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2020年11月1日(日)のお昼前、京田辺市の北部、京奈和自動車道田辺北ICに近い大住岡村地区にある澤井家住宅を訪ねた。<br /><br />この日も市が、市内を走るバスはコロナ感染防止対策が徹底されていること、また新しい生活様式に即したバスの利用の実感のために実施した「京田辺市内路線バス無料の日」を利用して、京阪バスのお隣八幡市の石清水八幡宮駅行に乗車。11時半、大住岡村の集落内を突き抜ける府道が北向きから西向きにほぼ直角に曲がるカーブにある岡村のバス停で降りるとそのカーブの内側が澤井家住宅。<br /><br />澤井家は戦国時代に近江源氏の流れをくみ、鎌倉時代から戦国時代にかけて近江国南部を中心に勢力を持った六角氏(佐々木六角氏;91年のNHK大河ドラマ「太平記」で陣内孝則さんが怪演した佐々木道誉もその一族)の13代当主六角(佐々木)義賢の家臣であったが、主君六角氏が織田信長に敗れたあと、戦国末期の慶長年間(1596年~1615年)にこの大住の地に帰農した。<br /><br />その際、元々澤であった苗字を、素性を隠すために澤井に変えた。その後、江戸中期の享保年間(1716年~1736年)の6代正清の時、尼門跡(あまもんぜき)寺院である京都・嵯峨野の曇華院(どんげいん)御内となり、以後所領地の代官を務めた家柄。<br /><br />この住宅の母屋は江戸時代中期の1740年から41年にかけて建て替えられたもので、建設当時の普請文書一式が残っており、住宅とこの文書は国の重要文化財の指定を受けている。江戸時代末期の蛤御門の変で京都御所が焼失したあとの5年余り、皇族が仮住まいされていたことから、皇族ゆかりの品が数多く遺る。2004年から建築当初の形式を基本として3年余り掛けて解体修理された。<br /><br />2007年から有料(300円)で一般公開され、通常は月の第2・第4土日の日中のみオープン(要確認とのこと)だが、この日は「路線バス無料の日」に合わせて特別に公開されていた。また、地域の文化を育てる場として、土間を使ったコンサートの開催、染色・陶芸体験などにも活用されている。<br /><br />主屋は東面し、入母屋造で茅葺をL字型に組み合わせた屋根で、表になる部分には本瓦葺、他の部分には桟瓦葺の庇が付く。一般の農家とは異なる皇族とのかかわりに由来する洗練された役宅風の造り。1734年に八幡市の流れ橋の近く、2週間ほど前にその前を通った国の重文になっている伊佐家住宅を建てた「松井村前川吉兵衛」と云う大工・大工組が普請した。<br />https://4travel.jp/travelogue/11667448<br /><br />東面部分の南側には下屋部分を取り込んだ四間×四間半の土間があり、西側・北側は床上部分が取り囲んでいる。上手(北側)側は式台玄関(下の写真1は内側)。そこから奥に数寄屋風の角座敷を突出させている。座敷は次の間と奥の間の2室続きで、三方に縁側がある。尼門跡領の代官職を勤めていたことから接客機能を重視した特殊な平面と形式構成をもち意匠レベルも高い建物となっている。<br /><br />ガイドさんが前の方を案内されてるのを待つ間、主屋の周りや土間を見て回る。土間の天井には立派な大梁が掛かる(下の写真2)。2007年終了の修復時に、2004年の台風23号で倒木被害に遭った天橋立の松材を使ったもので、主屋全体では19本使用している。<br /><br />ピアノが置いてあるが、この土間は響きがいいそうで、ここがコンサートスペースとして使われている。また、270年前の姿に復元された立派なおくどさん(かまどのことを京都ではこう呼ぶ)もあり、虫除けのために薪が焚かれ、実際に料理するイベントも行われている。<br /><br />天井裏で見ることは出来ないのだが、この主屋は特殊な叉首(さす)組で建てられている。茅葺の屋根を支えるために、梁の上に2本の丸太を加工した叉首を三角形に組んだもので、通常は前後の叉首を同じ長さ、同じ勾配として組むのだが、ここでは前後の叉首を異なる長さ、異なる勾配となるように組み、勾配が急となる側の叉首と茅葺との間に叉首を2本重ねて、反対側と勾配をそろえるという複雑なことを行っている。ちなみに同じ大工組が建てた伊佐家では束と呼ばれる短い木材を追加しているそうだ。<br /><br />これは、江戸時代に建てられた時に、建物の中心部分の梁の長さを3間までとする三間梁規制があったためと考えられている。再建前の主屋が大規模で、3間よりも長い梁に叉首を組んで大きな屋根としていたようで、規制を守りながらも少しでも大きな屋根を設けるための工夫として編み出されたのが、この特殊な叉首組ではないかと推測されている。後世の修理で簡単な形式に改められていたものを、2004年から行われた修復で解体時の調査で発見した痕跡を基本に、古図面や古写真の情報も加えて復元された。<br /><br />15分ほど待って、ガイドさんによるツアーが始まる。ガイドしてくださってるのは八幡市で染色工房「アトリエぽざーね」を運営されながらここ澤井家住宅の管理人もされてる亀村司さん。地元の竹を製糸化した第一人者で染色家で陶芸家でもあり、楽器もされてるとのこと。式台を上がったところに飾られている陶器やタペストリーは亀村さんの作品とのこと(下の写真3)。ただ、この時期、マスクをされてないのはちょっと気になったなあ・・・<br /><br />式台を上がって右手の次の部屋に進むと、長押(なげし)の上に黒須さん。天邪鬼のことで盗人除けの守りと云われている。お顔、愛嬌のあるわ~<br /><br />玄関を過ぎ、西奥の座敷に向かう。二間続きの座敷は長押を用いず皮付きの柱や細い丸太の垂木を用い、赤味の強い土壁とするなど数寄屋風の造りとしている。襖絵が見事。欄間には鯉が泳いでいる。<br /><br />奥の座敷の床の間には真ん中が高くなった違い棚が掛かるが、違い棚は通常二段で、真ん中が高い三段は、ここが皇族の仮住まいだった名残らしい。さらに、床の間の裏に隠し部屋などの特殊な設計がされていて、有事の際には隠れる算段だったと推測される。<br /><br />北側から西側に続くお庭もかなり立派。この庭に面した廊下は、柱が隅にしかなく、ヤジロベエのように梁を支える仕組みになっている(下の写真4)。南側は内庭で野菜などが栽培されており、向かいには蔵がある(下の写真5)。かつてはお宝が眠っていたとのこと。<br /><br />20分ほどで説明終了。東面する母屋の前の表庭を横切ると府道に面した表門がある。黒色の立派な高麗門。江戸末期の皇族が仮住まいされた時に建てられたもので、大名の赤門に対して、黒門は宮家の門とされていた。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.4872924819444170&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />月読神社に続く

京田辺 大住 澤井家住宅(Sawai Family Residence, Osumi, Kyotanabe, Kyoto, JP)

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2020/11/01 - 2020/11/01

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旅行記グループ 京田辺

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ちふゆ

ちふゆさん

2020年11月1日(日)のお昼前、京田辺市の北部、京奈和自動車道田辺北ICに近い大住岡村地区にある澤井家住宅を訪ねた。

この日も市が、市内を走るバスはコロナ感染防止対策が徹底されていること、また新しい生活様式に即したバスの利用の実感のために実施した「京田辺市内路線バス無料の日」を利用して、京阪バスのお隣八幡市の石清水八幡宮駅行に乗車。11時半、大住岡村の集落内を突き抜ける府道が北向きから西向きにほぼ直角に曲がるカーブにある岡村のバス停で降りるとそのカーブの内側が澤井家住宅。

澤井家は戦国時代に近江源氏の流れをくみ、鎌倉時代から戦国時代にかけて近江国南部を中心に勢力を持った六角氏(佐々木六角氏;91年のNHK大河ドラマ「太平記」で陣内孝則さんが怪演した佐々木道誉もその一族)の13代当主六角(佐々木)義賢の家臣であったが、主君六角氏が織田信長に敗れたあと、戦国末期の慶長年間(1596年~1615年)にこの大住の地に帰農した。

その際、元々澤であった苗字を、素性を隠すために澤井に変えた。その後、江戸中期の享保年間(1716年~1736年)の6代正清の時、尼門跡(あまもんぜき)寺院である京都・嵯峨野の曇華院(どんげいん)御内となり、以後所領地の代官を務めた家柄。

この住宅の母屋は江戸時代中期の1740年から41年にかけて建て替えられたもので、建設当時の普請文書一式が残っており、住宅とこの文書は国の重要文化財の指定を受けている。江戸時代末期の蛤御門の変で京都御所が焼失したあとの5年余り、皇族が仮住まいされていたことから、皇族ゆかりの品が数多く遺る。2004年から建築当初の形式を基本として3年余り掛けて解体修理された。

2007年から有料(300円)で一般公開され、通常は月の第2・第4土日の日中のみオープン(要確認とのこと)だが、この日は「路線バス無料の日」に合わせて特別に公開されていた。また、地域の文化を育てる場として、土間を使ったコンサートの開催、染色・陶芸体験などにも活用されている。

主屋は東面し、入母屋造で茅葺をL字型に組み合わせた屋根で、表になる部分には本瓦葺、他の部分には桟瓦葺の庇が付く。一般の農家とは異なる皇族とのかかわりに由来する洗練された役宅風の造り。1734年に八幡市の流れ橋の近く、2週間ほど前にその前を通った国の重文になっている伊佐家住宅を建てた「松井村前川吉兵衛」と云う大工・大工組が普請した。
https://4travel.jp/travelogue/11667448

東面部分の南側には下屋部分を取り込んだ四間×四間半の土間があり、西側・北側は床上部分が取り囲んでいる。上手(北側)側は式台玄関(下の写真1は内側)。そこから奥に数寄屋風の角座敷を突出させている。座敷は次の間と奥の間の2室続きで、三方に縁側がある。尼門跡領の代官職を勤めていたことから接客機能を重視した特殊な平面と形式構成をもち意匠レベルも高い建物となっている。

ガイドさんが前の方を案内されてるのを待つ間、主屋の周りや土間を見て回る。土間の天井には立派な大梁が掛かる(下の写真2)。2007年終了の修復時に、2004年の台風23号で倒木被害に遭った天橋立の松材を使ったもので、主屋全体では19本使用している。

ピアノが置いてあるが、この土間は響きがいいそうで、ここがコンサートスペースとして使われている。また、270年前の姿に復元された立派なおくどさん(かまどのことを京都ではこう呼ぶ)もあり、虫除けのために薪が焚かれ、実際に料理するイベントも行われている。

天井裏で見ることは出来ないのだが、この主屋は特殊な叉首(さす)組で建てられている。茅葺の屋根を支えるために、梁の上に2本の丸太を加工した叉首を三角形に組んだもので、通常は前後の叉首を同じ長さ、同じ勾配として組むのだが、ここでは前後の叉首を異なる長さ、異なる勾配となるように組み、勾配が急となる側の叉首と茅葺との間に叉首を2本重ねて、反対側と勾配をそろえるという複雑なことを行っている。ちなみに同じ大工組が建てた伊佐家では束と呼ばれる短い木材を追加しているそうだ。

これは、江戸時代に建てられた時に、建物の中心部分の梁の長さを3間までとする三間梁規制があったためと考えられている。再建前の主屋が大規模で、3間よりも長い梁に叉首を組んで大きな屋根としていたようで、規制を守りながらも少しでも大きな屋根を設けるための工夫として編み出されたのが、この特殊な叉首組ではないかと推測されている。後世の修理で簡単な形式に改められていたものを、2004年から行われた修復で解体時の調査で発見した痕跡を基本に、古図面や古写真の情報も加えて復元された。

15分ほど待って、ガイドさんによるツアーが始まる。ガイドしてくださってるのは八幡市で染色工房「アトリエぽざーね」を運営されながらここ澤井家住宅の管理人もされてる亀村司さん。地元の竹を製糸化した第一人者で染色家で陶芸家でもあり、楽器もされてるとのこと。式台を上がったところに飾られている陶器やタペストリーは亀村さんの作品とのこと(下の写真3)。ただ、この時期、マスクをされてないのはちょっと気になったなあ・・・

式台を上がって右手の次の部屋に進むと、長押(なげし)の上に黒須さん。天邪鬼のことで盗人除けの守りと云われている。お顔、愛嬌のあるわ~

玄関を過ぎ、西奥の座敷に向かう。二間続きの座敷は長押を用いず皮付きの柱や細い丸太の垂木を用い、赤味の強い土壁とするなど数寄屋風の造りとしている。襖絵が見事。欄間には鯉が泳いでいる。

奥の座敷の床の間には真ん中が高くなった違い棚が掛かるが、違い棚は通常二段で、真ん中が高い三段は、ここが皇族の仮住まいだった名残らしい。さらに、床の間の裏に隠し部屋などの特殊な設計がされていて、有事の際には隠れる算段だったと推測される。

北側から西側に続くお庭もかなり立派。この庭に面した廊下は、柱が隅にしかなく、ヤジロベエのように梁を支える仕組みになっている(下の写真4)。南側は内庭で野菜などが栽培されており、向かいには蔵がある(下の写真5)。かつてはお宝が眠っていたとのこと。

20分ほどで説明終了。東面する母屋の前の表庭を横切ると府道に面した表門がある。黒色の立派な高麗門。江戸末期の皇族が仮住まいされた時に建てられたもので、大名の赤門に対して、黒門は宮家の門とされていた。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.4872924819444170&type=1&l=223fe1adec


月読神社に続く

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  • 写真1 玄関内部

    写真1 玄関内部

  • 写真2 土間の梁

    写真2 土間の梁

  • 写真3 亀村さんの作品

    写真3 亀村さんの作品

  • 写真4 座敷の廊下

    写真4 座敷の廊下

  • 写真5 蔵の入口

    写真5 蔵の入口

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