2014/02/25 - 2014/03/03
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<旅のあらまし>
2月25日(火) :出発
名古屋駅前を、エミレーツの専用バスで出発し、定刻に関西国際空港に到着しました。フライトまでにはたっぷり時間がありますので、まずは晩酌と腹ごしらえです。一通り食事のお店を巡ったところで、お気に入りのお店にしました。信州そば処のそじ坊です。飯田のお酒が置いてあるお店です。
関西国際空港発は、23時40分発のドバイ往きのエミレーツEK317便です。ドバイまで、約11時間のフライトです。ほぼ定刻に飛び立ちました。
2月26日(水):ドバイから、バルセロナへ、モンジュイックの丘、サグラダ・ファミリア、ジローナへ
アラブ首長国連邦のドバイ国際空港で2時間ほどのトランジットの時間を過ごした後、スペインのバルセロナに向かいました。ドバイからバルセロナまでの搭乗機は、7時40分発のEK185便です。カンタス航空のQF8185便とのコードシェア便でした。バルセロナ空港には、定刻の12時10分頃に到着しました。揺れも少ない、快適な空の旅でした。
バルセロナ空港から向かったのは、モンジュイックの丘です。バルセロナのサンツ・モンジュイック区にある標高184.8メートルの見晴らしの良い丘です。モンジュイックの歴史は古く、紀元前3世紀から紀元前2世紀頃の、イベリア人の町の跡が発見されています。イベリア人は、先史、古代からイベリア半島に住んでいた人々を指す、古代ギリシャ・古代ローマの文献に現れた名称が始まりとされます。
モンジュイックの丘からの見学を終え、サグラダ・ファミリアへ向かいました。今なお建築途上の教会、天才建築家ガウディが設計した聖家族教会の見学です。今回の旅行ハイライトの一つです。未完成な建築物ながら、『アントニ・ガウディの作品群』として世界文化遺産に登録された中では、最も著名で大規模な建築物です。
サグラダ・ファミリアは、最初に東北に位置する公園から外観を見学し、その後入場して見学しました。外観を見学したサグラダ・ファミリアの東面には、キリストの誕生から、最初の説教までの彫刻で装飾された、『生誕のファサード』が完成していました。
『生誕のファサード』は、キリスト生誕から初めての説教までを、年代を追って表現されていました。窓が隠れてしまうほどの彫刻群です。『祝福をする天使像』は、奏楽の天使たちを含む15人の天使です。日本人彫刻家の外尾悦郎さんの製作です。
入場してからの見学は、外面を眺めた時とは違って、色彩に溢れた、まるで別世界の光景でした。祭壇の前で一番目を惹いた造りの一つが、天蓋の下のキリストの磔刑像です。微妙に重心をずらして、礼拝者側から見易くしてありました。
いくつものバラ窓やステンドグラスも見応えがありました。ステンドグラスの色彩効果も、丹念なシミュレーションを基に制作されたようです。伝統的なゴチック建築のものとは、デザインも大きく異なるステンドグラスは、ガウディの死後に仕事を引き継いだ人達が、ガウディの意図を推し量りながらも、新しい時代に相応しい造形を求めた結果のようです。
サグラダ・ファミリアで、世界中の人が驚いたのは、直前まで工事現場だった室内が、2010年のローマ教皇のミサ式の時には、今日見ることができる明るく斬新な建物に変身していた時とされます。それにしても見事な身廊の造りを始めとする、室内建築と装飾の光景でした。
十分に満足できた、サグラダ・ファミリアの見学でした。バルセロナでの見学の後、翌日のアンドラ公国見学の順路になるジローナの町に向かいました。
2月27日(木) :スペインのジローナからアンドラ公国へ、アンドラ・ラ・ヴェリャ、ピレネー山脈越え
ジローナは、カタルーニャ州のジローナ県の県都です。人口10万人弱、ピレネー山脈に近い、スペイン北東部の都市です。現在はバルセロナを州都とするカタルーニャ州ですが、スペインからの独立志向が高いことで知られています。カタルーニャは独自の歴史・伝統・習慣・言語を持ち、カタルーニャ人としての民族意識が高いためとされます。
カタルーニャで真っ先に思い出すのが、20世紀最大のチェリストと呼ばれるパブロ・カザルス(1876〜1973年)のことです。セバスティアン・バッハ(1685〜1750年)作曲のチェロソナタの価値を再発見し、『無伴奏チェロ組曲』として世に出しました。こよなく故郷のカタルーニャを愛し、カタルーニャ民謡の『鳥の歌』を編曲し、自ら演奏しました。レコードには、彼の肉声が一緒に録音されていました。
アンドラ公国では、首都のアンドラ・ラ・ヴェリャを自由散策しました。アンドラ公国は、フランス大統領とスペインのウルヘル司教を国家元首とするミニ国家です。大掛かりな温泉施設、『カルデア・スパ』も見学しました。
アンドラ公国は、世界的な観光業の成立以前は、農業が国の基盤でした。現在では、国土の2.1%が農地で、農業人口は4%とされます。アンドラの主な農産物は、タバコ、ジャガイモ、トウモロコシ、オリーブなどです。特に、薫り高いタバコは世界的に人気が高いようです。
見学を終えて、予定通りの16時にアンドラ公国を出発しました。その先は、フランスのカルカソンヌまで、ピレネー山脈越えの長い道のりがありました。暗くなって到着したカルカソンヌでは、シテ城のライトアップを見学した後、ホテルにチェックインしました。
2月28日(金):カルカソンヌ、シテ城、聖ナザール聖堂、コンタル城、アルルへ、古代ロー遺跡
カルカソンヌには世界文化遺産のシテがあります。到着した昨晩はライトアップされた城砦を城外から鑑賞し、今日は入場しての見学です。かつては、城塞部分だけでカルカソンヌ=シテという独立したコミューンでしたが、現在は周辺も含めてカルカソンヌ市となっています。この後、城塞部分を指す場合には、シテ城と呼ぶこととします。フランスでは、モン・サン・ミッシェルに次いで観光客が多いシテ城です。年間の観光客は200万人に達します。城下町は、『サン・ルイ』と呼ばれています。
ソルボンヌ門と呼ばれるアーチ門を潜って、尖塔が立ち並ぶシテ城内へ入城しました。シテ城は、城館を囲む城壁を含めると三重の厚い城壁に囲まれています。外壁の周囲は1キロに及び、今日のヨーロッパに残された最大の城塞都市とされます。
カルカソンヌの歴史では、725年から729年にはシテはムスリムの手に落ちましたが、フランク国王のピピン3世(714〜766年)が奪還しました。
カルカソンヌの城砦都市は一時旗寂れたことがあります。それは、1659年に、現在につながるフランス・スペイン間の国境線を定めたピレネー条約が締結された時です。この条約締結で、カルカソンヌがその軍事的・戦略的地位を喪失したためです。それ以降、シテは兵器や食糧の貯蔵庫として使われていました。更に、外壁が石材として盗み取られていきました。
建物内部に入場して見学したのは、聖ナザール聖堂とコンタル城です。聖ナザール聖堂は、11世紀ころに創建されたシテ城内唯一の教会です。ロマネスク様式にゴシック建築様式が追加された建物内には、見事なステンドグラスとバラ窓がありました。
シテ城の中で、更に城壁に囲まれた一角がコンタル城です。こちらの入場は有料でした。12世紀に建てられた歴代伯爵の城館です。場内を巡りながらの展示品の見学や、周囲の眺望は十分に価値があるものでした。
カルカソンヌの城塞都市のシテを見学の後、古代ローマ時代に建設された、フランス南部・ガール県のガルドン川に架かる水道橋、ポン・デュ・ガールに向かいました。こちらも世界文化遺産です。ポン・デュ・ガールが見えるレストランで、美味しいフランス料理とワインを楽しんだ後での見学でした。
ポン・デュ・ガールは、古代ローマ時代の紀元前19年頃、初代皇帝のアウグストゥス帝(在位:紀元前27〜紀元前14年)の腹心アグリッパ(紀元前63〜紀元前12年)の命令で架けられたと考えられている水道橋で、その橋を渡ることもできます。周りから眺めた、三段になったアーチ橋の眺めも、橋の上からの眺めも特筆ものでした。その後、アルル地方に移動しました。
アルルで最初に見学したのは、ゴッホの絵で有名な跳ね橋です。ただし、オリジナルの跳ね橋ではなく、1888年制作のゴッホの絵などを元に再建された跳ね橋でした。この橋は、ラングロワ橋とも呼ばれる、運河に架かった橋です。
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(1853〜1890年)のアルル時代は、1888年2月から1899年5月までの1年少しでした。今回の旅行では、アルルの跳ね橋のほか、ゴッホが入院したアルルの病院、1888年に描いた『夜のカフェテラス』の画材になった黄色の喫茶店なども見学しました。私の好きな画家の一人ですから、深く心に残る見学となりました。
アルルの見学では、古代ローマ時代の遺跡も興味深いものでした。『アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物群』の中心施設の、『円形闘技場』や『古代劇場』です。アルルでの見学の後、フランス最大の港町、マルセイユに向かいました。
3月1日(土):マルセイユ・ノートルダム大聖堂、ヴュー・ポール、鷹の巣村、モナコ公国、ニースへ
マルセイユで泊まった『メルキュール・マルセイユ・サントル・ヴュー・ポールホテル』は快適でした。ホテルでの昼食を済ませた後、マルセイユの早朝散策をしましたが、運良く、『ヴェスティージュ庭園』と呼ばれている、紀元前1世紀に遡る古代マルセイユ港の遺跡を見学することができました。
マルセイユで最初に見学したのは、マルセイユのランドマークと言える、丘の上に建つ尖塔の上に黄金の聖母子像が輝く、ノートルダム寺院でした。マルセイユの港が見下ろせる、ビューポイントの寺院です。
ノートルダム大聖堂の建築は19世紀ですが、修道院の歴史は13世紀まで遡る事ができます。マルセイユの聖人ヴィクトルの墓所として建設されたのが始まりです。入口近くの標識に記された寺院名は、『バシリカ・ノートルダム・ド・ラ・ガルド』でした。
ノートルダム大聖堂の見学の次は、港町のヴュー・ポールです。どちらからも、その姿を眺めることが出来る至近距離にありました。フランス語の港は、『le port(ル・ポール)』、『オールド・ポール』とも呼ばれているようです。ヴュー・ポールの波止場では、係留された数多くのヨットや、黄色の花のミモザなどの季節の花を並べていた花屋さんなどを見学しました。
マルセイユでの見学を終え、次に向かったのは鷹の巣村のエズです。エズに到着する前、眼下にモナコ公国の街並みが見えていました。鷹巣村が見えるレストランでは、美味しい料理とワインに大満足しました。昼食の後、鷹の巣村の見学に向かいました。エズは、コート・ダジュールに100以上あるとされる鷹の巣村の一つです。
鷹の巣村の呼名は、鷲の巣が、卵や雛を守るために山や崖の頂上や他の動物にはアクセスできない所にある様子と村の様子が似ているための命名とされます。かつて、村人達を襲ったのは、地中海を跋扈した海賊のようです。塩野七生さんの大作、『ローマ人の物語』や、その後を描いた、『ローマ亡き後の地中海世界』等の著作によれば、イスラム化の嵐と、海賊の跋扈で、地中海沿岸の地域は厳しい環境に置かれたようです。
エズの眺めは、まさに城塞の光景でした。街がサヴォイア家の管轄下にあった、1338年までの間に要塞化された部分かも知れません。石段を登る途中に聖母被昇天教会があり、更に登り詰めた頂上にはサボテン植物園と要塞址がありました。エズの植物園からの眺望は最高でした。エズ村を好んだ有名人には、古くは哲学者のニーチェ(1844〜1900年)がいます。彼は海岸からエズの村に向かう、今では『ニーチェの道』と名付けられている坂道を辿りながら『ツァラトゥストラかく語りき』の構想を練ったといわれます。
鷹の巣村のエズの見学を終え、香水工場に立ち寄った後、モナコ公国に向かいました。フランスとイタリアの地中海北岸の国境近くに位置する立憲君主制のミニ国家です。到着した時、通り雨の後に、地中海上に架かった虹を見ることができました。
モナコの地名は、現在のモナコの近隣に6世紀にあったポカイア人の入植地の名に由来します。その地はギリシャ語で、『一軒家』を意味します。虹を眺めた海岸線からは、モナコF1グランプリのコースの中でも有名な、『フェアモント・ヘアピン』と呼ばれるヘヤピンカーブなどを眺めながら、歩いてカジノがあるモンテカルロに向かいました。
モナコ公国の街並みは、市町村のような地方公共団体はありませんが、四つの地区(カルティエ)に分けられています。その内のモンテカルロ区と港湾区と大公宮殿がある市街区を見学しました。
レーニエ3世大公妃だったグレース・ケリーが眠るモナコ大聖堂は、入場して見学しました。1982年9月13日、自らハンドルを握りローバー3500を運転して南仏のロックアジェルの別荘からモナコに戻る途中に脳梗塞を発症したとされます。そのまま急カーブの坂道でガードレールに激突し、道路横の崖を40メートルほど転落して車は大破しました。事故後すぐに病院へ搬送されましたが意識が回復しないまま、翌日に亡くなりました。
ライトアップされたモナコ大公宮殿と、明かりが灯り始めたモナコ市街とモナコ港を見学の後、今晩の宿泊地のニースに向かいました。
3月2日(日):ニース、コート・ダジュール、英国人の歩道、裏通りの遊歩道、ニース城址公園
フランス南部のリゾート地、ニースのホテルで宿泊し、朝一番でコート・ダジュールやニース城址を見学しました。ニースで泊まったホテルは、連泊したくなる魅力がありました。
『プロムナード・デ・ザングレ(英国人の歩道)』と呼ばれる遊歩道の散策は印象に残りました。名前の由来は18世紀後半に裕福なイギリス人がニースで冬を過ごすようになったことに始まります。ニースが都市化される前、ニースにある海岸は小石に覆われる寂れたビーチと、ただ境界を成すだけでした。付近で最初の家屋は、海から遠く離れた高い土地に建てられました。今の人気と光景からは、想像できない事柄に思えました。
ケルト系のリグリア人によって築かれたニースの城塞は、紀元前154年にローマ人に占領され、その後支配者が何度も代わりました。紀元前149年から始まった第3次ポエニ戦争の少し前です。紀元前146年に終了したこの戦争で、カルタゴは滅亡しました。このニース城跡公園から眺めたコート・ダジュールの『天使の入り江』を意味する『アンジェ湾』の光景は、実に見応えがありました。城が取り壊されたのは、ルイ14世(1638〜1715年)の命による1706年のことでした。
『シャルル・フェリックス広場』と『サレヤ広場』の露店をゆっくりと見学した後、帰国のためにニース国際空港に向かいました。
3月3日(月):帰国、ニース国際空港からドバイ経由、関西国際空港へ
フランスのニース国際空港を昨日の午後に飛び立ち、翌日の深夜にアラブ首長国連邦のドバイ空港に到着しました。深夜の3時に飛び立つまで、暫く待ち時間がありました。その待ち時間を利用して、ドバイ国際空港内のカフェで、程よく冷えた白ワインを1杯だけゆっくりと楽しみました。
定刻にドバイを飛び立ち、関西国際空港までは約9時間のフライトです。時差の5時間をプラスして、17時頃の到着予定になります。順調なフライトで、17時少し前に到着しました。関西国際空港内で軽く晩酌を済ませ、エミレーツの専用バスに乗車しました。
関西空港前を定刻に出発し、途中で1箇所だけ、名古屋駅との中間点近くの亀山パーキングエリアに立ち寄りました。名古屋駅西に到着したのは、22時少し前でした。スペイン、フランスのほか、アンドラ公国とモナコ公国を含めた、地中海北岸4か国巡りの旅は、無事終了しました。
<謝辞>
添乗員のFさんを始め、現地の場卯運転手さんや現地ガイドさん、ツアーの参加者の皆様のおかげで、楽しく有意義な旅行を満喫できました。末筆ながら皆様方に深謝し、拙い旅行記の締め括りとします。有難うございました。
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イチオシ
名古屋駅前を、エミレールの専用バスで出発し、定刻に関西国際空港に到着しました。フライトまでにはたっぷり時間がありますので、まずは晩酌と腹ごしらえです。ターミナルビル2階の『町屋小路』は、2006年にオープンしました。
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関西国際空港にある商店街です。『関空ミナミ・のれん街』の表示がありました。同じく、旅客ターミナル2階にあります。
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ターミナルビル内のレストラン案内の看板です。写真入りで紹介されていました。タイトルは日本語を含め4か国語でしたが、写真などの説明は英語表記を含めた2か国語でした。
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喫茶と食事のお店です。GORYO(ごりょう)らしい屋号でした。ビールの看板もありました。
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『花ごよみ』の看板があったお店です。その下に『ジャパニーズ。ヌードルズ』の文字がありましたから、麺専門店のようです。
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これまで1回だけか入店したことがない、回転すしのお店です。屋号が『てっかまる』ですから、マグロが得意のお店のようです。
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イチオシ
一通り食事のお店を巡ったところで、お気に入りのお店にしました。信州そば処・そじ坊です。飯田のお酒が置いてあるお店です。
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信州の地酒とそばをゆっくりと楽しんだところで、仕上げは軽く菜飯の一杯です。
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『あすのPM2.5予想』のテレビ画面です。天気予報の一コマだったようです。中国では既に深刻な状況ですが、その影響が日本にも及び始めました。近畿地方の明日は、『多い』の表示になっていました。
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関西国際空港のターミナルビル内の光景です。この空港は、大阪湾内泉州沖5キロの人工島に作られた海上空港で、1994年9月に開港しました。当時、世界で初めての『すべてが人工島からなる海上空港』でした。現在は、2005年2月に開港した、中部国際空港も同じタイプの空港です。
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搭乗予定のエミレーツEK317便が下から2行目に表示されていました。23時40分発のドバイ往きです。ドバイまで、約11時間のフライト予定です。
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搭乗手続き開始まで、旅行社のカウンターで預かってもらった、機内への預け荷物です。
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エミレーツ航空の搭乗手続きカウンターの光景です。関西国際空港を出発し、ドバイでの乗り継ぎですが、預け荷物は最終のスペインのバルセロナでの受取りです。
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外貨への両替店の光景です。『学割』の大きな看板がありました。手元にユーロとドルを用意していましたが、少しだけユーロに両替しておきました。
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関西国際空港の天井飾です。軽やかそうな、黄色と青色の飛行体のようなモニュメントです。換気の風を受けてゆっくりと動いているようでした。天井内側に張られたテントは、空調の風を受け止めて流す役目と、下のライトからの照明を照り返して間接照明をする役目を果たしています。
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チェックインを済ませた、関西国際空港のターミナルビル内の光景です。第1ターミナルビル(T1)は、地上4階建ての本館と、本館から南北に677 メートルずつ伸びるウィングで構成されています。右が南ウィング、左が北ウィングの表示です。
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同じく、チェックインを済ませた、関西国際空港のターミナルビル内の光景です。ターミナルビルの設計は、イタリアの建築家レンゾ・ピアノ(1937〜)が担当し、構造設計にアラップ社が携わりました。
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搭乗前のひと時です。カリフォルニアワインのカルロ・ロッシです。1974年の発売以来、約75か国で販売されているようです。日本への輸入は、サントリーが扱っているようです。
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何度か利用したことがある、空港内のオープンタイプのバーの光景です。ゴールドカードで入店できるラウンジは、既に閉店した時間帯です。
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構内電車の案内です。行先は、右の中間駅か、左の終点駅かのどちらかです。MK317便は、左の終点駅が最寄りの40番と表示されていました。
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定刻に関西空港を飛び立ち、ドバイに向かうEK317便の機内光景です。3138マイルをフライトし、残余のマイルは1858マイルです。残り時間は4時間弱です。
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EK317便は、北京上空を通過した後、ほぼ一直線に西にフライトしました。そろそろ中国上空とはお別れです。
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EK317便の機内光景です。時差ぼけ防止のために演出されている天井の星空光景です。生理学的に研究されたうえでの新機能のようです。
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ほぼ一直線に西に向かった、中国上空のフライト軌跡です。日本からアラブ首長国連邦までの、ほぼ最短距離のコースのようです。
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同じフライト位置の拡大画面です。世界地図を参照しますと、タリム盆地のタクラマカン砂漠上空当たりのようでした。
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更に拡大された、タリム盆地のタクラマカン砂漠上空当たりのフライト軌跡です。世界地図を参照しますと、中国のホータン(和田)辺りの上空のようです。
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中国の西端付近で南に折れ、パキスタン上空をフライト中の画面です。機体の左側の線はアフガニスタンとの国境線です。機体の下の表示は、パキスタンの都市、ペシャワールです。右手には、首都のイスラマバードも表示されています。
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イチオシ
中国領域の最西部付近で右に折れ、アフガニスタンとの国境近くのパキスタン上空を西南にフライトし、機首がまた西に向いた時のフライト軌跡です。
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イラン上空をフライト中の軌跡です。機体の前方の地名表示は、イランのバンダレ・アッバースです。イランとアラブ首長国連邦は、ホルムズ海峡を挟んで、本当に至近距離になります。
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アラビア語表示の画面になりました。フライト位置は、アフガニスタンとパキスタンの国境を過ぎて、イラン上空に入るところです。丸印で表示されたドバイが目前の位置です。
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