2017/04/25 - 2017/07/19
127位(同エリア514件中)
おくさん
歩く歩く歩く2017 銀の道5の21
銀の道21 Carcaboso - CAPARA - Hostal Asturias カパラ遺跡
5月17日
起きるとキッチンには既に朝食の用意がしてあった。オスピタレラさんは昨晩のうちに用意してから帰ったらしく誰もいなかった。エディスは一足先に起きて、朝食を食べるとさっさと出発して行った。いつものように歩みが遅いのをこうやってカバーするパターンのようだ。キッチンのテーブルにはコーヒー、ミニカステラ、クッキーにジャム2種類が置かれている。乾きもんばっかだが思ったより種類があったので楽しい。パンをトーストにして2枚食べる。スペインのトースターは日本と違って一風変わった形をしているのがあるが、写真がないのが残念。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- エティハド航空
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エディスより30分遅れて7時15に出発する。この間隔ならエディスには2時間で追いつくだろう。この時間でやっと薄明るくなって来るくらいなので、エディスが出発した頃は真っ暗じゃなかろうか。それでも歩くのが遅いので頑張って毎日朝早く出発しているようだ。偉いぞエディス。
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早速道を間違えて往復30分のロス。歩いていると後ろからトラクターがやって来て隣に止まった。ここはカミーノではないそうだ。あれーそんなー!どこで間違えたんだろう。親切なトラクターのおじさんにお礼を言って引き返すと、15分ほど戻った分岐点には確かに道標が置かれていた。反対側のこちらから歩いてくれば見えるが、向こうから歩いてきたのでは目に入らない位置だろう。おまけに銀の道を示す黄色い色は歩いている人からは見えない裏側にあった。これではひたすら前を見て歩いている人は見落とすのが当たり前だ。道標も半分壊れている代物だったので車にでもぶつけられて道路の端に無造作に置かれたのかも知れない。結果、たくさんの巡礼が迷うということに。
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トラクターの人に教えてもらわなかったら一体どこまで行ったかとゾッとする。私の前にいたドイツ人も戻って来た。「ファーマー バック セイ」と言っているので、やっぱりトラクターに教わったんだ。二人してあっという間に間違えるんだから、あの道標はさっさと直して貰いたいもんだが田舎の人は総じて巡礼に優しいのでありがたや。
牧場の柵の向こうで大きいのと中くらいの犬が吼えまくっている。気にしないで通り過ぎたら後ろに気配を感じる。大きい奴が柵を越えてすぐ後ろまでやって来て吠えていたのだ。振り向いたらすぐ踵を返して腹を擦りながら無様な格好で柵の下をくぐって戻っていった。近づいて吼えれば慌てて逃げ出す人がいるのだろう。それを追いかけるのが病みつきになっていると思われる。誰かがこっぴどい目に遭わせてやると懲りるだろうが、普通、巡礼はやらない。 -
今日もコルク樫の森を歩く。ところどころにずっぱり皮が剥かれている木があって痛々しい。
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ベルギー夫妻に追いつたと思ったら、エディスもそのすぐ先を歩いていた。予想通りスタート2時間後に追いついた。坐骨神経痛を抱えている私よりも三人とも足が遅い。私は立ち上がったときこそ変な格好をしているが、歩き出せば数分で絶好調に変身するのだ。
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この森を4時間以上歩き続けると突然視界がパッと開けた。本日のと言うか銀の道のハイライト、ローマ時代のカパラ遺跡に到着したのだ。時間はまだ12時10分、まずまずのペースだった。カパラは銀の道のほぼ中間点、やっとここまでやって来たとの思いで、ひとしきり写真を撮りまくる。女性の自転車巡礼2人組がいて、お互いにシャッターの押しっこをする。この二人のおばちゃんはスイスの人らしいが、バルセロナを出発してセビージャ経由でサンチャゴを目指しているらしい。それだと凡そ2,000キロは走るんじゃなかろうか。小柄な女性なのに凄いパワーだ。
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少し遅れてエディスが到着してきたが、ベルギー夫妻はずっと後ろを歩いているらしく、ぜんぜんやって来る気配がない。この夫婦は歩くのが遅いことに加え、しょっちゅう立ち止まっては相向かいになってお話をしているので遅いことこの上ない。夫妻も今晩は私たちと同じオスタルを予約済みなので、安心していつにも増してのんびり歩いているんだろう。
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私は有名な所に来ると可能な限り自分の手で直接触って確認している。可能な限りね。勿論触ってはいけない所には触りませんよ。そしてその模様を写真に撮って記念としている。金も掛からないし良い方法と思いませんか?
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さて、エディスが言っていたオスタルが迎えに来てくれると言う手筈はどうなっているのだろう。来るまではまったく知らなかったが、カパラは小さな丘を越えた向こう側に博物館があって、そこに迎えの車がやって来るようだ。そこでは当時の再現CGを見せてもらえた。今は廃墟になっている遺跡だが、当時は大きな町で随分と栄えていたのが分かる。夜は無人になりそうだが大き目の博物館なので、ここで野宿という手もありそうだ。
※お役立ち情報
村のない区間38kmを一気に歩く自信のない人は、ここでHostal Asturiasに車で迎えに来て貰うか、この博物館の屋根の下で一夜を明かすこともできそうです。博物館はカパラの門からは見えなくて丘を越えた向こう側です。オスタルへの電話は博物館の人に頼むこともできそうでした。きっとここなら水くらい手に入るんじゃないかな?どうしても不安な人は前日に泊まった管理人さんに電話でお願いしてもらうのが良いと思います。 -
ここにオスタルから迎えが来て翌朝またここに戻してくれると思ってたけど朝はオスタルから歩き始めるらしく、オスタルからは青い矢印が巡礼路まで続いていて1時間ほどで黄色い矢印に出会えるそうだ。聞いてた話とは違うようだが、それでも巡礼路に戻れるならオッケーだ。他にもう一人、フランス人のソロ巡礼おじさんが同じように迎えの車を待っていたが、結局ベルギー夫妻はこの車には間に合わなかった。
迎えに来てくれた運転手は、道路沿いを黙々と歩いている巡礼に運転席からなにやら声を掛けているが、巡礼の方は乗る気が更々ないようで手を横に振っている。あの人は一日で38キロを歩きとおす人だ。歩き続けるその姿を尊敬の念で見送る。
一日40キロは私も歩いたことはあるが、ここは宿がないのは勿論、村なし店なし水もなしの区間だよ。エディスの提案がなかったら、私もこの区間は決死の覚悟で臨まなくてはならなかったところだった。でも、このハードな区間を歩きとおす勇気ある人を見送って、もし2回目があるのなら、私もあの人の様に一日で歩きとおしてみたいと思った。あればね。 -
オスタルに到着してみると、回りにはまったく家がなくアメリカ映画に出てくる荒野のドライブインみたいな宿だった。エディスが気を利かせてくれてツインルームになったお陰で一人16.5ユーロと格安。フランスおじさんは一人部屋なので少し高いようだ。同じフランス語を喋る人が一緒に到着したのに、言葉の通じない私と同じ部屋にしてくれるなんて考えたら変なの。私を信用してくれるエディスに感謝だ。銀の道は宿代が高くつくので、一日20ユーロで収めるのは難しいようだと諦める。
チェックインが済むとオスタルの名前入りのボールペンと黄色いナップザックをくれた。ボールペンはスペアを持ってるけど貰っておくがナップザックはデザインがえげつないのでいらない。エディスもいらないそうで部屋に置いてくことにする。せめてナップザックの写真でも撮っとけば良かったと今になって思ったが、そういう時ってまったく惜しいとも記念になるとも思わないのでポンポン手放してしまう。
部屋には狭いながらも専用のシャワーとトイレが付いていた。まぁ普通のホテルなら当たり前と思うのだが、長らくアルベルゲ生活が続いていると妙に豪華な部屋と思える。エディスがシャワーは5分で出ると言っているので10分でいいよと何となく伝える。こんな感じで幾日も一緒に旅を続けているので、お互いに相手を異性と思ってない気がする。二人とも年も年だしざっくばらん。 -
野中の一軒家なので勿論スーパーなんかない。付属のバルで巡礼定食10ユーロを食べることにする。ご覧のような大ジョッキのビールも10ユーロの中に入ってるから良心的な価格だ。日本ならビールの大ジョッキって800円くらいしたかな?日本ならビールだけで6ユーロは取られるだろうから料理部分は4ユーロってことになってしまう。4ユーロは牛丼一杯。誠にスペインの物価安はありがたい。
ちなみに、スペインでもポルトガルでも消費税はあるけど物の種類によって細かく税率が定まってます。それはスーパーのレシートを見れば一目瞭然で、ビール何%、トマト何%と事細かく打ち出されています。どっかの大臣が消費税率を物によって分けろと言う声に「めんどくさい」と言ったとか言わないとかの話があったが、そりゃ大金持ちの代議士からしたらどーでもいい問題だろう。だが、年収100億円の人も200万円の庶民も同じビールを飲むのに同じ税金を払うのは勘弁してもらいたいよ。 -
第一の皿には生涯3度目のガスパチョをリクエスト。2皿目は焼き肉。ガスパチョと一緒に食べる肉が3回とも同じサイコロカットだったのは何かの偶然か?まぁ大きなのをナイフで切らなくていいから楽っちゃ楽だけど。
食べている途中にベルギー夫婦が隣のテーブルにやってきた。良かった、ちゃんと到着してきた。この夫婦とは5日前に会ってから毎晩同じ宿になっている。4人は歩くスピードは違っても一日のペースがそっくりなので毎日一緒になっているから楽しい。すっかり仲良しになった。
エディスに明日は何時にスタートするか聞いたら何か言いながら紙に絵を描き始めた。言葉が通じないのでとうとう絵で会話をするようだ。太陽の絵と6:15の文字。これは日の出の時間らしい。で、出発は6:45で10km歩いた次の町で朝食にするらしい。エディスはフランス語しか喋らなくて、たまに英単語を言うくらい。相談はいつもこんな調子だが何となく通じる。こちらからはWi-Fiがあればタブレットの翻訳が役立ってるがエディスは小さいキーボードが嫌らしく使いたがらない。
ずっと頭にのし掛かっていた難関だったカパラの行程をクリアできたので安心して眠ることができる。エディスが「ドルミール」と言ったので、スペイン語が喋れるのかと聞いたら喋れないと言う。そしたらフランス語でも「寝る」はドルミールでスペイン語とまったく同じだった。ホントに欧州の言葉は良く似ているから羨ましい。
銀の道22 Hostal Asturias - Banos de Montemayo
スパニッシュ・イングリッシュ -
5月18日
昨日立てた予定通り、6時40に出発する。まず教わった青い矢印を目指す。今朝は寒いので合羽を着たいようだが面倒なので手袋だけ着ける。エディスも寒いようで手袋をしている。今日は太陽が出ているが風があって薄ら寒いのでずっと長袖のまま歩き続ける。 -
青い矢印を辿って本来のカミーノと合流できる。私はここで朝飯にするがエディスは先に進んだのでこの後はずっと一人旅になる。食べ終わってザックの中に残りを戻したら、何故かビチョビチョなのに気づく。食べ始めるときにザックを逆さまに引っくり返したが気にせずにそのままにしてた。じゃぁ下に水溜りがあったのか。大して気にせずに歩き始めるが、後になって水を飲もうとしたらジュルジュルと空気交じりの水を吸い込んだ。タンクの水が尽きてしまったようだ。昨日、給水するのを忘れたのかなと思ったが、さっきザックがびしょ濡れになったのを思い出した。面倒でも粗方の荷物を出してタンクをチェックしてみると蓋が緩んでいたために中の水が全部こぼれてしまったのが判明。がーん。この暑さの中を水なしでは歩けないので、村の通りにあったバルに入って1.6ユーロの高いコーラを飲んでトイレの水道で給水する。これ以降、タンクの蓋をきつく閉めるようになったのは言うまでもない。
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今日のアルベルゲがあるBanos de Montemayoに12時15に到着。エディスが先着しているかと思ったが、私が一番だった。知らないうちに追い越してしまったようだ。
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ここのオスピタレロがとても癖のある英語を話すスペイン人で、まったく聞き取れない。どうも英語を喋っているらしいと気づくのに少し時間が掛かったほど。こんな英語を聞くのは初めてだったのでむしろ新鮮な驚きがあった。まだスペイン語で喋ってもらった方がマシなくらい。こちらが理解できないのが分かったらしく、今度はスマホに向かってスペイン語で喋りだしたのでネットの翻訳を使うらしい。これだと日本語に翻訳してくれたのでほぼ通じた。日本語への翻訳は少し変ちょこりんだったが英語やスペイン語で話されるより遥かに通じる。
私の勝手な解釈かも知れないが、日本人の喋る英語は発音がネイティブと違ったとしても、ジャパニーズイングリッシュとして堂々と喋っていいのだと思うようになった。実際、英語ネイティブ以外の人たちの英語はそれぞれ癖があってもネイティブよりずっと聞き取りやすいのは事実だ。特に韓国人の英語は母音がしっかりくっついているので非常に聞き取りやすくありがたい。それは私も同じで片言なら片言ほどお互いに通じるから楽しい。 -
変に立派なアルベルゲで、本格的な展示コーナーがあったり、銀の道の紹介ビデオまで見せてくれる。苦労して作ったビデオなのか、後からやってきた巡礼全員にこのビデオを見せたがっていた。そうしている内にエディスが到着してきた。やっぱりどっかで抜いていたのだ。エディスは今日も私と同じ5人部屋になった。この部屋の造りは一風変わっていて、階層構造になっているが2段ベッドではない。一番乗りの私は平置きベッドをゲットできて喜ばしい。
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2時近いのでシャワー前に買い物に出かける。せっかくシャワー浴びてさっぱりしてもシエスタでビールをお預け食らうのは嬉しくないから。小さな村なので少しうろつくだけで店を見つけることができる。6畳ほどの小さな店だがほしい物はみんなあった。今日も1リットルビールにヨーグルト4個、でかいパン、生ハム、こないだ覚えた洋ナシ、青リンゴ、チョリソーと豆が入った缶詰で7ユーロとちょっと。もちろん2食分だ。
アルベルゲに戻る途中の広場にキツイ顔をした中国系カナダ人のお姉ちゃんがいたのでぐねぐね曲った路地を伝ってアルベルゲまで連れてってやる。玄関に着いたらイージーだったと言ってるが、私が連れて来てやったんだから当たり前だ。でも自分で探そうと思えば目の前にあっても迷う時があるのが知らない町だ。別にどうでもいいことだが。 -
ベッドの上に荷物を広げたら、バックパックの中にまだパンの残りが4個あることに気づく。まぁ足りないよりはいいだろう。ここんちのキッチン・食堂には立派な食器はあるのに流しがなかった。カウンターの中には小さな流しがあるが、そこはスタッフだけしか入ってはいけないようだ。豆の缶詰をチンで温めて洋ナシの皮を剥いて皿に並べる。今日は食べすぎ。
食堂には日の光が入らないので寒くなってきた。裏庭に置いてあるテーブル・イスに移動してビールを飲み続ける。人のよさそうな青年(でも40くらい)が居たのでビールを1杯勧めてみる。この人は気持ちよく飲んでくれたので嬉しい。青年はベルギーからだった。 -
「ユーはファーストカミーノか」と聞くので私の歩いたカミーノを披露すると、青年も北の道、フランス人の道、ポルトガルの道を歩いていてほぼ私と同じだった。ポルトガルの道ではサンチャゴからファティマと逆に歩き、そのあいだ出会った巡礼は4人だけだったそうだ。サンチャゴからファティマへ歩く人はたまに居るようだ。私もちょっと興味があるが、どうせならやっぱりリスボンからファティマ経由でサンチャゴまで歩いた方が面白い気がする。
ここで思い出したが、今日の午前中に聞いた話ではエディスはフィステラ・ムシアの道を3回歩いているそうだ。勿論その前に長距離を歩いてるのは言うまでもない。他はどこを歩いたのか聞いたらフランス国内からの道をふたつ上げていた。ベズレーの道と言うのは聞き取れたが、あとは分からなかった。やっぱり銀の道を歩くような人は他の道を幾つも歩いているカミーノ中毒。
銀の道23 Banos de Montemayor - Alba Soraya 山の中
5月19日
ここのアルベルゲは朝食が付く。まぁいつものパンとコーヒー程度なんだが一応食べられれば取り合えず歩き出すことができる。中国系カナダの子が私の腰を心配してくれてる。ここは温泉があるので効くんじゃないかと言っているようだが、こんな山の中で連泊しても面白いことはないだろう。でもエディスはここに連泊して、今日は快適な温泉付きホテル泊まりのようなことを言っている。へーそうなんだ。 -
今日は12.4kmのショートコースと決めているのでゆっくりと8時に出発する。村の中から既に急坂が続いていて200mほど前にはベルギー夫婦が歩いているのが見える。相変わらず立ち止まっては向かい合ってお喋りをしているので滅茶苦茶遅い。少し歩いたところからは村全体が見渡せて中々いい景色。湯気が立ち上っている所があるので、あそこに温泉があるらしい。
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ずっと山の中だが今日はショートコースと言うのが頭にあるので気楽でいられる。次の村には早速アルベルゲがあった。ここは10kmごとに3つのアルベルゲがあると言う珍しい行程。今日は12.4kmだが明日は20.2kmで明後日にロングコースが控えている。長距離に入る前に全員が泊まるであろうアルベルゲがあるので、どこに泊まるかは旨く調整する必要がありそうだ。村外れには巡礼用のモニュメントがあった。ネットの巡礼記でも見たことあるやつだ。遠くから見ると蛇がのたくってるようで気味悪かったが、近くで見たら巡礼路の地図だと言うのが分かった。センス悪っ。
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深い山の中、幹線道路と違って土の道を歩き続けるので、地形そのものをなぞって歩いている感じだ。橋もトンネルもない昔ながらの山道。こんな山道なのにローマ時代の道の名残があるようで立派な案内板が立っていた。ローマ時代からある道なのか、どうりで。
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峠みたいのはないので遠望は望めないけど風景は山独特で悪くない。石で囲われた斜面に羊が放牧されてたり牛も馬もいる。細い巡礼路には時々越えられない水溜りがあるが、大体そういう時は少し戻ると先人が付けた迂回路があるものだ。そんな迂回路を今日はふたつ歩いた。初日に出っくわした迂回できない大きな水たまりが思い出された。
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最後に現れたラスボスの急坂を越えると程なくAlba Sorayaの村が見えて、私営アルベルゲは村の入り口にあった。11時半、私が一番乗りだった。宿代10ユーロで夕食も10ユーロで7時から。村にはスーパーがないのでお願いする。ユーロがどんどん出て行ってしまう。
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宿の主人は今日はペレグリノは何人くらい居るかと聞いてきたので、昨日泊まったアルベルゲの人数を言ってみる。だが実際は自分の知らない巡礼が何人も泊まったり通過して行った。これらは今日通り越してきたアルベルゲに泊まっていた人たちかも知れない。
ベルギー夫婦もやってきて一緒のテーブルでビールを飲む。夫婦はここには泊まらずにひとつ先の村にあるアルベルゲに泊まるそうだ。同じテーブルには来年四国遍路に行くというドイツ人もいる。ベルギー夫婦の奥さんが自分は75才と発表してくれた。同い年くらいかと思っていたが、自分よりも8つも年上だった、グレート。
昼飯にはコッペパンに8Pチーズを2個挟んで食べる。パンがパサパサで飲み込み辛いがチーズの水分が助けてくれる。
いつも遅く到着する中国系カナディアン、今日は記録破りの6時半に到着してきた。私と同じ宿をスタートしたのに到着が7時間も遅い。どー言う歩き方をしてるんだろう。水があったら足を冷やすとは言ってたが、昼寝でもしない限り、こんなに掛ることはないだろう。
全部で十数人の宿泊者がいるのに、夕食を申し込んでいたのは意外や私を含めて3人だけだった。他の人たちは食料を持っているようで、キッチンで何か作って外のベンチで食べたりしている。一緒に食べたのはフランス婦人とイギリス紳士。けばいフランスおばさんは私のバックパックは何キロあるのかと聞いて、やれ重すぎるだの減らせだのとやかましく言っている。自分のは5kgで巡礼路を短距離だけ歩いているらしい。食料は持たなくてもバルで食べればいいなんて言ってるので、この人は本当に銀の道を知ってるのかと思った。身なりも巡礼ぽくなかったし。察するに、このおばさんは人のことを思ってと言うより自分の考えを押し付けたいだけの気がした。こういう人って洋の東西を問わず何処にでもいるんだな。
おばさんが夕飯に出たポークソテーをパンに挟んでボカディージョにし出した。明日の弁当にするらしい。それにヒントを得て、自分も自前のパンを出してきて肉とレタスを挟んで明日の朝飯用にする。口うるさいおばさんも役に立った。包むためのアルミホイルはここのおカミさんから貰うことが出来た。 -
イギリス紳士はとても知性を感じる人で、英語ネイティブなのに分かりやすい英語を喋ってくれた。イギリス人でもこういう喋り方が出来る人もいるんだなぁと感心する。聞き取りやすい発音と、文をなるべく短くしてくれるので私でも何となく理解できる。この人は昼間、寒さを感じる屋根つきの屋外に居たので、寒くないのと聞いたところ、私の住むイギリスは太陽が出ないのでこの方がいいんだなんて言ってた。イギリスに白夜はないだろうが、そういう地域もあるんだなぁ。寒いのでオーナーは暖炉に火を入れてくれた。たき火や暖炉の火が燃えるのを見るのは大好きだ。暖炉の写真を撮っていたらオーナーが私を撮ってくれた。
銀の道24 Alba Soraya - Fuenterrble de Salvaterra アンドレア -
5月20日
Alba Soraya7時25スタート。女の子2人組も一緒にスタートする。昨日聞いたところではアルメニアと思ったが、ドイツだった。スペイン語でドイツはアレマニアなので聞き間違えたようだ。この二人は若いのでさすがに歩くのが早く見る見る離されてしまう。 -
ゆるい坂を上ったり下りたりしながら1時間以上歩いて、そろそろ朝飯にしたいなぁと手ごろな所を物色していたら大石があったので腰掛ける。ここらへんに来ると、座るのにも余り恐怖を感じなくなった。昨日作っておいた豚肉ソテーを挟んだボカディージョで、一緒に挟んだレタスとトマトが水分が多くて目茶美味い。ドレッシングも効いている。その前を昨日一緒だった夫婦巡礼とソロの男性が通り過ぎて行った。同じ方向を進むので、歩いていると中々出会わないが、こうやってストップしていると会う確立は格段に上がる。
この辺りの家畜用の石柵には所々に立っているローマ時代の石柱が柵の一部として転用してあった。凄いことをするもんだスペイン人。日本なら重要文化財扱いだろう。次の村にはバルがあって、アルベルゲの看板も掲げている。ベルギー夫婦はここに泊まったようだ。今の私より1時間半は先行しているから追いつかないかな。
村に入るとジャーマンシェパードが向こうから吼えながらやって来た。犬は後ろを見せると危険なので向き直って日本語で「止まれ止まれ」と言ってみる。近くまで来るが掛かっては来ないで牙を剥いてやがる。誠に憎らしい。石をぶつけたくなった。すぐ近くに飼い主のおばちゃんが居て、何か声を掛けたら戻っていったが、犬は飼い主が近くにいると調子付くから困る。良かった、村人が見ている手前こっちもスティックで攻撃の構えを取らなかったので。 -
今日もお決まりの大きな水溜まりが現れたが、その隣に立派な歩行者用の鉄の橋ができていた。まだ最近作られたもののようだ。きっと巡礼者のために作ってくれたのかも知れない。こんなのをわざわざ作るくらいだから、ここは雨が降ると大きく水没してしまうのだろう。ありがたいことです。
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大きな岩のある分岐点で矢印が意味不明なところが出てきた。カップルの巡礼がいたので、互いにGPSを取り出して協議する。結果は、どちらも先に行ったところで合流するのが分かった。案の定、しばらく歩いた先で合流する別の道が現れた。丁度そこには別の道を歩いてきたベルギー夫婦らしき人影が見える。遠すぎてハッキリとは分からないが、立ち止まってお決まりの協議をしているので間違いないだろう。歩くのが遅い夫婦だが、さすがに離れ過ぎているので中々追いつかず、町に入る手前でやっと追いつく。
3人で一緒にアルベルゲを探そうとしていたところに向こうからエディス登場。エディスは2日前に温泉ホテルで連泊した筈じゃ?ここに居るのはおかしいだろう。更に我々より先に到着してるので、キセルしたのはすぐ分かったが、逆に自分から「ユーはコチェ(電車)を使ったのか?」とトボけたことを言っている。エディスはバックパックを背負っていないので、既にアルベルゲに入ったようだ。これからスーパーへ行くと言うので、我々はアルベルゲを目指す。 -
ここは銀の道では有名なアルベルゲ。大きくてユニークな建物が通りにあったのですぐ分かった。ベッド数70で夫婦ものには個室が提供されるようだ。チェックイン(ドナティーボ:寄付)して部屋に案内される。長屋みたいのが並び、大部屋に加えて小部屋もあった。大きなベッドルームで2段ベッドが10台ほど入っていた。早い到着なので好きなベッドを取り放題。夜中に一度はトイレに起きる私はトイレに近い下段をゲットする。
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入り口には絵や文字が書かれていて、その中に日本語のものがあった「エンジェルよ私を守り共に歩んでください」だそうだ。誰が書いたのだろう、中々気が利いた文言だが日本人以外でこれを読める人はいないだろな。
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村のスーパーはペレグリノ(巡礼者)と言う名前だった。今日も1リットルビールは外せない。それとトマトにバナナ4本、生ハムに珍しくレンズ豆の瓶詰めで7.37ユーロ。今からの昼飯と明日の行動食だ。夕飯と明日朝はアルベルゲで出してくれるので有難い。
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アルベルゲのキッチンは受付隣の小さな部屋だった。食堂は大きなのがあるが、そこは全員が食べるための部屋で普段は使わないらしい。受付の隣のテーブルで食べることにさせてもらう。後から何人も受付にやってくるので、ちょっと肩身が狭いかな。
謎のカップルも到着してきたが、大部屋ではなく二人用の個室だった。ワンルームをゲットしたねと何となく言ってみると笑っている。個室には違いないが、すごく狭い部屋だったので、大部屋とどっちがいいか微妙なところだ。 -
古い教会ツアーがあるそうなので参加してみる。案内人はアルベルゲのオスピタレロだった。入口外に石段状のローマ時代の遺跡がある教会で、遺跡の説明をしているがスペイン語なので何を言っているのかさっぱり分からない。当たり前だが。
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聖堂の中に入っていくと等身大の木彫りの人形が何体もあった。これはお祭りで神輿の上に設置して使うようだ。こういうスペインのお祭りをテレビで何度も見ていた。鐘楼にも上がらせてくれ、ここでも何やら説明しているがさっぱり分からない。でも、あちこち連れまわしてくれてサービス満点。
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教会の床には平たい大きな石が敷き詰めてあり、その下は全て墓のようだ。スペインの教会にはこういうスタイルがある。日本人からしたら足もとに遺骸があって、それを土足で踏みつけるのは気持ちのいいものではないが、所変われば品かわるなんだろう。言葉は分からなくても見ごたえのあるツアーだった。オスピタレロは修道士らしい。
アンドレア
戻ってきてボーっとしていると中庭に見たような人が!坊主頭だけど女性だ。エッ、顔も見覚えがある。この人は日本人のお嬢さんが数年前にサンチャゴ巡礼したブログにずっと登場していた女性だとすぐ分かった。坊主頭だし特徴あり過ぎ!何故か私はこの人の名前を覚えていた。「アンドレア!?」声を掛けると怪訝な顔をしている。「ユーの名前だよ、アンドレア?」答えはイエスだった。鳥肌が立ちそうだった。いや、実際立っていたかもしれない。片言英語で説明すると「エリコ」と言うので、そうだと言うとアンドレアは小さな紙片を出して見せた。そこにはエリコさんの名前や住所がアルファベットで書かれているようだ。なんでこの紙を持ち歩いているのか謎だったが、あとでエリコさんにネットで報告したら、「キャーッおくさんアンドレアに会ったんですか!」が最初のコメントだった。アンドレアは毎年巡礼先からエリコさんに絵葉書を送ってくれるのが恒例になっていで、その絵葉書に貼り付けるための紙片なのだと教わった。 -
いやー、事実は小説よりも奇なりがまたあった。アンドレアも遠く離れたスペインで(アンドレアはオーストリア)知らない日本人から自分の名前を言われてさぞやビックリしたことだろう。アンドレアはスマホを持っていたので、エリコさんのサイトを教えて上げたらそこに自分の写真を見つけては「これ私だよ」と嬉しそうに報告してくれる。その後もずっとエリコさんのページを見て楽しそうにしていたので私も嬉しくなり、心がほっこりするようだった。
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夕食は全員で大きなテーブルを囲んで食べるスタイルだった。アンドレアは私の隣の席にやって来てくれたし、食後にミサに行ったときも私の隣にやって来てくれたので私との出会いを喜んでくれているのが分かった。この道は本当に不思議で面白い。カミーノマジックは実在する。しかも何度も。
銀の道25 Fuenterrble de Salvaterra - Morille 最高地点通過
5月21日
今日は銀の道で標高が最高地点の所を通過するそうだ。それなのに次のアルベルゲまでは28.6kmと少し長めが分かってるので全員が気合を入れて歩き始めた気がする。 -
6時半から7時ちょっとのあいだに、このアルベルゲに泊まった20数人が一斉にスタートしたので、銀の道で初めて巡礼者の行列を見た。と言っても一度に見渡せるのはせいぜい7,8人だが、銀の道を同じように歩いている人がこんなにいるんだと心が躍った。アンドレアも私の少し前をショートカットの女性とお喋りしながら歩いている。後で分かったが、この女性もアンドレアと同じオーストリアからのソロだったので互いにドイツ語でお喋りできて楽しかったろう。
緩やかな上り下りが続き、道があるような無いようなだだっ広い森の中を歩いて行くが、前の人を見ていればいいので気楽だ。ずっと気持ちよく歩くことができるが一人だけだったら迷ってしまいそうな森だ。グリム童話なんかで子供が森の中で迷う話がよく出るが、そう言ういかにもな森は銀の道ではそこかしこにある。 -
ローマ時代の銀の道なので、たまにこういったローマ時代のマイルストーンが立っている。隣に立っている説明版は読めないが多分そう。1時間ほどでベルギー夫婦を抜いて1時間半でエディスに追いつく。この人たちは一緒にスタートしたのだろうが、歩く速度の違いが如実に現れている。エディスは鈍いけど2本のスティックを使いながらいつも変わらぬ足取りで淡々と歩いているし、ベルギー夫婦は立ち止まっては向かい合ってお話しするのが日課。
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徐々に山道になってきたのでいよいよ最高地点を通過する登りに入ってきたようだ。ずっと上っていくと風力発電の風車が何機も立っていて十字架も立っている所までやって来た。雰囲気からして頂上に見えなくもないが予想した時間より1時間早い。じゃぁここはまだコブで向こうに見える山が最高地点の山なのだろう。これからこの山を下ってからあの山を越えるには、どう考えてもあと3時間は掛かりそうなので今日は遅い到着になると覚悟する。
下りがスッゴい急なので膝を守るためにスティックを前に突き出しながらへっぴり腰で滅茶くちゃ慎重に降りる。こんな山の中で岩に脛を打ち付けたり捻挫なんかしたら後がどのくらい大変になるか想像に難くない。エライこっちゃ。 -
降り終わると左に見えている山には向かわずに右回りして平地に出てしまった。そのまま行くと今度は舗装路が現れ、このまま谷あいに道は続いているのが分かった。え?キツネにつままれたようだが知らない内に最高地点を越えてしまったようだ。じゃぁさっきの十字架のあった所が最高地点だったのか。そこをタブレットでバッチリ撮ってフェイスブックで応援してくれてる人達に見せようと思ってたのに残念なことをした。
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身構えてた割に拍子抜けする程の最高地点を越えたはいいが、ここからの丘越えが長かった。だらだらだらだらと道が続き、あの丘を越えたら村が見えるのかなと何度思ったことか。丘が続く道は遠くまで先が見通せるので始末が悪い。結局なだらかな大きな丘を5つほど越えた気がする。途中に日陰があったので持参の食料を食べながら小休止にする。休むと誰かがその横をブエンカミーノとか言いながら通り過ぎて行った。
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サンペドロ村へ向かう分岐が現れた。サンペドロにはアルベルゲがあることを知っている。前後して歩いていた巡礼4人がここで立ち止まっで数分間の協議をする。全員、次の村Morilleに行くことになった。そっちのアルベルゲの方が良いと言う評判があったので。
サンペドロ村とMorille村の両方が見える地点までやって来た。サンペドロ村からこちらに向かって歩いてくる巡礼も見える。Morille村は近そうに見えるが歩くとやっぱり1時間は掛かった。予定より4km余計に歩いてしまったので今日は山越えしたのに32.6kmになった。ようやる。 -
ここのアルベルゲのチェックインは隣のバルでやると言う情報を得ている。そのバルに入って行くと数人の巡礼が受け付け待ちをしていて、その中にアンドレアの顔を見つけて喜び合う。宿代は私営なのに6ユーロと安め設定。隣にあるアルベルゲは小さくて満杯だから、少し離れた別のアルベルゲまで案内されてぞろぞろと付いていく。歩いて5分くらいか。
このアルベルゲはアンドレアも昨日、良いアルベルゲだと言ってたしネットでも評判が良かったが実際チェックインしてみるとロクなもんでなかった。
良くないところその1、シャワーとトイレが男女共用で2つずつ同じ部屋にあるのだが、シャワーは両方とも刷りガラスなので異性が使用してると遠慮してトイレにも入ることができない。そんなの気にしないと言う人はこの限りではないが。
その2、キッチンがない。これは節約派には大きな問題。電子レンジはテーブルの上にちょこんと有るもののコンセントを挿しても動作しない。
その3、ベッドルームは2階でトイレは1階なので、狭くてギシギシ音がする階段を下りなくてはならない。音なしで階段を使うのは不可能。これは夜中にトイレに起きる私には問題。
その4、私営なのにWi-Fiがない。それで6ユーロなんか!? -
良いところを上げるとしたら、6ユーロと安いところとベッドが割合ゆったりと置かれているところの2点か。
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いっぱい歩いたので早くシャワーを浴びたいが、なかなか前のおばちゃんが出てこないので長らくシャワー室前で待たされる。その内、私の後ろにはアンドレアがやって来た。やっと空いたので使わせてもらうことになったが、終わってガラス扉を開けたら向かいのシャワー室にはアンドレアの影が!いい度胸してるなアンドレア。坊主頭にするくらいだから並みの神経でないのは想像していたが、こう来たか。細長い部屋なので奥の洗面スペースに移動して服を着ることにする。さて、アンドレアのシャワーも私に続いて終わったことは音で分かっているがどうしたものか。ま、あんまり気にしてる風でもなさそうだから隣を歩いても平気なんだろうと出口に向かったら、途中にあるトイレの中に入って着替えているようでアンドレアの姿はなかった。安心と同時に拍子抜けした。やっぱり女性なので恥ずかしいようだ。
オーナーのバルに二人でビールを飲みに行く。2杯目はアンドレアがおごってくれたので、アンドレアが次に飲んだコーラはおごり返してやる。外のテラス席に座っているが、ここでもアンドレアは盛んにエリコさんの巡礼日記サイトを見まくっており、自分の写真を見つけると「これ私だよ」と嬉しそうに報告してくる。私が教えたんだから知ってるちゅうに。アンドレアはワイルドな見た目に反して意外と無邪気で乙女チックな面もあって微笑ましい。 -
私がほぼ毎日メールで巡礼ナウを送っている九州の人もエリコさんのサイトを見ていた人で、アンドレアのことを良く覚えていた。グーグル翻訳を使ってそれをアンドレアに伝えて上げたら嬉しそうにしていたので、その人に送るからと言ってタブレットで写真を撮り、その場で送ってあげる。遠く離れた日本に自分を知っている日本人が何人もいることに驚いたことだろう。同時に、不思議な出会いをとても喜んでいるように見えた。
アンドレアは仕事を持っているけど、いまはバケーションを利用してカミーノを歩いているそうだ。そうやってここ数年は毎年別のカミーノを歩いているらしい。でも、ここ銀の道は1,007kmもあるんだよ。さらにフィステラの道まで歩くそうなので合わせて1,100kmもある。バケーションが何日あるのか聞いたら35日間だけだそうなので計算が合わないだろう。じゃぁ一体一日何キロ歩いているのか?なんと40kmだそうだ。それなら1ヶ月で1200kmは歩けるので可能なんか。私が一日最高に歩いた日が40kmだったが、それを毎日歩くとは。いやはや凄い女性がいたもんだ。スーパーアンドレアと呼ぼう。
明日はサマランカに到達する。大都市だからユースホステルの部屋を二人でシェアすれば一人10ユーロなのでアルベルゲより安く泊まれるよとアンドレアが提案してくる。それもいいなと思ったが、歩くスピードが違うので今日みたいにアルベルゲ集合なら再会の可能性があるが、別の宿だと難しいんじゃないのかな。案の定、これを最後にアンドレアとは会うことはなかった。一日40kmも歩くんじゃ一度距離が開いたら残念ながら再会することは無いだろう。アンドレアは毎年カミーノを歩いているし、私も毎年歩きたいと思っているので、もしかしたらいつかまた会うかも知れないとほんのり想像した。
アンドレアはここで8時まで待って夕食を食べるそうだが、私は前に買っておいたパンにチーズ、生ハムを持っているのでアルベルゲに戻って簡単に済ますことにする。この村には店があるらしいが、今日は日曜日なので閉まっているようだ。
歩く歩く歩く2017 銀の道6へ続く
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