2017/04/25 - 2017/07/19
115位(同エリア504件中)
おくさん
歩く歩く歩く2017 銀の道6の26
銀の道26 Morille - Salamanca 歴史の街サラマンカ
5月22日
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- エティハド航空
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Morilleを7時25にスタートする。個人が所有している牧場の扉を何回も開けたり閉めたりしながら丘を3つ越える。牧場では巡礼路を塞いで牛が朝食の時間だ。刺激しないように通らせてもらいます。大きな牛の群れの中を歩くのは緊張するが犬の群れより遙かにましだ。
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最後の小高い丘の上に到達したら十字架が立っていて、何人もの巡礼たちが休んでいた。何でかなと思ったら、そこから遠くにサラマンカの町が見えていたのだ。サラマンカは久しぶりに大きな街だ。銀の道ではスタートのセビージャの次位に大きな街なんじゃないかな。こういう大きな町は遠くに見えてからが時間が掛かる。案の定、町が見えてから1時間半が必要だった。
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町に入る手前から自然に数人のグループになった。大きな町は一人だと必ず迷うので心強い。石つくりの長い橋の向こうには大きな建物が見えている。あれがカテドラルがある旧市内のようだ。ずんずんと進んで行くと道の両側は歴史を感じる重厚な建物に囲まれてきた。観光している人もいっぱいいる。さすが歴史の町サラマンカと言うのが肌で感じられる。
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全員がカテドラルまでやって来るが、そこからはバラけてそれぞれ目指す場所が違うらしい。ドイツの夫婦は私と同じ公営アルベルゲが希望なので一緒に探すことになった。タブレットを出してアルベルゲ探しを始めるとGPSが旨く働いて12時少し前にアルベルゲ前に到着する。
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アルベルゲは歴史的建築物の谷間を通って、アルベルゲ自体も歴史を感じさせる建物に見えた。千年の歴史があるサンチャゴ巡礼路なので、きっと中世の時代からアルベルゲはここにあったんだろう。まるで世界遺産の只中にあるようなアルベルゲに格安で泊めて貰えるので値段を越えた価値が感じられる。
建物は古いが入口の扉は大きなガラス扉なので近代的にリニューアルされているようだ。ここはチェックインが4時なんだよな。遅すぎでしょ。でも入り口前でウロチョロしていたら意外なことに扉が開いてチェックインだけはしてくれるらしい。ここはドナティーボ。ただし、実際に部屋に入れるのもシャワーを使うのもやっぱり4時からだそうだ。バックパックを預けることは出来るが、ベッドルームには持ち込ませないで大きな黒いビニール袋に入れさせられた。ダニ対策らしい。昨年のゲルニカがこうだったのを思い出した。ベッドバグが出るとアルベルゲにも相当な打撃があるらしいので、神経質になっているようだ。お世話になるのに何だけど、年寄りのオスピタレロは少し頭がおかしい爺ちゃんと感じたが変人だけなのかも知れない。どっちにしても余りまともには見えないな。
時間まではどっかに行ってなくてはならないらしい。巡礼定食が5ユーロと激安で食べられるバルを教わったので、まずそこに行って昼飯を食べよう。ドイツの夫婦と貰った地図を片手に探す。行ってみると顔見知りの他の巡礼もやってきていた。みんな私と同じで安いとこがいいんだよな。 -
外のテーブルでドイツの夫婦と食べることにする。巡礼定食には通常、水かワインが選べるのだが、さすがに5ユーロでは水だけだった。私は別料金でビールを頼んだが、夫婦は水にしていた。それでもビール込みで6.5ユーロと安いことには変わりなかった。水が貰えるのなら貰いたいと、あとから水を所望する。ここのミネラル・ウォーターが入ったボトルは小型だったので、これが欲しかったのだ。以後は水切れ緊急用にはこれを持ち歩くことにする。
隣のテーブルに一人で座っている地元の人らしい男が私の方をチロチロ見ているのが気になる。旅先ではどうしても危険回避のためにアンテナが高くなっている。そしたらついに話しかけてきた。この男は日本に行ったことがあって、それで私が日本人だと思って話しかける機会を伺っていただけらしい。この人が訪問した日本のことでひとしきり盛り上がる。と言っても相変わらず片言だけだが。怪しい人じゃなかった。
昨日の頑張りが堪えて朝から疲れてるので、明日はサマランカに連泊して休養することにする。今日のアルベルゲはチェックインが4時。これでは余計疲れが取れない。公営のアルベルゲは連泊は不可なので別の宿を探さなくてはならない。
私が宿の予約をするときはHotels.comというサイトを利用しているのだが、そこは10回利用すると1泊タダで泊まれるという得点がある。いままでその得点を使って泊まったことがあるが、すでに2回目を泊まれるだけのポイントが溜まっている。それをここサラマンカで使おうって作戦なのだ。ここのバルのWi-Fiキーを教えてもらってHotels.comにアクセスして安宿を検索する。1泊無料と言ってもホテル代には制限があって、それまで利用したホテル代の平均が無料の範囲だ。それでいくと私の場合は3.000円弱のホテルしか泊まることはできない。日本の感覚だと、そんな安いのがあるのと思われそうだが、でもそれがスペインやポルトガルにはあるんだな。選んだのはホテル・アメファ。オスタルでなく本物のホテルのようだ。サラマンカの中心マヨール広場から近く、ネットの紹介写真で見てもまずまずのホテルだ。早速明日の予約を入れる。日本円なら2,679円の宿代が無料だが、税・サービス料の268円は持ち出しだ。これで明日はサラマンカで連泊決定だ。今日のアルベルゲは決まっているし気楽さが倍増する。 -
暇つぶしにカテドラルでも見物するかと入り口に行ったら、ここでスタンプが貰えるそうだ。サラマンカのカテドラルのスタンプなら欲しいな。クレデンシャルを取りにアルベルゲに戻るが入り口は施錠されていて入ることはできない。仕方ないので4時まで隣の公園でボーっと待つことにする。
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3時半になったら他の巡礼達もぱらぱらと集まり始めて一か所に固まり出したので私も仲間に入れてもらうことにする。謎のカップルも一緒だ。もうこの頃になると気楽に話もできるようになったし、顔も怖いと思わなくなった。でも相変わらず二人の関係は謎なので妄想が膨らむ。
4時にアルベルゲが再オープンになる。2階がベッドルームなので、みんな下段ベッドを確保したいからマジ顔になって一斉に階段を上がっていく。男女別々で2段ベッドが5・6台置かれた部屋だったが、待っていた人全員が下段になれたので喜ばしい。バックパックは持ち込めないので必要な物をベッドの上に運び込んでおく。これが割と面倒。 -
ベルギー夫婦が到着してきた。相変わらずのんびり歩いているようだがベッドがあれば何も問題ない。仲のいい夫婦で、受付をしているときに旦那が膝を椅子代わりに提供したら奥さんがちょこんと座っている。この夫婦には個室が与えられたらしい。
ドイツの旦那の方が新しい靴を買ったと見せてくれる。どうしたのかと思ったら、今までのトレッキング・ブーツは靴底が真ん中からまっぷたつに割れていた。こんなことになるのか靴って。 -
私の靴は昨年の巡礼で4つの巡礼路1267kmを履き続けた物で、トレーニングも入れると1,500km以上歩いている。今回の銀の道では既に500km歩いているからこの靴で2,000kmは歩いているだろう。爪先辺りは完全に溝がなくなっているが踵の溝は健在だ。滑らないように来る前にカッターで溝を掘ってきたが、その溝が深く掘りすぎた所から崩壊しそうなのが気になる。何とか帰るまで持ってもらいたい。
クレデンシャルを持ってさっきのカテドラルへ行くと、丁度エディスが入るところだった。私のアルベルゲに居ないなと思ったら今晩はオスタル泊まりで20ユーロと50だそうだ。公営アルベルゲの4倍か。エディスはいつも公営アルベルゲに泊まっているのに、今日はなんでわざわざ高いオスタルにしたんだろう。 -
カテドラルは大きくて立派な物だったが、スペイン3大カテドラルのセビージャを見てきたので驚くほどの物ではなかった。入場料4ユーロでスタンプも置いてある。クレデンシャル割引は無いようだった。
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一通り見てから外に出て建物の写真を撮っていたらショートカットの女性が中から出てきた。シャッターを押そうかと言ってくれたので、一緒に写真を撮ることにする。この人はこれで3晩一緒のアルベルゲになるが、若い人だから余り話はしたことなかった(相手にされないと思って)。聞いてみるとアンドレアと同じオーストリアから来ていた。今度はハズバンドも連れてきたいと言ってるので結婚してたのか。ボーイッシュで若く見えるので学生かと思ってた。
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ミニスーパーで食料を仕入れてアルベルゲのキッチンで一人宴会。大きな豆の缶詰を丸ごとスープに入れたので食べすぎ。一緒のテーブルにいた変人オスピタレロに義理でビールを勧めたら飲んだ。腹がきついので珍しくビールが飲みきれないので他の巡礼にビールを勧めてたらオスピタレロがお替りを要求してきた。でも自分が2杯飲むんじゃなくて、もう一人いた女性オスピタレラに上げていた。気がつかなかった、その人にも勧めてあげれば良かったな。
腹がきつい。食べすぎは良くない。金も掛かるしあほらしい。今度からは気をつけよう。
銀の道27 Salamanca サラマンカの休日 -
5月23日
今日は久しぶりの休息日。サラマンカでグダグダ過ごすので朝ものんびり。この部屋は男性部屋だったが、女性部屋のベッドが足りなくなったのか、中国系カナディアンの女の子だけはこの部屋に泊まった。いっつも遅い到着なので、こうして割を食うこともあるだろう。でも普通のアルベルゲは元々ミックスだしベッドがあってよかったね。きつい顔の女の子だけど慣れて来たので愛想がいい。私の腰を良く心配してくれる。この子も今日はサラマンカで連泊するそうだ。私営のアルベルゲでも見つけたのだろうか。 -
8時10にアルベルゲを出る。ホテルと違ってアルベルゲはそんなに遅くまではいられないのが普通だ。このアルベルゲは歴史地区の中に建っているので、出るとすぐに重厚な教会群の中を歩き始める。パチパチ写真を撮りながらぶらぶら歩き、取り合えずカテドラル前の広場を目指そう。そしたら目の前にベルギー夫婦とエディスが立ち話をしている。まぁ良く会うこと。三人ともサラマンカで連泊するそうなので今後の日程も同じになりそうな予感がする。エディスは同じオスタルに連泊するそうで朝から身軽だった。サラマンカでは連泊して観光しようとしていたのか、それでアルベルゲじゃなくて最初からオスタルにしたんだと想像する。
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ふらふら歩きながらカテドラルを一本離れた大きな通りを歩いて行くとオスタル2階の窓からベルギー父さんが声をかけて来た。まぁいい場所に宿を取ったね、カテドラルがすぐ近くだよ。カナダの子が予約したオスタルも夫婦と同じだったのでベルを鳴らしてチェックインできるか聞いているようだが、ネットから予約した場合のチェックインは午後になると言われていた。だったら別のオスタルにしちゃうらしく、すぐ近くのオスタルの呼び鈴を押して交渉を始めている。この子はスペイン語もそこそこ上手に話せるので小回りが利いて羨ましい。我々の殆どは宿に予約する場合は前日にするだろう。バスや列車移動と違っての歩き旅なのでそんなに先まで予測がつかないからそれは仕方ない。本当は部屋を見せて貰っての飛び込みが一番いいのだが、サラマンカのような大都会ではアルベルゲ以外は予約が安全だ。
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町の中に何かの銅像があった。見た感じでいくと、大航海時代の何からしいのは分かる。舟の中で航海士と船長が行先を相談してる像らしい。当時はこうやって文明の遅れた未開の住人を近代武器でもって蹂躙していったんだろう。決して誇れるものじゃないと思うぞ。スペインの暗黒面だろう。かつてジョン・ウェインが活躍するアメリカ映画ではインディアンは開拓者を襲う悪者と決めつけて物語を作っていたが、やがてそれらは自分たちが彼らの土地に踏み込んで犯しまくった歴史だと言うことに考えを改めるようになった。それからインディアン=悪者という映画作りはしなくなったように思える。スペインもいつかそのことを反省する時がくるのかな?
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昨日、ネットで予約したのはホテルアメファ。名前からすると中東系のホテルなんかな?それともスペインがモーロ人に征服されてた時代の歴史の関係か?アメファはマヨール広場を越えた向こう側。チェックインは午後1時だが場所は確認しておきたいので探してみる。サラマンカは古い町なので道路がぐねぐねしているから少し迷う。見つけたホテルは古くてもまずまずの大きさだった。安いからこんなもんかなな感じだが私には十分に見えた。
私は一日この町で過ごすが、サラマンカの情報はほとんど持っていないのでちょっと残念かな。ホテルに入ったらWi-Fiがあるだろうからネットで見どころを探してみよう。 -
ホテルが確認できたので安心してマヨール広場で時間潰しをしよう。広場のいいところは適当にベンチがあって誰が寛ろいでいても構わないと言う所だ。必要なら店なんか回りじゅうにあるし。朝が早いので開店準備をする人たちと徒歩や自転車で会社へ向かう人たちで賑わっている。この広場でしばし人間ウォッチング。そしたらエディスが離れた所を歩いているのを見つける。朝早くから精力的に観光しているようだ。どこに行くのだろう。
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マヨール広場の正面入り口の床にプレートがあり、その先に帆立貝のマークがあるのを見つける。これって明日の巡礼路じゃないか、後で探そうと思っていたのに偶然見つけることができてラッキーだ。大きな町なのでこの先がどうなっているのか迄は分からないが、取り合えずスタート地点だけでも確認できたので明日の心配はなくなった。広場には巨大な像が鼻で逆立ちしたオブジェもあったが、作者はどういうセンスしてるのか気になった。
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マヨール広場の石のベンチで2時間も時間潰ししたけど流石に飽きたのでバックパックだけ預かって貰おうと11時に行ってみたらチェックインさせてくれるそうだが、何か訳の分からないことを言ってるのでHotels.comから送られてきたメールを見せたら簡単に手続きができる。メールには日本語の他にスペイン語でも書いてあったのが良かった。いつもは名前とパスポートだけでチェックインなのだが、こういうスタイルもあるんだなぁ。覚えておこう。気さくなセニョーラにマリアカードを進呈する。部屋は304号室でスペインの3階は日本の4階だ。エレベーターがあるので上階なのは気にならない。ホテルなので部屋にはちゃんとバス・トイレが付属していたし窓もあって明るい。荷物を置いたら早速観光に出かける。
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サラマンカは中世の空気が感じられる観光の町。名前からしてかっこいい。サラマンダーって火竜のことじゃなかったかな?良く似ているけど関係あるのだろうか。観光名所は分からなくても、旧市街はどこに行っても観光客がウヨウヨいるのでその人たちが行く所へ行けば見所があるという事だろうと当てもなく歩いて行く。
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大きなイシドロ教会があったのでスタンプがあるかと中に入って聞くと、カテドラルへ行けと言われる。中をキョロキョロしていると外へ行くように言われたので、向かいにある古い建物に入ってみる。中では何かイベントをやっていて、テレビ中継も入っていた。ここは古い図書館なので、その関係の何からしいがさっぱり分からない。ここにエディスがいて声を掛けてくれる。前の教会が凄く良かったと教えてくれたので、さっき追い出されたけど懲りずにまた行ってみる。
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さっきはスタンプが欲しいと言ったら外に行けと言われたので、今度は入ったら上を見たいという意味で指で上を指したら通してくれた。何でもやってみるもんだ。中には観光客がぞろぞろ居たので、ここも観光名所のひとつだったのが分かった。
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歴史を感じる大きな教会だった。ジグザグの階段で高い所まで上がり、更にその上には大きな筒状の螺旋階段があって、鐘楼の上まで上がれて同じ色で統一されたサラマンカの町が一望できた。凄く良いところだったのでここを見逃さなくて良かった。カテドラルと同等の価値がありそうだが、ここは無料。教えてくれたエディスに感謝だ。
※お役立ち情報
イシドロ教会は無料だけど見ごたえがたっぷりあります。入ることを強くお勧めします。 -
スペイン内戦の記念館みたいのがあったので入ってみる(無料)。AAAみたいな目だし三角帽を被った裁判官の人形がいる法廷が再現してあって、内戦時の裁判の様子のようだが、勿論、字が読めないので詳しくは分からない(泣)。あとでネットで調べたい。昨年「ゲルニカ」と言う映画を見たが、スペイン内戦って隣同士や家族までもが敵同士になって争ったと言う、すっごく複雑な戦争だったのが分かったが、複雑だったらしいと分かっただけだけど。その中でゲルニカへの爆撃があったと言う映画で、恐ろしい物語だった。
隣にはヌーベルモード美術館(?)があったが4ユーロ必要なので無料のお土産コーナーだけ覗いてみる。テレビの何でも鑑定団でも登場したレトロなポスターがいっぱい売られてたので、この絵はスペインだったのかと想像する。勿論、売られているポスターはレプリカ。
カテドラルの裏を回って昨日泊まったアルベルゲまで行ってみる。1時だが入り口扉は開いているのに巡礼の姿はなかった。誰か知り合いでもいるかと期待したのだが、巡礼の姿はなかった。
ホテルで休もうと歩いていたら道端に銀行があったので、まだユーロは200位残っているがキャッシング〆日の26日が近いのでここでやっておこう。そうすれば利息が数日分で済むからが理由だ。サンタンデール銀行では200ユーロが上限だった。これで気がついたが、昨年ポルトガルを歩いていた時に数回サンタンデールでキャッシングしたときはいつも200ユーロしか出来なかったので、物価が安いポルトガルだからだと思っていたが、サンタンデール銀行はスペインでも200しか下ろせなかった。キャッシングは一回ごとに銀行に手数料が取られるのでもうサンタンデールは利用しない方がいいなと思った。 -
ここで、サラマンカには貝の家と言う名所があるのを思い出した。調べたらなんと目の前がそうだったので探す手間がなかった。でも実際に見た貝の家はなんてことない建物だった。ただホタテ貝のオブジェが壁一面に張り付けてあるだけ。何で有名になったのか意味が分からん。
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近くにあったサラマンカ大学の中にも入ってみる。ここはスペイン最古の大学と言うことで歴史的な建物が学校になっているようだ。スペインの歴史の深さに触れられたような気がした。薄っぺらな感想でなんちってだけど。
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腹が空いて来たので観光し始めた時に目にしていたバーガーキングを探してお昼にする。ハンバーガー、ポテト、飲み物で6.95ユーロなので、ハンバーガーの癖にそんなに安くもないな。飲み物はカップを渡されて自分で好きなのを注ぐスタイルだった。何杯飲んでもいいのかな?分からないので1杯だけにしておこう。ケチャップが2つ付いて来たのでお約束通り1つは持ち帰って、スーパーからカット野菜を買った時のために取っておく。これが結構重要。町の中で座れるところは貴重だ。折角イスとテーブルがあるので店内でのんびりと日記を書くことにする。
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2時過ぎにホテルに戻る。このホテルの良い所は浴槽があるところだ。余りしつこく書かないが、未だに坐骨神経痛を抱えているので湯船にお湯を張って治療の積もりでゆっくり浸かる。飽きても我慢して入り続け、汗びっしょになる。この努力が効いて幾らか楽になるといいのだが。
お湯を抜いてから浴槽の中にお座りして足を入念に洗っておく。いつもはシャワーしかないし、アルベルゲのシャワー室って屈むほどの広さもないから足が洗いづらいのだ。座って体を洗うのがこんなに楽だとは今の今まで気が付かなかった。日本はみんな腰かけて洗っているので、それが当たり前だったから立ったままでしか洗えない世界があることを巡礼に出るまで知らなかった。海外ツアーのホテルはみんなバスタブ付きだが安く泊まれるアルベルゲにバスタブはありませぬ。
それで気が付いたが、欧米の人って体を洗う時はどうしてるんだろう?良く映画やテレビで見るのはバスタブを泡だらけにして浮かれている光景ばかり目にするが、あれで体を洗ったことにするんだろうか?それで上がるときにシャワーで泡を流しておしまい?本当のところは知らないが、日本人の感覚としたら何か嫌だな。知らないけど。 -
湯上りにフロントに行って、ホテルの高い缶ビール2ユーロを買う。愛想の良いおばちゃんセニョーラの写真を撮らせてもらったら、逆にムチャスグラシアスと言われた。なんでかな?
夕方、食料補給のためにスーパーを探しに出かける。マヨール広場を通り越したところに小さなスーパーを発見。めずらしくインド人の店のようだ。ヨーグルト4、バナナ2、オレンジジュースとトロピカルジュースを買う。そしたらナマステと言われたので、確かありがとうの意味だったと記憶しているので、こちらからもナマステと言ってみると嬉しそうだ。まさか私を同じ国の人と思ったんじゃないだろう。きっと誰に対しても買ってくれて有難うの意味でナマステと言うんだろな。ナマステの本場の人から言われたのは初めてだったので、こんな些細なことだけどちょっぴり嬉しかった。
昨日の食べすぎがまだ効いていて腹が重いので、夕飯はヨーグルトだけ食べておく。胃が小さくなったのか、いつまでも食べすぎが解消されない。腹が減るのも辛いが食べすぎも辛い。
セビージャからサラマンカ迄が504km。銀の道は全部で1,007kmあるのでここまでで調度半分歩いたことになるようだ。それなので休養日は良いタイミングだった。久しぶりの一人部屋でゆったりのんびり豪勢な気分を満喫する。あんまり居心地がいいので、2、3週間に1回くらい贅沢してもいいかなな気分になる。節約はしているが金が無い訳でもないので考えてみても悪くない。(ホントかな?)
アルベルゲは私営の高いのは15ユーロ。このホテルは22ユーロ。ホテルより安いオスタルだとアルベルゲと殆ど変わらない部屋もある。銀の道はアルベルゲと一般の宿の差が幾らもないようだ。
私はサラマンカ連泊だが、アンドレアは次へ進んで行ったのでもう会うことはないだろう。1日平均40kmも歩くそうだから絶対に追い付けない。ほんわかとする良い出会いだった。代わりでもないけどエディス、ベルギー夫婦、中国系カナダ人の女性がサラマンカで連泊している。宿は別々だけど、このメンバーはちんたら歩くので暫くは付き合えそうで楽しい予感がする。他にも数人の顔見知りと観光中に挨拶を交わすことができた。サラマンカの休日は大成功だった。
銀の道28 Salamanca - Calsada de Valdundel その名はギャエレ
5月24日
サラマンカ・ホテルアメファ。7時から浴槽にお湯を張って腰のために半身浴としゃれ込む。こんなことするの初めてだが、こんなことが出来る宿も初めてかな。まだ若干腹が重たいのでヨーグルト2個と残りのオレンジジュースを飲んで軽めの朝飯とする。
8時出発。昨日見つけておいたマヨール広場出口にある道標を踏んで歩き始める。キョロキョロしながらも大きて迷い易いサラマンカの脱出に成功する。昨日一日休養日にしたので疲れが取れている筈だが妙に体が重くバックパックも重たく感じる。休養日に身軽な格好で歩いたので感覚が狂ったか? -
スペインにある丸い建物は殆どが闘牛場だ。日本で言えば国技にでもなるんかな?でも闘牛は野蛮だし動物愛護の観点からも問題だとして、現在ではスペイン国内でも賛否両論あるそうだ。バルのテレビで闘牛中継を見たことがあるが、確かに残酷極まりなく唖然とした。
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スペインで町の境界を示すのは上のような看板だ。サラマンカの看板だが、サラマンカから出る時は赤い斜線があって、入る時には町の名前だけが記されている。最初見た時は斜線の意味が分からなかったが慣れると分かりやすいし、あ、いまサラマンカを出たんだなとハッキリ分かる。
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曲がるところの表示が不鮮明だったので巡礼路を見失う。そのまま歩いて行く途中にCastellanos de Villiquera村の表示があったので、巡礼路とは違うが表示に従い曲がることにする。自分の方向感覚とは違っていたが、GPSで確認したら間違ってなかった。どうも自分の勘はあてにならない。
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12時にCalsada de Valdundel村のアルベルゲ到着。2段ベッドが4台、定員8名だけの小さなアルベルゲだ。エディスに謎のカップルと他にも巡礼が既に入っており、下段ベッドは空いてなかった。残念。上のベッドに寝袋を広げていたところ、謎のカップルの女性が私の腰を気遣ってくれ下段と交換してくれると申し出てくれた。素直に好意を受け取らせてもらう。ありがたや。歩き出せば絶好調になるのだが、座るとテキ面なので上段ベッドの上り下りはまだ恐怖だ。
ここは早い時間から開放されていて、巡礼は好きな時間にやってきてベッドやシャワーを利用できる私の大好きなスタイルだ。オスピタレラは後からやってきてチェックインできる。今日の宿賃は5ユーロ。銀の道の中盤までは高いところが多かったが、ここいらから下がると言うならありがたい。 -
村のスーパーを探して今日も1リットルビールにトマト、平たい桃2、ヨーグルト4、でっかいパプリカと卵3個で4ユーロ。パプリカを刻んでぺペロンチーノの素で味付けして卵を入れる。今日は即席ベジタリアンになってみる。食べすぎ注意報発令中なので丁度いいくらいの量だ。ひとつしかないテーブルで、みんなそれぞれ自分たちの食料を食べる。
謎のカップルに日記帳に名前を書いてもらう。Gaelleはギャエレと読むそうだ。顔も迫力あるが名前も凄かった。ギャエレも私に対して(多分あらゆる人に対して)警戒心が無くなったのか、いつも笑顔で接してくれるのでもう怖いと思うことはなくなって、会えば親しみさえ湧くようになった。少年はLoanでロアナと読むらしいがハッキリしない。 -
一眠りして起きたら、エディスが7時のミサに誘ってくれるので付いていく。ギャエレとカナダのおじさんも一緒に村の教会まで歩いて行く。今日は水曜日とド平日にも関わらず教会の中は地元の人たちでいっぱいだった。60人くらいはいるようだ。田舎の人は信心深い。ミサが終わったと思ったら、後ろの方から男性コーラスが始まった。前の席には女性が陣取っていて、それに呼応して女性のコーラスも始まる。互いに掛け合いのように歌い、男女コーラスの立派なコラボだ。この教会は男女の席が前と後ろにハッキリと分かれていたことをこの時気づく。この片田舎の小さな教会では、きっと何百年もこうやってミサの後にコラボをしてたんかなぁと想像した。
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帰りに、男女の席が前と後ろだったとギャエレに言ったら、フランスも昔はそうだったと教えてくれた。そうそう、ギャエレはスペイン人かと思っていたがフランス人だった。もちろん少年もフランス人。でも怖くて二人の関係は聞けなかった。何が飛び出してくるのか想像できないし、どう考えてもこの二人の組み合わせは異常だったから。
ギャエレが日本のミサはどうなんだと聞いてきたので、日本は昔は家族でも男女は左右に分かれていたけど今はミックスと答えたら、フランスも同じだそうだ。みんなで途中のバルに寄ろうと言うので私は2ユーロのコーラを飲んでみる。高いコーラだな。スーパーのビールなら2リットルだよ。
アルベルゲに帰るとエディスがトマトと豆のスープで夕飯にしてるので、私は前にエディスがやってたのを思い出して、ナイフとフォークでトマトを食べてみることにする。意外と食べやすいのに驚いた。こんな簡単なことなのに生まれて初めてやってみるのだから身に付いた習慣とは恐ろしいものだ。
毎朝早く出立するエディスがバックパックの詰めなおしを始めたので私も明日の準備をしておくことにする。暗いうちに出発する人は寝ている人を起こさないようにバックパックをキッチンなどに運び込んでやるのだが、真っ暗なベッド周りをライトで照らしながらの準備だと忘れ物の危険度が増す。明るい前日にできることはやっておくのが肝要だ。エディスは明日の宿は私営アルベルゲを予約したそうだが、私は当然のことながら安い公営を目指す。
いつも枕の下の入れておくタブレットが凄く発熱していたのを発見する。こんなに熱くなったのは初めてだ。電源を入れたらバッテリーがゼロで立ち上がらない。何の理由か分からないが暴走したようだ。すぐには電源が入らなかったが、運を天にまかせて充電をしてから電源を入れたら無事に起動してくれたので助かった。このタブレットには地図情報からアルベルゲの位置、旅に必要な各種テキストデータが入っているので巡礼の必需品なのだ。起動しなくなった時の対応策をあれこれ考えてしまった。
銀の道29 Calsada de Valdundel - El Cubo del Vino 今日も一緒
5月25日 -
7時20に表の柵を開けて一人で出発。ギャエレ達以外全員が既に出発していた。村はずれに来ると早速矢印がなくて巡礼路を見失う。自分の勘ではまっすぐがカミーノなのだが四つ角なので間違った方に行ったら面倒だ。誰か来ないかなーと辛抱強く15分ほど待っていると、やっと村人がやってきたので教えてもらう。私が想像していたのとは別方向を教えるので、タブレットで確認すると今日はGPSの機嫌が悪くて電波が来ない。次の手段はタブレットに入れてあるコンパスアプリだ。これはGPSがあるので使わないだろうなと思っていたが、やっと出番がやってきた。村人が教えてくれた方角が真北だったので、次の村があるサモラ方面だから合っているようだ。勘で歩き始めないで良かった。教えてくれた道をやっと歩き出すことができる。
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ずーっと矢印が現れないので、方向は合っているが巡礼路ではないらしい。1時間ほど歩いてやっと矢印を確認できたので一安心する。歩いてきた方は舗装路で矢印を見つけたのは並行している土の道だった。二つの道が接近したので矢印を発見できたと言うことだ。こっちの舗装路はやっぱり巡礼路ではなかった。きっと出発した村の中で既に巡礼路への矢印を見落としていたのだろう。何気なく歩き出してしまうとこんなことが良くある。でも方向さえあっていればいつかは巡礼路と交わるのでそんなに心配することでもない。危険なのは方向違いへ行ってしまうことだ。それからは土の道を歩き続ける。
1時間半歩いたところにポツンと一軒だけあった私営アルベルゲから巡礼者が出てきたので声を掛ける。泊まったのかと思ったら「カフェコンレチェ」と言ったので、コーヒーを飲んでいただけらしい。そう言えばこの人も昨晩一緒に泊まってミサに行ったカナダ人だったかなと思い出した。欧米人の顔はアジア顔と比べれば特徴があるのに、すぐ忘れてしまう。ネイティブの英語を聞き取ろうとすると難解で気持ち悪くなる。
久し振りに行く手を沼に阻まれる。小さな沼の向こう岸には巡礼路が続いているのが見えているから、水量が少なければここを渡って行けるのだろう。今日は見た所腰までの深さがありそうなので、とてもじゃないが越えられない。それに水草や葦が生い茂っているので気持ち悪い。こういう場合、普通は少し戻れば迂回路が見つかるのだが、川状に長く続いているので近くには渡れそうな所はまったく見当たらない。そう言えば50mほど戻った所に2方向を記した看板があったのを思い出した。そこへ行ってみると、アグア(水)の文字と矢印が描かれてあった。察するに、増水して越せないときは右に行けと言う意味らしい。最初に通りかかったときは本線と思われる方の矢印に従ったので、この看板は気に留めなかったが、こう言う意味だったのか。この辺りの巡礼路を管理してくれている人達に感謝だ。ここに橋を架けてくれるともっと感謝なんだがな。 -
矢印に従いグルーッと大回りする。大きな陸橋の上を歩かされて沼と化した湿地帯を上から見下ろしながら通り越すことができる。どうせならこのまま舗装路を行ってもいいなと思っていたら、300m程歩いたところに看板があり、今度は左の狭い道に誘導してきた。ショートカットせずに越せなかった沼を渡りきった所までご丁寧に誘導してくれてたので癪にさわった。さっきは感謝したのに何て奴だ>自分。
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すごく暑い日で、日陰のない同じような道をうんざりするほど歩き続け、久しぶりに見つけた木陰で休んでいたら、その前をギャエレ達が通過して行った。相変わらず少年が先行してギャエレが少し離れた後に続いている。ギャエレが「ワンキロメートル」と声を掛けてくれる。あと1キロか、すぐじゃん。ギャエレはこんな細かい地理が分かると言うことは、良いアプリでも入れてるのかな?
El Cubo del Vino村の入り口に到達する。暑い日なので水が尽きないか少し心配だったが節制しながら飲んだので持ってくれた。二人は村に入る手前にあった大きな看板の私営に行くようで道から外れて行ってしまった。仲良くなったので一緒のアルベルゲがいいが、私は今日も安い公営を目指す。村の中に入って行ったところに第一村人発見。アルベルゲを教えてもらって行ってみると、そこは私営のFyMだった。うーん、ここじゃないんだけどなと本通りに戻ってみたが、暑くて探すのが面倒になったので、もうここでいいやと今来た道を戻ってアルベルゲの中に入っていく。 -
日本で言えば「土間」を通り越した先の部屋には昨日のカナダ人とベルギー夫婦にエディスまで居たのでテンション急上昇。こっちにして良かった。それに初顔のコリアおばちゃんがいた。みんな揃ってアルベルゲのセニョーラから明日の行程を教わっている最中だったので私も同じテーブルにつく。すぐウェルカム・ドリンクを振舞ってくれた。何が飲みたいか聞かれたので、暑い中をヒーコラやって来たんだから、ここはビール以外ないでしょう。つまみまでくれた。セニョーラは詳しい良い地図を持っていたので、詳しい地図を持っていない私はそれを10ページくらいデジカメで撮っておく。でもこの画像を見返すことは一度もなかったのだがちょん。
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上の地図の写真、こんだけ事細かく書かれている地図が出発地点からサンチャゴ迄ずーっと続いているようだ。これを持っているなら、先ほどギャエレが教えてくれた「あと1キロ」と言うのも頷ける。こんな地図が現地に来る前に日本で手に入ればどんだけ助かるか知れないと思うが、ネットで買えたとしてもこれと同じ詳しい地図とは限らないだろう。注文して届いたのを見たら文字ばっかりだと言う可能性を考えたら、やっぱり手に取って確認してからでないと買いたくない。しかし日本の本屋に置いてある可能性は限りなくゼロだろう。と言うことで、私は毎度のことながら地図はあるような無いような巡礼になってしまう。でもそれでも何とかなってしまうのがサンチャゴ巡礼の良い所だ。(負け惜しみ)
シャワー室にはシャンプーのでっかいボトルが置いてあったのでありがたい。手持ちの石鹸ひとつで全て賄っているので減りが激しいのだ。何かと親切なアルベルゲなのはすぐ分かった。ここFyMにして良かった気がした。ただ洗濯だけは土間にある大きなタライひとつでやらなくてはならなかった。水は離れた水道からホースで持ってこなくちゃならないから使いづらいことこの上ない。洗ったのを土間に渡してあったロープに干しておいたら、いつのまにかセニョーラが外の陽の当たる所に全員のを掛け直してくれていた。ほんと親切なセニョーラだな。 -
スーパーの場所を聞いたら、すぐ近くにある同じ名前のスーパーFyMに連てってくれた。同じ名前だし兄弟か親戚が経営しているようだ。大好きな1リットルビールはなかったので缶を買う。8Pチーズにコーラ、ヨーグルト4、バケットパン、大きな桃缶に瓶詰めのアスパラで10.9ユーロと大量買い。明日の村には店がないとの情報なので多めに買っておく。今日も安上がりに買った物を受付のテーブルで食べる。ここの受付ルームの天井には今まで泊まった巡礼たちの写真が所狭しと張り巡らされていたので、人気のアルベルゲなんだなと分かった。
銀の道30 El Cubo del Vino - Villa nueva de Campean ヒョウ稲妻
5月26日
6時からベルギー夫婦、エディス達と各人持っている食料で朝メシ。雨装備をして小雨の中を7時10に出発。暗~い。雨降りなのに朝焼けになってる妙な天候。 -
カナダの男性と一緒にスタートしたが、この人は歩くのが遅いのでさっさとぶっちぎる。相変わらずのんびり歩いているベルギー夫婦を抜き、暫くいった先でコリアのおばちゃんと少しの間喋りながら歩く。この人とは昨日が初対面だったが、前に仲良くなった韓国男性を知っていた関係ですぐ打ち解けられる。おばちゃんだけど私より幾つも若いようだが勿論そんなのは聞かない。英語が達者だがコリアの喋る英語は聞き取りやすいので楽しく会話ができる。でも私の知らない単語が出てくるとそこでストップするので勘弁ね。
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雨は段々と強くなってきて、遠くで雷が光っている。それも横に走る稲妻が見えるので、高い山でもないのに変だなぁと思った。あんなのがこっちに来なくちゃいいがと願う。見渡す限りの大平原なので、隠れる所なんかないから、雷がこっちに来たらそれこそ恐ろしい。段々おばちゃんとの距離が開いてきて、そのうち一人旅になる。
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エディスに追い付いた頃から雷が激しくなり雹(ヒョウ)まで降ってきた。イテテテテだ。運良くすぐの所に枝を張った木があったので逃げ込む。5分ほど木の下でヒョウ宿りするが、エディスはサバビエンとか言いながら歩き出してしまう。雷は恐いけど雨は平気のようだ。しかし、本降りの中、粘土質の丘が続く泥道なので慎重に歩かないと滑って転んで偉いこっちゃになりそうだ。一番酷い状況の時に二人なので精神的に助かった気がした。そう考えるとコリアのおばちゃんは一人でこの天気の中を可愛そうだな。
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エディスと矢印のない分岐点で協議している最中にコリアのおばちゃんが追いついてきて、その後は仲良く三人で一緒に歩いていく。ほどなくアルベルゲの有る村にたどり着く。窪地にある村は突然姿を現すので拍子抜けする。今日はこんな天気なのでショートコースで助かった。
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村に入ったすぐの所に私営のアルベルゲがあって、エディスはここに泊まるそうだ。私とおばちゃんは今日も安い公営だ。小さい村だが公営の場所が分かりづらかったので村人に教えてもらったら、看板も何もない脇道に入った所だった。管理人はいないけど扉は開いていて好きなベッドも取れるしシャワーも使える。一番好きなタイプのアルベルゲだ。
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エディスが後からやってきた。あれ、私営はどうしたのと聞くと、レセプションに居た男の態度が悪かったようだ。ギーギーと妙な擬音を出してそれを表現している。それでこっちに来たと言うことか。今日は全員泥まみれだが皆一緒なのでそれも楽しい。ベッドはまだガラガラなので勿論エディスの下段ベッドもオーケーだ。毎度のことながら、エディスはフランス語しか喋らないので毎回全て想像力で理解しています。
外から戻ってくるとコリアおばちゃんが男性用シャワー室から出てきたところで私とバッタリしたので慌てている。女性用のシャワーはいつまで経っても水しか出ないので男性用を使わせてもらったと申し訳なさそうに釈明している。アルベルゲなんか男女兼用が普通なので全然オッケーだよと伝えた(つもり)。 -
熱いシャワーを浴びて、ついでに洗濯。午前中の苦労が嘘みたいだ。太陽も顔を出してきたので折り畳み式の物干しを道端に広げて洗った物を広げておく。欧米では洗濯物は家の中に干すルールがあるらしいが、ここはアルベルゲ。道端に干しても誰も何も言わないし、これが自然(ホントかな)。
エディスとおばちゃんが先に行ってる村唯一のバルへと足を運ぶ。そこには2日一緒だったカナダ男性と若い女子がトスターダ(トースト)の昼飯を食べ終わったところで、これから次のサモラへ出発するところだった。 -
女子のバックパックの背中に面白いものを発見。マッサージ、ドナティーボと読める。この子はマッサージをして路銀を稼ぎながら巡礼しているようだ。エディスが腰が痛いんだからやってもらえばと目でサインを送っている。でも坐骨神経痛はマッサージじゃ治らないだろう。もみ返しと言うのがあるそうだから、逆に悪くなったらそっちの方が心配だ。面白い背中の写真だけ撮らせてもらい、ブエンカミーノと言って送り出す。
エディスはここで定食を食べるそうだが私は食料があるのでアルベルゲに戻ってバゲットにチーズとコーヒーで軽い昼飯にする。コリアおばちゃんも同じテーブルで似たようなことをしている。おばちゃんも私と同じ節約巡礼なんだね。
2時間遅れてベルギー夫婦がやっと到着してきた。歩くのが人一倍遅いのに道に迷ってずっとカルテラ(舗装路)を歩いてきたそうだ。天気が悪い中、距離も長くて大変だったらしい。2段ベッドが5台の小さなアルベルゲだが、夫婦の分も下段がぴったり空いていたので良かった。 -
パンを食べてはみたけど、どうも物足りないのでまたバルへと足を運ぶ。エディスと一緒のテーブルに、いつの間にか到着していたギャエレ達も座っていた。二人はプレート料理を食べていたので、幾らなのか聞いたら6.5ユーロと安いのでそれを頼むことにする。それとグラスのビール。ベルギー夫婦もやってきて、私含めて6人でひとつのテーブルを囲む。全員がフランス語なのでちんぷんかんぷん。
ギャエレ達はこれからサモラまで歩くと言っている。えーっ、ここからサモラまで19kmもあるんだよ。分かってるの?現在3時なので歩くのが早い二人でも到着は8時前後だろう。正気か!それなのに急ぐ風でもなく呑気にお喋りを続けている神経がわからん。少年にサモラには何時に着くのか聞いたら、少し考えてやっぱり8時と言っている。事態を理解はしてるようだ。サモラのアルベルゲには予約もしてないって言うし、ギャエレがスペイン語を話せるのでそれで気楽でいられるんか? -
夕方になったら(と言っても5時はまだ真昼間)トラックの販売車がアルベルゲの隣にやってきたのでみんなでお買い物。でもさすがに品薄。ヨーグルト4つで2.95ユーロもした。移動販売だから仕方ないんか。オレンジジュースは6個単位でないと売らないと言うので諦める。ヨーグルトは果実が入っていて美味かった。ただ高いだけじゃなかった。
コリアのおばちゃんに日記帳に名前を書いてもらう。ハングルでカンヨンソンと読むらしい。64歳なので私より3つ年下か。和風マリアカードを進呈する。首を虫に刺されて赤くしているので友達の開業医が持たせてくれた塗り薬を貸してあげる。日本に帰って来てから日記をパソコンで起こしていたらおばちゃんはメルアドを書いていてくれたのを見つけたので写真を送ってやれ、返事も貰える。 -
またみんなでバルへ行く。何しろ小さな村なので、村唯一のバルしか遊ぶところがない。3人でコラカオを飲んでいるとギャエレ達がやってきた。あれ、サモラに行ったんじゃなかったのか。さすがに無謀と思ったようで、この村の私営アルベルゲにチェックインしたそうだ。それが正解だよ。ビールをエディスと私に奢ってくれチンチンしようと言っている。チンチンはイタリア・フランス語で乾杯らしい。サモラへのハード歩きがなくなったので気が楽になったのかも知れないな。この写真はギャエレとエディスが楽しそうに笑っていてお気に入りの一枚になった。
8時に管理人がやってきて、やっとチェックイン手続きができる。ここは5ユーロと安かった。やっぱり歩き始めた頃より宿代が安くなっているらしいので嬉しい。
歩く歩く歩く2017 銀の道7へ続く
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