2016/05/09 - 2016/07/29
310位(同エリア500件中)
おくさん
歩く歩く歩く2016 北の道12
歩き36日目 アルスア - ペドロウソ
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
6月17日(金)昨日からずっと雨が続いている。雨支度をして7:25にアルスアを出発する。今日もビニールスカートで発進。このビニールスカートは市販もされているようで、裾の切り口がちゃんとキレイに始末されてたり腰周りにはゴムが入っているのを使っている人もいた。マルテンはそれを知っててごみ袋で応用したのかも知れないな。
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本降りの中を1時間歩き、その後は小降りになり2時間で止んでくれるが青空はなし。屋根つきのバス停でジュースを飲んで休んでいたらマルテン登場。今日も近くのバルででコーヒーを飲むそうだが、私はこのまま行くことにする。道は一本なのでまたすぐ会えるものと思っていたが、これを最後にマルテンとは会えなくなってしまった。最初に会ったポベーニャから既に一か月近くのあいだ道連れになってきたので、お別れの挨拶ができなかったのが悔やまれた。マルテンもまさかサンチャゴ目前でぷっつり会えなくなるとは思わなかっただろう。
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フランス人の道は巡礼が引っ切り無しに歩いている。小さなナップザックを背負っていたり、ボトルだけ持っている人だったりと軽装が目立つ。こういう人たちはコンポステラ手前114km地点のサリアから歩き始めた人たちだ。ハイキング気分なのか、他の巡礼者と会っても「べつに」と言う感じ。ずっと長い距離を歩いて苦労を共有している巡礼者とは一線を画すので出会っても面白いことが無い。ずっと出会いっぱなしだし。北の道を歩く人は全員が仲間だったのに比べ、少々辟易。
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ペドロウソの公営アルベルゲには11:20と早い到着。まだ私で二人目だ。でも後から続々と集まりだして、1時間のうちに20人ほどの人がザックを並べて順番を作り出した。1時に受付開始。1・2番は昨年だと平ベッドを割り当てられたので1番の人にそう伝えたが、始まってみたら今回は3・4番が平ベッドだった。この二人は夫婦で、ベッドを見たとたん歓声を上げている。昨年は私がここだったんだよと伝えて祝福したげる。でも、1・2番も下段ベッドだったので満足だ。ここは下段から埋めていく方式らしい。その方が有難くて合理的だ。ベッドが全て埋まらない可能性だってあるんだから。
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シャワーのあと隣のスーパーへ買出し。昨年はペドロウソに泊まったのが日曜日だったので、せっかく隣にスーパーがあったのに閉店していたので悔しい思いをしただけに、今年は開いているのがいつにも増して嬉しく感じる。今日の1リットルビールは初めて見るタイプの、瓶がプラスチック製だった。ガラス瓶のビールより安っぽく見えてしまうがビールはビールなんだから味は変わらないだろう。ためしに買ってみたが、普通の味だしアルコール度数も5%とおんなじだ。このビールは0.75ユーロと今までのビールより安かった。円なら1リットルで90円ほどだ。何リットル飲んだって大した額にはならないが、1リットル飲めれば満足だ。色々買って6.70ユーロ。瓶詰めのピクルスをまた買ったので、それが高くついた。
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アルベルゲに戻って一人宴会。いつも生ハムじゃ面白くないので、今日はチョリソーを買ってみた。日本のサラミと同じ味でイマイチ面白みが無かった。同じチョリソーでも赤い奴は味が濃いのだが今日のは普通味だった。8Pチーズは濃厚でいつも旨い。ここのキッチンは調理器具も食器も揃っているのを覚えていたので、スーパーに冷凍の米があったら解凍して食べたかったが残念ながら置いてなかった。
今日もマルテンはやって来ないので、また私営に泊まったようだ。私営に泊まる積もりなら急ぐことはないので、それでいつものんびりしているのか?通常は公営から埋まっていき、いっぱいになると私営に流れていくんだと思う。あくまでも節約を旨とする私の想像だが。
ここペドロウソのアルベルゲにはコリアンが二人いた。二人ともソロで、おじさんは韓国の国会図書館で定年退職し、日本の国会図書館にも行ったことがあるそうだ。日本語が上手。女の子(と言っても30前後)は食べていたメロンと韓国の激辛麺を試食させてくれた。カップ麺なのに何て辛いんだ。日本で売られている辛ラーメンの比ではない。あんなのを良く1カップも食べられるもんだと言うほどの辛さ。この子とは4日後にポルトガルのポルトで再会することになるから不思議なもんだ。
明日はドミンゴなので7時過ぎに食料の買い足しに隣のスーパーへまた行く。途中、私を知っていると言う巡礼二人に話しかけられるが、いつものように私は記憶になかった。明日はドミンゴだから買い物ができないと言ったらサバド(土曜日)と言っている。え、違うの?タブレットの日付を見て明日はドミンゴと思い込んだが、タブレットは日本時間とスペイン時間の両方が表示されているので日本時間だけ見たための勘違いだった。でも折角出かけてきたのだから缶ビール1つとクッキー1本にヨーグルト2を買って帰る。ヨーグルトはまだ1つ手付かずがあるので3個になった。メロンをくれたコリアン・ガールがいたらお礼に1つ上げよう。
手の爪は普通に伸びるのに、足の爪の伸びるのが異常に遅い。家にいるときは半月に一度は切っていたと思うのに、1ヶ月経ってもさっぱり伸びないので不思議なようだ。毎日いっぱい歩き、靴の中で圧迫されているからだろうか?それとも歩くので足のエネルギーが爪まで行き渡らない?なんにしても面倒な足の爪を切る作業が少ないのはいいことだ。昨年は気づかなかったが今年は面白いことに気づいた。
日程は予定より2日先行したのがずーっと続いて今日まで来てしまった。このままだとどっかで歩かない日を入れる必要があるかな。コンポステラで2泊の予定を3泊にしても予備日があるのでまだ3日も余ってしまう。次に予定しているポルトガルの道で1日消化できればいいが、アルベルゲの関係で逆に1日短縮してしまう可能性だってあるし、どうする?
歩き37日目 ペドロウソ - モンテ・ド・ゴソ
6月18日(土)ペドロウソのアルベルゲを8時に出発する。今日も余裕の一日だ。全工程を80日と思い込んでいたので、昨日が丁度半分だと思っていたが、改めて勘定し直してみたら全部で82日間で今日が日本を出発してから41日目で折り返し点だった。やっと半分と言うか、もう半分と言うか。 -
昨年見逃した、祭壇が帆立貝という教会を見てみようと回り道をして行ってみたが、案の定、扉は閉じたままだった。それとも時間が早すぎたのか?いつもは巡礼路から外れて回り道はしないのだが、今日は15キロしか歩かないし、一度歩いたことのある道なので行ってみる気になった。でも開いてないんじゃ仕方ないので外から写真だけ撮ってまた巡礼路に戻っていく。昨年はこの交差点を渡っているときに向こうから歩いてきたイタリアチームとバッタリ再会したんだよなーと懐かしむ。
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ガリシア地方特有のユーカリの森はファンタジー映画に登場するような深い森だ。耳の長い人が出てきそう。そこを沢山の巡礼達が行列をなして歩いている。今年は慈しみの特別聖年なので例年より更に多いのかも知れない。それにしてもこの行列が何百キロも続いているとしたらその数は偉い数字になるだろう。道筋の経済効果は計り知れない。だが、フランス人の道以外の巡礼路はこの1割の人しか歩いていないので豊かになるのはこの道筋だけかな。
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村のレストランの前にテーブルが置いてあって、スタンプのセルフサービスをしていた。日本人らしい青年が押していたので「日本人ですか?」と声を掛けるも無反応だったので違ったようだ。でもすぐ「日本の方ですか?」と後ろから逆に声を掛けられた。「日本語が聞こえてきたので」だって。若いカップルと少しお喋りする。
次には前を行く女性の二人連れが日本語でお喋りしながら歩いているので、これはもう日本人以外ない。日本語でこんにちわと一声掛けて追い越していく。そのあと分かりづらい分岐点で小柄で年配の女性が迷っていたので声を掛ける。予想どおり日本人だった。この人は珍しくカトリックだった。私と同じたまにしか教会に行かない信者だったので話が弾む(?)。私は更に天邪鬼信者ですけどね。 -
暫くお喋りしたあと私が先行し出して、またモンテ・ド・ゴソで一緒になった。この人は日程の関係で一気にコンポステラまで行くそうだが、有名なモンテ・ド・ゴソの400人収容できる巨大アルベルゲが見たいと言うので案内してから、また巡礼路まで連れてってあげる。コンポステラのホテルを予約してなかったらここに泊まりたいそうだが、既に日本で支払いを済ませているそうだ。今日一日で5人の日本人と会った。北の道では一人も会わなかったのに、さすが巡礼銀座のフランス人の道だ。
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ゴソのアルベルゲに戻って開くのを待っていると、先ほどの日本人カップルもやって来た。顔が似ているので兄妹?と聞いたら夫婦だそうだ。やっぱり他でも兄妹かと言われたそうだが、なんと新婚旅行にこのサンチャゴ巡礼を選んだそうだ。そんなことするカップルがいるとは驚きだ。1ヶ月もの長きに渡って一緒に歩いてきたが、喧嘩別れをすることなくコンポステラまでやって来るとは仲が良い。って、当たり前なんか知れないけど、四六時中一緒にいると今まで見えてなかった相手の面が見えたりして、ほら成田離婚なんて言葉があるくらいだから。だからこの二人は本当に仲が良いんだなと思った。
一緒に開くのを待っているコリアンのおじさんは昨日のペドロウソのアルベルゲでも一緒になった人で73歳だそうだ。やっぱりこういうことする人は若く見える。スペイン人と一緒に歩いているそうなので、スペイン語も話せるようだ。今晩はその人とバスでコンポステラまで行って有名ホテルのレストランで食事をして、またバスでここに戻ってくるそうだが、何とも回りくどいことをやってるな。明日コンポステラに着いてからホテルに泊まって食事したほうが理に叶っている気がするのだがなぁ。 -
時間が来たのでチェックイン開始。6ユーロでWi-Fiなし。シャワー洗濯してから昨年も行った小さな雑貨屋まで行って食料を仕入れてくる。昨年と同じように卵6個入り1パックを買ってきてゆで卵を作る。小さな雑貨屋には品物が少ないので結果的にあるものだけを買ってくることになる。ゆで卵3、生ハム8切れ、8Pチーズ4、パプリカ半分、1リットルビールにポテチ。今日は栄養を取りすぎた。
私が食べ終わるころになったら日本人4人が一斉に料理を作り始めた。新婚旅行の旦那の方がバカに手際がいいので聞いたら本職のコックだそうだ。どうりで。出来上がるのを待っている奥さんに、一緒に歩くには最高の人だねーと褒めると大きく頷いている。 -
もう一組の日本人は途中で追い抜いた女性二人組で、私が一声掛けて追い抜いたのを覚えていた。世界一周中だそうだ。すでに8ヶ月もふらふらしていて、サンジャンから出発したので、この道だけで1ヶ月以上掛けていても全体としたら一部だ。そろそろ資金が乏しくなってきたので一度日本に戻らなくてはならないらしい。貯金が潤沢にあるならクレジットカードのキャッシングが利用できるだろうが、戻ると言うことは日本で軍資金を稼がなくてはならないのだろうか?
一日の予算は幾らが目標なのか聞いたら、二人で30ユーロとのこと。私の一日の予算は20ユーロなので、やっぱり二人の方が一人より経済的に上がるようだ。一人は沖縄独特の苗字で、名前を聞かなくても顔に沖縄と書いてあるほど沖縄らしい顔をしている。もう一人の背の高い女の子が明日誕生日なので、誕生日にサンチャゴにゴールできるように計画的に歩いているそうだ。この二人はフランスの爺ちゃんと10日間一緒に歩いていて、作ったパスタを当然のように食べさせているので、まるで身寄りのない老人を養っているようだった。爺ちゃん良い道ずれが出来て良かったね。その爺ちゃんが貝のネックレスを二人にプレゼントしていた。誕生日プレゼントと言うより、明日がゴールなので今までのお礼の積もりらしかった。
二人はコンポステラではペンションを予約してあるそうだが、若夫婦は決まってないと言うので私が泊まる予定のメノールのアルベルゲを紹介してあげる。
歩き38日目 モンテ・ド・ゴソ - Santiago de Compostera
6月19日(日)モンテ・ド・ゴソのアルベルゲ。昨日の残りのゆで卵3個とピーチジュース、パプリカ少々で朝飯にする。世界一周の女の子二人がキッチンにやって来たのでジュースを飲ませてあげる。 -
7:25コンポステラに向けて出発。郊外の森の中から坂を下って行くと、すぐにサンティアゴの街並みが眼下に見えてきて、特徴的な階段も現れた。この辺りもまだ記憶に新しい。
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サンティアゴの大きなモニュメント広場までやって来た。昨年は先にスタートしたカミーノ友達4人に追いつこうと急いでいたので、このモニュメントも通りから写真を一枚撮っただけで足早に過ぎてしまったが、今回はゆっくりと何があるのか見物していくことにする。ローマ教皇だろうか、人のレリーフがいっぱい埋め込まれているようだ。そこへ一人の男性巡礼が到着して、手形があるんだよと教えてくれる。ホントだ、確かに誰かの手形がレリーフに収まっている。由来は分からないが、ローマ教皇じゃないかなと想像する。自分の手をその手形に押し当ててみる。これ誰でもやるよね。
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街の中心にどんどん入って行き、昨年もこんな所を歩いたかなぁと半信半疑だが間違いなく歩いたんだろう。8:20、カテドラル前のオブラドイロ広場に到着する。40日近く歩いて来てやっと到達した訳だが、今回も特に感激するものはないようだ。ま、こんなもんだろう。すぐ巡礼事務所へ行ってみる。昨年とは別の所に移ったそうなので、事前に仕入れた情報を頼りに行ってみると、すぐに見つかった。昨年の事務所より格段に立派になっている。敷地内へ入るにはガードマンが待ったをしていて、クレデンシャルを見せないと入れてくれないようだ。その心は?巡礼の振りをした泥棒でも入るんだろうか。
早朝だが既に列が出来ているものと想像していたが、まったくのガラガラだった。巡礼証明書は難なくゲットできる。これは無料。一日に何百人もやって来る巡礼全員にタダで上げるので大した太っ腹だ。寄付も受け付けてないし、この費用は一体どこから出てくるのだろうと非常に不思議。まさかガリシア州?
2ユーロ出すと距離証明書というのも発行してくれると言っているがいらない。証明書がしわくちゃにならないように専用筒も売っているが、私は昨年の筒を持参してきたのでそれもいらない。その筒は乾電池で動く電動歯ブラシ入れとして無駄なく使っている。 -
このあとポルトガルのポルトに移動したいのだが、ここには期待していたバスチケット売り場はないのがひと目で分かった。しかし、トイレを借りようと建物の奥に入っていったところ、Rnfeと書かれた出張所があるのを見つける。Renfeはスペイン国鉄だ。じゃぁここでチケットが買えるんかな。まだ開店時間前だから、開くまで外の庭で待っていよう。広い庭の椅子に座っていたら、世界一周中の女の子二人がやってきた。女の子達も無事に証明書をゲットしてきたようで赤い筒を誇らしげに見せている。お喋りして写真を一緒に撮る。
電車のチケット係はスペイン語しか話さない人だったがいちいち確認しながら無事に買うことができる。明後日の6:17サンティアゴ駅発ビーゴ行き。ビーゴ駅で乗り換えて、ビーゴ発9:02でポルト着が10:18なので時間的にも余裕があってバッチグーだ。ポルトまで24.7ユーロと値段も手ごろかな。ただ、相当早起きしなくちゃならないのが気がかりだ。 -
今年は滅多に開かれないと噂の聖年の門が開いている筈なので、いつもは行かないキンターナ広場へ回り込む。大行列を作っているかと思ったが、そんなものはまったくなかったので拍子抜け。でも混んでないのはいいことだ。ここの入り口にもガードマンみたいのが頑張っていたが、巡礼事務所みたいにクレデンシャルを見せろなんてことは言わないで、ただ不審者対策で見張っているだけのようだ。
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聖年の門を入るとすぐにカテドラル内に入るのでなく、もうひとつ扉がありました。現代的なガラスの扉。
今年の1月にイタリアツアーに行った時に、ローマのバチカンで聖年の門をくぐれて、半年後にはここサンティアゴでもくぐれた。計らずも私みたいな不良信者が2か所の聖年の門をくぐれたので罰が当たらなくちゃいいが。 -
カテドラルの中に入って空いた席を探していたら、8日前のゴンタンで一緒になった小さくて弱々しいフランスおばちゃんが声を掛けてきてくれた。やぁやぁあなたも無事に到着したんだねと互いを称えあう(気がした)。
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おばちゃんが「ナエミを知っているか?」と言っている。ナエミもこのミサに与るためにカテドラルの中にいるそうだ。二人で探したけど人が多過ぎて見つけることは出来なかった。ナエミにも会って無事にたどり着けたことを喜び合いたかったな。後でナエミとメールで写真を送りあったが、ナエミはこのとき私の写真を撮っていたのが分かった。ナエミからは私が見えていたのだ。それと、フランスのおばちゃんやカタリナと一緒に写した写真も送ってくれた。北の道で私が仲良くなった人たちとみんな繋がっていたんだ。
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予想したとおり、ミサの終わりにはボタフメイロのぐるんぐるんが始まった。今日は日曜日だからやるだろうと期待していたのだ。初日で見られたからラッキーだ。日程の都合で一度も見ることなくコンポステラを後にする人が沢山いるのだから。
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ぞろぞろと表に出ると、何度も会っていた寡黙なスペイン青年がいたので、互いにニコニコ顔で挨拶する。このお兄ちゃんは若いから私より数日早く到着した気がするが会えたので嬉しい。それを見つけたカタリナがやってきてくれた。私より一日前にモンテ・ド・ゴソに泊まったそうだ。カタリナとは9日にカリダッドのアルベルゲで会ったのを最後に、それ以来一度も会ってないので、11日振りの再会だった。オシャレなカタリナらしく、上下とも買い直した街着になっていた。あと会いたいのはセルジオの相棒のレンソにヤナとアッラ母娘やマルテンを始め沢山いるが残念ながら会うことはできなかった。
スーパーに寄って買い物したり、ぐれぐれと歩きまわってからアルベルゲに帰り、地下のキッチンで一人宴会をする。ここで信じられないことが起こった。昨年の巡礼で何度も一緒になって、最後はこのメノールで1か月振りに再会したN婦人が向こうからやって来たのだ。思わず「あーっ」と叫びながら指を指す。奥さんもぶったまげているがそりゃそうだ。互いに来年の話なんて一言も言ってなかったのだから。すぐご主人もやってきて奇跡的な再会を喜び合う。私の腕は鳥肌だらけだ。 -
ご夫妻は、今年はポルトガルの道をリスボンからずっと歩いてきたそうだ。私は北の道。それぞれ別の道を1か月前後も掛けて辿りついたのに、良くもまぁここで一緒になったもんだと何度も感心するやら驚くやら。我々はドイツのイーデンとも親しくて、昨年はイーデン交えて1カ月ぶりにここで4人は奇跡的な再会をしていたのだ。それもイーデンがドイツに帰る最後の最後の日に再会だ。あれだって本当に奇跡的だった気がするが、今回はそれ以上だろう。この写真をイーデンにメールで送ることにする。イーデンが信じるように、見覚えのあるキッチンを背景にして。すぐイーデンから驚きの返信が届いたので、夫妻にも見て貰う。
いやー、それにしても偶然にも程があると言うものだ。思い出した私の腕にはまたしても鳥肌が立っているのでご主人に「ほら」と言って見せて上げる。
Nさんは来年も会うかも知れないですよ二度あることは三度あると言うからと言っているが、まぁそれこそ奇跡的じゃなくて奇跡に近いと思うので可能性は万分の1くらいかな。そう言いながらちょっと期待する自分がいた。
私は明後日ポルトへ移動してポルトガル人の道を歩き始めることを伝えたら、夫妻が持っているポルトガル人の道英語版ガイドブックを見せてくれたので、その内の数ページをメモさせてもらう。ポルトガル人の道の情報も北の道同様、非常に心もとないので情報は少しでも頂けると有難い。
昨年も泊まったポルトのドミトリーにタブレットから予約を入れる。2泊で1泊19ユーロと一般の宿としたら格安だろうがアルベルゲと同様に二段ベッドで一部屋にギューギューだ。
歩き39日目 Santiago de Compostera 連泊
6月20日(月)メノールのアルベルゲ連泊。地下のキッチンへ行ってインスタント・スープを作り、昨日、奥さんから頂いたゆで卵をひとつ入れる。あとパンとOIKOSヨーグルト。N夫妻もやってきて、簡単に朝食を取ってからコルーニャ観光に行くそうだ。奥さんが小さな折り鶴をくれた。昨年はイーデンも貰って、大事に貴重品入れに仕舞っていたのが思い出される。折り鶴が折れると海外に行ったときに仲良しアイテムとして使えるのだがなと思ってはいるが、私は中々覚えられない。代わりに持ってくるのが和風マリアカードで、これもいつも喜ばれるので嬉しい。
A Corunaはコンポステラから北へ凡そ70数キロか、世界最古の塔台ヘラクレスの塔・世界遺産があることで有名だ。ここからは日帰りで行ける観光地なので私もいつか行ってみたいと思っている。だが、この半月後にコルーニャの駅に降り立つことと、21日後にはコルーニャ在住の人と親しい友達になるなんてまだ想像もしていない。
今日はここメノールのアルベルゲに連泊なので、のんびりと過ごす予定だ。連泊なんて40日前にパリでやって以来なので、宿探しをしなくて良いだけで凄く解放された気分になる。用事がある訳でも歩く必要もないので取りあえず行くところといったらカテドラルしかない。必要なもの一式を持ってペタペタ歩いて出かけて行く。 -
カテドラルの祭壇後ろにあるサンチャゴ像の隣には、普段は見張りがくっついていて写真さえ撮れないのだが、今日は朝早いこともあって誰もいない。なので他の人たちもサンチャゴ像に抱きついて記念写真を撮っていたので私もカメラを渡して撮って貰う。やった、こんなチャンスは滅多にない。普段は撮れないこの中を何枚もカメラに収めて、像の背中にちりばめられている大きな宝石も撫でまわしておく。10時を過ぎるとこの中はごった返して長い行列が出来てしまうが、今ならやりたい放題だ。
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聖堂の中には普段は開かれていない聖年の門からの入場口も開いてあったので、この珍しい光景もカメラに納めて置く。今なら並ぶことなくどこでも見ることができるので、昨日は長い行列を見ただけで諦めたヤコブ(サンチャゴ)の棺へもお参りする。
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オブラドイロ広場に出てきたら、合気道二段のドイツ人トーマスがいたのでカタコト英語で暫くのあいだ暇つぶしをして、マルテンにはまだ会えていないことなどを伝える。今日もへんてこなズボンと素足にサンダルを履いている。目がすっごく鋭いので、007に登場する悪役がピッタリのようだが渋くていい人です。
日本人ツアーと思われる一団がやって来たので話しかけてみる。この人たちは10日間のツアーで、全部高級ホテルのパラドール泊まりだそうだ。贅沢には興味がないのでちっとも羨ましくないけど、この人は誇らしげに鼻の穴を脹らませているので凄いですねと褒めておく。その最高級パラドールはこの広場に面した所に堂々と建っていて高級オーラを発している。 -
今日はこのパラドールの無料ランチを食べる計画があるのだ。これは毎日、朝昼晩と巡礼者のみ10名限定で賄い飯を食べさせる伝統が続いているもので、昨年はチャレンジできなかったので今年こそはと闘志を燃やしている。1時間前に並ぶと食べられるそうなので、それよりも早めの10時半に集合場所に行ってみる。扉の前にご婦人が3人いたので、ランチかと聞いてみたが違うそうだ。暫くしたらこの人たちはホテルの通用門から入って行き出したので再度聞いても違うと言っているので従業員のようだ。
11時になったら二人巡礼がやって来たので、ランチを食べに来たの?と聞いたらそうだって。やっと仲間ができたので安心する。初めてのことなので、ここで待っていればいいのか別の所なのかがハッキリしなかったので、もし別の場所だったらとんだ間抜けだなと思っていた。 -
30分前になったらやっと6人に増え、5分前になって二人追加された。意外や、あまり皆さん関心がないようで、時間になるのに定員割れしている。
12時になるとホテルの人が門の外から手招きするので通りに出て行くと、ホテルの正面玄関から入っていいらしい。へー、タダ飯目当てなのに客が入れる玄関から入っていいんだなと意外だった。裏口からコソコソと入るものとばかり思っていた。ゾロゾロと付いて行き、初パラドール入場だ。みんな田舎者よろしくキョロキョロと見まわしているのもご愛敬だ。 -
ずんずんとホテルの奥まで入って行き、厨房奥でトレイと食器を自分で取り、コックさんがカボチャのスープやメイン料理と思われる焼肉とマッシュポテトが載っている皿を一人一人に配ってくれる。近くにある食べ物も適当によそっていいらしいのでパンや野菜・ベーコンなどを適当に載せる。私は最後になってしまったので品切れになった物もあった。ワインと水を全員分で2本ずつ貰い、これを持って下の階にある専用の小さい部屋で食べるようだ。ワインは前の人たちが注ぎ過ぎて私に回って来る頃には幾らも残っていなかったので悲しい。これらの流れは前にも食べたことのある経験者が教えてくれたので淀みなく進むことができた。
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みんな私と同様、料理の写真を撮ったり自分自身をひとに撮ってもらったりしていて微笑ましい。私はこれ一回切りで終わらせる気はないが、ほかのみんなはきっと人生一度の体験だろう。記念すべきパラドールでの無料接待だ。
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どれも美味しくて、賄い飯と言えどさすがパラドールの料理だと感心する。私が今回83日間の旅で、この食事が一番だった。おまけにタダだし。前に座ったご婦人はワインが気に入らないのか、水で薄めたり隣のご主人に飲ませたりしている。あんたが沢山注いだお陰でワインの残りが少なくて残念がっている男がここにいるんだが。
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スーパーがない時、たまにバルで食べる定食はカサマシのフライドポテトで腹をいっぱいにするようだったが、ここでは美味しい料理だけで腹いっぱいになったので幸せ。食べ切れなかったパンはナプキンに包んで持ち帰ることにする。他のみんなも同じことをしているので、それでこそ巡礼だ。食べ終わった食器はまた上の厨房まで戻すのが決まりのようだ。みんな外に出る前にパラドール内を見物したりカメラで撮りまくっている。タダメシを食べに来るような人はきっとパラドール泊なんて無縁の人達だろう、誰しも考えることは同じだ。
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広場に戻ると北の道で何度も一緒だった髭のドイツ人と再会する。合言葉はダイミョーだ。もうここで4泊しているそうで、明日やっとドイツに帰るらしい。海外からやってくる巡礼は誰でもキチキチの旅程は組まずに予備日を設けている。ケガしたり病気になる可能性があるからだ。帰りの飛行機の日は決まっているので、ここコンポステラを調整地にしているから日程が余るとここで何泊もすることになる。一般的に公営アルベルゲは1泊だけが決まりだが、そのためここだけは公営のメノールでも何泊も可能だ。
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この広場でもアンケートを取る女の子がいた。え、これって良くあるアンケート詐欺でしょ!?よくこんなとこでやるなと呆れる。日本では路上アンケートでサインしても大したことにならないが、海外ではサインは実印と同じだ。文面を良く読まずにサインしてしまうと「サインしたんだから寄付しろ」と言われても仕方がない。それも1ユーロとか5ユーロなんて金額じゃなくて、もっと高額を要求してくるらしいので知らない人は注意が必要だ。この広場には市庁舎が面していることもあり警官がいるのだが注意も何もしない。物売りや物乞いもあちこちにいるし、ここでは何をやってもいいらしい。
アルベルゲに戻ってシャワー・洗濯してから買い物に出かけて行く。歩いて10分の所にスーパー(小売店)があって、昨年も何度か利用した店だ。いつも程度の買い物をしたら9.10ユーロだって!?これボラれてないかぁ?普通、この程度なら高くても7ユーロ程だろう。いつも同じものばかり買っているので凡その値段くらいは知ってるよ。この店にはもう来ない。言葉が不自由な外国人と見ると、こういう商売をする店がたまにある。バカだねー、正直に商売していればこの先何度も買い物に来るのに、目先の欲に目がくらんで客を一人逃したよ。 -
昼にタダメシを腹いっぱい食べたので、夕飯は軽めにしておく。でもビールはやっぱり飲まないと。明日はポルトへの移動日なのでメノールとは暫しのお別れ。ポルトガル人の道を歩き終えたらまた泊まりに来ます。
北の道はこれでジ・エンド。明日からはポルトガル人の道が始まります。朝が早いのでまごつかないように詳細なタイムテーブルを作って行動することにする。余裕のある時にこうしておくと現場でのポカが減らせると思う。
1, 5時起床
2, 5時半メノール出発
3, 5:55サンチャゴ駅
4, 6:17駅発車
5, ビーゴで乗り換え、1時間20分待ち
6, ポルト10:18着
7, 市内中心部まで徒歩
8, カテドラルでクレデンシャルをゲット
9, 隣のインフォメーションでスタンプと地図ゲット
10, 2時ホステルにチェックイン
11, 時間があればポルト脱出のための黄色い矢印探し
と、まぁこんな作戦。手間取るパッキングは今夜のうちに済ませておきます。
続きは「歩く歩く歩く2016 ポルトガル人の道1」になります。
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サンティアゴ・デ・コンポステーラ
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