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タヌキが茶釜に化けた「分福茶釜」という昔話をご存じでしょうか。<br />私はいつも「かちかち山のタヌキ」と混同してしまっていたのですが、この二つは全く違うお話しでした。<br />「かちかち山のタヌキ」はさておき、分福茶釜の元となった話は、江戸時代後期に肥前国平戸藩の第9代藩主・松浦静山公が書いた「茂林寺の釜」という化け狸が出てくるお話です。インドで釈迦の説法を受け、中国から日本へやって来たという化け狸は、茂林寺の僧・守鶴に化けていました。守鶴が愛用する茶釜には狸の妖術がかけられ、いくら汲んでも湯が尽きませんでした。昼寝中に正体を見破られた化け狸は寺を去りますが、その後の行方は誰にも分かりません。<br />ということで、茶釜に化けたまま死んでしまったわけでもありませんでした。<br />お話しの舞台となった茂林寺は、群馬県の東南部に位置する館林市にあります。全国有数の「暑いまち」として知られる館林市ですが、2018年にアメダスの設置場所を変更してからは、少し涼しくなったらしいです。<br />茂林寺は、室町時代中期の応永33年(1426年)に大林正通禅師が開山した曹洞宗の寺です。御本尊は釈迦牟尼仏。寺宝の分福茶釜は、本堂奥の小部屋に安置されており、見学することができました。茶釜には手も足も尻尾もありませんでした。<br />コロナ禍のため、帰宅後2週間以上経過し感染していないことを確認してから旅行記を公開しています。

分福茶釜の茂林寺

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2021/04/24 - 2021/04/24

58位(同エリア388件中)

旅行記グループ 茨城・栃木・群馬の旅

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FUKUJIRO

FUKUJIROさん

タヌキが茶釜に化けた「分福茶釜」という昔話をご存じでしょうか。
私はいつも「かちかち山のタヌキ」と混同してしまっていたのですが、この二つは全く違うお話しでした。
「かちかち山のタヌキ」はさておき、分福茶釜の元となった話は、江戸時代後期に肥前国平戸藩の第9代藩主・松浦静山公が書いた「茂林寺の釜」という化け狸が出てくるお話です。インドで釈迦の説法を受け、中国から日本へやって来たという化け狸は、茂林寺の僧・守鶴に化けていました。守鶴が愛用する茶釜には狸の妖術がかけられ、いくら汲んでも湯が尽きませんでした。昼寝中に正体を見破られた化け狸は寺を去りますが、その後の行方は誰にも分かりません。
ということで、茶釜に化けたまま死んでしまったわけでもありませんでした。
お話しの舞台となった茂林寺は、群馬県の東南部に位置する館林市にあります。全国有数の「暑いまち」として知られる館林市ですが、2018年にアメダスの設置場所を変更してからは、少し涼しくなったらしいです。
茂林寺は、室町時代中期の応永33年(1426年)に大林正通禅師が開山した曹洞宗の寺です。御本尊は釈迦牟尼仏。寺宝の分福茶釜は、本堂奥の小部屋に安置されており、見学することができました。茶釜には手も足も尻尾もありませんでした。
コロナ禍のため、帰宅後2週間以上経過し感染していないことを確認してから旅行記を公開しています。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
同行者
家族旅行
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
自家用車
  • 茂林寺の隣には無料の駐車場がありました。

    茂林寺の隣には無料の駐車場がありました。

  • トイレ。中は和式だけです。

    トイレ。中は和式だけです。

  • 茂林寺は分福茶釜のお寺と言うことで、トイレの前にもタヌキの置物。

    茂林寺は分福茶釜のお寺と言うことで、トイレの前にもタヌキの置物。

  • 日本一暑い熊谷市と競っていた館林です。駐車場に気温表示がありました。ちょっと光が弱いのですが、24℃でした。

    日本一暑い熊谷市と競っていた館林です。駐車場に気温表示がありました。ちょっと光が弱いのですが、24℃でした。

  • 茂林寺と茂林寺沼湿原は「新日本歩く道紀行100選」に認定されています。

    茂林寺と茂林寺沼湿原は「新日本歩く道紀行100選」に認定されています。

  • 青龍山茂林禅寺の標柱。

    青龍山茂林禅寺の標柱。

  • お土産屋さん。

    お土産屋さん。

  • その名も茶釜堂さん。

    その名も茶釜堂さん。

  • お土産屋さんのタヌキ。

    お土産屋さんのタヌキ。

  • マンホール蓋。子ダヌキの図柄です。

    マンホール蓋。子ダヌキの図柄です。

  • お土産屋さんの大ダヌキ。

    お土産屋さんの大ダヌキ。

  • 総門(通称黒門)。茂林寺の入り口です。

    総門(通称黒門)。茂林寺の入り口です。

  • 総門(通称黒門)。応仁2年(1468年)の建立です。550年以上経っています。

    総門(通称黒門)。応仁2年(1468年)の建立です。550年以上経っています。

  • 総門を潜ると、参道の両側にタヌキが整列しています。公式HPでは、総門から赤門へと続く参道には、21体の狸像が並び参拝者を出迎えます。

    総門を潜ると、参道の両側にタヌキが整列しています。公式HPでは、総門から赤門へと続く参道には、21体の狸像が並び参拝者を出迎えます。

  • 向かって左側のタヌキです。

    向かって左側のタヌキです。

  • 一体一体では大変なので、3体ずつまとめて撮影。

    一体一体では大変なので、3体ずつまとめて撮影。

  • 次の3体。

    次の3体。

  • 次の3体、合わせて9体。

    次の3体、合わせて9体。

  • 次は2体、合わせて11体。

    次は2体、合わせて11体。

  • 向かって右側のタヌキです。

    向かって右側のタヌキです。

  • 最初の3体。

    最初の3体。

  • 次の3体。

    次の3体。

  • 次の3体、合わせて9体。

    次の3体、合わせて9体。

  • 次は2体、合わせて11体。左右で22体のおタヌキ様がいます。<br />なんか化かされてます。

    次は2体、合わせて11体。左右で22体のおタヌキ様がいます。
    なんか化かされてます。

  • 山門の脇には大きなタヌキ像が建っています。<br />タヌキは「他抜き」で、抜きん出て優れているという意味になります。

    山門の脇には大きなタヌキ像が建っています。
    タヌキは「他抜き」で、抜きん出て優れているという意味になります。

  • この大タヌキは、昭和35年4月に東武鉄道株式会社が寄贈しました。<br />最寄り駅は東武鉄道伊勢崎線の茂林寺駅です。

    この大タヌキは、昭和35年4月に東武鉄道株式会社が寄贈しました。
    最寄り駅は東武鉄道伊勢崎線の茂林寺駅です。

  • 聖観音像。上野国館林村大窪荘の高瀬善兵衛の娘が元禄元年(1688年)に病没し、その供養の為に元禄3年3月22日に建てられました。

    聖観音像。上野国館林村大窪荘の高瀬善兵衛の娘が元禄元年(1688年)に病没し、その供養の為に元禄3年3月22日に建てられました。

  • 江戸神田鍋町の太田久右衛門(藤原正儀)さんが鋳造しました。

    江戸神田鍋町の太田久右衛門(藤原正儀)さんが鋳造しました。

  • 奥にもう一体のタヌキ像。

    奥にもう一体のタヌキ像。

  • 参道の左奥にもさらに2体のタヌキ像。

    参道の左奥にもさらに2体のタヌキ像。

  • 山門(通称赤門)。元禄7年(1694年)の建立です。

    山門(通称赤門)。元禄7年(1694年)の建立です。

  • 青龍山の扁額。

    青龍山の扁額。

  • 小さな置物。

    小さな置物。

  • 大椹(おおさわら)。樹齢280年以上、幹回り4.9m以上の大木。<br />聖観音像建立の後に植えられた樹です。

    大椹(おおさわら)。樹齢280年以上、幹回り4.9m以上の大木。
    聖観音像建立の後に植えられた樹です。

  • 本堂の扉に張り紙がありました。<br />何故か急き立てられるように堂内を拝観することになり、300円を払いました。<br />内部は撮影禁止で、茶釜の写真もありません。

    本堂の扉に張り紙がありました。
    何故か急き立てられるように堂内を拝観することになり、300円を払いました。
    内部は撮影禁止で、茶釜の写真もありません。

  • 堂内を一周し、外に出ました。

    堂内を一周し、外に出ました。

  • 守鶴堂。<br /> (公式HPより引用)守鶴和尚は大林正通大和尚と共に当地に小庵を結んで以来、歴代の住職に役僧として仕え、分福茶釜を当山にもらたしたと伝えられています。当山鎮守大菩薩として祀られています。

    守鶴堂。
    (公式HPより引用)守鶴和尚は大林正通大和尚と共に当地に小庵を結んで以来、歴代の住職に役僧として仕え、分福茶釜を当山にもらたしたと伝えられています。当山鎮守大菩薩として祀られています。

  • お堂の前には狛犬ならぬ狛狸です。

    お堂の前には狛犬ならぬ狛狸です。

  • 狛狸。

    狛狸。

  • 向かって左側の狛狸。

    向かって左側の狛狸。

  • 狛狸。天を仰いでいますのでお顔は見えませんが、立派な玉袋です。

    狛狸。天を仰いでいますのでお顔は見えませんが、立派な玉袋です。

  • お堂にもタヌキがいっぱいです。

    お堂にもタヌキがいっぱいです。

  • 元亀元年(1570年)に茂林寺で千人法会が催された際、守鶴が用意した茶釜はいくら湯を汲んでも尽きることがありませんでした。守鶴は、この茶釜を「紫金銅分福茶釜」と名付け、この茶釜の湯で喉を潤す者は、開運出世・寿命長久等、八つの功徳に授かると言いました。

    元亀元年(1570年)に茂林寺で千人法会が催された際、守鶴が用意した茶釜はいくら湯を汲んでも尽きることがありませんでした。守鶴は、この茶釜を「紫金銅分福茶釜」と名付け、この茶釜の湯で喉を潤す者は、開運出世・寿命長久等、八つの功徳に授かると言いました。

  • 本堂の写真を撮り忘れているにのに気づきましたが、すでに扉が閉められていました。16時に閉じるので、堂内の拝観が急かされていたのですね。

    本堂の写真を撮り忘れているにのに気づきましたが、すでに扉が閉められていました。16時に閉じるので、堂内の拝観が急かされていたのですね。

  • 参道のタヌキ像の数が一つ多かったり、本堂の写真を撮り忘れたり、やっぱりおタヌキ様に化かされてしまったようです。<br />お土産屋さんで徳利と猪口を買ってきたので、これで一杯やりました。<br />最後までお読みいただきましてありがとうございました。

    参道のタヌキ像の数が一つ多かったり、本堂の写真を撮り忘れたり、やっぱりおタヌキ様に化かされてしまったようです。
    お土産屋さんで徳利と猪口を買ってきたので、これで一杯やりました。
    最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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