2017/04/25 - 2017/07/19
407位(同エリア507件中)
おくさん
銀の道36 Santa Marta de Tera - Villar de Farfon
山の中の一軒家
6月1日
4月25日に日本を出発して、とうとう6月になった。だが日程的にはまだ半分も来てない。無職なので遊び放題。
5時半ころになったら同部屋の顔見知り夫婦がゴソゴソと行動開始したようだ。私に遠慮して暗い中で小さなライトを頼りに準備を始めたので、ベッドから抜け出て部屋の電気をパチンと点けてあげたらお礼を言われる。ずいぶん早く出発するんだな。
私はアルベルゲで朝飯を食べて薄明るくなった7時頃に出るのが理想だ。キッチンで昨日の残りのスープを暖め、パンとチーズにヨーグルトを食べる。仕上げはインスタントコーヒーでまったりする。カルロスも起きてきて隣りで何か食べている。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- エティハド航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ちょっぴり早めの6時45にスタートする。昨日、ツアーで案内してもらった教会前の広場に出たら隣町の私営アルベルゲから出発したらしい巡礼が前を歩いている。それを見たら私が思ってたのより1本左の道が巡礼路なのに気付く。前を歩いてる人がいたので朝から道を間違えなくて助かった。この辺りの道標も、昨日ツアーで見学した教会にあった古いサンチャゴの石像が描かれているものだった。
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平らな田舎道を歩き続け、遠くにカルロスが歩いているのが見えたところで靴紐を緩めて小休止、ついでに青リンゴを食べる。
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見事な運河沿いを歩いて、村の出口に差し掛かった所に矢印が見当たらない。こっちかなと想像で村はずれ方面に歩いていったら前方で農作業をしていた人が違う違うと手を大きく振って教えてくれる。田舎の人はカミーノを知ってるし、みんな巡礼に親切。ムチャグラシアスーッ。
じゃぁこっちだと村の中に入っていく。確かにこっちには矢印があった。進んで行くと前を行くカルロスを発見。5日前にサモラの大きな街を出る時にお供させてもらったイタリアチーム4人と歩いていた。イタリアとスペインは自国の言葉同士で話ができるようだから超お得だ。関東と関西の人が話すようなものなんかな? -
カルロス含む5人が村はずれの教会で休んでいる所で追いつく。みんながお喋りしている横でエネルギー補給の為にミニカステラを2個食べてみる。何しろ水と食料を切らさないのが大切だ。どちらか無くなったりすると悲しい目に遭うこと必至。少し重たい思いをしても持ち歩こう。
銀の道は炎天下の中を赤土の乾いた道が延々と続くイメージだったので、メガネの上から掛けられる百均のサングラスを買ってきてみた。眼鏡の上から掛けることが煩わしいので滅多に使わないのだが折角持ち歩いているので今日は付けてみた。風景がちょっぴり暗くなるので少しだけ涼しく感じるのでちょっとだけ便利かな。ちょっとだけ。これUVカットも付いてるのに百円だった。メガネ屋で安い近眼メガネを買ったときはUV加工代プラスで千円も取られたぞ。
ずっと歩いて行くと遠くにダムが見えてきた。しかし道はダムの方には向かわずに山の中を大きくぐるぐる回っていてダムには中々近づいていかないようだ。今日の行程がダムを越えるのはブログで知っているので、どうやったらダムの上に行けるのか謎だったが、遠回りしながらもようやくダムの上に出られる。高いところから見渡すと中々良い眺めだ。昨晩同じ部屋だった夫婦はここでゆっくり休むらしく座り込んでいる。奥さんの方が痩せていて体力なさそうなので、あんまり無理はできなそうだ。 -
ダムの上にはVillar de Farfon村まで3.5kmの看板があった。取りあえずの目標にしているアルベルゲまでもそんなに遠くない筈。まだ時間が早いしベッド数はたったの4ベッドなのでどうしようかなーと考えながら歩く。次にアルベルゲがあるのは6.1km先のVirgen de la Carbadellaでベッド数は28もある。沢山の巡礼が泊まる方が楽しそうだが、時間は早いのでどっちに泊まるかは着いてから考えよう。
※今さらですが、外国の地名をカタカナで表すには自信が無いので殆ど現地のままで表記しています。でも、スペイン語の場合は多くがローマ字読みで通じます。スペイン語独特なのを除いてですが。たとえば上の村の名前は「ビジャール デ ファルフォン」で良いと思います。 -
12時、Farfonのアルベルゲに到着。アルベルゲは、えーっここーっ!?と言うほど小振りで一風変わった建物だった。ディズニーランドなら無くもないかなと言う感じの建物。中に入っていくとウェールズ・ドラゴンらイギリス3人組と掌が欠けたスイス人が休んでいた。おっ久しぶり、オラー。イギリス人もスイス人もみんな挨拶はオラ。
ここんちはドナティーボで接待してくれるようで、着くとすぐにコーラかジュースかと聞いてきた。本当はビールが良いのだが、無さそうなのでファンタオレンジを飲ませてもらい、1ユーロコインを貯金箱みたいのにコトンと入れる。スーパーなら半額だしバルなら1.5ユーロなので、1ユーロはあいだを取った妥当な額だろう。 -
昨日同室だった夫婦とカルロスもやって来たが、誰一人泊まろうとはしなかった。部屋を見せてもらったら平ベッドが2台で2段ベッドが1台。平ベッドは滅多にないので泊まりたいな、今晩はここに決めたことを伝える。しかし、相当久し振りの客なのかシャワールームにある水道の水は暫く出していても茶色のままだった。水道管が錆付いているようだがずっと出し続けていれば飲めるようになると思われる。ここはそれくらい泊まる人がいなかったってことか。
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土間のキッチンには犬小屋があるし猫がテーブルの上で寛いでいても下ろそうともしない。それなのにダニ対策か、バックパックはベッドルームに持ち込まないでなんて言っている基準が分からん。ここ大丈夫か?一度泊まると言った手前、気が変わったと言うのも何なんで話のタネに泊まってみよう。
カルロスはオーナーと難しそうな話を長いことしてから出発して行った。明日はAsturianosに泊まることにしてあるそうで、オーナーもそこはとても良いと言ってたので私もそこを目指そう。距離を調べたらここから山の中なのに31.9kmもある。だ、大丈夫かな。
日本から今年も非常食用にカロリーメイトを持ってきている。もう1ヶ月以上持ち歩いているので、今後も食べることは無さそうなので少しでも軽くするために食べてしまおう。3年続けてカロリーメイトを持ってきたが、もう必要ないのが分かったので次回は持ってこない。持ってくるなら柿の種を持って来る方が実力ありそうだ。
周りに何もない一軒屋なので、キッチンの棚にはスパゲッティなどの食材が沢山用意してあってドナティーボで自由に使っていいと説明される。だが、公営アルベルゲは前に泊まった巡礼が余った食材を置いていったもので、それこそ自由に使っていいのだが、ここのは買って揃えてあるんだもんな。ドナティーボは自分で価格を決めなくてはならないので良い様な悪いようなだ。値段を決めて売ってもらう方が余計な頭を使わなくて済むのでずっといい。 -
写真は右の明るくなっている扉がベッドルームで左の奥にはオーナーの住処があります。ここのキッチンの隅には犬小屋が。結論としては外れのアルベルゲだった。でもこんな建物だけどWi-Fiがあるので1ポイントだけ挽回した。
銀の道37 Villar de Farfon - Mombuey カルロス故障する
6月2日 -
Farfon の変わったアルベルゲの朝。食料が尽きてたのでアルベルゲのキッチンに備蓄してある食材の中からスパゲッティの麺だけもらって日本から持参のペペロンチーノの素でスパゲティを作ることにする。今までペペロンチーノの素はスープにして飲んでばかりいたけど、やっと本来の使い方ができた。炭水化物は歩くエネルギーになるそうだ。それとインスタントコーヒーで簡単な朝飯。明日は日曜なので今日は買い物注意だ。
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安い公営のアルベルゲならベッド代が5で、それにスパゲッティを一握り貰ったので出し過ぎとは思うがドナには10ユーロ札を入れて8時にスタートする。このアルベルゲの手前には村はないし、もちろんこの近辺にはアルベルゲは皆無なので他の巡礼がこの時間にここを歩いている筈がない。予想どおりずっと独り歩きが続く。
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うら淋しいいかにも巡礼路らしい道を歩き続けていくと次は村ではなく小さめな町が現れた。自然公園みたいな道をぐねぐねと歩いて9時半、カルロス達が泊まったと思われるアルベルゲが道沿いに現れる。ベッド数は28もあるそうだから、やっぱり大きくて立派なアルベルゲだ。町なのでスーパーもありそうだしこっちの方が遥かに良かったかな。まぁ話の種としたら昨日の方が面白かろうと痩せ我慢をしておく。
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町を抜けるとまた巡礼路ぽい田舎道がずっと続くが、この辺りはお花畑も点在しているので、まるで遊歩道のようだ。歩きながら道々の花が目を楽しませてくれる。Mombueyへ入る手前のガソリンスタンドに戦車を積んだトランスポーターが3台も停まっていたので珍しがって写真を撮る。戦車の写真って撮ったら怒られるのかなと思い素早く撮影する。さすが軍隊のある国は違う。毎日空にはジェット機が飛行機雲を何本も描いているし、きっと戦闘機だろう。
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目的地の Mombuey 町に入って行くと道の両側に店が並んでいるので、スーパーがあるかとチェックしながら歩く。そんなことしながら歩いていくと町外れまで来てしまい、知らない内にアルベルゲを通り越してしまったようだ。短時間に通り越すなんて、そんなに大きな町じゃないんだな。タブレットを出して現在位置を確認したら、印刷して持ってきた地図は町に入る道が想像とは逆だったことに気付く。つまり地図が上下逆さまだった。どうりで町の様子が地図と違って見えた筈だ。地図をひっくり返しにしてみたら、すぐにアルベルゲへ曲がるわき道を発見する。
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今日のアルベルゲもまっこと小さなオンボロ家だった。でも昨日が昨日だったので、あれよりはマシに見える。日本で言えば昭和の壊れかけた家と言う所か。時間が早いけど扉は開いていた。誰もいないだろうけどオラーと一声かけて入っていったらカルロスがベッドの上にいたのでびっくりするやら嬉しいやら。どうやら膝を故障したようで、ここで連泊なのか、或いは前のアルベルゲから少しだけ歩いて来ただけのようだ。何にしてもカルロスがいたので嬉しい。
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体重がある人はほぼ膝をやられてしまう。カルロスもビール腹なのでご多分に漏れなかったと言うわけか。今日は病院に行ってくるんだと足を引きづりながら出て行った。私は来るときに目をつけておいたスーパーへ買出しに行く。有難いことに冷えた1リットルビールにトマト3、アスパラの瓶詰め、ヨーグルト4、チョリソー1袋、ミニカステラ2、オレンジ、さくらんぼで8.58ユーロ。毎度まいど同じような買い物内容を書いて申し訳ないが、これは自分への記録でもあるのでご勘弁。
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昨日が相当な粗食だったので今日の昼兼夕飯はサクランボも加えて少しだけ豪華にしてみる。この小さなアルベルゲには皿が1枚とコップが2個だけ、他は一切なしと潔い。でもミクロコンダス(電子レンジ)があったからパンにチョリソーとチーズを挟んでチンして食べられる。古い木のテーブルがベッドルームの隅に1つだけチョコンと置いてあるだけの粗末なアルベルゲだが、ビールと食べ物があればご機嫌だ。へっへっへーと一人宴会していたらスペイン人の男性ソロが到着。20数キロ歩いて来たそうだから、私より8km離れたOllras de Teraに泊まったようだ。
日本の友達に絵葉書を出したいので切手と絵葉書獲得に向けて出掛けて行く。郵便局は迷ったときに通りにあるのを見ていたので確認済み。郵便関係の単語はカルタ(はがき)しか知らないので、身振りで交渉すると切手(1枚1.35ユーロ)4枚を買うことに成功する。カルタだけしか言わないで(言えない)買ったけど、これで外国へも出せるのかは不明。しかし絵葉書は売ってないそうだ。伝わってないのかなと思って局内にある絵葉書のサンプルみたいのを指差してキエロ(欲しい)と言って見たがやっぱり無いらしい。どこで買えるのかドンデ?(どこで?)と何となく聞いてみると、ティエンダ(小さい店)で売っているらしい。じゃぁティエンダを探してみよう。
郵便局のすぐ近くに何の店だか分からないけど小さな店があったので絵葉書がないか身振りで尋ねてみたがやっぱり無いそうだ。日本で例えるなら八百屋に入って来た外国人が絵葉書を買いたいと言ってるようなものか。随分間抜けに見えたのかも知れないが言葉も文字もロクに分からないのでそんなもんだ。もうシエスタの時間に入ってしまうので5時過ぎたら別の店で再チャレンジしてみよう。 -
アルベルゲ前に戻ってくると聞きもしないのに近所の主婦がミサは8時からだと教えてくれる。ミサはなるべく出るようにしたいと思っているのだが、中々チャンスがない。これはラッキーかも。教会の場所は近所を探検した時に見ているので時間になったら行ってみよう。
カルロスが医者から戻って来た。膝を指しながら「ケタール?(どうだ?)」と聞くと、とても良いそうで明日は歩けるらしい。スプレー式の消炎剤を処方してもらったと見せている。明日は私と同じAsturianos迄歩くそうなので嬉しい。カルロスがスタンプは少し離れた店で押してくれるという情報を持っていた。でも夕方7時からでないとダメだそうだ。シエスタ明けの5時でなく何で7時?
さすがにこのアルベルゲにはWi-FiがないのでWi-Fi求めてタブレット片手にふらついていると通りにフリーが飛んでいたのを発見する。やってみるもんだ。カルロスもやって来たので教えてあげるとスマホを出して見ている。そこへ地元のスペイン紳士が登場する。カルロスとはスペイン語で軽快に喋っているが私とは片言のスペイン語で会話を交わす。日本から来たとかサンチャゴ目指してセビージャから歩いているなんて簡単なことだけしか話せないが。
5時過ぎたので絵葉書を求めてティエンダらしき店に行くも、扉は閉まったままだった。張り紙にはPMは5時~8時と書いてあるが今日はもう開けないらしい。土曜は10時~2時だけだとも書いてある。仕事しな過ぎだよスペイン人。
ミサの時間を教えてくれた近所のおばちゃんから何故かアルベルゲの鍵を預かる。と言うことは、この人って管理人だったのか。どうりでミサの時間を聞きもしないのに教えてくれた筈だ。夜は中から鍵を掛けて、次ぐ朝はポストに鍵を放り込んでくれればいいそうだ。
ここのミサは凄く早く終了した。人生最短の20分くらい。司式はさっき道端で話した紳士だった。この人は神父さんだったのか。ミサの終わりに地元の人たちに向けて私のことを紹介し出したのが分かった。「日本からやって来たペレグリノがセビージャからここまで歩いて来てサンティアゴまで行く」と言っているのが分かる。セビーじゃからここMonbueyまでは約790kmもあるので、ほーとかへーとか聞こえて来て、みんなの目が私に集まったので、ちょっと照れ臭かった。 -
外に出るとカルロスが地元の人たちを前に演説している。カルロス、スペイン人だもんなー羨ましい。管理人のおばちゃんに明日の巡礼路を教わると、この教会の前が巡礼路で、そこには矢印があった。町の大通り(と言っても片側1車線)から路地を入るとアルベルゲがあって、そのまま教会前を行くとそれがカミーノだなんて上手く出来てる。勿論、ここもずっと路地が続いている。
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帰る途中に老人が道端に出したイスに座って4人まったりしていた。そのうち二人の爺ちゃんがベレー帽を被っていた。バスク地方特有のベレー帽だと気付いたので、手まねで自分の頭に帽子の形を作って「バスク、バスク」と言いながら写真を撮っていいかと尋ねたら嬉しそうにポーズを取ってくれた。
夕方になったらチャリのイタリアグループが到着してきた。4,5人はいるらしく、全員が下段ベッドに泊まるのは無理だ。斥候役がこの町にオスタルがあるか探しに出ているらしく暫くここで待っていたが、見つかったからとどっかへ行ってしまった。イタリア人らしくテンションが異常に高く騒がしい連中だったので悪いが行ってくれて良かった気がした。
銀の道38 Mombuey - Asturianos ギャエレ復帰する
6月3日
簡単な朝飯を食べてから出発の準備をする。アルベルゲの鍵はカルロスが通り反対側にあるオスピタレラの郵便ポストに放り込んで来てくれた。7時20、元気に出発。と言っても歩き出しは必ずひょこひょこ歩き。大分マシになったけど坐骨神経痛いまだに継続中。 -
昨日のうちに確認していた教会前の矢印を辿って出発。雲が厚いがお日様も出ているので雨の心配はなさそうだ。最初は平地だったが、徐々に上りになってきて後半の2時間は山の中になる。昨日のアルベルゲはドナティーボだったが、宿には昼も夜も管理人が一切来なかったので寄付するのを忘れたことに気がつく。いまさら戻れないので勘弁してもらおう。数十回ドナのアルベルゲに泊まったことがあるが、寄付を忘れたのは初めてだ。もしかして昨晩泊まった全員が忘れてたりして。冗談じゃなくあり得る。
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次の村の中で後ろからやって来たチャリグループが声を掛けて追い越して行った。昨日の夕方アルベルゲを訪ねてきたイタリア人の一人だったと気づく。ちょっと話をしたので私を覚えていてくれたらしい。走り去る後ろ姿にブエンカミーノーッと声を投げる。自転車のスピードは歩きの4,5倍だろう。この時間に追いつくということは宿を9時ころ出発したか。さすがに自転車は余裕がある。
カルロスを抜くときに膝の具合はどうだと聞いたら、ムイビエンと言ってるので安心した。医者に掛かるくらいだから並の故障じゃなかったろうが、一日で歩ける位に回復したのだったら良かった。 -
山の中の家畜柵は石を積んだ垣根で区切ってあった。石は重くて運ぶのは大変だろうがただ積むだけで腐ることもないので便利そうだ。一回頑張れば親子何代にも渡ってその役目を果たすんだろな。スペインには石を積んだだけの柵や塀が珍しくない。更に、薄く黒い石(名前忘れた)で屋根を葺く地域まである。
今日はショートコース、4時間歩いただけで今晩の宿があるAsturianosの村に到着する。たまにはこういう軽い日を設けた方がいい。坐骨神経痛も抱えているのでぶり返してからでは遅い。短時間だが山の中だったので平地の倍疲れたし。 -
村に入ると道路上に黄色いペンキで足跡がアルベルゲまで続いていると言うお茶目な案内があった。迷うことなく体育館に併設された一風変わったアルベルゲに到着する。受付はこれも体育館横に併設されたバルだった。取りあえずビールを一杯飲ませてもらおう。何か食べたい気もするが、スーパーがあるならそっちの方が安上がりなので村の様子を見てからにする。
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ベッドルームは2段が3台しかなく、6人しか泊まることができないようだがベッドの間隔はゆったり置かれておりマットレスの色も赤と黒でお洒落だ。いつもの習性で一番奥のベッドに寝袋を広げていたらギャエレ達が到着してきた。あれ?ギャエレは最後にあった時にフランスに帰るようなことを言っていた筈だがな。どんなことになったのか知りたいが言葉がほぼ通じないので判明のしようがない。しかし今度はサンチャゴまで行くと言っているな。フランスに帰ると言うのは私の聞き間違いだったのだろうか。それにしては8日も会わなかったので真実は謎のまま。でも、ショートカットしたりすると、今ここで会うことはないので、やっぱり二人もずっと歩いていたのが分かる。少年との関係も謎のままだが何が飛び出すか怖いので聞くことが出来ない。何はともあれまた道連れになれるなら嬉しい。
シャワーから出てきたらカルロスが到着してきた。また膝はどうかと聞いてみるが今回もムイビエンだった。フランスの老夫婦がやって来てこれでベッドはコンプリート。その後やって来たイタリア爺ちゃんは廊下にべったり敷いたマットレスになった。ここのアルベルゲは定員オーバーしたらマットレスになることをブログで読んでいたが、体育館が併設されているのでマットレス泊は何人でもいいのかと思っていた。でもマットレスで寝られるのもアルベルゲ内だけで、マットレスを敷けるスペースはひとつだけのようだ。これ以上の人はやって来なかったので良かった。 -
明日は日曜で買い物ができないのに、この町には店がなさそうだ。仕方ないので体育館隣のバルでビールとボカディージョを食べてみる。ビールには小皿でオリーブがおまけで付いて来た。
その後ギャエレ達がレジ袋を提げて少し離れた村の方から帰ってきたので、どこで買ったのかと教えてもらい10分ほど離れた村のメインストリートまで出かけてみるもシエスタ中で入れなかった。5時過ぎたので午後のオープン時間だろうと再度行ってみるが、入り口の紙には6時とあった。さっき来た時に確認しときゃ良かったが、スペインのシエスタは殆どが2時から5時なので気にも留めなかったのが敗因。残念な気持ちでまたアルベルゲに戻る。
シャクだが飲み食いできないのはもっとシャクだし何しろ明日は買い物が出来ないので真剣だ。6時になったのでダメ元の気持ちでもう一度行って見ることにする。そしたらマットレス泊の爺ちゃんが「ティエンダ?」と言って付いてきた。この爺ちゃんはイタリア語しか話さないが面白いキャラなので言葉は通じなくても結構楽しい。髭もじゃで小柄なので妖精みたいな爺ちゃんだ。二人で訳の分からない会話をしながら店に行くと今度はちゃんと開いていたので一安心。
缶ビール、ファンタ、ナッツ1袋、トマト、バナナ2にヨーグルト4で5ユーロと35だった。アルベルゲにキッチンも食堂も無いけど外に出してあるアルミのテーブルが1台だけあるので、そこで食べることが出来る。昨日から持ち歩いているチョリソーも加えて晩飯とする。ナッツのプラケースの開け方が変わっていて、縁にある「Open」のつまみをパチンと破ると開けることができた。文章だけだとちょっと説明できない。
ここの丘の上にはクレー射撃場があって、バンバン撃ちまくっている。滅多に見られないものなので見物に行って来る。5,6名ほどのグループが3つあって、1グループが撃つ場所をひとつずつずれて移動しながらぶっ放している。一人が10発くらい撃つようだ。撃ち終わると必ず銃を半分に折って持ち歩いていた。事故防止の為なのは初めてみても分かった。何しろ間違って撃ったら人が死んじゃうからね。そりゃ決め事も真剣だ。
遠くに打ち出される皿なのにみんな上手に当てているので感心した。あんまり当たるので散弾ってどのくらいの範囲で広がっていくのか気になった。1回の射撃で撃ち漏らすと飛んでいる同じ皿をもう一発追加で撃てるのだが、2発とも外すと恥ずかしそうだった。女性がただ一人混ざっていたが、この人が撃つところは見られなかった。あんだけぶっぱなしてるので弾の値段が気になったのでネットで検索してみたら、一発40円前後とたいしたこと無いのが分かった。鉄砲の弾ってそんなもんだったのか、一発300円はするもんだと思った。40円で殺される動物は叶わんな。
さて、肝心の日程のほうだが坐骨神経痛のお陰で予定より大幅に遅れている。今日現在で5日の遅れで、この調子だとまだ遅れるだろう。昨年は予定より3日先行したので、予備日を加えて予定してなかったイギリス人の道6日間まで歩けてしまったのとは対照的だ。今年は一日の歩行距離が昨年と同じような日程を立てたのに故障のお陰でこうなってしまった。しょうがないから、この後に歩く予定だったプリミティボの道かポルトガルの道のどちらかをカットするしかない。プリミティボの道は昨年歩いた北の道から分岐する道で、昨年私は海沿いのラ・コスタを選択したので今回は残ったプリミティボの道を歩きたい。なのでポルトガルの道をカットすることに決める。ポルトガルの道は、昨年とは別ルートの海沿いルートを歩く積りで12日間を予定していたので残念だが背に腹は代えられない。その代わりに今後どんなに遅れてもへっちゃらだから心置きなくのんびり歩くことが出来る。むしろ日数が何日も余ってしまう気がするので最後の調整で頭を捻ることになりそうだ。
銀の道39 Asturianos - Requejo こりずにまた迷う -
6月4日
アルベルゲでヨーグルトだけ食べて7時5に出発。玄関前のイスに座っていたギャエレが手を振って見送ってくれる。妖精みたいなイタリアじいちゃんと歩き始めるが鈍いので先行する。昨日からずっと山の中なので最初から上り下りの連続。座るのに手頃な石があったので注意しながらそっと座る。ビスケットを食べながら小休止していると、妖精爺ちゃんがお愛想を言いながら通り過ぎて行った。私より10歳くらい上に見えるが元気だ。
しばらく歩いていくと100mほど先で昨日のアルベルゲで一緒だったスペイン人らしい夫婦が道端で協議をしている。分岐がある訳でもない山の中の一本道なのに変だな?声を掛けてみると、ここはカミーノとは違うんじゃないのかと言っている(らしい)。夫のタブレットには日本で良く見ていたEROSKIサイトの地図がダウンロードされていた。自分も心配になったのでバックパックからタブレットを引っ張り出してGPSで確認すると確かに巡礼路からは外れていて、今日の中継点サナブリアは逆の方になっていた。確かにこれはおかしい。ここで気づいて良かった。 -
※この写真は知らないうちに奥さん(この時はそう思っていた)が撮っていた物で、国に帰ってから送ってくれた。
3人で100mほど戻ってみると、藪に埋もれた道標を発見する。これを見過ごしたので直進してしまったのか。道標には右折のしるしがあり、巡礼路は何気に歩いていると見落としてしまうような細い道だった。私もこの夫婦がいなかったら誰も通る人の居ない山道を何処までも歩いていってしまったことだろう。危ないあぶない。後続の巡礼者のために夫の方が道標が見えやすいように親切に藪を払っていた。 -
その縁でしばらくの間、この夫婦と一緒に歩くことになった。二人とも写真が好きなようで所々で足を止めて写真を撮っている。奥さんの方が村の中にあった教会の扉にペトロとパウロが刻まれていると教えてくれる。
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10時半、サナブリアの町に入った所で私営のアルベルゲが道沿いにあった。2日前に一緒だったスペイン人が歩いていたので声を掛けてみる。彼はここに泊まるらしい。私は次のレケホ迄行くと伝えたら、15kmもあるから止せと言われるが地図では12kmだ。3時間で着くはず。到着予測は1時半なので手ごろだ。バモスと言って分かれる。
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道の正面に聳え立つような丘があって、その上に城が建っていた。下から見上げると中々の威容だ。写真を撮っていたらギャエレ達二人がやって来た。この町のバルで何か食べるそうだ。私も何か食べたいかなと思いながらもその場を通り越してしまう。
この町は城があるくらいだから観光地になっていた。土産物屋には欲しかった絵葉書が売られていたが、簡単に見つかるとすぐに買わなくてもいいかなな気持ちになってスルーしてしまう。少しでも荷物を増やしたくないのでアルベルゲのある町で買えばいいやと思ったが、そのあと何日も絵葉書に出会うことはなかった。何か食べたいなと思いながらも手頃な店が見つからずに繁華な区域は通り過ぎてしまったし、チャンスに後ろ髪はないのだ。 -
町を抜ける所でカミーノを見失っていることに気づく。て言うか、町に入った所から既に矢印はなかったので、すぐ巡礼路を外れてしまったらしい。店の前にいる人に教えてもらったが、この人は巡礼路を知らなかったと見え次の町方面だけ教えられたので矢印がない舗装路を延々と歩く羽目になる。町を離れるとやっぱりこの町は小高い丘の上にあったのが確認できた。
とんでもない方向違いだと取り返すのに何時間もかかる。そうなるのを心配してタブレットを出してGPSで2度も確認しながら歩き続ける。坂を上ってから長い下りになったので、地図の高低表だとレケホ村へ続く道はそうなっているので、もう着くか、想像より近かったなと糠喜びしてからガッカリすることになった。しかし、意外やこの村の中にも黄色い矢印を発見できたのでうれしくなる。本線とは違うがここも巡礼の派生路になっているらしい。
遠くから子犬がキャンキャン吼えながらやって来た。小さいのに凄い強気。こちらが立ち止まることなく近づいていくと後ずさりして逃げていき、犬の縄張りから離れて行くとまた吼えながら追っかけてくる。昨年、ポルトガルの道でこんな風に良く吠える子犬を無視してたら後ろからズボンに噛みつかれたことがあったので、子犬だからと油断してはいけない。近づいてきたら振り向くとぱっと逃げていき、それを4・5回繰り返している。やかましいやっちゃな。こんなのは片っ端からパチンコで撃ってやったらどんなにスッキリするだろう。 -
やっと自分の地図にも載っているオテロ村を示す表示が現れてきたので気を良くする。巡礼路ではオテロ村を経由するように記されているが、ここからならオテロ村を経由しないで直接レケホを目指すほうが合理的らしいので、分岐は曲がらずに直進する。ほどなくTrife村の表示が出たらもうレケホの村が見えてきた。これでやっと一安心。今回も迷った時間が長かった。なかなか学習しない。
村に入っていくと買い物帰りらしい地元のおばさんが「アルベルゲ?」と声を掛けてくれたので「ムニシパル(公営)」と答える。へー、たまにはこっちから聞く前に声を掛けてくれることもあるんだな。付いて来いと言うので案内してくれるようだ。一緒に歩いているとバックパックを背負っていない身軽な格好ながら夫婦の巡礼らしい二人が歩いてきたので「ペレグリノ?」と声をかけたらそうだった。おばさんは「連中はプリバドさ(私営)」と言ったので、何で分かるんだろうと不思議だった。アルベルゲに着くと中に一緒に入っていくので、お客を連れてきてやったよ的なことなのかと思っていたら、パスポートを出してと言うので、ここでおばさんがオスピタレラだと言うことが分かった。どうりで私営に泊まっているのが分かった筈だ。 -
今日は最安の5ユーロだった。節約巡礼なので安いと嬉しい。ベッドルームは広くて2段ベッドが10台並んでいた。先着はまだイタリア人が一人だけだったので気に入ったベッドをゲットする。シエスタの2時が近づいているので、シャワーの前に買い物に行かなくては。おばさんにスーパーの場所を教えてもらいサンダルに履き替えて出かけていく。このサンダルも百均で買った安物だが、買ったときは形もしっかりして見えたが履いていると底がぺしゃんこになって小石交じりの道では痛くて仕方がない。どっかでもっとマシなのと交換したいな(買うんじゃなくて)。
小さなスーパーで買い物していたらギャエレ達二人が到着してくる。ギャエレはアルベルゲにチェックインする前に買い物しちゃうんだな。私は何よりもチェックインしないと落ち着かないのでアルベルゲ到着が最優先だ。そしてキッチンに何があるのか確認してから買い物に出かける。
二人はいつもスーパーから食材を買ってきては、毎回アルベルゲでちゃんとした料理を作って食べている。私も同じように節約してるが、簡単に食べられる物しか買わないので、同じ自炊と言っても二人とは月とスッポンだ。私が今日買ったのは缶ビール2、トマト2、ヨーグルト4、オレンジ、コーラ、パン、ハム、チーズで9ユーロ。今日のアルベルゲにはキッチンも食堂もないのでベッドルームにあった学校にあるような極小のテーブル付きイスで工夫して食べる。と言うことは、ギャエレ達はアルベルゲに入る前に買い物してしまったのでキッチンが無いことを知らないのか。 -
夕方、村の中をぶらついて明日のカミーノを探索していたら2泊一緒で(早朝部屋のライトを点けて上げた夫婦)道中でも何度か挨拶を交わしていた夫婦が私営アルベルゲから出てきたのでオーッと再会を喜ぶ。デンマークの何とかからやって来たそうだ。名前を聞いても発音が難しくてまったく覚えられないが一緒に写真を撮らせてもらう。デンマークと言えば人魚姫の銅像とグリム童話しか知らないので「グリムグリム」と言うと何となく通じているようだ。
昨日二人が泊まったのは、私が巡礼路を見失った城壁の町サナブリアなので今日はショートコースだと言ってた。その前は私と同じアストゥリアスだったので2日ともショートだな。奥さんは細身で体力なさそうなので無理はしなさそうだった。小さな村なのに私営と公営あわせてアルベルゲが3つもあってホテルもある。何かハイキングの為の拠点の村なのだろうか?
オスピタレラがやって来て、明日のカミーノ重要情報を教えてくれるそうだ。レケホから少し行った先のカミーノは進入できなくて舗装路を行き、8キロ行ったところでカミーノに復帰できるそうだ。また舗装路を行ってPadorneloを1.5km過ぎたらカミーノに入る。舗装路はその先Aaberosから通行止めになって4キロ迂回するそうだ。カミーノを行けばルビアンまでの距離も短くてすむらしい。書き留めない限り覚えられない自信があるのでセッセと日記帳に記入する。まぁこれは覚えなくても現地に行きさえすれば何とかなるのは毎度のことなので心配することでもないないだろうと楽観しておく。
銀の道40 Requejo - Lubian いちゃつき巡礼者 -
6月5日
ヨーグルトを食べてレケホを6時50にスタート。私営アルベルゲから出てきた老スペイン夫婦と一緒になった。山の中だがずっと舗装路を歩くので思ったよりずっと楽チン。足の速いギャエレ達も追いついてくる。向こうの山に朝日が当たって輝きだしたのが綺麗だ。
※何日も後にやっとわかったことだが、この二人はフランス婦人とイギリス爺ちゃんでお互いに夫婦でも何でもなくソロ同士だった。その後、私は二人とは何日も一緒に行動する仲になっていくのだからカミーノとは不思議なもんだ。 -
何が見えるのか、盛んに遥か下を覗き込んでいる。私が見ても特に変わったものは認められなかったが、言葉が通じれば何か分かるのかな。まぁ分かったとしても何てことなさそうなので聞きもしないでおく。
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トンネルを抜けると峠の向こう側のPadornelo村にポツンとバルがあったので全員で寄っていく。Wi-Fiがあったのでフェイスブックに接続して応援してくれている友達に途中経過報告。あとから別の二人もやってきたので、こんな山の中のバルなのに巡礼が7人になった。1.5ユーロのコラカオに手持ちのパンを浸して食べる。どんな所にいても食べ物を持っていると心強い。
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一休みしたあとギャエレ達に続いてスタートする。下りになったら土のカミーノになり荒れた道に変貌する。トマトを食べながら下っていくが、こうすると少しの間、単調な道でも飽きなくていい。道のようでもありタダの草原のようでもある坂を下って行くと遠くの中腹にルビアンの村が見えてきた。下って上って11時過ぎに村の入り口にあった公営アルベルゲに到着。ギャエレ達はもう到着していた。私は3番目でベッド数は2段が6台だ。出口に一番近いベッドをゲットする。すぐ夫婦二組が到着してきて下段はあっという間に埋まってしまった。ギャエレは後からやって来た老婦人に下段を譲って上げていた。私にも譲ってくれたことあったし、偉いなギャエレは。
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ここは2階のベッドルームに2段ベッドが6台だったが、半地下に下りてみるとそこにも2段ベッドが2つ置いてあった。でもここはキッチンと食堂が一緒なので落ち着かないかもね。そのうちの一つにはベタベタするカップルが陣取っていてベッドの上でいちゃいちゃしている。気色わる。
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スーパー求めて村を徘徊しに出かける。アルベルゲのすぐ近くには小奇麗な CASA があった。このタイプの宿は自分たちの住まいの中の空いている部屋を旅人に貸し出して食事も安く出してくれるらしいがアルベルゲの方がずっと安いので利用したことがない。いつかアルベルゲがない所があったら泊まってみてもいいな。
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道端にあった教会の扉が開け放たれており、中に入ると誰もいない空間にCDラジカセから音楽が流れていた。とてもいい感じ。スペインの教会は金ぴかが使われているからだろうか、扉には鍵が掛けられていることが多いのだが、ここは山の中なので開けといても悪さされないのだろう。理想的な教会だ。
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村の小さなスーパーは大分離れた所だったが品揃えは充実していた。「これしかない物」を買わせてもらうより、色々ある中から選んで買える方が断然楽しい。冷えた1リットルビールがあったが、今日は涼しいので1リットルの紙パック白ワインを買ってみる。チンして食べられるパエージャ、ヨーグルト4、カステラ2、チョコパン1袋、袋入りコーヒーで8.25ユーロ。これで今日と明日の朝・昼の3食分だ。アルベルゲのテーブルでギャエレ達と一緒に食べる。ギャエレに白ワインを飲ませたる。ロアナはワインは飲まないけどウィスキーが好きだなんて笑いながら言ってるが少年なので冗談ぽい。オーストリアおばちゃんにもワインを1杯飲ませたる。
おとといのアルベルゲで地べたにマットレスで泊まったイタリアの妖精爺ちゃんが2時半にやって来て、私の上段には40歳くらいの若い男性が入った。ニューフェースの年配の夫婦連れもやって来たけど既に二人分のベッドは空いてなかったので1階に2つ空いてるよと教えてあげる。いちゃついてるカップルの邪魔してくれ。
一眠りして起きたらカルロスが到着してきた。会うと毎回あいさつ代わりに膝はどうだと聞いている。長い距離を歩いても膝は大丈夫なくらい回復したらしい。ムイビエンだ。 -
このアルベルゲは16人収容なのにシャワー・トイレは男女共用でたったの1つだけなのでちょっとと言うよりかなり不便。料金はドナティーボだったので、いつものように素泊まりなら5ユーロ札を入れるが、中には2ユーロの人もいた。値段が決まっていないドナティーボなので人それぞれだ。
※お役立ち情報
ドナティーボのアルベルゲ用に5・10ユーロ札を切らさないのが賢明です。私は素泊まりなら5、朝食ありなら10、朝晩食べさせてもらえるなら20ユーロを基準にしていました。5や10を入れたい時に20や50ユーロ札しかないと困ると思います。寄付なのでお釣りも貰いづらいですよね。
昨日今日とアルベルゲは満員。手ごろな距離に適当な宿が複数ある地域だとバラけるけど、ここを逃すと次が15km、20km先とかだと手前のアルベルゲに集中する。ここんとこずっと山の中が続いているし泊まれないのは大問題。泊まれない何人かは私営の宿に流れていったようだ。
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