ロワールの古城周辺旅行記(ブログ) 一覧に戻る
「フランスの庭」と呼ばれるロワール(Loire)地方、、<br />ロワール川流域の森や丘、、そしてひっそりと佇む古城、、<br />若かりし頃、、ひと目見て目がハートになった憧れの場所でもあります、、<br /><br />〇十年前にも訪れたのですが、その時はツアー旅行で ざっと見学、、<br />今回の旅では、じっくりと色々なお城巡りをしてみたいと思い<br />トゥール(Tours)で1泊して古城巡り♪<br /><br />そのロワール古城巡りも公共交通機関利用でまわるとなると大変!<br />特にこの時期3月だとバスの運行も制限されてるし…<br />(巡回バス運行は4月~10月)<br />そこで、トゥール発のロワール古城巡りミニバスツアーに参加、、<br />ミニバスツアーツアーに参加すると午前・午後とそれぞれ2箇所古城見学が出来、<br />途中、昼食(自由食)も取れて とっても便利<br />「1日で全部行けます!クロ・リュセ、アンボワーズ城、シャンボール城、シュノンソー城 ロワール古城巡り<2~11月/終日/日本語オーディオガイド付/トゥール発>」<br />https://www.veltra.com/jp/europe/france/france_other/a/18408<br /><br />ということで、、<br />パリモンパルナス駅から 足を伸して トゥール(Tours)へ お出かけ♪<br /><br />※トゥール出発の古城巡り(日本語でも対応)※<br />☆ トゥーレーヌ エヴァジオン(TOURAINE EVASION)☆<br />車内で(各自)日本語のオーディオガイド利用での説明<br />http://www.tourevasion.com/japon/prog_japon.htm<br />☆ アコ ディスポ(ACCO DISPO)☆<br />車内にて日本語のカセットテープによる案内<br />http://www.accodispo-tours.com/tours.html<br />いずれもミニバスにて移動、お城のチケットは団体料金(現金にて支払)<br />ドライバーは原則フランス語(英語は片言・日本語不可)<br /><br />集合場所はトゥール駅前の観光案内所前<br />(各会社によってミニバスの停車場所が違う)<br />申し込みバウチャーを印字・持参のこと、、<br /><br />【 1日目 】(3/17)<br />◎パリ モンパルナス駅 → トゥール(Tours)駅<br />トゥール観光案内所前よりトゥーレーヌ エヴァジオン(TOURAINE EVASION) 1日ミニバスツアー参加<br />(9:30AM出発)<br />午前:ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)→ アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />     < 自由昼食 ><br /><br />午後:シャンボール城(Château de Chambord)  →<br />https://4travel.jp/travelogue/11335419<br /> シュノンソー城(Château de Chenonceau)<br />https://4travel.jp/travelogue/11337276<br /><br />ツアー参加者が20分以上遅れてのスタート、<br />なにやら 嫌な予感が、、<br />でも、ツアーはとても良く出来ていて<br />楽しめましたよ♪<br /><br />レオナルド ダ ヴィンチの最期の地 クロ リュセも興味深かったし<br />アンボワーズ城もフランスの歴史を思いながら見学すると<br />とても感慨深いものもありました、、<br />ついつい、、力が入ってしまい、、<br />思い入れたっぷり!のの旅行記になってしまいました、、(^^;<br /><br /><br />

☆ Bon jour FRANCE ☆ ~~Paris(パリ) から 足を伸して、、⑥ ~~ 【 レオナルド ダ ヴィンチの最後の居城「ル クロ リュセ」 & 「アンボワーズ城」編 】 トゥール(Tours)を起点に ロワール川 古城巡り <1日目・午前 > (3/17)

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2016/03/17 - 2016/03/18

83位(同エリア384件中)

旅行記グループ ☆ Bon jour FRANCE ☆

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kuritchi

kuritchiさん

「フランスの庭」と呼ばれるロワール(Loire)地方、、
ロワール川流域の森や丘、、そしてひっそりと佇む古城、、
若かりし頃、、ひと目見て目がハートになった憧れの場所でもあります、、

〇十年前にも訪れたのですが、その時はツアー旅行で ざっと見学、、
今回の旅では、じっくりと色々なお城巡りをしてみたいと思い
トゥール(Tours)で1泊して古城巡り♪

そのロワール古城巡りも公共交通機関利用でまわるとなると大変!
特にこの時期3月だとバスの運行も制限されてるし…
(巡回バス運行は4月~10月)
そこで、トゥール発のロワール古城巡りミニバスツアーに参加、、
ミニバスツアーツアーに参加すると午前・午後とそれぞれ2箇所古城見学が出来、
途中、昼食(自由食)も取れて とっても便利
「1日で全部行けます!クロ・リュセ、アンボワーズ城、シャンボール城、シュノンソー城 ロワール古城巡り<2~11月/終日/日本語オーディオガイド付/トゥール発>」
https://www.veltra.com/jp/europe/france/france_other/a/18408

ということで、、
パリモンパルナス駅から 足を伸して トゥール(Tours)へ お出かけ♪

※トゥール出発の古城巡り(日本語でも対応)※
☆ トゥーレーヌ エヴァジオン(TOURAINE EVASION)☆
車内で(各自)日本語のオーディオガイド利用での説明
http://www.tourevasion.com/japon/prog_japon.htm
☆ アコ ディスポ(ACCO DISPO)☆
車内にて日本語のカセットテープによる案内
http://www.accodispo-tours.com/tours.html
いずれもミニバスにて移動、お城のチケットは団体料金(現金にて支払)
ドライバーは原則フランス語(英語は片言・日本語不可)

集合場所はトゥール駅前の観光案内所前
(各会社によってミニバスの停車場所が違う)
申し込みバウチャーを印字・持参のこと、、

【 1日目 】(3/17)
◎パリ モンパルナス駅 → トゥール(Tours)駅
トゥール観光案内所前よりトゥーレーヌ エヴァジオン(TOURAINE EVASION) 1日ミニバスツアー参加
(9:30AM出発)
午前:ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)→ アンボワーズ城(Château d'Amboise)
     < 自由昼食 >

午後:シャンボール城(Château de Chambord) →
https://4travel.jp/travelogue/11335419
シュノンソー城(Château de Chenonceau)
https://4travel.jp/travelogue/11337276

ツアー参加者が20分以上遅れてのスタート、
なにやら 嫌な予感が、、
でも、ツアーはとても良く出来ていて
楽しめましたよ♪

レオナルド ダ ヴィンチの最期の地 クロ リュセも興味深かったし
アンボワーズ城もフランスの歴史を思いながら見学すると
とても感慨深いものもありました、、
ついつい、、力が入ってしまい、、
思い入れたっぷり!のの旅行記になってしまいました、、(^^;


旅行の満足度
5.0
観光
5.0
グルメ
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
鉄道 観光バス 徒歩
航空会社
エールフランス
旅行の手配内容
個別手配
  • パリのホテルを一旦チェックアウト(7:00AM前)<br />大きなスーツケースはホテルに預かってもらい<br />MTR利用で出発するモンパルナス(Montparnasse)駅へ向います、、<br /><br />前日、ホテルのフロントでモンパルナス駅まで<br />TAXI利用とMTR利用のどちらが良いか相談したところ<br />通勤時間帯(午前8時前後)のパリ市内は道が渋滞するのでMTRで行く方が確実との事、、<br />kuritchi達はモンパルナス駅へ乗り換えなしで行ける<br />ホテルより徒歩約10分のサン ラザール(ST-LAZARE)駅からMTRに乗り<br />7:15AMにモンパルナス駅に到着、、<br />(ホテルから一番近いオペラ駅からは乗り換え有)<br /><br />モンパルナス駅はMTRと国鉄SNCF、パリ近郊線RER(イル ド フランス/ Ile de France)の3線が乗り入れている大きな駅、、<br />写真の Ile-de-Franceはパリ近郊線RER(イル ド フランス)ホームへの案内表示<br />(RERはヴェルサイユなどに行く時に利用)<br />

    パリのホテルを一旦チェックアウト(7:00AM前)
    大きなスーツケースはホテルに預かってもらい
    MTR利用で出発するモンパルナス(Montparnasse)駅へ向います、、

    前日、ホテルのフロントでモンパルナス駅まで
    TAXI利用とMTR利用のどちらが良いか相談したところ
    通勤時間帯(午前8時前後)のパリ市内は道が渋滞するのでMTRで行く方が確実との事、、
    kuritchi達はモンパルナス駅へ乗り換えなしで行ける
    ホテルより徒歩約10分のサン ラザール(ST-LAZARE)駅からMTRに乗り
    7:15AMにモンパルナス駅に到着、、
    (ホテルから一番近いオペラ駅からは乗り換え有)

    モンパルナス駅はMTRと国鉄SNCF、パリ近郊線RER(イル ド フランス/ Ile de France)の3線が乗り入れている大きな駅、、
    写真の Ile-de-Franceはパリ近郊線RER(イル ド フランス)ホームへの案内表示
    (RERはヴェルサイユなどに行く時に利用)

    モンパルナス駅

  • モンパルナス(Montparnasse)駅(7:15AM)<br /><br />kuritchi達が乗車するSNCFのホームは Halls 1 et 2<br />(E-TICKET・チケットにも PARIS MONT 1 ET 2と表記)<br />Ile-de-France(パリ近郊線RER)とはホームの階が違うので要注意です、、<br />kuritchi達は、エスカレーターに乗って 1 et 2 へ、、<br /><br />チケット(E-TICKET)はRAIL EUROPEで日本から予約済み。<br />http://www.raileurope-japan.com/<br />自宅でE-TICKETをプリント出来るので安心だし、とても便利、、<br /><br /><br />

    モンパルナス(Montparnasse)駅(7:15AM)

    kuritchi達が乗車するSNCFのホームは Halls 1 et 2
    (E-TICKET・チケットにも PARIS MONT 1 ET 2と表記)
    Ile-de-France(パリ近郊線RER)とはホームの階が違うので要注意です、、
    kuritchi達は、エスカレーターに乗って 1 et 2 へ、、

    チケット(E-TICKET)はRAIL EUROPEで日本から予約済み。
    http://www.raileurope-japan.com/
    自宅でE-TICKETをプリント出来るので安心だし、とても便利、、


    モンパルナス駅

  • モンパルナス(Montparnasse)駅<br /><br />予約したトゥール(Tours)へ向うTGVは7:46AM発<br />朝食がまだのkuritchi達は<br />TGV内でいただく朝食を同じフロアにある PAUL で GET♪<br />PAULは息子とロンドンを訪れて以来 kuritchiのお気に入り♪<br /><br />

    モンパルナス(Montparnasse)駅

    予約したトゥール(Tours)へ向うTGVは7:46AM発
    朝食がまだのkuritchi達は
    TGV内でいただく朝食を同じフロアにある PAUL で GET♪
    PAULは息子とロンドンを訪れて以来 kuritchiのお気に入り♪

    モンパルナス駅

  • モンパルナス(Montparnasse)駅 PAUL<br /><br />昨今日本でも見かけるPAULはフランスの老舗パン屋さん♪<br />パリ市内にも沢山お店がありますよ(^^<br />(このお店は朝の6:30からOPEN)<br /><br />残念ながら日本語はもちろん、英語も通じませんが、<br />指さしと片言のフランス語で注文OK♪<br /><br />ダンナは毎回“Jambon &amp; Fromage Sandwich”<br />(ハム&amp;チーズのバケットサンドイッチ)<br />kuritchiは<br />“ショッソン オ ポム(アップルパイ)” “パン オ レザン” “クロワッサン”<br />そして時々 サンドイッチ …<br />飲み物は“カプチーノ(kuritchi)” & “エスプレッソ(ダンナ)”で決まり!<br /><br />パンの美味しいフランスでは<br />サンドイッチとハンバーガーは何処で頼んでもハズレなし♪

    モンパルナス(Montparnasse)駅 PAUL

    昨今日本でも見かけるPAULはフランスの老舗パン屋さん♪
    パリ市内にも沢山お店がありますよ(^^
    (このお店は朝の6:30からOPEN)

    残念ながら日本語はもちろん、英語も通じませんが、
    指さしと片言のフランス語で注文OK♪

    ダンナは毎回“Jambon & Fromage Sandwich”
    (ハム&チーズのバケットサンドイッチ)
    kuritchiは
    “ショッソン オ ポム(アップルパイ)” “パン オ レザン” “クロワッサン”
    そして時々 サンドイッチ …
    飲み物は“カプチーノ(kuritchi)” & “エスプレッソ(ダンナ)”で決まり!

    パンの美味しいフランスでは
    サンドイッチとハンバーガーは何処で頼んでもハズレなし♪

    モンパルナス駅

  • モンパルナス(Montparnasse) 1 ET 2<br /><br />電光掲示板でホームを確認して、、<br />時間に余裕も持ってTGVに乗車します、、<br />(ご存知の通り、時間になると静かに出発してしまいますからね、、^^;)<br /><br />kuritchi達の乗車したTGVは<br />定刻通り7:46AMにモンパルナス駅を出発!<br /><br /><br />実は、、 モンパルナス駅からトゥール(Tours)駅へは<br />時間帯によっては乗り換えが必要です。<br />この7:46発のTGVもトゥール(Tours)駅には停車しないので<br />手前のサン ピエール デ コール(Saint-Pierre-des-Corps)駅で乗り換えます。<br />

    モンパルナス(Montparnasse) 1 ET 2

    電光掲示板でホームを確認して、、
    時間に余裕も持ってTGVに乗車します、、
    (ご存知の通り、時間になると静かに出発してしまいますからね、、^^;)

    kuritchi達の乗車したTGVは
    定刻通り7:46AMにモンパルナス駅を出発!


    実は、、 モンパルナス駅からトゥール(Tours)駅へは
    時間帯によっては乗り換えが必要です。
    この7:46発のTGVもトゥール(Tours)駅には停車しないので
    手前のサン ピエール デ コール(Saint-Pierre-des-Corps)駅で乗り換えます。

    モンパルナス駅

  • TGVが走り出すと、朝食TIME♪<br /><br />kuritchiが撮影に取りかかるや否や ダンナはサンドイッチをパクリ!(笑)<br />AND お気に入りのエスプレッソを一口♪<br />「kuritchiが勧めるだけあって、PAULのサンドイッチ 美味しいなぁ♪」<br />すっかりご機嫌のダンナ♪<br />サンドイッチやパンだけでなく、フランスではエスプレッソもハズレなし!<br /><br />kuritchiの本日の朝食<br />“ショッソン オ ポム(アップルパイ)左”も<br />“クロワッサン 右”も、、<br />生地がサクっとして、フランスの発酵バターの香りGOOD♪<br />とっても美味しい♪<br /><br />TGVで朝食は SNCF旅の楽しみのひとつにもなっている気がします(^^<br /><br />

    TGVが走り出すと、朝食TIME♪

    kuritchiが撮影に取りかかるや否や ダンナはサンドイッチをパクリ!(笑)
    AND お気に入りのエスプレッソを一口♪
    「kuritchiが勧めるだけあって、PAULのサンドイッチ 美味しいなぁ♪」
    すっかりご機嫌のダンナ♪
    サンドイッチやパンだけでなく、フランスではエスプレッソもハズレなし!

    kuritchiの本日の朝食
    “ショッソン オ ポム(アップルパイ)左”も
    “クロワッサン 右”も、、
    生地がサクっとして、フランスの発酵バターの香りGOOD♪
    とっても美味しい♪

    TGVで朝食は SNCF旅の楽しみのひとつにもなっている気がします(^^

  • パリ モンパルナス(Paris Montparnasse)<br />     ↓↓↓<br />   トゥール(Tours)<br /><br />まだ朝靄の残る車窓、、<br />あっという間に 近代的なモンパルナスの風景から、、<br />緑の美しい 田園風景に移っていきました、、

    パリ モンパルナス(Paris Montparnasse)
         ↓↓↓
       トゥール(Tours)

    まだ朝靄の残る車窓、、
    あっという間に 近代的なモンパルナスの風景から、、
    緑の美しい 田園風景に移っていきました、、

  • パリ モンパルナス(Paris Montparnasse)<br />     ↓↓↓<br />   トゥール(Tours)<br /><br />車窓からの ため息が出るくらい 美しい田園風景、、<br /><br />一方、、車内はというと、、、<br />社会見学(?)の地元の高校生達と一緒、、<br />というか… ほぼ地元の学生達の貸し切り状態、、<br /><br />さすが?!個人主義のフランス、、<br />学生達は当然のごとく自由に振る舞い、、<br />先生も生徒達と一緒に盛り上がってるし、、<br />(実は最初どの人が先生なのかもわからなかった><)<br /><br />大音響で音楽をかけながら一緒に口ずさむ者あり…<br />kissなどを交わしつつ、“愛”を育むカップルあり…<br />&lt; 高校生から堂々と愛を語らうのね、、&gt;<br />座席を移動しながら友達との会話を楽しむ者あり… etc …<br />とにかく、、“賑やか”を通り越して うるさい!レベル、、<br />予約時に空いている席に自動で座席を振り分られてしまうので仕方ないとは言え、、<br />これは勘弁して!状態、、(><)<br /><br />ダンナは完全にキレてるのですが、、<br />如何せんフランス語が話せないので、自分が怒っている事を彼らに伝えられず<br />一人で ぶつぶつ、、<br />とにかく、、乗り換えるまでの約1時間は、、ひたすら“忍”、、<br /><br />(フランスでは車内で大声で話すのはOKですが<br />さすがに団体で一斉に大きな声での会話や音楽、愛の表現はキツかったです、、)<br /><br />

    パリ モンパルナス(Paris Montparnasse)
         ↓↓↓
       トゥール(Tours)

    車窓からの ため息が出るくらい 美しい田園風景、、

    一方、、車内はというと、、、
    社会見学(?)の地元の高校生達と一緒、、
    というか… ほぼ地元の学生達の貸し切り状態、、

    さすが?!個人主義のフランス、、
    学生達は当然のごとく自由に振る舞い、、
    先生も生徒達と一緒に盛り上がってるし、、
    (実は最初どの人が先生なのかもわからなかった><)

    大音響で音楽をかけながら一緒に口ずさむ者あり…
    kissなどを交わしつつ、“愛”を育むカップルあり…
    < 高校生から堂々と愛を語らうのね、、>
    座席を移動しながら友達との会話を楽しむ者あり… etc …
    とにかく、、“賑やか”を通り越して うるさい!レベル、、
    予約時に空いている席に自動で座席を振り分られてしまうので仕方ないとは言え、、
    これは勘弁して!状態、、(><)

    ダンナは完全にキレてるのですが、、
    如何せんフランス語が話せないので、自分が怒っている事を彼らに伝えられず
    一人で ぶつぶつ、、
    とにかく、、乗り換えるまでの約1時間は、、ひたすら“忍”、、

    (フランスでは車内で大声で話すのはOKですが
    さすがに団体で一斉に大きな声での会話や音楽、愛の表現はキツかったです、、)

  • 乗り換えのサン ピエール デ コール(Saint-Pierre-des-Corps)駅に<br />定刻通り8:45着 、、<br />< 内心、、 ほっ、、(笑)><br />(到着前に車両内の電光掲示にトゥール(Tours)乗り換えの表示もあり・上)<br />乗り換え時間は約10分<br />でも大丈夫、、 乗り換えのTERはすぐ向かい側のホームから出発、、<br />

    乗り換えのサン ピエール デ コール(Saint-Pierre-des-Corps)駅に
    定刻通り8:45着 、、
    < 内心、、 ほっ、、(笑)>
    (到着前に車両内の電光掲示にトゥール(Tours)乗り換えの表示もあり・上)
    乗り換え時間は約10分
    でも大丈夫、、 乗り換えのTERはすぐ向かい側のホームから出発、、

    サン ピエール デ コール駅

  • サン ピエール デ コール(Saint-Pierre-des-Corps)駅で乗り換え、、<br /><br />サン ピエール デ コール(Saint-Pierre-des-Corps)駅で乗り換えるTERは普通電車なので座席指定なし<br /><br />kuritchi達の乗車したのは自転車と一緒に乗車可の車両もあるTER(写真)<br />車両のドアに自転車マークがあるのですぐにわかります(右)<br />自転車可の車両内の壁には(左)自転車を掛けて置くスペースも用意されていました、、<br /><br />

    サン ピエール デ コール(Saint-Pierre-des-Corps)駅で乗り換え、、

    サン ピエール デ コール(Saint-Pierre-des-Corps)駅で乗り換えるTERは普通電車なので座席指定なし

    kuritchi達の乗車したのは自転車と一緒に乗車可の車両もあるTER(写真)
    車両のドアに自転車マークがあるのですぐにわかります(右)
    自転車可の車両内の壁には(左)自転車を掛けて置くスペースも用意されていました、、

    サン ピエール デ コール駅

  • サン ピエール デ コール(Saint-Pierre-des-Corps)駅 <br /><br />乗り換えたTER出発も無事定刻の8:54PMに出発!<br /><br />&lt;SNCFの車掌さんの制服もオシャレ♪&gt;

    サン ピエール デ コール(Saint-Pierre-des-Corps)駅 

    乗り換えたTER出発も無事定刻の8:54PMに出発!

    <SNCFの車掌さんの制服もオシャレ♪>

    サン ピエール デ コール駅

  • TERに乗車して約5分、、トゥール(Tours)駅<br /><br />ほぼ定刻の9:00AMに到着!

    TERに乗車して約5分、、トゥール(Tours)駅

    ほぼ定刻の9:00AMに到着!

    トゥール駅

  • トゥール駅(Gare de Tours)<br /><br />設計をしたのは19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した<br />トゥール生まれのヴィクトール ラルー(Victor Laloux)<br />後にパリのオルセー駅(現オルセー美術館)の設計も、、<br /><br />ガラスの大きな窓、それを支える鉄骨、、<br />見事な彫刻とっても美しい駅舎、、、<br />

    トゥール駅(Gare de Tours)

    設計をしたのは19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した
    トゥール生まれのヴィクトール ラルー(Victor Laloux)
    後にパリのオルセー駅(現オルセー美術館)の設計も、、

    ガラスの大きな窓、それを支える鉄骨、、
    見事な彫刻とっても美しい駅舎、、、

    トゥール駅

  • トゥール駅(Gare de Tours)<br /><br />申し込んだトゥール出発の古城巡りミニバスツアーの集合場所<br />観光案内所(Office de tourisme Tours Val de Loire)へ向かいます、、<br />観光案内所は駅前の広場を横切り、道を渡ったところにあるので、<br />とてもわかりやすい、、<br />(9:10AM)<br /><br />トゥール発の日本語対応の古城巡りツアーは2社、、<br />(プライベートツアーの申し込みも可)<br /><br />☆ トゥーレーヌ エヴァジオン(TOURAINE EVASION)☆<br />車内で(各自)日本語のオーディオガイド利用での説明<br />http://www.tourevasion.com/japon/prog_japon.htm<br /><br />☆ アコ ディスポ(ACCO DISPO)☆<br />車内にて日本語のカセットテープによる案内<br />http://www.accodispo-tours.com/tours.html<br /><br />どちらも集合場所は観光案内所前<br />車が停まっている場所が観光案内場所前の左側だったり右側だったりしますが<br />ドライバーに予約済のバウチャーを見せれば大丈夫、、<br /><br />   ※注意※<br />◎バウチャーは必ず印刷の上持参<br />◎集合時間・帰着予定時間は確認のこと!<br />特にその日の内にパリに戻る予定の人は要注意!<br />集合時間に遅れる人がいると、確実に!帰着時間が遅れます。<br />(経験談です、、^^;)<br /><br />kuritchi達はVERTRAを通して<br />トゥーレーヌ エヴァジオン(TOURAINE EVASION) 1日ミニバスツアー(9:20AM集合/9:30AM出発)に参加、、<br /><br />午前:ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)→ アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />     < 自由昼食 ><br />午後:シャンボール城(Château de Chambord)  → シュノンソー城(Château de Chenonceau)<br /><br />TGV・TERの到着が遅れたり、集合場所がわからなかったりで<br />集合時間に間に合わなかったらどうしよう!と心配していましたが<br />集合場所の観光案内所(Office de tourisme Tours Val de Loire)はわかりやすいし、<br />今回の旅で何度もお世話になったTGV・TERも大幅に遅れるって事は一度もありませんでしたしね、、<br />当日の朝にパリ出発しての参加も可能だし、日帰りでの利用も可能ですね、、<br />(日帰りの場合はパリへ帰る時間に余裕を持った方が良いと思います)<br /><br />観光案内前で待っていると社長さんがやって来て受付<br />この日は渋滞でドライバーの到着が遅れる為、<br />社長さん(英語可)が先に来て受付をしてくれているのだとか…。<br />kuritchiはバウチャーをプリントしたものを提示、、<br />社長さん曰く:こんな風にちゃんとプリントアウトして持ってきてくれると有難いんだ、、<br /><br />同じ様なミニバスツアーが数社(日本語対応無しのツアーも有)出発する日もあるので参加客もドライバーも<br />どのツアーの参加者なのかがわからなくなる事もあるのだとか、、<br />なにせ… 多少の差はあっても<br />皆 ロワール川古城巡りのツアー 同じような内容、、<br />その上、どのツアーがどの車なのかわかりにくい、、<br />< やっぱり、バウチャー持参はMUST!だね^^ ><br /><br />さて、、kuritchi達の参加するツアーの車は約10分遅れで到着、、<br />ところが、車に乗車して待つものの、出発する気配なし、、<br />(この時点でツアー参加はkuritchi達のみ)<br />何度も電話をかけるスタッフ達、、<br />どうやら当日朝に観光案内所に直接電話して申し込んできたグループがまだ到着していないらしい、、<br />更に待ち、、出発予定時間から20分が過ぎ、、<br />やって来たのは若い日本人女子2人組、、<br />やっと 約20分遅れでツアー スタート、、<br />(彼女たちは「今日は偶々ドライバーが渋滞で遅れて到着したから参加出来たけれど、普段だったら置いて行かれているよ!」(英語)とスタッフからお叱り)<br /><br />この時はこの20分遅れがこの後どんな影響があるのか、、まだわかっていないkuritchi達、、

    トゥール駅(Gare de Tours)

    申し込んだトゥール出発の古城巡りミニバスツアーの集合場所
    観光案内所(Office de tourisme Tours Val de Loire)へ向かいます、、
    観光案内所は駅前の広場を横切り、道を渡ったところにあるので、
    とてもわかりやすい、、
    (9:10AM)

    トゥール発の日本語対応の古城巡りツアーは2社、、
    (プライベートツアーの申し込みも可)

    ☆ トゥーレーヌ エヴァジオン(TOURAINE EVASION)☆
    車内で(各自)日本語のオーディオガイド利用での説明
    http://www.tourevasion.com/japon/prog_japon.htm

    ☆ アコ ディスポ(ACCO DISPO)☆
    車内にて日本語のカセットテープによる案内
    http://www.accodispo-tours.com/tours.html

    どちらも集合場所は観光案内所前
    車が停まっている場所が観光案内場所前の左側だったり右側だったりしますが
    ドライバーに予約済のバウチャーを見せれば大丈夫、、

       ※注意※
    ◎バウチャーは必ず印刷の上持参
    ◎集合時間・帰着予定時間は確認のこと!
    特にその日の内にパリに戻る予定の人は要注意!
    集合時間に遅れる人がいると、確実に!帰着時間が遅れます。
    (経験談です、、^^;)

    kuritchi達はVERTRAを通して
    トゥーレーヌ エヴァジオン(TOURAINE EVASION) 1日ミニバスツアー(9:20AM集合/9:30AM出発)に参加、、

    午前:ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)→ アンボワーズ城(Château d'Amboise)
         < 自由昼食 >
    午後:シャンボール城(Château de Chambord) → シュノンソー城(Château de Chenonceau)

    TGV・TERの到着が遅れたり、集合場所がわからなかったりで
    集合時間に間に合わなかったらどうしよう!と心配していましたが
    集合場所の観光案内所(Office de tourisme Tours Val de Loire)はわかりやすいし、
    今回の旅で何度もお世話になったTGV・TERも大幅に遅れるって事は一度もありませんでしたしね、、
    当日の朝にパリ出発しての参加も可能だし、日帰りでの利用も可能ですね、、
    (日帰りの場合はパリへ帰る時間に余裕を持った方が良いと思います)

    観光案内前で待っていると社長さんがやって来て受付
    この日は渋滞でドライバーの到着が遅れる為、
    社長さん(英語可)が先に来て受付をしてくれているのだとか…。
    kuritchiはバウチャーをプリントしたものを提示、、
    社長さん曰く:こんな風にちゃんとプリントアウトして持ってきてくれると有難いんだ、、

    同じ様なミニバスツアーが数社(日本語対応無しのツアーも有)出発する日もあるので参加客もドライバーも
    どのツアーの参加者なのかがわからなくなる事もあるのだとか、、
    なにせ… 多少の差はあっても
    皆 ロワール川古城巡りのツアー 同じような内容、、
    その上、どのツアーがどの車なのかわかりにくい、、
    < やっぱり、バウチャー持参はMUST!だね^^ >

    さて、、kuritchi達の参加するツアーの車は約10分遅れで到着、、
    ところが、車に乗車して待つものの、出発する気配なし、、
    (この時点でツアー参加はkuritchi達のみ)
    何度も電話をかけるスタッフ達、、
    どうやら当日朝に観光案内所に直接電話して申し込んできたグループがまだ到着していないらしい、、
    更に待ち、、出発予定時間から20分が過ぎ、、
    やって来たのは若い日本人女子2人組、、
    やっと 約20分遅れでツアー スタート、、
    (彼女たちは「今日は偶々ドライバーが渋滞で遅れて到着したから参加出来たけれど、普段だったら置いて行かれているよ!」(英語)とスタッフからお叱り)

    この時はこの20分遅れがこの後どんな影響があるのか、、まだわかっていないkuritchi達、、

    トゥール駅

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br /><br />スタートの観光案内所から最初の目的地 ル クロ リュセまで<br />映像&音声のオーディオガイド(日本語)で<br />ロワールの古城やこれから訪れるル クロ リュセについてレクチャーを受け…<br /><br />(到着まで 前の座席では、遅れて到着の日本人女子がドライバーさん(女性)とずーっとフランス語で世間話、、)<br /><br />後でドライバーさんの説明によると…<br />彼女達の内一人はフランスに留学中<br />もう一人は日本から遊びに来た友人<br />お天気も良いし、思い立って申し込み、急いで来たのだとか…<br />フランス語の勉強の為日本語ではなくフランス語で話して欲しい<br />(友人はフランス話は話せない)<br />道理で、、彼女達はkuritchi達とは会話どころか挨拶もないのね、、了解!(^-^;)<br /><br />出発後約35分で ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)に到着、、<br />(10:25AM)<br /><br />意外にも?こじんまりとした<br />ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)、、、、<br /><br />ドライバー:車に11:30に戻って来てね!<br />チケットは現金にてドライバーさんに支払、ドライバーさんがまとめて購入して<br />入場券やパンフレットを渡してくれます、、<br />団体料金(9euro)が適用されるのでとってもお得!<br /><br />そして、、伝えられた時間まで、自由見学&amp;散策♪<br />(館内案内・ガイドはありません)<br /><br />門から中に入ると、、、

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)

    スタートの観光案内所から最初の目的地 ル クロ リュセまで
    映像&音声のオーディオガイド(日本語)で
    ロワールの古城やこれから訪れるル クロ リュセについてレクチャーを受け…

    (到着まで 前の座席では、遅れて到着の日本人女子がドライバーさん(女性)とずーっとフランス語で世間話、、)

    後でドライバーさんの説明によると…
    彼女達の内一人はフランスに留学中
    もう一人は日本から遊びに来た友人
    お天気も良いし、思い立って申し込み、急いで来たのだとか…
    フランス語の勉強の為日本語ではなくフランス語で話して欲しい
    (友人はフランス話は話せない)
    道理で、、彼女達はkuritchi達とは会話どころか挨拶もないのね、、了解!(^-^;)

    出発後約35分で ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)に到着、、
    (10:25AM)

    意外にも?こじんまりとした
    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)、、、、

    ドライバー:車に11:30に戻って来てね!
    チケットは現金にてドライバーさんに支払、ドライバーさんがまとめて購入して
    入場券やパンフレットを渡してくれます、、
    団体料金(9euro)が適用されるのでとってもお得!

    そして、、伝えられた時間まで、自由見学&散策♪
    (館内案内・ガイドはありません)

    門から中に入ると、、、

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br /><br />クロ リュセは、<br />オレンジの煉瓦と白い石灰岩のコントラストの美しい”館”♪<br />(Château=城と訳される事が多いですが、王侯貴族の”館”とも…)<br /><br />フランソワ1世はレオナルド ダ ヴィンチをイタリアより招き、<br />王の住むアンボワーズ城から程近いこの館をレオナルド ダ ヴィンチに与えました、、<br />ダヴィンチは1519年5月2日に亡くなるまでの最期の3年間をこのル クロ リュセで過ごしています、、<br />

    イチオシ

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    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)

    クロ リュセは、
    オレンジの煉瓦と白い石灰岩のコントラストの美しい”館”♪
    (Château=城と訳される事が多いですが、王侯貴族の”館”とも…)

    フランソワ1世はレオナルド ダ ヴィンチをイタリアより招き、
    王の住むアンボワーズ城から程近いこの館をレオナルド ダ ヴィンチに与えました、、
    ダヴィンチは1519年5月2日に亡くなるまでの最期の3年間をこのル クロ リュセで過ごしています、、

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br />写真の右(塔の1階)が入口、左が出口、、<br /><br />ル クロ リュセは15世紀にルイ11世がお抱えシェフの為に建てたのが最初、、<br />その後フランス王家の所有になり<br />シャルル8世の時代は王妃 アンヌ ド ブルタニュー<br />また、フランソワ1世の姉も住んでいた時期がありました、、

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)
    写真の右(塔の1階)が入口、左が出口、、

    ル クロ リュセは15世紀にルイ11世がお抱えシェフの為に建てたのが最初、、
    その後フランス王家の所有になり
    シャルル8世の時代は王妃 アンヌ ド ブルタニュー
    また、フランソワ1世の姉も住んでいた時期がありました、、

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br /><br />かつては要塞の役割を果たしていましたクロ リュセ、、<br />右手にある監視塔はその時の名残りだそうです。<br />右手の監視塔の1階から入り<br />階段を上って2階へ<br />そして庭園を眺めながら回廊を通って館の中へ進みます、、

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)

    かつては要塞の役割を果たしていましたクロ リュセ、、
    右手にある監視塔はその時の名残りだそうです。
    右手の監視塔の1階から入り
    階段を上って2階へ
    そして庭園を眺めながら回廊を通って館の中へ進みます、、

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br /><br />レオナルド ダ ヴィンチは1516年にフランソワ1世の招きを受けて<br />数人の弟子達や従者と一緒にアルプスを越え、やって来ました、、<br />カバンに手帳やスケッチ、そして「聖アンナと聖母子」「洗礼者聖ヨハネ」「モナリザ」を持って、、、<br />ダヴィンチは最後までこの3作品を手元に置き、手を入れていたそうです、、<br /><br />この クロ リュセでダヴィンチは フランソワ1世の手厚い庇護を受け<br />亡くなるまでの3年間、デッサンや発明に勤しみ、穏やかな日々を過ごします、、<br /><br />この館とフランソワ1世の居城アンボワーズ城は地下道(約500m)で結ばれ、<br />フランソワ1世はその地下道を通り、クロ リュセを訪れたそうです、、<br />(現在もその地下道は残っています)<br /><br /><br /><br /><br />

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)

    レオナルド ダ ヴィンチは1516年にフランソワ1世の招きを受けて
    数人の弟子達や従者と一緒にアルプスを越え、やって来ました、、
    カバンに手帳やスケッチ、そして「聖アンナと聖母子」「洗礼者聖ヨハネ」「モナリザ」を持って、、、
    ダヴィンチは最後までこの3作品を手元に置き、手を入れていたそうです、、

    この クロ リュセでダヴィンチは フランソワ1世の手厚い庇護を受け
    亡くなるまでの3年間、デッサンや発明に勤しみ、穏やかな日々を過ごします、、

    この館とフランソワ1世の居城アンボワーズ城は地下道(約500m)で結ばれ、
    フランソワ1世はその地下道を通り、クロ リュセを訪れたそうです、、
    (現在もその地下道は残っています)




    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br /><br />まず、、2階にあるダヴィンチの寝室へ、、<br /><br />天蓋付きのベッドやキャビネットなどルネサンス時代の家具が置かれ、<br />ダヴィンチが暮らしたその時代にタイムスリップ、、<br /><br />隣りには、仕事部屋があり、<br />この部屋でフランソワ1世のために機械や建築を発明をしたり<br />作品に手を入れたりして過ごしていたそうです<br />

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)

    まず、、2階にあるダヴィンチの寝室へ、、

    天蓋付きのベッドやキャビネットなどルネサンス時代の家具が置かれ、
    ダヴィンチが暮らしたその時代にタイムスリップ、、

    隣りには、仕事部屋があり、
    この部屋でフランソワ1世のために機械や建築を発明をしたり
    作品に手を入れたりして過ごしていたそうです

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br />ダヴィンチの寝室<br /><br />真っ赤なビロードの天蓋付きの豪華なベッドには<br />ルネサンス時代らしい彫りの深い彫刻の装飾が施されています、、<br /><br />大きな暖炉も見事ですね、、<br /><br />ダヴィンチは1519年にこの部屋で67歳の生涯を終えたと言われています、、

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)
    ダヴィンチの寝室

    真っ赤なビロードの天蓋付きの豪華なベッドには
    ルネサンス時代らしい彫りの深い彫刻の装飾が施されています、、

    大きな暖炉も見事ですね、、

    ダヴィンチは1519年にこの部屋で67歳の生涯を終えたと言われています、、

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br />ダヴィンチの寝室<br /><br />ベットの横に飾られたルネッサンス時代らしい彫刻の施された棚やテーブル、、<br />ダヴィンチが暮らしていた当時をしのばせる品々、、<br /><br />フランス革命時などで一時は失われましたが<br />後にルネッサンス様式の調度品が集められ<br />ダ ヴィンチの暮らしていた頃の部屋が再現されました、、<br /><br /><br /><br />

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)
    ダヴィンチの寝室

    ベットの横に飾られたルネッサンス時代らしい彫刻の施された棚やテーブル、、
    ダヴィンチが暮らしていた当時をしのばせる品々、、

    フランス革命時などで一時は失われましたが
    後にルネッサンス様式の調度品が集められ
    ダ ヴィンチの暮らしていた頃の部屋が再現されました、、



    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br /><br />この豪華な部屋は国王フランソワ1世の姉マルグリット ド ナヴァルの寝室です。<br /><br />マルグリット ド ナヴァルは王の姉だけでなく<br />フランスルネサンス期の文芸の庇護者として知られ、<br />自身も『エプタメロン』に代表される諸作品を残した才気溢れた文人でもありました、、<br /><br />テーブルには 文人の部屋らしく<br />ちゃんとペンと本も用意されていますね、、<br />&lt; なかなか、芸が細かい(笑) &gt;

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)

    この豪華な部屋は国王フランソワ1世の姉マルグリット ド ナヴァルの寝室です。

    マルグリット ド ナヴァルは王の姉だけでなく
    フランスルネサンス期の文芸の庇護者として知られ、
    自身も『エプタメロン』に代表される諸作品を残した才気溢れた文人でもありました、、

    テーブルには 文人の部屋らしく
    ちゃんとペンと本も用意されていますね、、
    < なかなか、芸が細かい(笑) >

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br />マルグリット ド ナヴァルの寝室<br /><br />豪華な天蓋には聖人などが描かれ、、<br />当時貴重だったタペストリーには、狩猟の場面が描かれています

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)
    マルグリット ド ナヴァルの寝室

    豪華な天蓋には聖人などが描かれ、、
    当時貴重だったタペストリーには、狩猟の場面が描かれています

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br /><br />1階に下りると、、<br />15世紀末にシャルル8世が建てた小さなチャペルがあります、、<br /><br />このチャペルはシャルル8世が子供を亡くし悲しみにくれていた王妃アンヌ ド ブルターニュの為に建てたと言われています、、<br />アンヌ ド ブルターニュはシャルル8世との間に6人の子供をもうけましたが、いずれも幼いうちに亡くなっています、、<br />(アンヌ ド ブルターニュはアンボワーズではこのクロ ルシュで住んでいたと言われています)<br /><br />その後28歳にしてシャルル8世が急死、<br />ブルターニュ女公でもあるアンヌ ド ブルターニュには後継者たる男児がいなかった為、次のフランス王ルイ12世と再婚する事となります、、<br />(その二人の子供が後にフランソワ1世の最初の王妃クロード ド フランス)<br /><br />このクロ リュセだけでなく<br />この後訪れるアンボワーズ城でも<br />アンヌ ド ブルターニュは何度も登場する<br />複雑な立場にあったフランス王妃、ヒロイン^ ^

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)

    1階に下りると、、
    15世紀末にシャルル8世が建てた小さなチャペルがあります、、

    このチャペルはシャルル8世が子供を亡くし悲しみにくれていた王妃アンヌ ド ブルターニュの為に建てたと言われています、、
    アンヌ ド ブルターニュはシャルル8世との間に6人の子供をもうけましたが、いずれも幼いうちに亡くなっています、、
    (アンヌ ド ブルターニュはアンボワーズではこのクロ ルシュで住んでいたと言われています)

    その後28歳にしてシャルル8世が急死、
    ブルターニュ女公でもあるアンヌ ド ブルターニュには後継者たる男児がいなかった為、次のフランス王ルイ12世と再婚する事となります、、
    (その二人の子供が後にフランソワ1世の最初の王妃クロード ド フランス)

    このクロ リュセだけでなく
    この後訪れるアンボワーズ城でも
    アンヌ ド ブルターニュは何度も登場する
    複雑な立場にあったフランス王妃、ヒロイン^ ^

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé) チャペル<br />小さなチャペルの青いアーチ型天井には王家のシンボルであるユリの紋章(右下)<br />壁にはダヴィンチの弟子によるフレスコ画『光の聖母』(左上)『受胎告知』(右上)が描かれています、、<br />

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé) チャペル
    小さなチャペルの青いアーチ型天井には王家のシンボルであるユリの紋章(右下)
    壁にはダヴィンチの弟子によるフレスコ画『光の聖母』(左上)『受胎告知』(右上)が描かれています、、

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé) 大広間<br /><br />そして、アンボワーズ家の所有であった時代を再現した”18世紀のサロン”<br />ルネッサンス様式の大広間やレオナルドの料理人”マチュリーヌ(Mathurine)の厨房”と続きます、、<br /><br />ダヴィンチがフランソワ1世をはじめとした来客を迎えた大広間には、、<br />司教座風のゴシック式椅子、<br />そして、ルネッサンス様式の部屋には<br />「モナリザ」と「洗礼者ヨハネ」のレプリカも飾られていました、、<br />ダヴィンチは、片時もその3作品を手元から離さなかったと言われているので<br />当然このクロ リュセに置かれてあったと想像出来ます、、<br /><br />ダヴィンチの料理人”マチュリーヌ(Mathurine)の厨房”にも<br />往時の調度品が残されていました、、<br />ダヴィンチが生きていた当時を彷彿とさせる演出が館内の各所でなされています、、<br />

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé) 大広間

    そして、アンボワーズ家の所有であった時代を再現した”18世紀のサロン”
    ルネッサンス様式の大広間やレオナルドの料理人”マチュリーヌ(Mathurine)の厨房”と続きます、、

    ダヴィンチがフランソワ1世をはじめとした来客を迎えた大広間には、、
    司教座風のゴシック式椅子、
    そして、ルネッサンス様式の部屋には
    「モナリザ」と「洗礼者ヨハネ」のレプリカも飾られていました、、
    ダヴィンチは、片時もその3作品を手元から離さなかったと言われているので
    当然このクロ リュセに置かれてあったと想像出来ます、、

    ダヴィンチの料理人”マチュリーヌ(Mathurine)の厨房”にも
    往時の調度品が残されていました、、
    ダヴィンチが生きていた当時を彷彿とさせる演出が館内の各所でなされています、、

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br /><br />最後は地下にあるダヴィンチの発明品を模型で再現した展示室です、、<br />ダヴィンチは画家としてだけでなく、軍事技術を含めて様々なものに精通した天才であり、植物学者、天才的建築家でもありました。<br />人体解剖を行った事でも有名ですね、、<br /><br />そのダヴィンチの発明品のデッサンや設計図を元に再現された模型が展示されています。<br /><br />沢山展示されている中から…<br />写真はダヴィンチが考案したヘリコプターの模型、、<br />ダヴィンチの考案したこのヘリコプターのデザインは、ANAの社章にもなっています、、<br /><br />人を乗せて安全に飛行出来たかはわかりませんが<br />竹トンボの様に飛行は可能だそうです、、<br /><br />kuritchiは、ダヴィンチの発明の中では<br />このヘリコプターが大好き♪<br />デザインも素敵ですが<br />空を飛びたいという ダヴィンチの思いが伝わってきませんか、、

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)

    最後は地下にあるダヴィンチの発明品を模型で再現した展示室です、、
    ダヴィンチは画家としてだけでなく、軍事技術を含めて様々なものに精通した天才であり、植物学者、天才的建築家でもありました。
    人体解剖を行った事でも有名ですね、、

    そのダヴィンチの発明品のデッサンや設計図を元に再現された模型が展示されています。

    沢山展示されている中から…
    写真はダヴィンチが考案したヘリコプターの模型、、
    ダヴィンチの考案したこのヘリコプターのデザインは、ANAの社章にもなっています、、

    人を乗せて安全に飛行出来たかはわかりませんが
    竹トンボの様に飛行は可能だそうです、、

    kuritchiは、ダヴィンチの発明の中では
    このヘリコプターが大好き♪
    デザインも素敵ですが
    空を飛びたいという ダヴィンチの思いが伝わってきませんか、、

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br />地下のダヴィンチ発明品の模型展示室<br /><br />同じくダヴィンチによって設計された<br />人力飛行機(左上)<br />史上初の自動車(自走車)の模型(右上)<br />旋回橋(左下) 装甲戦車(右下)<br /><br />この他にもダヴィンチがデザイン設計した作品が設計図や映像などでも紹介されています、、<br />

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)
    地下のダヴィンチ発明品の模型展示室

    同じくダヴィンチによって設計された
    人力飛行機(左上)
    史上初の自動車(自走車)の模型(右上)
    旋回橋(左下) 装甲戦車(右下)

    この他にもダヴィンチがデザイン設計した作品が設計図や映像などでも紹介されています、、

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br /><br />かつてアンボワーズ城とクロ リュセをつないでいた 地下道の入り口、、<br />(この地下道を案内する館内ガイドツアーもある様です)<br /><br />&lt;何処からか 突然 ダヴィンチが現れそうな気がしてきませんか? &gt;

    イチオシ

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    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)

    かつてアンボワーズ城とクロ リュセをつないでいた 地下道の入り口、、
    (この地下道を案内する館内ガイドツアーもある様です)

    <何処からか 突然 ダヴィンチが現れそうな気がしてきませんか? >

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br /><br />15世紀に当時の王ルイ11世のお抱え料理人の為に造られたル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br />その後シャルル8世が買い取り、以降200年間王家の所有となります。<br /><br />出口の横にある石灰岩の建物はそのシャルル8世が<br />王妃アンヌ ド ブルターニュの為に建てた小さなチャペル、、<br /><br />その後フランソワ1世はダヴィンチをフランスに招き、<br />ル クロ リュセに住まわせました。<br /><br />ダヴィンチの死後、17世紀に王家からアンボワーズ家に受け継がれ、<br />さらに19世紀中頃に現在の所有者であるサン ブリ(Saint Bris)家の手に渡り現在に至ります、、<br />フランス革命などで失われた調度品なども集められ、現在のルネッサンス様式の館としてよみがえりました、、<br /><br />館内の見学も終え、、<br />次は『レオナルド ダ ヴィンチの庭(Parc Leonardo da Vinci)』へ向かいましょうか、、<br /><br />

    イチオシ

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    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)

    15世紀に当時の王ルイ11世のお抱え料理人の為に造られたル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)
    その後シャルル8世が買い取り、以降200年間王家の所有となります。

    出口の横にある石灰岩の建物はそのシャルル8世が
    王妃アンヌ ド ブルターニュの為に建てた小さなチャペル、、

    その後フランソワ1世はダヴィンチをフランスに招き、
    ル クロ リュセに住まわせました。

    ダヴィンチの死後、17世紀に王家からアンボワーズ家に受け継がれ、
    さらに19世紀中頃に現在の所有者であるサン ブリ(Saint Bris)家の手に渡り現在に至ります、、
    フランス革命などで失われた調度品なども集められ、現在のルネッサンス様式の館としてよみがえりました、、

    館内の見学も終え、、
    次は『レオナルド ダ ヴィンチの庭(Parc Leonardo da Vinci)』へ向かいましょうか、、

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br /><br />館の後ろに進むと、、<br />そこにはフランス式庭園があり、、<br />(11:00AM)

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)

    館の後ろに進むと、、
    そこにはフランス式庭園があり、、
    (11:00AM)

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br /><br />   < ちょっと休憩♪ ><br /><br />売店やカフェ、、<br />外のテラスでダンナはエスプレッソ、kuritchiはカプチーノのbreak time♪<br />(左)<br />カフェから、フランソワ1世の住んでいたアンボワーズ城も見えますよ♪<br />(右上)<br />館の後ろにある同じくルネッサンス様式の建物(右下)<br />赤いレンガの窓の縁取りが印象的♪

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)

       < ちょっと休憩♪ >

    売店やカフェ、、
    外のテラスでダンナはエスプレッソ、kuritchiはカプチーノのbreak time♪
    (左)
    カフェから、フランソワ1世の住んでいたアンボワーズ城も見えますよ♪
    (右上)
    館の後ろにある同じくルネッサンス様式の建物(右下)
    赤いレンガの窓の縁取りが印象的♪

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br />レオナルド ダ ヴィンチの庭(Parc Leonardo da Vinci)<br /><br />7haと広大な敷地にダヴィンチのデッサンや設計図を基にして<br />IBMが当時の材料で作った実物大の発明品が展示されています、、<br /><br />発明品は500年も前の物なのですが<br />そのデザインには古さが感じられませんね、、<br /><br />&lt; ダヴィンチの才能に 感服、、&gt;<br /><br /><br /><br /><br /><br />

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)
    レオナルド ダ ヴィンチの庭(Parc Leonardo da Vinci)

    7haと広大な敷地にダヴィンチのデッサンや設計図を基にして
    IBMが当時の材料で作った実物大の発明品が展示されています、、

    発明品は500年も前の物なのですが
    そのデザインには古さが感じられませんね、、

    < ダヴィンチの才能に 感服、、>





    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br />レオナルド ダ ヴィンチの庭(Parc Leonardo da Vinci)<br /><br />池には、<br />ダヴィンチが設計した二重橋が架かり、、<br />スケッチなどに描かれたロワール川流域に自生する植物も植えられています、、<br /><br /><br />ダヴィンチが考案した 二重橋 は<br />家畜用の通路と人間用の通路が区別されているのですが、、<br />これもイタリアでペスト流行を見てきたダヴィンチがペストの流行を防ぐ為の発明なのだそうです、、<br /><br /><br /><br />

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)
    レオナルド ダ ヴィンチの庭(Parc Leonardo da Vinci)

    池には、
    ダヴィンチが設計した二重橋が架かり、、
    スケッチなどに描かれたロワール川流域に自生する植物も植えられています、、


    ダヴィンチが考案した 二重橋 は
    家畜用の通路と人間用の通路が区別されているのですが、、
    これもイタリアでペスト流行を見てきたダヴィンチがペストの流行を防ぐ為の発明なのだそうです、、



    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br />レオナルド ダ ヴィンチの庭(Parc Leonardo da Vinci)<br /><br />庭にはダヴィンチの発明だけではなく、<br />丘や池、木々の緑も多く、自然を感じることのできる庭園になっています、、<br />お天気も良かったので、春の訪れを感じつつ、、<br />時間内で散策、、

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)
    レオナルド ダ ヴィンチの庭(Parc Leonardo da Vinci)

    庭にはダヴィンチの発明だけではなく、
    丘や池、木々の緑も多く、自然を感じることのできる庭園になっています、、
    お天気も良かったので、春の訪れを感じつつ、、
    時間内で散策、、

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)<br /><br />kuritchi達は、集合時間(11:30AM)10分前には再集合場所の場所へ、、<br />見学時間が1時間あったので、<br />館内見学→お土産購入&お茶TIME→庭園散策と 十分楽しめました♪<br /><br />予定より少し早目にル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)を出発♪<br />

    ル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)

    kuritchi達は、集合時間(11:30AM)10分前には再集合場所の場所へ、、
    見学時間が1時間あったので、
    館内見学→お土産購入&お茶TIME→庭園散策と 十分楽しめました♪

    予定より少し早目にル クロ リュセ(Château du Clos Lucé)を出発♪

    クロ リュセ城 城・宮殿

  • 次の目的地はアンボワーズ城、、<br />このアンボワーズ城にて”見学&ランチタイム”、、<br /><br />ル クロ リュセからアンボワーズ城まで距離にして約500m、、<br />アンボワーズ城ル クロ リュセ間は地下道で繋がっていました、、<br />その距離を車で移動する事 約10分、、<br /><br />再集合場所のアンボワーズ観光協会(Tour De L&#39;horloge)の前を通り、、

    次の目的地はアンボワーズ城、、
    このアンボワーズ城にて”見学&ランチタイム”、、

    ル クロ リュセからアンボワーズ城まで距離にして約500m、、
    アンボワーズ城ル クロ リュセ間は地下道で繋がっていました、、
    その距離を車で移動する事 約10分、、

    再集合場所のアンボワーズ観光協会(Tour De L'horloge)の前を通り、、

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)へ、、<br /><br />この日は、パンフレットに記載された予定時間(10:50)より遅れて<br /> 11:40頃に到着、、<br />城壁の上にあるアンボワーズ城へは<br />サン テュベール礼拝堂の下にある入口からスロープを上って行きます、、<br />(左)<br /><br />再集合時間はアンボワーズ観光協会(Tour De L&#39;horloge)前に1:30PM<br />(到着時間は11:40なので見学&amp;ランチで1時間50分)<br />その時間でアンボワーズ城見学後に昼食(自由食)、そしてアンボワーズ観光協会(Tour De L&#39;horloge)に再集合、、<br />アンボワーズ城見学は約1時間かかるだろうし、<br />そうなると…  ランチの時間があるかなぁ… <br />実際、アンボワーズ城からアンボワーズ観光協会へは予想より時間がかかり<br />Google mapでの所用時間5分では到着できませんでした、、<br /><br />アンボワーズ城、2時間弱では時間が足りなかった、、<br />あと15分あったら、随分違ったかも、、<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)へ、、

    この日は、パンフレットに記載された予定時間(10:50)より遅れて
    11:40頃に到着、、
    城壁の上にあるアンボワーズ城へは
    サン テュベール礼拝堂の下にある入口からスロープを上って行きます、、
    (左)

    再集合時間はアンボワーズ観光協会(Tour De L'horloge)前に1:30PM
    (到着時間は11:40なので見学&ランチで1時間50分)
    その時間でアンボワーズ城見学後に昼食(自由食)、そしてアンボワーズ観光協会(Tour De L'horloge)に再集合、、
    アンボワーズ城見学は約1時間かかるだろうし、
    そうなると…  ランチの時間があるかなぁ… 
    実際、アンボワーズ城からアンボワーズ観光協会へは予想より時間がかかり
    Google mapでの所用時間5分では到着できませんでした、、

    アンボワーズ城、2時間弱では時間が足りなかった、、
    あと15分あったら、随分違ったかも、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)のテラスまで上ると、、<br /><br />向こうに見える瀟洒な建物は <br />サン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)<br />

    イチオシ

    地図を見る

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)のテラスまで上ると、、

    向こうに見える瀟洒な建物は 
    サン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />テラスからは、、<br />往時の面影の残るアンボワーズの街が眼下に広がります、、<br />アンボワーズ城は高台の上にあるので守備的にも優れていますが<br />眺めも とても素晴らしい♪

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    テラスからは、、
    往時の面影の残るアンボワーズの街が眼下に広がります、、
    アンボワーズ城は高台の上にあるので守備的にも優れていますが
    眺めも とても素晴らしい♪

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />アンボワーズ城見学後のランチタイムにぴったり!のレストランもチェック!しちゃいましょう、、(^^<br />入口すぐ近くにもお店が揃っている様ですね、、<br />(それなりにリーズナブルな価格のランチメニューの揃っているお店もありましたよ^ ^)

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    アンボワーズ城見学後のランチタイムにぴったり!のレストランもチェック!しちゃいましょう、、(^^
    入口すぐ近くにもお店が揃っている様ですね、、
    (それなりにリーズナブルな価格のランチメニューの揃っているお店もありましたよ^ ^)

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />サン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)<br /><br />狩人の守護聖人サン テュベールを奉るこの礼拝堂は<br />ルイ11世(シャルル8世の父)時代に着工された礼拝堂の基礎の上に<br />15世紀末 シャルル8世の時代に王族の私的利用の為(プライベート用)に建てられました、、<br /><br />アンボワーズで亡くなったレオナルド ダ ヴィンチの現在のお墓も<br />このサン テュベール礼拝堂 にあります、、<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    サン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)

    狩人の守護聖人サン テュベールを奉るこの礼拝堂は
    ルイ11世(シャルル8世の父)時代に着工された礼拝堂の基礎の上に
    15世紀末 シャルル8世の時代に王族の私的利用の為(プライベート用)に建てられました、、

    アンボワーズで亡くなったレオナルド ダ ヴィンチの現在のお墓も
    このサン テュベール礼拝堂 にあります、、

    サン テュベール礼拝堂 (レオナルド ダ ヴィンチの墓) 寺院・教会

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />サン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)<br /><br />こじんまりとしたゴシック・フランボアイヤン様式の礼拝堂、、<br /><br />(左)礼拝堂のファザードには聖人たちの行ないが刻まれ(15世紀末)<br />その上にキリストを抱いた聖母マリアの左右には<br />祈るシャルル8世と王妃のアンヌ ド ブルターニュ(19世紀)の姿、、<br />(アンヌ ド ブルターニュはシャルル8世との間に6人の子供をもうけましたが、いずれも幼いうち亡くなっています、、)<br />(右)礼拝堂の尖塔は狩人の守護聖人サン テュベールに因んで<br />鹿の角を模った装飾が施されています(19世紀のもの)<br />フランドル職人が施した彫刻も、動物達(猿・カエル・蛇 etc…)が登場しています、、<br /><br />尖塔の細かい細工、、礼拝堂のファザード、外観の装飾にため息のkuritchi、、<br />   < はぁ。。。 ><br /><br />※フランボアイヤン様式※<br />フランボアイヤンとは”炎の燃え上がるような”の意<br />15世紀から16世紀にかけての後期フランス ゴシックの様式<br />狭間飾り(トレーサリー)も曲線の装飾が好まれ、&quot;石のレース”とも表現される細かい作業による飾りが特徴<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    サン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)

    こじんまりとしたゴシック・フランボアイヤン様式の礼拝堂、、

    (左)礼拝堂のファザードには聖人たちの行ないが刻まれ(15世紀末)
    その上にキリストを抱いた聖母マリアの左右には
    祈るシャルル8世と王妃のアンヌ ド ブルターニュ(19世紀)の姿、、
    (アンヌ ド ブルターニュはシャルル8世との間に6人の子供をもうけましたが、いずれも幼いうち亡くなっています、、)
    (右)礼拝堂の尖塔は狩人の守護聖人サン テュベールに因んで
    鹿の角を模った装飾が施されています(19世紀のもの)
    フランドル職人が施した彫刻も、動物達(猿・カエル・蛇 etc…)が登場しています、、

    尖塔の細かい細工、、礼拝堂のファザード、外観の装飾にため息のkuritchi、、
       < はぁ。。。 >

    ※フランボアイヤン様式※
    フランボアイヤンとは”炎の燃え上がるような”の意
    15世紀から16世紀にかけての後期フランス ゴシックの様式
    狭間飾り(トレーサリー)も曲線の装飾が好まれ、"石のレース”とも表現される細かい作業による飾りが特徴

    サン テュベール礼拝堂 (レオナルド ダ ヴィンチの墓) 寺院・教会

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />サン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)<br /><br />中に入ると、、空気が一転、、<br />とても厳かな雰囲気、、

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    サン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)

    中に入ると、、空気が一転、、
    とても厳かな雰囲気、、

    サン テュベール礼拝堂 (レオナルド ダ ヴィンチの墓) 寺院・教会

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />サン テュベール礼拝堂( Chapelle Saint-Hubert)<br /><br />ステンドグラス(1952年に作られた)<br />ブルボン家の先祖”聖ルイ”と呼ばれるルイ9世の生涯を描いています、、<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    サン テュベール礼拝堂( Chapelle Saint-Hubert)

    ステンドグラス(1952年に作られた)
    ブルボン家の先祖”聖ルイ”と呼ばれるルイ9世の生涯を描いています、、

    サン テュベール礼拝堂 (レオナルド ダ ヴィンチの墓) 寺院・教会

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />サン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)<br /><br />ステンドグラスも美しいのですが、、<br />フランボアイヤン様式らしいヴォールト天井や柱の装飾にも目が奪われます、、<br /><br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    サン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)

    ステンドグラスも美しいのですが、、
    フランボアイヤン様式らしいヴォールト天井や柱の装飾にも目が奪われます、、

    サン テュベール礼拝堂 (レオナルド ダ ヴィンチの墓) 寺院・教会

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />サン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)<br /><br />床に映る ステンドグラスからこぼれる 色鮮やかな光も美しい♪<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    サン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)

    床に映る ステンドグラスからこぼれる 色鮮やかな光も美しい♪

    サン テュベール礼拝堂 (レオナルド ダ ヴィンチの墓) 寺院・教会

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />次はサン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)から<br />アンボワーズ城 居住棟へ、、<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    次はサン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)から
    アンボワーズ城 居住棟へ、、

    サン テュベール礼拝堂 (レオナルド ダ ヴィンチの墓) 寺院・教会

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)居住棟、、<br /><br />15世紀の半ば、アンボワーズ城はフランス王室の所有となり<br />シャルル8世とフランソワ1世の時代(15世紀末から16世紀初頭)に、<br />王家の居城となりました、、<br />最初ゴシック様式だったアンボワーズ城も<br />15世紀末、イタリア遠征時に影響を受けたシャルル8世が<br />イタリアより芸術家や職人を呼び寄せ、、<br />またフランソワ1世もレオナルド ダ ヴィンチなどを招き、<br />自国の芸術家も庇護し、<br />このアンボワーズにフランスルネッサンスの花開きました♪<br />アンリ2世の時代にはルネッサンス様式の東棟(現存してしない)も造られ、<br />一時は部屋数220を誇りました、、<br />15世紀末から16世紀にかけてのルネッサンスの最盛期には、<br />このアンボワーズ城はフランスの歴史そのものでした、、<br /><br />しかし、宗教戦争もあり宮廷はアンボワーズ城からイル ド フランスに移り、<br />アンボワーズ城は衰退していきます、、<br />フランス革命の時代には かなりの部分が、<br />皇帝ナポレオンの時代にも 城の大部分が計画的に壊されました、、<br />19世紀に入り大規模な補修が行われるも、<br />ナチスドイツ侵略により、城はさらなる被害を受けます、、<br />現在では往時の1/5の建物しか残っていません、、

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)居住棟、、

    15世紀の半ば、アンボワーズ城はフランス王室の所有となり
    シャルル8世とフランソワ1世の時代(15世紀末から16世紀初頭)に、
    王家の居城となりました、、
    最初ゴシック様式だったアンボワーズ城も
    15世紀末、イタリア遠征時に影響を受けたシャルル8世が
    イタリアより芸術家や職人を呼び寄せ、、
    またフランソワ1世もレオナルド ダ ヴィンチなどを招き、
    自国の芸術家も庇護し、
    このアンボワーズにフランスルネッサンスの花開きました♪
    アンリ2世の時代にはルネッサンス様式の東棟(現存してしない)も造られ、
    一時は部屋数220を誇りました、、
    15世紀末から16世紀にかけてのルネッサンスの最盛期には、
    このアンボワーズ城はフランスの歴史そのものでした、、

    しかし、宗教戦争もあり宮廷はアンボワーズ城からイル ド フランスに移り、
    アンボワーズ城は衰退していきます、、
    フランス革命の時代には かなりの部分が、
    皇帝ナポレオンの時代にも 城の大部分が計画的に壊されました、、
    19世紀に入り大規模な補修が行われるも、
    ナチスドイツ侵略により、城はさらなる被害を受けます、、
    現在では往時の1/5の建物しか残っていません、、

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)居城棟<br /><br />左はゴシックフランボアイヤン様式のシャルル8世の建物<br />フランボアイヤン様式らしい小尖塔と石のレースの様な飾りが特徴的です、、<br /><br />右はルネッサンス様式フランソワ1世の建物、、<br />建物の窓の形も変化が見られますね、変遷ぶりがわかられるでしょうか、、<br />

    イチオシ

    地図を見る

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)居城棟

    左はゴシックフランボアイヤン様式のシャルル8世の建物
    フランボアイヤン様式らしい小尖塔と石のレースの様な飾りが特徴的です、、

    右はルネッサンス様式フランソワ1世の建物、、
    建物の窓の形も変化が見られますね、変遷ぶりがわかられるでしょうか、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />では、居住棟の中へ、、<br />入口のすぐには衛兵の間(Salle des gardes)、、<br /><br />王侯貴族が住む上の階を守る為に<br />衛兵の控えの間(Salle des gardes)が複数配置されていました、、<br /><br />この衛兵の回廊(Promenoir des gardes)からは、ロワール川や周辺の様子が見渡せます、、<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    では、居住棟の中へ、、
    入口のすぐには衛兵の間(Salle des gardes)、、

    王侯貴族が住む上の階を守る為に
    衛兵の控えの間(Salle des gardes)が複数配置されていました、、

    この衛兵の回廊(Promenoir des gardes)からは、ロワール川や周辺の様子が見渡せます、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />ロワール川に架かる橋もこの通り、、<br />高い絶壁の丘の上に在るアンボワーズ城は周辺を見渡せます、、<br /><br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    ロワール川に架かる橋もこの通り、、
    高い絶壁の丘の上に在るアンボワーズ城は周辺を見渡せます、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />貴族衛兵の間(Salle des gardes nobles)<br /><br />当時、王の親衛隊は貴族が務めていました、、<br />16世紀の貴族衛兵達が着用していた甲冑(複製)も展示されています。<br />この部屋は王達が暮らしていた上の階へ続く階段を<br />見張る為の部屋だったそうです、、<br /><br />16世紀後半フランスルネッサンスの花が咲いた頃の<br />アンボワーズ城が描かれている図を見て感心しきりのダンナ、、<br />赤く描かれているのは当時のアンボワーズ城、、<br />黒く描かれているのは現在残っているアンボワーズ城、、<br />(現在は往時の1/5しか残っていません)<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    貴族衛兵の間(Salle des gardes nobles)

    当時、王の親衛隊は貴族が務めていました、、
    16世紀の貴族衛兵達が着用していた甲冑(複製)も展示されています。
    この部屋は王達が暮らしていた上の階へ続く階段を
    見張る為の部屋だったそうです、、

    16世紀後半フランスルネッサンスの花が咲いた頃の
    アンボワーズ城が描かれている図を見て感心しきりのダンナ、、
    赤く描かれているのは当時のアンボワーズ城、、
    黒く描かれているのは現在残っているアンボワーズ城、、
    (現在は往時の1/5しか残っていません)

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />窓から、、<br />サン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)も見えます、、、<br /><br />  &lt; こんな さり気ない眺めも とっても素敵、、 &gt;

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    窓から、、
    サン テュベール礼拝堂 (Chapelle Saint-Hubert)も見えます、、、

      < こんな さり気ない眺めも とっても素敵、、 >

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />鼓手の間(Salle des Tambourineurs )<br /><br />王達の普段過ごしていた居住棟の2階へ、、<br />この花模様のテラコッタのタイル張りの部屋 鼓手(演奏家)の間は<br />かつて王の”盛装用の部屋”だったそうです。<br />アンボワーズ城で催された数々の宴や舞踏会の名残りの残る部屋なのだそうです、、<br /><br />この中央の立派な背もたれの高い椅子は<br />15世紀にシャルル8世とアンヌ ド ブルターニュの結婚交渉を行った<br />ダンボワーズ枢機卿のゴシック様式のカテドラ(司教座)、、<br />(ダンボワーズ枢機卿はその後ルイ12世に宰相に任命されます)<br /><br />ブルゴーニュ公国は、百年戦争(英国側に付いた)後の14世紀~15世紀には<br />フランス東部からネーデルランド(現在のベルギー・オランダ・ルクセンブルク)を支配、<br />毛織物の産地であるフランドル地方をも治め、ヨーロッパの経済・文化の一大中心地でした。<br />特に絵画(ファン エイク兄弟などのフランドル派)や織物(タペストリー)、音楽では、15世紀には最盛期を迎えます、、<br />実質最後のブルゴーニュ公 シャルル突進公 没後、<br />ルイ11世はブルゴーニュ公国継承者マリー ド ブルゴーニュに王太子(後のシャルル8世)との結婚を迫りますが、マリー ド ブルゴーニュは拒絶<br />そして亡父の定めた婚約者マクシミリアン(後の神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世)と結婚してしまいます、、<br />(その結果、フランドルをはじめネーデルランドは神聖ローマ帝国の支配に入ってしまうのですが… マリー ド ブルゴーニュには政略結婚ながら幸せな結婚生活を送った様です、、)<br /><br />そして…<br />シャルル8世は次のブルゴーニュ公国承継者アンヌ ド ブルターニュと結婚<br />(当時シャルル8世は21歳、アンヌは14歳だったと思われる)<br />実はアンヌ ド ブルターニュは王妃マリーを亡くし寡夫となった神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世と婚約、一時は代理結婚していました<br />(後にローマ教皇に結婚は破棄される)<br /><br />自国の独立と反仏の機運が高まり神聖ローマ帝国に目が向いているブルターニュ公国、、<br />何とかフランス王国に取り込もうとするフランス王家、、<br />その闘いがこの後もこのアンボワーズ城でも繰り広げられていくのです、、<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    鼓手の間(Salle des Tambourineurs )

    王達の普段過ごしていた居住棟の2階へ、、
    この花模様のテラコッタのタイル張りの部屋 鼓手(演奏家)の間は
    かつて王の”盛装用の部屋”だったそうです。
    アンボワーズ城で催された数々の宴や舞踏会の名残りの残る部屋なのだそうです、、

    この中央の立派な背もたれの高い椅子は
    15世紀にシャルル8世とアンヌ ド ブルターニュの結婚交渉を行った
    ダンボワーズ枢機卿のゴシック様式のカテドラ(司教座)、、
    (ダンボワーズ枢機卿はその後ルイ12世に宰相に任命されます)

    ブルゴーニュ公国は、百年戦争(英国側に付いた)後の14世紀~15世紀には
    フランス東部からネーデルランド(現在のベルギー・オランダ・ルクセンブルク)を支配、
    毛織物の産地であるフランドル地方をも治め、ヨーロッパの経済・文化の一大中心地でした。
    特に絵画(ファン エイク兄弟などのフランドル派)や織物(タペストリー)、音楽では、15世紀には最盛期を迎えます、、
    実質最後のブルゴーニュ公 シャルル突進公 没後、
    ルイ11世はブルゴーニュ公国継承者マリー ド ブルゴーニュに王太子(後のシャルル8世)との結婚を迫りますが、マリー ド ブルゴーニュは拒絶
    そして亡父の定めた婚約者マクシミリアン(後の神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世)と結婚してしまいます、、
    (その結果、フランドルをはじめネーデルランドは神聖ローマ帝国の支配に入ってしまうのですが… マリー ド ブルゴーニュには政略結婚ながら幸せな結婚生活を送った様です、、)

    そして…
    シャルル8世は次のブルゴーニュ公国承継者アンヌ ド ブルターニュと結婚
    (当時シャルル8世は21歳、アンヌは14歳だったと思われる)
    実はアンヌ ド ブルターニュは王妃マリーを亡くし寡夫となった神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世と婚約、一時は代理結婚していました
    (後にローマ教皇に結婚は破棄される)

    自国の独立と反仏の機運が高まり神聖ローマ帝国に目が向いているブルターニュ公国、、
    何とかフランス王国に取り込もうとするフランス王家、、
    その闘いがこの後もこのアンボワーズ城でも繰り広げられていくのです、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />鼓手の間(Salle des Tambourineurs )<br />(左)<br />若き王シャルル8世(15世紀後期)と同じく若き王妃アンヌ ド ブルターニュの肖像画と<br />見事な彫刻の刻まれたゴシック様式の飾り棚、、<br />シャルル8世はこのアンボワーズ城で生まれました、、<br />百年戦争でパリを追われた<br /><br />(右)<br />当時、大切な部屋にはタペストリーが飾られていました、、<br />この部屋にもブリュッセルのタペストリーが飾られています、、<br />題名は『ダリウス一族からアレキサンダー大王へのオマージュ(賛辞)』(16世紀末)<br />タペストリーは大変高価で大切なものだったので<br />王が視察などの為に移動する時にも一緒に運んだといわれています、、<br />そのタペストリーの下にはシャルル8世時代のゴシック様式の櫃、、<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    鼓手の間(Salle des Tambourineurs )
    (左)
    若き王シャルル8世(15世紀後期)と同じく若き王妃アンヌ ド ブルターニュの肖像画と
    見事な彫刻の刻まれたゴシック様式の飾り棚、、
    シャルル8世はこのアンボワーズ城で生まれました、、
    百年戦争でパリを追われた

    (右)
    当時、大切な部屋にはタペストリーが飾られていました、、
    この部屋にもブリュッセルのタペストリーが飾られています、、
    題名は『ダリウス一族からアレキサンダー大王へのオマージュ(賛辞)』(16世紀末)
    タペストリーは大変高価で大切なものだったので
    王が視察などの為に移動する時にも一緒に運んだといわれています、、
    そのタペストリーの下にはシャルル8世時代のゴシック様式の櫃、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />次は 会議の間(Salle du Conseil )<br />ルネッサンス期に入ると、諸領主達が妻を伴って訪れる機会も多くなり<br />宮廷らしい祝宴や謁見の行事も催される様になってきます、、<br />この広間でその祝宴などが行われていたのだそうです、、<br /><br />ゴシック様式の高いヴォールト天井に白い大理石の床、<br />柱にはフランス王家とブルタニュー公国の融和を印象付ける、、<br />フランス王シャルル8世のユリの紋章と<br />アンヌ ド ブルターニュ ブルタニュー公国の白イタチ の紋章、、<br /><br />イタリア遠征を行なったシャルル8世、ルイ12世は<br />やがてフランドルから遠征先の華やかなルネッサンスの花の咲くイタリアに影響を受け出します、、<br />アンボワーズ城の装飾もルネッサンス様式の影響が見られる様になります、、<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    次は 会議の間(Salle du Conseil )
    ルネッサンス期に入ると、諸領主達が妻を伴って訪れる機会も多くなり
    宮廷らしい祝宴や謁見の行事も催される様になってきます、、
    この広間でその祝宴などが行われていたのだそうです、、

    ゴシック様式の高いヴォールト天井に白い大理石の床、
    柱にはフランス王家とブルタニュー公国の融和を印象付ける、、
    フランス王シャルル8世のユリの紋章と
    アンヌ ド ブルターニュ ブルタニュー公国の白イタチ の紋章、、

    イタリア遠征を行なったシャルル8世、ルイ12世は
    やがてフランドルから遠征先の華やかなルネッサンスの花の咲くイタリアに影響を受け出します、、
    アンボワーズ城の装飾もルネッサンス様式の影響が見られる様になります、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />会議の間(Salle du Conseil )<br /><br />フランスルネッサンス期の中心人物は、次の王フランソワ1世、、<br />(15世紀末~16世紀)<br />この肖像画に描かれているのは若き日のフランソワの姿、、<br />額にはフランソワ1世のシンボルのサラマンダーやフランス王家の紋も描かれています、、<br /><br />前王ルイ12世に男子がいなかった為 甥っ子のフランソワがフランス王の後継者とされ<br />4歳の時に姉と母と一緒にこのアンボワーズ城に移り住みます、、<br />その後21歳でフランス王となったフランソワ1世はイタリアと戦い、、<br />アンボワーズ城を居城としつつ<br />シャンボール城やブロワ城などルネッサンス様式の城を建設、<br />狩りを愛し、仮面舞踏会や祝宴をも開きました、、<br />イタリアルネサンス様式の建築を好み、<br />イタリアからレオナルド ダ ヴィンチなどを呼び<br />ゴシックフランボワイヤン様式とイタリアからもたらされた要素を融合させた<br />フランチルネサンス様式を確立します、、<br />特に16世紀初めのフランソワ1世の治世初期は、ロワール渓谷の歴史にとって最も華やかな時代だったと言えるでしょう、、

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    会議の間(Salle du Conseil )

    フランスルネッサンス期の中心人物は、次の王フランソワ1世、、
    (15世紀末~16世紀)
    この肖像画に描かれているのは若き日のフランソワの姿、、
    額にはフランソワ1世のシンボルのサラマンダーやフランス王家の紋も描かれています、、

    前王ルイ12世に男子がいなかった為 甥っ子のフランソワがフランス王の後継者とされ
    4歳の時に姉と母と一緒にこのアンボワーズ城に移り住みます、、
    その後21歳でフランス王となったフランソワ1世はイタリアと戦い、、
    アンボワーズ城を居城としつつ
    シャンボール城やブロワ城などルネッサンス様式の城を建設、
    狩りを愛し、仮面舞踏会や祝宴をも開きました、、
    イタリアルネサンス様式の建築を好み、
    イタリアからレオナルド ダ ヴィンチなどを呼び
    ゴシックフランボワイヤン様式とイタリアからもたらされた要素を融合させた
    フランチルネサンス様式を確立します、、
    特に16世紀初めのフランソワ1世の治世初期は、ロワール渓谷の歴史にとって最も華やかな時代だったと言えるでしょう、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />会議の間(Salle du Conseil )<br /><br />この王座にはフランス王家の紋章が記され、、<br /><br />柱にもフランス王家のユリの紋章と<br />ブルタニュー公国の白イタチの紋章が刻まれています<br />(左の写真の柱)、、<br /><br />これもフランス王家がブルタニュー公国を治めていた証、、

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    会議の間(Salle du Conseil )

    この王座にはフランス王家の紋章が記され、、

    柱にもフランス王家のユリの紋章と
    ブルタニュー公国の白イタチの紋章が刻まれています
    (左の写真の柱)、、

    これもフランス王家がブルタニュー公国を治めていた証、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />会議の間(Salle du Conseil )<br /><br />華やかな王座と同時に<br />印象的な2つの暖炉、、<br /><br /><左>ゴシック様式の暖炉、<br />ここにもシャルル8世のユリの紋章と<br />王妃アンヌ ド ブルターニュの白イタチの紋章が見られます、、<br />アンヌ ド ブルターニュはこのアンボワーズ城のヒロインとも言える王妃、、<br />至る所に彼女の(というかブルタニュー女公としての)白イタチの紋章が見受けられます、、<br /><br />ブルタニュー公国フランソワ2世没後、女公となったアンヌ ド ブルターニュは<br />ヨーロッパの王や王子達から求婚を受けた結果、フランス王シャルル8世と結婚、<br />(この時アンヌは14歳、シャルル8世は21歳)<br />この結婚によりブルタニュー公国はフランスに併合されてしまいます。<br />フランス王妃となったアンヌはシャルル8世との間に6人の子供を産みますが、<br />6人とも幼い内に亡くなってしまいます、、<br />そして、シャルル8世もアンボワーズ城の回廊に頭をぶつけ、男子の跡継ぎを残すことなく28歳で急死、、<br />ブルターニュ女公でもあるアンヌ は事前の取り決め通り、次のフランス王ルイ12世と再婚します、、<br />(アンヌ ド ブルターニ22歳・ルイ12世36歳)<br />因みにルイ12世はアンボワーズ城ではなく、ブロワ城を居城としていました、、<br /><br />(注1)アンヌ ド ブルターニュは男性の王位継承者が生まれなかった場合、<br />シャルル8世の後継者と結婚しなければならないと取り決められていた<br />(注2)アンヌ ド ブルターニュは後にレオナル ド ダヴィンチが住んでいたクロ リュセにも住んでいました<br />(注3)ルイ12世はシャルル8世の姉ジャンヌ ド フランスと結婚していた為、婚姻無効を申請してブルタニュー女公アンヌ ド ブルターニュと結婚<br /><br />こうして、アンヌ ド ブルターニュは<br />シャルル8世とルイ12世と2代のフランス王の妃を務め、<br />その上、ルイ12世の時代はフランス王妃としてだけでなく、ブルゴーニュ女公の役割りも担っていました、、<br />女公としてブルタニューの独立権を保ったアンヌ ド ブルターニュは<br />現在でもブルターニュで最も人気のある歴史上の人物の内の一人だと言われているそうです、、<br /><br /><右>ルネッサンス様式の暖炉にはフランス王家を象徴する花と一緒に<br />フランソワ1世の紋章サラマンダーが描かれています、、<br /><br />次のルネッサンス時代の主人公は<br />ルイ12世の跡を継いでフランス王となったフランソワ1世、、<br /><br />フランソワ1世の最初の王妃はアンヌ ド ブルターニュとルイ12世の王女にして、<br />ブルタニュー公国継承者クロード<br />母アンヌ ド ブルターニュは最期まで王女クロードとの結婚に反対しており、<br />後のカール5世 (神聖ローマ皇帝)との縁組みを望んでいたそうです、、<br /><br />しかし、ブルゴーニュ公国をフランスが手放す訳もなく<br />フランソワ1世はクロードと<br />ブルターニュ公国とフランス王国との間に平和を確保する為に結婚、、<br /><br />やがてブルタニュー女公クロード ド フランスと<br />フランス王フランソワ1世の息子アンリ2世が継ぐ事になり<br />ブルゴーニュ公国は完全にフランス王国に併合されてしまいます、、<br /><br />※余談ですが…※<br />クロード ド フランスには2人のイギリス人姉妹の侍女がいました。<br />名前はメアリー ブーリンとアン ブーリン。<br />彼女たちは後にそれぞれ帰国、、<br />先に帰国したメアリーはヘンリー8世の愛妾に、<br />少し遅れて帰国したアンはヘンリー8世と結婚<br />(新たに結婚する為に結婚無効をローマ教皇が認めなかった為に英国国教が出来た)<br />結局男児に恵まれる事無く、流産を繰り返すアンから王の寵愛が離れ<br />アンは反逆罪でロンドン塔で斬首刑に処せられてしまいます、、<br />(そのアン王妃の産んだ王女が後のエリザベス1世)<br /><br /><ヨーロッパの王室は、、不思議と繋がっていますね、、 ><br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    会議の間(Salle du Conseil )

    華やかな王座と同時に
    印象的な2つの暖炉、、

    <左>ゴシック様式の暖炉、
    ここにもシャルル8世のユリの紋章と
    王妃アンヌ ド ブルターニュの白イタチの紋章が見られます、、
    アンヌ ド ブルターニュはこのアンボワーズ城のヒロインとも言える王妃、、
    至る所に彼女の(というかブルタニュー女公としての)白イタチの紋章が見受けられます、、

    ブルタニュー公国フランソワ2世没後、女公となったアンヌ ド ブルターニュは
    ヨーロッパの王や王子達から求婚を受けた結果、フランス王シャルル8世と結婚、
    (この時アンヌは14歳、シャルル8世は21歳)
    この結婚によりブルタニュー公国はフランスに併合されてしまいます。
    フランス王妃となったアンヌはシャルル8世との間に6人の子供を産みますが、
    6人とも幼い内に亡くなってしまいます、、
    そして、シャルル8世もアンボワーズ城の回廊に頭をぶつけ、男子の跡継ぎを残すことなく28歳で急死、、
    ブルターニュ女公でもあるアンヌ は事前の取り決め通り、次のフランス王ルイ12世と再婚します、、
    (アンヌ ド ブルターニ22歳・ルイ12世36歳)
    因みにルイ12世はアンボワーズ城ではなく、ブロワ城を居城としていました、、

    (注1)アンヌ ド ブルターニュは男性の王位継承者が生まれなかった場合、
    シャルル8世の後継者と結婚しなければならないと取り決められていた
    (注2)アンヌ ド ブルターニュは後にレオナル ド ダヴィンチが住んでいたクロ リュセにも住んでいました
    (注3)ルイ12世はシャルル8世の姉ジャンヌ ド フランスと結婚していた為、婚姻無効を申請してブルタニュー女公アンヌ ド ブルターニュと結婚

    こうして、アンヌ ド ブルターニュは
    シャルル8世とルイ12世と2代のフランス王の妃を務め、
    その上、ルイ12世の時代はフランス王妃としてだけでなく、ブルゴーニュ女公の役割りも担っていました、、
    女公としてブルタニューの独立権を保ったアンヌ ド ブルターニュは
    現在でもブルターニュで最も人気のある歴史上の人物の内の一人だと言われているそうです、、

    <右>ルネッサンス様式の暖炉にはフランス王家を象徴する花と一緒に
    フランソワ1世の紋章サラマンダーが描かれています、、

    次のルネッサンス時代の主人公は
    ルイ12世の跡を継いでフランス王となったフランソワ1世、、

    フランソワ1世の最初の王妃はアンヌ ド ブルターニュとルイ12世の王女にして、
    ブルタニュー公国継承者クロード
    母アンヌ ド ブルターニュは最期まで王女クロードとの結婚に反対しており、
    後のカール5世 (神聖ローマ皇帝)との縁組みを望んでいたそうです、、

    しかし、ブルゴーニュ公国をフランスが手放す訳もなく
    フランソワ1世はクロードと
    ブルターニュ公国とフランス王国との間に平和を確保する為に結婚、、

    やがてブルタニュー女公クロード ド フランスと
    フランス王フランソワ1世の息子アンリ2世が継ぐ事になり
    ブルゴーニュ公国は完全にフランス王国に併合されてしまいます、、

    ※余談ですが…※
    クロード ド フランスには2人のイギリス人姉妹の侍女がいました。
    名前はメアリー ブーリンとアン ブーリン。
    彼女たちは後にそれぞれ帰国、、
    先に帰国したメアリーはヘンリー8世の愛妾に、
    少し遅れて帰国したアンはヘンリー8世と結婚
    (新たに結婚する為に結婚無効をローマ教皇が認めなかった為に英国国教が出来た)
    結局男児に恵まれる事無く、流産を繰り返すアンから王の寵愛が離れ
    アンは反逆罪でロンドン塔で斬首刑に処せられてしまいます、、
    (そのアン王妃の産んだ王女が後のエリザベス1世)

    <ヨーロッパの王室は、、不思議と繋がっていますね、、 >

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />会議の間(Salle du Conseil )<br /><br />壁に掛かるフランソワ1世像と<br />その像の台にはフランソワ1世の紋章サラマンダー、、<br /><br />息子のアンリ2世も愛妾ディアーヌ ド ポワチエがいた事で有名ですが<br />フランソワ1世もシャトーブリアン伯爵夫人(フランソワーズ  ド フォワ)<br />フランソワ1世の母ルイーズ ド サヴォワの侍女アンヌ ド ピスルー デイリー<br />の愛妾や多くの愛人がいました、、<br />王妃クロード ド フランスも出産&王の女性関係と心穏やかならざる日々が続きます、、

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    会議の間(Salle du Conseil )

    壁に掛かるフランソワ1世像と
    その像の台にはフランソワ1世の紋章サラマンダー、、

    息子のアンリ2世も愛妾ディアーヌ ド ポワチエがいた事で有名ですが
    フランソワ1世もシャトーブリアン伯爵夫人(フランソワーズ ド フォワ)
    フランソワ1世の母ルイーズ ド サヴォワの侍女アンヌ ド ピスルー デイリー
    の愛妾や多くの愛人がいました、、
    王妃クロード ド フランスも出産&王の女性関係と心穏やかならざる日々が続きます、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />次は、給仕係の間(Salle de l&#39;Echanson)<br />この部屋で王に飲み物を給仕していたそうです、、<br />見学女性の前に置かれているのは王に給仕した時に使われた<br />ルネッサンス様式のイタリア風のテーブルだそうで、、<br />広げたり畳んだり出来る使い勝手の良さそうなテーブルでした、、<br /><br />大切なお部屋に掛けられたタペストリーも沢山飾られています、、<br />タペストリーは温まった室内の熱を逃がさない効果もあったそうです、、<br /><br />このお部屋でもうひとつ興味を抱いたのが…<br />窓枠には巡礼者の杖、硬化が詰まった財布の装飾、、<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    次は、給仕係の間(Salle de l'Echanson)
    この部屋で王に飲み物を給仕していたそうです、、
    見学女性の前に置かれているのは王に給仕した時に使われた
    ルネッサンス様式のイタリア風のテーブルだそうで、、
    広げたり畳んだり出来る使い勝手の良さそうなテーブルでした、、

    大切なお部屋に掛けられたタペストリーも沢山飾られています、、
    タペストリーは温まった室内の熱を逃がさない効果もあったそうです、、

    このお部屋でもうひとつ興味を抱いたのが…
    窓枠には巡礼者の杖、硬化が詰まった財布の装飾、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />給仕係の間(Salle de l&#39;Echanson)<br /><br />窓枠にはフランス王家のユリの紋章とブルタニュー公国の白イタチの紋章、、<br />そして巡礼者の杖や財布の彫刻、、<br />これは、当時サンチアゴ デ コンポステラへの道中に<br />トゥールのサン マルタン聖堂へ向かう巡礼者の宿がアンボワーズにあったからだそうです、、<br />布袋の財布は杖にしっかりベルトで留められ、旅費の硬貨が入っている様子もわかります、、<br /><br />(この窓枠の巡礼者の持ち物の彫刻は<br />隣りのアンリ2世の寝室でも見られました)<br /><br />

    イチオシ

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    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    給仕係の間(Salle de l'Echanson)

    窓枠にはフランス王家のユリの紋章とブルタニュー公国の白イタチの紋章、、
    そして巡礼者の杖や財布の彫刻、、
    これは、当時サンチアゴ デ コンポステラへの道中に
    トゥールのサン マルタン聖堂へ向かう巡礼者の宿がアンボワーズにあったからだそうです、、
    布袋の財布は杖にしっかりベルトで留められ、旅費の硬貨が入っている様子もわかります、、

    (この窓枠の巡礼者の持ち物の彫刻は
    隣りのアンリ2世の寝室でも見られました)

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />給仕係の間(Salle de l&#39;Echanson)<br /><br />この給仕係の間にもタペストリーが掛けられていました、、<br />エステル王妃の祝宴(17世紀)<br />タペストリーの町で有名なオービュッソン(フランス)で制作された<br />聖書の中の逸話を題材にしたタペストリー<br />町中の人々を招き豪華な祝宴が催された様子が描かれています、、

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    給仕係の間(Salle de l'Echanson)

    この給仕係の間にもタペストリーが掛けられていました、、
    エステル王妃の祝宴(17世紀)
    タペストリーの町で有名なオービュッソン(フランス)で制作された
    聖書の中の逸話を題材にしたタペストリー
    町中の人々を招き豪華な祝宴が催された様子が描かれています、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />給仕係の間(Salle de l&#39;Echanson)<br /><br />(上)フランソワ1世の胸像も飾られています、、<br /><br />(下)クレデンツァ(credenza)と呼ばれる高価な食器類を収納飾る食器棚や櫃、、<br />本来は中世期の教会で聖具類を収納する台を食器戸棚として改良したものだそうで<br />豪華な立体的な彫刻が施されています、、<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    給仕係の間(Salle de l'Echanson)

    (上)フランソワ1世の胸像も飾られています、、

    (下)クレデンツァ(credenza)と呼ばれる高価な食器類を収納飾る食器棚や櫃、、
    本来は中世期の教会で聖具類を収納する台を食器戸棚として改良したものだそうで
    豪華な立体的な彫刻が施されています、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />給仕係の間(Salle de l&#39;Echanson)<br /><br />当時フランスの食事はローストした肉とゆでた野菜とパン<br />肉の塊やゆでた野菜は大皿に盛られ、一度にどーん!とテーブルに置かれ<br />それを主人(ホスト)が大きなナイフで切り分け<br />人々はそれを分け合い、手づかみで食べていたそうです、、<br />もちろん、現在イメージする3本歯のフォークは存在せず<br />(2本歯のフォークはあった)<br />切り分け用のナイフとスプーンを使う事はあっても<br />王侯貴族だあっても 原則手づかみ、、<br />(スープもパンをひたして食べていた?そうです)<br />そして、汚れた手はテーブルクロスやナプキンで拭く、、<br /><br />メディチ家から輿入れしたカトリーヌ ド メディシス(アンリ2世の王妃)は<br />当時フランスの王侯貴族が手づかみで食事する様を見てびっくり!<br />そこで、随行した料理長がカトラリーの使い方など「食事作法の50則」(世界最初のテーブルマナー専門書)をまとめます、、<br /><br />フランスにフォークで食べる習慣、食事のマナーを最初に持ち込んだのは<br />カトリーヌ ド メディシスだと言われています、、

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    給仕係の間(Salle de l'Echanson)

    当時フランスの食事はローストした肉とゆでた野菜とパン
    肉の塊やゆでた野菜は大皿に盛られ、一度にどーん!とテーブルに置かれ
    それを主人(ホスト)が大きなナイフで切り分け
    人々はそれを分け合い、手づかみで食べていたそうです、、
    もちろん、現在イメージする3本歯のフォークは存在せず
    (2本歯のフォークはあった)
    切り分け用のナイフとスプーンを使う事はあっても
    王侯貴族だあっても 原則手づかみ、、
    (スープもパンをひたして食べていた?そうです)
    そして、汚れた手はテーブルクロスやナプキンで拭く、、

    メディチ家から輿入れしたカトリーヌ ド メディシス(アンリ2世の王妃)は
    当時フランスの王侯貴族が手づかみで食事する様を見てびっくり!
    そこで、随行した料理長がカトラリーの使い方など「食事作法の50則」(世界最初のテーブルマナー専門書)をまとめます、、

    フランスにフォークで食べる習慣、食事のマナーを最初に持ち込んだのは
    カトリーヌ ド メディシスだと言われています、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />アンリ2世の寝室(Chambre Henri II)<br /><br />この部屋はアンリ2世の時代に建てたルネッサンス様式の東棟(現存してしない)に隣接していたそうです<br /><br />このお部屋で一番目に付くのが<br />アンリ2世様式の大きな!天蓋付きベッド(182㎝×218㎝)<br />今風に言えば(文字通り)”キングサイズ”のベッド、、<br />ベッドの柱、ヘッドボード(頭部の部分)、サイドフレーム(横の部分)も<br />足元の櫃にも 立体的な彫刻が施されています、、<br />天蓋のカーテンや寝具にはアンリ2世(Henri II)の頭文字Hと王冠、フランス王家の紋章が織り込まれています、、<br />  < はぁーーっ! 豪華ですね!! ><br /><br />そのアンリ2世の父はフランソワ1世、<br />母はクロード ド フランス(アンヌ ド ブルターニュとルイ12世の娘)<br /><br />王妃はメディチ家出身のカトリーヌ ド メディシス<br />かのイタリアの大富豪メディチ家のお姫さま育ちと思いきや、、<br />幼くして両親を亡くし孤児となったカトリーヌは大変な思いをして育ち<br />11歳でローマ教皇クレメンス7世に引き取られます、、<br />ローマ教皇クレメンス7世とフランス王フランソワ1世の間で縁組が組まれ、<br />14歳でフランソワ1世の次男アンリ(後のアンリ2世)と結婚<br />しかし、アンリ2世にはカトリーヌ ド メディシスが嫁ぐ前から家庭教師でもあるディアーヌ ド ポワチエという愛妾が、、<br />それでもカトリーヌは9人の子供を産み、王妃としての責任を果たしました。<br />このカトリーヌ ド メディシスもこのアンボワーズ城のもう一人のヒロイン、、<br /><br />この時は220もの部屋数を誇るアンボワーズ城ですが<br />アンリ2世の時代になると王の居城はロワールの城から次第にイル ド フランスのフォンテーヌブロー城へ、、<br />(カトリーヌ ド メディシスも10人の子を<br />フォンテーヌブロー宮殿orサンジェルマンアレ城にて出産)<br />イル ド フランスにも居城が出来ますが<br />それでもまだアンリ2世の時代はこのロワールは王侯貴族たちのお気に入りの地でした、、<br /><br />※フォンテーヌブロー宮殿※<br />中世からフォンテーヌブローの地に要塞がありましたが<br />現在のフォンテーヌブロー宮殿を築いたのはフランソワ1世と言えます<br />アンリ2世の時代にも宮殿の大拡張が行われました<br />(フランソワ1世は晩年、フォンテーヌブロー宮殿だけでなくルーブル宮殿もルネッサンス様式に改装している)

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    アンリ2世の寝室(Chambre Henri II)

    この部屋はアンリ2世の時代に建てたルネッサンス様式の東棟(現存してしない)に隣接していたそうです

    このお部屋で一番目に付くのが
    アンリ2世様式の大きな!天蓋付きベッド(182㎝×218㎝)
    今風に言えば(文字通り)”キングサイズ”のベッド、、
    ベッドの柱、ヘッドボード(頭部の部分)、サイドフレーム(横の部分)も
    足元の櫃にも 立体的な彫刻が施されています、、
    天蓋のカーテンや寝具にはアンリ2世(Henri II)の頭文字Hと王冠、フランス王家の紋章が織り込まれています、、
      < はぁーーっ! 豪華ですね!! >

    そのアンリ2世の父はフランソワ1世、
    母はクロード ド フランス(アンヌ ド ブルターニュとルイ12世の娘)

    王妃はメディチ家出身のカトリーヌ ド メディシス
    かのイタリアの大富豪メディチ家のお姫さま育ちと思いきや、、
    幼くして両親を亡くし孤児となったカトリーヌは大変な思いをして育ち
    11歳でローマ教皇クレメンス7世に引き取られます、、
    ローマ教皇クレメンス7世とフランス王フランソワ1世の間で縁組が組まれ、
    14歳でフランソワ1世の次男アンリ(後のアンリ2世)と結婚
    しかし、アンリ2世にはカトリーヌ ド メディシスが嫁ぐ前から家庭教師でもあるディアーヌ ド ポワチエという愛妾が、、
    それでもカトリーヌは9人の子供を産み、王妃としての責任を果たしました。
    このカトリーヌ ド メディシスもこのアンボワーズ城のもう一人のヒロイン、、

    この時は220もの部屋数を誇るアンボワーズ城ですが
    アンリ2世の時代になると王の居城はロワールの城から次第にイル ド フランスのフォンテーヌブロー城へ、、
    (カトリーヌ ド メディシスも10人の子を
    フォンテーヌブロー宮殿orサンジェルマンアレ城にて出産)
    イル ド フランスにも居城が出来ますが
    それでもまだアンリ2世の時代はこのロワールは王侯貴族たちのお気に入りの地でした、、

    ※フォンテーヌブロー宮殿※
    中世からフォンテーヌブローの地に要塞がありましたが
    現在のフォンテーヌブロー宮殿を築いたのはフランソワ1世と言えます
    アンリ2世の時代にも宮殿の大拡張が行われました
    (フランソワ1世は晩年、フォンテーヌブロー宮殿だけでなくルーブル宮殿もルネッサンス様式に改装している)

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />アンリ2世の寝室(Chambre Henri II)<br /><br />ベッドの天蓋のカーテンや飾られている大きなタペストリーはブリュッセルやトゥルネー(ベルギー最古の町)に16世紀末、17世紀に作られたものだそうです。<br /><br />ルネッサンス様式になると直線だけでなく丸みを帯びたドームの彫刻や立体的な彫刻、人や天使の姿、顔の彫刻もが見られます、、<br />特に下の写真の宝石箱の彫刻の凄いこと!!<br />この宝石箱は2重底にもなっています、、<br />この宝石箱も王の移動と一緒に持ち運ばれてのでしょうか、、

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    アンリ2世の寝室(Chambre Henri II)

    ベッドの天蓋のカーテンや飾られている大きなタペストリーはブリュッセルやトゥルネー(ベルギー最古の町)に16世紀末、17世紀に作られたものだそうです。

    ルネッサンス様式になると直線だけでなく丸みを帯びたドームの彫刻や立体的な彫刻、人や天使の姿、顔の彫刻もが見られます、、
    特に下の写真の宝石箱の彫刻の凄いこと!!
    この宝石箱は2重底にもなっています、、
    この宝石箱も王の移動と一緒に持ち運ばれてのでしょうか、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />次の部屋は フランシスコ会修道女の控えの間(Antichambre de la Cordelière)<br /><br />(左)<br />印象的な暖炉にはフランシスコ修道会の象徴のロープを組み合わせた装飾<br />フランス王家とブルタニュー公国の紋章、、<br />そして、貝の首飾りはサン ミシェル騎士団のもの<br /><br />※サン ミシェル騎士団※<br />ルイ11世(15世紀)が結成したフランス初めての騎士団<br /><br />(右)<br />ドラゴンを倒すサン ミシェルの像(17世紀・スペイン)<br /><br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    次の部屋は フランシスコ会修道女の控えの間(Antichambre de la Cordelière)

    (左)
    印象的な暖炉にはフランシスコ修道会の象徴のロープを組み合わせた装飾
    フランス王家とブルタニュー公国の紋章、、
    そして、貝の首飾りはサン ミシェル騎士団のもの

    ※サン ミシェル騎士団※
    ルイ11世(15世紀)が結成したフランス初めての騎士団

    (右)
    ドラゴンを倒すサン ミシェルの像(17世紀・スペイン)

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />フランシスコ会修道女の控えの間(Antichambre de la Cordelière)<br /><br />この部屋は王族の居間に通される時の控室だったそうです、、<br />暖炉の上の肖像画はアンリ4世(アンリ3世没後ブルボン朝)のもの、、<br /><br />ユグノー戦争(フランスのカトリックとプロテスタント=ユグノーの40年間に渡る内戦)が始まり、<br />1650年にはアンボワーズ城で「アンボワーズの陰謀」が起きてしまいます。<br />処刑されたユグノー達の死臭の為、宮廷は移され<br />2度とアンボワーズに戻る事はありませんでした、、

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    フランシスコ会修道女の控えの間(Antichambre de la Cordelière)

    この部屋は王族の居間に通される時の控室だったそうです、、
    暖炉の上の肖像画はアンリ4世(アンリ3世没後ブルボン朝)のもの、、

    ユグノー戦争(フランスのカトリックとプロテスタント=ユグノーの40年間に渡る内戦)が始まり、
    1650年にはアンボワーズ城で「アンボワーズの陰謀」が起きてしまいます。
    処刑されたユグノー達の死臭の為、宮廷は移され
    2度とアンボワーズに戻る事はありませんでした、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />オルレアン パンティエーブル家の書斎(Cabinet Orléans Penthièvre)<br /><br />ロワールから宮廷が移り、放置されたアンボワーズ城は衰退の一途をたどります、、<br />王がアンボワーズ城に滞在する事はほとんどなくなり<br />王が旅行する際の宿泊地としてのみ使用される様になりました。<br />(アンリ4世やルイ13世、ルイ14世)<br />王に反逆したものや失脚したものを拘留する為の施設として使われることも…<br /><br />18世紀に入るとアンボワーズ城は王の所有から離れ、<br />フランス革命時(1789年から1799年)には国に没収され、火事にも遭いました、、<br />その後も老朽化が進んでいた為、数回の取り壊しも行われています、、<br />この取り壊しでは建物だけでなく、壁や天井の板張り、暖炉、彫刻品、絵画、金物工芸品、木工細工製品等 多くの装飾品も失わられてしまいました、、<br /><br />そして、時代は王政復古時代に入り<br />1815年、ルイ14世の曾孫のオルレアン公爵夫人(ルイーズ マリー アデライード ド ブルボン・暖炉の右側の肖像画)が<br />フランス革命によって没収されていた父親の遺産アンボワーズ城の相続権を取り戻します。<br />彼女の息子ルイ フィリップ(後のフランス国民の王)が受け継ぎ<br />彼はアンボワーズ城の城壁をよみがえらせ、残っていた居城棟を当時の流行(第一帝政様式)に合わせて整えました、、<br /><br />第一帝政時代らしい肘付きの椅子に<br />暖炉の両側にある中国模様の椅子(18世紀)<br />暖炉の右の肖像画はルイ14世の曾孫オルレアン公爵夫人(ルイーズ マリー アデライード ド ブルボン)<br />画の作者はマリーアントワネットのお気に入りであり、18世紀で最も有名な女性画家<br />ルイーズ ヴィジェ ルブラン<br />< やはり ルイーズ ヴィジェ ルブランの描く肖像画は優雅で美しい♪ >

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    オルレアン パンティエーブル家の書斎(Cabinet Orléans Penthièvre)

    ロワールから宮廷が移り、放置されたアンボワーズ城は衰退の一途をたどります、、
    王がアンボワーズ城に滞在する事はほとんどなくなり
    王が旅行する際の宿泊地としてのみ使用される様になりました。
    (アンリ4世やルイ13世、ルイ14世)
    王に反逆したものや失脚したものを拘留する為の施設として使われることも…

    18世紀に入るとアンボワーズ城は王の所有から離れ、
    フランス革命時(1789年から1799年)には国に没収され、火事にも遭いました、、
    その後も老朽化が進んでいた為、数回の取り壊しも行われています、、
    この取り壊しでは建物だけでなく、壁や天井の板張り、暖炉、彫刻品、絵画、金物工芸品、木工細工製品等 多くの装飾品も失わられてしまいました、、

    そして、時代は王政復古時代に入り
    1815年、ルイ14世の曾孫のオルレアン公爵夫人(ルイーズ マリー アデライード ド ブルボン・暖炉の右側の肖像画)が
    フランス革命によって没収されていた父親の遺産アンボワーズ城の相続権を取り戻します。
    彼女の息子ルイ フィリップ(後のフランス国民の王)が受け継ぎ
    彼はアンボワーズ城の城壁をよみがえらせ、残っていた居城棟を当時の流行(第一帝政様式)に合わせて整えました、、

    第一帝政時代らしい肘付きの椅子に
    暖炉の両側にある中国模様の椅子(18世紀)
    暖炉の右の肖像画はルイ14世の曾孫オルレアン公爵夫人(ルイーズ マリー アデライード ド ブルボン)
    画の作者はマリーアントワネットのお気に入りであり、18世紀で最も有名な女性画家
    ルイーズ ヴィジェ ルブラン
    < やはり ルイーズ ヴィジェ ルブランの描く肖像画は優雅で美しい♪ >

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />オルレアン家の居室(Chambre Orléans)<br /><br />オルレアン家の当主や夫人の肖像画や胸像が置かれ<br />この部屋も第一帝政様式の家具で揃えられています、、<br />肖像画も素敵なのですが…<br />マホガニー製のタンスの金の透かしも素晴らしい♪<br />ホント繊細な細工♪<br />コーナーの天使?女神?の金細工も素敵♪<br />タンスの上に置かれた時計の透かしと同じ雰囲気の模様とも調和して<br />上品で洗練された雰囲気を醸し出していますね♪<br />それに、、 鍵穴の金細工は月桂樹の冠状になってる??<br /><br /><br /><br /><br /><br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    オルレアン家の居室(Chambre Orléans)

    オルレアン家の当主や夫人の肖像画や胸像が置かれ
    この部屋も第一帝政様式の家具で揃えられています、、
    肖像画も素敵なのですが…
    マホガニー製のタンスの金の透かしも素晴らしい♪
    ホント繊細な細工♪
    コーナーの天使?女神?の金細工も素敵♪
    タンスの上に置かれた時計の透かしと同じ雰囲気の模様とも調和して
    上品で洗練された雰囲気を醸し出していますね♪
    それに、、 鍵穴の金細工は月桂樹の冠状になってる??





    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />オルレアン家の居室(Chambre Orléans)<br /><br />ルイ フィリップはアンボワーズに1回だけ滞在したと言われいます、、<br />にもかかわらず、第一帝政時代の美しい邸宅に改装されています、、<br /><br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    オルレアン家の居室(Chambre Orléans)

    ルイ フィリップはアンボワーズに1回だけ滞在したと言われいます、、
    にもかかわらず、第一帝政時代の美しい邸宅に改装されています、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />オルレアン家の居室(Chambre Orléans)<br /><br />kuritchiのあこがれ♪ 舟形ベッド”レカミエ”<br />ナポレオンの時代19世紀のフランスの文学・政治サロンの花形だったジュリエット レカミエの絵からその名前がきています、、<br /><br />貴婦人がまどろみ、午睡の時を楽しんでいる姿が浮かんできます、、<br /><br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    オルレアン家の居室(Chambre Orléans)

    kuritchiのあこがれ♪ 舟形ベッド”レカミエ”
    ナポレオンの時代19世紀のフランスの文学・政治サロンの花形だったジュリエット レカミエの絵からその名前がきています、、

    貴婦人がまどろみ、午睡の時を楽しんでいる姿が浮かんできます、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />今度は 音楽サロン(Salon de Musique)<br /><br />このサロンで 音楽をも楽しんだのでしょうね、、<br /><br />大きな肖像画はルイ フィリップ王の妻マリー アメリー王妃と2人の息子たち<br />そして、19世紀のエラール(Erard)製のハープやピアノや<br />第一帝政時代の家具などオルレアン家の思い出の品々が展示されています、、<br /><br />  ※エラール(Erard)※<br />エラールは1780年にセバスチャン・エラールによって創業された<br />19世紀フランスを代表するピアノメーカー<br />マリー アントワネットや歴史的な作曲家(ハイドン、ベートーヴェン、リスト、ショパン、メンデルスゾーン、ヴェルディ、ワーグナー、ラヴェルなど)もエラールのピアノを持っていました。

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    今度は 音楽サロン(Salon de Musique)

    このサロンで 音楽をも楽しんだのでしょうね、、

    大きな肖像画はルイ フィリップ王の妻マリー アメリー王妃と2人の息子たち
    そして、19世紀のエラール(Erard)製のハープやピアノや
    第一帝政時代の家具などオルレアン家の思い出の品々が展示されています、、

      ※エラール(Erard)※
    エラールは1780年にセバスチャン・エラールによって創業された
    19世紀フランスを代表するピアノメーカー
    マリー アントワネットや歴史的な作曲家(ハイドン、ベートーヴェン、リスト、ショパン、メンデルスゾーン、ヴェルディ、ワーグナー、ラヴェルなど)もエラールのピアノを持っていました。

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />居城棟の見学を終えて<br />今度はテラスへ、、<br /><br />こちらは、、<br />ルネッサンス様式の建物、、<br />一番上の階の窓の形に注目!

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    居城棟の見学を終えて
    今度はテラスへ、、

    こちらは、、
    ルネッサンス様式の建物、、
    一番上の階の窓の形に注目!

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />こちらのとんがりお屋根と、、

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    こちらのとんがりお屋根と、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />小尖塔の飾りの窓が美しいゴシックフランボアイヤン様式の建物、、<br />特に外から見ると<br />ルネッサンス様式とフランボワイアン様式との違いがよくわかりますね、、

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    小尖塔の飾りの窓が美しいゴシックフランボアイヤン様式の建物、、
    特に外から見ると
    ルネッサンス様式とフランボワイアン様式との違いがよくわかりますね、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />ミニームの塔のテラスから、、

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    ミニームの塔のテラスから、、

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />ロワール川とアンボワーズの街が見渡せます、、<br /><br />< 心が癒される♪ >

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    ロワール川とアンボワーズの街が見渡せます、、

    < 心が癒される♪ >

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />では…<br />ミニームの塔の中を進んで行きましょうか、、

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    では…
    ミニームの塔の中を進んで行きましょうか、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />ミニームの塔(Tour des Minimes)の傾斜を降りていくと<br />オマール公の回廊(左)へと続きます、、<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    ミニームの塔(Tour des Minimes)の傾斜を降りていくと
    オマール公の回廊(左)へと続きます、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />ミニームの塔(Tour des Minimes)<br /><br />アンボワーズの町から高い所にあるアンボワーズ城には<br />王や騎士たちが馬に乗ったまま入城出来る様に<br />螺旋状の傾斜通路が作られています、、<br /><br />螺旋状の塔の内部も壁や石畳の床、交差ヴォルトの天井など<br />シンプルながら とても美しい、、<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    ミニームの塔(Tour des Minimes)

    アンボワーズの町から高い所にあるアンボワーズ城には
    王や騎士たちが馬に乗ったまま入城出来る様に
    螺旋状の傾斜通路が作られています、、

    螺旋状の塔の内部も壁や石畳の床、交差ヴォルトの天井など
    シンプルながら とても美しい、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />ミニームの塔(Tour des Minimes)<br /><br />そして、再びテラスに戻って来ると、、<br />再び ロワール川やアンボワーズの町を眺め、、<br /><br />< テラスから広がる この眺めの美しいこと、、 ><br />    何度眺めても 見飽きません、、、

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    ミニームの塔(Tour des Minimes)

    そして、再びテラスに戻って来ると、、
    再び ロワール川やアンボワーズの町を眺め、、

    < テラスから広がる この眺めの美しいこと、、 >
        何度眺めても 見飽きません、、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br />サン テュベール礼拝堂と居城棟を見学し、<br />最後は庭園へ

    イチオシ

    地図を見る

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)
    サン テュベール礼拝堂と居城棟を見学し、
    最後は庭園へ

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />居住棟から程近いところに<br />レオナルド ダヴィンチの像が置かれている所があります<br /><br />レオナル ド ダヴィンチはフランソワ1世の許可を得、<br />アンボワーズ城内に葬られたと言われていましたが、<br />大部分の建物が取り壊されしまい、<br />ダヴィンチのお墓がアンボワーズ城のどこにあったのか わからくなってしまいました、、<br />近年、この胸像の下から男性の遺骨が発見され<br />これこそダビンチの遺骨に違いない!と<br />サン テュベール礼拝堂に移されダヴィンチのお墓が作られたのだそうです、、<br />

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    居住棟から程近いところに
    レオナルド ダヴィンチの像が置かれている所があります

    レオナル ド ダヴィンチはフランソワ1世の許可を得、
    アンボワーズ城内に葬られたと言われていましたが、
    大部分の建物が取り壊されしまい、
    ダヴィンチのお墓がアンボワーズ城のどこにあったのか わからくなってしまいました、、
    近年、この胸像の下から男性の遺骨が発見され
    これこそダビンチの遺骨に違いない!と
    サン テュベール礼拝堂に移されダヴィンチのお墓が作られたのだそうです、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />15世紀末にアンボワーズ城内に出来たイタリア風のルネッサンス様式の庭園、、<br />フランスの初めてのイタリア風の庭園だとも言われています、、<br />それ以前に設けられた庭の囲いが取り払われ<br />地中海沿いによく見かけるローズマリーやジャスミン、、<br />糸杉にツゲのトピアリーも植えられた広々とした庭園、、<br /><br />集合時間(1:30PM)を考えると ゆっくりまわる時間がないので<br />速足で、、

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    15世紀末にアンボワーズ城内に出来たイタリア風のルネッサンス様式の庭園、、
    フランスの初めてのイタリア風の庭園だとも言われています、、
    それ以前に設けられた庭の囲いが取り払われ
    地中海沿いによく見かけるローズマリーやジャスミン、、
    糸杉にツゲのトピアリーも植えられた広々とした庭園、、

    集合時間(1:30PM)を考えると ゆっくりまわる時間がないので
    速足で、、

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />老朽化や取り壊しだけでなく、1940年のドイツナチスの侵略でも大きな被害を受けました、、<br />19世紀以降、何度も何度も修復され、1/5の規模とは言え<br />当時の姿が復元されています<br />(現在、アンボワーズ城を管理しているのは、ルイ フィリップの子孫パリ伯)

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    老朽化や取り壊しだけでなく、1940年のドイツナチスの侵略でも大きな被害を受けました、、
    19世紀以降、何度も何度も修復され、1/5の規模とは言え
    当時の姿が復元されています
    (現在、アンボワーズ城を管理しているのは、ルイ フィリップの子孫パリ伯)

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • そして…<br />出口は ウールトーの塔から、、<br />同じ様に傾斜の道を降りて行きます、、

    そして…
    出口は ウールトーの塔から、、
    同じ様に傾斜の道を降りて行きます、、

  • アンボワーズ城(Château d&#39;Amboise)<br /><br />kuritchi達は、約1時間かけてアンボワーズ城を見学♪(この時点で12:30)<br /><br />もう一組の日本人女子2人組は観光よりショッピングを楽しみたいと<br />昼食はチョコレートoやお菓子で済ませ、<br />アンボワーズ城の見学も程々に切り上げ、、<br />大部分の時間をショッピングに費やしていたそうです<br />(ドライバーさんより)<br />ドライバーさんはその女子2人組の為に事前に丁寧にお店の場所等案内されてましたので、観光よりショッピング希望の人は尋ねてみるのも有りかと…<br />(英語&フランス語可・日本語は不可)

    アンボワーズ城(Château d'Amboise)

    kuritchi達は、約1時間かけてアンボワーズ城を見学♪(この時点で12:30)

    もう一組の日本人女子2人組は観光よりショッピングを楽しみたいと
    昼食はチョコレートoやお菓子で済ませ、
    アンボワーズ城の見学も程々に切り上げ、、
    大部分の時間をショッピングに費やしていたそうです
    (ドライバーさんより)
    ドライバーさんはその女子2人組の為に事前に丁寧にお店の場所等案内されてましたので、観光よりショッピング希望の人は尋ねてみるのも有りかと…
    (英語&フランス語可・日本語は不可)

    アンボワーズ城 城・宮殿

  • アンボワーズ城を出たところの <br />ミシェル ドブレ広場(Plaza Michael Debre)界隈には古くからの建物も残っていて、、<br />散策するのも 楽しい♪<br /><br /><お店の看板も ムチャ可愛いではないですか♪>

    アンボワーズ城を出たところの 
    ミシェル ドブレ広場(Plaza Michael Debre)界隈には古くからの建物も残っていて、、
    散策するのも 楽しい♪

    <お店の看板も ムチャ可愛いではないですか♪>

  • ミシェル ドブレ広場(Plaza Michael Debre)<br /><br />集合時間まであと1時間弱、、<br />ランチを頂けるお店を探さなくっちゃ!<br /><br />探すも、、 簡単にサンドイッチ♪でも、、のお店は見当たらず、、(汗!)

    イチオシ

    ミシェル ドブレ広場(Plaza Michael Debre)

    集合時間まであと1時間弱、、
    ランチを頂けるお店を探さなくっちゃ!

    探すも、、 簡単にサンドイッチ♪でも、、のお店は見当たらず、、(汗!)

  • ミシェル ドブレ広場(Plaza Michael Debre)<br /><br />フランスのランチタイムは日本の様に<br />12時には食べ始める!訳でもなく、、<br />まわりのお店の雰囲気は…<br />&lt; そろそろ ランチよね?!^ ^&gt;<br />観光客目当てのカフェレストラン、ピザ屋さんなどが沢山並んでいて<br /><br />&lt; さぁーて、、どのお店が良さそうかな?&gt;

    ミシェル ドブレ広場(Plaza Michael Debre)

    フランスのランチタイムは日本の様に
    12時には食べ始める!訳でもなく、、
    まわりのお店の雰囲気は…
    < そろそろ ランチよね?!^ ^>
    観光客目当てのカフェレストラン、ピザ屋さんなどが沢山並んでいて

    < さぁーて、、どのお店が良さそうかな?>

  • ミシェル ドブレ広場(Plaza Michael Debre)<br />ヴィンチ(Cafe Restaurant LE VINCI)<br /><br />   &lt; このお店に 決定♪ &gt;<br />◎ お店の雰囲気も良かったこと<br />  (すぐに準備できるよ!との案内^^)<br />◎ そそられる?ランチメニューあり<br />◎ 生ビールがあった(笑)<br /><br />スタッフの言葉通り、、テキパキとしたサービス、、<br />注文したお料理もサッと運ばれ、、<br /><br />ダンナと二人で<br />スターターの スモークサーモンサラダ と<br />ステーキをシェア♪<br />(雰囲気的にステーキが早く出来そうだった^^)<br /><br />観光客がメインのレストランでしたが<br />サラダもステーキも大変美味しくいただきました♪<br />沢山歩いたので、喉もカラカラ、、<br />ビールも美味しかった(笑)<br /><br />kuritchi達が入店した後、沢山のお客さんが入ってきて<br />お店は大賑わい!<br />混む前に入店、オーダー出来てラッキーでした(^^<br /><br />デザートにアイスクリーム<br />ダンナはお気に入りのエスプレッソもいただき<br />所要時間約40分、、<br />< やったね!! ><br /><br />正直、、 もう少しゆっくり頂きたかったのですけれどね、、<br /><br />

    ミシェル ドブレ広場(Plaza Michael Debre)
    ヴィンチ(Cafe Restaurant LE VINCI)

       < このお店に 決定♪ >
    ◎ お店の雰囲気も良かったこと
    (すぐに準備できるよ!との案内^^)
    ◎ そそられる?ランチメニューあり
    ◎ 生ビールがあった(笑)

    スタッフの言葉通り、、テキパキとしたサービス、、
    注文したお料理もサッと運ばれ、、

    ダンナと二人で
    スターターの スモークサーモンサラダ と
    ステーキをシェア♪
    (雰囲気的にステーキが早く出来そうだった^^)

    観光客がメインのレストランでしたが
    サラダもステーキも大変美味しくいただきました♪
    沢山歩いたので、喉もカラカラ、、
    ビールも美味しかった(笑)

    kuritchi達が入店した後、沢山のお客さんが入ってきて
    お店は大賑わい!
    混む前に入店、オーダー出来てラッキーでした(^^

    デザートにアイスクリーム
    ダンナはお気に入りのエスプレッソもいただき
    所要時間約40分、、
    < やったね!! >

    正直、、 もう少しゆっくり頂きたかったのですけれどね、、

  • 美味しいフランスらしいランチを素早くいただき、、<br />再集合場所のアンボワーズ観光協会(Tour De L&#39;horloge)へ、、<br />(1:20PM)<br /><br />(上) kuritchi達の目に留まったパティスリー<br />パティスリー ビゴ(Pâtisserie Bigot)<br /><br />(下) ここは確か…<br />ドライバーさんが言っていた 美味しいチョコレート屋さんだ、、<br /><br />お店の前を通り過ぎ、、、

    美味しいフランスらしいランチを素早くいただき、、
    再集合場所のアンボワーズ観光協会(Tour De L'horloge)へ、、
    (1:20PM)

    (上) kuritchi達の目に留まったパティスリー
    パティスリー ビゴ(Pâtisserie Bigot)

    (下) ここは確か…
    ドライバーさんが言っていた 美味しいチョコレート屋さんだ、、

    お店の前を通り過ぎ、、、

    パティスリー ビゴ カフェ

  • 5分あれば集合場所に着くと思っていたのに、予想より時間がかかるぞ!!<br />ゆっくり歩いている場合ではないですね、、<br /><br />あっという間に 集合時間(1:30PM)まで、あと5分!!<br />   < 急がねば!! >

    イチオシ

    地図を見る

    5分あれば集合場所に着くと思っていたのに、予想より時間がかかるぞ!!
    ゆっくり歩いている場合ではないですね、、

    あっという間に 集合時間(1:30PM)まで、あと5分!!
       < 急がねば!! >

  • アンボワーズの街を てくてく、、<br /><br />街のシンボルでもある 時計台(Tour De L&#39;horloge)も通り過ぎ、、

    イチオシ

    アンボワーズの街を てくてく、、

    街のシンボルでもある 時計台(Tour De L'horloge)も通り過ぎ、、

  • 他にも可愛いお店や<br />ロクシタンなど有名店(しかも 空いてる!)も、、<br /> <お土産 買いたかった!><br /><br />ショッピングも十分に楽しめそうな アンボワーズの街♪<br />時間がないのが 残念!

    他にも可愛いお店や
    ロクシタンなど有名店(しかも 空いてる!)も、、
     <お土産 買いたかった!>

    ショッピングも十分に楽しめそうな アンボワーズの街♪
    時間がないのが 残念!

  • 集合場所は車だと直ぐ近くでしたが<br />歩くと予想以上に時間がかかるね、、<br /> 最後は、、  走る、、 走る、、、<br /><br />結果、3分遅れ(1:33PM)で 集合場所に到着!<br /><br />やっぱり、観光とランチで2時間弱(1時間50分)は キツかった!<br />案内にはランチを含めて2時間15分と記されていましたが<br />最初に20分以上遅れてきた参加者がいたので<br />その遅れをランチの時間で調整されてしまったのよね、、<br /><br />< ランチを含めての時間なので、最低2時間は 欲しかった、、 ><br />         ブツブツ、、(^^;<br /><br /> 

    集合場所は車だと直ぐ近くでしたが
    歩くと予想以上に時間がかかるね、、
     最後は、、  走る、、 走る、、、

    結果、3分遅れ(1:33PM)で 集合場所に到着!

    やっぱり、観光とランチで2時間弱(1時間50分)は キツかった!
    案内にはランチを含めて2時間15分と記されていましたが
    最初に20分以上遅れてきた参加者がいたので
    その遅れをランチの時間で調整されてしまったのよね、、

    < ランチを含めての時間なので、最低2時間は 欲しかった、、 >
             ブツブツ、、(^^;

     

  • ともあれ、、<br />予定では1時過ぎにアンボワーズ城を出発しているはずのこのツアー、、<br />30分遅れでアンボワーズ城を出発です、、<br /><br />&lt;午後からも、、どうなる事やら、、(^^;&gt;<br /><br />(ロアール川の対岸に、見えるのはブロワの町)<br /><br />実は… <br />この後も 問題が、、(^-^;)<br /><br />(「☆ Bon jour FRANCE ☆ ~~Paris(パリ) から 足を伸して、、⑦ ~~ 【 シャンボール城(Château de Chambord )編 】 トゥール(Tours)を起点に ロワール川 古城巡り &lt;1日目・午後 &gt; 編 (3/17)」へつづく)<br />https://4travel.jp/travelogue/11335419<br />

    ともあれ、、
    予定では1時過ぎにアンボワーズ城を出発しているはずのこのツアー、、
    30分遅れでアンボワーズ城を出発です、、

    <午後からも、、どうなる事やら、、(^^;>

    (ロアール川の対岸に、見えるのはブロワの町)

    実は…
    この後も 問題が、、(^-^;)

    (「☆ Bon jour FRANCE ☆ ~~Paris(パリ) から 足を伸して、、⑦ ~~ 【 シャンボール城(Château de Chambord )編 】 トゥール(Tours)を起点に ロワール川 古城巡り <1日目・午後 > 編 (3/17)」へつづく)
    https://4travel.jp/travelogue/11335419

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