☆ Bon jour FRANCE ☆ ~~Paris(パリ) から 足を伸して、、⑧ ~~ 【 シュノンソー城 編 】 トゥール(Tours)を起点に ロワール川 古城巡り <1日目・午後 > (3/17)
2017/03/17 - 2017/03/18
46位(同エリア384件中)
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「フランスの庭」と呼ばれるロワール(Loire)地方、、
ロワール川流域の森や丘、、そしてひっそりと佇む古城、、
若かりし頃、、ひと目見て目がハートになった憧れの場所でもあります、、
〇十年前にも訪れたのですが、その時はツアー旅行で ざっと見学、、
今回の旅では、じっくりと色々なお城巡りをしてみたいと思い
トゥール(Tours)で1泊して古城巡り♪
そのロワール古城巡りも公共交通機関利用でまわるとなると大変!
特にこの時期3月だとバスの運行も制限されてるし…
(巡回バス運行は4月~10月)
そこで、トゥール発のロワール古城巡りミニバスツアーに参加、、
ミニバスツアーツアーに参加すると午前・午後とそれぞれ2箇所古城見学が出来、
途中、昼食(自由食)も取れて とっても便利
「1日で全部行けます!クロ・リュセ、アンボワーズ城、シャンボール城、シュノンソー城 ロワール古城巡り<2~11月/終日/日本語オーディオガイド付/トゥール発>」
https://www.veltra.com/jp/europe/france/france_other/a/18408
この日パリからトゥール(Tours)に移動して
午前中はル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)とアンボワーズ城(Château d'Amboise)を観光
https://4travel.jp/travelogue/11322468
午後からシャンボール城(Château de Chambord) とシュノンソー城(Château de Chenonceau)を巡ります、、
【 1日目 】(3/17)
パリ モンパルナス駅 → トゥール(Tours)駅
トゥール観光案内所前よりトゥーレーヌ エヴァジオン(TOURAINE EVASION) 1日ミニバスツアー参加
(9:30AM出発)
午前:ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)→ アンボワーズ城(Château d'Amboise)
< 自由昼食 >
https://4travel.jp/travelogue/11322468
午後:シャンボール城(Château de Chambord) →
https://4travel.jp/travelogue/11335419
◎シュノンソー城(Château de Chenonceau)
https://4travel.jp/travelogue/11337276
スタートから20分遅れで参加した女子二人組、、
シャンボール城で迷ったとかで集合場所に更に20分遅れて合流、
午後4時を過ぎてシャンボール城を出発しシュノンソー城へ、、
kuritchi達が一番楽しみにしていたシュノンソー城内入場時間が午後5時までなのだとか、、
シャンボール城からシュノンソー城まで移動時間は1時間かかる?!
このままではシュノンソー城内の見学、、危うし!!!
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- エールフランス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
ドライバーさんが必死に走り回って探した甲斐あって、、
Missing女子二人組と合流、、
午後4時を過ぎてシャンボール城(Château de Chambord)を出発、、、
本日最終訪問地にして楽しみにしていたシュノンソー城(Château de Chenonceau)へ、、
シャンボール城の正面前景写真を期待していたkuritchiですが…
この時はそれどころではない!!!
この時間に出発してはシュノンソー城内に入れるかどうかもわからない状態なのです、、シャンボール城 城・宮殿
-
シャンボール城からシュノンソー城へ、、
青い空に緑が映え、、
真っすぐきれいに並ぶ木々、、
その木々に寄生するヤドリギ、、
まさに、、フランスの美しい光景の中をkuritchi達を乗せた車が走っていきます、、
今は冷静に語っていますが、その時は怒り心頭!!
kuritchiがロワール川のお城巡りで一番楽しみにしていたのが次の”6人の奥方の城”シュノンソー城(Château de Chenonceau)、、
〇十年前に訪問した折には室内はほとんど がら~んとした記憶しか残っていないので、
美しく復元されたシュノンソー城の再訪をとても楽しみにしていました、、 -
お隣りの席のオーストラリア人ご夫妻も
シュノンソー城の内部公開時間に間に合わない?!と大層お怒りの様子、、
madam : 私はこのシュノンソー城を見るためにわざわざやって来たのに
こんな事でお城の中に入れないなんて!!!
<kuritchiも全く 同意見、、>
But 出来る事は
制限時間の午後5時前にシュノンソー城に到着できる事を祈るのみ、、、 -
ドライバーさん、、頑張って運転してくれましたよ!!
それでも到着したのが、午後5時過ぎ、、
心配したツアー会社の社長さんもシュノンソー城の駐車場で待っていてくれて、、
「まだ大丈夫ですよ、、お城の中も見学出来ますよ!」
kuritchi達とオーストラリア人ご夫妻、、その言葉を耳にして、、
走る!!!
シュノンソー城の入口を目指し、、ひたすら、、走る!! -
シュノンソー城(Château de Chenonceau)
走る!!!
(駐車場から入口まで、結構距離がある!!)
オーストラリアンmadamと
「このシュノンソー城を見る為に遥々やって来たんだからね、、」と唱えながら、、
このシュノンソー城はヴェルサイユ宮殿に次いで、
フランスで2番目に観光客の多い人気のお城、、
代々女性が城主だった事から”6人の奥方の城”とも呼ばれています、、シュノンソー城 城・宮殿
-
シュノンソー城(Château de Chenonceau)
とても素敵なファザードを鑑賞するのは後ほどにして、、
kuritchi&オーストラリアンmadam、、
ダッシュ!!
やや遅れて、、
オーストラリアンご主人&ダンナ、、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
< 間に合った ?! >
5:10PM、、入口に到着!!
まずは入場!!!
どうやら5時半まで開館を延長してもらった模様、、
< さすが社長さん! >
限られた時間内でできるだけ室内を見学しなくっちゃ、、
ここで一緒に走ったオーストラリアンmadamと一旦わかれて、、
< また 後でね、、 >シュノンソー城 城・宮殿
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イチオシ
シュノンソー城(Château de Chenonceau)
ホール
天井はリブヴォールト(交差天井)
アーチが交わるところのキーストーンにお花やキマイラや天使などの彫刻、、
フランスルネッサンスの時代の代表的する美しいホール、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
入口の扉の上の美しいステンドグラスは1954年作製のもの、、
この美しかったシュノンソー城も時が過ぎ、、
フランス王家の所有を離れ、第一次世界大戦時には病棟、その後もレジスタンスの活躍の場となったり、シュール川の氾濫に遭ったり…
1951年にチョコレートで有名なムニエー一族が所有
建物や庭を修復し、
現在は元の美しい姿を取り戻しています、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
入口の隣りには 護衛兵の間
王の近衛兵が使っていた為護衛兵の間と呼ばれたのだそうです、、
目を引くのは16世紀にフランドル地方で作製された見事なタペストリー、、
このタペストリーには”結婚の申し込み”の場面が描かれていますが、
他に城の生活の様子や狩りの様子が描かれているタペストリーも、、
16世紀の頃、当時の王は多くの城を所有していましたが、
お城に家具や調度品を据え置くのではなく
移動の度に大きな箱(チェスト)にタペストリーや食器や銀製品など大切なものを入れて運んだのだそうです、、
その時に使われたのがタペストリーの下に置かれている大きなチェスト、、
如何にタペストリーや銀製品や食器が貴重だったかがわかりますね、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
護衛兵の間の奥にある礼拝堂
シュノンソー城の6人の奥方のひとりデュパン夫人、、
彼女はフランス革命時18世紀のシュノンソー城の城主でした、、
ルイ14世の銀行家で大層裕福な父を持ち、当時の啓蒙思想家達
ヴォルテール、ルソー、モンテスキューなどとも親交を持っていました、、
因みに男装の麗人かつ女流作家のジョルジュ サンド(ショパンの恋人としても有名)の義祖母にもあたります、、
フランス革命時には、この礼拝堂は薪の貯蔵庫として使われ、
彼女のその知恵のお陰ででシュノンソー城を革命軍の破壊を免れました、、
第二次世界大戦時にはドイツ軍の爆撃でステンドグラスは破壊されてしまい、
このステンドグラスは1954年に再建されたものです、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
ルイ14世 サロン
最初にシュノンソーの城館を建てたトマ ボイエの妻のカトリーヌ ブリソネは
フランソワ1世達を2度招待したと言われています。
ルネッサンス様式の暖炉には
そのフランソワ1世の紋章サラマンダーと
最初の王妃 クロード ド フランスの紋章白イタチが刻まれています、、
同じくシュノンソー城を訪問したルイ14世は記念にオービュッソン織りの椅子と一緒に自分の肖像画を送りました、、
家具も もちろん素晴らしいのですが、、
ルイ14世の肖像画の金の額のゴージャスで素晴らしいこと!
17世紀のシュノンソー城の城主はセザール ド ブルボン (ヴァンドーム公)
彼はルイ14世の叔父でもありました、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
フランソワ1世 サロン
フランソワ1世のサロンは華やかな植物模様の壁紙に金箔を使った腰板と大層豪華な造りとなっています、、
kuritchiは置かれている食器棚に目が釘付け!
金箔で飾られた彫刻、、 細工、、
< なんて 美しい食器棚なのでしょう♪ >シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
フランソワ1世 サロン
こちらの食器棚の立体的な彫刻も見事!!
どちらも15世紀のフランス製のものだそうです、、
この部屋にはこの他にもアンリ2世とカトリーヌ ド メディシスの長男のフランソワ1世とメアリー スチュワートの結婚祝いの豪華なキャビネットも置かれていましたシュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
フランソワ1世 サロン
kuritchi の目が釘付けになったのが、、、
フランソワ1世のサロン飾られている絵画、、
そのひとつ、、
「狩りの女神ディアーナ姿のロール ヴィクトワール マンチーニ」
モデルはルイ14世の叔父セザール ド ブルボン (ヴァンドーム公)の息子ルイ2世の妻で当時美女の誉れ高かったロール マンチーニ
彼女はルイ14世の実質の宰相を務めたマザラン枢機卿の姪のひとり、、
枢機卿は7人の姪達を引き取り、それぞれに膨大な持参金を付けて王侯貴族たちと政略結婚させ、自分の地位を確立しました、、
青い目の色白美人とはまた違った褐色の目をした美しい彼女達は”マザリネット(Mazarinettes)”と呼ばれフランス宮廷でもてはやされたそうです、、シュノンソー城 城・宮殿
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イチオシ
シュノンソー城(Château de Chenonceau)
フランソワ1世 サロン
そして…
シュノンソー城の著名な女主人のひとり、、
アンリ2世の若い頃の家庭教師、後に愛妾となるディアーヌ ド ポワティエ、、
その彼女を描いた肖像画が中央の「狩りの女神ディアナ姿のディアーヌ ド ポワティエ」
実は彼女はアンリ2世の王妃カトリーヌ ド メディシスとは遠縁の仲でもあったそうです、、
デイアーヌはフランソワ1世とアンリ2世の2代に渡って宮廷に出入りした優雅な貴婦人でした。
その美貌でアンリ2世の愛を独占したディアーヌ ド ポワティエは、
アンリ2世より19歳年上にも拘わらず
50代になってもその容貌が衰える事がなかったと言います、、
<化粧品などもなかった時代に すごい!ですよね、、>
彼女の最初の結婚は15歳の時、39歳年上の夫との結婚でした、、
その夫が亡くなった後ディアーヌ ド ポワティエは黒い喪服で通します、、
その黒い喪服がディアーヌの透き通るような白い肌をより美しく見せたのだそうです、、
白い肌、、金髪の髪、、
細く小さな口に鼻、、
この絵からも、ディアーヌ ド ポワティエの美しさ・魅力が十分に伝わってきますね、、
アンリ2世は王妃カトリーヌ ド メディシスも欲しがっていた王家所有のこの美しいシュノンソー城をディアーヌ ド ポワティエに与えました、、
それだけではなく、エタンプ公爵夫人の称号を与え、フランスのクラウンジュエル(王冠)をも預けたと言います、、
彼女と彼女の娘はアンリ2世と王妃カトリーヌの子供達の教育係も任されていました、、
(一方、カトリーヌ ド メディシスには一切口出しを許さなかったそうです)シュノンソー城 城・宮殿
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イチオシ
シュノンソー城(Château de Chenonceau)
次は、”6人の奥方”の中でも特筆すべき主人公の ディアーヌ ド ポワティエの居室へ、、
アンリ2世の愛を一身に受け、”我が世の春”を満喫していたディアーヌ ド ポワティエの幸せな日々も突然の終焉の時を迎えます、、
アンリ2世が馬上試合で重症を負い、亡くなってしまったのです、、
アンリ2世に代わり王妃カトリーヌ ド メディシスが実権を握るや否や、
ディアーヌは王からの贈り物の全ての返還を迫られ、
ショーモン城との交換でシュノンソー城もカトリーヌ ド メディシスの手に渡ってしまいました、、
この暖炉の肖像画はカトリーヌ ド メディシスのもの
アンリ2世が亡くなった後、彼女がこのシュノンソー城の主となります、、
未亡人をなったカトリーヌはこの絵の様に常に黒の喪服を着用していました、、
暖炉にはフランスの王冠と一緒に
アンリ(Henri )2世の”H”とカトリーヌ(Catherine)の”C”が刻まれています、
かつてヴェネチア大使はカトリーヌの事を次の様に表現しています、、
「口は大きすぎ、目は突き出すぎで顔も青白く美しくはない、
だが、均整のとれた体格と美しい手を持った非常に威厳のある女性である」
王の死後、ディアーヌ ド ポワティエはシュノンソー城との交換でもらったショーモンに短期間滞在しただけで、
誰に顧みられることもなくアネの自分の城で静かに一生を終えたそうです、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
ディアーヌ ド ポワティエの居室
実は、アンリ2世が亡くなり、カトリーヌ ド メディシスがシュノンソー城を手に入れた後、カトリーヌ ド メディシスは徹底的にこのシュノンソー城を改装したと言われています、、
ディアーヌ ド ポワティエの居室も当然改装されてしまいましたが
19世紀の”6人の奥方”のひとりシュノンソー城女主人マルグリッド ベルーズが
膨大な財産をつぎ込んでディアーヌ ド ポワティエ時代の姿を復元しました
しかし、マルグリッド ベルーズは陰謀にも巻き込まれ、結局破産してしまい、その後シュノンソー城は20世紀に入るまで売却が繰り返されます、、
天蓋ベッド、アンリ2世の椅子、寄木造りのテーブル、(写真にありませんが)はルネッサンス時代のものでマルグリッド ベルーズによって復元されたものだそうです、、
16世紀に作られたタペストリーも見事ですね、、
この部屋から明るく華やかでありながら落ち着いた雰囲気のディアーヌ ド ポワティエがイメージできますね、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
ディアーヌ ド ポワティエの居室
この部屋の一番の注目!はこのイニシャルの文字、、
アンリ(Henri )2世の”H”とカトリーヌ(Catherine)の”C”が合わさって刻まれていますが…
よく見ると、、アンリ(Henri )2世の”H”とデイアーヌ(Diane)の”D”に見えてきませんか?(^^
これも、、アンリ2世の永遠の愛の証?シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
ディアーヌ ド ポワティエの居室の奥にある 緑の書斎
アンリ2世が亡くなり、弱冠15歳でフランス王となった長男フランソワ2世の摂政となったカトリーヌ ド メディシスは、この緑の書斎と奥の図書室で執務を行ったと言われています、、
若い王に代わって政治の実権を握り、大量虐殺を行い、フランス中を恐怖に落としれた…
学生時代はそう教わった記憶がありますシュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
図書室
奥の図書室に机がぽつんと置かれていました、、
当時はカトリックとユグノー(プロテスタント)とに2分され
内戦状態だったフランス、、
虐殺や暗殺が行われ、フランス王家の力も揺るぎ出し
カトリックとユグノーの融和を図ろうとしたカトリーヌでしたが内戦は治まる気配を見せません、、
そんな中、カトリーヌ ド メディシスは建築に熱心に取り組み
テュイルリー宮などを建造し、このシュノンソー城にも関わりました、、
またフランソワ1世の影響を受け、芸術のパトロン活動にも取り組みました。
肖像画を好み、タペストリーや黒檀の家具、象嵌細工なども収集していたそうです、、
また、占星術に凝っていた事でも有名です
(日本でも有名なノストラダムスやイタリアの数学者、占星術師のルーカ ガウリコ)シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
図書室
見事な16世紀のルネッサンス様式の格天井(ごうてんじょう)がそのまま残されています、、
よく見ると…シュノンソー城を最初に建てたトマ ボイエ&カトリーヌ ブリンソネのイニシャルT・B・Kが刻まれています、、シュノンソー城 城・宮殿
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イチオシ
シュノンソー城(Château de Chenonceau)
1階の一番の見所、、 ギャラリー(回廊)
両端に暖炉が設けられ、18の大きな窓のある全長60m、幅6mのギャラリーです、、
1576年にカトリーヌ ド メディシスがボールルーム( Ball Room ・舞踏会場)として造らせました。
元はシェール川の上に架けられた橋(デイアーヌ橋とも呼ばれていた)でしたが
カトリーヌはその橋の上に2層の回廊を造りました、、
第1次世界大戦時には当時の女主人シモーヌ ムニエの家族の出資により
このギャラリーは(2層とも)病棟として使われていました
因みにシモーヌ ムニエも”6人の奥方”のひとり、、
19世紀から20世紀のシュノンソー城の女主人、、
モ二エ家はフランスで最初に板チョコを作ったムニエチョコレートで有名な一族です、、
シュノンソー城はその後も第2次世界大戦当時までレジスタンスの活動場所として使われていたそうです、、
(レジスタンスメンバーをかくまったり、ドイツ軍に追われたメンバーをシュール川の対岸に逃がしたり…etc …)シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
1階の次は階段を下りて、地下の厨房へ、、
下りると まず広い配膳室があって、、
16世紀の大きな調理用の暖炉にリブヴォールトの天井が残っています、、
この部屋から厨房の各部屋に行き来が出来ます、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
椅子やテーブルがセットされている次の部屋は
従者たちの食堂です、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
海外TVドラマで見かける従者たちの食堂そのものですね、、
<ちょっと 感動、、>のkuritchi、、
調理用の大きな暖炉や食器棚もあります、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
こちらは調理室、、
< ルネッサンス様式の台所に見えない?! >
そうなのです、、
第1世界大戦時に病棟に使用された時に
当時としては近代的な台所設備が導入されたそうです、、
ここで、同じツアーのオーストラリアンmadamと再会、、
madamはこの地下の厨房が一番のお気に入りだった様で
熱心に写真を撮られていました、、
この他にも狩猟した獲物を解体する部屋や食糧貯蔵庫もありましたよ、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
では、、次は2階へ、、
天井の直角に交差したリブとヴォールトの美しい階段を上って行きます、、
踊り場の窓からはシェール川の景色が広がります、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
カトリーヌ ブリソネのホール
カトリーヌ ブリソネはシュノンソー城を初めて建てたトマ ボイエの夫人の名前です(16世紀)
2階に上がると 広いホール(廊下)があり、、
そのホールの左右に貴婦人達の名前の付いたお部屋が有ります、、
各入口の上にはカトリーヌ ド メディシスがイタリアから取り寄せたという
古代ローマ皇帝の大理石のメダイオンが飾られ、
6枚の17世紀のタペストリーが掛けられています、、
薄暗い中にも廊下の端の窓から光が入り、、
とても落ち着いた雰囲気の美しいホール(廊下)でした、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
最初は、セザール ド ヴァンドームの居室
彼もこのシュノンソー城の城主のひとり、、
カトリーヌ ド メディシスの三男アンリ3世が暗殺されヴァロワ朝は断絶後
新たにアンリ4世がフランス王(ブルボン朝)となりました、、
そのアンリ4世と愛妾ガブリエル デストレの間に生まれた
長男セザール ド ヴァンドーム公(ルイ14世の叔父でもあり)がシュノンソー城の城主となりました、、
(17世紀中頃)
因みにフランソワ1世のサロンに飾られていた「狩りの女神ディアーナ姿」は
セザールの息子のルイ2世の妻 ロール マンチーニを描いた絵画です、、
この部屋にも17世紀のブリュッセルの優美なタペストリーが掛けられています、、
タペストリーの果物や花をあしらった縁飾りが豪華ですね、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
セザール ド ヴァンドームの居室
この立派な天蓋付きベッドはルネッサンス時代のもの、、シュノンソー城 城・宮殿
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イチオシ
シュノンソー城(Château de Chenonceau)
セザール ド ヴァンドームの居室
同じく椅子や暖炉もルネッサンス時代のものですが、、
このルネッサンス時代の暖炉は19世紀に金色に採色されています
中央に描かれている紋章は最初にシュノンソーの城館を建てたトマ ボイエのもの、、
そして天井の境に描かれたのは何と!大砲!
19世紀となると豪華を通り越して凄い!!シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
セザール ド ヴァンドームの居室
窓に17世紀の木製女性の柱が2本
19世紀のものと思われる豪華な鏡、、
テーブルの脚の彫刻も凝っていますね!
そして、飾られている絵はムリーリョの「聖ヨセフの肖像」
19世紀と17世紀が混在した装飾になっていますが、、
kuritchiは大好きなムリーリョの絵が見られただけで満足♪シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
ガブリエル デストレの居室
次は、セザール ド ヴァンドーム公の実母、アンリ4世の愛妾ガブリエル デストレの居室です、、
と言ってもセザール ド ヴァンドームが5歳の時に母のガブリエル デストレが亡くなっているので、彼女がシュノンソー城で滞在した部屋ではなく
彼女を記念する為部屋だと言われています、、
アンリ4世(ナバラ国王エンリケ3世でもある)の王妃はアンリ2世とカトリーヌ ド メディシスの娘のマルグリット ド フランス、、
マルグリットはカトリック、アンリ4世(ナバラ国王エンリケ3世)はユグノーとカトリックとユグノーの融和策の為の結婚でしたが
結婚時にサン バルテルミの虐殺が起き(ユグノーだったアンリも幽閉された)、長い間別居状態で夫婦仲は冷え切り、子供もいませんでした
一方、アンリと一緒に遠征地へも同行し、世話をした約7年間、ガブリエル デストレは事実上の妻でした、、
アンリとの間に長男のセザール ド ヴァンドームを含め3人の子をなし、
アンリにカトリック改宗を決意させ、40年に渡った内戦に終止符を打ち、
フランス王アンリ4世として戴冠させました
ガブリエル デストレはとても知的な女性だったと言われています、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
アンリ4世の愛妾ガブリエル デストレの居室
フランス王となったアンリ4世に側近は正式な後継者を望むものの、アンリ4世は結婚無効認定後、ガブリエル デストレと結婚するつもりだったとか…。
そんな彼女が妊娠中に突然重病になり、子供を死産、そしてガブリエル本人も亡くなってしまいます、、余りに突然の急病に毒殺説も流れたほど…。
アンリ4世は大いに悲しみ、黒衣をまとって喪に服しました、、
ヴァンドーム公の実母ガブリエル デストレ部屋の
天井、床、暖炉、家具はルネッサンス時代のもの、、
日当たりもよく、女性らしい優しい雰囲気も漂い、
居心地の良さそうなお部屋でした、、
きっと、ガブリエル デストレその人をイメージしたお部屋なのでしょうね、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
アンリ4世の愛妾ガブリエル デストレの居室
その後アンリ4世は、マリー ド メディシスを王妃に迎え
生まれたのが後のルイ13世、、
(ヴァンドーム公にとっては異母弟)
アンリ4世とマリー ド メディシスとの間に6人の子供が生まれますが
夫婦仲が円満だった訳ではなくアンリ4世には多くの愛人がいたのだとか…。シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
さて、、時代はルネッサンスに戻り、、
次は、5人の王妃の居室へ、、
この部屋の壁には大きなフランドルのタペストリーが5つ掛けられています、、
フランドルタペストリー特有の縁取りにはお花や植物だけでなく、人物も描かれています、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
5人の王妃(カトリーヌ ド メディシスの娘と嫁)の居室
タペストリーは16世紀のもので
トロイの包囲、ヘレナの奪回、コロッセウムでの競技、
ダビデ王の戴冠が描かれています、、
5人の王妃の居室に相応しい素晴らしいタペストリー、、
ここまでお部屋をぐるりとタペストリーに囲まれると
圧倒されますね、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
5人の王妃の居室
そうそう… 5人の王妃とは、、
娘 : マルグリット ド フランス(アンリ4世王妃)
娘 : エリザベート ド フランス(スペイン王フェリペ2世王妃)
嫁 : メアリー スチュワート(長男フランソワ2世王妃)
嫁 : エリザベート ドートリッシュ(次男シャルル9世王妃)
嫁 : ルイーズ ド ロレーヌ(三男アンリ3世王妃)
カトリーヌ ド メディシスの2人の娘と嫁達のこと、、
カトリーヌ ド メディシスは、子供達を外国の王や王女との政略結婚に熱心でした、、
念願通り、それぞれ王や王妃の称号を得た事が誇りだったのでしょうね、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
5人の王妃(カトリーヌ ド メディシスの娘と嫁)の居室
天井には5人の王妃達の紋章が描かれています、、シュノンソー城 城・宮殿
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イチオシ
シュノンソー城(Château de Chenonceau)
そして、、 もうひとりの有名な”6人の奥方”カトリーヌ ド メディシスの居室へ、、
お部屋に入ると、まず 重厚な彫刻のベッドとタペストリーが目を引きます、、
実は…王妃らしい華やかな部屋をイメージしていたのですが、、
それにしても、ディアーヌ ド ポワティエの明るい華やかな雰囲気と対照的、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
カトリーヌ ド メディシスの居室
天蓋ベッドはルネッサンス時代のもの、、
ベッドのヘッドボード、フットボード、柱にも見事な彫刻
古代のメダルの横顔や紋章?の浮彫も素晴らしい
重厚感あふれるベッド、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
カトリーヌ ド メディシスの居室
ベッドを横から見ると、、
ベッドの横板の彫刻もこの通り、、
柱にも人物の彫刻が施されています、、
ベッドの木の部分にほとんど彫刻が施されています、、
正面から見ると天蓋の色がくすんでいたので華やかさが余り感じられませんでしたが
横から見ると真っ赤な鮮やかな色だった事がわかります、、
そして、、
金泥で塗られた格天井、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
カトリーヌ ド メディシスの居室
注目は天井の文字、、
アンリ(Henri )2世の”H”、、
フランソワ(François)の“F”も、、
(”E”と”F”が合わさった文字は
次女のエリザベート ド フランスと夫スペイン王フェリペ2世のもの?)シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
カトリーヌ ド メディシスの居室
そして、一番の注目!が…
アンリ(Henri )2世の”H”とカトリーヌ(Catherine)の”C”の重なったもの、、
やはり見方によってはアンリ(Henri )2世の”H”と愛妾デイアーヌ(Diane)の”D”が合わさったものに見えますね、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
カトリーヌ ド メディシスの居室
壁は 執務室だった1階の緑の書斎の壁に合わせて植物の模様、、
女性らしい柔らかで可愛らしい柄、、
カトリーヌって 実は意外と乙女チックな人物だったりして??シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
カトリーヌ ド メディシスの居室
ベッドの横には木版に描かれたコレッジョの「愛の教え」
(キャンバスに描かれた「愛の教え」はロンドンナショナルギャラリーにあります)
赤レンガの床はルネッサンス時代のもの、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
カトリーヌ ド メディシスの居室
彼女の部屋にも もちろん壁いっぱいに重厚なタペストリーが掛けられていました、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
カトリーヌ ド メディシスの居室
一連のタペストリーは聖書に書かれているサムソンの生涯が描かれています、、
(さりげなく置かれたキャビネットは16世紀のもの、、)
ひとつひとつ見ていくと大変豪華で素晴らしいカトリーヌ ド メディシスの居室、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
カトリーヌ ド メディシスの居室のお隣りはメデイシス家のギャラリー(回廊)
シェール川に架かる1階のギャラリーの2階部分にあたります、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
メデイシス家のギャラリー
シュノンソー城の絵画も飾られていました、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
2階から3階へ進みます、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
3階ホール
この3階ホールは18世紀から19世紀にかけて
”ブルボン ヴァンドーム”と呼ばれていました。
19世紀に入り城主のペルーズ夫人が修復
現在の3階ホールはその当時のままの姿で残されているのだそうです、、
”6人の奥方”のひとりペルーズ夫人はその豊かな資産でデイアーヌ ド ポワティエの時代のシュノンソー城の姿を復元しようとした女城主でもあります、、
左側に掛けられた絵画はシュノンソー城を描いたもの、、
棚、テーブル、床張りはルネッサンス期のものです、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
3階ホール
< 天井も乙女チックで 可愛い♪ >
よく見ると…
ここにも(天井との境の壁)アンリ(Henri )2世の”H”とデイアーヌ(Diane)の”D”が合わさった文字や
カトリーヌ ド メディシスの”C”を合わせた文字なども描かれています、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
ルイーズ ド ロレーヌの居室
3階の部屋はアンリ2世とカトリーヌ ド メディシスの三男
アンリ3世の妃ルイーズ ド ロレーヌのお部屋、、
ルイーズ ド ロレーヌはカトリーヌ ド メディシスが亡くなった後、
このシュノンソー城を受け継ぎました、、
夫のフランス王アンリ3世が1589年に修道士ジャック クレマンに暗殺されると、
悲しみにくれたルイーズ ド ロレーヌはシュノンソー城に引きこもり
瞑想の祈りの日々を送ります、、
王室の喪中の作法に従い常に哀悼を示す白い喪服を身に纏った事から
『白い王妃』と呼ばれました、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
ルイーズ ド ロレーヌの居室
この部屋は、当時の状態のままの天井に合わせて復元されたのだそうです、、
彼女の悲しみを象徴する羽根(大羽根="Penne"が心痛”Peine"に通じる)
銀の涙、墓堀り人のシャベル、未亡人を表す編み紐、イバラの冠の模様、十字架、
そして…
アンリ3世の”H”とルイーズのイニシャルギリシャ文字のラムダ(Λ)を合わせた文字で天井や壁が埋め尽くされています、、
棚の上に据えられたイバラの冠をかぶったキリストの胸像からもルイーズの悲しみ、敬虔な信仰心が伝わってきます、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
ルイーズ ド ロレーヌの居室
一角にはアンリ3世の肖像画が飾られていました、、
アンリ3世は当初は母カトリーヌ ド メディシスの最愛の息子でしたが、
ユグノーとの融和策を模索するカトリーヌに対し、
アンリ3世はカトリックの中心人物ギース公達を殺害し、
最期は修道士の手に掛かり暗殺されてしまいます、、
ルイーズ ド ロレーヌはそんなアンリ3世を慕い、ひたすら子供が授かる事を祈っていました、、
アンリ3世が亡くなり、その願いが叶わなくなってしまったルイーズ ド ロレーヌは心を病み、シュノンソー城をさまよう様になってしまいます、、
そして3世紀に渡って続いたヴァロワ朝は断絶、、
次のフランス王になったのは、カトリーヌの娘マルグリット ド フランスの夫ブルボン家 アンリ4世、、
この後、フランス王家の舞台はロワールの地からイル ド フランスへと移って行くのでした、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
少し暗い気持ちになりながら
階段を降りて行きます、、、
階段の天井は美しく、、
正面には流れる長い髪の女性のメダイオン、、シュノンソー城 城・宮殿
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イチオシ
シュノンソー城(Château de Chenonceau)
再び1階のギャラリーへやって来ました、、
カトリーヌ ド メディシスはこのギャラリーが完成した翌年1577年に
お気に入りの三男アンリ3世を祝う舞踏会を開きます、、
1572年にはサン バルテルミの虐殺(フランスのカトリックがプロテスタントを大量虐殺した事件)が起きているので、宗教戦争真っ只中の頃の事です、、
豪華なギャラリーで開催された華やかな舞踏会、、
華やかなりし時代のヴァロワ朝の最期の輝き、、
〇十年前に訪れた時もこのギャラリーはとても印象的でした、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
外に出て、、
今度は入口をじっくり、、
< 入口の上の繊細な彫刻も美しいこと、、、>
写真を撮っていると同じツアーのオーストラリア人ご夫婦と再会、、
ご主人はこの入口が大層気に入っているそうで、、、
これまで口数の少なかったご主人が急に色々と解説して下さり、、
kuritchi :お詳しいですね、、と余りの詳しい説明に驚いていると、、
「実は家の玄関をこの入口を真似して造ってもらったんだ、、」
ご主人は、真似をした本物の入口を見に足を運ばれたのだとか、、
< ひぇーーー!!! 家の玄関がシュノンソー城と同じだなんて凄すぎる!! >シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
扉の上にはフランソワ1世の”F”の字、、
そして扉には(右)このシュノンソーの城館を建てたトマ ボイエ家の紋章、、
扉が開いていて見難いですが(左)妻のカトリーヌ ブリソネの紋章が、、
更に紋章の上にはフランソワ1世の紋章のサラマンダーと
フランソワ1世と王妃クロードを称えるラテン語の碑文が刻まれています、、
< この扉も 美しいこと、、>
見学時間は短かったものの、、
なんだかとっても満たされた気分♪
〇十年間のもやもやが消えていく様です、、
後はシュノンソー城全体の姿を目に焼き付けなくっちゃね、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
マルクの塔
最初にシュノンソーの城館を建てたトマ ボイエと妻のカトリーヌ ブリソネは
16世紀にマルク家が12世紀と13世紀の中世の時代に建てていた城塞と水車を取り壊し、この塔だけを残しルネッサンス様式に作り変えました。シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
マルク家のモチーフのキマイラを みーつけ、、
次は庭園に向かいましょうか、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
デイアーヌの庭園
明るく広々としたデイアーヌの庭園、、
中央には噴水(造園された当時からのものを再現)があります、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
カトリーヌの庭園
こじんまりとした庭園ながら、池も小さな噴水もありました、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
カトリーヌの庭園の散歩道からシュノンソー城も眺める事が出来ます、、
さて、、次はkuritchiがどうしても見たいシュノンソー城&シェール川が見える場所へ、、 -
シュノンソー城(Château de Chenonceau)
シュノンソー城&シェール川、、
このシュノンソー城の姿が見たかったのです♪シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
午後の暖かな光を浴びて、、 輝いている姿にうっとり、、シュノンソー城 城・宮殿
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イチオシ
シュノンソー城(Château de Chenonceau)
しっかりと 目に焼き付けて、、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
駐車場へ戻り途中のシェール川、、
もうすぐ夕日の光を浴びて、、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
名残り惜しいですが…
そろそろ再集合場所の駐車場まで戻らなくては、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
とても幸せな時間をありがとう♪シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
シュノンソー城&マルクの塔
最期にもう一度 振り返ります、、シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
途中でオーストラリア人ご夫妻と一緒になり、、
madamはデイアーヌの庭園が大層気に入られたとの事、、
「もちろん、シュノンソー城&シュール川の写真も撮ったわよ!」
2人で写真を見せ合いっこ(^^
オーストラリア人のご夫妻と仲良く色々な事をお話しさせていただいて、、
同じシュノンソー城に興味を持って訪問しても感動するポイントが違っていた所が興味深かったなぁ、、
例の日本人2人組もご機嫌で戻ってきて、、
「私たちシュノンソー城を外から見られれば良かったので、、
それでも少し内部も見られて良かった、、」と
kuritchi達が何に怒っていたのか全く気付いていない様子、、
< 色々な人がいるねー! >シュノンソー城 城・宮殿
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シュノンソー城(Château de Chenonceau)
シュノンソー城の守り神?!スフィンクスの前を通り、、
集合時間の6時に皆戻り、、 トゥール(Tour)の街へ戻ります、、
解散場所は集合場所と同じトゥール観光案内所前、、
社長さんはパリへ列車で戻る人がいるか心配してくれていましたが
幸いこのメンバーは皆トゥール(Tour)近辺に戻る人ばかり、、
予約した列車に乗車出来ないと大変だものね、、シュノンソー城 城・宮殿
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トゥール(Tour)への帰り道、、
集合時間の6時に皆戻り、、 トゥール(Tour)の街へ戻ります、、
解散場所は集合場所と同じトゥール観光案内所前、、
社長さんはパリへ列車で戻る人がいるか心配してくれていましたが
幸いこのメンバーは皆トゥール(Tour)近辺に戻る人ばかり、、
予約した列車に乗車出来ないと大変だものね、、
社長さんの細かな心配りに感謝、、
美しい村々を通り、、 -
トゥール(Tour)へと戻ります、、
結局、帰りの道も予想以上に順調だった様で、、
7時ごろにトゥール観光案内所前に到着、、
< 憧れのシュノンソー城に出会えて、、 本当に良かった、、、 >
(「☆ Bon jour FRANCE ☆ ~~Paris(パリ) から 足を伸して、、⑧ 」に続く)
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この旅行記へのコメント (2)
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- たらよろさん 2018/05/08 12:44:34
- あなた達は良いかもしれないけれど・・・怒!
- こんにちは、kuritchiさん
日本人女子二人、オーストラリアで悪い噂流れなくて本当に良かったぁ~
ツアーに参加して、遅れることは絶対にしてはいけないよね。
あなたたちは、外から見るだけで良かったかもしれないけれど、
普通は中に入って、歴史を感じたいものなんだわ。
そんな気持ちで古城に行くなぁ~って言いたくなる(笑)
ところで、オーストラリアはやっぱりスケール大きいね~
このお城をモチーフにお玄関作っちゃうなんて、
小さなお家の日本人からすれば想像できないスケールの大きさ・・・
羨ましいを通り過ぎてて、あまり何も感じない(笑)
ヨーロッパの古城って、素晴らしいアートがあったり、建築自体も素晴らしいけれど、一方で悲しい事件もいろいろあるので、
このお城の中で、血が流れたことあるんだろうなぁ~とか思うと
おどろおどろしく感じるときもありますね。
でも、やっぱり中は見るべきだわ!!
たらよろ
- kuritchiさん からの返信 2018/05/27 12:14:12
- RE: 迷惑だったNEW JAPANESE ?!
- たらよろさん、すっかりお返事が遅くなってしまいました<m(__)m>
4月5月と無茶苦茶にお仕事が忙しく、pcの前に座れなかったkuritchiです、、
(ほとんどWi-Fi環境のないところばかりに居ました)
> 日本人女子二人、オーストラリアで悪い噂流れなくて本当に良かったぁ?
> ツアーに参加して、遅れることは絶対にしてはいけないよね。
オーストラリアンご夫妻、、大層お怒り!でしたからね〜
折角日本びいきのご夫妻でいらっしゃるのに、この日本人女子お陰で日本人の印象↓↓↓
時間を守る、迷惑をかけた時は謝るのが日本人の特性だと思っていたのにビックリ!でしいた、、
> あなたたちは、外から見るだけで良かったかもしれないけれど、
> 普通は中に入って、歴史を感じたいものなんだわ。
> そんな気持ちで古城に行くなぁ~って言いたくなる(笑)
お城にあまり興味がなく、、
主な目的がお買い物みたいで、、
お城も外観が見られたらOK(本人曰く)
何故この古城巡りツアーに参加したのかよくわからない二人でしたね、、
> ところで、オーストラリアはやっぱりスケール大きいね?
> このお城をモチーフにお玄関作っちゃうなんて、
> 小さなお家の日本人からすれば想像できないスケールの大きさ・・・
> 羨ましいを通り過ぎてて、あまり何も感じない(笑)
最初聞いたとき、玄関の扉を真似したのかと思ったら、ナント扉の上や周りの彫刻もそっくり真似て作られたのだとか、、
<ひぇ〜〜!! 凄すぎて びっくり!!!>ですよぉ!
それまで口数の少なかったご主人が急に語り出されて、建物の彫刻などの解説を詳しくして下さり、その事にも びっくり!(◎○◎)!
なかなか個性的なご夫妻でした、、(^^
> ヨーロッパの古城って、素晴らしいアートがあったり、建築自体も素晴らしいけれど、一方で悲しい事件もいろいろあるので、
> このお城の中で、血が流れたことあるんだろうなぁ?とか思うと
> おどろおどろしく感じるときもありますね。
ヨーロッパの古城は歴史が感じられたり、外見が素晴らしかったりと魅力満載♪
でも、蓋をあけるとドロドロの人間関係が渦巻いていてまたそこも興味深いところ、、(^^;
最初にロンドンのお城を訪れた時にも、この場所で何人の人々が殺されたのかと背筋が寒くなったっけ、、
それでいて、戦争で負けると王は捕虜になりお金を払って解放される、、
ヨーロッパは やっぱり 文化や歴史が違うね〜
そこが興味深くて 古い町やお城巡りしちゃうのですけれどね、、
> でも、やっぱり中は見るべきだわ!!
全く同感です、、
また、周りが内部見学を楽しみに訪れているのに、わざわざ大きな声で堂々と
「私たちは外から見られればいいんです」と言うのもどうかと、、
(こんな事を言う様になったってのは年を取ったって事かもね)
社長さんのお陰で、見学時間を延長してもらえて良かった♪
でも、日本人女子たちのお陰でランチ時間も(2時間30分→2時間弱)短縮され、シュノンソー城も遅い時間に到着したので滞在時間も結果的に短かったし(1時間30分→45分)なんとなくモヤモヤが残りましたけれどね、、
このところ… NEW JAPANESE が目につく? kuritchi
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