1998/11/12 - 1998/11/28
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kojikojiさん
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この旅最後の訪問地はカストリアというマケドニアに近い生の中の町です。真っ暗なテッサロニキのバスターミナルでまず途方に暮れました。切符売り場がたくさんあってどこに乗り場があるのか分かりません。地方へ帰るであろう荷物を沢山持ったおじさんに尋ねると数百メートル先にあると教えてくれました。そこに行くとちょうど電気が灯り切符売り場が開きました。列に並んでいると先ほどのおじさんが現れ、「間違っていた。君の乗るバスは最初の所で良かったんだ。」と呼びに来てくれたのでした。カストリアではクセニアというカストリアの伝統住宅のようなホテルに部屋を取りました。ホテルの前のビザンチン美術館はシーズンオフなので掃除中でしたが見学は出来ました。カストリアのビザンチンの本を買ってから美術館の事務室に出向き、教会群の見学が出来るか訪ねました。係員のおじさんが「どこが見たいのですか?」と訪ねるので4か所ほど名前をあげました。すると時計を見てから「全部は無理だけど1~2か所案内しましょう。」と言ってくれました。促されて表に出ると彼は自家用車を出してきてくれました。車内ではどこを旅してきたか聞かれたのでアテネ周辺の世界遺産の修道院やオシオス・ルーカスにモネンヴァシアやミストラにメテオラとテッサロニキの修道院に行って来たと伝え、スケッチブックも見せました。すると彼は「ちょっと待ってね。」と自宅によりました。ちょうど学校から帰ってきた息子に一言二言伝えると「さあ4か所の教会全部案内するよ。」と言ってくれました。想像するにちょうどお昼時だったので1ヶ所か2ヶ所案内してくれるつもりだったのでしょう。でもこの日本人はよっぽどビザンチンの美術に興味があるのだと思い、家に寄ってお昼に遅れる旨を伝えてくれたのでしょう。その後は市内の主だった教会を全部見せてくれました。全部が施錠してあるので一人にために見せてくれるのです。申し訳ないと思いながら素晴らしいフレスコに魅了されました。せかせるでもなく詳しくモザイクや表のレンガの積み方の意味なども説明してくれます。嬉しい反面申し訳ない気持ちで一杯になりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー ヒッチハイク
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
テッサロニキのホテルを出たのはまだ真っ暗な5時前だったと思います。切符売り場はバス会社ごとに離れた建物に点在していてどこへ行けば分かりませんでした。途方に暮れて近くにいた男性に尋ねると数百メートル先の明るい建物を指さし「あそこだよ。」と教えてくれます。その建物に入ろうとすると後ろから声が掛かります。「君の行くカストリア行きは先ほどの建物で良かったんだ。」と伝えて男性は去っていきます。おじさんは自分のバスの時間もあったのでしょう、慌てて戻っていきますが、その両肩に大きなショルダーバック、両手にも大きなダンボール箱を重たそうに下げています。もし自分だったらそれだけの荷物を持って呼びに来れるだろうかと考えさせられました。この時のギリシャの旅はそんな親切の連続でした。
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テッサロニキを出たバスは山に登るに連れて雪道の中をいくつもの峠を越えながらカストリアを目指します。美しい湖を半周廻るとカストリアの町に到着です。夏場は避暑地として別荘が立ち並ぶ湖畔も冬のこの時期には寒々しさしか感じません。
高台に建つ国営だったホテルに部屋を取りましたが、5,000円ほどでスイートルームに泊まれました。ドラクマの頃のギリシャは本当に安く旅行が出来ました。 -
部屋に荷物を置いて、ホテルの近くの美術館へ向かいます。当時の地球の歩き方には美術館で申し出れば教会群を見学させてもらえるとだけ書かれていました。館内を見学した後に事務所で尋ねると、時計を見ながら「一つか二つなら。」という条件で見せてもらえることになりました。促されて表に出ると彼の自家用車に乗るように言われます。ビザンチン美術館の係員のおじさんの自家用車で廻ってもらった教会群です。
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確かカストリアには70以上の教会があったはずです。普通の住宅街の脇に教会は建っています。全ての教会が施錠してありますので係員の人がいなければ見られません。
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こんな住宅街を歩いた先にビザンチンの教会が保存されています。当初一つか二つと言われたのですが、もう少し見せてもらえるように今回の旅で巡った教会に着いて話し、スケッチブックまで見せると余ほど興味を持っているのだろうと思ってくれたのか4か所の教会を見せてくれることになりました。
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この教会を見学した後彼の家に立ち寄りました。そして学校から戻ってきた息子に一言二言話しかけます。ちょうどお昼の時間だったようです。想像するに彼が博物館で時計を気にしていたのはお昼で帰宅する時間だったようです。多分息子にはお昼に送れるとお母さんに伝える伝言だったのでしょう。
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申し訳ない気持ちも湧いてきますが、アテネから離れた北の果てのテッサロニキ、そこからも半日かけて移動してきたカストリアです。多分次にここへ来ることは無いだろうから心残り無いようにしないと…。
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カストリアの教会群は石とレンガで構成されていますが、その積み方が独特でした。庇がほとんどないので漆喰とかで仕上げられてはいなかったと思います。この石とレンガも意匠という訳です。
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庇の長い部分にはフレスコも残されていました。風雨除けにはなるでしょうが、だいぶ傷みが進んでいました。
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通常はドームになるであろう部分も建築的に簡単な円筒形になっています。限られた予算の中でここに住む人たちはたくさんの教会を建てたのでしょう。
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美術館のおじさんに教わったのですが、単なるレンガのデザインでは無くてキリストグラムと呼ばれるシンボルです。まだ十字のシンボルが無かった初期のキリスト教においてイエスを表わす形です。イエス・キリストはギリシャ語で「ΙΗΣΟΥΣ ΧΡΙΣΤΟΣ」と書きますが、IとXそれぞれの語頭・語尾による省略形です。
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こんな具合に建物全体にデザインされています。
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ブルガリアにも有名なフレスコで覆われた教会群がありますが、こちらは殆ど知られていないのかもしれません。ブルガリアやルーマニアにもまだ行っていないのでまた興味が湧いてきます。
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かなり痛んではいますが、サロメが踊り洗礼者ヨハネの首を所望する場面です。サロメの母ヘロディアは、はじめヘロデ・フィリッポスの妻となりサロメをもうけますが、後に実父の異母兄弟であるヘロデ・アンティパスと恋仲になりヘロデ・アンティパスの妻となります。サロメはヘロデ・アンティパスに祝宴での舞踏の褒美として「好きなものを求めよ」と言われ、母ヘロディアの命により「洗礼者ヨハネの斬首」を求めた場面です。
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内部のフレスコ画は本当に素晴らしいのですが美術書を買った後だったし、現在も祈りの場ですので写真は撮りませんでした。教会を開けるたびに胸の前で十字を切る彼の親切に対して写真を撮らせてとは言えない雰囲気でした。でもこうしてブログで発表の場が開けると写真があっていろいろな人に見てもらってカストリアへ行ってもらえたらと思います。
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この数年後にはキプロスのトロードスの山の中を教会を巡ったりとビザンチンを求める旅は続きました。
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大天使ガブリエルとミカエルが教会の入口を守っています。往時はどんなに色鮮やかなフレスコだったのでしょう。
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ミカエルの図像は甲冑をまとって天の軍団の先頭をいくイメージが一般的です。右手に剣を持ち、左手には魂の公正さを測る秤を携えている姿で表わされています。この教会へ来る子供は怖かったでしょうね。
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こちらはガブリエルですが姿を読み取ることは出来ません。
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トルコとギリシャは仲は悪いけれど、家や食べ物や飲み物など非常に似通った国です。こんな意匠の建物はトルコ中で見かけます。
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美術館のおじさんには結局ホテルまで送ってもらいました。本当に親切な方でした。結局「ここも見せたいから。」と5か所の教会を案内してくれました。お礼の言葉は言えてもそれ以上に何も出来ないもどかしさを感じる旅でした。
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翌日は湖畔を散歩しました。カストリアの町は湖に浮かぶ半島です。地理的にも三方向が天然の要塞になっているのだと思います。
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あまりに美しくて誰もいない景色の中に佇んでいると今回の旅のことをいろいろ思い出します。全てに共通するのはギリシャの人達の掛値ない親切心です。
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旅の終わりは感傷的になります。本当はこのまま北上してマケドニアやバルカン半島を旅したい気持ちになりました。午後のバスでテッサロニキへ戻って、翌日はモスクワ経由で帰国するだけです。
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