2022/02/23 - 2022/02/23
620位(同エリア1485件中)
kojikojiさん
- kojikojiさんTOP
- 旅行記1795冊
- クチコミ1205件
- Q&A回答73件
- 3,536,738アクセス
- フォロワー172人
システィーナ礼拝堂から始まった「大塚国際美術館」の展示には圧倒され、我を忘れて見学を進めます。特に環境展示と呼ばれる聖堂や邸宅や墓をそのままのスケール感で再現したものには感動すら覚えます。その環境展示がひと段落してギリシャからローマのモザイクやフレスコ画の展示に続きます。面白かったのは黒色陶器を平面化してパネルにしているのは面白いと感じます。そしてラヴェンナのビザンチンモザイクの傑作も並んでいます。足元を見てあれっと思うとヴェネツィアの北にあるアクイレイアの教会のモザイクが再現されています。もう頭の中が過去の旅の記憶がごちゃ混ぜになって混乱していきます。そして、パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂の環境展示。ジョットのフレスコ画と30年振りに再会できました。そして表に出るとカッパドキアの聖テオドール聖堂の環境展示。ざらついた砂の床がとてもリアルでした。展示室に戻ると中世キリスト教絵画に移ります。ここでもバルセロナのカタルーニャ美術館で見たイコンやイスタンブールのアヤ・ソフィアのモザイク。ロシアイコンの最高傑作アンドレイ・リュブロフの作品までの展示です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 タクシー JALグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- エイチ・アイ・エス
-
「アレクサンダー・モザイク(イッソスの戦い)」ポンペイ/ファウヌスの家
ナポリ考古学博物館で初めて見た時は感動しました。その時の感動を味わってもらいたくて妻を伴って十数年後に再訪しました。 -
イッソスの戦いは紀元前333年に起こったアルゲアス朝(マケドニア王国)およびコリントス同盟の連合軍とアケメネス朝(ペルシア)の戦いです。この戦いはアレクサンドロス大王の東方遠征中に生じた戦いの中で2番目に大きな戦いであり、マケドニアの軍はペルシャ軍を打ち負かします。
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アレクサンドロスはペルシア軍左翼を崩壊させ、自軍の中央と左翼が苦戦し、ペルシャのギリシャ人の傭兵部隊が崩壊している様子を知ります。騎兵を左へと旋回させてペルシャ軍中央のダレイオスへと突進した。アレクサンドロス自身に攻撃され、ダレイオスは戦場から逃走します。
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敗北を知ったダレイオスの姿も描かれています。ペルシャ人は自らの王が逃亡してこの戦いに負けた事を悟り、持ち場を離れて逃亡し始めます。
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非常に細かなモザイクでは倒れ込んだ兵士のおびえた顔が円形の盾に写り込んでいるほどです。現在このモザイクはナポリ考古学博物館の建物の壁の修復の必要があってみることが出来ないようです。
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「ペルセウスとアンドロメダ」サケルドス・アマンドゥスの家/ポンペイ
メドゥーサの首を袋に入れて飛行中のペルセウスは母カッシオペイアのために海神ポセイドンの怒りを買い、生贄とされかけていたエチオピアの王女アンドロメダを見つけます。ペルセウスは彼女の父ケペウスにアンドロメダと結婚する許可を得ると、海の怪獣と戦って倒してアンドロメダを救います。 -
「ニオべの子供たちの虐殺」アッティカ赤洋式/ルーブル美術館
アルテミスとアポロンは母レトに対して傲慢な発言を繰り返したニオベを決して許さず、ニオベの子供たちを皆殺しにしてしまいます。子供たちの死後にニオベはアルテミスとアポロンの霊力によって岩に変えられてしまいます。 -
元々はこのようなクラテルと呼ばれる持ち手の付いた陶器をスキャンして平面化したもののようです。なるほど題材の場面場面はよくわかる気がします。同じような展示は他にもいくつかありました。
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「宴会の場面」楯の墓(モンテロッツィ墓地)/タルクイア
エトルリア人の色彩豊かな墓室の壁画の部分です。ギリシャ・ヘレニズム美術との関連性を感じます。墓の主である男性とその妻の列席する彼岸での宴会の光景が描かれています。エトルリア人の夫婦の愛情を感じる作品です。 -
「サテュロス」秘儀荘/ポンペイ
秘儀荘の南側にあるクビクルム(寝室)は隣接する秘儀の間の前室として改装されています。ディオニュソス秘儀の行われる隣の部屋を前に謎めいた微笑みを浮かべています。サテュロスは「自然の豊穣の化身、欲情の塊」として表現されます。 -
「舞台背景画」パラエストラ/ナポリ考古学博物館
この壁画はポンペイの北西のヘルクラネウムから出土したもので、書割りのような建築群や緞帳はこの作品が後期ヘレニズム時代の舞台背景画にインスピレーションを受けて描かれたものと思われます。幻想的な建築を強い色彩で描き、大胆な奥行き表現はバロック的な嗜好を感じさせます。 -
「エウロペの掠奪」イアソンの家/ナポリ考古学博物館
ゼウスとエウロペの物語はオウィディウスの変身物語からとられています。エウロペはフェニキアの古代都市テュロスの王女で、ゼウスは彼女を誘惑するために雪のように白い牡牛に変身して近づいたとされます。牡牛を見たエウロペは最初は警戒していましたが、牡牛があまりに美しく穏やだったので次第に心を許していきます。牡牛の背に乗ってみると牡牛は立ち上がって海原を渡ってクレタ島に連れ去ってしまいました。こうしてエウロペは正体を明かしたゼウスと関係を持つことになり、後のクレタ王ミノスを宿します。またその名前はエウロペが海を渡った西方の土地全体を指すヨーロッパの語源になります。 -
「牡牛をほふるミストラ神」ミトラス教礼拝堂
ミトラス教は古代のインド・イランに共通するミスラ神(ミトラ)の信仰であったものが、ヘレニズムの文化交流によって地中海世界に入った後に形を変えたものと考えられます。 紀元前1世紀には牡牛を屠るミトラス神が地中海世界に現れ、紀元後2世紀までにはミトラ教としてよく知られる密儀宗教となります。 -
「パリスの審判」アンティオキア(トルコ)/ルーブル美術館
アンティオキアは現在のトルコとシリアの国境近くのアンタクヤのことです。世界3大モザイク美術館の1つと言われるモザイク美術館があります。ナポリ考古学博物館には行ったので、残るはチュニスのバルドー美術館だけです。パリスの審判はトロイア戦争の原因にもなったトロイの王子パリスが題材になっています。コロナ前の最後の海外旅行はトルコでしたが、その最後に立ち寄ったのがトロイ遺跡でした。 -
「ヘラクレスとテレフォス」へルクラネウム/ナポリ考古学博物館
テゲアの王アレオスはデルポイで神託を授かったとき、自分の息子たちが娘アウゲの生んだ子供に殺されると告げられます。このためアレオスはアウゲをアテナ・アレア神殿の女神官とし、アウゲにもし男と通じたら殺すと言います。英雄ヘラクレスがテゲアにやってきたとき、アレオスはアテナの神殿でヘラクレスをもてなしたが、酒に酔ったヘラクレスはアウゲに欲情してアウゲは子を身ごもります。アウゲは密かに子を出産して神殿内に隠しますが、アテナの怒りに触れてテゲアは疫病が流行します。アレオスが神託に原因を尋ねると、神殿内に原因があると告げられ、アテナの神殿を調べるとアウゲの生んだ赤子が見つかります。 -
「豹に乗るディオニュソス」デロス島仮面の家/デロス考古学博物館
デロス島は紀元前2世紀ころから紀元前1世紀にかけて東地中海の商業の中心地として大いに繁栄しています。このモザイクが発見された仮面の家は島の劇場の近くにあり、演劇にまつわる主題を扱ったモザイクが数多く発見されています。 -
「新喜劇の一場面」キケロの別荘/ナポリ考古学博物館
このモザイクは博物館の見学で印象に残ったものの1つです。ポンペイの城壁のすぐ外にあるキケロの別荘から発見されています。 -
タンバリンとシンバルは豊穣の女神キュベレの祭儀に不可欠な楽器で、この場面はキュベレに関連した劇だと思われます。実際の作品は1ミリほどの石の粒が組み合わさった超絶技巧を感じます。
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「身づくろいする鳩」ティヴォリ出土/カピトリーノ美術館
このモザイクはローマ郊外のティヴォリにある皇帝ハドリアヌスの別荘から出土されたものです。広大な別荘の中をさまよい歩いた記憶と古代ローマ世界を旅していると必ずハドリアヌスの足跡に出会ってしまいます。 -
「獅子狩り」ペラ出土/ペラ考古学博物館
アレクサンドロス大王の生地として知られるマケドニアの古都ペラにはヘレニズム時代の栄華をしのばせる優れた舗床モザイクが残されています。左側に描かれたマントの人物はアレクサンドロス大王の特徴と一致しています。イスタンブールの考古学博物館の石棺のレリーフを思い出させます。 -
円形の巨大な展示室にはモザイクやフレスコが数多く展示されていますが、とても1つ1つ見ていくことは出来ません。1日で見終わらないような強迫観念がすでに生まれてきています。
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「皇帝ユスティニアヌス」ラヴェンナ/サン・ヴィッターレ教会
これにはびっくりです。ラヴェンナのサン・ヴィッターレ教会のモザイクです。1991年に2日かけてラヴェンナの教会群のモザイクを見学しましたが、その素晴らしさには驚かされました。 -
ユスティニアヌスは後世「大帝」とも呼ばれたように、古代末期における最も重要な人物の1人とされます。その治世は東ローマ帝国史における画期的な時代をなし、当時の帝国の版図を押し広げました。彼の治世はまた初期ビザンティン文化の興隆にも印され、彼の建築事業はハギア・ソフィア大聖堂のような傑作を生みだし、これは800年以上にわたって東方正教会の中心となります。
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「皇妃テオドラ」ラヴェンナ/サン・ヴィッターレ教会
本来であれば向かい合っているモザイクが横に並んでいるのはちょっと不思議な感じがしました。個人的にはサン・ヴィッターレ教会の環境展示を造ってもらいたいです。 -
テオドラはヒッポドローム(馬車競技場)の熊使いの娘としてコンスタンティノポリス(またはキプロス)で生まれました。姉のアシスタントとして舞台に立つようになり、それから踊り子(女優)になり、1度は結婚して官僚である夫とともにリビアへ赴きましたがその地で離縁され、怪しい踊り子稼業をしながらアレクサンドリアなどを経由してコンスタンティノポリスへ戻り、そこで皇帝ユスティヌス1世の甥であったユスティニアヌスと出会います。テオドラに一目惚れしたユスティニアヌスは525年にテオドラと結婚します。女傑としても知られ、「ニカの乱」の際は反乱にうろたえて港に船を用意して逃亡しようとする夫を制して、「帝衣は最高の死装束である」と演説して制圧させます。
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足元を見て「あれっ?」と思いました。この魚たちは見覚えがあります。ヴェネツィアの北にあるアクイレイアという町の大聖堂の床のモザイクです。
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イタリア北東部から東へと抜けるアンニア街道沿いにあるアクイレイアは紀元前181年にローマ人により建設され、ヴェネツィアがまだヴェネツィアとして存在する以前に「ヴェネツィア及びイストリア地方」の首都でした。
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今では小さな町ですが見どころは大聖堂だけではありません。隣接する洗礼堂や鐘楼、ローマ時代の邸宅跡やフォロ・ロマーノ、そしてここがかつて栄えた港であったことを存分に示す遺跡群なども残っていました。大聖堂の床を直すためにはがすと下から古いモザイクが出てきました。さすがに巨大すぎるので、部分だけが再現されています。ただ、オリジナルは地盤の悪さのために波打っているので美術館の床のようにフラットではありません。
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「最後の審判」ラヴェンナ/サンタポッリナーレ・ヌォーヴォ聖堂
このラヴェンナの聖堂は3廊式バシリカ教会堂である。身廊と側廊は12本のコリント式列柱により仕切られ、壁面上部には6世紀時のままのモザイクが残されていました。北側には3人のマギに導かれてラヴェンナの外港クラッシスを出立し、聖母子のもとに向かう22人の聖女の殉教者たちの参列が画かれ、南側は聖マルティヌスに導かれてラヴェンナの王宮から天使に囲まれたキリストに至る26人の殉教者の参列が画かれています。このモザイクがどの位置にあったかは記憶がありません。 -
「聖ディミトリオスと並ぶ司教と行政官」テッサロニキ/アギオス・ディミトリオス聖堂
テッサロニキはギリシャ第2の都市でありながら、少し寂れた雰囲気のある町でした。1998年に旅した際に町にはCDショップは無く、レコードしか売っていなかった記憶があります。また同年にテオ・アンゲロプロス監督はテッサロニキを舞台に「永遠と一日」という詩人の最期の1日と難民の子供との出会いを描いた映画が素晴らしかったことも思い出しました。 -
「紅海を渡るモーセ」ローマ/サンタ・マリーア・マッジョーレ教会
場面はエジプト脱出したモーゼの一行が2つに割れた紅海を渡り切ったところ、追いかけてきたエジプト兵がおぼれ沈むシーンです。鳴門の渦の近くにある美術館にふさわしい収蔵品かもしれません。 -
30年ほど前にローマのバロックをメインテーマにカラヴァッジオの絵画とベルニーニの彫刻を1週間かけて巡ったことがあります。テルミ二駅の西側のコンチネンタルという安ホテルに泊まったのですが、その近くにサンタ・マリーア・マッジョーレ教会があったことを思い出しました。このモザイクのことは覚えていませんが、当時往復6万円だったアエロフロートの機内で知り合ったジャーナリストの方とはいまだに手紙のやり取りをしています。
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「スクロヴェ―二礼拝堂」パドヴァ
今回の旅の前に「大塚国際美術館」の収蔵品リストをホームページで確認していて驚いた環境展示です。システィーナ礼拝堂は有名なので知っていましたが、まさかこれも作られているとは知りませんでした。 -
1991年のイタリアとスイスを2か月かけて旅したのは自分の人生にとっての転換でもあり、帰国後に会社を辞めて、その後30年間仕事は変わらずに毎年180日くらい海外を旅し続けました。ウィーンから夜行列車でヴェネツィアに入り、9月第1日曜日のレガッタ・ストリーカを見た後にパドヴァを訪れました。
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その時の予定表ではパドヴァのスクロヴェ―二礼拝堂とアッシジの大聖堂のジョットのフレスコ画を見ることが目的の1つになっていました。厚さ5センチほどの洋書の美術書を買って、辞書を片手に訳したことを思い出します。今ならスマホのカメラで撮って翻訳できるのですが…。
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スクロヴェーニ礼拝堂は高利貸で財産を築いた一族出身のエンリコ・デッリ・スクロヴェーニがパトロンとなって創設されました。当時は過剰に利子を取る高利貸はキリスト教の秘跡を受けられなくなるほどの重大な罪とされ、初期の銀行業者は自分の商売のゆえの魂の地獄堕ちについて気にかけ、エンリコも私財を投じて礼拝堂を建設しました。エンリコの父レジナルド・デッリ・スクロヴェーニは神曲の中でダンテが出会う高利貸として書かれる人物でもあります。
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四面全ての壁に上中下の3段に分割されたフレスコ壁画と、2メートル四方の装飾画がそれぞれ描かれています。ジョットは各絵画の間には人工的な彩色大理石と小さなくぼみを配して場面を分割しています。一連のフラスコ画が表現する聖母マリアの生涯は祭壇に面した壁の右上から始まっており、マリアの母アンナへの受胎告知やエルサレム神殿へのマリア奉献が描かれています。
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そのあとにキリスト生誕からヘロデ王による幼児虐殺、キリストの受難、キリストの復活、聖霊降臨などへと物語が流れていきます。一番有名なのはユダの接吻の場面です。
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入り口上部の「最後の審判」に描かれたエンリコ・デッリ・スクロヴェーニは天国の側で聖母マリアに祈りを捧げています。
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「善き羊飼い」ラヴェンナ/ガッラ・プラチディア
このモザイクは記憶に良く残っています。十字架が先端に付いた杖を手にした羊飼いは金色に輝くトゥニカ(長衣)とパリウム(マント)をつけ金色の光輪を戴いています。聖ヨハネの福音書に「私は善き羊飼い」というキリストの言葉が示されています。 -
「聖テオドール聖堂」カッパドキア
館内から一度表に出た右側には凝灰岩のファサードが再現された洞窟聖堂がありました。この環境展示にも驚きました。内部に入ってみると再現された凝灰岩のざらざらした床などはまるで本物のようです。 -
祭室のコンクには「四福音書記者の象徴と玉座のキリスト」が描かれています。4人の福音書記者たちは伝統的キリスト教美術における象徴表現では、3種類の動物と1人の人間の姿で表現されます。ここでも聖マルコの獅子、聖マタイの天使、聖ルカの雄牛、聖ヨハネの鷲が描かれています。曲面のコンクを分割してよく表現されていると感心します。
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1回目のトルコの旅はペラ・パレスに1週間ほど滞在したイスタンブールの旅で、2回目はアナトリアからアンタクヤまでのトルコ本土と北キプロスを含めた1か月の旅でした。カッパドキアではギョレメのケーブホテルに1週間ほど滞在して、この教会のあるユルギュップにはホテルの主人の車で案内してもらいました。
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ギョレメではカーペットショップの主人と仲良くなって、毎晩のように食事をごちそうになったり、夜中にアヴァノスに住む日本人の陶芸家のところに行ったり思い出がたくさん出来ました。別れの日にはアンティークのお守りまでいただいて、「近い将来また来ます。」と約束しながら17年が経ってしまいました。
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コロナの前に行った最後の海外旅行はトルコ周遊で、ツアーではありましたが途中離団でその友人と再会することが出来ました。現在はコロナ禍で外国人観光客も無く大変なようです。
ギョレメ:https://4travel.jp/travelogue/11568143 -
「聖ゲオルギオスと聖テオドロスを伴う玉座の聖母子」シナイ山/アギア・エカテリー二修道院
この美術館で最初に見たイコンですが、タイルで作られたとは思えない無垢の板材の反りや質感までもが再現されていて驚きました。これくらいのものを販売してくれないかなと思います。エジプトのシナイ山とギリシャのアトス山には行きたいと思いながら願いの叶わなそうな場所でもあります。 -
「聖ニコラウスとその生涯」シナイ山/アギア・エカテリー二修道院
聖ニコラウスの周囲には左上から左に進み、順次下段に降りて右下で終わる聖人の生涯が描かれています。聖ニコラウスはサンタクロースのモデルでもありますが、元々はトルコのリキア地方のローカルな聖人です。アンタルヤからの1dayツアーで聖ニコラス教会へ墓参りに行ったことがあります。
アンタルヤ:https://4travel.jp/travelogue/10365630 -
この辺りはあまり人気が無いようでほとんどの方が通過するだけです。1人で興奮して感激していて我に返ると妻の姿もありません。
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「ラザロの復活」ライヒェナウ島/サンクト・ゲオルグ聖堂
オットー朝美術は10世紀後半から11世紀にかけてモーゼル川沿いに位置するトリーアとウンター湖のライヒェナウ島を中心に栄えました。題材であるラザロの復活はヨハネによる福音書11章によれば、ラザロが病気と聞いてベタニアにやってきたイエスと一行はラザロが葬られて既に4日経っていることを知ります。イエスはラザロの死を悲しんで涙を流し、イエスが墓の前に立ち「ラザロ、出てきなさい」というと、死んだはずのラザロが布にまかれて出てきたという話です。伝承によれば後にラザロはキプロスの初代主教となり800歳まで生きたのちにラルナカにある聖ラザロ教会の地下クリプトに埋葬されます。ここへも墓参りしました。
聖ラザロ教会:https://4travel.jp/travelogue/10374468 -
「竜を対峙する大天使ミカエル」チヴァ―チ/サン・ピエトロ・アル・モンテ聖堂
「ヨハネの黙示録」12章には天において大天使ミカエルおよびその御使たちと巨大な竜とその配下の者たちとの間に激しい戦いが起きた。しかし竜や配下の者たちは応戦したが勝つことはできず、天に彼らの居場所がなくなった。この竜こそは悪魔あるいはサタンなどと呼ばれる全世界を惑わす古き蛇であり、彼らは皆もろともに地上に投げ落されたとあります。 -
「福音書記者聖ヨハネの殉教と聖マグヌスの奇跡」アナ―二/アナ―二大聖堂
左側の場面では皇帝ディミティアヌスの治世にローマで殉教した聖ヨハネが描かれています。ヨハネは捕らえられ燃える油の中に入れられますが、まったく傷ひとつ負わなかった。エーゲ海のパトモス島に流され、「ヨハネの黙示録」を書いたと伝えられ、恩赦によりエフェソスに戻り、そこで福音書を書いたとされます。聖マグヌスは井戸に落ちた子供を助けた「奇跡」で知られますが、660年に斬首されています。
パトモス島:https://4travel.jp/travelogue/10423461 -
少し先の展示室で妻が待ってくれました。どうやらバルセロナで一緒に行ったカタルーニャ美術館の作品を見つけたようです。
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「栄光のキリスト」カタルーニャ美術館
見た瞬間に小さいと思った通りで「部分」と表示がありました。 -
オリジナルはこれですから。カタルーニャ美術館には山奥のロマネスク教会のフレスコを教会からはがして美術館で保存していますが、この美術館のようにオリジナルによる環境展示なのが素晴らしいです。
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「アダムの創造と原罪」プラド美術館
神がアダムを想像した場面とアダムとイブが蛇からリンゴを受け取る原罪の場面が素朴なタッチで描かれています。 -
「聖フランチェスコと四つの死後の奇跡」アッシジ/サン・フランチェスコ聖堂宝物館
聖フランチェスコを知ったのは1972年の映画「ブラザー・サン シスター・ムーン」でした。歌手のドノヴァンが主題歌と挿入曲を歌っていて、今でもその曲を覚えています。1991年の旅でアッシジにも立ち寄り、大聖堂のジョットのフレスコ画に感動したことを覚えています。その後の地震でフレスコ画が破損を知った時は心が痛みました。また駅から市内へ向かうバスで知り合った方にお昼を御馳走になったことを覚えています。30年経ちますがいまだに手紙のやり取りは続いています。 -
「聖フランチェスコと二天使」アッシジ/サンタ・マリーア・デッリ・アンジェリ聖堂
絵の描かれている板そのものが聖人の寝台として用いられたと信じられ「寝台の板の聖フランチェスコ」と呼ばれ親しまれた板絵です。銘文には「ここ、私の寝台である十字架の上で生きそして死んだ」とあるようです。 -
「聖キリクスと聖女ユリッタの祭壇前飾り」カタルーニャ美術館
この祭壇前飾りもグラフィック的な美しさから記憶に残っています。中央に聖母子が描かれ、右に聖女ユリッタの殉教の場面が描かれています。キリクスはユリッタの息子で殉教した時は3歳でしたが、多くの幼少聖人と同様に聖人として描かれています。 -
「キリストと十二使徒の祭壇前飾り」カタルーニャ美術館
この作品も同じ展示室に飾られていたのをよく覚えています。祭壇前飾りはスペインのロマネスク時代に数多く制作され、この板絵はその初期の典型例です。座すキリストの姿は「マエスタス・ドミニ(主の威厳)」とも呼ばれる栄光のキリストや荘厳のキリストの画像に基づきます。大きな目と特徴のある容姿はカタルーニャ地方独特の人相です。 -
「パントクラトールのキリスト」フィレンツェ/バルジェッロ国立美術館
11世紀以降のビザンチン聖堂の円蓋内に描かれたパントクラトールのキリストは普及して、祭室や聖堂入り口、さらには板絵のイコンとしても扱われます。左手に聖ヨハネ書8章12節の記述のある頁の聖書を持ち、右手は中指と薬指を内側に向けて、見る者に祝福を与えています。 -
「大天使ミカエル」アテネ/ビザンチン美術館
この陶板もまるで板に描かれた本物のような痛み方と反りがあります。この稀有な容姿を持つ美しい大天使はコンスタンティノポリス(イスタンブール)で14世紀中頃に制作されたもののようです。 -
「ウラディミールの聖母子」トレチャコフ美術館
1100年頃にコンスタンティノポリスで製作され、キエフにもたらされた後に1155年にウラディミールに移されたことから「ウラディミールの聖母」と呼ばれます。モスクワにはツアーで1度だけ行ったことがありますが、美術館に立ち寄る予定が無く、近い将来と考えながらもまだ叶っていません。 -
「聖母子」アテネ/ビザンチン美術館
小アジアのビティニア地方のトリグリアからトルコ共和国の成立に伴い1922年に亡命ギリシャ人キリスト教徒が故国に持ち帰った傑出した作品です。悲しみの聖母を表すエレウーサ型の聖母ですが、その顔にはわが子の受難を憂う表情に見えます。 -
「ヤロスラヴリの聖母」トレチャコフ美術館
両手を挙げるオランスの聖母は「ブラケルニオティッサの聖母(立像で両手を掲げた姿勢)」と呼ばれ、聖母が胸に「キリスト・インマヌエル(幼子キリスト)」の胸像が描かれた円形メダイヨンをつけた「エピスケプシス(懐疑)の聖母」が生まれました。 -
「キリストの受難と復活」カッパドキア/トカル・キリセ旧聖堂
トカル・キリセは「留め金の教会」という意味で、ギョレメからオープンエアーミュージアムに向かう道路上の左にあります。920年頃には「キリストの生涯」の連続壁画が描かれています。壁画は29の場面から構成され、当時としては珍しい「受胎告知」の場面から始まって、「長子虐殺」「ヱジプト逃避行」「洗礼」、数々の「奇跡」、「最後の晩餐」「ゴルゴダの丘」「磔刑」「復活」と続いて「キリスト昇天」で終わります。 -
「冥府への降下(アナスタシス)」オシオス・ルカス修道院主聖堂
十字架を手にしたキリストが冥府の扉を打ち壊し、アダムとイブをはじめ善き行いを成した正義の者たちを連れて天国へ行く場面です。このモザイクはキオス島のネア・モニ修道院聖堂とアテネ郊外のダフニ修道院聖堂と共に中期ビザンチン美術の三大傑作とされます。唯一キオス島のモザイクを見に行けていないのが長年の心残りです。
オシオス・ルカス修道院:https://4travel.jp/travelogue/10421107
ダフニ修道院:https://4travel.jp/travelogue/10420719 -
「最後の晩餐」カッパドキア/カランルック・キリセ聖堂
カランルク・キリセ(暗闇の教会)はギョレメのオープンエアーミュージアムの中でも別料金が設定されている教会です。写真撮影も出来ませんが、ここのフレスコ画の状態は素晴らしいので見逃すことは出来ません。 -
実際の教会内はこのように壁面から天井に至るまでフレスコ画で覆われています。環境展示としてこの教会全部を再現してほしかったなと思います。
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「キリストと皇帝コンスタンティヌス9世マノモコスと皇妃ゾイ」ハギヤ・ソフィア大聖堂
ハギヤ・ソフィア大聖堂も近年モスクに変わってしまいましたが、2019年の旅で見ることが出来てよかったです。皇妃ゾイは若い姿のままですが、最初の夫ロマノス3世から2度目のミハイル4世の死後、3度目の夫の時代に顔をすげ替えられています。 -
「聖母子と皇帝ヨアンネス2世コムネノスと皇妃イリニ、その息子アレクシオス・コムネノス」ハギヤ・ソフィア大聖堂
このモザイクは皇帝の儀式用の奉納画で、聖堂2階の皇帝一家専用の場所にあります。聖母は正面向きに幼子を抱いた「ニコポイア型(勝利をもたらす者)」を示しています。この作品を見ておかしな感じを受けたので、家で写真を確認すると、一番右側の息子はL字に折れ曲がった形になっていました。 -
「キリスト(デイシス)」ハギヤ・ソフィア大聖堂
デイシスはビザンティン美術および後の正教会芸術において、伝統的なイコンを意味するギリシャ語です。尊厳あるハリストス(キリストのギリシャ語読み)、もしくは全能者ハリストスの姿を表します。 -
「キリストのエルサレム入城」パレルモ/パラチーナ礼拝堂
シチリアには3回旅していて、1回目はナポリから寝台列車でメッシーナ海峡を越えてシラク―サに入り、2回目はローマから寝台列車で同じルートをパレルモに向かいました。今回鳴門の旅に当たり、世界3大潮流の1つが鳴門海峡で1つがロサンジェルスのセイモア海峡で、1つがメッシーナ海峡だと知りました。3回目のシチリアではマルタ島からメッシーナ海峡を通過してサレルノまでフェリーで戻りました。 -
「キリストの捕縛」アテネ/ダフニ修道院
アテネまでの飛行機で一緒だった焼津の女性2人とアテネでばったり再会してしばらく一緒に行動していました。サロニコス湾の3島クルーズに行った翌日にダフニ修道院へ一緒に行ったことを思い出します。 -
「キリストの埋葬」カストリア/アギイ・アナルギリ聖堂
テッサロニキから路線バスでカストリアに向かったのですが、夜明け前の真っ暗なバスの停留所で大きな荷物を持った男性に乗り場を尋ねました。場所を聞いてしばらくしたらその男性が荷物を持って戻ってきて、乗り場を間違えていたと教えてくれました。その時の1か月の旅ではギリシャの方の親切に助けられた連続でした。
カストリア:https://4travel.jp/travelogue/10422237 -
「キリストの降誕」イスタンブール/カリエ・ジャミイ(コーラ修道院)
ここまで来ると言った所ばかりなのに驚きます。まるで自分のために大塚製薬がここに美術館を建ててくれたのではないだろうかという気になってきます。1度目のイスタンブールはラマダン明けの犠牲祭の真っ最中で、町中に牛や羊が闊歩して、テオドシウスの城壁の辺りはまるで屠殺場でした。
イスタンブール:https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/11530836/ -
「冥府への降下(アナスタシス)」クルビノーヴォ/スヴェティ・ジョルジョ聖堂
復活の朝までの3日間はキリストの魂は肉体を離れ、善き行いをした正義の人々を天国に連れて行くために冥府に下ります。ビザンチン美術ではこの主題は復活図像の1つとして創造されますキリストの右にアダムとイブ、アベル、左にソロモンとダヴィデ、洗礼者ヨハネもいます。冥府の主ハデスの手がアダムの足に伸びています。 -
「十字架降下」ネレズィ/スヴェティ・パンテレイモン修道院
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「ベツレヘムへの旅」ミストラ/パナギア・パンタナッサ修道院聖堂
アテネからペロポネソス半島の南端のモネンバシアへ行った後にスパルタに宿泊しました。その日は大雨の天気でしたが、夕方から異常な寒気に襲われ、翌朝まで金縛りにあったように体を動かせなくなりました。翌朝になるとその異常な状態は嘘のように消え、朝一番のバスでミストラの遺跡を巡ったことを思い出します。
ミストラ:https://4travel.jp/travelogue/10422060 -
「マヌエル・ラスカリス・ハツィケスの肖像」ミストラ/パナギア・パンタナッサ修道院聖堂
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「冥府への降下」エルミタージュ美術館
エルミタージュ美術館は4時間ほどしか滞在できなかったので、エジプト美術をはじめ全く見ていない部屋がいくつもあります。イコンについても全く見ることが出来なかったのがいまだに残念です。 -
「ラザロの復活」サンクト・ペテルブルグ/ロシア美術館
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「東方三博士の礼拝」エル・グレコ
アテネのべナキ美術館に収蔵されるイコンです。スペインへ渡ったのちはエル・グレコ(ギリシャ人)と呼ばれますが、クレタ島から出てきた無名のイコン画家テオトコプーロスだった時代の作品です。 -
「十二祝祭図(ドデカオルトン)」フィレンツェ大聖堂美術館
キリストを祝う毎月の祝祭に応じてキリストの生涯伝から選ばれた主題はビザンチン聖堂の装飾の基本となっています。この十二大祭はイコンにも取り込まれていきます。 -
「十二祝祭図(ドデカオルトン)」フィレンツェ大聖堂美術館
12の主題は「受胎告知」「キリストの降誕」「神殿奉献」「キリストの洗礼」「キリストの変容」「ラザロの復活」「エルサレム入城」「キリストの磔刑」「冥府に下るキリスト」「商店」「聖霊降臨」「聖母の眠り」です。 -
「十字架上のキリスト」ペルージャ/ウンブリア国立美術館
大型十字架板絵の出現は礼拝形式の変化により内陣と身廊を仕切る梁上に設置されて、遠くから見えるようにしたためです。円形の中には祝福のキリスト、その下には二天使を伴う聖母、足元には聖フランチェスコが描かれています。 -
「小鳥への説教」アッシジ/サン・フランチェスコ聖堂下堂
聖フランチェスコが鳥たちに近づき語りかけると、鳥たちは聖人の語る言葉に首をかしげて聞き入ったと言われます。フランチェスコは自然のあらゆるもの、花や植物、鳥や動物たちを慈しむことが神に接することだと説きます。 -
「小鳥への説教」アッシジ/サン・フランチェスコ聖堂上堂
ジョットの描いたフランチェスコ修道会の総本山の上堂の入り口脇に描かれた有名な28枚の壁画の中の1枚です。1997年9月27日にアッシジは地震に襲われ、聖フランチェスコ聖堂が被害を受けました。ジョットやチマブーエの手になる貴重なフレスコ画が天井から崩落し4人の死者が出ています。それ以来2年間にわたり、イタリア中央修復協会の専門家たちは壁画の断片の分類を行ない、ジョット派のフレスコ画8点を手作業で復元しました。しかしチマブーエ作の高さ4.5メートル、幅9メートルに及ぶ巨大な絵画「聖マタイ」は復元できませんでした。 -
「父イサクの祝福を求めるエサウ」アッシジ/サン・フランチェスコ聖堂上堂
「イサクの祝福を奪うヤコブ」と対を成すジョットの作品です。弟や瘤が盲目の父イサクを欺き、家督を継ぐ祝福を受けたことを知らずにエサウが祝福を求めて拒絶される場面が描かれています。 -
「十字架上のキリスト」ピサ国立美術館
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「マエスタ(荘厳の聖母)」シエナ/シエナ大聖堂美術館
シエナは思い出深い町で、3回目に妻と行ったときに結婚を決めた場所でもあります。塔のホテルに宿泊したのですが、出入り口のカギを持たずに出掛けてしまい、帰る時間が遅くなって危うく締め出しに合うところでした。4部屋しかない塔の宿泊客のカップルが偶然鍵を開けたところで事なきを得ました。同じような失敗はスイスのグレンデルワルトやギリシャのカストリアでもしています。 -
「マエスタ(荘厳の聖母)裏面」シエナ/シエナ大聖堂美術館
裏面はキリストの受難と復活の場面が描かれています。26の場面をすべて写真に撮っていたらまた妻を見失ってしまいました。 -
「一角獣を従えた貴婦人」パリ/クリニュー美術館
クリニュー美術館の有名な6枚のタペストリーまでタイルで再現されています。3回目のパリでは10日ほど滞在して小さな美術館から主だったパサージュをすべて巡ったりしましたが、最後に時間が無くなってクリニュー美術館には行けませんでした。 -
「貴婦人と竜」アンジェ/アンジェ城タペストリー美術館
ロワール渓谷の古城もトゥールに宿泊して3日かけて12の城を巡りましたが、アンジェ城にも行くことが出来ませんでした。まぁ、数多い古城を全部行くことは出来ませんが、心残りになっている城の1つではあります。 -
「竜を退治する大天使ミカエル」アンジェ/アンジェ城タペストリー美術館
このタペストリーの波打った質感もタイルで再現されているのには驚きました。それと同時にアンジェ城のタペストリーを見に行きたくなりました。早く海外旅行へ行けるようになるのを願うばかりです。 -
「聖三位一体」トレチャコフ美術館
アンドレイ・ルブリョフのイコンです。次にモスクワへ行くことがあれば絶対に見に行きたいと思っているトレチャコフ美術館です。黄金の輪のスーズダリの街へ行った際に銅像だけは見ることが出来ました。大好きなロシアの映画監督アンドレイ・タルコフスキーの作品にも「アンドレイ・ルブリョフ」という白黒の作品があります。
美術館の見学はまだまだ続きます。
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