2014/09/27 - 2014/09/29
411位(同エリア1017件中)
kojikojiさん
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- 旅行記1760冊
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- Q&A回答73件
- 3,461,840アクセス
- フォロワー169人
ハノイ経由のベトナム航空便でヤンゴンに到着した後は慌ただしく、買い物に出たり、レストランに行ったり、ホテルのバーで飲んだりと気がついたら日付が変わっていました。ベットでウトウトしているうちに午前3時にモーニングコールの電話が鳴り、3時半には朝食ボックスが部屋に届けられ、ロビーでコーヒーを飲んでいるとお迎えが来て空港に向かいます。前日から始まった分刻みのスケジュールは旅が終わるまで続くことになりました。本当だったら2週間くらいかけたかった旅程を10日に詰めた結果ですが、とても充実した旅でした。迎えに来てくれたヘイン君に翌週末にも迎えを頼もうと思ったけれど、これ以上時間に縛られるのも嫌だったので空港で記念に写真を撮ってお別れしました。国内線の空港では航空会社名を伝えると係員のお兄さんたちが荷物を運んでくれました。カウンターごとに大きな秤が置いてあるのが面白かったです。今回はエアー・バガンだったので蓮の蕾をデザインしたシールを胸に貼ってもらいセキュリティーを通ります。ミャンマーの国内線は液体の規制が無いようで、ペットボトルの水は自由に持ち込めました。ミャンマーを旅していて思ったのは、大抵の旅行者はヤンゴンからバガンとマンダレーとインレー湖を周遊するので、訪問先の観光地で再会することです。サイゴンからハノイに向かってシンカフェのバスで旅すると必ず同じバスに数人顔見知りが出来るのと同じです。バンコクのカオサンにいた連中がシェムリアップのバーストリートでも沈没しているような…。
バガン遺跡のあるニャウンウー空港までは約1時間のフライトでしたが、CAさんが美人揃いでびっくりしました。ほとんど黒木メイサとショートカットの森泉みたいな女性ばかりです。このままマンダレーからヘーホーまで一緒に行ってしまおうかと思ったくらいです。朝食をいただきながらそんなことを考えました。ニャウンウー空港ではPLG社にお願いしていたガイドのテーイさんと合流して、空港に設けられた入域料金1人15ドルを支払います。観光案内所もあり日本人の男性がいたのでビックリしました。ニューバガンで旅行会社を経営されているとの事でした。バガンは妻の希望で冷房の効いた車をお願いしていたので快適に観光が始まります。この後のマンダレーもインレー湖もそうでしたが、日本の中古車をとても大事に使っているのが感じられました。車に乗る度にETCカードの「カードが挿入されていません。」とアナウンスがあって笑ってしまいます。空港から最初に行ったのはニャウンウー市場でしたが、とても大きくビックリしました。もっと雑多で混沌とした市場を想像していたのですが、整然としていてここで売っているものを食べても大丈夫だなと感じました。市場での目的はロンジーを買う事でした。男性用のロンジーは「パソー」、女性用のロンジーは「タメイン」と呼ばれますが、妻は観光客向けの紐付きを買いました。ここで買ったパソーをほとんどずっと穿いていましたが、お蔭で今回の旅は洗濯物が少なくて済みました。続いて「シュエズィゴンパゴダ」と「チャンシッターウミン」を参拝します。旅行前は砂絵についてあまり良い印象を持っていなかったのですが、「チャンシッターウミン」の境内で売っていた物はクオリティが高く感じました。2日間でいろいろな砂絵を見ましたが、ここの物が1番良かったです。自分の勘を信じて1枚買っておいて良かったです。「ティーローミィンロー寺院」と「アーナンダ寺院」までが午前中の観光でしたが、日本の新聞にも取り上げられた写真家の方に出会えたり有意義な観光でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 船 タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ベトナム航空 バガン航空
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前の晩にホテルまで送ってくれて、午前4時半に「ストランドホテル」へ迎えに来てくれたタクシードライバーのヘイン君と記念写真を撮りました。本当はインレー湖から戻ってからも会いたかったけど…。ここでお別れです。
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国際線ターミナルのすぐ脇に国内線のターミナルがあります。まだ午前5時過ぎだというのに異様に混雑しています。
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昨晩ホテルで現地旅行会社のPLG社から受け取った航空券でチェックインします。最初のバガンまでの便はPLG社でリコンファームしてくれますが、以降の便のリコンファームは自分たちで行いました。
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寝ぼけていて妻の顔が2つに見えたと思ったら大きな重量計でした。1つ1つの荷物を計るのでちょっと緊張します。大昔に祖母が伊豆大島まで飛行機で行って、三原山や海岸で小石を拾ったそうです。帰りの飛行機に乗る前に体重計が置いてあって、全員が秤に乗ったそうです。そこで着物の袂に入れてあった小石を捨てたという笑い話を思い出しました。
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搭乗券を受け取ってセキュリティに進みます。荷物の引換券は必要ですので失くさないようにしなければなりません。ヤンゴンからニャウンウー間は指定席でしたが、それ以降は自由席でした。セキュリティは液体の持ち込みについては規制が無いようでミネラル・ウォーターの大きなボトルもOKです。
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イチオシ
1階の待合スペースは混んでいますが2階の席はガラガラです。2階には喫茶店も2軒あります。多くの便が午前6時から7時に集中していますが、ヤンゴン空港は案内の放送もあるので2階にいても乗り遅れることは無いでしょう。
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今回の国内線はエア・バガンでした。ヤンゴンからニャウンウー(バガン)そしてマンダレーからヘーホー(インレー湖)、最後にヤンゴンと周回している便を区画ごとに順番に乗り継いでいる訳です。最初のヤンゴンは始発の午前6時20分と早い時間ですが、以降はだんだん遅くなる訳です。
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ただ、バガンは町から空港が近いのですが、マンダレーもヘーホーも空港まで1時間くらいかかるので、早朝の出発になるのは変わりありません。世界中の人が考えることは一緒なので、同じ飛行機に乗っていた人とは数日後にまた空港で再会することになります。
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イチオシ
ヤンゴン空港を定刻に離陸するとそのまま北へ向かいます。空から見るとヤンゴンは緑の色濃い綺麗な街です。ラングーンと呼ばれていた頃と町並みは変わっていないのではないでしょうか。
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約1時間20分のフライトですが、飲み物のサービスに続いて朝食も出てきます。
驚いたのはCAさんがすごい美人揃いという事です。この便には少しお化粧の濃い黒木メイサとショートカットにした森泉のような女性でした。ニャウンウーで降りないでそのままマンダレーとヘーホーまでご一緒したい気分でした。でもよく考えたらルートは1つしかないので数日後にまた会えると思いました。残念でしたがローテーションもあるようで、その後は黒木メイサにしか会えませんでした。 -
窓からの景色は乾燥した台地が続きますが、カンボジアとも違った厳しさを感じます。
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エーヤワディー川に沿って北上するような飛行ルートです。川の傍は緑が多いように思えますが、少し外れると乾燥した台地が広がります。
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イチオシ
ニャウンウー空港へは真南から向かうため、向かって左側の座席に座るとニューバガンからオールドバガンの寺院を眺めることが出来ます。
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まるで380ドルの気球に乗ったような気分です。今回の旅で利用した国内線の料金を合算しても380ドルには及びませんから、バガン遺跡の気球の料金は高いですよね。以前トルコと北キプロスを1か月旅して総額28万円かかりましたが、180ドルはカッパドキアの気球代金でしたから。
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写真を撮るなら左側の窓側の座席は必須ですが、エンジンより前の座席がモア・ベターです。排気ガスの熱で空気が揺らぐので肝心の遠景になる寺院がボケてしまいます。
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小さな空港なのでお客はタラップを降りた後歩いてターミナルに向かいます。出口前の受取りスペースで荷物を待ちますが、全て人力なのでチップをあげたくなります。表に出るとガイドさんが待っていてくれました。バガンではテーイさんと言う男性ガイドさんで、バガンの日本語ガイドは彼を含めて6人しかいないそうです。
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空港では入域料を徴収するカウンターで1人15ドル払います。カンボジアのアンコール遺跡群と同じシステムですが、写真を撮影したりの手間やコストは省かれています。郵便を出す場合の切手も空港で売っていますが、日本までの絵葉書500チャットに対し600チャットで販売しています。これは街中でも一緒なので、郵便局に行って直接窓口で買う以外はどこでも手数料が必要みたいです。案内所もありニューバガンでサラトラベルという旅行会社を営む橋本さんと言う男性にもお会いしました。
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以前アンコールの遺跡群を1週間以上かけて廻ったことがありました。旅行前は1日15ドルのトゥクトゥクをチャーターしようと考えていましたが、先に行ったハノイであまりに暑くて、到着前に妻と話し合ってタクシーに変更しました。15ドルが30ドルに変っただけでとても快適で体力的にも非常に楽でした。今回もそのことを思い出して専用車で廻ることにしました。
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最初は空港に近い「ニャウンウーの市場」の観光から始まります。東南アジアの市場はいろいろ見て廻っていますが、ここの市場はとても大きく興味深い物がたくさんありました。
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こういう時はガイドさんがいるといろいろ教えてくれるので助かります。手前の葉っぱは炒めてもスープに入れても苦かったです。美味しいものの記憶より苦みを伴った記憶の方が強く残るようです。ベトナムでよく食べるドクダミの味も何年経っても鮮烈に蘇ります。
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イチオシ
小さいトマトはインレー湖から来たものでしょうか。国内消費のかなりのウェイトを占めていると聞きました。青いトマトは地方へ出荷して赤いトマトは近隣へ出荷するそうです。
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ミャンマーのタケノコは支那竹の大きなものみたいです。
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昔は日本でもよく見掛けた「よろずや」スタイルのお店はアジアではまだまだ健在です。
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イチオシ
トタン屋根の隙間から差し込む光と、光によって出来る暗闇が心に何かを訴えかけます。
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キンマ売りのお姉さんはお客が来ないので手持無沙汰なようです。キンマは胡椒科のつる植物で日陰を好むそうで、葉は朝摘まれて芳香を保つ為に日に当たらないようにして保存するそうです。一体どれだけの時間を費やせばこのように葉っぱを並べられるのでしょう。
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砂糖黍に玉葱にニンニクに竹筒ごはんが並んでいます。東南アジアではおなじみの食材です。玉葱とニンニクはとても小さいですが味は鮮烈です。
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日本よりお米の種類や味にこだわりがあるようです。この辺りは小売りより問屋的な大きめの店が多いように思えました。しかし市場の敷地は広いです。
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小坊主さんは買い物なのか托鉢なのか…。空港を出発したのが午前9時前ですが、午前3時起きで行動しているのでもう1日の半分くらいが過ぎた感覚です。
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魚屋に並ぶのは鯉やハクレンなどの川魚がほとんどです。エーヤワディー川水系で獲れたものでしょうね。魚や肉を売っているエリアでも思ったより匂いも無く、ディープな感じはありません。
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どうもこういう店構えに惹かれてしまいます。観光などせずに自分で店番してみたい衝動に駆られますが、値段覚えられないから雇ってもらえないでしょう。
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少し大きめの店でロンジーを買う事にします。市場の中でも無理矢理に売ろうとする人もいるので注意が必要です。ロンジーは筒状の衣類で男性用は「パソー」、女性用は「タメイン」と呼ばれるそうです。男性用は柄などに選択肢が少ないのですが、女性用は種族によっても伝統柄があるので買い物していても楽しそうです。
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東南アジアを旅していると妻の輪郭がおぼろげになってくることがありますが、ミャンマーに来てまだ24時間も経っていないのに見失いそうです。アジアのおばちゃんはどこも共通です。チェンマイで買ったタイパンツも涼しいですが、タメインはもっと涼しかったそうです。もちろん私のほうも非常に快適でした。
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生地だけ買った場合は近所に仕立て屋のおばちゃんがいるので大丈夫です。子供の頃は母がこんな足踏みのミシンで洋服を作ってくれたものです。ミャンマーは懐かしい気持ちにさせてくれる国です。
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懐かしい気持ちにさせるのは日本で使われなくなった車や機械や道具がこの国に渡って現役で活躍しているからだと思います。
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ずっと彷徨い歩いていたい気持ちにさせる市場でした。
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イチオシ
こんなドブ板ももう日本では見掛けません。小学生の頃の通学路に赤坂の和菓子屋さんの工場がありました。当時は工場で出た小豆の煮汁をそのままドブに流していたのだと思います。冬になると湯気と共に煮汁の匂いが漂い、その匂いを嗅ぎ過ぎて羊羹を見るとドブを思い出して食べられなくなりました。
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ミャンマーの料理はインドと中国の影響を受けていますが、大量の油を使う事でも知られています。主に菜種油と胡麻油だそうですが、上質の菜種油は量が多くても全く気になりませんでした。
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このバガンの市場に来ただけでミャンマーという国を少し理解できたような気がしました。
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イチオシ
日本だと1合2合と計りますが、ミャンマーだと英国に習った経緯があるのでポンドヤード法に則って計るのでしょうか。それとも伝統的な「ペイタ」(1ペイタ=1600g)が通用しているのでしょうか。
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ベトナムではおばさん2人とアヒルが1羽いれば市場になると聞きましたが、それは東南アジアのどこの国も同じようです。
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今回の10日間の旅はトマトばかり食べていた旅だったような気がします。それくらいミャンマーのトマトは美味しかったです。
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おばちゃんの背中にカメラを構えた自分の姿が写り込んでしまいました。
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イチオシ
この笊3つとジャガイモひと山で今日の生活が成り立つのだろうか心配になってしまいます。
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懐かしいタナカも売っています。昨年の北部タイの旅行でタチレイへは行っていましたので、ミャンマーは正確には2回目です。お寺の売店のおばちゃんにタナカを塗ってもらい、タイに戻る国境で落とさなくて大丈夫かと思いましたが、何も言われませんでした。それよりも空路で入国して30日あった滞在期間が陸路入国になって15日に短縮されて危ないことになりましたっけ。
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イチオシ
日本の中古車の多いミャンマーですが、中国でも見掛けなくなった不思議なトラックたちもここへやって来ていました。多分雲南省から陸路を走って来たのでしょうね。
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シュエズィゴン・パゴダから寺院参拝が始まります。十数年前のアンコール遺跡から始めた母の写経を旅先の寺院へ納めるという習慣があって、ボロブドゥール遺跡とここバガンで世界三大仏教遺跡制覇になります。
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お土産物屋の並ぶ参道を進みますが、特に声を掛けられるでもなく穏やかに参拝できます。
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「アーナンダ寺院」と並んでパガン王朝を代表する建築物だそうです。11世紀にパガン王朝の創始者アノーヤターと3代目の国王チャンシッターによって建立され、ビルマ式パゴダの原形にもなったそうです。「シュエ」はビルマ語で「金」でズィーゴンは「砂の河岸」を意味するそうです。
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パゴダの四方にはお堂が建ち、1体ずつ立ち姿の仏像が安置されています。4体の仏像は「過去四仏」を表現しているそうです。東はこのコーナーガマナ仏(倶那含牟尼仏)で西は釈迦牟尼仏(釈迦如来)、南はカッサパ仏(迦葉仏)で北はカクサンダ仏(倶留孫仏)だそうです。
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18世紀末にコンバウン王朝のシンビューシンにより、2度目の大規模な修復工事が行われ、パゴダの頂上に金色の傘蓋(ティ)が載せられたが、1975年に起きた地震によってティは外れてしまったそうです。
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パガン王朝期に制作された木彫りの扉が保管されていました。長い期間にわたって保存のために油が塗られたそうです。
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このパゴダには9つの不思議がありその1つがこの大きなChayarの樹です。もう1つのKhayeyの樹と共に1年中花が咲き続けるそうです。
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通常は1か月から2か月しか咲かない花だそうです。特に美しいものではありませんでしたが。周囲には参拝者が自由に飲める水瓶が並んでいますが、やわな日本人が飲んだらイチコロでしょうね。
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イチオシ
アメリカ人の友人が30年近く前にミャンマーを旅したときの話です。当時はタイからインドへ抜けるための通過の1週間しか滞在できなかったそうです。ある日の早朝に長距離移動のためにバスに乗ったそうです。屋根の上に乗ったらそれは快適だったそうです。ただ数時間後に、彼の例えによると「ヘアードライヤを口に突っ込まれた」状態になったそうです。そして村の外れでバスは故障したそうです。脱水症状で死を感じていましたが、ミネラルウォーターはすでにありません。そして村に行くと他のミャンマー人は大きな甕の水を飲み始めたそうです。彼が甕を覗いたところ「この水を飲んだら死ぬ。」と思ったそうです。どちらにしろ死ぬならと覚悟して水を飲んだのですが、その時体内に入った寄生虫かは一生涯駆除できないそうで、ずっと薬を飲み続けていると言っていました。今はNYに帰ってしまった友人の事を思い出しました。
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1059年にアノーヤターによって起工され、土台は完成したものの彼の死によってパゴダの建立は中止されます。チャンシッターの時代に工事が再開されます。パガン近郊のツゥン・ウィン山の石材を使用して造られた証が一部の仕上げを取り除いてあるので見ることが出来ます。バガンでも石を積んだパゴダは数少ないそうです。その上にはジャータカ(釈迦の前世)の物語である本生譚を描いた陶器の板が埋め込まれています。
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パゴダの中には釈迦の歯(仏歯)と骨(仏舎利)が奉納されているそうです。
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お供え用の花を運ぶおばちゃんは貫録です。京都の白川女とはあまりにもかけ離れたお姿です。
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本生譚を描いた陶板がぐるりと嵌め込まれています。青い空に黄金色のパゴダが美しく映えます。マルコポーロは日本へは到達しませんでしたが、バガンには来ています。その時に黄金のパゴダは無かったのでしょうか。日本よりよっぽど「黄金の国」を感じます。
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パゴダ南西のお堂には2体のナッ神が納められています。上の段の小さい方が子供で、下段の大きい方が父が父親です。何故かと言うと父親より子供の方が先に亡くなったので神様になったのは子供の方が先だからです。仕事についての願いが叶うと言われているそうです。
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パゴダの周囲を時計回りに参拝しますが、床の石が日に焼けてとても熱いです。ミャンマーの寺院は靴は当然靴下も許されないので足の裏を火傷しそうです。特に敷石の無い煉瓦だけの通路は危険です。
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東側の床石の窪みにパゴダが綺麗に映ると良いことがあるそうです。微妙な写り込みですが最高の旅行が出来ました。
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統一感の無い遊園地のような境内です。今回面白く感じたのは1900年代に建てられたアールデコ風の建物です。各地でたくさん見られたそんな建物に最初に出会ったのはこの寺院でした。
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ビルマ族の最初の王朝であるパガン王朝の最初の王アノーヤターが宮廷から放った象が最初にしゃがみ込んだ場所に建立されたとされるのがこのシュエズィゴン・パゴダです。参道には寺院の由来を描いた絵がたくさん並んでいました。
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そんな参道で絵葉書を売るおばさんがいました。生き別れた妻によく似ています。可哀そうだから全部買ってあげましょう。
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タナカの店も売っているものも店自体も全部木で出来ています。
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お買い物途中のおばさんです。おしゃれなテープバックはこの大きさだと1500チャットくらいです。このバックを気に入った妻は旅の終わりのヘーホーの市場で大量に購入していました。ベトナムで買うよりめちゃくちゃ安いです。
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「チャンシッターウミン」へ移動します。ここには古い壁画があるのですが、ほとんど真っ暗なうえに撮影は禁止になっています。入口のおばあさんが懐中電灯を貸してくれます。チャンシッターはバガン王朝の3代目の王様の名前で、ウミンは洞窟を意味する言葉だそうです。壁画にはモンゴルの兵隊の姿があったり須弥山が描かれていたりします。
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ウリヤンカダイによる大理の征服の後にモンゴル帝国とパガン朝は国境を接するようになっています。クビライはさらなる領土の拡張を目指し、周辺の国々に入貢と臣従を求めます。パガン王朝のナラティーハパテ王は初めて使者が来た時これを拒絶し、再び使者が訪れた時にはこれを処刑してしまいます。この侮辱的行動に対しクビライはすぐには行動を起こしませんが、バガン王朝がタイ系の諸族に対し報復攻撃をしかけたことによりモンゴル軍は軍事行動を起こします。
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パガン軍が前線に配置した戦象部隊にモンゴル軍の騎馬隊は立ち向かうことができなかったそうです。この戦闘の経過についてマルコ・ポーロが「東方見聞録」の中で詳細に書き残しているそうです。時代が違うのでフレスコ画は後年になって描かれたのでしょうか。
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フレスコ画も良かったのですが、入口で売っている砂絵に目が留まりました。4トラの先人に方のコメントでは「デザインが同じ」などとあまり良い情報は無かったので買わないであろうと思っていました。
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確かに同じデザインを見掛ることは多々ありました。この後もずっと砂絵を売っている寺院などでは比較してみました。ちょっと興味を見せるとセールスが始まるので遠目にですが。
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結果このウミンの前で売っていた人の作品を買って良かったと思いました。
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出来栄えは人によってかなりの差があります。この方の色のセンスはとても気に入りました。言い値の2割くらいはお約束で負けてもらいましたが、元々が安いので満足のいく買い物でした。家に帰ってから世界堂で写真用の水貼りパネルを買ってきて張り包んだら見栄えも良くなりました。
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「ティーローミィンロー寺院」に移動しました。ティーローミィンローは傘の王という意味だそうです。13世紀パガン王朝の第8代ナンダウンミャー王によって建てられました。第7代である父ナラパティスィードゥー王は5人の王子の中から後継者を選ぶ際に日傘がどの方向に倒れるかで選んだと言われています。
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日傘はナンダウンミャーの方に倒れました。ナンダウンミャーは別名として傘の王(ティーローミンロー)とも呼ばれたために寺院の名前もティーローミンロー寺院となったと言われています。
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バガンスタイルの堂々とした美しい寺院です。ニャウンウーの町を離れるにしたがって人が少なくなって、この寺院を参拝しているのは我々くらいでした。お客も少ないのでお土産屋さんも開店休業状態です。
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堂内の通路を時計回りに参拝していきます。
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仏様の前に立つと表の暑さを忘れます。
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仏様を眺めていると小学生の頃に友人に似ているような。そんなことを考えてしまいます。
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昔は登れた階段も今は鉄格子の向こうです。
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回廊を渡る風が傘の縁取りを揺らしていきます。
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東西南北の4面の仏像はどれも顔つきが違います。
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よく見ると天井に細かいフレスコ画が残っています。
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風の通る回廊は絶好の物干し場所のようで、床には切り干し大根のような物が干されていました。
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この仏像が一番好感を持てる顔でした。
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入り口周りの装飾もとても良く残されています。
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この寺院も1975年の地震でダメージを受けてるので修復もされているのでしょう。
しかしこの焼けた煉瓦の上を歩くのは1つの修行と思わないとやってられません。 -
ミャンマーの特産品の傘です。どこからか違う地方から仕入れてきて売っているのかと思っていましたが、どの地方でも手工業として作っているみたいです。最初のバガンで買っておけば良かったと思いました。妻に傘を持たせてロンジーを着せて後ろから写真撮れば絵になったなと。
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次の「アーナンダ寺院」に移動しましたが、すぐ脇にある「アーナンダ・オーチャウン」にも立ち寄りました。
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ここのフレスコも撮影禁止です。本生譚を描いたフレスコ画が壁面にびっしり描かれています。フラッシュに因るフレスコの劣化が禁止になった原因だそうですが、今のデジカメでは解像度が高いので問題ないと思うのですが。日を追うごとに印象が薄れていくのが残念です。
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ここには2人の絵描きさんがいましたがどちらも上手でした。何枚も買っても仕方ないと思い最初の1枚に留めましたが、もう少し買ってきても良かったかな…。
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アーナンダー寺院はバガン王朝の3代チャンスィッター王が建立した寺院で高さ50メートルで63メートル四方の巨大な寺院です。そしてとても美しくその名前は釈迦の1番の弟子である阿難(アーナンダ)が由来になっています。元々はナンダ寺院という名前だったそうです。
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インドの伝説のガンダマダナ山からの8人の使者をチャンシッター王が3か月にも渡ってもてなし、そのお礼に神通力でナンダームーラ窟院を見せてもらいました。このナンダームーラからアーナンダ寺院という名前になったそうです。
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ここにもナッ神が祀られていました。
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苔生した素焼きの水甕が良い雰囲気を出しています。地元の人たちは平気で水を飲んでいますが、とても手を出そうという気にはなれません。
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この寺院は北側から参拝を始めます。東西南北に過去四仏の立像が奉納されています。
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北側には倶留孫(くるそん)Kakusandha で、人の寿命が4万歳の時に安和城に生れる。七仏経では賢劫の第6劫に出世、増一阿含経巻45には人寿が5万歳の時に出世したとあり一致しない。バラモン出身で姓は迦葉、父名を礼得、母名を善枝という。(wikipedia)
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南北に奉納された2体は1091年の創建当時の塑像だそうです。
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壁龕の1つ1つにも仏像が納められています。
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東側には倶那含牟尼(くなごんむに)Konagamana は人寿が4万歳(3万歳とも)の時に出世した。弟子は7万人いたという。バラモン出身で、姓を迦葉及び婆羅堕といった。父名を耶睒鉢多 Yannayadatta(大徳とも)、母名を鬱多羅 Uttaraa(善勝とも)という。名前の倶那含は金、牟尼は仙人のことで、彼の身は金色だったゆえにこの名がついた。(wikipedia)
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意思の強さを感じさせ、願い事を何でも叶えてくれそうです。
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タイのスコータイの石像も素晴らしかったですが、また違った美しさと感動を与えてくれます。
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南側の迦葉(かしょう)Kassapa は人の寿命が2万歳の時に出世した。バラモン出身。姓は同じく迦葉。父名を梵徳、母名を財主といい、子を集軍(進軍とも)いう。汲毘(波羅毘、パーラビー)王の波羅捺に生まれた。(wikipedia)
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古いスタイルの仏像は顔つきが違います。
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西方を守るのは釈迦牟尼(しゃかむに)Gotama は上座部仏教(いわゆる小乗仏教)では、釈迦牟尼仏は現世における唯一の仏とみなされている。最高の悟りを得た仏弟子は阿羅漢(アラカン 如来十号の一)と呼ばれ、仏である釈迦の教法によって解脱した聖者と位置づけられた。(wikipedia)
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両手を前に出す施無畏与願印(せむいよがんいん)は信者の願いを叶える印相です。
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釈迦牟尼の像の前には仏足石も奉納されています。
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日陰でないと立ち止まって写真が撮れません。ちょうど正午なので真上から太陽が差します。
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表に出ると現世に引き戻されたような気持になります。というか煉瓦の焼けた煉獄かもしれません。
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ガイドさんに紹介されたバガン・マウン・マウン(Bagan Maung Maung)さんはヨーロッパの写真家の指導を受け、独特な視点からミャンマーの 特徴と人々の心をとらえ、表現することで有名な写真家です。国内外で数々の賞を 受賞した経験があり、日本経済新聞の記事にも取り上げられた写真の切り抜きを見せてくれました。この日から宿泊するティリピセヤ・サンクチュアリー・リゾートで個展を開催したこともあります。このホテルのショップでも写真集を買うことが出来ますが、直接本人から買うと1冊あたり5ドル安いのとサインが貰えます。絵葉書10枚セットが3ドルでおススメです。
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旅行記グループ 2014 ミャンマー周遊の旅
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