2022/05/28 - 2022/05/29
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kojikojiさん
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ツアー2日目の午後6時に宗谷岬とノシャップ岬の間にある小さな声問岬の「ホテルめぐま」に到着しました。漁村の中に突然立っているようなホテルで、一般のお客さんの姿はほとんど無く、我々以外には同じトラピックス社のツアーが1つとクラブツーリズムのツアーで宿泊を占めていたようです。このホテルの食事はツアーの予定表にも大きく書かれてあるほどで期待していました。確かに今回のツアーに含まれた食事ではここが一番良かったと思います。地元でとれたタコのシャブシャブや毛ガニなど盛りだくさんです。さらに追加メニューとして生ウニが1,000円で用意されていました。数人の方が注文していましたが、遅れて入った我々は1つでは喧嘩になるので2つ注文すると皆さんの視線を感じました。でもこの注文は正解で、ミョウバンを使っていない美味しい生ウニを堪能できました。冷酒も旭川の男山の特別純米酒で、料理にもよく合うので2本も空けてしまいました。食事の後は部屋で少し休んでから温泉に入りましたが、この声問温泉の湯は大正時代に油田のあったこの地の影響なのか、少し油臭い感じがしました。利尻島と礼文島の旅の後に泊まった豊富温泉はまさに油田の採掘中に湧いた温泉なので同じような匂いを感じました。どちらもアトピーに効果がある湯というのも同じでした。翌朝までずっと雨が降っていましたが、午前5時にひとっ風呂浴びた後に周囲の散歩に出てみました。ホテルに置かれてあった地図では岬を1周しても30分ほどと書かれてありましたが、じっくり写真を撮りながら歩いたら1時間かかりました。いろいろ疑問に思うところもありましたが、日曜日の早朝ということもあって、誰も歩いていないので聞くことも出来ませんでした。その疑問はホテルに戻った際にフロントの女性に尋ねて解消できました。晩御飯も美味しかったこのホテルの朝食も美味しくいただき、午前8時には稚内市内の観光に出発します。まずは最北端の「稚内駅」の見学です。ちょうど特急列車が到着したり、ゆるキャラの「りんぞうくん」と「出汁之介」とも記念写真が撮れました。バスで稚内公園に移動して高台にある「氷雪の門」や慰霊碑を見学して、エゾシカの写真も撮れました。「稚内港北防波堤ドーム」と「大鵬幸喜上陸の地記念碑」を見ていると利尻島へ向かうハートランドフェリーの「アマポーラ宗谷」が入港してきました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 JALグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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高速道でのパンクから蘇ったSOYA-BUSは午後6時に声問岬にある「ホテル巡間」に午後6時に到着しました。旅行会社のスケジュール表と数分の違いで予定が進んでいくのはいつもすごいと思います。
ノシャップ岬と宗谷岬の間にある盲腸のような声間半島にある温泉ホテル。周囲の漁村の散歩が楽しい。 by kojikojiさんホテルめぐま 宿・ホテル
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到着前に添乗員さんから翌朝までの予定表が配られ、館内での説明がありました。バスを降りて荷物を持って、検温と手指消毒をして部屋に直行します。鍵は部屋に置かれてあるのでチェックインもスムーズです。
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毎度のことですがエレベーターには人が殺到するのでしばらくロビーで待機します。
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小さなホテルですが、この日は我々のツアー36名の他に同じトラピックスのツアーが1組とクラブツーリズム社のツアーが1組宿泊しているようです。
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ロビーには暖炉があり、もう5月下旬なのに火が入っていました。実際に外気温は8℃だったので当たり前なのかもしれません。
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4階建てのホテルの上層階からは海も見えるようですが、隣の棟の部屋と向かい合わせでした。今回のツアーでは部屋の景観の良し悪しに凄い差があって、我が家はずっと外れの部屋でした。
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部屋はスタンダードのツインルームで、枕が小さいくらいで快適でした。ロビーに暖炉があったように、この時期でも暖房が必要でしたが寒冷地仕様なのか強力なので乾燥に注意が必要です。
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ホテルはフリーwifiで、LINEやメールの確認などは問題なく利用できました。冷蔵庫は空っぽなので、旭川のセイコーマートでアルコール類は買っておきました。最寄りのコンビニまでは4キロ離れているので買い物は無理と考えた方が良いです。
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部屋の風呂は温泉の大浴場があるので使いませんでしたが、洗面台がこれなので洗面道具などを置くには手狭でした。クーラーボックスに入れてきた缶チューハイを空けてくつろいでいるとすぐに晩御飯の時間になりました。
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午後6時から1階の「ふきのとう」というレストランで晩御飯です。ツアーの目玉にもなっていた晩御飯なので期待していました。
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まずは食前酒の赤紫蘇ワインで乾杯です。部屋で少し飲んだ後なので冷酒を注文しておきます。
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先付けはボタンエビと彩野菜スティックで、雲丹蟹味噌ソースとホワイトソースでいただきます。
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お造りは宗谷産ホッケの昆布締めと宗谷産の帆立とサーモンです。生だと水っぽいホッケも昆布締めにしていい具合でした。帆立も肉厚で美味しいです。
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鍋物は宗谷産のタコのシャブシャブです。これは量も多くて美味しいので大満足のメニューでした。欲を言えばコリコリした吸盤も食べたかったです。
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小ぶりでしたが味噌も身も詰まった美味しい毛ガニでした。一応妻に残さないか尋ねてみましたが無駄でした。
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酢の物はタコのささめのイクラ添えです。これは珍味です。ささめとはタコのエラの部分で、高級なものではありませんが東京では食べられません。一応おしながきはテーブルに置かれてありますが、説明が無いとありがたみが湧きません。
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冷酒が届きました。旭川の男山の特別純米の生貯蔵酒で、オリジナルのラベルになっています。
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これがすっきりと飲みやすいので、最終的には2本空けてしまいました。
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仲居さんが「生ウニいかがですか。」とテーブルを周りますが、あまり反応はありませんでした。テーブルに回ってこられたので値段を尋ねると「1,000円です。」とのことで2つ注文しました。とれたての生ウニなのでミョウバンも使っていなく、この世の物とは思えない美味しさでした。量もたっぷりです。我が家が美味しそうに食べるのを見ていた方が注文を始めましたが、途中で売り切れになっていました。
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小鉢は冷たい茶碗蒸しで、カニの餡かけがたっぷり乗っています。これ以外にもホッケの味噌焼きと利尻産のとろろ昆布汁なども出てきます。
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ご飯はタケノコ飯でしたが、本州以南のタケノコではなく、千島笹(ちしまざさ)のタケノコです。これも柔らかくて美味しかったです。北海道では普通のタケノコは一般的ではないようで、北海道に住む弟が結婚してすぐに京都の従姉がタケノコを送って、数日後に連絡したらまだ食べてなかったと怒っていたことがありました。アスパラやトウモロコシと同じようにタケノコも早く食べないと美味しさが損なわれます。
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せっかくの暖炉があるのでしばらく寛いでいました。翌日から怒涛のツアーが始まるので皆さん早くお風呂に行かれていると考えていました。
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お風呂から出てきたクラブツーリズムの添乗員さんがシャッターを押してくださいました。
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部屋に戻ってお酒を少し飲んで、空いた時間を見計らって大浴場に向かいます。
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時間が遅いせいか風呂に行くとどなたもいらっしゃいませんでした。ホテルの規模の割りには小さな風呂だと感じます。
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浴槽の1つはホテルオリジナルの人工温泉で、もう1つは1976年に油田の試掘の際に湧いた少し黄色みがかった湯です。これは後日宿泊する豊富温泉と同じ成分のようです。
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露天風呂は「雪あかりの湯」という名前で、雪と風を防ぐために作られたようです。貸切風呂なのですから気持ちよいです。
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部屋の窓は2重のサッシュでしたが、一晩中風の音が聞こえていました。午前5時前には目が覚めてしまったので、お風呂に入ってから散歩に出掛けることにしました。
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フロントには周辺のマップが置いてあり、ホテルのある声間岬を30分くらいで周れるとありました。ホテルを出ると集合住宅が少しあり、海岸線に向かうと漁村の風景に代わります。
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その朽ち果てた風情が何とも言えない雰囲気です。漁具置き場に使っていたであろう路線バスは屋根の部分だけを残して朽ち果てています。
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東側の漁港までやってきましたが、日曜日の朝のせいか人の気配は感じられません。
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4月にウトロに滞在する1週間のツアーを申し込んでいましたが、人数が集まらなかったようで催行中止の連絡があり、がっかりしていました。昨年の秋にもウトロに向かうバスの中で知床クルーズが波が強いために欠航になっていました。今年はリベンジと思っていた矢先のことでした。その連絡のあった翌日に知床の事故がありましたので複雑な気分でした。実際に北海道に来ているとこんな看板を見ても身に抓されるものがあります。
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ここまで朽ち果てるのにどれだけの時間がかかったのでしょう。
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通りに戻ると、ウニが落ちていました。昨晩食べたウニの味が思い出されます。
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海岸近くには小石が敷かれてあり、ここで昆布を干すのだということが分かります。この石を鍋で茹でたらよい出汁が出るだろうかなどと考えてしまいます。ポルトガルに伝わる民話ですが、高校の時の英語の教科書に「石のスープ」という物語がありました。そんなことを思い出しました。
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昆布の干し場には丸太が組まれて、洗濯ばさみが吊られているのも見掛けました。何かを吊るして干すのは想像できましたが、ホテルに帰ってからフロントの女性に尋ねると「あれは”拾い昆布”を干すんです。」ということでした。拾い昆布とはその名の通りに岩から剥がれて浜辺に打ちせられた昆布を拾う漁だそうです。
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漁村の集落から1本の道が伸びて、岬の先端へ行けそうなので進んでみます。
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この場所がそうなのか確証はありませんが、声問岬にはかつて油田があったのは風呂場の看板で知っていました。声問の集落では大正11年頃から稚内油田として試掘が行われ、帝国石油が昭和24から25年まで採油したそうです。これは石油というよりは「臭水(くそうず)」といった雰囲気です。
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声間の集落の先には宗谷丘陵が見えるはずですが、雲が低く立ちこめています。
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声間岬の西側には稚内の町とその奥に広がる宗谷丘陵がきれいに見えました。丘陵の上には巨大な十字架のような「開基百年記念塔」や自衛隊のレーダードームが見えます。赤い灯台の辺りは稚内港で、白いハートランドフェリーの船体も確認できます。
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海岸線には崩れた番屋がそのままの姿で放置されています。
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30分くらいのつもりがゆっくり歩いたら1時間かかってしまいました。妻も起きた頃なので電話をしてからホテルに戻ります。
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このホテルの朝ご飯は豪華ではなかったけれど、どれも美味しかったです。早めに豆乳豆腐を器に移して、生卵は残り火で目玉焼きにしました。最近このコンロの使い方に凝っています。
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トラピックスのもう1つのツアーは午前6時頃に出発して、クラブツーリズムのツアーも7時には出掛けていました。今回のツアーは7日間なので朝の出発や日程には余裕があったようです。
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午前8時にホテルを出た後は稚内市内の観光が半日あります。この「開基百年記念塔」は予定には入っていませんが、天気が悪いので塔に登っても仕方ないかもしれません。稚内公園の丘陵上の海抜170メートルの上に高さ80メートルの鉄筋コンクリート製の塔が建っています。
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かけ回し式と呼ばれる沖合底びき網漁の漁船が並んでいます。
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ツアー3日目はまた別の宗谷バスだったのでドライバーさんもガイドさんも別の方でした。ガイドさんが「右手に見えますのが、日本最北端の踏切でございます。」、なんでも最北端の町です。
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バスはJR稚内駅前に停車して20分ほどの自由時間になります。ここも当然日本最北端の鉄道駅です。
道の駅 わっかない 道の駅
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大正11年の1922年に開業した稚内駅は現在の南稚内駅であったそうです。翌年から当時日本の統治下にあった南樺太の大泊町に連絡する鉄道連絡船「稚泊航路」の運航が始まっっています。大正13年の1924年に稚内連絡待合所が現在の稚内駅近くに建設されましたが、当時の稚内駅からは約2キロの距離を旅客は歩いたそうです。
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上手いタイミングで稚内市のゆるキャラの「りんぞうくん」と「出汁之介」と出会えました。妻は自分より大きなものと記念写真を撮るのは好きなようです。
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「花たび そうや」のヘッドマークを付けた急行列車が到着して、待っていたお客を乗せて出発していきました。稚内と旭川間を往復しているようです。
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復元した「日本最北端の線路」は駅の外まで伸びています。駅のスタンプを押して絵葉書を1枚投函してバスに戻ります。
日本最北端の線路のモニュメント 名所・史跡
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稚内市内の店はロシア語が併記されていると聞いたことがありますが、道路標識にも英語とロシア語が併記されています。ウクライナを侵略している最中なのでロシア人の姿は全く見かけませんでした。そしてロシアが日本を侵略しないことを願います。
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「稚内港北防波堤ドーム」の脇を通過します。稚泊連絡船の時代は稚内桟橋だった場所だと思うと、ここまでバスはあっという間でしたが、当時は歩いたわけですから大変だったと思います。
映画「北の桜守」で吉永小百合が樺太から引き揚げるシーンで使われたドーム。 by kojikojiさん稚内港北防波堤ドーム 名所・史跡
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バスは宗谷丘陵の上にある稚内公園にやってきました。「氷雪の門」を見下ろす駐車場にバスを停めて、ここで25分ほどの自由時間になりました。
宗谷丘陵の上から樺太を望む。 by kojikojiさん氷雪の門 名所・史跡
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「氷雪の門」はカニ料理の店の名前で有名ですが、かつて日本領土だった樺太で亡くなった日本人のための慰霊碑です。
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昭和38年の1963年に樺太島民慰霊碑として本郷新の彫刻により、地元の樺太関係者の手で建立されました。 両側に高さ8メートルの望郷の門があり、中央に2.4メートルの女性の像が置かれてあります。 女性の像については、顔は戦争で受けた苦しみを、手のひらを見せているのは樺太も家族も失ったことを、足はその悲しみや苦しさから早く立ち上がることを表しているとされています。
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バスガイドさんの説明を聞いていて彫刻家の本郷新(ほんごうあらた)について思い出しました。昨年の9月に10日ほど滞在した釧路の幣舞橋の「冬の像」も彼の作品でした。何より仕事先だった池袋東口にある「母子像」も彼の作品でした。
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「九人の乙女の碑」
昭和20年の1945年8月20日、終戦5日後に樺太真岡郵便局で電話交換業務を終えた後、自ら若い命を絶った9人の女性の霊を慰めるために建てられた碑です。交換手姿の乙女の像を刻んだレリーフをはめ込み、亡くなった9人の女性の名前、そして彼女たちの最後の別れの言葉となった「皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら」の文字が刻まれています。悲しい戦争の歴史を物語る碑。 by kojikojiさん九人の乙女の碑 名所・史跡
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9人の電話交換手の話しは知っていましたし、日テレの「霧の火」というドラマも見たことがありました。ずっと自決などしなければ良かったのにと思っていましたが、75年を経てもロシア兵がウクライナでしていることを知ると複雑な気持ちになります。
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宗谷丘陵にある稚内公園からはこれから渡る利尻島へのフェリーターミナルもきれいに見渡せました。
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直径5メートル程度の円形で中央には三角点を模した標石が置かれ、周囲には世界各地への方位が示されています。標石の位置は平成20年の2008年の改測で北緯45度25分14.9563秒、東経141度40分03.1685秒、標高101.607メートルと側面の標示盤に記されています。
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バスで公園に入るときに見えたエゾシカを探してみるとまだいました。
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冬毛から夏毛に代わる過渡期のようで毛並みはボロボロです。茶色い体にある白い斑点も見られません。
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全部が雌ジカで親子のように見えました。この時は全部で5頭が草を食んでいました。
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今回の旅ではこの稚内公園が一番近くでエゾシカを見ることが出来ました。昨年の道東の旅では飽きるほど見ることが出来ましたが、1年経ってしまうとまた写真に残したくなります。
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お尻の白さは夏でも冬でも同じようです。
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「南極観測樺太犬訓練記念碑」
昭和32年の1957年の国際地球観測年を機に日本が初めて南極観測に参加するにあたって、極地での物資輸送を目的に「犬ぞり隊」が編成されました。この犬ぞり隊の主役が稚内周辺から集められた樺太犬たちでした。南極へ出発する前に稚内公園で8ヶ月間の厳しい訓練を受け、その中から選び抜かれた22頭の樺太犬は、南極観測船「宗谷」で南極に渡り任務をまっとうしました。しかし南極の悪天候を克服できず、樺太犬15頭が現地に置き去りにされて死ぬという悲劇を被りました。昭和34年の1959年の第3次越冬隊がタロとジロの奇跡的な生存を確認し、世界の人々を感動させたことは今日でもよく知られています。子供の頃に神谷町の「ヴォルガ」に食事に行った帰りに東京タワーの下で、タロとジロの銅像を見た記憶がありますが、現在は立川にある「国立極地研究所南極・北極科学館」に移されたようです。稚内市開基百年記念塔 名所・史跡
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宗谷岬に続き、ここでは「氷雪の門到達証明書」なるものを100円で購入しました。
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バスは宗谷丘陵を降りて「稚内港北防波堤ドーム」にやってきました。「北の桜守」で吉永小百合が樺太から引き揚げるシーンで使われたそうです。
映画「北の桜守」で吉永小百合が樺太から引き揚げるシーンで使われたドーム。 by kojikojiさん稚内港北防波堤ドーム 名所・史跡
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稚内港の防波堤としての役割り及び桟橋から駅までの乗り換え通路を兼用するために昭和6年の1931年から5年間をかけて建設されました。ここへ来るまではもっと新しい建築物だと思っていました。防波堤の外観としては異色となるドーム状の形態を取っていることから「稚内港北防波堤ドーム」と命名されました。高さ約14メートル、長さ427メートル、古代ギリシア建築を彷彿とさせる70本のエンタシス状の柱列群は斬新なデザインだと思います。昭和56年の1981年に全面改修されたようです。
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ドームの建設後に稚内駅から国鉄の線路を延長し、同駅の構内仮乗降場扱いで「稚内桟橋駅」が開設され、乗客はドーム内を歩いて桟橋に待つ連絡船に乗り込んだそうです。その後、第2次世界大戦の終戦を迎えたことから稚泊連絡船(ちはくれんらくせん)は消滅し、これとともに稚内駅から桟橋駅に続く線路も消滅しました。
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防波堤としての機能は現在も維持されており、礼文島や利尻島へのハートランドフェリーの航路など多くの船が発着する稚内港を守り続けています。そして稚泊連絡船の停泊した港には海上保安庁の「りしり」が停泊していました。ヘリコプター甲板付きの巡視船は道北地区では「りしり」だけだそうです。
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同じく海上保安庁の「もとうら」も停泊しています。「もとうら」という船名は日高地方の清流、「元浦川」より名づけられています。旧日本海軍の軍艦の命名慣例では旧国名や山や川の名前を使用しています。これは明治維新後の海軍建軍にあたり諸外国に倣った事によりますが、巡洋艦には川の名前が付けられています。
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かつては稚内駅のある宗谷本線で活躍した国鉄蒸気機関車C55形49号機が静態保存されていたそうですが、1996年に塩害腐食のために解体処分されて現存せず、動輪一対のみが残っていました。
北防波堤ドーム公園 公園・植物園
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大正12年の1923年に鉄道省により稚内と大泊(現・サハリン州コルサコフ)間に連絡航路が開設され、以後終戦の昭和20年の1945年8月に閉鎖されるまでの22年間の業績を讃えるため、昭和45年に建立された記念碑です。「稚泊連絡航路」22年の歴史の中で行き来した乗客は284万人にものぼります。
稚泊航路記念碑 名所・史跡
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昭和の大横綱「大鵬関」が旧樺太から引き上げる際に稚内に上陸したことを記念した「大鵬幸喜上陸の地記念碑」が置かれてありました。子供の頃は「巨人、大鵬、目玉焼き」に近い世代だったので馴染みのある横綱でもあります。ここに来て初めて知ったのは父親がウクライナ人の元コサック騎兵将校だったということです。日本の領土であった樺太の敷香町で生まれたということも知りました。
奇跡的な運命を感じる碑。 by kojikojiさん大鵬幸喜上陸の地記念碑 名所・史跡
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屈斜路湖に向かう途中に川湯温泉を通過しますが、そこには「大鵬相撲記念館」があったので出身地も川湯温泉だと思っていました。さらに、母親と共に最後の引き揚げ船だった小笠原丸で北海道へ引き揚げ、最初は小樽に向かう予定でしたが、母親が船酔いと疲労による体調不良によって稚内で途中下船した事実にも驚きました。小笠原丸は稚内を出港した後、留萌沖でソ連潜水艦L-12の魚雷攻撃を受けて沈没するので、大鵬親子はその前に下船していたため辛くも難を逃れたということです。「三船殉難事件」については旅の後半でその場所に立つことになります。
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港にはこれから乗るハートランドフェリーの「アマポーラ宗谷」が礼文島から戻ってきました。
稚内港フェリーターミナル 乗り物
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これから「稚内フェリーターミナル」に向かい、利尻島と礼文島の2泊3日の旅が始まります。
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