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東欧・バルカン半島4000キロドライブ旅行記は、第13部以降は後半部分に入ります。マケドニアのオフリドからスタートして、ギリシャ、アルバニア、モンテネグロ、クロアチア、コソボの6か国を二週間かけてレンタカーで周りました。最後はマケドニアのスコピエに戻って車を返し、その後にウィーンに立ち寄ってから日本に戻り、1カ月にわたる旅を無事終了。思いがけない絶景にも数多く出会い、自然や世界遺産の奥深さを感じることができました。<br /> 第29部は、二週間に及ぶバルカン半島ドライブの最後にコソボを訪れた時の記録です。(表紙写真は、ペヤ総主教修道院)。<br /><br />=日程=<br /><br />5月13日 成田―ウィーン(オーストリア航空)<br />5月13日 ー>ブラチスラバ(泊)<br />5月14日 ー>ブダペスト(泊)<br />5月15日~22日 ルーマニア周遊<br />5月23日~25日 ブルガリア周遊<br />5月26日~27日 マケドニア(オフリド)<br />5月28日~6月1日 ギリシャ(メテオラ、コルフ島)<br />6月2日~3日 アルバニア縦断<br />6月4日~7日 モンテネグロ周遊&クロアチア(ドゥヴロブニク)<br />6月8日~9日 コソボ~マケドニア(スコピエ)<br />6月10日 スコピエー>ウィーン(泊)

団塊夫婦の東欧/バルカン半島4000キロドライブ旅行(2015)ー(29)バルカン半島ドライブの最後はコソボへ

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2015/06/08 - 2015/06/09

15位(同エリア28件中)

miharashi

miharashiさん

東欧・バルカン半島4000キロドライブ旅行記は、第13部以降は後半部分に入ります。マケドニアのオフリドからスタートして、ギリシャ、アルバニア、モンテネグロ、クロアチア、コソボの6か国を二週間かけてレンタカーで周りました。最後はマケドニアのスコピエに戻って車を返し、その後にウィーンに立ち寄ってから日本に戻り、1カ月にわたる旅を無事終了。思いがけない絶景にも数多く出会い、自然や世界遺産の奥深さを感じることができました。
第29部は、二週間に及ぶバルカン半島ドライブの最後にコソボを訪れた時の記録です。(表紙写真は、ペヤ総主教修道院)。

=日程=

5月13日 成田―ウィーン(オーストリア航空)
5月13日 ー>ブラチスラバ(泊)
5月14日 ー>ブダペスト(泊)
5月15日~22日 ルーマニア周遊
5月23日~25日 ブルガリア周遊
5月26日~27日 マケドニア(オフリド)
5月28日~6月1日 ギリシャ(メテオラ、コルフ島)
6月2日~3日 アルバニア縦断
6月4日~7日 モンテネグロ周遊&クロアチア(ドゥヴロブニク)
6月8日~9日 コソボ~マケドニア(スコピエ)
6月10日 スコピエー>ウィーン(泊)

旅行の満足度
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
レンタカー
旅行の手配内容
個別手配
  • 第29部は、二週間に及ぶバルカン半島ドライブの最後の行程です。モンテネグロからコソボに入り、ペーヤを経て、首都プリシュティーナの手前で一泊。翌日、グラツァニツァ修道院に立ち寄り、その後マケドニアに入って、スコピエに泊まりました(写真は、セルビア正教のグラツァニツァ修道院)。

    第29部は、二週間に及ぶバルカン半島ドライブの最後の行程です。モンテネグロからコソボに入り、ペーヤを経て、首都プリシュティーナの手前で一泊。翌日、グラツァニツァ修道院に立ち寄り、その後マケドニアに入って、スコピエに泊まりました(写真は、セルビア正教のグラツァニツァ修道院)。

  • 上記地図の赤線がコソボ旅行記のルート。青線はそれまでのバルカン半島ドライブのルート。

    上記地図の赤線がコソボ旅行記のルート。青線はそれまでのバルカン半島ドライブのルート。

  • 6月8日(月)、朝食が7時からだったので、20分過ぎにレストランにいったが、先客があり、注文してから30分もたって、ようやく朝食が運ばれてきた。いくつかの朝食メニューから選んだのだが、量が多く塩分が強いハムを使うので食べきれない。パンはこの地方独特のパンでおいしかった。このホテルのレストランは町の社交場になっているようで、朝から多くの客が来ていた。9時25分にホテルを出て、国境へ向かう道を走った。遠くにきれいな山が見えスイスのような牧歌的風景が広がっていた。<br />

    6月8日(月)、朝食が7時からだったので、20分過ぎにレストランにいったが、先客があり、注文してから30分もたって、ようやく朝食が運ばれてきた。いくつかの朝食メニューから選んだのだが、量が多く塩分が強いハムを使うので食べきれない。パンはこの地方独特のパンでおいしかった。このホテルのレストランは町の社交場になっているようで、朝から多くの客が来ていた。9時25分にホテルを出て、国境へ向かう道を走った。遠くにきれいな山が見えスイスのような牧歌的風景が広がっていた。

  • 2000mを越えているような高い山だった。

    2000mを越えているような高い山だった。

  • 国境までの間に一カ所長めのトンネルを通過。暗いトンネルだった。<br />Turjak というスキー場のゲレンデの前を通過。ここもタンポポがきれいに咲いていた。遅い春だ。

    国境までの間に一カ所長めのトンネルを通過。暗いトンネルだった。
    Turjak というスキー場のゲレンデの前を通過。ここもタンポポがきれいに咲いていた。遅い春だ。

  • スキー場のレストランのような建物が建っていた。

    スキー場のレストランのような建物が建っていた。

  • さらに別の黄色い花が牧草地一面に咲いているのに出会った。ワイルドフラワーのようだった。<br />

    さらに別の黄色い花が牧草地一面に咲いているのに出会った。ワイルドフラワーのようだった。

  • 南アのナマクアランドを思い出す風景。

    南アのナマクアランドを思い出す風景。

  • Rozajeという町に入り2号線からコソボ国境へ向かう支線に右折して入った。ここから少しずつ高度を上げて行く。

    Rozajeという町に入り2号線からコソボ国境へ向かう支線に右折して入った。ここから少しずつ高度を上げて行く。

  • 町にはイスラム教のモスクが見られるようになった。

    町にはイスラム教のモスクが見られるようになった。

  • 山道を登ったところに出国管理事務所があった。スムーズに通過。

    山道を登ったところに出国管理事務所があった。スムーズに通過。

  • さらにこんな道を走り、コソボ入国事務所へ。

    さらにこんな道を走り、コソボ入国事務所へ。

  • 右手にはこんな山が迫るように聳えていた。Rusulja(2382m)と思われる。

    右手にはこんな山が迫るように聳えていた。Rusulja(2382m)と思われる。

  • 右手に上記の高い山を眺めながら山間部を下り、

    右手に上記の高い山を眺めながら山間部を下り、

  • コソボに入国。ちょっと緊張したがここもすんなり通過。

    コソボに入国。ちょっと緊張したがここもすんなり通過。

  • その後の長いヘアピンカーブの途中の眺めはすばらしかったので、車を止めてしばし撮影タイム。

    その後の長いヘアピンカーブの途中の眺めはすばらしかったので、車を止めてしばし撮影タイム。

  • はるか下のほうにコソボの大地が見えた。

    はるか下のほうにコソボの大地が見えた。

  • 向かい側の山肌にも道路が走っているのがみえるが、あそこを走るのはちょっときつそうだ。こちらの道もあちらから見ればこんなようなものかもしれないが。奥のセルビアの方角に聳える山はPogled(2155m)という山のようだ。

    向かい側の山肌にも道路が走っているのがみえるが、あそこを走るのはちょっときつそうだ。こちらの道もあちらから見ればこんなようなものかもしれないが。奥のセルビアの方角に聳える山はPogled(2155m)という山のようだ。

  • 何度もあらわれるヘアピンカーブ。

    何度もあらわれるヘアピンカーブ。

  • 徐々にコソボの大地が下に広がっているのが見えてきた。

    徐々にコソボの大地が下に広がっているのが見えてきた。

  • 拡大して

    拡大して

  • どんどん下る。

    どんどん下る。

  • ようやく下り終えてペーヤの手前で休憩したカフェ。入り口にコソボの国旗とともにアメリカの国旗も掲揚されている。

    ようやく下り終えてペーヤの手前で休憩したカフェ。入り口にコソボの国旗とともにアメリカの国旗も掲揚されている。

  • ペーヤの町に入って目立っていたのが、建設途中の建物だ。建設ラッシュだ。

    ペーヤの町に入って目立っていたのが、建設途中の建物だ。建設ラッシュだ。

  • 町の中央を突き抜ける道を走リ、町の西はずれにあるセルビア正教会の総主教座であるペヤ総主教修道院に向かった。両側も建設中の建物。

    町の中央を突き抜ける道を走リ、町の西はずれにあるセルビア正教会の総主教座であるペヤ総主教修道院に向かった。両側も建設中の建物。

  • 道の向こうには2500m級の険しい山並が。右に分かれる道を入らず直進したら行き止まってしまい、一方通行の道で渋滞している道を引き返し、なんとか正しい道に入れた。

    道の向こうには2500m級の険しい山並が。右に分かれる道を入らず直進したら行き止まってしまい、一方通行の道で渋滞している道を引き返し、なんとか正しい道に入れた。

  • 町はずれに長い塀がめぐらされたところを少し行き過ぎてしまい、急停止。Uターンして、人に聞いてみたらここが目指す修道院だということがわかった。監視員のいる小屋にパスポート(一人分だけ)を預け、バーを開けてもらった。ここはセルビア正教会の総主教座なので、セルビアにとっては重要な意味をもつところ。住民の多くがアルバニア人なので、その襲撃から守るために厳重な監視体制をしいているのだ。

    町はずれに長い塀がめぐらされたところを少し行き過ぎてしまい、急停止。Uターンして、人に聞いてみたらここが目指す修道院だということがわかった。監視員のいる小屋にパスポート(一人分だけ)を預け、バーを開けてもらった。ここはセルビア正教会の総主教座なので、セルビアにとっては重要な意味をもつところ。住民の多くがアルバニア人なので、その襲撃から守るために厳重な監視体制をしいているのだ。

  • 中に正門があった。

    中に正門があった。

  • 門をぬけ、このような長いアプローチを走り、駐車場に車を置き、入場。

    門をぬけ、このような長いアプローチを走り、駐車場に車を置き、入場。

  • 奥に写真で見覚えがある建物が見えた。

    奥に写真で見覚えがある建物が見えた。

  • バラもいまがみごろ。

    バラもいまがみごろ。

  • 古い修道院跡か?

    古い修道院跡か?

  • 修道院正面。赤い壁が印象的だ。

    修道院正面。赤い壁が印象的だ。

  • 修道院は三つの教会が繋がっていて、真ん中の聖使徒教会が一番古い。中のフレスコ画は見る価値ありだ。中は撮影禁止だ。

    修道院は三つの教会が繋がっていて、真ん中の聖使徒教会が一番古い。中のフレスコ画は見る価値ありだ。中は撮影禁止だ。

  • かすかに残るフレスコ画。

    かすかに残るフレスコ画。

  • 入り口の上にもフレスコ画が残されている。中で世界一周中のカップルに遭遇した。見覚えがあると思ったら世界一周中のカップルで世界ぽろり旅というブログを書いているブロガーだった。ヒッチハイクでモンテネグロからきたらしい。院内では話もできないのでその場で別れた。ふたりとも痩せていらしたので、過酷なヒッチハイクの旅で体をこわさないようにと願う。

    入り口の上にもフレスコ画が残されている。中で世界一周中のカップルに遭遇した。見覚えがあると思ったら世界一周中のカップルで世界ぽろり旅というブログを書いているブロガーだった。ヒッチハイクでモンテネグロからきたらしい。院内では話もできないのでその場で別れた。ふたりとも痩せていらしたので、過酷なヒッチハイクの旅で体をこわさないようにと願う。

  • 庭には月見草に似た花が咲いていた。月見草にしては花が大きい。

    庭には月見草に似た花が咲いていた。月見草にしては花が大きい。

  • 修道僧の宿舎。

    修道僧の宿舎。

  • 庭を一巡りして見学を終えた。

    庭を一巡りして見学を終えた。

  • 修道院の外はきれいな川が流れていた。この川の先はルゴヴァ渓谷になっている。

    修道院の外はきれいな川が流れていた。この川の先はルゴヴァ渓谷になっている。

  • 最後に監視小屋にいる係員からパスポートを受け取り、9号線に出て、プリシュティーナ方面に向かった。

    最後に監視小屋にいる係員からパスポートを受け取り、9号線に出て、プリシュティーナ方面に向かった。

  • 町はずれのガソリンスタンドでガソリンを補給しがてら、トイレ休憩。ガソリン代は、これまでの国の中では、ここコソボが最も安かった。

    町はずれのガソリンスタンドでガソリンを補給しがてら、トイレ休憩。ガソリン代は、これまでの国の中では、ここコソボが最も安かった。

  • きれいな山並みを眺めながら走る。

    きれいな山並みを眺めながら走る。

  • 9号線を走っているとき、ちょうど下校時の中学生を見かけた。後姿がなんともファッショナブルだった。このような光景からはあの暗い歴史があったなんて想像もできない。

    9号線を走っているとき、ちょうど下校時の中学生を見かけた。後姿がなんともファッショナブルだった。このような光景からはあの暗い歴史があったなんて想像もできない。

  • 小学生もかわいい。

    小学生もかわいい。

  • 道沿いは花いっぱい。

    道沿いは花いっぱい。

  • コソボの独立を求めてユーゴスラビア、セルビアを相手に1999年まで武装闘争をしたアルバニア人組織U・C・K(コソボ解放軍の略称)の記念碑か?<br />

    コソボの独立を求めてユーゴスラビア、セルビアを相手に1999年まで武装闘争をしたアルバニア人組織U・C・K(コソボ解放軍の略称)の記念碑か?

  • ペヤから30キロくらいまでは片側一車線の一般道だったが、途中から高速道路になり、快調に走行。

    ペヤから30キロくらいまでは片側一車線の一般道だったが、途中から高速道路になり、快調に走行。

  • プリスティーナの市街地が遠くに見えてきた。ホテルが右側にあるとばかり思っていたが見つからず、反対側にあるのを見つけた。簡単に高速から下りれないので、かなり走ってから反対側に降りる道に出れた。

    プリスティーナの市街地が遠くに見えてきた。ホテルが右側にあるとばかり思っていたが見つからず、反対側にあるのを見つけた。簡単に高速から下りれないので、かなり走ってから反対側に降りる道に出れた。

  • なんとか無事にホテルにチェックイン。スウィートルームに通された。時刻は2時半。今日はゆっくりできそうだ。

    なんとか無事にホテルにチェックイン。スウィートルームに通された。時刻は2時半。今日はゆっくりできそうだ。

  • 夕食はホテルのレストランで。まずは地元のペヤ産のビール。おいしかった。

    夕食はホテルのレストランで。まずは地元のペヤ産のビール。おいしかった。

  • 野菜スープ。

    野菜スープ。

  • 私のメイン。

    私のメイン。

  • 主人のメイン。ソースが美味しかった。いずれも半分ずつ分け合って食べてそれでも多い。これだけ頼んで12ユーロ(一人800円程度だ)。あまり安いのでチップを多めに置いてきた。<br />今日一日の走行距離は162キロ。総走行距離3904キロ。

    主人のメイン。ソースが美味しかった。いずれも半分ずつ分け合って食べてそれでも多い。これだけ頼んで12ユーロ(一人800円程度だ)。あまり安いのでチップを多めに置いてきた。
    今日一日の走行距離は162キロ。総走行距離3904キロ。

  • 6月9日(火)、7時半すぎに下のレストランで思いがけずおいしい朝食を食べることができた。いくつかの選択肢の中から少な目のものを選んだのだが、当たりだった。わたしが選んだのがこのあたり定番のオムレツ。なかなかおいしかった。

    6月9日(火)、7時半すぎに下のレストランで思いがけずおいしい朝食を食べることができた。いくつかの選択肢の中から少な目のものを選んだのだが、当たりだった。わたしが選んだのがこのあたり定番のオムレツ。なかなかおいしかった。

  • 主人の選んだオープンサンド。

    主人の選んだオープンサンド。

  • レストラン内。駐車場が広いので立ち寄る客も多い。

    レストラン内。駐車場が広いので立ち寄る客も多い。

  • 泊ったホテル。隣がガソリンスタンド。コソボはガソリンも周辺国に比べて安かった。ホテルの部屋もスウィート(寝室と居間とバスルーム)で40ユーロ。もちろん直前予約だから、割引されているが。

    泊ったホテル。隣がガソリンスタンド。コソボはガソリンも周辺国に比べて安かった。ホテルの部屋もスウィート(寝室と居間とバスルーム)で40ユーロ。もちろん直前予約だから、割引されているが。

  • チェックアウト後、セルビア人居住区にあるグラツァニツァ修道院に向かう。9号線からそれらしき道に入ると、バザーの真っただ中に入りこみ、渋滞。

    チェックアウト後、セルビア人居住区にあるグラツァニツァ修道院に向かう。9号線からそれらしき道に入ると、バザーの真っただ中に入りこみ、渋滞。

  • 渋滞を抜け出して、そのまま走ると、なんと元来た道(9号線)に戻ってしまった。

    渋滞を抜け出して、そのまま走ると、なんと元来た道(9号線)に戻ってしまった。

  • しかたなく9号線をそのまま走り、プリシュティーナの町に入ってから、2号線に入り、スコピエ方面に向かって走る。

    しかたなく9号線をそのまま走り、プリシュティーナの町に入ってから、2号線に入り、スコピエ方面に向かって走る。

  • 2号線からグラツァニツァに分かれる分岐点が一向に現れないので、途中で停止して地図を見ると、すでに分岐点は通り過ぎていた。あきらめてスコピエに直行しようかと思ったが、ここから左に入る道を行くとグラツァニツァまで行けそうだったので、その道に入ってみた。しばらく走り、何人かの人にこの道でいいかどうか確かめたら、まっすぐ行けばいいと教えてくれた。しばらく先へ行ってみることにした。<br />(注)2号線から直接グラツァニツァに行くには、いったん2号線の側道に入ってから分かれるようになっていた。表示もPrizrenとしか出ていないので、カーナビがないと、グラツァニツァに行き着くのはまず無理だろう。

    2号線からグラツァニツァに分かれる分岐点が一向に現れないので、途中で停止して地図を見ると、すでに分岐点は通り過ぎていた。あきらめてスコピエに直行しようかと思ったが、ここから左に入る道を行くとグラツァニツァまで行けそうだったので、その道に入ってみた。しばらく走り、何人かの人にこの道でいいかどうか確かめたら、まっすぐ行けばいいと教えてくれた。しばらく先へ行ってみることにした。
    (注)2号線から直接グラツァニツァに行くには、いったん2号線の側道に入ってから分かれるようになっていた。表示もPrizrenとしか出ていないので、カーナビがないと、グラツァニツァに行き着くのはまず無理だろう。

  • すると、両側がお花畑になっていて、眺望がいいところに出た。車を止めて、しばし撮影。

    すると、両側がお花畑になっていて、眺望がいいところに出た。車を止めて、しばし撮影。

  • 右側は遠くに一つ山があるだけ。ここはほんとうに美しいところだった。

    右側は遠くに一つ山があるだけ。ここはほんとうに美しいところだった。

  • 反対側の眺め。

    反対側の眺め。

  • 遠くにプリシュティーナの市街地を望む。

    遠くにプリシュティーナの市街地を望む。

  • 望遠で市街地をやや拡大して。

    望遠で市街地をやや拡大して。

  • 南側にはアルバニアとの間に聳える峰々が。手前にはけしの群生。

    南側にはアルバニアとの間に聳える峰々が。手前にはけしの群生。

  • 美しい畑地の中を北上するとようやくグラツァニツァの町に到着。広場には騎馬像が。ここまで来る途中、修道院の表示は全く出ていなかった。アルバニア人とセルビア人の感情的対立も関係しているかもしれない。

    美しい畑地の中を北上するとようやくグラツァニツァの町に到着。広場には騎馬像が。ここまで来る途中、修道院の表示は全く出ていなかった。アルバニア人とセルビア人の感情的対立も関係しているかもしれない。

  • 駐車したところは修道院の裏手だったので、写真の正門へは塀に沿って歩かなけれはならなかった。

    駐車したところは修道院の裏手だったので、写真の正門へは塀に沿って歩かなけれはならなかった。

  • 修道院の人に聞いたら、入場無料とのこと。パスポートを預けると何かに書かれていたが、その必要もなかった。グラツァニツァ修道院正面で記念撮影。

    修道院の人に聞いたら、入場無料とのこと。パスポートを預けると何かに書かれていたが、その必要もなかった。グラツァニツァ修道院正面で記念撮影。

  • 入り口を入ったところ。

    入り口を入ったところ。

  • 同じく受付の横のフレスコ画。幸い誰も見学しておらず、ゆっくり中を見ることができた。相変わらず聖人たちの絵で埋め尽くされていた。内部は撮影禁止。最初知らずに入り口を撮影してしまった(すみません)。

    同じく受付の横のフレスコ画。幸い誰も見学しておらず、ゆっくり中を見ることができた。相変わらず聖人たちの絵で埋め尽くされていた。内部は撮影禁止。最初知らずに入り口を撮影してしまった(すみません)。

  • ルーマニアのクルテアの修道院によく似て、美しい建物だ。プリシュティーナの東約10キロのところにあるセルビア人居住区の中にあり、コソボの中世建造物群のひとつとして、昨日訪れたペヤ総主教修道院とともに世界遺産に登録されている。

    ルーマニアのクルテアの修道院によく似て、美しい建物だ。プリシュティーナの東約10キロのところにあるセルビア人居住区の中にあり、コソボの中世建造物群のひとつとして、昨日訪れたペヤ総主教修道院とともに世界遺産に登録されている。

  • 横からの眺め。

    横からの眺め。

  • 反対側。

    反対側。

  • 塀の外にはカフェや土産物屋が軒を連ねていたので、その中にあるカフェで休憩。周りの雰囲気は平和そのものだったが、そこから見える塀の上に鉄条網が張られていた。おそらくアルバニア人の襲撃に備えたものだろう。

    塀の外にはカフェや土産物屋が軒を連ねていたので、その中にあるカフェで休憩。周りの雰囲気は平和そのものだったが、そこから見える塀の上に鉄条網が張られていた。おそらくアルバニア人の襲撃に備えたものだろう。

  • カフェで休憩後、M2に乗り、マケドニアとの国境を目指した。遠くアルバニアの美しい山並みが眺められた。

    カフェで休憩後、M2に乗り、マケドニアとの国境を目指した。遠くアルバニアの美しい山並みが眺められた。

  • ひときわ高い山はLjuboten(2496m)。コソボで7番目に高い山だ。この山がずっと見え続ける。<br /><br /><br />

    ひときわ高い山はLjuboten(2496m)。コソボで7番目に高い山だ。この山がずっと見え続ける。


  • 国境はそんなに山奥でもなく高い山の上でもなく、町はずれにあり、国境通過に出入国合わせて10分もかからなかった。

    国境はそんなに山奥でもなく高い山の上でもなく、町はずれにあり、国境通過に出入国合わせて10分もかからなかった。

  • マケドニアに入り、M3をスコピエ目指して走る。

    マケドニアに入り、M3をスコピエ目指して走る。

  • スコピエの町に入ったとたん反対車線が渋滞していた。

    スコピエの町に入ったとたん反対車線が渋滞していた。

  • スコピエは、コソボの首都プリシュティーナから75キロくらいしか離れていなかった。宿は市内のはずれにあり、少し小高いところに建っている、テニスコート4面付のゲストハウスだった。

    スコピエは、コソボの首都プリシュティーナから75キロくらいしか離れていなかった。宿は市内のはずれにあり、少し小高いところに建っている、テニスコート4面付のゲストハウスだった。

  • テニスコートそばのテラスからは、スコピエの市街地が見下ろせた。<br />

    テニスコートそばのテラスからは、スコピエの市街地が見下ろせた。

  • 上の写真に写っている向かいの山の上に建つ大きな十字架。ミレニアムクロスといい、高さは66m。その名の通り西暦2000年を記念して建てられた。十字架の右横には、パラグライダーが小さく写っている。<br />

    上の写真に写っている向かいの山の上に建つ大きな十字架。ミレニアムクロスといい、高さは66m。その名の通り西暦2000年を記念して建てられた。十字架の右横には、パラグライダーが小さく写っている。

  • テラスはレストランにもなっていた。まずはビールで一息入れる。

    テラスはレストランにもなっていた。まずはビールで一息入れる。

  • テニスコートでは、ちびっこのテニス教室も行われていた。

    テニスコートでは、ちびっこのテニス教室も行われていた。

  • 夕食のカレー味の鳥のソテー。他にピザも。どちらもおいしかった。<br />今日一日の走行距離は132キロ。オフリドでの借り出しから始まったバルカン半島ドライブの走行距離は、今日13日目までで、2196キロだった。これまでの総走行距離は4036キロで、ついに4000キロを超えた。明日スコピエの空港で車を返却すれば、14日間のマケドニア・ギリシャ・アルバニア・モンテネグロ・クロアチア・コソボ・(マケドニア)の6か国を巡るドライブ旅行を終了することになる。その後はウイーンに向かう予定だ。

    夕食のカレー味の鳥のソテー。他にピザも。どちらもおいしかった。
    今日一日の走行距離は132キロ。オフリドでの借り出しから始まったバルカン半島ドライブの走行距離は、今日13日目までで、2196キロだった。これまでの総走行距離は4036キロで、ついに4000キロを超えた。明日スコピエの空港で車を返却すれば、14日間のマケドニア・ギリシャ・アルバニア・モンテネグロ・クロアチア・コソボ・(マケドニア)の6か国を巡るドライブ旅行を終了することになる。その後はウイーンに向かう予定だ。

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