2016/05/09 - 2016/07/29
4922位(同エリア7834件中)
おくさん
歩く歩く歩く2016 ポルトガル人の道3
日本出発から51日目 Lugar do Corga - ポンテ・デ・リマ
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- カタール航空
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6月26日(日)Lugar do Corgaの私営アルベルゲCasa da Fernanda。
昨日、修理してあげた女の子の靴底は今のところくっついているようだ。写真を撮ると言ったらポーズを取ってくれた。このとおり元気いっぱい。
7時からオーナー本宅で朝食を食べさせてもらう。夕食はボリュームいっぱいだったが、朝食はどこもあっさり。ドナティーボには感謝を込めて20ユーロ入れさせてもらう。8時出発、今日もピーカンだ。 -
私とマリアとアメリカの婦人と、歳の似通った4人で歩き始めるが、アメリカ婦人が徐々に遅れだして見えなくなってしまった。二人のうち、妹分のおばちゃんは歩き慣れていないのか、昨日も遅れがちだったな。遅れても離れても、歩くスピードは人に合わせないで自分のペースを守るのが肝要だが姉貴分のおばちゃんは常に一緒に歩いているのでどちらかは無理をしてるかもね。
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村にやって来たら、教会ではミサが終わったところらしく、沢山の人と車がでてきた。そう言えば今日は日曜日だ。その内の誰かが教会でコーヒーが飲めるよと言うので行ってみたが、もうそのサービスは終わったのか貰うことはできなかった。聖堂の中に入って行くと、小さな村なのにとても立派な聖堂だった。せいぜい百人かそこらの村人がこんな立派な聖堂を建てるにはどんだけ犠牲を払うんだろう。村人の信仰と誇りがここにいっぱい詰まっているんだろうな。
途中にあった町のバルで一休み、ビールとデニッシュで1.8ユーロととても安い。ここでまた4人が合流する。日記帳にアメリカおばちゃん二人連れとマリアに名前を書いてもらう。マリアの苗字はバイエルマンと、如何にもドイツらしい苗字だった。アメリカおばちゃんは姉御ぽい人がクリスタで、妹分の方はダウナだがドナと呼ぶらしい。ドナドナの歌を思い出した。この人は体を左右に揺らしながら歩くのでとても特徴がある。
ガイドブックを見せてもらったら、今夜泊まろうとするポンテ・デ・リマのアルベルゲは橋を渡ってすぐの所だと確認できたので安心する。私が日本から用意してきた地図には、この公営アルベルゲの位置はもとより存在さえ記してなかった。毎日一番の関心ごとは今晩泊まるアルベルゲなのだが、私が印刷してきたポンコツ地図には凄く簡単なことしか記入してないので、ちゃんとしたガイドブックを見せて貰うのは非常にありがたい。女性陣はお喋りに夢中になっているので一足先に出発して一人旅。 -
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暫く歩いた先に小さな小さな御堂程度の教会があって日陰になっているので休んでいたらみんなも到着してきた。それに、一昨日のアルベルゲで一緒になったドイツ女性で、マツコ・デラックスみたいな人も到着。あれ、この子はもっと先に行ってた筈なんじゃ!?もう一人のドイツの女の子アンナと連れだって、昨日のうちにポンテ・デ・リマに行くと言ってたけど、我々と同じ遅い歩みになっていたらしい。昨日はどこに泊まっていたんだろう?マリアと喋っているので、そこん所を話しているのかな。
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その後はまたバラけて、やっぱり一人旅になったまま歩き続ける。目的の町ポンテ・デ・リマには12時半に到達する。ガイドブックで見たとおり、大きな川が現れてきたので、このまま川を遡って行けばアルベルゲに行きつくんだと元気になる。毎日、今晩のネグラの目鼻が付く瞬間が大好きだ。
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途中の並木道に入った頃から人混みになってきて、奥に行くに従ってどんどん混雑してくる。お祭りでもやってるのかな?大きな木が両側に植わっている広い道路は人で埋め尽くされてきた。何のお祭りなんだろう、祭りでなくて何かの市なのか、両側には臨時の出店で埋め尽くされている。お土産を売る店、パンを売る店、チョリソーの店や、その場で食べられる物を売っている店もあるので何か買ってみたい気になる。この通りは観光地にでもなっているのか、大きなオブジェクトが何体も川沿いにあった。楽器を持って歌っている像とか、農作業風景などの像があるので、この地方の習俗がテーマらしい。
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前方に古い大きな橋が見えてきたので、この橋を渡りきった所に目的のアルベルゲがある筈だと気を良くして歩いて行く。橋は石作りで何百年も経っているような古い物だった。途中にはヤコブ(サンチャゴ)の顔の巨大モニュメントがあった。センスわるっ、生首みたい。台座にはポルトガル語で「Bon Caminho(良い巡礼を)」と彫られているので、この橋が巡礼路だと言うのが良く分かる。
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渡り終えた橋の袂には古い教会があって、中に入って行くと入口には誰かの顔写真が入ったカードが置いてある。それにどうも棺らしいのが聖堂祭壇の前に置いてあり大きな顔写真が飾られている。これって葬式なんじゃと気づいてそそくさと出てくる。
教会から川に至る所は広い芝生公園になっていて沢山の人たちが寛いでいるのが見える。のんびりした良いところだなー。こういう場所を見ると、あくせくせずに人生を楽しもうとするポルトガル人の良い所を見た気がする。 -
アルベルゲはそこから少し歩いた所にあって、大きなものだった。でも表の貼り紙を見たらオープンはやっぱり4時からだった。どうしよう、時間があり過ぎる。取りあえずビールが飲みたいので、タブレットの地図に載っていたスーパーへ行ってみたが運悪く日曜のため戸閉めされていた。心配してたことが当たって残念。
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川を渡ったこの辺りは町外れにあたるので、もう店はないのが想像できる。橋を戻って賑やかな町の方に行ってみるとするか。スーパーがあると良いのだが、地図には500mほど離れた所に市場があると載っているだけだ。この市場と言う表示にはいつも裏切られるので期待はできないな。
歩いている途中にATMを見つけたので、そろそろ路銀が減って来たからキャッシングしておこうと思いつく。サンタンデールと書かれた良く目にするATMだ。道端なので付近に怪しい奴がいないか一応確認してから操作を始めて難なく200ユーロをゲットできる。キャッシングも幾らか慣れてきた。やっぱりポルトガルでは200が上限だった。今回の旅で3回目のキャッシングで合計700ユーロを借りたことになる。日本から持ってきたユーロは450あったので、もう1,000ユーロ以上を使ったことになるのか。円なら12万円ほどだ。
ヨーロッパに入ってぼちぼち45日。泊まって飲み食いして12万円なら安いものだ。毎日倹約してるし歩きなので運賃はタダだし。日本で同じ期間ふらついたら幾らになるだろう?ビジネスホテルは最低でも一泊5,000円だろう。それだけでも5,000×45=225、000円だ。日本の居酒屋で飲むビール1杯500円。とても気の済むまで飲むことはできない。プラス食費を加えたら節約しても一日8,000円は必要か、8000×45で36万円だ、12万円の丁度3倍とはね。ここでは毎日ビールをたらふく飲んでも日本の3分の1の予算で旅することができる。スペイン・ポルトガル、暮らすには良いところだなー。 -
スーパーを目指している時に向こうからやってくるアメリカおばさんと会う。アルベルゲはあっちだと伝え、今はスーパーを探しているんだと言って別れる。おばさん達も同じアルベルゲを目指しているので後で会えるだろう。マリアは一緒じゃなかったので、もっと遅れているのかな?
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市場が入っているらしいビルはすぐ見つかったが、案の定、市場なんて影も形もなかった。地図アプリでは市場と言う定義が違うのかな。でもこのビルの中に安く食べられるレストランがあったので入って行くことにする。レストランと言う名前だが、レベル的にはバルのようだ。ハンバーガーセットみたいな名前の料理を注文するが、出てきたのは1皿に色々載っているプレート料理だった。トマトとオニオンサラダに目玉焼の下にはハンバーグが隠れていた。それに定番のフライドポテト。このプレートにはご飯も載っていたのが嬉しい。ハンバーグが載っているので、何とかハンバーガーと言う名前だった。名前なんかどうでも良くて、安くて腹がいっぱいになるなら何でもオーケーだ。小瓶のビールが1.2ユーロで合計8.7ユーロとレストランにしては格安だ。
※他の人のブログでは毎回素晴らしい料理の数々を見せて貰っていますが、私のブログではこんなのしか見せられなくてすみません。m(_ _)m
帰りの露天で何か買おうかなと思って歩いていたら、日本では高級品のサクランボを山のように売っていたので買ってみる。2.5ユーロ。マリアとアメリカおばさんにも食べさせて上げようと思い多めに買ってみた。たまの贅沢と言うところか。
また橋を渡ってアルベルゲ方面に戻り、隣の大きな公園の日陰で時間つぶしをする。そしたらマリアがやって来た。みんなバラバラに歩いていても集合するところは同じだ。少し話してから近くのバルに行くことになった。マリアがレモンジュースを頼んだので、自分もたまにはそういう物を飲んでみよう。1.5ユーロなので値段はビールと同じだ。 -
一休みしてアルベルゲの近くに行ってみると、ちらほらと巡礼が集まりだしていた。テラス席で一杯やっていた青年と話してみると、スイスの自宅から歩き始めたそうで、4月2日にスタートして今日が6月26日なのでもう3カ月も歩いているそうだ。ここポルトガル人の道に居ると言うことは、私と同じようにコンポステラに到着してから、またポルトガル人の道を歩きはじめたのだろうか。歩き中毒だ(自分もか)。
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極細の靴紐を使用するトレッキングシューズを履いており、その靴紐が途中で切れて難儀しているようだ。靴紐ならスペアを持っているよと言ってみたが、靴紐を通す穴がこれまた極細なので普通の紐は通らないらしい。このタイプの靴は、私が歩き用の靴を買いに行った時にも目にしたことがあるが、極細の靴紐をダイヤルを回すだけで絞めたり緩めたり簡単に出来ると謳っている新型タイプの靴だ。だがやっぱりこんな靴は買うもんじゃないなと実感した。紐が切れただけで使い物にならなくなるとは。似たものにファスナー付きのウォーキングシューズがあるが、あれもファスナーが壊れたらアウトだろう。その点、普通の紐を使用する昔ながらの靴は紐が切れても穴が壊れても応用が利くので安心だ。私が靴を選ぶ最低基準は普通の紐だけを使う靴で、新しい機能なんか取り入れた靴なんか絶対に選ばない。
この青年はスイスの金貨を持っていて見せてくれた。持ってみると小さいのにずっしりと重い。やっぱり本物の金だ。金は世界共通の価値があるので、もしものときのお守りだと言っているようだ。1枚幾らと聞いたら250ユーロ!!ビックリ。5枚持っているので凄い金額になる。円なら15万円ほどだろう。いいのか、こんな路上で見せびらかして。私の日記帳を貸してくれと言って、何やら英語で「Gold and Silver is the real money うんたらかんたら」と長々と書いている。この金貨ならどこの国に行っても通用すると言いたいらしい。でもなー、やっぱり高額の金貨を持ち歩くリスクは大きいんじゃないのかね。重いし。私みたいにクレジットカードでキャッシングする方が安全だと思うがな。と言いながら私も毎回、クレカが使えない事態を想定して現金5万円を忍ばせている。金貨の写真撮っとけばよかったな。
時間になったので受付が始まった。通りの反対側にいた人が急いで駆けつけて来たのでマリアが自分たちが先だと強い口調で主張し始める。この人は入口にバックパックを並べていたので、それを指さしながら自分には優先権があると言っているがすぐ引き下がった。大きなアルベルゲで60人も泊まれるんだから、順番が少し入れ替わったところで大した問題ではないのに、やっぱりドイツ人なので、こういう所ははっきりさせたいお国柄なんかなぁと思った。引き下がった人は日本のサンティアゴ友の会発行のクレデンシャルを持っていたので日本人と分かった。 -
ここは広い部屋にゆったりと平置きベッドが置かれていた。おまけに個人のロッカーまで備わっている。ひゃっほー。
いつものルーチンのあと、やっぱりビールと今日・明日の食料が欲しいので、ダメ元で受付の人に聞きに行く。そしたら橋を渡ったところにあるそうだ!?え、そうなの。地図には出てなかった小さな店があるらしい。私は橋を渡って賑やかな右側に折れたが、家が少ない左に行くとあるのかな。半信半疑のまま行ってみると、確かに目立たない所に雑貨屋があった。なんだ、こっち側に曲がればすぐ見つかったのか。ま、知らないってのはこう言うことだよな。
本当に小さな店だが、そこそこの品揃えがある。缶ビール3、ポテチ、玉子、パン、1リットルのピーチジュースで9.3ユーロ。ちょっと高いな。少しボラれた気がするが買えないよりはずっと良い。今日は昼飯をバルで食べたし、いっぱい金を使ってしまった。計算したら公営アルベルゲに泊まったのに30.3ユーロ、この金額は使い過ぎだ。まぁ普通に海外旅行する人は一回の食事に同額のお金を使うらしいので、そういう人から見たらアホみたいかな。
キッチンで小鍋サイズのステンレスカップに並々とコーヒーを淹れている女性はエストニアのターニャ。挽いたコーヒーの粉をそのままカップにぶち込んでお湯を注いでいる。どうやって飲むのか聞いたら、暫くすると粉は底に沈むので、そしたら上澄みを飲むそうだ。アイラブコーヒーと言っているから相当のコーヒー好きらしい。この子は長身でガリガリ、部屋の中でもサングラスをしていて美人とは程遠いようだがキャラクターが独特でとても面白い。英語は片言で、イエースイエースと連発している。イエースのエを強く言うので、それがまた独特で面白い。サクランボを食べるかと言ったらサンキューと言って摘んでいる。ターニャとはこのあとマリアを含め、3日間を一緒に歩いて楽しく過ごすことになる。
ターニャと言う名前に何となく懐かしいような親しみやすいような不思議な感覚がずっとあったが、帰国後になって思い出したら「のだめカンタービレ」に登場したすっとんだロシア娘がターニャだった。ターニャと言う名前は記憶の外にあったが、気持ちの中には刷り込まれていたんだな。 -
キッチンでカップ麺を食べている女の子がいたので、この子にもサクランボを勧めてみるが、ありがとうと言ってる割には手を出さないでいる。若いのでシャイなようだ。英語はほぼ話せないようだが話をしているうちに私が日本人と分かったので、アレハンドラは空手の黒帯と自己紹介した。私は若いころに茶帯を取ったのでカタコトながら話が弾む。名前はアレハンドラと言う男っぽい名前だけど、これって男の名前だったんじゃ?でもスペイン人が言うんだから女の名前なんだろう。男ならアレハンドロとなるのかな。
日本人は千葉のNさんで、私より年上の72歳だった。日本のサンティアゴ友の会で何かの係をしているそうだ。私が北の道とポルトガルの道を歩いてからイギリス人の道へ行くと言ったら自分もこのあとイギリス人の道を目指すそうなので、もしかしたらイギリス人の道でも一緒になるかも知れないな。友の会では巡礼経験者に話をしてもらう集まりがあるので、そこで発表してくれないかと言われたが、私はそういうのには興味がないのでと言っておく。
雑貨屋でボラれた気がすると言ったら、特に東洋人はそういう目に遭いやすいと言っていて、Nさんも何度か覚えがあるそうだ。巡礼に優しい人もいれば食い物にしようとする人もいるってことか。
スリや置き引きなどは対処のしようがあるが、買い物でボラれるのはいかんともしがたい。ボラれたと思ったら会計後にひとつひとつの価格を突き合わせる行為だろうが、けんか腰でそれやると結果的に買わないことになるだろう。それよりボラれても食料は買った方がました。
日本出発から52日目 ポンテ・デ・リマ ー ルビアエス
6月27日(月)ポンテ・デ・リマのアルベルゲ。朝飯はキッチンでスープを作り、昨日の残りの小さな卵を4個入れる。それにチョコパンと大量のサクランボ。サクランボはマリアとアメリカおばちゃんに食べさせようと大量に買ったが、みんな朝ごはんはいつも食べないと言うし、朝早いので他の人に上げようにもキッチンに誰も来ないしなので一人で全部食べてしまう。 -
少し早目の6:40に出発しようと外へ出たら、アメリカおばちゃん二人はバルの店先に並んでいる椅子にドカンと座って動こうとしないので妙だな、随分ゆっくりしてるんだなと思ったが「ブエンカミーノ」と言ってそのまま出発する。この小さな謎は夕方判明する。
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アルベルゲから角を曲がるといきなり山道が近づいてきた。今日は次のアルベルゲまでずっと山道が続くようだ。ぐんぐんと山の中に入って行く感じ。写真は道に見えないだろうが、ちゃんと巡礼路は続いているので写真で見る程怖い道ではありません。
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どんどん山の中に入って行った所に店があった。へー、こんな山の中なのに小奇麗な店があるんだな。そこは珍しく店が塀の中にあって門から中に入るようになっていた。先に出発したマリアが門の前に立っていて、後からやって来る誰かを待っているようだ。私が到着してからも門を出たり入ったりしている。そうそう、心配していたマリアの靴は新しいのに履き替えていた。相変わらずズックタイプなので長距離歩行に適しているとは思えないが、取りあえず靴底だけは擦り切れてないので良かった。どう言う訳か、ボロボロになった靴は捨てずにバックパックに括りつけている。一緒に苦労した靴なので捨てがたくドイツまで持って帰るのか?
ここは少し高台になっていて、階段を下りた下には魚の養殖場があった。それとも釣り堀か?ポルトガルにも釣り堀ってあるんだろうか。コーラ1.2ユーロを飲んでスタンプを押して貰う。
マリアの待った甲斐があって、若いカップルとターニャが到着する。アメリカおばさん二人はやって来なかった。それからはこの5人のメンバーで歩きだす。やっぱりマリアはみんなと一緒に歩きたいのかも知れない。 -
小さな集落にやってきたら小さな教会があった。本当に小さな教会で、この集落の人が十人も入ったらイスはいっぱいになるような可愛らしい教会。道筋にあるので当然、お参りしていく。
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ここからはポルトガルの道、最初で最後で最大となる山越えになった。大きな岩がごろごろの急傾斜で、私は2本スティックなので両手が塞がっているが、でなかったら手を使ってよじ登るような山道だ。途中、息が上がってくるとうぶちゃんに教わった立ち休みを何度もしながら上って行く。2本のスティックにバックパックの肩ベルトを当てて前かがみになって体を支え、大きく10回深呼吸すると大分回復する。それで回復しない時はもう10回。でも、北の道で一日に何度も登ったり下ったりを繰り返したことを考えれば、こんなのはへの合羽の筈だが、やっぱり目の前の坂はしんどい。
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一休みできる大きな十字架のある所に来たらターニャがタバコを一服つけている。コーヒー好きのタバコ好き。キャラクターも面白すぎるし、どっかのドタバタ映画に出てきそうな女性だ。こんな細い体だけど馬力があって坂道を見事な大股で上って行く。
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この辺りの森林には松に傷を付けて松ヤニを取って利用する何かがあるらしく、松の木にやたらとビニール袋が取り付けてある。何十本と同じことをやっているので、個人で何かしていると言うより産業としてやっているらしい。まさかシャボン玉液製造じゃないだろし、靴の滑り止め?松ヤニって本当はどんな利用法があるんだろうと興味が沸いた。この険しい山の中まで歩いて松ヤニ回収に来るのは大変と思うが、巡礼路以外に車が通れる道もあるようだ。
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上りが急な山は下りも急だ。膝を痛めないように前に突きだすスティックに体重を掛けながら慎重に下って行く。こんな所で足を挫いたらこの後の二十日間に多大な影響を及ぼすのは分かっているので慎重の上にも慎重でダブル慎重で下って行く。
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下り終える坂の一歩手前に家があり、山の中から突然現れた建物だったのでアルベルゲと気がつかなくて、まさかと思っていたらこれがアルベルゲだった。村の中に有るものとばかり思っていた。これが今日泊まろうとしていたRubiaesの公営アルベルゲで、時間はまだ11時半だが受付は13時のようだ。1時間半の待ち時間か。
ここは村から離れているので店どころか人家も何もなかった。すぐ前が雑貨屋兼バルになっていて、このアルベルゲに泊まった巡礼専門の店と言うのがすぐ分かる。だってわざわざここまでやって来る村人は滅多にいないだろう。店の中には何が置いてあるのだろうと受付が始まる前に様子見に行ってみると、マツコ似のドイツ女性フランシスカと日本人のNさんがテーブルで休んでいたので自分もビールを買って同じテーブルで飲むことにする。1ユーロなので店で飲むならコーラより安い。ここでフランシスカの靴底を見せてもらったら、私が追っていた足跡と同じ模様だったのでやったと思った。良く分からない英語で、この足跡をずっとトレースしてたと言ってみると通じたようで笑っている。
アルベルゲは待っている人が多かったのでか、早めの12時から受付を開始してくれた。5ユーロ。オスピタレロはアルベルゲの2階に住まいがあるようで、一通り受付を終えると居なくなってしまったので、その後やって来た人が受付できなくて困っていた。下から声を掛けても反応がないので、どこに行ってしまったんだろう? -
シャワー・洗濯してから隣の雑貨屋へ行ってみる。とても小さくてバル併設だから大した品揃えじゃないと期待せずに行ってみたが、狭い店内には食料品以外にも巡礼に必要な靴下やクリーム、傷バンなどが色々取り揃えてあったので感心した。こんな村外れにポツンと1軒だけある雑貨屋なので、値段は少々高いかと思ったが、普通のスーパーと変わらない値段だったので良心的な経営者らしい。1リットルビールが冷えているのが嬉しい。それとトマト、8Pチーズ、魚の缶詰、玉ねぎスープの素、玉子6、スナック菓子と、これだけ買っても6ユーロと少々。アルベルゲに戻り早速飲み始める。
買い出しのために片道2kmも歩いたことを思えば、買い物がアルベルゲの目の前で出来るなんてありがたいなーとしみじみ思った。アルベルゲは施設やサービスもさることながら、スーパーが近いことも重要な要素だ。どんなに立派な施設だとしても腹ペコのまま眠らなくてはならないようなアルベルゲは御免だ。
ターニャと一緒にエストニアから出発した女性がまだ到着してこないと、ターニャは何度も門の外に出て見ていたが、やっと到着してきた。私はスカートのアメリカおばさん二人組がやって来ないかと時々見に行ったが、結局この二人はやって来なかった。前日泊まったポンテ・デ・リマからはこの道を来る以外ないし、次のアルベルゲもここだけなので、歩きなら必ずここに到着する。多分バス移動したんだなと想像する。二人はバスを使うこともあるような事を言ってたし。妹分のドナは歩くのが得意じゃないらしいから、今日のこのハードな山道を事前に知って安全策を取ったのだろう。アメリカおばさん達とは二晩一緒のアルベルゲになったが、これ切り会うことがなかった。
夕飯を食べないのも詰まらないので、また前の雑貨屋に行って1リットルビールにリンゴ2、ヨーグルト2を買ってくる。近くにいたマリアを誘ってビールを飲みはじめ、同じテーブルで何か書いている空手のアレハンドラにも進めてみたが、ビールは飲まないそうだ。チーズを1個上げたらそれは食べてくれた。アレハンドラだけ飲めないんじゃと思って、また雑貨屋へ走ってポテチとジュースを買ってきて上げたがこれも飲まなかった。やっぱり若い子は年配者と違って扱いが難しいな。 -
ターニャもやって来たのでビールを飲ませて上げる。4人で一緒にいるが、英語が達者なのは今回マリアだけなので、いつものように英語でバンバン喋る訳には行かなくてマリアは調子が出ないようだ。みんな平等に片言になったようで私にはそれが返って面白い。
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ターニャの英語は私程度で、アレハンドラはそれよりかなり劣る。英語を喋ろうとすると必ずその前に「あー」と言いながら単語を探しているようだった。日本人のNさんも誘ったらテーブルに加わってくれたので、Nさんはスペイン語が話せるのでアレハンドラはやっとスペイン語で喋れるようになり表情も明るくなったように見えた。
お開きのあと買って来た玉ねぎスープを作り玉子を3個入れて食べる。今日はキツイ山越えがあったが良い一日だった。
日本出発から53日目 Rubiaes - Tui
6月28日(火)Rubiaesのアルベルゲ。今朝もインスタントスープを作り、玉子3個入れてチョコパンとヨーグルトで朝飯にする。前の日に買い物が出来ていると朝からちゃんと食べることができるので安心するものがある。
ポルトガル人の道にもバルはあるが、カフェと言う名前に変わった。でも内容はスペインのバルト同じ。スペインと違って朝早いと開いてないし、それ以前にカフェの数が少なすぎる。このへんでもポルトガル人気質というのを推察することが出来る。あくせく働くよりのんびりと人生を楽しんだ方が価値があると言う人生観の現れなのかも知れない。そのポルトガル人気質と比べると、日本人はエコノミックアニマルと言う使い古された名前がいまだに通じてしまいそうだな。経済的に豊かなのと貧しくても人生を楽しむのとどっちがいいのだろうと考えてしまう。 -
今日は6時半に出発する。道端の立派なモホン(道標)にはポルトガル語で「ボン・カミーニョ」良き巡礼をと書かれている。スペイン語なら「ブエン・カミーノ」で、スペイン語とポルトガル語はとても良く似ている。なのでポルトガル語は知らないけど、地元の人には構わず知っているスペイン語を使っている。何となくだが通じているようないないような反応をいつもされている。とちらにしても英語よりかは通じているような気もする。
この特別立派なモホンにはポルトガル人の道がここから整備が始まったような事が書かれているらしいが、詳しいことは分からない。
1時間歩いた所にあった村のバルに(もうバルで通します)寄ってカフェコンレチェ0.85ユーロ。日本円なら一杯が百円もしないので気楽によることができる。日本の自販機130円より遥かに安い。ここのバルは朝早くても開いていたので、ここで朝食を食べて行く人が結構いるようだ。十人近くいる客は全員巡礼。ちょっと早起きすればこれだけの客が押し寄せるのが分かれば、いくらのんびりしたポルトガル人でも止められないだろな。ちなみに、スペインでは定番のカフェ・コンレチェだがポルトガルでは通じなくても言ってることは何となく分かるようだ。
バルを出てから舗装道路を歩き続けている。後ろからマツコ似のフランシスカがやって来るのが見える。と、暫くしてから振り返ったら姿が見えない?え、なんで?振り切ってしまうほどのスピードでは歩いていないのでこれは変だと気が付く。どうやら脇道に行くべき所を見逃してしまったようだ。地図で確認すると、暫く先でこの道と巡礼路が再び交差するらしいのが分かったので、戻ることはしないで合流地点を目指して歩き続ける。 -
案の定、1時間も歩かないうちに黄色い矢印が道路を横断するところに辿り着く。その道の先に目をやったところ、100m先をマリアとターニャが連れだって歩いているのを発見する。笑ってしまうほどのタイミングだ。追いかけて行って合流し、この後は今晩の宿までずっと一緒に歩く。
ターニャが今朝上げたリンゴをかじり出したので、私も同じのをバックパックから出してかじりながら一緒に歩いて行く。名前は女性的で素敵だが、ターニャの性格は男っぽくて非常に面白い。小指が変な方向に曲がっているので何でだと聞いたら「ファイティング」と言っている。喧嘩して骨折したままになっているらしい。ターニャって本当に殴り合いのケンカをやりそうなので冗談で言ってないのが分かるから、ここでまた更にターニャのキャラがアップする。
ターニャは30歳くらいかな?普通わたしはこの位の若い娘とは距離を置くようにしているのだが、ターニャだけは違って側にいて楽しい。ワイルドで女性と思わせない雰囲気も気に入っているので互いの間に壁がない感じだ。 -
前から気になっていたターニャのバックパックについて聞いてみる。肩ベルトにタオルが巻きつけてあるので、これはなんだと聞いたら、クッションだそうだ。それは分ってるが話の取っ掛かりとして聞いただけだ。やっぱり背負い方が間違っているので肩が痛いようだ。肩じゃなく腰で背負うんだと、バックパックを持ち上げて腰ベルトを調整するように言うが、ターニャはウエストが細すぎて普通にやるとベルトがこれ以上締まらないので、ベルトの他の部分を調整して腰で背負えるようにしてやったら肩がやっと楽になったようだ。「ミッチャンハ スーパーマン」と2回も言っている。スーパーマン?どういう意味で言っているのだろう?写真で比べてみると、バックパックの位置が10cm以上も上がっているので肩が楽になったのが良く分かる。
ターニャは歩き出して何日目かハッキリしないが、ずっとこの肩が痛い背負い方で歩いて来たんだろう。タオルを巻いたって痛みはそんなに軽減するとは思えないので、可哀そうだったなターニャ。もっと早く声かけて上げれば良かった。
バックパックの正しい背負い方を知らなかったり、靴紐の締め方やスティックのベルトが何のためにあるのかも知らない巡礼は時々いる。仲良くなった人には教えてあげるが、カタコト英語だけで教えるには限界がある。ターニャとは仲良くなっていたので、私がターニャの腰ベルトを調整しても嫌な顔をしなかったので良かった(と思う)。 -
Valenca do Minho と言う大きな街に入って来た。大きな街は必ず迷うので、みんなで力を合わせて黄色い矢印を探しながら歩いて行く。やっぱり数人で探すと効果は絶大だった。誰かが見落としても他の誰かが矢印を見つけてくれる。我々はシックス・アイだと言って笑いあう。そしたらソロで歩いている顔見知りのイタリアおじさんもそれに加わったので更にパワーアップする。このおじさんは交通巡視員のような反射テープ入りの黄色いベストを着ているのでとても良く目立つ。でも暑そう。
おじさんはイタリア語オンリーで、そういうイタリア人は相手構わずイタリア語だけで当り前のように話し掛けてくる。これはもうイタリア人あるあるだ。たまには私も日本語だけで欧米人に話しかけてみたいが、それだけの面の皮がない。
都会ででっかいバックパックを背負っていると半端なく浮いてしまうので嫌なのだが、4人で連れだって歩いていれば恥ずかしさもかなり軽減される。そこもグループで行動する利点のひとつかな。みんなで渡れば怖くないと言うやつだ。4人でバレンサの町中を練り歩く。
マリアはさっきからファルマシア(薬局)ファルマシアと騒いでいる。どっか調子が悪いのだろうか?上手いこと道筋に薬局を見つけるとさっさと店の中に入って行き、サポーターを買って来た。膝が悪かったのかと聞いたら、時々痛むそうだ。薄いゴム底ズックなので硬い舗装路歩きが堪えたんかな。悪くならなきゃいいが。
この街はポルトガル最後の街になるので、スペインより宿代の安いこの街の公営アルベルゲに泊まってもいいかなと思っていたが、みんなはスペイン側のTuiを目指しているので自分もそうする。どっちみち巡礼路上にValencaのアルベルゲは見つけられなかったし。 -
歩いていると道の両側には土産物屋が沢山並び出したので、この辺りは観光地にもなっているようだ。もしまた来ることがあったら、次はここに泊まりたいな。バレンサの公営アルベルゲがどこにあるのか気になった。この近くにあったら楽しいなと思って。
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ここは要塞の街だった。しかも城くらいの大きい要塞で、スペイン国境と接しているので昔は戦略的に重要な地だったのが分かる。対スペインの橋頭保と言う所だ。こんなトンネルが幾つもあって、戦争の時はこの中を攻め込むのは怖かっただろなーと想像する。先が分からないトンネルに飛び込んだら沢山の銃口がこちらを向いている場面は恐ろしいな。
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ホンとに大きな砦で、当時はこの砦を何千人で守っていたのだろうと思わせる程の大きさだった。ここを攻めるスペインは大変だったね。
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高い塀で囲われた要塞の中をあっちへ行ったりこっちへ行ったりしてようやく要塞の外に出る階段までやって来た。そこにはフランシスカが休んでいた。ここは大きな木が日陰を作っているので、休むには絶好の場所だった。調度いいタイミングなのでみんなで一緒に休んで行くことにする。フランシスカは前にも日陰になっていた小川のほとりの絶好のお休みポイントで休んでいたし、こういうのを見つけるのが上手なようだ。
フランシスカに「カミーノをロストした」と言ったら、曲がる所をまっすぐ行ってしまったので声を掛けたが気がつかなかったと言っている。北の道でヤナが道を間違えた私を追いかけて来てくれたことがあったが、追いかけてまで教えてくれる人は少ない。迷っても大体なんとかなるのが分かっているので。 -
要塞を出るとすぐ国境の橋があった。今はEUなので素通りできるが、それ以前はここがスペインに行くための関所になっていたのだろう。大きな橋の中央には国境を示す文字と靴底の形がカラフルなペンキで描かれていた。
歩いて国境を越えるのはこれで3度目になる。周りが海で外国に行くのを海外へ行くと大袈裟に言っている日本人にしてみれば、歩きでの国境越えは変な感じだな。 -
スペイン側に渡って来ると、EUになる前に使っていた監視所らしきいかめしい建物と、警官が乗っていないパトカー数台が停まっている。一応は国境なので、これってコケオドシの為なのか?
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目指すアルベルゲがどこにあるのかさっぱり分からないが、黄色い矢印を追っていけば大体行き着くので歩き続ける。途中、マリアがターニャに何やら話していて、どうもマリアはここのアルベルゲには泊まらないらしいのだけは分かったが、私営に泊まるのか次の町のポリーニョにバスで行くのか分からないまま別行動になる。ターニャには分かったのかな?イタリアおじさんは行くべき道が分かったのか、さっさとどっかに行ってしまったので、ターニャと二人してTuiのアルベルゲを探し続ける。
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アルベルゲは巡礼路から外れた所にあったので分かりずらかったが、丁度迷ったところにいた警官に教えて貰えた。大きな教会の一部をアルベルゲにしてあるのかな?石作りで立派な建物だった。12時半到着6ユーロ。オスピタレロがスペインは1時間進んでいることを教えてくれる。そうだ、スペインはサマータイムしてるのを忘れてた。
すぐシャワーだ。仕切りもカーテンもないシャワールームだが、オープンしたてなので誰もいないから快適。でも少ししたら前の廊下で何やら女の子の声がしているのが気になるな。そのあとターニャが廊下から何か言っているので「なにー?」と日本語で言ったら「レディースルーム」と2回言ったので、ここは女性用だったことに気が付く。ちょうど浴び終えた所だったのでさっさと出てくるとターニャがドアの所で待っていて、確かに入口の扉の上には女性用との文字があった。タハハ、昨年に続きまたやってしまった。中でバッティングしなくて良かった。
ここには2回一緒のアルベルゲになった日本人のNさんが先着していた。折りたたみハンガーを幾つも持ち歩いていて、洗濯ものを1枚1枚それに掛けて干していた。この人は顔だけ覆えるミニ蚊帳を被って寝ていたこともあったし、小物に凝っているようだ。
他にも日本人のおじさん二人組がいた。フランス人の道を歩き終えてから、ポルトガル人の道の様子をみたくてやってきたらしい。数日だけ歩いたら日本へ帰るような事を言っている。泰年はこの道を歩きたいのかも知れない。
洗濯してから買い物に行く前にキッチンをチェック。建物は立派だがここにはキッチンがまったくなくて、テーブルが幾つか並んでいるだけだった。仕方ないからここで封を切ればすぐ食べられる物を買ってきて食べるとするか。ポルトガルのアルベルゲはキッチンはあるし値段は安いし(ポルトガル5ユーロ、スペイン6ユーロ)、Wi-Fiだってポルトガルはタブレットでも利用できるが、スペインは通話できるスマホでないと利用することが出来ない性悪タイプだ。物価もスペインより安かったし、ポルトガルなにかと良かったなー。
スーパーは大きなチェーン店のフロイスだったが、冷えたビールを置いてなかった。ダメ元で店員を捕まえて聞いてみたところ、肉屋コーナーへ連れてってくれて、係に冷えたビールを出してと言ってくれる。冷えたビール、何ですぐ分かる所に並べて置かないのだろう?まさか店員専用なのか? -
スーパーに何種類か置いてある1リットルビールの写真を撮ってみました。左のSKOLと言うのは0.94ユーロなので約113円(1ユーロ120円)。真ん中のmahouはスペインのメーカー品なのでこれは150円と割と高額。一番左のが最安で0.75ユーロって、日本円なら90円ですよ!!もちろんどれも本物のビールです。私はどれを買ったのかは言うまでもありません。
ビールの間にヨーグルトや缶詰が置いてありますが、あれは私が買おうとして手に抱えていたものです。写真を撮るために一時的に置いてみました。
アルベルゲに戻ってすぐ飲みはじめたら、隣のテーブルに居た二人組の女の子が話しかけてくる。さっきスーパーに行く途中で出会ったアルベルゲを探していた子達で、私が教えて上げたのを覚えていた。マドリッドの専門学校生で、良く分からない英語とスペイン語でおしゃべりする。一人は社交的、もう一人は普通。今日が初日で、ここTuiから巡礼スタートするそうだ。Tuiからスタートするとコンポステラまで約115kmかな。徒歩で100km以上歩くと巡礼証明書が貰えるので、ここからスタートする人は大勢いるようだ。この子たちとは何日か一緒になった。 -
スーパーへ行く途中、巡礼メニュー6ユーロと言う看板を見たので、たまにはまともな食事をして栄養を摂るかと行ってみることにする。ターニャにメニューが6ユーロだよと言ったら一緒に行くと付いてきた。でも本当のペリグリノ・メニューじゃなくてワンプレート料理だった(本当のペリグリノ・メニューは2皿選べてたっぷりワインとパン、デザート付)。ここのはポークステーキとフライドポテトにパンとグラスワイン。コーヒーも出るそうだが眠れなくなると嫌なのでノーサンキューと伝える。ターニャはビールだけでいいそうで、飲み終わったら先に帰ってしまった。
帰りにまたスーパーへ寄って次ぐ朝の食料を仕入れる。桃缶(中)、ヨーグルト2、オレオのビスケット、缶ジュースで2.75ユーロ。レジで会計してたらアレハンドラと年配女性が一緒に入って来たので手を振って挨拶する。そう言えば前のアルベルゲでお喋りしたときに、Tuiから母親と歩くと言ってたのを思い出したので「ママ?」と聞いたらそうだって。ママも会釈してくれる。アレハンドラは若い女の子なので今まで一人旅は心細かっただろう。これからはママと一緒だから何の心配もないし楽しいだろうと想像し、ひと事ながら嬉しくなる。
談話スペースで日記を付けていたらターニャがやって来た。ターニャの喋る英語はカタコトで分かりやすいので喋っていて楽しい。互いに難しい単語は知らないので、知っている範囲の言葉しか言わないから尚更なのだろう。ターニャも小さな手帳を出して日記を書き始めるようだ。でも、前にもそうだったように今回もペンを貸してくれと言っている。ペンを持っていないのかと聞いたら、誰かに上げてしまったそうだ。1本しかないペンを上げたのか、気前のいい子だなぁ。私はスペアボールペンを持っているので、今使っているペンを上げるよと言ったら「ミッチャンサンキュー」と、カタカナ読みの分かり易い発音で感謝される。「We are little speak English」と言ったら「but better」しかし十分だと返してくれる。色々なことを楽しく1時間くらい喋り続ける。相手が英語が達者なマリアとだと、こちらが一時停止やエンストするのでこうは話せないがカタコト同士だと楽しい。
ターニャは室内でもサングラスをしていたが、それは目が大きく斜視だったからだった。この頃になると私の前ではサングラスを掛けなくなったので心を許せるようになったのが分かる。ターニャの明日はポンテベドラを目指し、コンポステラ到着後はフィステラまで歩くそうだ。私の明日は短い距離を歩くので、残念ながらこれで一生の別れになるだろう。
歩く歩く歩く2016 ポルトガル人の道4へつづく
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