2017/04/25 - 2017/07/19
263位(同エリア506件中)
おくさん
歩く歩く歩く2017 銀の道4の16
銀の道16 Caceres はじめての 休息日 カセレス
5月12日
ジャジャーン、本日巡礼初の休息日。今までサンチャゴ巡礼の道を何度も歩いたけど休息日って一度も取ったことなかった。勿論、膝の痛いのが治らないのもあるが、ここカセレスは中世の町並みで有名な所なので休息日にするには持ってこいと言う理由もある。おまけに今日の天気予報は雨100%だし。膝痛い、中世の街並み、雨100%のみっつが重なれば、これほど休息日に相応しい町はないだろう。(言い訳)
同部屋の3人も7時と遅い起きだし。今のところ雨は降っていないが今日は一日中雨の予報だ。つるぴか君に「オイ ノ ジュビア」と言ったら、オイは今日全体のことで「今」ならアオラと言うんだと身振り交えて教わる。「アオラ ノ ジュビア」で「今は雨は降っていない」と言うそうだ。珍しくスペイン語を仕入れられた。これだけスペインに居るんだから、もっとスペイン語が喋れてもいいだろうと思われそうだが、ところがどっこい、語学留学で来てる訳でないし、毎日流れ流れての巡礼なので同じスペイン語しか使わないので色んな言葉はさっぱり覚えることができない。英語も同じ。まぁ努力しないで上手になろうとする心がけが悪いんでしょうね。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- エティハド航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
カセレスで連泊することにしたので、まず宿を確保しなくてはだ。小雨の中、合羽を着て私営のアルベルゲ・Turisticoへ8時半に行ってみる。昨日ネットでこのアルベルゲの情報を見たときにはガラガラだったのに、何故か宿の親父からは予約でフルだと言われる。ホントか!?余りに朝早くに来過ぎたのでタイミングが悪かったのだろうか。オーナーは予約台帳みたいのを見せて本当だよとアピールしているようだ。仕方ないので、次の町カサールdeカセーレス迄行くかと改めて雨仕度を始めたら、ベッドがあると言い出した。何で?キャンセルが出たと言っているらしいが、そんなの台帳を見てたんだから初めから分かると思うんだが。もしかして私を怪しんだのかな?何はともあれ泊まれるのが決まったので一安心だ。しかも15ユーロだったので、昨日の公営より1ユーロ安い。
※お役立ち情報
Turisticoの私営アルベルゲは予約した方が安全のようです。
ネットではAlbergue-Residencia Las Veletasと言う名前で紹介されているかも知れませんが同じ宿です。(たぶん)
Direccion: C. General Margallo, 36
Telefono : +34 927 211 210 +34 638 337 069 -
部屋のほうはこれから掃除するので、少し待てとのことだったが、数分で終えたようだ。作業を終えて部屋から出てきた人が、あと5分待ってから入ってと伝えて行ってしまう。部屋に入るとほのかな匂いが漂っているので、使用した洗浄剤の匂いが篭っているから5分待てと言ってたらしいのが分かる。それで雨なのに大きな窓が開けっぴろげてあったのか。
1階にあるキッチンの下見をしてから、食料を持ってキッチンへ。食器やレンジはあるけど流しがないので変わったキッチンだなぁ。そこへオーナーが洗った食器を一抱え持ってきたので丼を手に「アグア?(水は?)」と聞いたら備えてあるコーヒーメーカーからお湯を出せて、もっと熱くしたいのならレンジを使えと言われる。日本から持参のペペロンチーノの素をどんぶりにあけてスープを作り、パンを千切って入れる。粗末だけど美味い。ペペロンチーノの素は日本の百均で買ったもので、本来はスパゲッティに振りかけるものだが、スープにしても美味いことを発見した。ヨーグルトも食べてようやく腹も落ち着いたが昨日からずっと粗食が続いているので、もう少し栄養のある物を食べないとだ。 -
廊下で謎のカップルの女性と鉢合わせしたのでギョッとする。相変わらず怖い顔をしているのでドキッとしたが、なんと向こうから話し掛けてきた。お互いに片言英語なので通じやすい。2日一緒になったと、ちゃんと覚えてくれていたので意外だった。インパクト抜群の女性なので忘れようがないが、こちらにしたって東洋人は滅多に居ないので普通に覚えられるのか。相棒の少年がいないので聞いたら「ヤングマン」と形容したので、また二人の関係の謎が深まった。もし年下の恋人ならヤングマンとは言わずに「He」だろう???やたらな事を聞いて睨まれると怖いので勿論これ以上のことは言わないでおく。これでこの女性とは3晩一緒の宿になったが相変わらず凄いオーラを発しているので緊張する。
部屋に戻って今日の観光作戦を練る。10時に出発して、まず旧市街の中心を目指す。このアルベルゲは旧市街の中にあるので観光には便利だ。おまけに前の道路は巡礼路になっていて黄色い矢印が続いているから明日の歩き出しはばっちりだ。
宿を出て歩き始めたらポツポツと降ってきたので帽子を取りにまたアルベルゲに引き返すが、暫くしたら止んでくれたのでラッキー。今日は雨100%の予報だったが、ありがたいことに外れてくれた。こういう予報はどんどん外れてくれ。 -
カセレスは高い城壁が旧市街をぐるっと回っている城塞都市。その中はまるで中世の町でロメオと何とかの舞台のようだ。インフォメーションも中世の建物をそのまま利用した趣のある造りだった。そこで顔見知りの巡礼夫婦が私に気づいて声を掛けてくれる。やっぱり有名な町なのでほかの人たちもここカセレスでは一日を観光に当てているようだ。でも、私と違ってこの二人は2泊ともアルベルゲには泊まってないそうだ。金持ちか。
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次にスペインにはどこにでもあるマヨール広場に行ってみる。ここが城の表門になっているらしく、凄く立派な階段付きの門があり、みんなこの前で記念写真を撮っている。
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すぐ隣には古い建物を利用した観光案内所があったので、何があるんだろうと入ってみる。地図でもあれば貰いたいなと思ったが、大したものは無さそうなので見まわしただけで出てくる。この城門から壁伝い左回りに見て回ることにする。どこも観光客で賑わっているので気分が高揚してきて、いま自分も観光してるんだと確認できて華やいだ気持ちになる。
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中世の建物の中で何か展示しているようだが、チケット売り場がないので無料のようだ。入ってみるとお土産も少しばかり売っているが、中の展示物を見てもらうのが目的らしい。金持ちの道楽なのかな?
ぐるっと一回りしてからカセレス博物館が見たいのだが位置が分からないのでGPSで探すことにする。タブレットの保護シートが邪魔をしているのかGPSの調子が悪い。それを剥がしたら電波をキャッチするようになったので、剥がしたシートには暇を出す。 -
おかげで博物館はすぐ見つかった。どっかの団体がこれから入場するようなので、後に続いたが、東洋人が混じっているのに気づいた係員に「オランダ?」と声を掛けられる。どうもオランダからのツアーグループらしい。ガイドが全員分のチケットを買っていたのだろう。黒人が一人混じっていたら、その人も同じように聞かれていたが、グループの一員だった。
入場料は1ユーロだったが、スタンプが欲しいとクレデンシャルを見せるとチケット売り場の爺ちゃんが何か言っている。はて?何を言っているのか理解できないでいたら、パンフレットを見せて65の数字を指差すので年齢を聞いているのが分かった。シニア割引があるようだ。67才だと答えたら何の証明も見ることなくフリーのチケットをくれた。スペインはシニア割引があちこちにあるので、年齢の数字だけは言えるように練習してある。こちらから申請する前に割引してもらえたのは始めてなので親切な爺ちゃんに感謝だ。ムチャグラシアス。 -
展示物はまぁまぁだったがアチコチ見張りがいるので写真撮影はためらわれた。どっかの幼稚園の団体が見学に来ていたのが可愛かった。あどけない子供は世界中どこでも可愛い。美術館も併設されていたが、現代アートなので見ても面白くなかった。中世の博物館なのにミスマッチ過ぎだろう。
石段が多い町を2時間歩き回ったが、重いバックパックを背負ってなければ階段も問題ないようでどこも痛くならない。でも無理はしないで階段だけは足を揃えながら一歩一歩上り下りするように気をつけた。調子づいて悪くしたんじゃ元も子もない。今日1日静養したのが良い結果になるといいが。
腹が減ってきたのでマヨール広場に戻って食べられる店を探してみる。大きな広場なのでスペインで良く見かけるバーガーキングがないかと探してみたが、ここにはなかった。本日の定食・Menu del dia は安いのでも12ユーロもするので帰りながらスーパーに寄って食料を仕入れることにする。いつもはビールだが、今日は寒いのでワインを飲もう。ワインも白の1リットル。肉団子がたっぷり入った缶詰にトマト3個、8Pチーズ、バナナにパン、ヨーグルト4、オリーブと大量に買っても7ユーロと少し。これで2食分で腹いっぱい食べられるから店でなんか食べてらんない。 -
アルベルゲに戻ってシャワー。汗をかいたTシャツだけ交換する。部屋にはバックパックがひとつ増えていたので誰か同室者が到着したようだ。昼夜兼ねた食事はご覧のようなメニュー。今日の目玉は肉団子。缶詰を丼に空けてレンジで温めただけだが凄いボリュームだ。肉を食べると栄養取った気になるので粗食が続いた日にぴったりだ。ワインは1リットル1ユーロだがとても美味いのでこれも満足。バゲットパンも焼きたてなのでパリッと噛んだ感触も良いしとても美味い。それにバゲットはどこで買ってもとても安いのが嬉しい。大きいのが日本円で100円もしない。チーズを挟めば更に美味い。一度ではとても食べ切れないサイズなので、硬くなったらレンジでチンすればそれも美味い。食べ終わってから皿を洗いに別の部屋にある流しまで行くので、それがちょっと面倒かな。
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同室の人はブラジル青年だった。英語は半分も伝わらなかったが初日セビージャからの川越え話で盛り上がる。私より1日遅れのスタートで、私の時は川の深さは腰だったが、兄ちゃんの時は胸まであったそうだ。あろうことか、その深さをバックパックを上に掲げて渡ってしまったイタリア人がいたそうだ!!下手したら死んでまうだろう。それとも私の時と違って流れは納まってたので渡る気になったのか?私が見たあの急な流れでは絶対に流されてしまうだろう。行き着く先は遥か下流か土佐衛門だ。みんな身振り手振りだが何となく伝わり大いに盛り上がる。お互いに同じ苦労を共有してるので片言でも凄く楽しい。兄ちゃんは今晩6時からマヨール広場でコンサートがあるから行くと言っているが、私はま、いっかな。
部屋にはほかに二人の青年が入ってきた。一人はスペイン人で最後はドイツ青年だった。体中タトゥーだらけで耳には5cm大の輪っかを嵌めている。どーいう人間だよと思いそうだが、話してみると礼儀正しいごく普通の青年だった。しかし絶対見た目で判断されるよな。日本なら面接で100%落とされる。少しだけ日本語を喋るのが面白く、片言ながら話が弾む。大阪、福岡に行ったことがあるそうだ。日本語はそこで覚えたんか。
この青年はベッドの下段が空いているのに上段に陣取った。若者は時々そうする人がいて私としては助かるときがある。この兄ちゃんもフェスティバルに行くそうで、時間になったら更に気合い入れた珍妙な衣装に着替えてた。もうテレビでしか見たことないパフォーマンスする人みたいだ。ぶっとんだその風体を写真に撮りたかったが、面白がってるのが丸出しなので止めておく。 -
ブラジル兄ちゃんが言っていたフィエスタの音が気になって7時に行ってみる。結構離れたここまでガンガンと音楽が聞こえてくるので、どうしても気になる。もし有名な歌手でもいたら見てみたいし。広場へは歩いて5分なので面倒でもない。ラップ調の歌をステージで歌っているが有名な人なのか無名なのかさっぱり分からないから有りがたみもない。腹にまで響く凄まじいボリュームでやかましい。
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歌は面白くなかったが、集まっている若者に面白い共通点があるのを発見する。コーラやファンタのペットボトルをみんな持ち歩いていて、日本なら500mlや家庭サイズでも1.5リットルだろうが、みんなその倍、あるいはガロンサイズのペットボトルを持っているのだ。まるで業務用だよ。プラスチックのカップも巨大サイズで、それでゴキュゴキュ飲みまくっている。あっという間に成人病になりそうだ。写真の緑のペットボトルは日本のサイズに見えるかも知れないが、一回り大きいサイズだ。どこのグループもこのサイズを何本も手に持っていたり地べたに置いている。カセレスの町で一番驚いたのが実はこれかも知れない。
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やかましいので1時間見物したら引き上げることにする。昼間のスーパーに寄ったら店員の兄ちゃんが覚えていてくれて愛想を振りまいている。コーラと明日用にミックスジュースのパックを買って帰る。1ユーロと70。
夜中にトイレに起きたら、この部屋に1つだけ空いていたベッドに女の子がいつの間にか収まっていた。一体何時にチェックインしたんだろう。予約でフルは本当だったようだ。
銀の道17 Caceres - Casar de Caseres 今日は最短コース
5月13日
カセレスのアルベルゲを7時5分に出発する。休息日が効を奏したのか出発から膝が痛くない!だが安心はできないので、最初の20分間はそろりそろりと歩いてみる。腰も立ち上がった時に少し痛む程度で注意してれば問題なさそうだ。町を出たところで少し迷うがあとはオッケー。前後には一人の巡礼もいない道が続くが膝が痛くないのでとても快調だ。 -
町を出てしばらく歩いて振り返ったら、あんなに大きかったカセレスの町がやっぱりこぢんまりとひと纏まりとなって見えるから不思議だ。日本なら必ず道端にパラパラと店があるとか民家があるだろう。スペインではよっぽどの都会でない限り、一歩町の外へ出ると別世界のように人家がなくなってしまう。
前を向くと一直線の道路の先にはどんよりした雲が厚く垂れ下っているので雨が心配されるが、降られるのなんか膝が痛いのより百倍もいい。このままずっと膝が痛くないことを祈る。天気が悪いのでやってくる車はライトを点けている。 -
今日はショートコースだしどこも痛くないし気分爽快。最初は舗装路だったが、脇道に誘導されると巡礼路らしいのどかな道に代わる。3時間半歩いてもう今日のアルベルゲがある町、カサールデカセレスに到着。ちょっと短かすぎるが、ここを過ぎると少し高い宿賃のオスタルがある町まででも21kmは歩く必要があるので、無理は禁物。折角膝が良くなったのにぶり返したんじゃ元も子もない。
町に入る手前で矢印を見失って迷っていたら、タイミング良く向こうから地元の人がやって来た。教えて貰おうとこちらが声を掛ける前にカミーノはあっちだと教えてくれる。その後も同じように、聞いてもいないのに3人の人が道を教えてくれた。田舎の人は巡礼に親切。 -
通りに面した所に私営の立派なアルベルゲがあったが、もちろん素通り。町の中心部にやってくると目指す公営アルベルゲはすぐ見つかった。窓が全て開いており、まだ掃除中のようだ。道路をひとつ挟んだ向かいのバルが受付らしい。これは情報どおり。
外のテーブルには3人の巡礼親父達が朝飯を食べていた。受付はここかと尋ねたら、中に連れていってくれマスターに何か言っている。やはり掃除に1時間掛かるので、入らずに待っててくれと言われる。テーブルで待っててくれても構わないそうだが、アルベルゲ前の広場には手ごろなベンチがあるので、そこに座って日記を書く。 -
親父達のテーブルに移動して変な英語でお喋り。この人たちは3人組かと思ったら、二人はチャリで一人は歩きだった。私みたいにここに到着してきたんじゃなくて、休憩中のようだ。 服装を見れば分かるが、自転車組は風を切るのでジャンバーを着ていて歩きは半袖スタイル。
自転車は歩く何倍もの距離を走れるから、途中もゆっくりできるのだろう。しかも今日は40kmだけ走るそうだ。ものすごくのんびりした行程だよ自転車なのに。と言うことは、チャリ組はこのアルベルゲに昨晩泊まって、まだ出発してないってことなんかな?
歩きの親父は昨日は50kmも歩いたそうだ。ホントか!自転車の二人より歩いてるじゃん。と言うことは中世の町カセレス見物をしないで素通りしちゃったのか。勿体ないと思うが巡礼スタイルは人それぞれだ。
受付簿を見たら3人の名前があったので、このアルベルゲに泊まってまだ出発前だったのが分かった。なんてのんびりしてるんだろう。年齢も記入されてるので三人とも私より年下だったのも分かる。欧米人は老けて見えるので見ただけじゃ年が分からん。
歩きの人は今日33kmを歩くそうだが、まだこんなところでのんびりしている。夕方までに着けばいいそうだ。私が33km歩く日は、朝からガツガツ歩き始めて午後を回った時間に到着するようにするのだが、こういうスタイルもあるんだなぁと感心する。さすが一日に50kmも歩く人は違う。 -
全員とハグしてから3人とも出発していったので、バルの中に入って受付してもらう。今回最低額の5ユーロありがたや。カフェコンレチェも1ユーロと最低価格だった。アルベルゲに連れてってくれ、ベッドを案内される。中ではまだ掃除のおばちゃんが活躍中だった。おばちゃん愛想がいいしマスターも感じがいいので、とても気に入ったアルベルゲになった。アルベルゲの建物には善し悪しがあるが、管理人の人柄もアルベルゲの大切な要素だ。スペイン人は悪気はなくてもニコリともしないのがいるが(昨日のアルベルゲ)、別に怒っている訳ではないらしい。でもやっぱり笑顔は万国共通のコミュニケーションと思うぞ、昨日のオヤジ。
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アルベルゲの建物は道路反対側にある町役場とそっくりの色使いなので役場関係の公営なのだと分かる。白い建物に赤の窓枠がとてもスペインらしい。
一人巡礼が通過して行ったが、ここの次は21.8km先のアルカンタラのオスタル泊まりか、次にアルベルゲがあるのは33km先のカナベラルだがどうするのかな。体力が有り余っているのならいいが、日程が決まっていて長距離を歩くのなら大変だな。
10時過ぎてからやっと朝食。8Pチーズ4つ挟んで軽くチンしてみる。チーズが程よく溶けてとても美味い。持ち歩いているインスタントコーヒーとジュースも飲む。毎回コーヒーを飲むとゆったりした気分になれるのがいい。精神安定剤だ。いま持っている食糧は他にバナナ3本、チーズ、源氏パイみたいのとビスケット、粉コーヒー、スープの素、粉末ペペロンチーノ3袋と2食は食べられる量がある。明日は日曜日で店は休み、加えて長距離のあいだ村がないので後で食糧追加しに買い出しに行って来よう。ここんとこ野菜不足なので野菜が食べたい。
1時にソロのフランス男性とホセ・ジヌ夫婦が到着してくる。ジヌは腰が痛いようで、明日はタクシーを利用するようなことを言っている。結構つらいようで、広場のベンチの上でストレッチをしている。まだ口を切っていない新品のボルタレンを貸してあげてから、後で塗れるように少し残った方をプレゼントしたら、こちらが驚くほど嬉しがって飛びついてきた。ジヌは若くて痩せてた頃のヒラリー・クリントンに似ているので、若い頃はさぞや美人だったろう。
日本はまだ夜中じゃないので、いつ電話してくれても構わないという友達にメッセンジャーを入れてみたら繋がった。こちらはイマイチ聞こえづらかったが、あちらはスペインからなのに鮮明に聞こえると驚いていた。凄いねインターネット、タダで国際電話どころかテレビ電話が普通にできちゃいます。 -
ただ今昼の3時半。さっきのは遅い朝飯で今度は遅い昼飯兼早い夕飯だ。スーパーDiaから買ってきた冷凍チャーハンにアスパラ缶詰、赤パプリカ。野菜もちゃんと取ってます。
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食べた後、ジヌに乾燥機の使い方を教えて貰う。銀の道は洗濯機が無料のアルベルゲが結構あるが、使い方が分からないので残念に思う時が時々。
隣のベッドにドイツの年配者がやって来た。どうみても70代半ばだ。イタリア・フランス人は自国の言葉しか話さない人のが多いが、英語を話さないドイツ人って初めてだ。でも、知ってるドイツ語は3つだけでもそれを喋れば必ず喜ばれる。 -
初めてみる顔の二人連れとホセ夫婦が立ち話をしている。この二人はベルギーからやってきた夫婦で、このあと何日も一緒になり仲良くなっていくのだが、いまはまだ挨拶を交わすだけの仲だ。
私は誰彼かまわずに声を掛けるが、すぐに親しくなるということは珍しく、2回だとヤァまた会ったねと言うようになり、3回目なら友達みたいになっていく。
銀の道18 Casar de Caceres - Canaveral エディスと再会
5月14日 -
アルベルゲのキッチンで粉末ペペロンチーノをお湯に溶いてスープを作り、千切ったパンを浮かべる。チーズとヨーグルト2個にコーヒーで朝飯。相変わらず適当なごはんを食べているが、食料を持っていればこその朝飯だ。
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ホセ・ジヌ、それに新しい顔ぶれのベルギー夫婦と一緒に7時半にスタートする。昨日同様、今日もなだらかな丘が続くのどかな道だ。ジヌは持っているスティックを担いでみたり振り回してみたり色々な持ち方をしてるのが面白いので、そのスタイルを何通りも撮ってやろうとしたら、その後は2回切りであとは普通になってしまった。ホセは黙々と前を歩いているが、ジヌは朝の内から歩くのに飽きているのかな。
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牧場の中に大きくて丸い窪みが時々見えるので、これは人工的に掘ったものらしい。家畜の水のみ場の気がするが本当はなんだか分からない。だんだん暑くなってきたので道端で半ズボンに履き替える。2時間くらいホセ夫婦と前後して歩くが、途中で軽食を食べてたら見えなくなってしまった。
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湖が見え出した頃に矢印を見失ってしまうが舗装路がすぐ近くを走っていたので歩き易いこっちを選択する。途中に一切矢印が現れなくなったので、間違いに気づくが方向からして目的の村に向かうだろう。このままこれを行ってしまおう。しかし、舗装路は照り返しが強く暑い暑い。
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先のほうで二人の巡礼が大きな橋を渡りだしたのが目に入った。間違った道と分かってても巡礼者を見つけると安心するものがある。どうもこの二人も巡礼路を見失ったことに気づいているようで、渡り終えたところで立ち止まって協議を始めている。私が通りかかったら道の反対側から声を掛けてきたが、何を言っているのか分からないのでバックパックを下ろし、中からタブレットを引き抜いてからガードレールを乗り越えて行ってみる。
「エスパニョラ?」、スペイン人かと聞いた積もりだが「ウンポコ(少し)」と返してきた。スペイン語を話せるかと聞き間違えたらしい。スペイン人ではないのは分かった。じゃぁ英語の人かと思って「イングレス?」にも「少し」と答えてきた。結局フランス人だった。
おばちゃん達はガイド本を持っているが、自分の位置が分からなければ使い物にはならないだろう。言葉は通じなくてもタブレットを見せて、今いる自分達の位置と目的地への道を示してあげる。この付近のmaps.meは良く出来ていて、髪の毛ほどのCaminoが記されていて、もちろん、いまいる舗装路もはっきりと書かれている。タブレットを見せながら巡礼路からは外れているが、この道でも行けるんだよと知っている単語だけで伝えたら安心したようだ。イージーウェイと言いながら舗装路を指差したら納得したようで歩き出した。しばらくのあいだ離れた後ろを歩いていたが、二人が日陰を見つけて休みだしたので追い越してそのままぶっち切る。 -
湖のほとりには閉鎖されたアルベルゲがあった。これはブログでは開業されてたのと閉鎖されてるのとの二通りの情報があったが、歩いた人の時間差で違ったのだろう。閉鎖したんならアルベルゲの大きな看板も撤去しといてほしいな。ここに泊まろうと決めて行ってみたら閉鎖されてるのが分かるとダメージが大きい。このあたりでカミーノは山道に誘導されていたが、どうせ同じ所に行くんだろうと面倒がって舗装路を歩き続ける。
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湖の干上がった所にローマ時代の大きな橋脚が現れだした。かなり崩れてはいるが貴重な遺跡だろうに何の手当てもしてないように見えた。ローマ時代から続く銀の道なので、いちいち沢山ある遺跡に構ってられないのかな。ここで道端でバナナを食べてエネルギーを補給しておく。暑い日だが水もまだ残っているようだ。ハイドロシステムは気に入っているのだが、唯一、残りの水が確認できないのが玉に瑕。チューブの水を吸っている途中に「ズズズズズーッ」なんて音がし出したら恐怖だ。
少し歩くと道は大きく二股に分かれていた。大事な場面なので面倒でもバックパックを下ろしてタブレットのGPSで確認だ。よし、右の道で間違いない。珍しくソロの女性自転車巡礼がブエンカミーノと言いながら追い越して行った。上りだったので自転車も暑そうだなぁ。少し行った先のブッシュで周りを確認することなくトイレタイムを始めたが、もっと奥に入ってやってくれよ。こっちも気を使うだろ。 -
目的のCanaveral村が遠くに見えてきた。村に入って矢印を追って行くと村の中心をかすめて村外れまで来てしまった。そこにはチェックしといた宿があったが、そこは普通のオスタルだった。アルベルゲがある筈なのだが見落としてしまったようだ。また村の中に戻りながら、歩いていたセニョーラに聞いてみると、この人はわざわざアルベルゲの前まで連れてってくれた。ムチャスグラシアス。なんだ、村の中に誘導する矢印に従わないでまっすぐ歩いてくればアルベルゲの前に出たんだった。知らないとはこういうもんだ。
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※お役立ち情報
Canaveralの私営アルベルゲに行くなら、村に入ったら矢印を追わずに幹線道路を北上すると道端に現れます。夕飯は食べなかったので知らないけど朝飯は抜群です。
ここにはメリダで駅を探していたフランス婦人がいた。あれま、この人はメリダから電車を利用したと思っていたが、まだここに居るってことは私と似たような行程で歩き続けていたのか。7日振りの再会だ。もう何回も会っているので日記帳に名前を書いてもらう。Kohler Edith、エディスだ。フランス生まれだがスイス人と結婚してスイスに住んでいるそうだ。年は私より幾つか上に見えるがどうかな?
このアルベルゲはベッド数が少ないこともあって、ほぼ全員が見知った顔だった。昼間道を教えてあげたフランス二人組が見当たらないがビールを飲んでいるあいだに無事に到着してきたので再会を喜び合う。こんなちょっとしたことが嬉しい。
チェックインするもベッドは上段しか空いてなかった、残念。タッチの差でホセ夫婦がやって来た。ジヌは脛に包帯を巻いているので怪我したようだが、言葉が分からないので詳細は不明。怪我の位置から推測すると、石にけつまづいて脛を打ちつけた気がする。自分もよくけつまずくのでその場面は容易に想像が付く。巡礼路には大小の石が限りなく埋まっていて(もちろん中もある)、しょっちゅうそれに爪先を引っ掛けて転びそうになるのだ。自分は転んだことはないが、そこで踏ん張るので坐骨神経痛に響いてとても危険を感じる。
ホセが「あんたはカルテラ(舗装路)を来たのか」と聞いてきたのでホセ達はまじめに巡礼路を歩いてきたらしい。ちょっとズルしたみたいで恥ずかしかった。シャワーを浴びている間にホセ達は居なくなってしまったので、オスタルにでも行ったようだ。今のジヌに上段ベッドは無理だろう。
ここのシャワーは男女別で1箇所ずつだけだが、きれいでボディーシャンプーに普通のシャンプーまで備えてあった。こんなアルベルゲもあるんだな。私営なので朝食付きで18ユーロと高めだが、それなりのことはあるようだ。 -
私の下段ベッドのおっさんは、自分の枕元に荷物を置かないで、本来は上段ベッドの人が置く場所に荷物を大々的に広げていて自分の枕元は荷物もなくスッキリしている。お陰で私は少し離れた場所にバックパックを置かざるを得なかった。他の人のことを考えないやっちゃ。お前ホントに巡礼か?
ここの自販機のビールは1ユーロとバルより安いのが気に入って3本飲ませてもらう。それに寛ぎスペースは一段下がった建物の陰になっているので涼しく快適。隣でエディスがビール飲んでるので手持ちの塩味ビスケットを提供したら喜ばれた。夕食も食べられるそうだが手持ちのバゲットにチーズを3個挟んで昼夜兼用の食事にする。痩せるはずだよ。
今日は33kmと長めだったので46,475歩だった。軽くするために毎年腕時計は持ってこない代わりに時計機能も付いている万歩計を持ってきている。腕時計と比べると数分の1の軽さなのが気に入っている。歩数を記録することは大した意味がないと思ってるが、せっかくなのでほぼ毎日付けてはいる。
銀の道19 Canaveral - Riolobos キャンプ場の宿
5月15日
ここのアルベルゲの朝食は最高だった。宿代が高いのも納得。パンにチーズやハムを挟んで3枚食べ、コーンフレークも牛乳を掛けて食べる。ジュースも2種類飲んで、仕上げにはカフェコンレチェ。普通、朝食があると言ってもパンにマーガリン・ジャム。それとコーヒーがせいぜいだ。下手するとビスケットとコーヒーだったりする所もある中で、チーズ、ハムなどが供されるアルベルゲは初めてかも知れない。同じテーブルに座ったおじさんなんか、チーズを挟んだパンを昼飯用にしようと紙ナプキンに包んで持ち帰った。えっ!その行動からして私の下段ベッドのおじさんか!?朝早く出立するので買い物もできないし、次に店があるのは20数キロ先になるだろう。食料の確保は大切なのは誰でも共通理解しているので小父さんの行動は誰も責められない。私は袋入りのミニカステラを1個貰っておく。
朝7時半から歩き始めるが、赤と白のマークをカミーノと勘違いして山の中に入って行ったら迷ってしまう。フランス国内ではこれがGR65と言ってカミーノの筈だが、ここいらでは別のハイキングルートらしい。でも山の中を15分ほどさ迷っただけで本来の黄色い矢印を見つけて合流できる。あー良かった。 -
前方に冗談みたいな急坂が現れる。しかしカミーノはそこは上らずに、右に折れて行くだろうと安易に考えていたら、その急坂を登らされる羽目になる。ずっと上の方ではフランスおばちゃんのエディスが喘ぎながらも一歩一歩ゆっくりと上っているのが見える。余りの急坂なので、狭い山道だが小さく斜めにジグザグ上りを駆使して登りきり、ほどなくエディスにも追いつく。ゆっくりゆっくりと歩く人で、距離を保って後ろを歩いていくと、リハビリみたいにのんびり歩くことが出来る。
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森の中の小さな分岐にやって来ると、泊まろうと思っていたGrimaldoアルベルゲの看板があった。エディスにはGrimaldoに泊まると言ってあったので、そこで立ち止まって「ここだよ」みたいな事を言ってくるが、まだ9時半なので当然通過する。
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ここはコルク樫の森のようだ。コルク樫はテレビでは見たことあるけど日本にはないので初めて見た時は驚いたが、ここ銀の道にはコルク樫の森があちこちにある。ほかの巡礼路では見たことなかったので、これはこの地方の特産なのかも知れない。コルクにするために途中から木肌がひんむかれた木も見える。こんなことして枯れてしまわないのか心配になるが、その状態で大きくなった樫の木もあるので大丈夫のようだ。
今までも通って来たが、コルク樫が東京ドーム百個分ほどの面積にこれでもかと言うほど植わっている。ワインが水並の国なのでコルクの需要もこれでもかと言うほどあるのだろう。明日帰国するなら落ちているコルク樫の皮を土産にしたいようだが、もちろん今はそんな余裕はない。エディスと前後してコルク樫の森を散歩気分で歩いていたが、途中でエディスは大休止にするらしいので、それからは一人旅になる。 -
今日は開けたり閉じたりする門を何度も何度も通過する日だった。そこへ謎のカップル登場。この二人の歩きパターンはいつも同じで、少年がかなり先を後ろも見ることなく黙々と歩き続け、女性がその後を追っていくというパターンだ。最初に会ったとき女性はニコリともしなかったが、今日は4回目なので笑顔で嬉しそうに話しかけてくれた。スペイン人らしいが英語も喋るので片言のゴチャ混ぜ会話で楽しい。そのあと会ったときは少年だけだったので、女性はトイレにでも行ってるのかと思ったが、その後2回会ったときも少年だけだったのでどうしちゃったんだろう?一本道の巡礼路なので途中に別の道があるとも思えないのだが?益々二人の関係の謎が深まった。
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今日はGrimaldoまでのショートコースの予定だったので背中の水タンクには500mlしか入れてなかったが、そこは通過してしまったので今晩の宿に辿り着く前に水が尽きてしまった。緊急用に持っているペットボトルの水1口分は村の目鼻が付くまで飲まずに我慢する。
今日の宿はルートから少し外れたところにキャンプ場があるという情報を得ていたのでそこを目指す。ここはまったく選択肢に入ってなかったので事前調査ゼロだったが、フランスおばちゃんが泊まると言ってたので行ってみることにした。距離も手頃だし世界遺産があるらしい次のガリステオまで9キロと近いので泊まる人が少なく穴場だそうだ。テント持ってないけどと言うとバンガローがあるようなことを言っていたが、それも良く分かってない。
舗装路に出てから歩き続けると、分岐に意味深な矢印を発見する。黄色じゃないから巡礼路とは違う。これがキャンピング場への誘導なのかなと思い、タブレットで確認するのだが、キャンピング場自体を知らないのでさっぱり分からない。そこへ少年がやって来て無言で通過していった。また女性は一緒じゃなかったので、どうなってるんだろうと謎が謎を呼んだ。 -
この矢印は関係なさそうなので先に進むと大きな建物が前方に現れだしたので期待に胸が膨らむ。近づいてみると壁には巨大な帆立貝が描かれているので間違いないだろう。気をよくして入って行き良く分からないスペイン語ながらチェックインに成功する。キャンプ場なので手続きは勝手が違うと思ったがスタンプも押してくれて似たようなものだった。15ユーロで朝食付き。
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キャンプ場なのでバンガローにでも泊まるのかと思ったが、案内された部屋はオスタル以上のツインルームそのものでセミダブルの平ベッドが2台置いてある。トイレ・バスルームも広くて快適だしバスタオルまで付属していた。これ今回の旅で最高の宿じゃない!?これで15ユーロは涙モンだ。こんな幸運は滅多にないだろう。
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※お役立ち情報
このアルベルゲRiolobos(キャンプ場)は本当にお勧めです。城塞都市ガリステオが近いので泊まる人が少なく穴場なのに施設は素晴らしいしスーパー近いし言うことありません。ただし、巡礼路からは少し外れているようです。
少し遅れてフランスおばちゃんのエディスが到着、私と同じ部屋になる。そのあと到着した夫婦は隣の二段ベッド2台の部屋になったが、私たちの部屋がシングルベッドだったのが羨ましいのか、1ランク上の2階の部屋を所望した。後で値段を聞いたら1部屋40ユーロなので、われわれよりも5ユーロ高いだけだった。
受付のセニョーラにスーパーの場所を教えてもらったら歩いて10分と言われたが5分で着いた。村のスーパーも近くて便利。今回は初めて洋梨に挑戦してみた。皮を剥いて食べるのは想像できたが、念のため店員さんに身振りで聞いたらその場で皮を剥いてラップに包んで売ってくれる。日本もスペインも田舎の人は親切。ほかにはいつものように1リットルビールに生ハム、バナナ、トマト、肉団子缶詰、ヨーグルト4つで6ユーロと少し。細かいのが0.02ユーロ足りなかったらそれは負けてくれた。 -
ビールを冷凍庫に放り込んで建物の写真を撮ろうと表の道路に出たら、向こうからホセが一人で歩いてきた。ジヌは足を怪我しているのでバスを使ったそうでホセは一人で歩き続けているらしい。律儀なやっちゃな。良い宿だからホセも泊まれば的なことを言ってみるが、ジヌと待ち合わせしてるだろうからそうは行かないだろう。キャンプ場受付になっているバルでビールを1杯飲んだら出発していった。ここは巡礼路から外れていると思っていたが、少年やホセも来たのだから満更外れてもいないのかな?ホセとはこれが最後になり、もう会うことはなかった。
エディスがスーパーへ行きたいと言ってるが、今はシエスタの時間だろう。なのでここのバルでビールを飲み始めた。昨日も飲んでいたし、エディスはビールが好きらしい。 -
夕方、中庭のテーブルでエディスと明日以降の相談をする。明日はカルカボソまでの21kmで決まりだが明後日が問題だ。ローマ時代のカパラ遺跡が中間にあるが、次にアルベルゲがある村まで38.6km村なし店なし水なしが続く最難関の日なのだ。来る前から銀の道の脅威は大きな水たまりと、このカパラの38キロ行程だった。このために背中の水タンクを採用したと言っても過言ではない。それがいよいよ明後日に近づいて来た。今からドキドキ。
ブログの情報によると、ルートから4km遠回りになるが中間地点にアルベルゲがあるよと提案して見ると、カパラに着く前にオスタルに電話しておくと車で迎えに来てくれると言う。そして次ぐ朝にまた同じ所まで送ってくれると。その方法もネットで見てはいたが、携帯もない言葉も不自由な私には出来ない相談だった。エディスがその方法を取ろうとしているとはビックリした。それが可能なら願ったりだ。ウィスミーと言ったら通じたらしい。このやり取りは全てフランス語と変な英語スペイン語混じりでやっていて、半分は身振りなのだが何となく通じてしまうから面白い。互いに具体的な目の前の障害をクリアすべく話し合うので、言葉は分からなくても何となくは通じてしまうようだ。
伝わらないのはグーグルの翻訳を使ってとタブレットを渡そうとすると、エディスは入力が嫌だから使いたがらない。私が見当つけて翻訳してみるも2回とも外れ。でも明日は7時半に一緒にスタートすることだけは決まった。 -
その後、ここのマスター(左から二人目)が予約の電話を入れてくれることになった。マスターはフランス語が喋れたのでエディスの言うことは全て通じて、ほかにも私営アルベルゲの予約を入れてくれたらしい。外国人同士で言葉が通じるって素晴らしい。エディスに感謝してビールを一杯奢らせてもらう。
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ワイン片手にやてきたベルギー夫婦も同じように予約を入れてもらっていた。ベルギーって国はドイツ語、フランス語、オランダ語(だったかな?)のみっつの言葉を使う国だと教わった。たぶんそれとベルギー語も。夫婦ともスペイン語が使えて奥さんは加えて英語も喋れる。日本では良くバイリンガル、マルチリンガルなどと言って持てはやされるが、ヨーロッパ人は4カ国5カ国語を喋れる人は珍しくない。欧米の言葉は元が同じなので、きっと方言を覚える程度で習得できる気がする。羨ましい限り。
夫妻は私とエディスがツインルームなのを「ハズバンドが怒るよー(と言ってるらしい)」と、からかっているが、アルベルゲの延長と思えば何てことない。4人で中庭で酒盛りして夫婦とも一気に仲良しになった。 -
お開きになってからエディスがトマトをナイフとフォークで食べだしたのでびっくりした。フランス人ってトマトをナイフとフォークで食べるのか!初めて見たよと、ポーズを取らせて写真に撮る。エディスは嫌々ながらポーズをとってくれる。じゃぁ日本ではどうやって食べるんだと聞いているので普通にフォークで食べるのかなぁと曖昧に答えてみる。どっちにしても日本でナイフとフォークを使ってトマトを食べてる日本人って見たことないよ。あとで真似してナイフとフォークで食べてみたら、これが意外と食べやすくて目からウロコだった。今まで70年近く生きて来てトマトをこうやって食べるのは初めてだった。
遅くなってからアジア顔をした女の子がチェックインしてくる。この子とは二晩ほど一緒の宿になったが、なんとなくきつい顔をしてるので敬遠していたが、話してみるとそうでもなかった。フランス語がぺらぺらなので中国系フランス人かと思ったがカナディアンと言ったのでカナダ人か。そう言えばカナダも英語とフランス語の国だ。おまけにスペイン語も良く喋れるようだ。この子はいつも出発が遅くて、着くのも人一倍遅い。途中に水があると靴下を脱いで足を休ませるそうだ。あなたもやると良いようなことを言ってるが、アルベルゲに到着するまでは落ち着かないので性格的に無理。 -
今日はずっと上り下りで疲れたけど終わってみれば良い一日だった。明日は城壁の町カルカボスを見物したいのでショートコースを考えてるが、風の向くまま気の向くままなのでどうなることやら。広くてきれいなキッチンで今日は2回目の肉団子。初挑戦の洋ナシも美味い。
銀の道20 Riolobos - Carcaboso 二人だけのアルベルゲ
5月16日
Riolobosキャンプ場での朝食は受付も兼ねたバルの中に用意してあった。コッペを半分に割ったトーストに小さなマーガリンとジャムが一緒の皿に載っている。それに飲み物がカフェコンレチェとそれだけ。昨日のアルベルゲの朝食とは行って帰るほどの違い。でもスペインではこれが標準だ。昨日がよすぎたのだ。ありがたく頂く。
7時半、今日はエディスと一緒に出発する。まず昨日の巡礼路分岐点まで戻るようだ。エディスはマスターから近道を聞いていたらしく、こっちだこっちだと自信があるらしい。私は戻るのが近道とは思えなかったが、エディスはちゃんとフランス語で教えて貰ったのだから信用しよう。
キャンプ場から暫くは舗装路を歩いたので向こうからは出勤途中の車が走って来る。車がやって来るとエディスは持っているスティックをピコンと道路側に出すので危ないなぁと思って聞いたら、車が近づかないようにだそうだ。それって効果があるのかなぁ?逆に危険なんじゃ。エディスはフランス語しか喋れないし私はフランス語の単語を10個くらいしか知らないので、お互いの会話はいつも何となく理解するのが常です。 -
昨日の分岐を過ぎてしばらく歩くと道から外れた土の道に入っていく。エディスは「これこれ」と言っているようなので教わった近道を見つけたらしい。
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ずっと高原のようななだらかな道を行くと、遠くにガリステオの城壁が見えて来た。城壁が町の中心一段高くなった所にデーンと構えていて、その周りを民家が取り囲んでいるように見える。今は城壁の外まで人家がはみ出しているが、中世の時代はきっと全ての家は城壁の中で守られていたんだろう。
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近付くと城壁の上にある凸凹が確認できるようになり中々の威容だ。この凸凹は日本の城にはない作りで、この凹凸の隙間から敵に矢を射かけるらしい。町の入り口のバルで謎のカップルが朝食にしていたので、オラと挨拶して通り過ぎる。この二人とも、もう怖いと感じることはなくなって(女性のほうだけね)、会うといつも挨拶するようになった。
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外から見ると凄いが城壁の中へ入ってみると世界遺産と言う程でもないような印象で、古い建物がひとつだけある他は本当に城壁だけが売りの感じだ。城壁の上を歩くのは自由らしいが、上がるための石段は狭く手摺もないので踏み外したら真っ逆さまになりそうなので止めておく。
広場に面したバルが店開きを始めたので休んで行く事にする。コーラ1.4ユーロ。店によってはビールより高い。近くに銀行があったので、そろそろキャッシングしたいので様子を見に行ってみるが、まだ開くには早いようなので諦める。
ベルギー夫妻もやって来てエディスとお喋りしている。日本ではベルギーと言ってるが、夫妻の話すのを聞いているとベージーと発音しているようなので、私もこれ以降はべージーと真似してみる。そうそう、エディスは良く「アーウィ!」と言っているが、これは越路吹雪がシャンソンの「ろくでなし」を歌ってたときに良く聞いたフレーズだったのを思い出す。フランス人って本当にアーウィって言うんだと新発見した。エディスが言ってる場面から想像すると「あらまぁ」とか「あーやっぱり」と言う意味らしい。私も真似して「あらまぁ」の場面でもないのに面白がって時々「アーウィ!」と言ってみるとエディスが呆れたような顔をしている。 -
町の外へ出るところも一旦石つくりの部屋に入り、そこから城壁にくり抜かれた石の門をカクンと90度に曲がってくぐり抜ける作りだった。敵が城門を突破しても簡単に雪崩込めないようになんだろう。本当に城壁で守られている実戦的な町なんだな。
そこからはもうずーっと舗装路を歩き続ける。途中、車でやってきた人が私営アルベルゲのチラシを配っていた。この日の巡礼なんて何人も歩いていないのに車で営業してたんじゃガソリン代の方が高くつくんじゃなかろうか。
次の村に入ってきたので、目的の村に到着したかと思ったが、タブレットで確認したらまだ手前5kmの村だった。この村には私営のアルベルゲがあるようだが勿論通過する。村を抜けるとまっすぐな道がずっと続き、暑さと舗装路に加えて直線道路は余計に疲れる。前が遥か遠くまで見えすぎるのでモチベーションも駄々下がり。 -
舗装路脇の貴重な木陰でベルギー夫婦が休んでいたので、自分も隣で休ませてもらう。15分遅れてエディスもやってきたので、大きな木陰で全員で地べたに座り込んで並んで休む。こういうのも何とはなしに楽しい。
Carcabosoの町に入ってきたが公営アルベルゲはすぐ見つからなかった。エディスと二人でうろうろする。こんな時はタブレットのGPSが頼りだ。電波さえキャッチできれば簡単に見つけることができる。宿を探している途中でベルギー夫妻に会ったので、一緒に泊まれるかと喜んだが、彼らは私営アルベルゲに泊まるそうだ。あのチラシのアルベルゲなら効果があったと言うことか。 -
今日は公営のアルベルゲMAJALAVA。スペイン語のjaはハ行なのでマハラバと読むのか?マハラジャなら分かるがマハラバは間抜けぽい。手ごろな時間2時に到着する。近代的で綺麗なアルベルゲだ。朝食付きで15ユーロ。もうこの値段にも慣れたので驚かなくなった。お陰でユーロの減りが早い。
2時だけど今日の宿泊者は私たちが最初だった。受付簿に書かれているエディスの誕生日を見たら私より半年早い生まれだった。じゃぁ同い年という事か。5・6才上かと思ってたよ。急にエディスが若く見えるようになったからいい加減なもんだ。 -
ベッドルームには2段ベッドが6台一列に並んでいたので、二人して両端の下段をゲットする。端っこが好きなのは日本人だけじゃないようだ。二人の間にはベッドが4台も並んでいる。シャワーは男女共用のが一部屋に2つあるのだが、着替えのスペースがないので入り方を考える。エディスに先に使ってもらい、その間に買い物とキャッシングしに行くと伝える。
銀行はすぐ見つからなかったので、地元の人に教えてもらって辿り着く。今回もどういう訳かATMの操作で失敗する。中にいた行員を呼んで無事に300ユーロゲット。銀行併設のATMだとこんな場合に安心していいのだが、時には道端にポツンとあるATMを利用しなくてはならないので、そんな時は周りに怪しいのが居ないのを確認してみたり、多少は緊張する。手持ちの現金が100ユーロを切っていたので早めに追加できて安心した。銀の道は予想以上に金が掛かるし、これから後は小さな村が数日続くので銀行にありつけない可能性があり、路銀が尽きてしまう心配があったのだ。ここでキャッシングできて良かった。スーパーはシエスタに入ってしまったのでガチョン。
アルベルゲに戻ったら、エディスとオスピタレラが共にランチに行くそうだ。留守は私だけになってしまうので、「巡礼が来たらあなたがオスピタレロね」と冗談を言われる。それも面白そうなので、誰かやってこないかなと期待したが、そういうことはなかった。 -
5時を過ぎたのでスーパーへ買出しに行って来る。今日も1リットルビールに8Pチーズ、串刺しピクルス、たまねぎ1個、スープの素、トマト、小さなパンが6個入ったコッペパン1袋、それとファンタオレンジで合計8.69ユーロ。串刺しピクルスは高いしそんなに旨いものではないのだがたまに食べたくなる。日本の漬物が食べたいからかな。一人だけ残ったアルベルゲで一人宴会をする。
夕方、私営アルベルゲに泊まっているベルギー夫妻が遊びに来たので、みんなで明日の巡礼路探しに行く。黄色い矢印が途切れたところに地元の年寄りが固まっていたので教えてもらう。ベルギー夫妻はスペイン語が達者なので、こんなときは強い味方だ。エディスはスペイン語しか話さない地元の人に対してもフランス語一本で貫き通す。イタリア人の血が混じっているのか? -
こんなに大きくて近代的で奇麗なアルベルゲなのに、今晩の泊り客は私とエディスだけだった。もう5月も半ばで巡礼シーズンは始まっている筈なのに閑古鳥が鳴いている。やっぱり銀の道は歩く人が極端に少ないのが分かる。明日はいよいよ問題のカパラ遺跡を越える日なので武者震いがする(うそ)。
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