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ゴッホのアルル時代は、1888年2月から1899年5月までの1年少しでした。ゴッホが入院したアルルの病院などの紹介です。その中庭は、絵にも残されました。

2014早春、南フランス等・4ヵ国(24/50):2月28日(9):フランス:アルル、ゴッホの病院の中庭、詩人ミストラルの銅像

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2014/02/25 - 2014/03/03

54位(同エリア263件中)

旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

ゴッホのアルル時代は、1888年2月から1899年5月までの1年少しでした。ゴッホが入院したアルルの病院などの紹介です。その中庭は、絵にも残されました。

  • 自由散策の時間がありましたから、その時間を利用してのアルル旧市街の散策です。落ち着いた雰囲気の街でした。

    自由散策の時間がありましたから、その時間を利用してのアルル旧市街の散策です。落ち着いた雰囲気の街でした。

  • 同じく、アルルの市街光景です。1階には商店街が並んでいました。いわゆる表通りに面した建物のようです。

    同じく、アルルの市街光景です。1階には商店街が並んでいました。いわゆる表通りに面した建物のようです。

  • こちらは随分と古風な石造りの建物です。使途は分かりませんでしたが、一見して博物館当たりの建物のようでした。

    こちらは随分と古風な石造りの建物です。使途は分かりませんでしたが、一見して博物館当たりの建物のようでした。

  • アルルの詩人ミストラルの銅像です。中々ダンディな姿です。フレデリック・ミストラル((1830〜1914年)は、プロヴァンス地方のマイヤーヌに生まれた詩人で、代表作に『ミレイオ』があります。この作品で1904年にノーベル文学賞を受賞しました。プロヴァンスの言語学者としての重要な業績も残しました。

    アルルの詩人ミストラルの銅像です。中々ダンディな姿です。フレデリック・ミストラル((1830〜1914年)は、プロヴァンス地方のマイヤーヌに生まれた詩人で、代表作に『ミレイオ』があります。この作品で1904年にノーベル文学賞を受賞しました。プロヴァンスの言語学者としての重要な業績も残しました。

  • 胸像の下に取り付けられたプレートには、2名の顕彰碑文がありました。二人とも没年が第二次大戦中の1945年でした。上の方は42歳で亡くなった医者のようです。

    胸像の下に取り付けられたプレートには、2名の顕彰碑文がありました。二人とも没年が第二次大戦中の1945年でした。上の方は42歳で亡くなった医者のようです。

  • 玄関前に飾られていたライオン像です。具象的な造りの獅子です。

    玄関前に飾られていたライオン像です。具象的な造りの獅子です。

  • 一対で飾られた獅子像のもう一頭の方です。こちらの方は、少しおとなしそうな表情でした。

    一対で飾られた獅子像のもう一頭の方です。こちらの方は、少しおとなしそうな表情でした。

  • アルルの旧市街中心地のレピュブリック広場の光景です。共和国広場の意味のようです。広場の中心にあるのは、かつて、エジプトから運ばれたらしいオベリスクです。その正面背後に見えるのは、市庁舎です。

    アルルの旧市街中心地のレピュブリック広場の光景です。共和国広場の意味のようです。広場の中心にあるのは、かつて、エジプトから運ばれたらしいオベリスクです。その正面背後に見えるのは、市庁舎です。

  • レピュブリック広場の中央に立つ、オベリスクの光景です。周りは噴水になっていました。オベリスクは古代エジプト期に造られた神に捧げるモニュメントです。現存するオベリスクは、世界に30本ほどとされます。

    レピュブリック広場の中央に立つ、オベリスクの光景です。周りは噴水になっていました。オベリスクは古代エジプト期に造られた神に捧げるモニュメントです。現存するオベリスクは、世界に30本ほどとされます。

  • かつては、円形闘技場内にあったとされるオベリスクのライオン像です。ブロンズ製のようです。

    かつては、円形闘技場内にあったとされるオベリスクのライオン像です。ブロンズ製のようです。

  • こちらは、オベリスクの下部に設けられた噴水の涌出し口の光景です。ライオンの仮面を被った人面像です。

    こちらは、オベリスクの下部に設けられた噴水の涌出し口の光景です。ライオンの仮面を被った人面像です。

  • 同じく、ライオンの仮面を被った人面像です。この種の彫刻を見ますと、最初に連想するのがイタリアの『真実の口』です。海神トリトーネの顔が刻まれていますが、何よりも有名になったのは、映画『ローマの休日』の一場面です。

    同じく、ライオンの仮面を被った人面像です。この種の彫刻を見ますと、最初に連想するのがイタリアの『真実の口』です。海神トリトーネの顔が刻まれていますが、何よりも有名になったのは、映画『ローマの休日』の一場面です。

  • サン・トロフィーム教会の建物光景です。7世紀に創建され、その後改修により、12世紀頃に現在のロマネスク様式が完成したようです。この教会のサファードの彫刻は、定評があるようです。世界文化遺産の『アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物群』の一部です。

    イチオシ

    サン・トロフィーム教会の建物光景です。7世紀に創建され、その後改修により、12世紀頃に現在のロマネスク様式が完成したようです。この教会のサファードの彫刻は、定評があるようです。世界文化遺産の『アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物群』の一部です。

  • サン・トロフィーム教会の正面扉のズームアップ光景です。左は『最後の審判』、キリストと12使徒のレリーフです。

    サン・トロフィーム教会の正面扉のズームアップ光景です。左は『最後の審判』、キリストと12使徒のレリーフです。

  • サン・トロフィーム教会のファサード部分の光景です。ギリシャ・ローマ建築をイメージした石柱が並んでいました。

    サン・トロフィーム教会のファサード部分の光景です。ギリシャ・ローマ建築をイメージした石柱が並んでいました。

  • 『最後の審判』のレリーフ部分のズームアップ光景です。『最後の審判』は、世界の終わりにイエス・キリストが再臨し、あらゆる死者を蘇えらせて裁きを行い、永遠の生命を与えられる者と地獄に墜ちる者とに分けるという教えです。

    『最後の審判』のレリーフ部分のズームアップ光景です。『最後の審判』は、世界の終わりにイエス・キリストが再臨し、あらゆる死者を蘇えらせて裁きを行い、永遠の生命を与えられる者と地獄に墜ちる者とに分けるという教えです。

  • サン・トロフィーム教会とは別の建物の玄関光景です。扉は新しいものの、石造部分は年代を経ていました。

    サン・トロフィーム教会とは別の建物の玄関光景です。扉は新しいものの、石造部分は年代を経ていました。

  • 雰囲気のある石段と古い建物光景です。鉢植えの花がなければ、廃屋と間違えられそうです。

    雰囲気のある石段と古い建物光景です。鉢植えの花がなければ、廃屋と間違えられそうです。

  • ここからは、アルル時代のフィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1889年)の紹介です。アルルで過ごしたのは、1888年2月から1889年5月までの間です。数々の名作が生まれましたが、ゴーギャンとの共同生活が失敗し、耳切事件では1888年12月にアルルの市立病院に収容されました。その病院の中庭の光景です。

    ここからは、アルル時代のフィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1889年)の紹介です。アルルで過ごしたのは、1888年2月から1889年5月までの間です。数々の名作が生まれましたが、ゴーギャンとの共同生活が失敗し、耳切事件では1888年12月にアルルの市立病院に収容されました。その病院の中庭の光景です。

  • アルルの市立病院の中庭で咲いていた草花の光景です。ゴッホは、1889年4月に『アルルの病院の中庭』を制作していますが、その絵を参考にしたような草花です。

    アルルの市立病院の中庭で咲いていた草花の光景です。ゴッホは、1889年4月に『アルルの病院の中庭』を制作していますが、その絵を参考にしたような草花です。

  • 中庭に面したお土産店の前に飾ってあった、ゴッホの『アルルの病院の中庭』の絵のレプリカです。

    イチオシ

    中庭に面したお土産店の前に飾ってあった、ゴッホの『アルルの病院の中庭』の絵のレプリカです。

  • 1月7日に退院したゴッホは、『レー医師の肖像』や、『耳に包帯をした自画像』2点を描いています。しかし、異常行動が住民の嘆願になり、2月26日、警察署長の判断で再び病院に収容されました。3月23日までの約1か月間は単独病室に閉じ込められ、絵を描くことも禁じられました。

    1月7日に退院したゴッホは、『レー医師の肖像』や、『耳に包帯をした自画像』2点を描いています。しかし、異常行動が住民の嘆願になり、2月26日、警察署長の判断で再び病院に収容されました。3月23日までの約1か月間は単独病室に閉じ込められ、絵を描くことも禁じられました。

  • かつての『アルルの病院の中庭』で咲いていたピンク色の花です。艶はありませんが、イワカガミに似た葉をしていました。

    かつての『アルルの病院の中庭』で咲いていたピンク色の花です。艶はありませんが、イワカガミに似た葉をしていました。

  • 白い花を咲かせたキク科の植物です。マーガレットか、ノースポール当たりでしょうか。ノースポールですと、キク科フランスギク属の半耐寒性の多年草です。

    白い花を咲かせたキク科の植物です。マーガレットか、ノースポール当たりでしょうか。ノースポールですと、キク科フランスギク属の半耐寒性の多年草です。

  • 1889年4月に描かれた、ゴッホの『アルルの病院の中庭』の中央の丸い池も、そのまま残されていました。

    1889年4月に描かれた、ゴッホの『アルルの病院の中庭』の中央の丸い池も、そのまま残されていました。

  • ストックか、キンギョソウ(金魚草)当たりの草花かと思って撮影しましたが、ストックの方でした。南ヨーロッパを原産とするアブラナ科の植物です。

    ストックか、キンギョソウ(金魚草)当たりの草花かと思って撮影しましたが、ストックの方でした。南ヨーロッパを原産とするアブラナ科の植物です。

  • 白い花を咲かせた草花です。プリムラ系統の花のようです。プリムラですと、サクラソウ科サクラソウ属の園芸植物です。プリムラ・ジュリアン等の園芸品種を園芸店の店先でよく見かけます。

    白い花を咲かせた草花です。プリムラ系統の花のようです。プリムラですと、サクラソウ科サクラソウ属の園芸植物です。プリムラ・ジュリアン等の園芸品種を園芸店の店先でよく見かけます。

  • ゴッホの絵の中に登場する、かつてのアルル市民病院の建物光景です。ゴッホの絵では、二階の柱も黄色でしたが、現在は青色です。

    ゴッホの絵の中に登場する、かつてのアルル市民病院の建物光景です。ゴッホの絵では、二階の柱も黄色でしたが、現在は青色です。

  • 水は張られていませんでしたが、ゴッホの絵の当時のままの噴水の光景です。

    水は張られていませんでしたが、ゴッホの絵の当時のままの噴水の光景です。

  • 移動しながら撮影した、ゴッホの絵の当時のままの、かつてのアルル市民病院の中庭光景です。現在は図書館やメディア資料館が入居したカルチャーセンターとして使用されているようです。

    移動しながら撮影した、ゴッホの絵の当時のままの、かつてのアルル市民病院の中庭光景です。現在は図書館やメディア資料館が入居したカルチャーセンターとして使用されているようです。

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