2017/04/25 - 2017/07/19
88位(同エリア507件中)
おくさん
歩く歩く歩く2017 銀の道3の11
銀の道11 Torremejra - Merida 不法侵入?
5月7日
昨日の午後5時からずっと寝ていて今は午前5時。絶賛療養中。
今日はメリダまでの16kmだけなので、気楽あんど休養できます。M医院からまた坐骨神経痛の注意メールが届いたので身に覚えがある人は参考にしてください。
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前屈みや、椅子に座った時に痛みがひどくなるようです。
痛みが出ないような動作を意識して暮らして下さい!
一番の治療は、安静で、暇が出来たら「横向きに寝る姿勢」で
膝を楽に曲げるとOKです。でも、その姿勢で痛い時は、反対向きや仰向けも試して下さい。
無理しなければ(と言っても無理?)、ほとんど回復します。
一日の行程を短縮し、午後はゴロゴロして過ごせばいいのかな?
椅子に座る時、立ち上がる時はかなり腰を意識して、両手で体を
支えて、「どっこいしょ!」と起きたり座ったりします。
あと、リュックは出来るだけ軽くしましょう!手ぶらが理想です!!
急激な力が腰に掛かると、悪化します!
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- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- エティハド航空
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ありがたいですねー。荷物を減らすのは無理だけど、言いつけを守って悪くならないようにしなくては。
7時に出発しようとしたが、キッチンが空いてたので朝飯を食べてから出発することにする。途中の道端で食べるよりここで食べた方が椅子とテーブルがあるので効率的だ。パンにチーズを2個挟み、ヨーグルトも2個食べる。椅子から立ち上がる時は言いつけを守ってテーブルに手をついて腰に負担が掛からないように心掛ける。どっこいしょ。 -
と言うことで遅めの7:25に出発。昨日しらべておいた巡礼路に向かって歩き出すと、地元のセニョーラが道が違うと教えてくれる。なんだか分からないが自分が調べたのは遠回りになるようだ。教わったとおりに行くと程なく黄色い矢印を発見する。田舎の人は親切。
村を出て20分ほど歩いて行くと矢印のない分岐に出る。どうせどっちに行っても先で交わるんだろうと気楽な気持ちで舗装された方を歩き続けていくと、分岐があっても一向に矢印が現れないので間違ったことに気づく。それでも先で交わると思い込んでいるので戻る気は更々なくてそのまま突き進む(悪い癖)。
徐々に本来の巡礼路からは離れて行くような気がするので不安になるが、今更元の分岐に戻るのは嫌なので、タブレットを出して大よその方向だけは押さえておく。まぁ遠回りになってもこの先で巡礼路を見つければいいだろう。 -
巨大な工場のフェンス沿いを歩くようになったので、フェンスの切れ目がないから巡礼路と思われる方向にはさっぱり行くことができない。それもあって、どんどん巡礼路からは離れて行ってる気がするがどうしようもない。
周りは自然公園みたいな感じのいい道になってきたが、昨日に引き続き膝が痛いので楽しめない。面倒だが途中でボルタレンを塗ることにする。でも、効いてるのか効いてないのか分からない程度なので嬉しくない。 -
いつになったら巡礼路に復帰できるんだろうと、少々不安な気持ちのまま歩いて行くと、金持ちらしい大きな家が見えてきた。どうも雰囲気からこの広大な土地はこの金持ちの敷地のような気がするので、訪ねて道を聞かないほうがいいらしいと野生の勘が言うので、そのまま通り過ぎると、その先には鉄の門扉があって施錠してあった。やっぱりここは私有地だったのだ。銀の道で扉のある私有地はいっぱい歩くのだが、通っていい私有地は鍵なんか掛けないのが当たり前なので、ここは通ってはいけない私有地だと分かる。これって不法侵入なんか?バックパックとスティックを柵の向こう側に放ってから、少し低くなった針金の塀を乗り越える。ここを歩いている間ずっと見つからなくて良かったこと。
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さて巡礼路を探すかと歩き出したら、100mも歩かない内に銀の道を示す道標を発見する。なんだ、巡礼路からはすっごく近い所を歩いていたんだな。だったらそんなにロスした訳じゃなさそうだが、彷徨った時間は1時間50分ほどなので余りいい気はしなかった。
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坐骨神経痛は歩いている間は痛みは引くので良いのだが、膝の痛みは歩くと痛いので始末が悪かった。足を引きずりながら延々と歩き続けると、遠くにメリダひとつ手前の町が見えてきた。地図ではあの町を通過するのかと思っていたが、良かった、あの町には入らないで直接メリダを目指すらしい。数キロを歩かないで済んだ気がする。そのメリダは大きな町なのだが、窪地にあるようで突然その姿を見せたのでちょっと感激。だが結局、メリダに入るまでには見えてから2時間も掛かってしまうのだが。
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メリダ手前にバックパックを背負った女の子が休んでいたので巡礼かと思ったが、この子はウクレレを持っていて、自分の歌が入ったCDを買って貰いたいようだ。でも、言葉が分からないのが分かると逆方向に行ってしまった。言葉が不自由なのは時に便利。
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メリダ市街へ入る大きな現代の橋に続いてローマ橋が現れた。これを渡ったら左に歩いて行くと公営のアルベルゲがある筈だ。渡り終える橋の上に私営アルベルゲの勧誘をしている兄ちゃんがいたので、アチコチ痛いからメリダで2泊しようと思っていた私は、明日なら泊まるからと場所を教えてもらっておく。(公営アルベルゲは基本的に連泊は不可)
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川沿いを進んで本日のアルベルゲに到着~。アルベルゲには若いオスピタレロ(男はオスピタレロで女はオスピタレラ)がいて今日は6ユーロと安めだった。10ユーロ札を出したらお釣りがないと言って後でくれるそうだが、スペイン人適当だから心配になる。ちゃんとくれるかなぁ?今の私に4ユーロは大金だよ。
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シャワー洗濯したら自由時間だ。近くにスーパーがあるかと探検がてらローマ橋方面に行ってみる。橋の袂にローマ時代の遺跡があり、これは砦跡のようだ。せっかく遺跡の町メリダに来たんだから6ユーロ出して入ってみよう。ポンペイの遺跡やトルコのエフェソス遺跡を見てるので、それに比べれば大したことはなかったが、特筆すべきは井戸だった。広場の中央にある塔の中には下へ下へと降りていく階段があって、一番下には満々と水を湛えた井戸があった。おまけに金魚まで泳いでいる。スペインに金魚がいたんだ!発生する藻を食べさせているのかな?井戸の上に明り取りがあって、それがいい雰囲気を出している。外に出てからその明り取りがどこにあるのか探してみたけど無かったので、これは砦の外を流れている大きな川の岩壁に続いているのが分かった。
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明日泊めてもらおうと思っている私営アルベルゲの勧誘兄ちゃんは地図をくれなかったので、探してみたけど見つからなかった。勧誘の兄ちゃんは既にいないし、じゃぁ面倒だからメリダは1泊にしちゃおうかな。気楽な一人旅なので何でもござれだ。
私営アルベルゲがあるらしい近くには食べ物屋が軒を連ねていて、その中に巡礼定食の看板を掲げている店があったので入っていく。巡礼定食とはメヌー・ペレグリノと書いて、一般的な定食(menu del diaより安く設定してあるのだが、でも大体10ユーロと普通の定食と大して変わりは無い。ここんちは12ユーロだった。他の店も10ユーロの定食はなさそうなので、やっぱり銀の道は食事も少し高めのようだ。
定食は1皿目にサラダやパスタ、時にはパエージャもあって、2皿目に肉や魚が選べる。それにパンとデザートが付いて飲み物にはワインか水が選べる。パスタとご飯のパエージャはこっちではサラダ扱いらしいです。メニューは選択の幅も少ないから外国人の私には注文し易いという利点がある。店で食べるなら必ず定食だ。店によっては更に安いプレート料理を置いている所もあって、これは1皿に全て載っている簡易定食みたいなもんだ。だいたい8ユーロ以下で食べられる。
奥に通されると3人の巡礼が食べていた。一人はあの82歳のフランス爺ちゃんで、ほかの二人は前にワインの残りをくれた夫婦だった。隣のテーブルに座り、メニューを見せてもらったらガスパチョがあったので迷うことなくガスパチョを頼む。話には聞いていたが、食べるのは初めてだったのでこれは嬉しい。出てきたガスパチョは大皿の上にトマトの冷たいスープ、同じ皿の上に小皿に入った生ハム、トマト、パンが賽の目に切って盛り付けてある。あれー、なんだか想像と違って面倒臭そうだなぁ。ウェイターさんに、これはスープの中に?と手真似で聞くと、そうらしいので全部をぼちゃぼちゃとスープの中に入れる。人生初ガスパチョだったが、思いのほか美味い。暑い夏に冷たいスープはありがたい。見つけたらまた食べよう。 -
2皿目はサイコロステーキのトマトソース和え。同じ皿には定番のフライドポテトがどっさり。デザートは自家製プリンだった。ビールを頼んだが、これは別料金じゃなくて12ユーロの中に入っていた。一週間ぶりに店で食べたので贅沢した気分になって大満足。
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店を出てから、来たのと逆方向に歩いてみたら、そこに小さなスーパーを発見!ラッキーだ。ここんちには冷えた1リットルビールがあったので、さっき飲んだばかりだけど迷わず購入。それと明日用にバナナ3本とヨーグルト4個で3ユーロと少し。偶然に店が見つかって良かった。
アルベルゲに戻る道筋でエディスとフランス爺ちゃんが立ち話をしている。エディスはバックパックを背負っているので、まだアルベルゲには到着してないらしい。私が話に加わると(フランス語は分からないので傍に立っただけ)爺ちゃんは私が下げているレジ袋に気がついて、スーパーを教えてくれと言うのでジェスチャーで何となく教えてあげる。エディスにはアルベルゲはこっちだよと少し一緒に歩いたが、地元の人を捕まえて駅を教わっているようなので、電車でも利用するのだろうか。そこで別方向に行くと言うので分かれることになったが、エディスとはこれで最後になるかと思い、ちょっと淋しかった。
アルベルゲの扉には鍵が掛かっていたのでドンドンと叩いて中から開けてもらったら、さっきの夫婦の奥さんの方だった。扉の外側には張り紙があって、そこをぺロッと捲ると鍵が隠してあるのを教えてくれる。それは聞いてなかったな。夫婦は昼寝を始めだしたが、ビールとグラス2個を持って、こないだのワインのお礼の積もりで、ビール飲まない?と聞くも二人ともノーサンキューだった。自分は2杯飲んだら腹がいっぱいになってしまったので、栓をして冷蔵庫に入れておく。こっちの1リットルビールの栓は全てスクリュータイプ。
アルベルゲの兄ちゃんがお釣りの4ユーロを持ってきてくれた。良かった忘れられてなかった。結構、気になっていたのだ。 -
このアルベルゲには一番奥に1部屋だけ2人部屋があって、そこには少年らしいのと少し年が行った女性が陣取っていた。女性は頭髪がグルリと刈上げになっていててっぺんだけ長い髪を束ねている。眼光するどく怖い顔をしているので近寄りがたい雰囲気ぷんぷんだ。服装も一般の人とは違う見た目なので、もしかしてロマ(ジプシー)の人なのかと思ったが、事実は不明。見るからにアンバランスなカップルなので、一体どういう間柄なのか非常に興味があるが、凄いオーラを発しているので聞くどころではない。これがギャエレとルアンとの初めての出会いだったが、これよりずっと後になって凄く仲良くなり掛け替えのない旅の仲間になっていくのだから不思議だ。
銀の道12 Merida - Carrascalerjo たった一人で
5月8日
私は飛行機の関係でスペインに到着する日と離れる日が決まっているので、そこだけは宿を予約しているのだが、いつもHotels.comという、世界中の宿が予約できるサイトを利用している。そこは10泊ごとに1泊が無料になるという有難い特典があって、今まで特典は2回使わせてもらった。ただし、ホテルの価格は過去10回の利用料金の平均なので、私の場合は安宿しか泊まれないが。
今年は既に1泊分の特典があるので、ここメリダで連泊しようかと思ったが、このアルベルゲにはWi-Fiがないので予約どころかホテルのチェックすら出来ない。私営のアルベルゲの場所も確認できなかったことだし、連泊は諦めて出発することにする。
狭ーいキッチンで立ったまま簡単な朝飯にして8時出発。次に予定しているアルベルゲまではたったの16kmなので、早めに着いてゆっくり養生する作戦だ。ここんとこ疲れが溜まっているし、メリダで2泊することを考えれば十分な距離だろう。愉快なイタリア夫婦はひとつのベッドで寝ていたので出発前に挨拶しておく。こんなシングルベッドで狭っ苦しくないのかな。この夫婦とはこれきり会うことはなかった。 -
メリダの町外れまで来たらローマ時代の水道橋が現れた。これ見たかったけどどこにあるのかも知らないし遠回りも嫌だったので、偶然見られて嬉しい。これって巡礼路沿いだったんだ。
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途中で誰か亡くなった人の墓碑がひっそりと立っていた。メリダの町からそんなに離れていないのに、こんな所でも人間て死んじゃうんだな。
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田舎道になったら、今度はローマ時代の人造湖が現れた。2千年以上昔なのにこのスケールの人造湖を良く作ったもんだと呆れる。日本なら弥生時代じゃなかろうか。コメが作れたと喜んでた時代だよ、凄いねローマ帝国。所々に説明の標識が立っているので文字は分からないけどいちいち覗いていく。その脇を昨日の謎のカップルが通り越して行く。どういう組み合わせなのか興味が沸くが、凄いオーラにオラと言うのがやっと。女性はいつも険しい顔をして何人たりとも寄せ付けない気構えに見える。怖
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10:50、疲れてきたころ手ごろな木陰があったので靴下まで脱いで大休止。マメ対策で足を乾かすことは割と大切だ。今日は朝から膝が少し痛いだけなので具合がいいが、何かの拍子に痛くなりそうなので慎重に歩き続ける。階段があると痛くない方の足で一段上がり、続いて痛いほうの足を揃えて一段ずつ上がるようにしている。これ結構大事な気がするので面倒でもやった方が身のためだ。どっちみち普通に上がること出来ないし。
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ずっと緩い上りが続き、上り終えたらそこが今日の目的地El Carrascalehoの村だった。とても小さな村で、スーパーなんかは無さそうなのが分かった。村を通り過ぎた所に真新しいアルベルゲがあって、完成からまだ1年しか経ってないそうだ。12時と早めだがオスピタレラがいてチェックインできる。ここは公営アルベルゲにしては珍しく3食付で27ユーロだった。高め設定だが、コルドバの安宿が素泊まりで30ユーロだったのを思えば破格の値段だろう。取りあえず缶ビールを1杯飲ませて貰いましょう。
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広い建物には幾つかベッドルームがあって、私は2段ベッドが3台ある部屋をあてがわれる。旨くすると独り占めか!?感じのいいホスピタレラに日本から持参の和風マリアカードをサンタマリアデハポンと言いながら上げる。このカードは上げた人全員が喜んでくれるので持って来た甲斐があると言うもんだ。シーツと枕カバーに新しぽい毛布を支給されたので、今日は寝袋じゃなく毛布で寝てみよう。新しそうだからダニもいないだろう。寝袋のパッキングは朝の忙しい時にそこそこ手間が掛かるので、その作業がないのはありがたい。
シャワーは暫く出しておいたら熱いのが景気良く出てくるようになったので、少しでも改善するように腰にたっぷり浴びておく。洗濯場はどこ?と聞いたら、無料で洗濯機を貸してくれるそうだが、日本の洗濯機も良く分からないのにスペインのが使える筈がない。操作もお願いする。洗剤も入れてくれてスイッチオン。 -
金を入れておくビニール袋が見当たらないので、ポケットに入れたまま洗濯機に入れたかと思って、お姉さんにお願いして一旦止めてもらったが、勘違いだった。止めたついでに入れ忘れた白のTシャツも放り込ませてもらう。いつも手洗いなので、白は段々と黄ばんでくるようなので調度いい機会だ。確かに洗い終わった洗濯物を手にとってみると、手洗いしたのとは肌触りがまったく違ってフワフワしていて気持ちがいい。どっかのCMみたいだ。
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ホセとジヌ夫婦がやってきたが、飲み物一杯だけで休憩して次へ進むそうだ。ホセはフランス語とスペイン語、ジヌも同じようだが、ジヌは少しだけ英語が喋れるようだ。坐骨神経痛だと言ったらアルニカンと言う特効薬を出してくれた。手に取ると暖かい。二人してストレッチを教えてくれるので、タブレットに保存してあるストレッチの画像を見せると安心したようだ。
1時過ぎているのに二人してこの後20km歩いて次の村まで行くと言っている。ホセは私と同い年だしジヌは女性だ。大丈夫なんか?ここに泊まる私と一日分の距離が開いてしまうと再会することは難しいだろう。一緒に写真撮っておいて良かった。ここにはまだ私一人しか泊り客がいないので一緒に泊まってもらいたかったな。 -
外のテラス席でランチを頂く。さっき飲んだのと同じ缶ビールが出て、1皿目はガスパチョだった。人生2度目のガスパチョが昨日に続き連ちゃんとは当たるときには当たるもんだ。昨日の店で食べたのと違って、スープだけのガスパチョだったので、ちょっと寂しい気がするが、その代り量は多めだ。冷たくて酸っぱくて美味い。パンを浸して食べるとこれも美味い。日陰になったテラス席で風に吹かれながら戴いていると、なんかとっても贅沢なことをしている気にさせてくれる。2皿目はサイコロステーキだったので、これも昨日とデジャブル気がするが、こちらは同じ皿にトルティージャにトマト、レタスが付いているので昨日より豪華だ。ランチでこれなら夕飯はどんなだろうと期待が高まる。
5時半、昼寝から覚めて施設内をフラフラしていたら、オスピタレラが来い来いと言っている。キッチンに行くとテーブルの上に包みがあって、指さしながらセナ、デサジュノと言ってるので夕飯と朝飯のようだ。この二包みで2食分らしい。ランチは豪華だったが、あとは簡単なんだな。缶ビールが1本氷の中で冷やされているのとミルクが冷蔵庫に入っていると説明される。どうやらこの後は帰ってしまうらしい。彼女の友達なのか、男がやってきて片言の英語で同じことを言っている。じゃぁこの人もオスピタレロか。
宿泊者がたくさんいれば管理人も常駐したのか知れないけど、一人だけじゃこういうことになるのか。明日はこの裏口の扉を開けて出てねと説明され揃って帰ってしまった。ポツンと残されたけど凄い気楽。
どうやらこの大きな建物に今夜は私一人と決まったらしい。そう思うとちょっと不気味なので全ての扉の鍵をチェックして回る。まだ外は明るいので、誰か巡礼がやってこないかな、今なら無料で泊まれるよと期待したが、そういうことはなかった。
アルニカンが効いたようで、立ち上がっても痛くならない。ボルタレンより効くと力説した筈だ。でも少ししたら同じようになったので気のせいだったか残念。やっぱり立ち上がるときは注意しよう。 -
6時過ぎたので置いてってくれたボカディージョと缶ビールで夕飯にする。チーズ、ハム、野菜がたんまり挟まった30cmもあろうかと言う巨大ボカディージョで、とても食べ切れる物ではない。それとヨーグルト。後で気がついたが、スペインって昼飯は豪華だけど朝晩は軽く食べるらしいと聞いた覚えがある。それでか。日本人は夕飯こそ一日の終わりに相応しいものを食べるので、期待しすぎだった。
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後は歯磨きして寝るだけだが、この時間になっても誰かやって来ないかなと期待して薄暗くなった外を見ている。
銀の道13 Carrascalerjo - Alcuescal 養老院のアルベルゲ
5月9日
6時起床。大きなアルベルゲにたった一人だったので良く寝られた。ベッドの上でいつものように坐骨神経痛用のストレッチをしてから足の肉刺防止にニベアをすりこむ。どちらも効き目があるのか無いのか分らないが、悪い結果が出てからでは遅いので今できることは全部やっとく。
キッチンに行って冷蔵庫からミルクを出し、レンジでチンしてコーヒーと砂糖を入れる。好物のコーヒー牛乳の出来上がり。昨晩、巨大過ぎて食べ切れなかったボカディージョの残りを軽くチンしたら柔らかくなって食べやすい。朝食用に用意してくれたリンゴとサンドイッチにミニカステラは持ち歩くことにする。これは昼飯用。広くて綺麗なアルベルゲの中で、のんびりと自由気ままに飲み食いして、この旅で初めてまともな朝飯を食べた気になった。今までがロクなもんじゃなかったので。
旅の記録用には毎年A5サイズのノートを持ち歩いているが、昨年も80数日間の長旅だったために後半はページが足りなくなり、仕方なく裏が白い紙を何枚も利用して書き続けた経緯がある。それで今回は最初から小さい文字で書いてページを節約している。まだ残りが2ヶ月もあるので、その成果やいかに。
これも効いてんだか効いてないのか分らないボルタレンを塗って7時5分にカレスカレホ出発。7時でやっと夜明けって感じだ。若干、膝に違和感が感じられるので慎重に歩くことにする。早足は絶対に禁物。 -
昨日に引き続き、緩い上りがずっと続くが、腰も膝も心配するほどじゃないので快調に歩くことが出来る。上りの方が坐骨神経痛には具合がいいので、ずっと軽い上りでも一向に構わない。
今日は誰にも会わないなーと思っていたが、休んでいたらホセ夫婦がやってきた。あれ?ホセ達は昨日20km先まで行ったんじゃなかったのかね。実は私が泊まった所から2キロだけ先の村に泊まったそうだ。そんなのがあったとは知らなかった。値段を気にしなければアルベルゲ以外の宿はあるのだろう。私にはアルベルゲ以外に泊まる考えはないので知らなかった。ほかにもスペイン爺ちゃんと夫婦の巡礼がいたので前後しながら歩くことができる。歩く人が少ない銀の道では貴重な仲間なので、出会ったらなるべく離れたくない。絶滅危惧種動物同士の出会いのようなもの。 -
向こうから羊の群れがやってきたが、前方に私が居たので先頭の群れが戸惑って足を止めてしまった。でもそのあとには凄い団体が続いているので、戸惑っていた羊は意を決したのか私の横を勢いよく駆け抜けて行った。そしたら来るわ来るわ、一体何匹いるのだろう、少なく見ても500匹はいそうだ。面白いのでその様子を動画でも撮っておく。ドドドドドーッ。この群れを数匹の牧羊犬と一人の牧童だけで動かしているんだから大したもんだ。
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広大な土地には家畜が自由に放牧されているので、自分とこの家畜が逃げ出さないように境界にはそれなりの策が施してある。これもその一つで、この手の策はそこかしこにある。人間は歩いて渡れるが、ヒズメを持った羊や牛には渡れない橋なのだろう。これがないところには施錠してない扉が設けられているので、我々は開けては閉めて通らせてもらっている。ありがたや。
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銀の道の名物は水たまりだとは何度も言っているが、ここも雨が降ったりするとまともな川に変貌するに違いない。いちいち橋を架けられないようで、こういう簡易橋が頻繁に架けられている。この上をポンポンと飛び跳ねて渉るのだが、どうですこの適当さ加減。高さを揃えましょうという発想は余りないようです。でも、これがなかったらタダでは済まない日があるのだから、ディスるのは罰あたりと言うものです。
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目的の村かと思った分岐にAlberugueの看板があって、そこでホセ夫婦が何やら言っている。「No Alcuescal」とか言っているので、どうもこのアルベルゲは目的の場所じゃなくて、目指すところはあと2キロ先にあるそうだ。教えて貰わなかったら間違いなく看板に従い曲がってしまっただろう。そこへあの謎のカップルがやって来たので、この二人はどういう関係なのかまた妄想が始まった。
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暫く歩くと大きな村に入ってきて、そこにはネットで見た修道院に養老院とアルベルゲがドッキングした大きな建物が現れた。これこれ、これに泊まりたかったんだよ。良かったホセに教えてもらって。ここは夕飯が提供されてドナティーボだそうだから。つまり寄付。金額は置いといて、夕飯をみんなで一緒に食べるのは大歓迎なのだ。それがあるとみんな仲良しになれるから。
※お役立ち情報
Alcuescalのアルベルゲは巡礼路沿いにあるので迷いません。ここは銀の道を歩く上で外せないアルベルゲです。 -
チェックインで私が日本人と分かると、一人のオスピタレラがスマホの画面を見せだした。そこには四国の遍路装束に身を固めた本人の写真が。この人は四国遍路を歩いて踏破したそうだ。あなたも遍路をしたかと聞いてるが残念ながらノーだ。四国遍路には興味があるが、仏教徒でもない私が四国の方々からお接待を受けるのは筋違いだろうとの思いがあるので、極端に言うと行ってはならない気がする。勿論、そんな複雑なことを伝える語学力はないので、単にノーしか言えないのが悲しい。
※後日、四国遍路をした日本人女性がこの人と出会っていたブログを発見しました。
その写真がこちら。日本人女性の方にもブログ上からお知らせしたら驚かれ「おくさんお大師様に呼ばれていますよー」とのこと。お遍路に行くべき人をこういう言い方をするらしい(かなりあやふや)。 -
そのあと、この人が小さな陶器の人形を手にやって来て「オセッタイ」と言っている。この人も四国を歩いていたときに沢山のオセッタイを受けてきたのを思い出したのだろう。誠に申し訳ないが荷物を増やすのは厳禁なので丁重にお断りする。代わりと言っては何だが、この人の気持ちに応えて和風マリアカードを進呈させてもらった。
シャワー、洗濯してから石鹸を外の洗濯場に忘れたことに気づいて戻ったら、ジヌがそれを使っていた。謝っているが、「バレバレ~(全然オッケー)」と伝える。シャワーと洗濯の両方で使う石鹸は手放すことが多いので忘れ物ナンバーワンなのだが、今回は何とか一度も忘れずに持ち堪えている。この後も忘れ物無しで過ごしたいが、そうは問屋が卸さないだろう。
Wi-Fiがないこと4日目なので、フェイスブックの更新も滞っている。そろそろ心配してくれてる人たちがいるだろうと、Wi-Fi目的で近くのバルでビールを飲んだが、ここんちのWi-Fiはフリーなのに繋がらなかった。マスターに聞いても原因が分からないので諦める。ビールにはピンチョスが付いてきたが油っぽくて不味い。付近に店がないのが分かっているので帰りに冷蔵庫のセブンアップを1本買って帰る。最近、寝る前に炭酸系の飲み物がやたら飲みたくなるので。
アルベルゲに戻ったら入り口の扉がロックされていたので、ぐるっと回って炊事場から入ろうとしたら調理のおばちゃんに慌てて止められた。そう言えば受付の時に何か言ってたらしいと思い出すが、言葉が分からないので右から左だった。炊事場のおじさんが鍵を持ってきて正面扉を開けてくれるらしい。そこにはフランス兄ちゃんも同じように締め出されて、インターホンを押している最中だった。みんな同じようなことをやってるね。 -
4時近くなってベンがやってきた。メリダから37kmを一日で歩いたらしい。と言うことはメリダで2泊したのか。大きなアルベルゲなので、この時間にやって来ても下段ベッドが空いていたので良かったね。
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6時半からモナステリオ・ツアーと言う事で、この修道院内と養老院の中を案内してくれた。ドン・ボスコの大きな肖像画があったので、そう言えばドンはスペイン語だった。ドン・ボスコってスペインの人だったのかと今更ながら気が付いた。
ツアーの最後に養老院の中にある聖堂で祝福の何かがあって、数人の巡礼に何か喋らせ始めたので困ったなと思ったが私に振られることはなかったので命拾いした。 -
外に集合したところで、明日は7時に扉が開けられて、それから7時半の間にみんな出発しましょうと告げられる。7時半になったら鍵を閉めてしまうそうだ。時間厳守らしいが、みんな一斉に起きだすだろうから心配は無用だろう。
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8時からみんなでディナー。大体こういうところで出てくるのはスープが定番だ。人数が増減しても対応できるからだろう。次はちゃんと肉がでてきたので意外だった。お遍路やった女性も一緒のテーブルで食べているが、その人の皿には肉はなかった。足りなかったのかな?誰か写真を撮り出したら、いつものように我も我もになる。
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ここのベッドルームは大きな部屋がひとつだけで、中には数十台の2段ベッドが並んでいる方式だ。充電ポイントを探していたら、言葉が通じないけど自分が使っているコンセントを提供してくれたり、立ち上がった時にヒーコラ歩いているのを見てたのか、私の腰をポンポンと叩いて心配してくれる人がいる。どこでも巡礼者同士は助け合って暖かい。
銀の道14 Alcuescal - Valdesalor ドイツの夫婦
5月10日 -
Alcuescalを7時に出発。四国遍路をしたオスピタレラが全員にハグして送りだしてくれるサービスがあって嬉しい。今にも降り出しそうな曇天なので、バックパックにはレインカバーを装着して出発する。案の定、ちょっとパラついて来たがその程度で済みそうなので助かる。その代わり、膝が痛んでそれがずっと続いている。ボルタレンを塗ろうかと思ったが、面倒なのでそのまま歩き通すことにする。代わりに歩幅は常に小さくして膝への負担を軽くしようと心がける。今日の行程は少し長めの27kmなので、ひたすら前へ進むことを考える。
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最初の村に入っていくと、ベンチとその隣には水道とゴミ箱まである優良休憩スポットがあったので、ここで朝飯にすることにする。4日持ち歩いている8Pチーズを3日持ち歩いていて硬くなったパンに挟み、何ちゃってボカディージョの完成。さすがにパンは硬くて危険なので手で小さく千切っては食べることにする。2年前みたいに途中で差し歯が折れたんじゃたまらん。
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休んでいる前の道路を2輪の引き車に重たい荷物を載せたドイツの夫婦と一輪車を押したベンが揃って通過していった。たまにこの手の台車で巡礼する人を見かけるがとても珍しい部類だ。そんな二人が揃って歩いている光景は更に珍しいレアな光景だ。
食べ終わったところで隣の水道で手を洗う。イスがあってゴミ箱があって水道があるのが最高の休憩所だ。ここは三拍子揃っているので星みっつと言うところか。
休憩はいいのだが、そこを仲間に抜かれると追いつくのは中々難しい。ベン達が休まない限りは間隔は離れたまんまだろう。そこに昨日ちょっと話したドイツのおじさんが休んでいたのをグーテンタークと言いながら通り過ぎようとしたら、どういう訳か拍手してくれた。考えるに、それほどドイツ以外の人はドイツ語で話しかけてくれないってことなんかな。私の場合は、おはよう、こんにちは、ありがとうの3つのドイツ語しか知らないので、そのみっつを使ってしまうとすぐに品切れ。
この人はここでどの位の時間休んだのか知らないが、ここでの休憩が祟って、今晩のアルベルゲのベッドが品切れになってしまうという憂き目に遭うのを今は知らない。 -
今日も羊の移動があった。でも今回は百頭足らずで前回よりは大分少ない。この位ならこちらも脅威に感じることはないようだ。それと今日も簡易橋を幾つも通り越す。御覧のように見事なバラつきがあって微笑ましい。ここんとこ本降りになる日がないので、この橋にお世話になることはなかった。ありがたや。
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二輪車をひっぱるドイツの夫婦は70過ぎに見えるが、二人とも身長が高いこともあって歩くのがとても早い。休んでいる所を追い越しても、そのあと必ず抜かれる。アルベルゲが近くなって来た時にも抜かれたので残念だった(下段ベッドの関係で)。
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Valdesalorの公営アルベルゲは定員14名と少ないのが分かっている。アチコチ痛い私は下段ベッドを確保したいので立ち休みもほどほどに真剣だ。ひたすら前へ前へと27kmを5時間半で歩き切る。膝が少し痛むのもあって、もうヘトヘト。その甲斐あって下段ベッドにはまだ3つ余裕があったが、途中で抜かした人は上段だったりベッドの残りがなかった。その日のアルベルゲ情報でベッドが沢山あると確認できれば焦ることもないのだが、今日のような日は真剣だ。公営アルベルゲは予約不可で先着順。ベッドを指定される所もあるが、多くは先に取ったもん勝ちだ。そして殆どが下段から埋まっていく。
私が朝飯を食べている横を抜いていったベンは既に到着していた。どういう訳か、ベッドじゃなくて長いソファーに寝袋を敷いているので、ソファーで寝るのが好きなようだ。でもここはみんなが食事をしたりするスペースなので、いつまでも煩くて寝られないんじゃないのかな?
その後やってきた、あのドイツのおじさんのベッドはなかったので、女の人からこの村にあるオスタルを教わって出て行った。アルベルゲに早く到着するのはとても大事。
ここにはオスピタレラがいないので、聞いたら離れた村の中にあるバルでチェックインするそうだ。一応、道順を聞いてはみたものの簡単には到着できなかった。そんな大きな村ではないので、うろちょろしていたら巡礼者を発見したので無事にバルに到着。中に入ると3人の巡礼がチェックインを待っていて、ベンはここでお昼を食べていた。今日の宿泊代は休めの6ユーロ。不思議なことにここんところアルベルゲの宿泊代が値下がりしている。理由は分からないが私には有り難いこと。
バルで2ユーロのビールを一杯飲ませてもらってからスーパーを教えてもらうがまったく見つからない。同じようにスーパーを探している巡礼が二人いたので一緒になって探すのだが、教わった近くにいる筈なのにさっぱり見当たらない。そこへ普通の民家からレジ袋を提げた地元の人が出てきたのでやっと分かったが、そこんちは看板も何もないまったく普通の民家と同じだった。これじゃぁ地元民しか分からない筈だよ。入って行くとちゃんと色んな品が揃っていて店そのものだった。スペインの田舎にはこういう店が時々あるので油断できない。
今日もいつものように1リットルビールに生ハム、トマト、ヨーグルトにパンで5ユーロちょっと。バルで食べる半額だが流石にワンパターン過ぎる気がする。そのうちちょっぴり冒険してレパートリーを広げたいもんだ。
アルベルゲに戻る途中、中型のジャーマンシェパードを4匹も連れている人がいた。中型と言ってもシェパードはでかいので普通の犬なら大型に値する。あろうことかその内の2匹が私めがけて飛んできた。襲うとかじゃなくて、レジ袋の食料に気がついて狙って来たのだ。ノーノーと言いながら袋を高く掲げて守る。飼い主もこれはまずいと思ったのか、何か声を掛けながら急いでその場を走り去ったので、犬もその後を追ったので助かった。スペインはリード無しで犬の散歩をさせるのが普通なので困る。 -
暑い中での買い物をやっつけたので次はシャワーだ。ここにはシャワーとトイレがひとつになったのが男女共用でひとつしかないのでドアの前の椅子に座って順番待ちになった。先頭はワインをくれたドイツのお父さんだ。その奥さんがやってきて、洗濯機を回すから私の洗濯物も出せと親切に言ってきた。うーん、まだシャワー前だから無いんだけどな。そしたら今着ているものがあるじゃないかと言うので、その場でパンツ一丁になって洗濯物を渡す。その旦那さんと二人してパンツ一丁でシャワー室の前に並んでいるのは不思議な光景。とても開放的だ(これら全てジェスチャーでのやり取りです)。私の後ろにはスペインの女性が並んだが、さすがにこの人は同じにはならなかった。当たり前か。
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昼夕兼ねての食事にする。ここは大きなテーブルがひとつしかないので、ドイツの夫婦も一緒に食べだしたが、奥さんが作ったフレンチトーストやワインを私とフランス爺ちゃんにひとつずつくれた。私もビールやハムを勧めるのだが、今日もどちらもノーサンキューだった。近くにいたベンにも勧めてみたが、バルで飲んだからいらないって。ことごとく断られて張り合いが悪かったので、自分が勧められたら欲しくなくても貰った方が親切だなと改めて思った
銀の道15 Valdesalor - Caceres 城下町は道がぐねぐね
5月11日
Valdesalorのアルベルゲ、膝にたっぷりボルタレンをすり込んでみる。膝には余り効く気がしないのだが、取りあえずはこれしか方法がない。7時15に出発。本日の目的地は中世の趣が残る町カセレス。町の観光もしたいので是非そこに泊まりたいのだ。そのため今回最短の11.8km。居眠りしててもたどり着ける。まぁ甘く見てると大体が痛い目に遭うのだが。 -
歩いているとすっごい光景が現れた。牛の群れの向こうから。燃え上がるような朝焼けが始まったのだ。この世のものとも思えない光景に度肝を抜かれる。すぐ近くを歩いていたスペイン人二人に教えると、オォッと言いながら写真を撮り出した。これは朝からええもん見られた。
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この二人も昨日のアルベルゲで一緒だった人で、今回の巡礼は今日で終わりにして故郷に帰るそうだ。スペイン人は同じ国内から巡礼が始められるのでお遍路で言う区切り打ちができるが、遠く外国から飛行機でやってくる私には勿体なくてできない。それに無職なので時間だけは腐るほどあるから、一度スペインに入ったら飽きるほどいられて、大小数本のカミーノを歩いていられる。無職バンザイ。
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これは銀の道特有の道標です。銀の道には他の巡礼路にあるようなモホンはなく、代わりにこんなのがアチコチに立って我々を導いてくれてます。天辺にローマ時代の門が掘ってあり、これはこれから越えていくローマ時代の遺跡「カパラ」を象徴する門です。側面にはご覧のような色が付いてます。青は銀などを運んだ古代の道、黄色は現代の巡礼路を示しています。両方の色があるのは古代と現代の巡礼路が一緒だと言う意味です。これが青だけだと巡礼路を見失ったと言うことになります。おー怖!!
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遠くに目的のカセレスの町が見えてきた。相当大きい町の筈なのだが、遠くから見るとやっぱりギュッと一箇所にまとまっている。スペインはよっぽどの大都市で無い限り、町の外側まで人家が広がるということはなく、ここもやっぱりそう。スペイン内の王国同士、町同士が侵略を繰り返してきた歴史があるのだろう。ギュッと固まってお互いを守ったり、高い城壁の中に町をすっぽり囲っていたりする。日本の城は殿さまを守るための城は攻め込まれないようにガッチリと作るが、武士や殿さまを支える民百姓を守る気は更々なく酷いもんだ。
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数人の巡礼と前後して町に入ったが、みなそれぞれに行きたい所があるのか、やがてバラけて一人歩きになってしまい、複雑な町なので心細くなる。運悪くここで雨が降ってくる。初めは濡れてりゃいいやと思ったものの、意外に雨脚が強くなって来たので仕方なく合羽を着込むことにする。
カセレスは古い城下町なので日本の城下町と同じく真っ直ぐの道がなく、どこも道路はのたくっている。そして「町中あるある」で黄色い矢印は無くなってしまったので普通の町の倍くらい迷い狂う。雨のためか、こんなときに限ってGPSの機嫌が悪いので、地元の人やパトカーに教えてもらいながら迷いに迷ってようやく公営アルベルゲに到着。しかしここは巡礼用の宿ではなかった。キッチンないし洗濯場所も干す場所もない。エントランスは大きなバルになっていて、地元の人の溜まり場になっているようだ。 -
チェックインしている最中、凄く歩くのが早いつるぴか君が到着してきた。私と同じ長い廊下の突き当たりにある1号室になったがまだ清掃時間なので部屋には入らないでくれと言われる。外は雨だし、時間つぶしにバルのカフェコンレチェ1ユーロを飲んでみる。前2回の巡礼では時々飲んだカフェコンレチェだが、今回の旅では15日目にしてこれが初めてだ。同じ飲むなら同じ値段で飲めるビールだし、ビールを飲まないときに代わりに飲むようになったのがコラカオと言う、いわばココアだ。これは暖めた牛乳に粉末ココアを入れるので栄養もあるし歩くためのエネルギーの元になるだろうとの思いで飲むようにしている。実際美味いし。
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そうこうしていたら昨日も一緒だったスペイン夫婦が到着して来て私たちと一緒の部屋になった。この部屋にはシングルベッドが3台と2段ベッドが一台ある。全員がベッド1台ずつになれたので、これ以上は来て貰いたくないな。
分かりづらい町なのにみんなアルベルゲを良く見つけて来るよな。もっとも、スペイン語が話せれば私ほどは迷わなくて済むのかも知れないが。あ~、もう少しスペイン語が話せるようになりたい。英語ももう少しマシになりたいといつも思う。
今日はショートコースでおまけに雨降りで寒いからシャワーはいいや。汗もかいてないから洗濯もしない。どうせ物干し場もないし雨降りで乾かないし。距離が短くてよかった。
ここはアルベルゲと言う名前ではあるが、宿泊客は明らかに巡礼には見えない若者が廊下などにパラパラいる。むしろ巡礼者はこの部屋の4人だけのようだ。実態はユースホステルか?そう言えばバックパックを置かせてもらったコルドバの宿もアルベルゲと言う名前だが泊り客は少年少女の団体が入ってたりしてユースホステルのようだった。アルベルゲって巡礼者専用宿の呼び名じゃなかったんか!?
そのためか値段も16ユーロと高め設定。一日の経費を20ユーロ以内に設定している私はこれ以上金を使いたくないので雨の中を中国人経営の小さな店を見つけ、食料を仕入れて食べることにする。食器も何もないから缶ビールと手で食べられる物だけを4ユーロ半ほど購入。ここんとこ粗食が続いているが今日は中でも最低レベルか。
ネットの天気予報を見たら、明日は雨降り100%で明後日が40。ここカセレスには他に私営アルベルゲが1つあって40名収容と大きい。値段もここと同程度なので、膝も痛いことだし天気も悪いからここで連泊する選択肢が出てきた。明日天気が悪いようなら明日の朝に考えよう。天気が良かったら歩いて雨ならカセレスで連泊。 -
アルベルゲを探す途中に、カセレスの古い街並みを歩いて来たが、やっぱりこの町はタダ物でないのが分かった。そこかしこに中世の建造物があって観光するなら見ごたえありそう。ただ、雨の中で宿を探している身にはそれどころではなかったが、できればゆっくり見て回りたい町だった。
まだ午後5時だが、やることがないので寝てしまうことにする。他の3人は雨の中を観光でもしているのか、部屋には私だけ。しかし、寝てはみたが気温が低いこともあって足がメチャメチャ冷たく一向に温まらないので寝るどころではない。それでシャワーで温める作戦を考え付く。運良くこの4人部屋にはシャワー・トイレがひとつあるし、他の3人は出かけているので何の気兼ねもいらない。都合のいいことに、バスタブ付のシャワーなので一番熱くした状態で足に掛けながら湯を溜めることにする。膝も温めた方がいいのかなと、膝にも掛けてみる。足が温まったし、これで良く寝られる気がする。これ気がついて良かった。
歩く歩く歩く2017 銀の道4へ続く
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