2016/05/09 - 2016/07/29
378位(同エリア505件中)
おくさん
歩く歩く歩く2016 北の道9
歩き27日目 Luaruca - Caridad
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
6月8日(水)ルアルカのアルベルゲ。マルテンが一足先に出発の準備を始めた。まだ外は真っ暗だが今日は長めの行程なので早めに出発するらしい。ブエンカミーノと言って見送る。マルテンも私と同じ、今日は31km先のカリダドを目指すと言っていたのでまた会えるだろう。
-
私は予定どおり6時半に出発。これでもまだ真っ暗だが、昨日の内に見つけておいた矢印を覚えているので心配ご無用だ。あれ見つけてなくて、いきなりこの真っ暗な中で見つけようとしたらエライ苦労をしただろう。転ばぬ先の杖は大事。
最初の矢印に従い路地に入ってからは黙々と歩いていく。周りには巡礼はおろか、町の人も誰もいないので道が分かれる所では真剣に次の矢印を探しながら歩いて行く。 -
3時間ほど歩いたピニェーラ手前のバルでマルテンが休んでいたので同じテーブルに座って遅い朝飯みたいのにする。カフェコンレチェとボカディージョ(スペインのサンドイッチ)で2ユーロと少し、とても安い。円なら250円ほどなので、日本の喫茶店ならコーヒー1杯も飲めないだろう。隣のテーブルにいたイタリア人にマルテンと一緒のところを撮ってもらう。イタリア人がカリダドのアルベルゲはやっていないが、その1キロ先に新しいアルベルゲがあるという情報をくれる。プラス1キロなら御の字だ。
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その後はマルテンと一緒に歩くことになった。身長は私よりずっと高いが歩くスピードはほぼ同じ。登り坂になると私は2本スティックで体を押し上げながらぐいぐい登って行くが、マルテンのスピードはぐっと落ちるようだ。マルテンもスティックを持っているが、いつもバックパックに仕舞っていて、使うのは下りだけらしい。そういう決まりにしているのかな?上りでも使えば楽なのに。
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今日は天気が悪く、ずーっと曇り空の中を歩いて行く。ここのところ良く一緒になる機関車歩きの女の子が今日も追い越して行った。両手を左右に振りながら、蒸気機関車さながらに威勢よく歩いて行く、歩くと言うより競歩でもやっているようなスピードだ。その後ろを友達らしい女の子が夢中になって追いかけて行くのがこの二人のパターンで、なんども目にするようになる。あのスピードで歩きとおしたら、私より遥か先まで行ってしまう筈なのだが、意外や何日にも渡って追い越されるので歩くのは早いけれど一日に歩く距離はそれほどでもないようだ。
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今日のカミーノも変化にとんだ道だった。小川を越えたり、大きな橋を渡ったり、高速道路の下には何かの記念碑があった。慰霊碑ではなく、民主がどうとかのようだが詳しくは分からない。スペイン内戦のときのかな?
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山坂越えながら、ひたすら歩き続けてカリダド町の手前迄やってくると道沿いに巡礼がたむろしている小さな家があった!?え、これアルベルゲ?これがクローズだと言われたカリダドのアルベルゲだった。なんだやってんじゃん。イタリア情報当てにならんなー。
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小さなアルベルゲだが、まだベッドは残っていた。残念ながら上段だけだった。あれ?カタリナと手首を痛めたウツゥラが既にチェックインしてベッドにいた。なんで??二人は私が朝でるときには寝ていた筈だよな。一本道なので抜かれたら気が付くはずだし、二人とも私より歩くのが鈍いので抜かれる筈がないのになぁと不思議がっていたら、手首を怪我したウツゥラがヒソヒソと「トレインを使った」と白状した。二人の婦人にとって今日の工程は歩く前からキツイのが分かっていたんだろう。アルベルゲが少ない北の道では次に宿がある地点まで何としても辿り着かなければならない。途中で泊まれなかったり行き倒れになるよりずっとマシだ。長い道のりにはそんな日もあるわいな。
ここのオスピタレロはどう見てもまともじゃなくて、行動がいちいちおかしい。みんなが寝るベッドに自分の寝床を確保しているし、大きなガラス張りのキッチンにみんなと居たら外からホースの水を勢いよく後ろのガラスにぶっかけて驚かすし、みんなの靴が外に並べて干してある所にまで水を掛けられた。誰かが叱ったらやっといけない事をしたと分かったようでシュンとなったが、それじゃぁ子供以下だ。カタリナは彼はクレイジーと言っている。この人はオスピタレロなのにチェックイン事務をしなくてスタンプも押してくれないので何でかな?
少し離れた町の中に行くと、スーパーが開いていたので買い物ができた。天気が良いのでアルベルゲの外にあるテーブルで1リットルビールと共に食べ始める。パンを千切ってハムとチーズを挟んで食べると、店で売っているボカディージョと同じでとても旨い。そこへマルテンがやって来た。スーパーがシエスタと思っているので手持ちの食料がないらしい。変なスープだけ作ってお昼にするらしいので、私が広げている食料を勧めたが、ハムだけ貰えればでいいそうだ。 -
テーブルにスーパードライのTシャツを来た男がやって来た。日本語で「極度乾燥」と書かれている。なるほど、スーパードライをそう翻訳したか。味も塩からけもない翻訳だな。本人は日本語で書かれているだけで得意なんだろうが、日本人が見たらアホみたいだぞ。
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前に何度も一緒の宿になった感じのいい夫婦も到着してきた。まだベッドが空いていたので無事に泊まることができて良かった。意外にもモスクワからやってきたそうだ。ロシアならロシア正教だろけど、ロシア正教にもサンチャゴ巡礼ってあったのかな?奥さんがセブトラナで旦那がルステム。名前はその国独特なのがあるので、それだけでも面白い。山の中にあった名物アルベルゲでも夫婦と一緒に写真を撮っていたので互いに良く覚えていた。
昨日のアルベルゲで苺を上げたらサラダをくれたカップルもやって来たが、この二人はベッドが満杯で泊まる事ができなく、他の宿を紹介されていた。サンダルおばさんも同様に、町のホテルを紹介されていた。サンダルおばさんは歩くのが鈍いので、こういう憂き目に遭いやすいだろうから気の毒だ。フランス人の道の様に、アルベルゲがアチコチにあるなら足が鈍くても適当な距離の適当な時間にチェックインすれば早く歩ける人とも対等にベッドを取れるだろうが、ここではアルベルゲの数が絶対的に少ないのでどうしても遅れを取ってしまう。
何故かペレグリノが前よりずっと増えている気がするし、知らない顔も増えている気がする。多分、気がするんじゃなくてその通りなのかも知れない。昨日のルアルカは大きめの町なので、そういう町はバスの通が良いから途中から巡礼を始めるには好都合だ。きっとルアルカを出発地にした人が多いのかも知れないな。 -
巨漢のおじさんはポーランドのジャニスと言い、なんと日本の弓道が趣味だって。ヘイアンと言っているがポーランド語と思っているので理解できないでいたら、日本語の平安のことだった。源氏物語が好きらしい。ダイミョーと何度も言うのでこれは大名のことだと分かった。その後、二人の合言葉はダイミョーとなった。アルベルゲの中ですれ違ってもダイミョーと挨拶してる。年齢は自分と同じくらいかなと思ったら62歳と若かった。ふけ顔だ。
お昼を食べたテーブルから建物を越えた反対側にもテーブルが幾つかあったので、みんなでテーブルを囲んで楽しくお喋りをする。手首を怪我したドイツのおばさんウツゥラは72歳だった。英語が堪能で元気元気。オランダのマルテンはドイツ語も喋るのかと思っていたが、少しだなんて言っている。でもきっと謙遜だろう。知らなかったが、オランダにはオランダ語があるそうだ。マルテンにしてみれば、そんなことも世界の人は知らないのかとガッカリしたかも知れない。日本人に日本語という言語があるのかと聞くようなものだ。 -
ドイツの髭じいさんもやってきたが、割と寡黙な人だった。それに対して手首を痛めたウヅゥラは喋る喋る。その都度フィンランドのおばさんが大笑いしている。羨ましいくらい英語が達者だ。
マルテンがワインを出してきたのでみんなで頂く。酒が入ると楽しさは倍加するのは世界中同じだ。私はほとんど言葉が分からなかったが、一緒にいてとても楽しい時間だった。
夕方になったら別のオスピタレロが車でやってきて、それでやっと全員がチェックインして5ユーロも支払うことができる。スタンプもその人が持っていたので押して貰える。ますます居座っている謎のオスピタレロの存在が分からなくなってきた。あの様子じゃぁ金を任せることなんか出来ないだろし受付事務もできなさそうだ。あの人は何でここにいるんだろう?
その後また外のテーブルに戻って、こんどはカタリナ提供のワインとポテチでお喋りを続ける。夕方遅くなってもペレグリノはやって来て、ベッドが足りなくなるとマットレスを直接床の上に敷いてそこに寝ることになった。謎の人のベッド分をペレグリノに渡せば一人は泊まることができるのにと思った。
歩き28日目 Caridad - Ribadeo
6月9日(木)Caridadのアルベルゲを7時に出発する。町の中を進んでいたら通りにあるバルの中でサンダルおばさんが朝食を食べていた。私に気付いて手を振って挨拶してくれる。サンダルおばさん、無事に近くの宿に泊まる事ができたらしいので今更だけど安心する。 -
町を出て淋しい所までやってくると、カリダド町の終わりを示す看板が立っている。スペインでは町に入る手前と町を出るところには必ずこのような看板があり、町の終わりの看板は赤で斜線が引かれている。とても分かりやすい。
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2時間歩いて海の近くに出る。素晴らしいロケーションのところに公営アルベルゲがあった。ドアの張り紙に10時受付と記してある。10時とは珍しいくらい早いな。今9時40なので、少し待てば泊まれるし、こんなロケーションのアルベルゲに泊まれたらいいなーと思うも、時間が早すぎるので通り過ぎるほかないのが残念だ。
町の中に入っていったら、通りのバルでマルテンが朝飯にしていたので同じテーブルに座ってカフェコンレチェを頼む。マルテンが「朝食は?」と聞くので、私はアルベルゲを出発する前に自家製ボカディージョとジュースで朝飯を食べてきたのでコーヒーだけ飲めばいいのだ。マルテンは後からやって来た私に合わせるのか、もう一杯コーヒーを頼んでいた。 -
ここからは二人で歩くことになる。歩き出そうとしたところへバスがやって来て、ダイミョーおじさんが降りてきた。膝を悪くしたので、今日はバスを使い、ここのロケーションが素晴らしいアルベルゲに宿泊するそうだ。みんなそれぞれに合った色々なスタイルで巡礼を続けている。
マルテンのバックパックは60リットル用で、私の40リットルよりはるかに大きい。それに目一杯何かを詰め込んでいるので、相当な重さだろう。私の荷物は削れるだけ削っているので、マルテンのよりずっと軽い。それでも水と食料を入れると10キロはありそうだ。できればあと2キロ減らしたいが今回の旅ではそれは無理だ。今のところは捨ててしまえる物がなにもない。
海沿いの道は景色が素晴らしく、やっぱりラ・コスタを選んで良かった。道路から少し高くなった所に教会があり、マルテンが景色がいいから休んで行こうと言っている。こっからは一段高くなった丘にしか見えないので、めんどいなと思ったが付き合う。登って行くとそこは本当に素晴らしい景色だった。マルテンも詳細なガイドブックを持っているので事前にここが美しいポイントだと知っていたらしい。一人で歩いていたら絶対に見逃すところだった。 -
海岸にせり出した丘の上にはポツンと小さな教会があり、宮崎ハヤオの映画のひとコマのような場所だった。大きなテーブル付きベンチが幾つもあり、ここは公園になっているのが分かった。ベンチで手持ちの食料を少し食べてゆっくり休んで行く。
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リバデオ近くなって、二人してカミーノを見失う。農作業をしていた地元の人に尋ねたり、タブレットを引っ張り出してGPSで確認すると大よその方角は分かるので、そっち方面に歩いていくと大きな大きな橋が現れた。橋の上を歩いていくと、反対側のたもとにアルベルゲらしき建物が見えてきた。この辺りの地図は覚えていたので、間違いなくアルベルゲだと確信する。
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近づいて行くと建物の外には数人ペレグリノらしき人影が見えて、洗濯物も干されている。橋を渡り終えてからぐるっと回って玄関に近づくと、先着の女性がシックス・セブンと言いながら私たち二人に番号を振っている。ここは12ベッドしかない小さなアルベルゲなので少し心配していたがベッドはまだ十分に余っていた。運良く私は下段ベッドを取れたが、タッチの差でマルテンは私の上段になったのでちょっとだけ悪い気がした。
昼飯はマルテンが作ってくれるそうなので、二人で少し離れた町まで買い物に行く。いつもの1リットルビールがなかったので、EstrellaGaliciaの500mlを2本と、夕飯にマルテンと飲む用にワインを1本買う。それといつも買っているような食糧をざっと仕入れる。
マルテンは調理用に色んな食材を買っているので、結構本格的なようだ。アルベルゲに戻ったらすぐにキッチンで調理を始めたので、私は談話スペースのテーブルでビールを飲み始める。
野菜も取らなくちゃダメだよと言うCMの通り、カット野菜を買ってきたがこのアルベルゲには塩がなかったので、よく持ち歩いているインスタントスープの粉末を野菜に掛けて味付けしたらこれが結構いけた。インスタントスープにこんな使い方があったとは自分でも驚いた。これで塩がなくても野菜が美味しく食べられることが分かったので、このタイプのインスタントスープがあったら、また買っておこう。アルベルゲにはフォークも置いてなかったので、スプーンでサラダをすくって食べる。食べづらいけど何でもあるものを上手に使うしかない。
サンダルおばさんが2時半に到着してきた。良かった、今日はまだベッドが2つ残っていた。膝を痛めてしまったようで、サポーターをしている。体重が結構ありそうなので、そういう人はみんな膝を痛めてしまうようだ。そういえば朝、バスでやってきた巨漢のダイミョーも膝を痛めたと言っていたな。 -
サンダルおばさんがティーバッグらしき物をふたつくれたので、マルテンにひとつ上げる。私の日記帳に名前を書いてもらったら、電話番号まで書いてくれる。南米まで電話はしないわな。名刺もくれて、名前やメルアドが記してあった。失礼ながら名刺を持ち歩くタイプに見えなかったので意外だった。(この名刺のお陰で帰国してから写真のやり取りができた)南米のプエルトリコからやって来て、名前はナエミ。日本の名前みたいだけど微妙に違う。奈美恵や直美なら日本の名前だよと言ってみる。
後で送ってもらった写真の中には、巡礼時とは想像もつかないドレスアップしたノエミの写真まで含まれていた。あの姿ばかりが私じゃないよと言いたかったのか?
最後のベッドはリトアニアからやって来たソロの細っこい女の子がゲットできた。リトアニアって、確か杉原知畝が命のビザを書いたところだったんじゃと思い出したので、チウネスギハラを知っているかと尋ねたが知らないそうだ。日本でだけ有名なのかな?
そのあとやって来た自転車おじさんのベッドはなかった。でも自転車は距離が稼げるのですぐ次の宿まで行けるだろう。自転車ペレグリノが先にチェックインした後にノエミなどの徒歩の人が来るんじゃなくて良かった。アマンディのアルベルゲでは、それでマルテンが割を食ったんだ。 -
マルテンのスープが出来上がってよそってくれる。本格的なものでとても旨くて驚いた。マルテンはプロの料理人ではないが、料理は趣味だと言っている。サンチャゴに到着後はバスでフィステラまで行くそうだ。私は北の道のあとはポルトガル人の道を歩く予定だと伝える。
明日からの巡礼路は海を離れてサンチャゴまで山の中を突っ切って行く内陸コースになり、21km先のGondanを目指す。アルベルゲのベッド数は今日と違って30もあるので急がなくても余裕だろう。でも、マルテンによると上り下りがきつそうなことを言っている。ナエミもスマホの高低表を見せてくれ、大変だよと言っているらしい。ナエミはスペイン語だけだけど目的が同じなので何となく通じる。
夕飯には私がスパゲッティを作ってマルテンに食べさせたる。もちろんソースは日本から持ってきたインスタントのペペロンチーノだ。マルテンがオリーブを提供して私がワインとポテチを出して飲む。ここのアルベルゲには鍋や皿はあるのだが、フォークが一本もないのでスプーンでスパゲッティを食べる羽目になる。先のサラダより更に食べづらいことこの上ない。
歩き29日目 Ribadeo - ロウレンサ -
6月10日(金)リバデオのアルベルゲ。朝飯には昨日の残りのパン半分にサラダとハムを挟んだものとオレンジジュース。小雨が降っているので合羽を着込んで7時にスタートする。マルテンは先に出発したかと思っていたら、私の準備ができるのを玄関で待ってくれていたようだ。二人して並んでスタートする。
少ししたらサンダルおばちゃんのノエミに追いつく。市内からの脱出ルートで迷ったら、ノエミおばちゃんが向こうから歩いてきたスペイン婦人を捕まえて聞いてくれる。南米プエルトリコのおばちゃんだけど、南米には沢山国があってもブラジル以外は全てスペイン語が母国語なので遠くはなれた南米とスペインでも言葉が通じるのは便利でお得。大航海時代の功罪が現代でも続いている。
やっと市外へ出たところで向こうから雨の中を傘も差さずに女の子が早足で歩いて来る。すれ違うときに顔を見たら同じアルベルゲにいたペレグリノだと分かる。え!なんで?深刻な顔をして急ぎ足だったので、きっとアルベルゲに忘れ物をして取りに戻るところだったんだと想像する。アルベルゲからここまで40分は歩いてしまっただろうに気の毒~。忘れ物がちゃんと見つかることを祈るばかりだ。 -
みんな長旅に必要な沢山の物をバックパックに詰め込んでいて、それらを毎日出したり仕舞ったりしているので誰でも忘れ物をする可能性は毎日ある。私みたいに石鹸くらいなら諦められるが、パスポートやスマホなど、絶対に無くしてはいけないものを忘れた場合は遠くても戻らなくてはならないので貴重品だけは毎朝チェックしてから出発している。ちなみに私の貴重品はパスポート、現金、カメラ、タブレットにクレジットカード数枚だ。これらは絶対になくしてはならない。
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3人で歩いていたが、徐々にナエミおばちゃんが遅れだしたので、ペースが違うのに一緒に合わせようとするとお互いに疲れることになるのでそのまま離れていく。でも山の中にあったバルに入ってコーヒータイムにしていたら、ちゃんと追いついてきた。おばちゃんは南米だけどアメリカには違いないので、アメリカ式はグーをぶつけあって挨拶するんだと教えてくれる。「ほら、こうやるんだよ」と実演させられる。もう何日も一緒になっているので、我々の距離も大分近くなったと言う事か。
おばちゃんは今晩の宿はロウレンサだと言ってるが、私はその手前のゴンタンだと言ったら「しょーが無いねー」と言う顔をして笑わせてくれる。ゴンタンはロウレンサの数キロ手前なのでらしい。 -
ぐんぐん高度が上がって本格的な山の中になってきた。こうなると2本スティックでぐいぐい体を押し上げていく私とマルテンの差は開くばかりだ。ナエミおばちゃんの時と同様に、どちらかにペースを合わせることはしないので、やがてマルテンは見えなくなってしまう。離れ離れになっても山の中の一本道だし泊まれるアルベルゲも限られているので心配することはない。
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山道を上るだけ上ったのか、とうとう下り坂になり始めた。ポツポツと家が見え始めた村の中、一軒の家の庭先に4人の女性ペレグリノが寛いでいるが見えたので私も入っていく。これアルベルゲ?と聞いたが違うそうだ。空き家にしては荒れていないが人けもないのでやっぱり空き家なのかな?まぁ休むには好都合の空き家だ。
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エネルギー補給に持っている食料を軽く食べておく。ここんとこのマイブームはでっかいパプリカで、大きすぎて一度に食べきれないから種を抜いたのを持ち歩いていて休憩時間に食べている。瑞々しくて美味しい。今までも欧米人が大きな赤いパプリカを食べているところを見ていて、あれどうやって食べるんだろうと興味津々で見ていた。ナイフで切ってそのまま食べているので緑のピーマンみたいに辛いと想像していたが、まったく違って甘くて美味いものだった。日本のスーパーでも良く目にするが、日本のはこっちで売っている数分の1の大きさだし値段も高い。そうこうしていたらマルテンがやって来た。ここでは休まなくていいそうなので、また一緒に歩き出す。
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ゴンダン手前にバルがあったので、マルテンはここでコーヒータイムにするそうだ。私は取り合えずアルベルゲまで行きたいので別行動にする。今日はゴンダンに泊まるんだよねと互いに確認し合う。しかし、そのゴンダンのアルベルゲに付いてみると、若い人たちが数人外のベンチで休んではいるものの、ここは受付が遅いので次の村まで7キロ歩いて行くそうだ。室内をガラス越しに見ると、空き屋みたいで余りぱっとしないアルベルゲで気乗りがしない。極めつけはトイレが離れた草むらに横一列に並んであることだった。夜中に一度はトイレに起きる私としては、これは大きなマイナス要素だった。若い人たちが出発しだしたので私も着いていくことにする。マルテンもここを見たら次のアルベルゲを目指すことだろう。ここに私がいないし。でも、どっちみちこのアルベルゲは今はやってないようだった。
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次の村には私営のアルベルゲがあったが、やっぱり公営がいいのでスルー。4人は20代前後の若者なので楽しそうに英語でお喋りしながら歩いている。こういう場合はカタカナ英語の私は入っていけないけれど、アメリカ青年がいい奴で、私に気を使って何度も話しかけてくれるので有難かった。
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ロウレンサのアルベルゲには2時半に到着。まだ下段ベッドも沢山残っていたので、2階に上がったベッドルームの下段をゲット。シャワー洗濯してから町のスーパーへ行こうと外へ出たらマルテン到着。ちゃんと私の思惑どおり、ここまでやって来てくれた。ゴンダンはノーオープンだったと言っている。生憎スーパーはシエスタ中だったので張り紙に「午後は4時半から」と言う文字を確認してアルベルゲに戻る。
3時半にオスピタレラがやってきて全員がチェックインする。ガリシア州はどこも6ユーロ。スタンプも領収書もどこも同じデザインで工夫がない。最悪なのはガリシアのWi-Fiはスマホの人しか利用できないことだ。私みたいにスマホ持ってない人はネットが利用できない分1ユーロ安くしてくんないかな。
シエスタが終わったのでマルテンとスーパーへ買出しに行く。今晩の夕食はマルテンがパスタを作ってくれるそうだ。色んな食材をマルテンの自腹で買ってくれるので、どっかで恩返ししないとだな。一緒に飲むように白ワインも一本買って帰る。
マルテンがキャッシングしたいと言い出したので、私の残りも百を切っているので二人で通りにあったATMで金を引き出すことにする。一人でも何とか出来るようにはなったが、念のためマルテンに見てもらってキャッシングする。今回も上限の300ユーロをゲットだぜ。これで手持ちのユーロが合計380になったので、節約すれば20日間ほど暮らしていける。最初のころにアルベルゲがなくて仕方なくホテルに泊まったときに1泊38ユーロも掛かった事があったので、北の道は予想してたのよりずっと金が掛かると震え上がったが、その後は節約できてるので安く上がっている。
夕方になっても、ここロウレンサのアルベルゲに泊まると宣言していたサンダルおばちゃんのナエミがやってこない。でも、途中には2箇所もアルベルゲがあったので、きっとそこに泊まったのに違いない。今日の場合は心配することはないだろう。もしかしたら私がゴンタンに泊まると言ったので、ゴンタンを目指すペース配分にしたからロウレンサ迄辿りつかなかったかもね。 -
青年は映画やテレビに登場するような典型的なアメリカ好青年だったのでアメリカ人かと思いこんでいたが、アメリカじゃなくてイングランドだった。名前はフィリックス。昔のテレビアニメでフィリックスと言うのがいたと言って見るが、私が子供時代のアニメなので知っている筈がない。連れの女性はフィービーと言って、フィービー・ケーツと言う女優がいたのを思い出した。女性の方がフィリックスより1歳上で24歳のようだ。二人とも快活でお似合いのカップルだ。
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日本の漫画、ワンピースのドクロマークが大きくプリントされたトレーナーを着ている男性がいたので驚いた。最初見た時は、まさか日本のワンピースじゃないだろうと思ってにわかには信じられなかった。昨日のアルベルゲでも一緒になったスペイン人で、もちろん日本が発祥のアニメ・ワンピースを知っていた。ワンピースって、こんなに世界で有名だったのかと、こっちの方が驚いた。
ほかのスペイン人が、あんたはスペインに何日いるんだと質問してきたので、日記帳の最初のページに貼り付けてある日程表を見せて説明する。全部で80日とちょっとで、そのうちスペインには70日弱いるだろう。ブエン・ビアヘ(良い旅を)と言ってくれる。グラシアス!
何度も一緒になる若い女性のくるぶしに靴ずれで出来たらしい大きな穴が開いていたのでどうしたのか聞いたところ、一日に50キロ歩いたときになったと言っている。ご、ごじゅっきろーっ!今回私の歩いた最長距離は40キロで、人生で一番長い距離を歩いたと思っていたが、まだそれより10キロも余計に歩いた女性がいたとは驚いた。私の驚く顔を見て、はははと笑っている。この女性もソロで、アルベルゲでは良く自炊して食べている。とても芯の強さを感じる女性だ。 -
マルテンのパスタは今日も上出来で、おかげで満腹になる。私みたいにパスタを茹でてインスタントのソースを加えるだけじゃなくて、ニンニク、チョリソー、トマト、アンチョビなど、色んな食材を入れて、いつも大きめの鍋で大量に作る。多過ぎる気もするが腹ぺこの二人が食べるには調度よくて、毎回ペロッと食べつくしてしまう。
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食後にマルテンが明日のカミーノが分からないと言い出したので、一緒に行って教えてあげる。アルベルゲの近くにあるが、ちょっと見落としそうな狭い曲がり角に矢印がひっそり描かれている。
歩く歩く歩く2016 北の道10へつづく
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