2017/04/25 - 2017/07/19
376位(同エリア504件中)
おくさん
歩く歩く歩く2017 銀の道9
銀の道41 Lubian - A Gudina また迷ういつも迷う
6月6日
朝飯を軽く食べて6時50に出発。山の中の村だが矢印が途切れがちに加え、ぐねぐねと道がのたくっているので脱出するのに少し迷う。こんな小さい村の中で迷うかなぁ?それくらいはご愛敬だが村を出てから分岐は注意していた積もりだったが矢印が全然出てこないのでカミーノを見失ってることに気づく。どうやら村の中に分岐があったようだ。ここまで歩いて戻るのは嫌だったので、少々不安な気持ちを抱えて舗装路を歩き続ける。まぁ次の村への方向だけは合っているので問題はないだろう(懲りない)。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- エティハド航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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歩いている舗装路の隣を高速道路が走っているので、いつ歩行者通行禁止になるかとハラハラする。昨年、高速道路に繋がる道とは知らずに歩いて行き、突然「歩行者通行禁止」になった覚えがあるから、あれの二の舞を想像して不安を抱えたまま歩いて行く。こういう時でも詳しいガイドブックを持っている人は迷わないで済むんだろなーと思うがどうしようもない。
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前方に現れた山にドカンとトンネルが通っているのが見えてきた。上下線の高速道路は2本のトンネルの中に吸い込まれているらしい。あそこで歩行者通行禁止になるかも知れないなーと不安が増す。これまで歩いて来て脇道は一切登場してこなかったので、ここから戻るのは勘弁だな。でも近くまで来るとちゃんと一般道路用のトンネルも用意されていて、歩きもその中を通れたのでひとまず安心。巡礼路でない所を歩いていて一番困るのは通行止めになるケースだろう。たまーにそういう道があるので冗談でなく戦々恐々だ
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山を越えると大きな砕石場があった。相当離れたここから見てもでかいでかい、大型ダンプがまるでマッチ箱のように見える(死語)、さすが石の文化の国スペインだ。こんだけ大きな採石場から運び出される石が毎日スペインのどこかで建材として使われているんだろう。実際、歩いていると時折目にする家々の改築現場には取り壊された石とも煉瓦ともつかない塊が大きな鉄製コンテナに山盛りに積まれているのを良く見かける。こういうのは腐らないし燃えないから埋め立てにでも使うのかなと思うが、本当のところはさっぱり分からない。
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遠くにA candaの町が見えて来た。地図によると更にその向こうに小さく見えているのがカミーノ上の村Vilavellaのようだ。あそこで巡礼路に復帰できそうだと期待する。そう想像すると、今歩いている道はカミーノからは相当外れているのが分かる。どこをどう歩いていてもいつかカミーノに復帰できれば御の字だ。
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Vilavella村は今まで歩いてきた幹線路からはやはり外れていた。村の中に入っていくと、すぐにガリシア州特有のモホンが現れたので巡礼路と確認できる。やったと拳を握りしめる。迷って歩いた時間は2時間40分だった。まぁGPSさえ機能していれば次に目指すべき村は確認できるのでとんでもない方に行くことはないから大体何とかなるが今回は迷いすぎだろ。
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村を抜けるとフェンスがあって、そこを通り抜けると突然すごい道になった。
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細くて整備などまったくされてなく、道の真ん中に小川まで流れている。
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こんなところなのに、あろうことか亡くなった人の墓標がひっそりと立っていた。その隣に水飲み場があったので、やって来る巡礼者がここで水が飲めるよう、遺族の意向で作られたのだろうと想像できる。こんな薄暗く寂しい処で力尽きたんじゃ、さぞ心細かったろうなと気の毒に思う、ここはそんなことをしんみり考えてしまう、そんな道です。
明るい道に出たところで靴を脱いで大休止。オレンジとカステラを2個食べる。こうしてエネルギー補給して休むと歩く力が蘇る。20分ほど休んでいたら、その横を時間を置いて3人のソロ巡礼がブエン・カミーノと言いながら通過して行った。歩き出すと、そのうちの二人を抜かす。 -
小さな村を過ぎると、今日のハイライトのような岩場が現れてきた。荒涼とした岩だらけの丘は、これぞカミーノと思わせるような痺れる道だった。足を挫かないように慎重に上り下りを繰り返す。特に下りは鬼門だ。まるで溶岩が冷えて固まったような険しい岩場が続くので、カメラはおろか、タブレット出す余裕がないのでフェイスブックでは見せられません。
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Canizo村を過ぎたら残りが3.6kmなので気をよくする。高い丘を上りきったら遠くにA Gudinaの大きな町を見下ろせるようになった。しかし巡礼路は直線で町を目指すのではなく、ぐるーっと回りこんで行くようだ。たまにこういった意地の悪いカミーノがある。町に入ったらアルベルゲの印を見落とさないように慎重に歩いていくが、そう思いながらも迷ったらしい。地元の人数人に教わってみるが中々決定打に出会わない。
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ブログではアルベルゲは線路の下をくぐった先にあると書いてあったので、同じような場所があったから線路下のトンネルをくぐり、近くにいたおばちゃんに尋ねたら、あそこだと指を指す方向200m先にあるらしいが、建物がどれなのか確認できない。でも方向は分かったので今来たトンネルを戻って戻って戻って行ったら町に入ったすぐの所にA付の矢印を発見する。なんだこんな所にアルベルゲの印があったのか。こいつを見落としたので大分先まで行ってしまったようだ。前だけ見て歩いていたので気がつかなかったよ。この矢印は振り返らないと見えない場所にあったのだ。こういうのは勘弁してもらいたいなーと思うが、きっと見える場所には矢印を描けるような物がなかったんだろうと自分を納得させる。まぁ時には振り返ってみることも大切なようだと学習しておこう。詳しいガイドブックには町中で歩くべきカミーノの詳細地図があるようだが、そんなの持たずに巡礼を続ける悲哀はそこかしこにある。
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その矢印を追っていくとネットで紹介されていた白く大きなアルベルゲに簡単に到達することができた。分かっていれば簡単に到達できるが、初めての土地ってのはこんなもんだ。来る途中で抜き去った爺ちゃん達は私が迷っている間に到着して、既にベッドをキープしていたが、いい位置の下段が空いていた。このアルベルゲは2段ベッドが2台ずつ隙間なくぴったりと寄せられてる強制Wベッド状態だったが、私は壁際のシングル状のベッドを取ることができた。それでも2段ベッドには違いないが、この中では当たりの部類だろう。これが残っていて良かった。
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私の上段には顔見知りで190cmはありそうな大男がやってきて「OK?」と聞いてきたが、もちろんノーとは言える道理はない。大男なので大イビキをかかなくちゃいいが。沢山の人間が一緒に寝るドミトリースタイルのアルベルゲなので、毎晩それだけが心配の種。
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スーパー探しに出かける。毎回、見知らぬ村や町でのスーパー探しはひとつの楽しみでもある。大きなスーパーがあれば言う事ないが、小さい雑貨屋タイプでも見つけられると嬉しい。店がありさえすれば安く腹いっぱい食べることができるから。毎日それの繰り返しで旅は続いて行く。リアル・ドラクエの世界だ。
間口は狭いけど中はそこそこのスーパーを発見。缶ビール2、桃の缶詰、ファンタ、野菜の瓶詰め、スープの素、パン、ミニソーセージにヨーグルト4個で8ユーロと少し。大きなレジ袋がパンパンになった。疲れるからなのか、たまに甘いのが食べたくなるのでフルーツ缶詰は時々買っている。小さい缶詰は滅多にないのでいつも大きいのを買うが、2ユーロとかそんな程度で買うことができる。日本でフルーツの缶詰を買うことは滅多にないので値段は分からないのだが、日本で買ってもこの位の価格で買えるのかな?
シャワー・洗濯してたらイチャツキカップルが到着して来たので気分を害す。今日も入ってきた時からいちゃついている。なるべく離れたベッドにしてくれ。 -
キッチンで瓶詰野菜を入れたスープを作りパンもいっぱい食べたので腹いっぱい。昨日のフランスおばちゃんも隣で質素なお昼を食べだした。電気コンロの使い方が分からないから教えてと頼まれたので、何となくいじって使えるようにして上げる。私も何度も他の巡礼から教わっていたが、たまにこうして教えて上げるようにもなった。でも完璧に分かる訳ではないので、何となくいじっていると使えるようになる程度。
アルベルゲは安全を考えてか殆どが電気のコンロなので、ガラスの上に表示されてるデジタルの赤い数字を適当に押していると大体使えるようになる。この人は年恰好が似た爺ちゃんと歩いていたので夫婦かと思ったがソロだった。どうもこの人が後で仲良くなって行くリリアンおばちゃんのようだ。
何度も一緒になる奥さんが細身のデンマーク夫婦が到着してきた。上段が2つ並んで空いているよと教えて上げたが、二人して下段が希望のようで旦那の方がオスタルを探しに出かけて行ってしまった。暫くしたら見つけたと携帯に連絡が入って奥さんも行ってしまう。この二人は良くオスタルや私営のアルベルゲにも泊まっていたし、安さにはこだわらないようだ。
大きな桃缶を開けていたら調度ギャエレ達がキッチンにやって来たので大きな皿に2個ずつ載せて甘いシロップと共に進呈する。えっ貰えるの?!みたいな顔をして喜んでくれたので嬉しい。ギャエレは最後に残ったシロップを、少年に飲んでもいい?と断ってから飲み干した。酒も飲むけど甘いのも好きなようだ。私もシロップを全部飲んでカロリーばっちり。
この町は大きい方なので絵葉書を売ってないかと町を探し回る。それらしい2軒の店に入って聞いてみたところ、一軒の店ではあるというので主人の後に付いて店の奥に行くと、出してくれた物は封筒だった。ペケーニョ(小)かと聞くので、シーシーと返事すると、残念ながら葉書は置いてないそうだ。残念ながらこの町でも買えなかった、絵葉書ってそんなに珍しい物だったのか。通りの反対側をコンロの使い方を教えてあげた馴染みのおばちゃんがやって来て、ATMが使えないの~と叫んでいる。この少し先にもあったのを思い出したので一緒に付いて行って案内してあげる。
オスピタレロが7時過ぎにやってきてチェックインできる。今日は6ユーロ。今日からガリシア州に入ったので宿賃は6ユーロ固定になったようだ、アルベルゲにWi-Fiはあるがスマホの人しか利用できない糞Wi-Fiなので私には使えない。ガリシア州なんとかしてくれ。それかWi-Fiが使えない人には1ユーロ下げてくれ。
もはや旅の相棒となっているスペイン人のカルロスもやってきた。カルロスは私より1才上だったのが分かった。肥満体で顔がつやつやしているので、もっと若いかと思ってた。明日は私が12km先行する気がするので、もしかしたら当分会えないかも。
銀の道42 A Gudina - Campobecerros 忘れ物だよ
6月7日
A Gudinaのアルベルゲ、昨日の食料の残りでスープを作り、パンとヨーグルトを食べて朝飯にする。イタリアの妖精爺ちゃんがバナナを一本くれた。出発の準備をしていたら、隣にいたイタリア婦人二人組のベッド下にサンダルが揃えて置かれていた。あれま、忘れ物だよ。近くのギャエレに聞いてもやっぱりイタリア組のものらしいので今晩早速困るだろう。レジ袋に入れバックパックに吊るして届けてやることにする。何時に出て行ったのか知らないが、おばちゃん二人組なので多分追いつくだろう。 -
7時にスタートする。ここは町の中から巡礼路が二手に分かれる。みんなはどっちに行くのか見ていると、右に行くので私も北ルートを選ぶ。南ルートにもアルベルゲはあるが、みんなの様子だと行く人はいないんじゃないかな?
前半は舗装路なので調子よく歩け、遠くまで見渡せる山道でとても気持ちがいい。2時間歩いたところで遠くに二人連れが休んでいるのが見えた。あれ!例のイタリアオバちゃんじゃないのかなと期待しながら近づいて行くとピンポンだった。得意になってレジ袋からサンダルを取り出して見せると意外な返事が!!サンダルは捨ててきたそうだ。なにーっ、捨てるんなら揃えてベッド脇に置かないで貰いたかったよ。心配する人が出るからゴミ箱に捨ててくれい。でもわざわざ届けてくれてグラチエ、あとでビールを奢ると言ってくれたので半分嬉しかった。半分だけ。 -
眼下に堰止湖らしいのが見えてきた。なかなかの景色なのでみんな写真を撮っている。今日の行程は緩い上り下りがあるが山の尾根を伝い歩くような道が続き、景色は見渡す限り自然がいっぱいなので最高の日じゃないかな。
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少し行くとギャエレとルアンが土の上にべったり座って休んでいる。二人は互いに話すでもなく、ただ遠くを見ながら体を休めているだけのようだ。たそがれている後ろ姿を見たらその関係がますます謎だ。この二人が楽しそうにしている姿を見たことがないのだ。それは最初に会った23日前のメリデからずっと同じだった。歩く時も、いつもルアンが先行し、その十数メートル後ろをギャエレが追っていくスタイルがずっと続いている。長い道中なので普通は歩きながらお喋りするだろう。言葉が通じない私とエディスでさえそうだったのに、ずっと二人で歩いているのに拒絶しながら歩くようなスタイルは不思議でならない。年の離れた兄弟に見えなくもないが親子でも可笑しくないかな?でも、見た目からしたら別の人種と思える程違うので、いったいどういう関係なのか妄想だらけ。
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舗装路を離れての後半は凄い上りと凄い下りがあったが谷あいの村 Campobecerros が遥か下に見えだした。村に不釣り合いな大工事をしているのが見えるので、洲か国単位の工事のようだ。凄い下りが続くので、捻挫をしないように慎重に下って、アルベルゲには11時半に到着。今日は20.1kmと骨休めとしたら手ごろな距離だった。所要時間も4時間半と短めで手ごろ。
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村の小さなバルのテラスでギャエレ達が何か食べていた。ここには泊まらずに次のLazaへ向かうそうだ。ルアンが紙巻タバコを作り出したので、珍しいのでその様子を撮影する。自分で巻けば安上がりなので、時折こうやって作っているタバコ吸いを見かける。タバコの乾燥した葉っぱ、包むための紙、フィルターがセットになって売っているようだ。
最初に会ったころ、ルアンはギャエレ同様、思いつめたような緊張した顔をしていたが、このころになると私とも気楽に接してくれるようになった。ただ、ルアンはフランス語しか喋れないので意志疎通はもっぱらジェスチャーに頼るしかない。私はフランス人に会うといつも「サバ?」と言っているので、ルアンにも会うたびにサバ?と言っていて、これは必ず通じて何かフランス語で返してくれる。 -
ここから大きな犬が道案内でもするかのようにアルベルゲまで先導していた。到着するとまたノソノソと戻っていく。これがこの犬の日課になっているのだろうか?パンをちぎって上げたら匂いだけ嗅いだだけで食べようとしないので、近くに繋がれていた犬に投げ与えたら、この犬は仕事してないのに食べた。
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アルベルゲはオーストリアのおばちゃんに続いて2番目の到着だった。トイレ近くのはじっこのベッドを確保する。トイレは男女別で1つずつあったので、一昨日のアルベルゲよりかはマシだ。洗濯と物干し兼くつろぎスペースは空中にある橋を渡って外へ出た屋上だった。珍しい作りだなぁ。
ベッドが私の上になった馴染みのおばちゃんがチョコを3かけらくれた。昨日、ATMを教えてあげたお礼なのか?この辺りからおばちゃんとは親しくなってくる。いちゃつきカップルもやって来て相変わらずベッドの上でいちゃついているので気分が悪い。若いんだからもっと先まで行けよ。
昨晩、日本から持ってきた3色ボールペンを一瞬で無くしてしまい狐につままれたようだった。あらゆる可能性を想定して探すが一向に見つからなかったので、アストゥリアノスのオスタルで貰った黄色いボールペンの出番となる。スペイン製なのでどうかなと思ったが、ちゃんと書けるし書き心地も悪くない。スペイン製をハナから馬鹿にしてはいけないな。結局、3色ボールペンは明日のためにバックパックを用意してたら底にあるのを見つけた。前もちゃんと底まで探した筈だがな?まぁヒョウタンからコマと言う諺もあることだし、思ってもいなかった所から探し物が登場するのは往々にしてあることか。
4時40、オスピタレラの登場。私営なので8ユーロだった。渡された紙のシーツと枕カバーはシワがそのままの中古だった。私営なので仕方ないか。建物は新しくてキレイだがキッチンなしのWi-Fiなし。だが屋上にはイスとテーブルがあるので買ってきたものはそこで食べることはできる。 -
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欧米の人は太陽が好き。数人で屋上にある丸テーブルでまったりしていたらサンダルを届けてあげたイタリアおばちゃん(上の写真真中)がバスタオル一枚でやって来たのでギョッとするが顔には出さない。まぁびっくりするけど欧米の人ってこういうの平気だよな。私たちのテーブルにやってきて楽しくおしゃべりを始めている。欧米のドラマでもこんなシーンを見たことがあるが、実際にこうする人はこれまで数人見たことがあるから普通のことのようだ。タオルがはらりと落ちてもハハハで済ますんだろう。ハハハが見てみたい気がするが、そういうことは無かった。ハハハ
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アルベルゲ入り口には奇妙な像が立っている。等身大で金ぴか。ピエロのようでもあるが手に鞭を持って振りかざしている。ネットで調べたいがここにはWi-Fiがない。像の前でイタリアと馴染みのおばちゃんリリアンとで写真を撮る。サンダルを忘れた方でないおばちゃんは(左縁)足腰に故障が出ているのでボルタレンを貸して上げる。昨日はカルロスにも貸してあげたし、ボルタレン持っていると自分で使う以外にも何かと利用価値がある。
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時間がありすぎるので村唯一のバルへ行ってみる。カルロスがいたので例の像について質問したら、カルロスは良く知っているようで説明してくれるが何しろスペイン語しか喋らないのでほぼ分からない。Wi-Fiがあるよと教えてくれたので、タブレットを取りにアルベルゲに戻る。カルロスを頼ってネットで検索したらピエロみたいな人物の写真が何枚もヒットしたので有名ではあるようだ。だが、スペイン語が読めないのでイワレは相変わらずさっぱり分からなかった。
暇なのでビール1杯でネットをしながら1時間半ねばる。ビールはカルロスがおごってくれた。小腹が空いてきたのでコラカオとでっかいクロワッサンを食べたら2ユーロと安かった。定食を食べると10ユーロも掛かるが、こうやって軽食なら安上がりで済んでしまう。
明日の予定を立ててみる。Albergueriaまでが26.9kmで、結構な山登りがありそうだ。その手前にはギャエレ達が向かったLasaがあって、そこなら14.9kmだ。私はAlbergueriaを目指す積もり。途中のLasaからは10%の上り坂が5km続くらしいのでエネルギー補給を怠らないようにしなくてはだ。Albergueriaには店は無いがバルはあるらしい。カルロスはどこまで行けるか分からないそうだ。急な上りがあるそうなので、無理して膝を再発させない方がいいだろな。
銀の道43 Campobecerros - Albergueria 貝の家
6月8日
カンポベセロスのアルベルゲ、ここはベッドルームからガチャッと扉一枚開けるとそのまま外なので食べるスペースはないし、まだみんな寝ているから明かりも点けられないので朝飯は食べずに出発するしかない。それに今日はハードコースなので早めの6時にスタートする。7時前後が多い私にしては一番早いスタートかも知れない。 -
スペインは夏時間を採用してるので日本としたら実質5時。日の入りが10時と遅いスペインは日の出も遅い。真っ暗けの中、ヘッドランプを頼りに歩き始める。今までは薄明るくなってからの出発ばかりだったのでライトを使うことがあっても手に持ってベッド回りに忘れ物がないかをチェックするだけだったが、やっとヘッドランプと言う名前のとおりの使い方が出来る。そこで気がついたことがあった。真っ暗の中を出発する村や町ではランプの明かりだけで巡礼路の矢印を探さないといけなかった。これは結構ストレスを感じるものだった。当り前のようだが薄明るくなってからいつもスタートしてた私は気が付かなかったことだ。いくつものカミーノを歩いているのに今頃と言う話だが、スタート地点の町村には他より多くの目印が必要なのをやっと分かった。それと翌日が暗いうちのスタートするなら前日のカミーノチェックが重要。
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真っ暗けの中を暫く歩いていくと、やっと前方に巡礼が照らすライトの明かりが見える。おっ、これは追いつかないとだ。暗い道をスっ転がらないよう早足で追う。顔見知りの夫婦ものだった。一言ふたこと言葉を交わして離れないように付いていく。次の村はまだ寝静まっていて村人は誰も起きていないようだった。そんな村を越えていくと見事な朝焼けが見られた。こういうのを見ると早起きした褒美をもらった気になる。
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7時50、AsEiras村の民家の前に私設休憩所があった。良く一緒になるじいちゃんが休んでいたので一緒に休むことにする。いつもいるおばちゃんが(リリアンのこと。この時はまだ気づいてなかった)今日はいないので夫婦じゃなかったようだと気づく。色んな食べ物と飲み物があって、小さな寄付用の入れ物が置いてある。用意してくれた村人の暖かさが伝わってほっこりするような小さな休憩所だ。温かいコーヒーとバナナを1本食べさせてもらい1ユーロを入れてみる。あとから暗い中で出会った夫婦連れもやってきて休みだしたところで出発する。暫くは歩きやすい舗装路が続き下り坂なので快調。
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ギャエレ達が泊まった筈の、Lasa村の中にあった民家の壁に昨日のアルベルゲにあった謎の像と同じものがあった。有名なものらしいがググッてもさっぱり見つけることができない。もっとも昨日カルロスから教えてもらった時には幾つものサイトを見つけることが出来たが、どれ一つとして日本語の説明はなかったのでもし見つかってもチンプンカンプンだろうが。どなたか謂れを知っている方がいたら教えてください。
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途中10分程の休憩を挟んで全行程27kmの最後は100m進むうちに10m上るという急坂が5kmも続くという本日のメーンエベントが登場。膝はもう曲がったままで一切伸びることなく上り続ける急坂なのでスティックを突き立てながらグイグイ体を上へ上へと押し上げていく。1時間以上その状態を続けているので、とうとう腕の方も痺れてきた。昔に比べ腕の筋肉落ちすぎ。トレーニングは歩くだけじゃなく腕も鍛える必要があるな。足も腕ももうへとへとで汗びっしょ。
暑いし水もやたら飲んでいるので、昔、サイクリングで熱中症になった記憶が頭をよぎる。ここで水が尽きたら倒れるかも知れないと、マジで怖くなる。少し坂が緩くなってきたので、そろそろ頂上かなと期待するがまだ先があった。いつもこんな感じだよな、もう山登りあるあるだ。
やっと本当の頂上に辿りつくことができる。そこでカタルーニャからの男性二人組みが追いついてきた。下段ベッドが取りたい私は少し焦るが、二人は連れのオーストリア婦人を待つとかで、ここで休みだしたのを幸い、下り始めた道をひたすら早足で歩き出す。 -
辿り着いたアルベルゲは有名なユニークアルベルゲ。2階のベランダからギャエレ、ルアンといつものおばちゃんが声を掛けてくれる。チェックインは向かいのバルと教わったので入っていくと巡礼が書き記して行ったコンチャで埋め尽くされていた。このバルはこれが有名で、日本語のも数枚ある。私にも大きな帆立貝とマジックペンが手渡されて何か書けと言っている。やって来た全員に書いてもらうようだ。何千枚という帆立貝が所狭しと並べられている様子は圧巻、それとカタコンベみたいで少し気味悪いかな。
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バルの方は壁も天井ももう取り付けるところがないようで、アルベルゲの壁にも取り付けてあった。さらに増設するために ベニヤ板を壁に取り付ける作業をしている。この様子だと、そのうちホタテ貝を取り付けるために建物を増築することになるんじゃなかろうか。
宿賃はドナティーボで冷蔵ケースには缶ビール・ジュースが冷えていてこれらは1.5ユーロと値段が付いていた。でも勝手に飲んで支払いはキッチンに1つだけ置いてある大きな木製貯金箱に入れればいいらしい。キッチンの木製戸棚にはパスタやツナ缶、豆缶などが揃っていて1~2ユーロで自由に使え、お金はやっぱり貯金箱に入れるようだ。ドナティーボを採用している所は常に性善説に基づいている。巡礼者同士も性善説が前提なので、これもカミーノの大きな魅力だ。 -
取り合えずシャワーしてから缶ビール2本を手持ちのチーズとチョリソー肴に飲ませてもらおう。昼間はエライ上りがあったけどこうしてベッドがあってシャワーも浴びられてビールが飲める。しんどい所を終わってみれば至福の一日だ。飲み終わったところでスパゲッティを作ろうとお湯を沸かしだしたら先ほどの賑やかなカタラン(カタルーニャ人のこと)がスパゲッティをシェアしようと言い出したので乗ってみる。カタラン二人とオーストリア婦人、それにスペイン夫婦も加わって6人の食事会になった。味はスペイン人の作ったスパゲッティなのでまぁこんなもんか程度だった。自分で作ってインスタント・ペペロンチーノが使いたかったのだが投げられたボールは受け取らないとだ。
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ベッドルームでボーっとしてから夕方また道路を渡ってバルに遊びに行ったらギャエレ達がいたので一緒にお喋り。まぁお喋りできるような語学の持ち合わせはないのだが一緒にいるだけで楽しい。おばちゃんが私達3人にビールやコーラを奢ってくれた。おばちゃんはスペイン語を上手に喋っていたことがあったのでスペイン人かと思っていたが、おばちゃんはギャエレとフランス語で話しているので、スペイン語で「フランス語を話せるのか?」と聞いたらフランス人だったのでビックリぽん(古すぎ)。
ギャエレがABC・・・を漢字で書いてと言うのでやってみることにする。1文字で書けないのは数文字を使って書いてあげる。そしたら今度は自分の名前を漢字で書いてと言い出した。これも巡礼あるあるだ。少年の名前も書くので、改めて聞いてみると、やっぱりルアンと聞こえるので留安と書いてみる。これは漢字の意味もまぁまぁで簡単に思いついたが、ギャエレは難しいなぁ。逆江礼。まぁ文字の意味は置いといて発音はなんとかなったかな。おばちゃんはリリアンと日本でも馴染みのある分かり易い名前だったので一発で覚えられた。リリアンって日本では女の子が遊びでやる小さい編み物だった気がする。
ギャエレにサンチャゴに着いたらどこに泊まるのかと聞いてみたら私と同じメノールだそうだ。同じだと言ったらヤッタみたいなポーズを取ってくれたので嬉しかった。 -
今日のベッドルームはこんな感じ。シャワーもトイレもこの同じ部屋の隅にある。外から見ても相当古いのが分かったが、中は外に負けないほど古かった。でもこの古さが良い味わいがあるアルベルゲだった。
夕飯のつもりで缶ビールを飲んだけど、やっぱり物足りないのでキッチンに行ってスパゲティを茹でてペペロンチーノの素をふりかけ大盛りにして食べる。このアルベルゲではスパゲティもシェアしたし、缶ジュースも飲んだので、前みたいに忘れないように夜の内にドナには15ユーロを入れておく。夕飯朝飯が出るアルベルゲでは20ユーロを入れてるが、ここはまぁ15が適当なんじゃないかな。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- Mugieさん 2021/09/01 08:37:41
- 調べてみました
- なんがか気になって鞭を持ったピエロみたいなのを調べてみました。
画像とキーワードで検索したのであってるといいのですが、英語のサイトの説明によるとガルシア地方のEntroidoというお祭りのPeliqueiros of Lazaというキャラクターみたいですよ。
ケルトの文化に由来する冬の終わりを祝うお祭りで、16世紀の徴税役人を揶揄した姿をしていて、お祭りではこのコスチュームで道を練り歩き、道をふさぐ人をむち打ちするみたいです。
おもしろいお祭りですね(笑)
ムギー
- おくさん からの返信 2021/09/01 09:59:37
- Re: 調べてみました
- なるほどー。大正解ですね。Lasaは私が泊まった村の隣で、壁に例の絵が描かれていた村です。どこの地域かも分からなかったのですが、灯台下暗しだったとわ。
教えて貰った説明を読んで思い当たることがありました。別の地域なんですが、フィエスタの最中にピエロが先にゴムまりみたいな鞭で子供を追いかけてひっぱたくのを2ヶ所で見ました。もしかしたら関係あるかも知れないですね。
画像検索してもトンチンカンなのばかりヒットするので諦めてましたが、こんなに早く見つけてくれるとは驚きです。
わざわざ探してくれて感謝です。ありがとうございました。
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