その他の観光地旅行記(ブログ) 一覧に戻る
カルカソンヌの城砦都市、シテの紹介です。街は丘の上の旧市街、『シテ』と、城下町『サン・ルイ』から構成されています。『シテ』の城壁は総延長3キロ、古いものは6世紀頃に造られました。

2014早春、南フランス等・4ヵ国(16/50):2月28日(2):フランス:カルカソンヌ城塞、シテの街、聖ナザール聖堂、ステンドグラス

13いいね!

2014/02/25 - 2014/03/03

108位(同エリア263件中)

旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

カルカソンヌの城砦都市、シテの紹介です。街は丘の上の旧市街、『シテ』と、城下町『サン・ルイ』から構成されています。『シテ』の城壁は総延長3キロ、古いものは6世紀頃に造られました。

  • トンガリ帽子の尖塔がずらりと並んだ光景です。本来は平らな屋根でしたが、修復作業の時にトンガリ防止に変更されたとのネット情報もありました。

    トンガリ帽子の尖塔がずらりと並んだ光景です。本来は平らな屋根でしたが、修復作業の時にトンガリ防止に変更されたとのネット情報もありました。

  • 威圧感を覚える頑丈は石壁の光景です。カルカソンヌの街の名前は、カール大帝(742〜814年)が、この都市の攻略を諦め退散する時のエピソードに因むとされます。当時街を治めていたカルカス (Carcas) が、勝利の鐘を鳴らした (sonner) ことに由来するという伝説です。

    イチオシ

    威圧感を覚える頑丈は石壁の光景です。カルカソンヌの街の名前は、カール大帝(742〜814年)が、この都市の攻略を諦め退散する時のエピソードに因むとされます。当時街を治めていたカルカス (Carcas) が、勝利の鐘を鳴らした (sonner) ことに由来するという伝説です。

  • 19世紀に城塞の修復を担当したフランスの建築家、『ヴィオレ・ル・デュック(1814〜1879年)』は、北フランスの城を修復した経験をもとに、スレートを使って尖った屋根を付けました。ところが、カルカソンヌ一帯では、屋根はタイル作りの平らなものが一般的だったので、物議を醸したようです。ところが、今日ではこのトンガリ屋根の光景が観光客の人気を呼んでいるようです。

    19世紀に城塞の修復を担当したフランスの建築家、『ヴィオレ・ル・デュック(1814〜1879年)』は、北フランスの城を修復した経験をもとに、スレートを使って尖った屋根を付けました。ところが、カルカソンヌ一帯では、屋根はタイル作りの平らなものが一般的だったので、物議を醸したようです。ところが、今日ではこのトンガリ屋根の光景が観光客の人気を呼んでいるようです。

  • この木製の扉は、通行禁止になっていました。右の方へ向かうよう、矢印で案内されていました。

    この木製の扉は、通行禁止になっていました。右の方へ向かうよう、矢印で案内されていました。

  • 『Jean-Pierre Cros-Mayrevieille(1810〜1876年)』の胸像です。カルカソンヌの市長だった人のようです。

    『Jean-Pierre Cros-Mayrevieille(1810〜1876年)』の胸像です。カルカソンヌの市長だった人のようです。

  • 大勢の学生さん達の団体です。先生かガイドさんの説明を聞いているようでした。高校生くらいのようです。

    大勢の学生さん達の団体です。先生かガイドさんの説明を聞いているようでした。高校生くらいのようです。

  • カルカソンヌの城砦都市は一時旗寂れたことがあります。それは、1659年に、現在につながるフランス・スペイン間の国境線を定めたピレネー条約が締結された時です。この条約締結で、カルカソンヌがその軍事的・戦略的地位を喪失したためです。それ以降、シテは兵器や食糧の貯蔵庫として使われていました。更に、外壁が石材として盗み取られていきました。この門は、後ほど入城したコンタル城の出入口です。

    カルカソンヌの城砦都市は一時旗寂れたことがあります。それは、1659年に、現在につながるフランス・スペイン間の国境線を定めたピレネー条約が締結された時です。この条約締結で、カルカソンヌがその軍事的・戦略的地位を喪失したためです。それ以降、シテは兵器や食糧の貯蔵庫として使われていました。更に、外壁が石材として盗み取られていきました。この門は、後ほど入城したコンタル城の出入口です。

  • 何とかマルコウ(MALCOU)らしい文字が読み取れた胸像です。服装から見て近代の人物ようですが、経歴などは分かりませんでした。

    何とかマルコウ(MALCOU)らしい文字が読み取れた胸像です。服装から見て近代の人物ようですが、経歴などは分かりませんでした。

  • 左側に見えるのは、多重になった内部の城壁のようです。有料になっていた、一番内側の城壁の中も、後ほど見学しました。

    左側に見えるのは、多重になった内部の城壁のようです。有料になっていた、一番内側の城壁の中も、後ほど見学しました。

  • 入口の扉に、『GEODE』の文字が記された建物です。二階がその展示のようでした。『晶洞石』を意味するようですから、紫水晶などのようです。

    入口の扉に、『GEODE』の文字が記された建物です。二階がその展示のようでした。『晶洞石』を意味するようですから、紫水晶などのようです。

  • お土産店のショーケースの光景です。アンモナイトの化石や、丸い形に磨かれた玉や、輪切りにされた玉が展示してありました。興味がある人なら、欲しくなるような品もあるようです。

    お土産店のショーケースの光景です。アンモナイトの化石や、丸い形に磨かれた玉や、輪切りにされた玉が展示してありました。興味がある人なら、欲しくなるような品もあるようです。

  • 戦略的な重要性を失ったことによって、シテは寂れていきました。19世紀末には、シテ内には112戸を数えるのみだったようです。最盛期の個数や人口は分かりませんでしたが、現在では千人ほどが住んでいるようです。4人家族としても250戸ですから、倍以上にはなっているようです。

    戦略的な重要性を失ったことによって、シテは寂れていきました。19世紀末には、シテ内には112戸を数えるのみだったようです。最盛期の個数や人口は分かりませんでしたが、現在では千人ほどが住んでいるようです。4人家族としても250戸ですから、倍以上にはなっているようです。

  • 通路の上の渡り廊下のような場所にはテーブル席が置かれていました。オープンカフェーか、レストランのようです。

    通路の上の渡り廊下のような場所にはテーブル席が置かれていました。オープンカフェーか、レストランのようです。

  • オリーブらしい植木が置かれていた小さな広場の光景です。その両脇に石畳の道が続いていました。

    オリーブらしい植木が置かれていた小さな広場の光景です。その両脇に石畳の道が続いていました。

  • 多重に設けられた城壁の一部のようです。その総延長は3キロとされます。この辺りは、12世紀に建てられた歴代伯爵の城館、コンタル城に近い場所のようでした。

    多重に設けられた城壁の一部のようです。その総延長は3キロとされます。この辺りは、12世紀に建てられた歴代伯爵の城館、コンタル城に近い場所のようでした。

  • 同じく、多重に設けられた城壁の一部のようです。使われている石材は砂岩が多いようでした。

    同じく、多重に設けられた城壁の一部のようです。使われている石材は砂岩が多いようでした。

  • 有料のコンタル城見学の前に、城塞内のその他の施設を見学することにしました。その途中の光景です。

    有料のコンタル城見学の前に、城塞内のその他の施設を見学することにしました。その途中の光景です。

  • カルカソンヌの城砦都市の中を移動中の光景です。強い雨ではありませんでしたが、日本人なら傘を差したくなる降り方でした。

    カルカソンヌの城砦都市の中を移動中の光景です。強い雨ではありませんでしたが、日本人なら傘を差したくなる降り方でした。

  • 同じく、カルカソンヌの城砦都市の中を移動中の光景です。城壁の中であることを忘れさせるような街並み光景でした。

    同じく、カルカソンヌの城砦都市の中を移動中の光景です。城壁の中であることを忘れさせるような街並み光景でした。

  • 前方に尖塔のようなものが見えてきましたので、そちらの見学に向かいました。キリスト教会の尖塔でした。

    前方に尖塔のようなものが見えてきましたので、そちらの見学に向かいました。キリスト教会の尖塔でした。

  • キリスト教会の尖塔の方面に向かう途中の建物光景ですここら辺りは、既に教会の付属施設かも知れません。

    キリスト教会の尖塔の方面に向かう途中の建物光景ですここら辺りは、既に教会の付属施設かも知れません。

  • キリスト教会の聖ナザール聖堂の壁から突き出した、異様な彫刻の紹介です。年代を経たらしく、背中は苔で覆われていました。動物の顔のようにも見えます。

    キリスト教会の聖ナザール聖堂の壁から突き出した、異様な彫刻の紹介です。年代を経たらしく、背中は苔で覆われていました。動物の顔のようにも見えます。

  • 聖ナザール聖堂の壁から突き出した、異様な彫刻は複数ありました。こちらは口を開けて切羽詰まった顔の人物像のようです。曰くがありそうな像ですが、情報が見つかりませんでした。

    聖ナザール聖堂の壁から突き出した、異様な彫刻は複数ありました。こちらは口を開けて切羽詰まった顔の人物像のようです。曰くがありそうな像ですが、情報が見つかりませんでした。

  • シテ城内の唯一のキリスト教会の聖ナザール聖堂の尖塔光景です。ロマネスク様式にゴシック建築様式が追加された建物とされます。

    シテ城内の唯一のキリスト教会の聖ナザール聖堂の尖塔光景です。ロマネスク様式にゴシック建築様式が追加された建物とされます。

  • こちらの建物も、聖ナザール聖堂の建物の一部だったようです。教会より、砦の雰囲気が強い外観です。

    こちらの建物も、聖ナザール聖堂の建物の一部だったようです。教会より、砦の雰囲気が強い外観です。

  • 細かな装飾はありませんが、ダイナミックなデザインの聖ナザール聖堂の入口門の光景です。

    細かな装飾はありませんが、ダイナミックなデザインの聖ナザール聖堂の入口門の光景です。

  • 聖ナザール聖堂の正堂内部の光景です。パイプオルガンのようです。古いオルガンでしょうか、見慣れない形式でした。<br />(追記)1522年に制作されたパイプオルガンとのネット情報がありました。<br />

    聖ナザール聖堂の正堂内部の光景です。パイプオルガンのようです。古いオルガンでしょうか、見慣れない形式でした。
    (追記)1522年に制作されたパイプオルガンとのネット情報がありました。

  • バラ窓の光景です。精緻な枠組みの中にカラフルで細かな文様がありました。

    イチオシ

    バラ窓の光景です。精緻な枠組みの中にカラフルで細かな文様がありました。

  • ステンドグラスの光景です。最上部には花柄模様をデフォルメした枠組みと、その下には幾何学模様の繊細な文様がありました。

    ステンドグラスの光景です。最上部には花柄模様をデフォルメした枠組みと、その下には幾何学模様の繊細な文様がありました。

  • 同じく、ステンドグラスの光景です。こちらには中央やや上部にキリストの磔刑図等が表現されていました。

    イチオシ

    同じく、ステンドグラスの光景です。こちらには中央やや上部にキリストの磔刑図等が表現されていました。

この旅行記のタグ

13いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フランスで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
フランス最安 318円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

フランスの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP