされます。京都東山の祇園や播磨国の広峰山に鎮座して祇園信仰の神(祇園神)ともされ現在の八坂神社にあたる祇園社から勧請されています。
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青森菱友会のねぶたで「ねぶた大賞」を7度、「最優秀製作者賞」を8度受賞されています。青森菱友会は三菱系列企業の集まりとして昭和のはじ5~6~6社で発足しました。戦後の混乱期を経て昭和30年頃に再出発し、現在では三菱直系の企業の外にも
地元の関係企業も多数参加することにより構成されているようです。 -
明かりが灯ると目立たないところも白日の下ではねぶた師の技量の差が如実に感じられました。先頭の序章ねぶたはやはり他のものとも違いましたし、海上運行で見たときもさらに美しく見えました。
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「JRねぶた実行プロジェクト」が続いてやってきます。緑色の法被を着た7人が巨大な山車を曳いていますが、これを何キロも続けると思うと大変だと思います。
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ねぶたの囃子には「進行」「戻り」「大休止」「小休止」「集合」「小屋入れ」「小屋出し」など数種類があるそうです。笛と太鼓とジャガラギとかテビラガネと呼ばれる手振り鉦が揃ってねぶた囃子となります。笛と共に女性や子供たちの多いようです。ねじり鉢巻に半纏でシャン、シャンと粋な囃子で練り歩きます。
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太鼓はいわゆる「締め太鼓」で、「鋲打ち太鼓」は使用しないそうです。締め太鼓の胴部(ドウガラ)は板を円形に組み合わせて作る底のない桶のような形状で、両側には主に牛皮(馬皮もある)を張った丸鋼の枠(タガ)を付けます。ねぶた囃子には「とよし」「とう」という竹に似たような節がある桴(ばち)を使います。これは弘前の「津軽藩ねぷた村」で売ったことがありますが、最高に気持ち良かったです。
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「JRねぶた実行プロジェクト」のねぶたは「強弓 島の為朝」で、こちらもねぶた師は竹浪比呂央さんです。こちらは「知事賞」を受賞しています。
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源為朝(みなもとのためとも)は平安時代末期の武将で、身長七尺(2.1メートル)の大男で目の隅が切れあがり、また強弓の使い手としても知られ弓を支える左腕が、後で弦を引く右腕よりも4寸(12センチ)も長いという、弓を引くために生まれたような体つきをしていたといわれます。
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内部に明かりが灯らなくてもものすごい迫力を感じます。
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35℃を超える気温ではアスファルトの上では体感気温はもっと高かったと思います。ねぶたの曳き手も大変な重労働です。今年はどこかのねぶたで暴力行為があったと後になってから知りました。
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月曜日の日中なので跳人の数も少なかったのがちょっと残念でした。ほとんどの方が歩いているだけでした。お祭りの気分が一気にアップする「ラッセラー、ラッセラー」という掛け声も一度も聞こえませんでした。
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青森ねぶたでは「跳人(ハネト)」と呼ばれる踊り子たちが、声を上げながら踊り歩きます。祭りの目玉は何といっても「ねぶた」ですが、もう1つの名物がこのハネトの存在だと思います。浴衣の裾をひざまでたくしあげ、花笠にたすきがけといったハネトの正装で威勢よく踊り、お祭りをどんどん盛りあげるのですが。
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「NTTグループねぶた」がやってきます。NTTグループねぶたは昭和25年の1950年に初出陣し、不参加の年もありましたが以来60回にわたって参加しているそうです。
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曳手と囃子は「赤誠会」という団体が担当しています。この赤誠会はNTTの社員が立ち上げましたが地域の人たちも加わり、今では全体で100人以上の会員数となり、囃子はねぶた祭り本番に向けて年間を通じて練習をしています。
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「釈迦降誕」の場面を描いた大型ねぶたが後を続いています。こちらは「市長賞」を受賞しています。釈迦の誕生の物語を知っていると登場人物が何となく分かってきます。
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左にいる女性は釈迦の生母はマーヤー(摩耶)夫人で、蓮の花を手に持っています。摩耶夫人は釈迦族の王のシュットーダナ(浄飯)の妃となってから、ながらく子供に恵まれませんでした。ある日の事、天から白象が降りてきて、自分の右脇から胎内に入る夢を見て懐妊したのだといいます。
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中央に立っている子供が生まれたばかりのシッダールタ(悉達多)の姿です。自ら7歩歩み、右手で天を、左手で地を指して「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と声高らかに降誕宣言をした場面です。
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「私たちのねぶた自主製作実行委員会」の「一寸法師」です。題材は一寸法師と鬼の戦いのクライマックスです。お姫様を守るために果敢に鬼に立ち向かう一寸法師は鬼に飲み込まれてもあきらめず、針の刀で腹やのど、鼻を刺して攻撃します。鬼は降参して山の奥へ逃げて行ってしまいます。
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ハネトの衣装にはルールがあります。頭には花笠を被り、花笠に豆絞りをつけます。肩には鮮やかな「タスキ」をかけます。腰や腰ベルトの上に巻く「しごき」、白地を基調とした浴衣を着なければなりません。着物の裾は膝までたくし上げ、その下にはピンクや青の「お腰(オコシ)」をつけます。足元は「白足袋」に「草履」が基本で、この時に「草履」は脱げないように「豆絞り」といわれる藍色の水玉模様の手拭いで縛っておくのがコツです。
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秋田の竿燈もこの後の高知の「よさこい」もそうでしたが、外国人の方が参加している姿を多く見かけました。
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「青森市役所ねぶた実行委員会」の「牛若丸と弁慶」です。6月に行った和歌山の闘鶏神社は弁慶と父親の熊野別当の湛増(たんぞう)に由来する場所で、源氏平氏のどちらに味方をするかの神意を確認するため、神社本殿の前で赤を平氏、白を源氏に見立てた紅白7羽の鶏を闘わせました。ことごとく白(源氏)の鶏が勝利したため、源氏に加勢することを決め、熊野水軍200隻を出陣させました。
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幼くして比叡山に入山した弁慶は手の付けようもない乱暴者で、ついに寺を出てしまいます。やがて1000本の刀を手に入れることを思いつき、武者狩りを繰り返して999本まで集めた時、1000人目に出会ったのが牛若丸でした。幼いころから鞍馬山に預けられ修行をしていた牛若丸のもとへ大天狗が現れ、源義朝の子であることを知らされます。以来、父の仇を討つために鍛錬を重ね15歳の時に寺を離れて京都へ向かいます。
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武者狩りをしていた弁慶とは五条大橋で出会います。刀をめぐって戦うも軽やかに立ち振る舞う牛若丸に大薙刀を振るう弁慶はいとも簡単に躱されてしまいます。とうとう弁慶は牛若丸に降参し平家打倒の共通目的もあることから、弁慶は牛若丸の家来となりました。
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ねぶたの後ろ側を「送り絵」「見送り」「送りねぶた」といいますが、ねぶた師それぞれ工夫がなされています。ねぶたの題材と関連している場合、ねぶたが回転すると一体感が生まれたりします。ここでは鞍馬山の大天狗が表されています。
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「日本通運ねぶた実行委員会」の「日出処の天子」です。聖徳太子は馬小屋の前で生まれたことから「厩戸の皇子」とも呼ばれ、推古天皇の摂政として蘇我馬子と協力して政治を行い、十七条憲法や冠位十二階を作り、天皇を中心とした国づくりを目指しました。外交にも力を入れ、隋の進んだ制度や文化を取り入れるために小野妹子を「遣隋使」として隋の国へ送り、その時「日出る処の天子、日没する処の天子に書を致す」という国書を隋の皇帝に渡しました。
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聖徳太子はまた仏教を深く信仰し、現在の大阪府の四天王寺や奈良県の法隆寺を建て、日本に仏教を広めました。
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このねぶたは極楽浄土にいると言われる迦陵頻伽(かりょうびんが)が舞う中、仏教を守護する毘沙門天の御加護を受け、七星剣をかざし、破邪顕正、恒久平和「和を以て貴しと為す」を希求する聖徳太子の姿です。
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迦陵頻伽の描かれた図像は浄土を表現していると理解され、同時に如来の教えを称えることを意図します。中国の仏教壁画などには人頭鳥身で表されますが、日本の仏教美術では有翼の菩薩形の上半身に鳥の下半身の姿で描かれてきました。
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また新たなねぶたが大通りに入ってきました。この国道4号線は東京都青森を結ぶ日本一長い国道でもあります。
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凱立会というお揃いのオレンジの法被を着た人たちのお囃子がすごく良かったです。後で知りましたが「囃子賞」を受賞されていました。
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「観光コンベンション協会会長賞」を受賞した「日立連合ねぶた委員会」のねぶたです。タイトルは「新田義貞伝説 龍神へ太刀を捧ぐ」です。
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新田義貞は上野国の新田荘(群馬県太田市付近)の新田氏の家に生まれます。父の朝氏が死去し、義貞は若くして家督を継ぐことになります。新田氏は鎌倉幕府の御家人の中でも有力者で古くは広大な領地を所有していましたが、北条氏との折おり合いが悪く、義貞が家督を継いだ頃は領地も減り無位無官で苦しい生活を強いられていました。その影響もあり若い頃から義貞は日々武芸や学問に励み、天皇へ忠誠を尽くすことを教えられながら成長します。
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鎌倉末期には打倒鎌倉幕府を掲げる後醍醐天皇と、鎌倉幕府の北条氏が対立します。当初は幕府圧勝かと思われましたが、次第に領地各地で幕府に不満を抱く者が増え、後醍醐天皇に賛同する声が高まります。武功を挙げても十分な恩賞がもらえず苦しい生活の中で遂に義貞も挙兵しました。義貞軍は勢いを増し武蔵国に入り鎌倉街道を南下し続けますが、鎌倉は山と海に囲まれた天然の要塞で、進軍するも苦戦を強いられます。
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稲村ケ崎からの進軍も海は荒れ狂い、困った義貞は黄金の太刀を海に捧げ祈ります。すると海深くから龍神が現れ、たちまち波は引き、義貞は一気に鎌倉に攻め込み、わずか半月で鎌倉幕府陥落を成し遂げます。ねぶたは太刀を捧げ祈った新田義貞の前に龍神が現れた場面です。
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次の山車は巨大な「締め太鼓」が据え付けられ、そのうえで太鼓を叩いています。
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このスタイルの山車は以前五所川原の佞武多を見たときに見ることが多かったです。この日はこの1台だけがこのスタイルでした。
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「ねぶた愛好会」の「雪山童子」です。 雪山童子(せっせんどうじ)はお釈迦様が前生で修行をしていたときの名前です。仏教でいう釈迦の前世の物語のことをジャータカとか本生譚(ほんしょうたん)といいます。釈迦がインドに生まれる前、ヒトや動物として生を受けていた前世の物語で、日本ではあまり作例を見ることは少ないですが、インドや東南アジアでは彫刻などで見ることが多いです。ジャワ島のボロブドゥールのレリーフの半数くらいはこの前世の物語でした。
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童子が雪山で修行をしていると恐ろしい姿をした鬼が不思議な詩を唱えているのを耳にします。空腹であった鬼に童子は自らを食べることと引き替えに詩の続きを唱えてくれるよう頼むと鬼は再び詩を唱えました。童子はこの詩を多くの人に伝えるため岩に刻み込むと、約束通り鬼の口に身を投げました。すると鬼の姿はたちまち帝釈天という神様に変わり、童子を空中で受け止め地上に降ろし、命をかけた修行をほめたたえたという物語です。
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「サンロード青森」の「北の燿星(ようせい)毘沙門天」です。毘沙門天は仏教における天部の仏神で、四天王の一尊に数えられる武神です。多聞天とも呼ばれ、十二天の一尊で北方を守護しています。日本においては五穀豊穣・商売繫盛・立身出世といった、現世利益を授ける七福神の一柱として信仰されています。
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このねぶたは観音菩薩の脇侍として対で並ぶ事が多い不動明王の化身である倶利伽羅から竜王の御加護を得て、眷属の鬼である羅刹と夜叉を従え、この世の悪を追い払わんと身構える毘沙門天の勇姿でです。
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「サンロード青森囃子会」は入会するとみんな笛から指導し、メロディーを覚えた人から希望の楽器へ移行するため、全員が笛を吹くことができるというのが特徴だそうです。また出発前の「集合・出陣太鼓はサンロード青森囃子会のオリジナルで、スタート地点で演奏され、大太鼓6台を使用して大きな見せ場となっています。
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消防クラブの揃いの法被を着た子供たちも花笠を被って跳ねています。
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やはり夜の運行を見たかったというのが正直な感想です。
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「に組」のお囃子が目の前を通り過ぎていきます。
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「に組・日本風力開発グループ」は「桃太郎」が題材になっています。桃から生まれた桃太郎はおじいさんとおばあさんに育てられました。鬼が悪さを繰り返し人々は困り果てていたことから大きくなった桃太郎は鬼ヶ島に鬼退治に行くといいます。きび団子を作ってもらいそれを褒美に、犬、猿、雉を家来に従え、鬼ヶ島まで鬼を退治に行くという物語は誰もが知っていますね。
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このねぶたは第6代ねぶた名人の北村隆さんの作品で、双子のご兄弟も同じねぶた師をされています。NHKの番組が最近再放送されていて、この旅の前に見直してきたので見入ってしまいます。昼間見ても夜と変わらない美しさを感じます。それまでスポンサーだった東芝が下りてしまい、代わりが決まってねぶたの製作が続けられたという内容の番組でした。
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「送り絵」は桃から生まれた桃太郎を見守るおじいさんとおばあさんです。日本風力開発は洋上風力発電の業者選定基準の変更を求める陳情を衆議院議員に繰り返し行って、この後に社長が辞任していますね。
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「プロクレアねぶた実行プロジェクト」の「大日大聖不動明王」が続いてきます。
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密教では森羅万象この世にあるすべてのものを包容する存在で、仏の最高位を大日如来としています。その大日如来の化身とされているのが「大日大聖不動明王」です。右手には煩悩や迷いを切り払う宝剣を、左手には生きとし生ける者すべてを正しい方向に引き揚げる羂索を持っています。眼を大きく見開き、牙を剥いた憤怒の形相はあらゆる仏敵を威嚇しています。つい先日高野山へ参拝したばかりなので、思わず手を合わせてしまいます。今年は弘法大師空海の生誕1250年の年です。
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「ヤマト運輸ねぶた実行委員会」の「綱館」です。羅城門で鬼人茨城童子の片腕を切り取った渡辺綱がそれを唐から櫃ひつに入れ、物忌みして誰にも会わず固く門を閉じている所へ伯母の真柴が訪ねてきます。一度は拒絶したが肉親の情に負けて招きいれてしまいます。
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酒宴ののちに思い出に鬼の腕を見せて欲しいと頼まれ仕方なく承知してしまいます。伯母は隙を伺って腕を奪うとたちまち悪鬼の正体を現し、腕を掴んで黒雲と共に飛び去ります。伯母は羅城門で腕を切り取られた茨城童子の化身でした。
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「送り絵」は金太郎だったのでなるほどと思いました。源頼光と共に活躍した4人の家臣を頼光四天王と呼び、渡辺綱(わたなべのつな)、坂田金時(さかたのきんとき)、卜部季武(うらべのすえたけ)、碓井貞光(うすいのさだみつ)を指します。坂田金時が金太郎というわけです。
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「ヤマト運輸ねぶた実行委員会」の大型ねぶたに続く跳人は元気な子供たちでした。やっぱり小学生は元気です。
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いい夏休みの思い出になりますね。熱中症に気を付けてと心配してしまいます。
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多くのグループがアウトドア用のキャリーワゴンに飲み物を積んでいました。特に飲料メーカーがスポンサーになっているところは充実しているようです。
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「マルハニチロ侫武多会」は「三日月祈願 山中鹿之助」です。出雲の国(島根県東部)一円で大きな勢力を誇った尼子氏は、当主の尼子晴久の死により衰退し、ついには安芸の国(広島県西部)毛利元就の軍門に降り滅亡します。尼子氏の家臣として数々の武勲をあげ、卓越した戦略眼を持つ事から山陰の麒麟児の異名をとる山中鹿之助幸盛は、その智将ぶりで他軍より引く手数多でしたが「忠臣は二君に見えず」と一切の誘いに応じませんでした。
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ひたすら主家の再興だけを願い、打倒毛利を心に固く誓った鹿之助は、ある晩三笠山にかかる三日月へ「願わくば我に七難八苦を与え給え」と静かに祈ります。祈りに呼応するかのように鹿之助の周囲には復活の象徴である蝶が無数に舞い、幸運のフクロウが悠然と羽ばたき、麒麟が縦横無尽に夜空を翔けます。
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三日月の裏側は満月に変わり、月の死者のウサギが飛び跳ねています。もしくは出雲の国に因んだ因幡の白兎かもしれません。
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大型ねぶただけではなくこういった小さなねぶたも現れます。日清のチキンラーメンと侮ることは出来ません。世界初のインスタント麺を死ぬ間際に食べたいと言い残したのはラストエンペラーとして有名な愛新覚羅溥儀(あいしんかくら ふぎ)でした。この事は溥儀の弟の溥傑(ふけつ)の妻「嵯峨浩」が書いた「流転の王妃」に書かれています。
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「消防第二分団ねぶた会・アサヒビール」は「田村麿 大嶽丸を討つ」です。伊勢国鈴鹿山に棲む鬼神の大嶽丸が暴威を振るう為に一帯は全く人通りがなく、宮中への貢ぎ物も途絶えました。事態を重く見た朝廷は坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)に大嶽丸討伐の勅命を下します。田村麿は3万の大軍を率いて鈴鹿山に向います。妖術にたけた大嶽丸は暴風雨を起こし、雷鳴を轟かせて峰全体を巨大な黒雲で覆います。
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神仏の加護を受けるより道はないと日夜一心に祈願を続けると、ある夜ひとりの白髪の老人が夢枕に立って「大嶽丸を討つのは、容易な業ではない。討伐を望むならばこの山中に棲む鈴鹿御前の協力を得ることだ」と告げます。
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坂上田村麻呂が険しい道を分け入ると突然どこからか美しい女が姿を現しました。この美女こそ鈴鹿御前でした。ある夜、童子に姿を変えた大嶽丸が鈴鹿御前のもとに忍んで来ると田村麿は大嶽丸の宝剣2本を奪って迎え撃ちます。だまされたと気付いた大嶽丸は激怒して口から炎を吐きながら剣や鉾を雨のように降らします。そこに毘沙門天と千手観音が現れ、襲いかかる剣や鉾をことごとく払い落しました。田村麿が一心に祈願して矢を放つと、数千に分かれて鬼神の顔面に突き刺さりました。
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「見返し」には鈴鹿御前の姿が見えます。
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「あおもり市民ねぶた実行委員会」は「土蜘蛛」です。京都で治安を守る武勇に名高い源頼光は病で床に伏していました。そこで侍女の胡蝶は薬を誂えてもらい頼光の元へ届けます。頼光の従者の取次ぎもあり胡蝶は頼光と面会するが頼光は弱音を吐くばかりです。その夜に頼光が一人休んでいると怪しげな僧が現れ「病気というのもみな我がなす業である。」と告げます。僧は蜘蛛の化け物となって頼光に糸を吹きかけますが、そばにあった刀で切り付けられ退散していきます。
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翌日になって頼光が四天王を率いて僧の血痕を辿ると古塚にたどり着き、中から土蜘蛛が姿を見せ、糸を繰り返し戦いますががついに斬り伏せてしまいます。頼光の病はその後すぐに回復し、土蜘蛛を討った膝丸は以来「蜘蛛切り」と呼ばれるようになりました。
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ねぶたの場面は世に災いをなす土蜘蛛と、それを退治せんとす頼光の戦いです。土蜘蛛の放つ千筋の糸は虚空を舞い、神の加護を受けた剣をもって退治するところです。
クラブツーリズム社は今年もスポンサーになっていました。 -
ダイドーがスポンサーなので冷たい飲み物が用意されています。クルーズターミナルから県庁までタクシーで来てしまい、近くには飲み物の自動販売機も無いので思わずついて行ってしまいそうになります。
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「公益社団法人 青森青年会議所」は「国性爺合戦 和藤内甘輝(かんき)の復興」です。和藤内(わとうない)は明国の臣で日本に亡命している老一官(ろういっかん)を父に日本人を母に持ち、肥前の平戸で育ちました。ある日のこと老一官は唐土より流れ着いた明の栴壇(せんだん)皇女から明国が滅亡の危機に瀕していると告げられます。明朝復興の為にかつての明の将軍甘輝に助けを乞うべく和藤内は父母と共に海を渡たることになります。
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甘輝の館である獅子ヶ城に辿り着いた3人の前に甘輝の妻であり、老一官の先妻との娘である錦祥女が現れます。錦祥女は夫である甘輝が味方につくよう説得すると言います。甘輝は和藤内に国性爺鄭成功(こくせんやていせいこう)と名乗らせ、ともに軍を起こす決心をします。
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このねぶたは獅子ヶ城の前で和藤内と甘輝が共闘を誓い、明国の復興のために一致団結する場面です。和藤内が説得を待っていた石橋の下を紅流しの川が流れている中、日本と中国の龍が2人の目指す明るい未来を見据えています。
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ねぶた師の立田龍宝さんは5歳の頃に内山龍星氏の「国性爺合戦」のねぶたを見て、ねぶた師を志し、小学5年生よりねぶた小屋に出入りし、中学2年生で内山龍星氏の弟子となったそうです。
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同じ題材のねぶたを製作することが出来たというわけですね。
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跳人の皆さんは浴衣の裾やピンクのお腰に小さな鈴をつけています。この鈴は跳ねる度に軽やかな音をたてます。この鈴は近年「幸せを呼ぶ鈴」として人気があるようです。
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「東北電力ねぶた愛好会」の「東北の雄 阿弖流為と鬼剣舞」が蛇行しながら進んできます。延暦5年桓武天皇によって東北蝦夷征伐の令が下され、征夷大将軍の紀古佐美は日高見国(奥州市付近)へ攻めいります。しかし、蝦夷の将軍「大墓公(たものきみ)阿弖流為(あてるい)」の抵抗に破滅的な敗北に終わります。その後、朝廷は3度の進攻に坂上田村麻呂を征夷大将軍に任命し、十万の兵を率いて北進して蝦夷を平定しました。
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阿弖流為(あてるい)は盟友の「盤具公母(ばぐれのきみもれ)」と共に田村麻呂に従い、京に上がりますが斬首され、後に田村麻呂は蝦夷の霊を鎮めるために清水寺を建立しました。
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坂上田村麻呂は「毘沙門天の化身、来りてわが国を護ると云々」とされ、生前から毘沙門天の化身として評価されたことから「見返り」には憤怒の毘沙門天の姿がありました。
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跳人の基本的な衣装は決まっていますが、その着こなしは人それぞれのようです。時代とともに少しずつ変化していくのだと感じます。
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それが良いのか悪いのかは分かりませんが、この後の高知のよさこいは全員が同じ衣装を同じように揃えていて、統一感のある美しさを感じました。
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「青森山田学園」の「鎮西八郎為朝」です。源為義の八男の為朝は小さい頃から乱暴者で、13歳で九州に追放されてしまいますが、ここでも力を発揮し一帯を制覇し鎮西八郎を名乗ります。身長は2メートルをも超える大男で弓の名手でした。5人がかりでも引くことが出来ない弓を1人で軽々引くほどの怪力を備えていたといわれます。その豪勇さから各地には為朝の伝説が残されています。
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為朝はかつて疱瘡(天然痘)が流行した際にも病には罹らず、疱瘡神(疱瘡を擬神化させた悪神)を退治したといいます。それ以降、為朝は疫病退散の守り神として魔除けの絵にも描かれるようになります。矢羽根に使われる猛禽類は勇気と優雅、そして不死のイメージを持ち、鷹の直線状に空を切るように飛ぶ姿と矢に命を込め放つ為朝を重ね合わせ表現しています。
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「商工会議所会頭賞」を受賞した「青森県板金工業組合」のねぶたは「火雷天神 菅原道真」です。頭脳明晰だった菅原道真は朝廷に重用され、右大臣まで上り詰める異例の出世を果はたしました。しかし一方では時の権力者だった藤原時平から妬みをかい、政略によって身に覚えのない罪で大宰府へ左遷させられた後、失意のうちに薨去します。大宰府では衣食もままならぬ厳しい生活を強いられながらも、皇室の安泰と国家の平安、またご自身の潔白をひたすら天に祈り、誠を尽くされた生涯でした。
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道真公が悲劇の一生を終えた後、相次ぐ左遷に拘わった人々が謎の死を遂げていたため道真公の祟りとして怨霊伝説となったが因果応報とも捉えられます。このねぶたでは怨霊伝説の契機となった「清涼殿落雷事件」を、道真公が火雷天神と化した姿を表現している。
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菅原道真は承和12年の845年に誕生し、この年は乙丑の年でした。ここに牛が立ち牛ではなく臥牛である由来となったのが、北野天神縁起絵巻で語られる次のような伝説によります。延喜3年の903年に道真が大宰府で生涯を閉じられた際「人にひかせず牛の行くところにとどめよ」との遺言があり、遺骸を牛車で運ぶ途中で車を曳く牛が座り込んで動かなくなった場所に埋葬したというものです。この場所が安楽寺であり、今の太宰府天満宮となりました。
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「見返り」は太宰府へ下る日に自邸の梅の木に「東風吹かば 匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」と歌で別れを告げます。道真公を慕った梅の木は一夜にして大宰府まで飛んできたと伝えられます。これが太宰府天満宮の本殿に向かって右手にある御神木「飛梅」です。
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約1時間の運行が終わりました。夜の運行よりも数が少ないので終わるのも早いようです。しばらくは国道が閉鎖されているのでねぶたの後をついて市役所方面に向かいます。市役所は観光客に開放されていたのでここで少し休むことにします。
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横浜
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横須賀
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2023/08/06~
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2023/08/06~
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2023/08/07~
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ダイヤモンド・プリンセス日本の夏! 竿燈・ねぶた・よさこい・阿波おどりに沸く周遊クルーズ(10)台風6号を避...
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ダイヤモンド・プリンセス日本の夏! 竿燈・ねぶた・よさこい・阿波おどりに沸く周遊クルーズ(12)オーテピア前...
2023/08/11~
高知市
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ダイヤモンド・プリンセス日本の夏! 竿燈・ねぶた・よさこい・阿波おどりに沸く周遊クルーズ(13)料亭得月楼で...
2023/08/11~
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ダイヤモンド・プリンセス日本の夏! 竿燈・ねぶた・よさこい・阿波おどりに沸く周遊クルーズ(14)台風7号を避...
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ダイヤモンド・プリンセス日本の夏! 竿燈・ねぶた・よさこい・阿波おどりに沸く周遊クルーズ(15)1日早く戻っ...
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