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アンドラ公国の見学を終えた後、雪に覆われたピレネー山脈を越えてフランスのカルカソンヌに向かいました。独立国家になったのは1993年、日本との国交が樹立されたのは1995年でした。

2014早春、南フランス等・4ヵ国(14/50):2月27日(4):アンドラ公国からピレネー山脈を越えてフランスへ、シテ城塞夜景

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2014/02/25 - 2014/03/03

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旅人のくまさん

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アンドラ公国の見学を終えた後、雪に覆われたピレネー山脈を越えてフランスのカルカソンヌに向かいました。独立国家になったのは1993年、日本との国交が樹立されたのは1995年でした。

  • アンドラ公国の見学を終えて、フランスのカルカソンヌに向かう、ピレネー山脈の光景です。まだ出発したばかりですから、道は登りです。

    アンドラ公国の見学を終えて、フランスのカルカソンヌに向かう、ピレネー山脈の光景です。まだ出発したばかりですから、道は登りです。

  • 傾斜地に建つ、アンドラ公国の住宅地の光景です。山からは粘板岩が産出し、伝統的な家屋の屋根はこれで葺かれ、壁は自然石を用いて作られています。新しい家屋は鉄筋コンクリート造りかも知れません。

    傾斜地に建つ、アンドラ公国の住宅地の光景です。山からは粘板岩が産出し、伝統的な家屋の屋根はこれで葺かれ、壁は自然石を用いて作られています。新しい家屋は鉄筋コンクリート造りかも知れません。

  • アンドラ公国は、冬期5か月間は雪に閉ざされる国です。首都のアンドラ・ラ・ベイヤの標高は、約千メートルです。

    アンドラ公国は、冬期5か月間は雪に閉ざされる国です。首都のアンドラ・ラ・ベイヤの標高は、約千メートルです。

  • 少し走ると、直ぐに雪山の光景になりました。地図上で目測しますと、トゥールーズ経由でカルカソンヌまでは200キロ以上はありそうでした。ネット情報では、トゥールーズからアンドラまでのバスの所要時間が3時間、トゥールーズ〜カルカソンヌ間が94キロなどの情報がありました。

    少し走ると、直ぐに雪山の光景になりました。地図上で目測しますと、トゥールーズ経由でカルカソンヌまでは200キロ以上はありそうでした。ネット情報では、トゥールーズからアンドラまでのバスの所要時間が3時間、トゥールーズ〜カルカソンヌ間が94キロなどの情報がありました。

  • 左手に山側を見ながら、次第に標高が高くなってきました。地図で見ますと、アンドラ公国は、周りを高い山に囲まれた盆地のような地形に見えました。

    左手に山側を見ながら、次第に標高が高くなってきました。地図で見ますと、アンドラ公国は、周りを高い山に囲まれた盆地のような地形に見えました。

  • 前方に見えてきた、三連峰の岩山です。森林限界を超えた山のようですが、越えていなくても、樹木が育たないような急峻な岩肌に見えます。因みに、ピレネー山脈の森林限界は2500メートルほどです。

    前方に見えてきた、三連峰の岩山です。森林限界を超えた山のようですが、越えていなくても、樹木が育たないような急峻な岩肌に見えます。因みに、ピレネー山脈の森林限界は2500メートルほどです。

  • 近年まで外交をスペインとフランスに委ねていたこともあり、軍隊は持たない国です。敵対する国もない国とされます。

    近年まで外交をスペインとフランスに委ねていたこともあり、軍隊は持たない国です。敵対する国もない国とされます。

  • 高度が上がって来たのでしょうか、次第に雪深くなってきました。出発する前に、ピレネー山脈越えは、天候次第で所要時間が大幅に長くなることもあると説明されていました。

    高度が上がって来たのでしょうか、次第に雪深くなってきました。出発する前に、ピレネー山脈越えは、天候次第で所要時間が大幅に長くなることもあると説明されていました。

  • 空に雲はかかっていますが、雲間から青空も覗いていました。予想では、大幅な天候悪化ななさそうでした。

    空に雲はかかっていますが、雲間から青空も覗いていました。予想では、大幅な天候悪化ななさそうでした。

  • いよいよこれからが、ピレネー山脈の難所越えに入るようです。周りに人家らしいものが全く見えなくなりました。

    いよいよこれからが、ピレネー山脈の難所越えに入るようです。周りに人家らしいものが全く見えなくなりました。

  • ピレネー山脈越えも、難所に差し掛かって来たようです。山の天候は変わりやすいですから、いきなり視界が悪くなることもあります。所々で、吹雪のような景色になりました。積もった粉雪が強風で吹き上げられていた場所です。

    ピレネー山脈越えも、難所に差し掛かって来たようです。山の天候は変わりやすいですから、いきなり視界が悪くなることもあります。所々で、吹雪のような景色になりました。積もった粉雪が強風で吹き上げられていた場所です。

  • 何となく、峠を越えて、下りに入って来たような感じがしました。ピレネー山脈の幅は、定義にもよるものの約100 キロとされます。

    何となく、峠を越えて、下りに入って来たような感じがしました。ピレネー山脈の幅は、定義にもよるものの約100 キロとされます。

  • 見晴らしのよう場所の光景です。峠を越えて北側に下ってきたことが実感できました。ピレネー西部は千 メートル級のなだらかな山地ですが、中央部は2千〜3千メートル級の山が連なります。

    見晴らしのよう場所の光景です。峠を越えて北側に下ってきたことが実感できました。ピレネー西部は千 メートル級のなだらかな山地ですが、中央部は2千〜3千メートル級の山が連なります。

  • 同じく、峠を越えた見晴らしのよう場所のピレネー山脈の光景です。ピレネー山脈は、アンドラ公国から西に約100 キロ付近が最も急峻とされます。最高峰のアネト山 (3404m)、第2位のポセッツ峰 (3375m)、第3位のモン・ペルデュ (3355m)などの3千級の山が連なります。

    イチオシ

    同じく、峠を越えた見晴らしのよう場所のピレネー山脈の光景です。ピレネー山脈は、アンドラ公国から西に約100 キロ付近が最も急峻とされます。最高峰のアネト山 (3404m)、第2位のポセッツ峰 (3375m)、第3位のモン・ペルデュ (3355m)などの3千級の山が連なります。

  • ピレネー山脈の雪山を眺めながらの、北側への山下りが続きます。ピレネー山脈の中央部には、3千メートル級の山が10峰以上散在します。

    ピレネー山脈の雪山を眺めながらの、北側への山下りが続きます。ピレネー山脈の中央部には、3千メートル級の山が10峰以上散在します。

  • カタルーニャ地方のピレネー山脈では、最も有名な山がペドラフォルカとされます。高い方の山が2506メートル、低い方の山が2496メートルとされる、稜線が繋がった二子山です。この写真には写っていません。

    カタルーニャ地方のピレネー山脈では、最も有名な山がペドラフォルカとされます。高い方の山が2506メートル、低い方の山が2496メートルとされる、稜線が繋がった二子山です。この写真には写っていません。

  • ピレネー山脈を称して、ナポレオン1世(1769〜1821年)は、『ピレネーの向こうはアフリカ』と述べたと伝わります。ユーラシア大陸西端部の山脈ですが、ヨーロッパとイベリア半島とを分ける山脈との実感も強かったようです。

    イチオシ

    ピレネー山脈を称して、ナポレオン1世(1769〜1821年)は、『ピレネーの向こうはアフリカ』と述べたと伝わります。ユーラシア大陸西端部の山脈ですが、ヨーロッパとイベリア半島とを分ける山脈との実感も強かったようです。

  • ピレネー山脈には、現在でもフランスとスペインとの国境線があることや、山脈中央部近くにミニ国家のアンドラ公国が存在していることが、その地形の厳しさを証明しているようです。

    ピレネー山脈には、現在でもフランスとスペインとの国境線があることや、山脈中央部近くにミニ国家のアンドラ公国が存在していることが、その地形の厳しさを証明しているようです。

  • ピレネー山脈は、ウィンター・スポーツのメッカです。スペイン、フランス、アンドラ公国共に、数多くのスキー場があります。中には、フランスとスペインにまたがる、ソンポール・スキー場もあります。国境の中央より、少し西寄りに位置するスキー場です。

    ピレネー山脈は、ウィンター・スポーツのメッカです。スペイン、フランス、アンドラ公国共に、数多くのスキー場があります。中には、フランスとスペインにまたがる、ソンポール・スキー場もあります。国境の中央より、少し西寄りに位置するスキー場です。

  • 雲間から薄日が射してきたピレネー山脈越えの光景です。直視出来るくらいの明るさでした。

    雲間から薄日が射してきたピレネー山脈越えの光景です。直視出来るくらいの明るさでした。

  • 同じく、薄日が射してきたピレネー山脈越えの光景です。白一色だった雪面に、陰影が付いてきました。

    同じく、薄日が射してきたピレネー山脈越えの光景です。白一色だった雪面に、陰影が付いてきました。

  • 次第に地肌が多く見える山の光景になってきました。高度が下がり、ピレネー山脈越えが終わりに近付きました。

    次第に地肌が多く見える山の光景になってきました。高度が下がり、ピレネー山脈越えが終わりに近付きました。

  • フランス側の麓の町に到着しました。この辺りでは雪景色がなくなっていました。道路も除雪が済んでいました。

    フランス側の麓の町に到着しました。この辺りでは雪景色がなくなっていました。道路も除雪が済んでいました。

  • 同じく、ピレネー山脈を北に越えたフランス側の街並み光景です。無事に山を越えましたが、カルカソンヌノ町までは、まだかなりの距離がありました。

    同じく、ピレネー山脈を北に越えたフランス側の街並み光景です。無事に山を越えましたが、カルカソンヌノ町までは、まだかなりの距離がありました。

  • カルカソンヌの町に到着する時刻には、すっかり日が落ちていました。カルカソンヌは、古代ローマ時代、要塞都市が建設されたことで有名な町です。夕食の前にライトアップされた城塞を見学しました。

    カルカソンヌの町に到着する時刻には、すっかり日が落ちていました。カルカソンヌは、古代ローマ時代、要塞都市が建設されたことで有名な町です。夕食の前にライトアップされた城塞を見学しました。

  • 『歴史的城塞都市・カルカソンヌ』として、フランスの世界文化遺産に登録されている、ライトアップされた城塞の光景です。

    『歴史的城塞都市・カルカソンヌ』として、フランスの世界文化遺産に登録されている、ライトアップされた城塞の光景です。

  • 同じく、ライトアップされた歴史的城塞都市のカルカソンヌの光景です。バスを街道に停めてもらって、オード川に架かる橋の上からの眺めです。

    同じく、ライトアップされた歴史的城塞都市のカルカソンヌの光景です。バスを街道に停めてもらって、オード川に架かる橋の上からの眺めです。

  • ライトアップされた歴史的城塞都市のカルカソンヌ光景が続きます。明日は、城内に入場しての見学予定です。

    ライトアップされた歴史的城塞都市のカルカソンヌ光景が続きます。明日は、城内に入場しての見学予定です。

  • ライトアップされた歴史的城塞都市のカルカソンヌのズームアップ光景です。1997年に世界遺産に登録されました。

    ライトアップされた歴史的城塞都市のカルカソンヌのズームアップ光景です。1997年に世界遺産に登録されました。

  • 同じく、ズームアップしたとんがり屋根のカルカソンヌの城塞光景です。これで、夜景見学はおしまいです。

    イチオシ

    同じく、ズームアップしたとんがり屋根のカルカソンヌの城塞光景です。これで、夜景見学はおしまいです。

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